● 空中で伸ばした手は、あと少しで届かなかった。 アスファルトに、赤い血の花が咲く。私の目の前で、弟の命は呆気なく砕けた。 地面に降り立った私は、翼を畳んで弟に歩み寄る。 歳の離れたこの弟が、学校で同級生と上手くいっていないらしいことは知っていた。 私たち姉弟はよく話をする方だったし、この件についても何度か相談は受けている。 それでも、私は気付けなかったのだ。 自らの命を絶ってしまうほど、弟が追い詰められていたということに。 ――ごめんね。 弟に詫びながら、制服の胸ポケットに収められた遺書をそっと取り出す。 そこには、同級生が弟に加えた残酷な仕打ちの数々が、余すところなく記されていた。 体には一切の傷を与えることなく、心のみを徹底的になぶり尽くす卑劣な手口に、吐き気をおぼえた。 革醒者の家系に生まれながら、何の力も持たなかった弟。 この、あまりに脆く繊細すぎた弟を、私はとうとう守ることができなかったのだ。 ――気付いてあげられなくて、ごめんね。 無惨な姿になった弟を抱き上げ、私は彼に語りかける。 決して、このまま終わらせはしない。必ず、あなたの無念は私が晴らしてみせる。 ――さあ、教えてちょうだい。あなたを死に追いやった、咎人たちの名前を。 ● 潰れたボウリング場に、少女の高い悲鳴が響く。 教会にある聖母像にも似た人形が、少女の華奢な体をしっかりと抱きしめていた。 きりきりきり、という微かな機械音とともに、人形は少女に鋭い針を一本ずつ刺していく。 その度に少女は悲鳴を上げ、彼女の白い肌から赤い血が流れた。 全ての針は巧みに急所を避けて刺さっており、哀れな少女は死ぬことはおろか意識を失うことすらできない。じわじわと血を流し、たっぷりと苦しませて殺すつもりなのだ。 それを眺める少年は、恐怖のあまり声も出ない。 彼女が死ねば、次は間違いなく自分の番なのだと、それだけは理解できた。 がちがちと奥歯を鳴らしながら、彼は自分たちを襲った災難に思いを巡らせる。 夕方、付き合っている彼女と街を歩いているところを、謎の女に声をかけられた。 その直後に意識が途切れ――気付いたら、手足を縛られてここに転がされていたのだ。 いったい、何のために? 少年の傍らに転がった携帯電話のスピーカーから、女の声が響く。 『ねえ、どんな気持ちかしら? 大事な子が、目の前で苦しんで死んでいくのは』 女はそう言って、嘲るように笑った。 ● 「悪いが、急ぎの仕事だ。ブリーフィングが終わり次第、すぐに現場に向かってほしい」 挨拶もそこそこに、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は緊張した面持ちで説明を始めた。 「フリーのフィクサードが、アーティファクトを使って一般人の少年少女を殺そうとしている。 一般人二人の救出と、アーティファクトの破壊が今回の任務だ」 アーティファクトは『冷厳なる聖女』と呼ばれる機械仕掛けの人形で、両腕で拘束した人間に一本ずつ針を刺して殺すものらしい。 「しかも、ただ殺すんじゃない。わざと急所を外して、じわじわと弱らせた末になぶり殺すんだ。 たとえ一般人であってもすぐには死ねないし、その間は気絶することもできない」 その苦痛たるや、まさに生き地獄と呼ぶに相応しいものだという。 「皆が現場に辿り着く頃には、一般人の少女が『冷厳なる聖女』の腕に捕らえられている。 その段階でかなり弱っているはずだから、一刻も早く救出しないと命に係わるだろう」 現場には、他に一般人の少年の姿もあるが、彼は今のところ無傷らしい。 ただ、少女が死んでしまえば、次は間違いなくこの少年が『冷厳なる聖女』の犠牲になる。 「『冷厳なる聖女』の所有者は、黒岩ミサ(くろいわ・-)という名前のフィクサードだ。 どこの組織にも所属していないフリーのフィクサードで、裏の仕事を請け負って金を稼いでいたらしいが……どうも、今回は恨みで動いているらしいな」 恨み? と問うリベリスタに、数史が頷く。 「黒岩ミサには歳の離れた弟がいたんだが、最近、同級生による嫌がらせを苦に自殺したらしい。 その嫌がらせに関わっていたとされる一人が、現場にいる少年だ」 では、少年と一緒に囚われている少女も、その嫌がらせのメンバーなのだろうか。 リベリスタの問いに、数史は首を横に振る。 「少女については、件の嫌がらせとはまったく無関係だ。あえて言うなら、現場にいる少年の恋人というくらいだろう」 つまり、わざわざ関係のない人間からなぶり殺しにしようとしているのだ。 不可解だが、いずれにしても見過ごすわけにはいかないだろう。 「黒岩ミサだが、二人が囚われている現場には姿を現さないし、戦いに介入してくることもない。 遠く離れた場所から現場の様子を眺めて、『冷厳なる聖女』に指示を出すだけだ」 残念ながら、万華鏡の力をもってしても黒岩ミサの居場所は掴めなかったらしい。 時間の猶予がないことも考えると、今回は一般人の救出と『冷厳なる聖女』の破壊のみに全力を注ぐべきだろうと、数史は言う。 「皆が救出に動けば、黒岩ミサは『冷厳なる聖女』の力で二体のE・フォースを生み出してくる。 時間切れになる前にこの二体を倒し、少年と少女を助け出してほしい」 二体のE・フォースはいずれも強力な相手だ。これを短時間に倒すとなれば、しっかり作戦を組んでいく必要があるだろう。 「厄介な任務だが、どうかよろしく頼む。――どうか、気をつけて行ってきてくれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月28日(水)23:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● また一本、針が少女の肌を突き破る。 『冷厳なる聖女』に抱かれた“生贄”が苦痛に呻く声を、黒岩ミサは淡々と聞き流した。 その傍らで縛られている少年に向けて、彼女は残酷に語りかける。 「貴方の大事な子が痛がってるわ。助けてあげたらどう?」 少年から遠く離れたこの場所からも、ミサの瞳には彼が恐怖に震える様がよく見えた。 「出来ないでしょう? 貴方、自分が助かることしか考えてないものね」 さらに言葉を続けようとした時、ミサは異変に気付く。 八人の男女が、彼らのいる場所に近付いていた。 『助けにきたぞ!』 現場に飛び込んだ『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)に続いて、『何者でもない』フィネ・ファインベル(BNE003302)が声を重ねる。 『頑張って! 二人とも、今、助けますから……っ』 さらに『剣を捨てし者』護堂 陽斗(BNE003398)の美声が響いた時、ミサは彼らの正体を確信した。 『黒岩ミサ! 貴方の復讐は、ここで止める!』 自分の名まで知っているとなれば、“万華鏡”を有するアークのリベリスタに違いない。厄介な連中に嗅ぎつけられたものだ。 あの子には、最期まで救いの手は差し伸べられなかったのに――。 憤懣やるかたない思いで、ミサは『冷厳なる聖女』に命令を下した。 「邪魔者を排除なさい」 それこそが、フィネの狙いとは知らずに。 主の命を受け、『冷厳なる聖女』が二体のしもべを生み出す。 処刑人と拷問吏の姿をしたE・フォースが、捕らえられた少年少女とリベリスタ達のちょうど中間に現れた。 フツと陽斗から翼と十字の加護を受けて、リベリスタ達が動く。 『不屈』神谷 要(BNE002861)のジャスティスキャノンが処刑人を射抜いた直後、鋭い棘のついた巨大な車輪が彼女を襲った。続いて、拷問吏が生み出した鼠のの幻影を掻い潜りつつ、『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)が処刑人に迫る。 「いかなる理由であれ、私欲の為に神秘を用いる事は許されざる事です。 その企みと共に潰させて頂きます」 白銀の騎士槍が処刑人の中心を的確に捉え、そこに込められた闘気で巨体を吹き飛ばした。 すかさず走り込んだ『ペインキングを継ぐもの』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)が、処刑人をブロックする。 「胸クソ悪ぃ正義の味方気取りサマ参上だぜ」 復讐の対象がどんな人間であろうと、このやり方は気に入らない。止める理由は、それで十分だ。 赤く染め上げた“ペインキングの棘”を、ユーニアは処刑人へと突き立てる。 リベリスタ達の狙いは、無差別の範囲攻撃を持つ処刑人を少年少女から遠ざけること。 要が注意を惹いて攻撃を自分に向け、その隙にノエルが吹き飛ばし、ユーニアがブロックする。三人のコンビネーションにより、ひとまずは充分な距離を確保できたはずだ。 E・フォースの射程外から回り込むようにして、『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)が囚われた少年のもとに向かう。己の身に闇の衣を纏ったカルラ・シュトロゼック(BNE003655)が、一瞬、そちらに視線を向けた。 黒岩ミサの復讐の相手、憎悪の向け先。それははっきりしている。 弟から話を聞きながらも、彼の限界に気付けす見過ごした自分。 「自分から目を逸らしてる以上、こいつら殺したって終わるもんかよ」 彼女の弟を追い詰めた加害者共がクソなのは、また別の話。 張本人の一人である少年を助ける気は起きないが、これも仕事だ。 ● リベリスタ達は、まず拷問吏に狙いを定めた。 多彩な状態異常と全体攻撃を駆使する拷問吏の方が、より厄介と判断してのことである。 万が一にも一般人を巻き込まぬよう配置に細心の注意を払いつつ、彼らは攻撃を開始した。 フィネが全身の力を解放し、血の色に輝く月を生み出す。 バロックナイトを再現する極小の赤い月が、拷問吏と処刑人に不吉を告げた。 「床が滑るかもしれねえ。できるだけ浮き上がって戦ってくれ」 後衛に立つフツが、ブレイクフィアーで鼠の毒を消し去りながら仲間達に声をかける。 陽斗が癒しの福音を響かせる中、処刑人の足止めに徹するユーニアが赤き“ペインキングの棘”を繰り出した。 旋回する処刑人の剣(エクセキューショナーズソード)が巻き起こす風がユーニアの全身を打つも、彼が動きを封じられることはない。 「俺に麻痺はきかねーよ、行きたければ俺を倒して行くんだな」 挑発を理解したのかどうか、処刑人は直後、ユーニアの首筋を目掛けて剣を横薙ぎに振るった。 咄嗟に身を屈め、“ペインキングの棘”で重い一撃を受け止める。 その間に、杏樹がロープに縛られた少年を敵の射程外へと退避させた。 先の攻撃を見る限り、拷問吏の全体攻撃が一般人を狙うことはなさそうだが、用心するに越したことはない。 「死にたくないなら私の後ろにいろ」 少年を背に庇いつつ、杏樹は“アストライア”を構える。 彼を縛るロープがアーティファクトである可能性も考えたが、見た限りでは普通のロープのようだ。 それでも警戒を怠ることなく、杏樹は注意深く耳を澄ませながら敵に狙いを定めた。 拷問吏が、“スコットランドの深靴”と呼ばれる拷問具の幻を生み出し、リベリスタ達へと放つ。 射程外の杏樹、辛うじて直撃を逃れたフツと要を除く全員が、赤く焼けた鉄のブーツに足を焦がされた。 黒いコートの裾を靡かせ、要が拷問吏との距離を詰める。放たれた十字の輝きが、E・フォースの頭を掠った。 両の足を炎に包みながらも、ノエルが背の小さな翼で宙を駆ける。 己の防御を顧みずに繰り出された一撃が、雷撃を纏って拷問吏を貫いた。 自力でブーツの幻を破った陽斗が、天使の歌を奏でて全員の傷を癒す。 フツが仲間達の足を焦がす炎を打ち払った直後、拷問吏が再び“スコットランドの深靴”を生み出した。 しかも、今回は先の一撃より精度が高い。リベリスタ達の足元を炎が包み、肉を焦がす嫌な臭いが鼻をつく。 大きくよろめいたカルラに向けて、拷問吏はすかさず“猫鞭”を放った。 数十本もの麻縄を束ね、先端に鉄の星型を取り付けた鞭がカルラを打ち据え、彼の皮膚を大きく剥ぎ取る。 全身から血を流し、呪いに命を削られながらも、カルラは己の運命を燃やして踏み止まった。 「簡単には終わってやらねぇぞ?」 闘志を失わぬ茶色の瞳が、鋭く拷問吏を睨む。 杏樹が“アストライア”から銀の矢を放ち、身をかわす暇を与えずに拷問吏を撃ち抜いた。 「復讐、ね。目には目をってところか。――弟のために同じ場所に堕ちて、それで満足なのか?」 大切な者を失った自分の苦しみを味あわせたい自己満足で、無関係の人間を巻き込む。 それが黒岩ミサの願いだというのなら、神様より先に殴り飛ばしてやりたい。 黒い翼で低空を舞うフィネが、拷問吏と処刑人を赤き月の禍々しい輝きに包む。 「カルラ様……!」 フィネの声に頷き、カルラは己の生命力を糧に暗黒の瘴気を生み出した。 充分な集中から繰り出された一撃が敵を捉え、赤月の呪いで運を奪われた二体に不吉を重ねる。 直後、処刑人がユーニアに大剣を振るうも、首を刈るはずの一撃は大きく狙いを外して空を切った。 ユーニアがすかさず“ペインキングの棘”を突き立て、処刑人の精を奪う。 敵の命中精度が大きく下がった隙に態勢を立て直したリベリスタ達は、その勢いで拷問吏に畳み掛けた。 『冷厳なる聖女』が少女の命を奪うまで、残り一分弱。これ以上、時間をかけるわけにはいかない。 執拗に喰らいつく鼠の幻影を腕で払った要が、光り輝くグリモアールを叩き付ける。破邪の力を帯びた衝撃が、拷問吏の動きを一瞬止めた。 ノエルの全身から放たれる雷気が、拷問吏の無機質な顔を青白く照らす。 「貴方達に用はありません。速やかに消えてください」 “Convictio(貫くもの)”の名を冠した白銀の騎士槍が、信念のままに拷問吏の胸を貫き――激しい雷鳴とともに、その身を霧散させた。 ● 命のタイムリミットまで、あと僅か数十秒。 しかし、リベリスタ達はまだ全員が戦場に立っている。 残る敵は処刑人のみ、現状の戦力で倒しきれぬ相手ではない筈――。 不運の呪いから逃れた処刑人が、エクセキューショナーズソードをユーニアの首筋に叩き込む。 “絶対命中(クリティカル)”の一撃。並の人間であれば、間違いなく首と胴が別れを告げていただろう。 頚動脈を断ち割られたユーニアの首から、大量の鮮血が噴水の如く撒き散らされた。 「……背中に守るものがあるから、俺は絶対に倒れねぇ」 全身を血に染めながらも、ユーニアは己の運命を削って立ち上がる。 ひときわ赤く輝いた“ペインキングの棘”が、処刑人の脇腹を抉った。 鼠がもたらした致命の呪いを、フツのブレイクフィアーが浄化する。 状態異常の回復に手を取られてしまうのは痛いが、一人でも倒れてしまえば一手どころの損失では済まない。事実、彼や陽斗がいなければ、ここまでの戦いで数名のリベリスタが倒されていたはずだ。 『冷厳なる聖女』、そして処刑人との距離を慎重に詰めつつ、陽斗が癒しの微風でユーニアの傷を塞ぐ。 処刑人を倒した後は、すぐに『冷厳なる聖女』から少女を引き剥がさなくてはならない。 少女が苦痛に呻く声も、今はかなり小さくなりつつあった。出血量から考えても、そろそろ限界に近い。 このような責め苦を、黒岩ミサは無関係の少女に与えたのだ。 弟を弄った少年の恋人であるという、それだけの理由で。 (復讐したい程の心の痛みも怒りも辛いだろう。しかしこんなやり方は間違ってる) ――必ず救ってみせる。決して、死なせはしない。 フィネが道化のカードを投擲し、処刑人に不吉を刻む。 続けて、杏樹が女神の名を冠した巨大なボウガンから銀の矢を射た。魔力により強化された弦から放たれた矢が、処刑人の肩口に突き刺さる。 距離を詰めながら十字の光で処刑人を撃つ要が、誰にともなく呟いた。 「手が届かなかった時の無力感は知っている心算です。 そして、購わせるべき対象を知っているときにどう思ってしまうかも……」 要もまた、弟を亡くしている。状況は違えど、黒岩ミサの陥った心理は理解できなくはない。 それでも――彼女の復讐を、黙って見過ごすわけにはいかなかった。 処刑人に攻撃を加えていく仲間達を見守りつつ、カルラが集中を高める。 「焦るな……俺がただ突っ込んでもたかが知れてるんだ……」 残り時間は少ない。だが、急ぐのと焦るのは違う。攻撃は当てなくては意味がないのだ。 そう自分に言い聞かせながら、カルラは慎重にタイミングを窺う。 戦いは既に終盤。時間的にはギリギリながら、戦況そのものはリベリスタ達が有利だ。 この状況を遠くから眺めているであろう黒岩ミサが、これでどう出るか。 逃がすくらいなら殺してしまえと、短絡的な結論に至る可能性は否定できない。 杏樹は、持ち前の鋭い聴覚を研ぎ澄ませて、周囲の音に気を配る。黒岩ミサの声を伝える携帯電話は、先ほどから不気味な沈黙を保っていた。 処刑人の攻撃射程外にいる少年が殺されることはそうそう無いとは思うが、黒岩ミサが複数のアーティファクトを所持している可能性がある以上、油断はできない。 どんな奴でも、命ある限り救う。命あってこそ、省みることもできる。 「本当なら、今すぐにでも殴り飛ばしたいけどね」 そう、呟きながら。杏樹はいつでも少年を庇えるように態勢を整え、銀の矢を放った。 告死の呪いで処刑人を穿ちながら、ユーニアは『冷厳なる聖女』に抱かれた少女を見る。 戦闘開始からずっと、二体のE・フォースは少女にほとんど意識を向けていないように思えた。 もしかすると、彼らは『処刑中』の対象に手出しが出来ないのかもしれないが――たとえそうであっても、時間が来れば殺されることに変わりは無い。何があっても対応できるよう、警戒するに越したことはなかった。 全身に雷撃を纏ったノエルが、白銀の騎士槍で処刑人を貫く。 処刑人の剣が唸りを上げ、前に立つノエルとユーニア、要の三人を烈風で打ち据えた。 麻痺に陥ったノエルに向けて、エクセキューショナーズソードが振り下ろされる。 「……このような場で折れはしません」 首を刈る一撃に、ノエルは己が運命を燃やして耐えた。 輝ける光が要の麻痺を払い、癒しの微風がノエルの傷を塞ぐ。 車輪に巻き込まないギリギリの位置まで『冷厳なる聖女』に接近したフィネが、道化のカードで処刑人に破滅を宣告する。ここが攻め時と判断したカルラが一気に距離を詰め、赤き魔具と化したランスを処刑人へと突き立てた。 それでも、処刑人は倒れない。タイムリミットが迫る。 ここまで回復に徹してきた陽斗が、輝く十字の光を撃った。 「――守りきるんだ!!」 込められた強い意志の力が、処刑人を貫く。 続いて、フツの放った鴉の式神が鋭い嘴で攻撃を加えた。 「自爆とか気をつけろよ!」 『冷厳なる聖女』に視線を向けつつ、仲間達に注意を促す。 大きく踏み込んだ要が、両手に構えた魔道書を鮮烈に輝かせた。 一点の曇りも許さぬ破邪の一撃が、処刑人に振り下ろされる。 脳天から断ち割られた処刑人の姿は、瞬く間に光に溶けて消えていった。 ● 処刑人の消滅と同時に、リベリスタ達は『冷厳なる聖女』へと殺到する。 罠が仕掛けられている可能性も考えられたが、それを調べている余裕はなかった。 せめてもの備えにカルラが己の腕を割り込ませ、少女を庇う。すかさず、要が『冷厳なる聖女』の両腕を引き剥がし、解放された少女を陽斗が受け止めて救出を果たした。 サイレントメモリーで罠がないことを確認した後、フツが少年を縛るロープを解いてやる。 ユーニアとノエルが、それぞれの武器で『冷厳なる聖女』を破壊した。 「これは何の益も生まぬモノです」 ノエルの言葉に頷き、ユーニアはさらに周囲を警戒する。 ふと、床に転がったままの携帯電話が目に留まった。 拾い上げると、まだ回線は繋がっているようだ。 ユーニアの手から携帯電話を受け取ったノエルが、今もこの状況をどこかから眺めているだろう黒岩ミサに語りかける。 「投降するつもりはありますか?」 沈黙するスピーカーを見て、彼女は「無いでしょうね」と続けた。 「まあ、何が目的かは知りませんが、神秘を濫用したフィクサードである貴女を見逃すわけには参りません。 そこに如何なる事情があったとしても、です」 次にお会いした時には、御覚悟を――と告げたノエルに続いて、杏樹が決然と声を放った。 「次は正面から来い。何度でも邪魔するから」 今度は、真っ正面からその復讐を止めてやる。 黙ったままの携帯電話を、今度は陽斗が受け取った。 「どうか切らないで、少し話を聞いて欲しい」 静かな声で、彼は語る。苛めが暴走してしまうのは、悲しいが珍しくは無い。 しかし、彼らにも良心があるなら、行き過ぎた過ちに後悔している筈だ――と。 (ミサさんの手だって、本当は汚させたくはないんだ) 陽斗は、少年にミサの弟への謝罪を促したかったが、拘束から逃れた少年はガタガタと震えたまま、まともに話ができる状態ではない。仮に謝らせたとしても、ミサがそれを聞き入れる可能性は低いだろう。 視線を伏せる陽斗の横で、要が口を開く。 「貴方の手はまだ本当に汚れてしまった訳ではありません、今ならばまだ引き返せます」 弟を失った悲しみを理解できるからこそ、これ以上ミサに道を踏み外してほしくはなかった。 「よく考えてください、貴方の行動が本当に正しいのかを」 フィネもまた、沈黙を保つ携帯電話に呼びかける。 「これは本当に弟さんの復讐、ですか。彼が、そう願ったのですか」 姉弟の間に、どんなやり取りがあったのかは知らない。 だが、復讐で姉がボロボロになることを、弟が喜ぶとは到底思えなかった。 それでも、ミサは答えない。 フィネはじっと携帯電話を見つめたまま、言葉を続けた。 「何をして良いか分からないなら、取り敢えずフィネと喧嘩すればいいと思います。 貴女の復讐、全部邪魔してさしあげますから――」 最後に、もう一度携帯電話を受け取ったユーニアが、「大事な人を失った辛さは俺もわかるぜ」と語りかける。 「俺があんたの弟の側にいて、手を掴んでやれたらよかったんだけどな…… あんたの弟、守ってやれなくて悪い」 初めて、携帯電話の向こうから言葉が返った。 『……この世界に“IF”は無いわ。そんな仮定は、何の意味も成さないのよ』 押し殺したような一言を残して、電話が切れる。 少女の怪我を治療していたフツは、ミサと仲間達とのやり取りを聞き終えると、少年と少女の記憶を操作してこの事件を忘れさせた。 「お前さんは、犯罪者に誘拐されそうになってたんだ。それを、オレ達が助けたってわけさ。 オレはご覧のとおりの坊主だ。悪人はほっとけねえ。 犯人は捕まえて、あっちの部屋に転がしてあるから、安心してな。警察も呼んである――」 ● 携帯電話を握り締めたまま、ミサは大きく咳き込んだ。 口の端から、赤黒い血が溢れる。 苦しげな息の下、ミサは誰にともなく呟いた。 「言われなくても……分かってるわ」 復讐は、あの子のためなんかじゃない。 全て――私のためよ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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