●春を告げる花の中で 雪解けを迎えたばかりの大地に、気の早い花たちが競うように顔を出していた。 春の妖精(スプリング・エフェメラル)とも呼ばれる彼らは、冬の終わりに急いで花を咲かせ、夏が来る前に枯れてゆく――力強くも、儚い花たち。 そんな花たちに囲まれるようにして、大きな大きな一匹の兎が眠っていた。 良い夢でも見ているのか、時折、鼻をひくひくと動かして。 垂れた耳をゆっくり揺らしながら、穏やかな顔で眠っている。 周囲を駆け回る十匹の小さな兎たちが騒いでも、大きな兎は目を覚まさない。 広い背中を、とことこ伝って歩いても。はしゃいで飛び跳ねても。 大きな兎は寝息を立てたまま、一向に目を覚まさない。 暖かな日差しの中、薄茶色の毛並みをふわりと風にそよがせて。 大きな兎は幸せな夢にゆるりと身を任せ、ただ、眠り続けている――。 ●大きな兎と小さな兎 「……とまあ、そんな兎のE・ビーストを倒す依頼だ。 眠ってるデカいのが一匹、起きてるちまいのが十匹で合わせて十一匹」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達を見回してそう言った。「あれ、兎って一羽二羽って数えるんだっけか」などと口にしつつ、まあいいや、と先を続ける。 「見た目は可愛いが、E・ビーストには違いない。特に、デカい方は眠ったままでも色々と厄介な能力を発動させてくるし、何より起こした時の攻撃力がやばい」 大きな兎は追い詰められない限りは起きないが、起こした瞬間に問答無用で攻撃を仕掛けてくる。 運が悪ければ、五メートルの巨体の下敷きにされて一撃で倒される危険すらあるだろう。 「小さい兎……といってもこっちが普通サイズなわけだが。こいつらはデカい方に比べたら弱い。 が、すばしっこい動きで混乱させてきたりするから、対処を間違えたらえらい事になる」 そこまで言うと数史は手の中のファイルを閉じ、リベリスタ達を見た。 「ナリはアレだが、型に嵌ると相当厄介な相手だと思う。どうか気をつけて行って来てくれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月25日(日)00:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●楽園に立ち 降り注ぐ春の日差しの下、雪解けを迎えた野原の真ん中に大きな兎が眠っていた。 薄茶色の毛並みは、いかにもふかふかと柔らかそうで。垂れた耳は、ゆっくりと舟をこぐように動いている。 小さな兎たちは、土から顔を出した花々の間を駆け回り、時には大きな兎に飛び乗って。 ようやく訪れた春を謳歌するように、思うままはしゃいで遊んでいた。 まあ、何と言うか、のどかな光景である。 この兎たちがE・ビーストであり、崩界を食い止めるために例外なく滅ぼさねばならない存在だと知らなければ、思わず駆け寄って混ざりたくなってしまうほどに。 「ぁぁぁ、あれは兎ではなくただの愛らしいふわふわもこもこ……うぁ゛ぁ」 めくるめく兎たちの楽園を見てしまったスペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)が、思わず頭を抱えた。まだE・ビーストたちの射程には踏み込んでいないが、既に魅了されてしまいそうな勢いである。ふわもこな動物の可愛さに対抗する決意を固めるのは、なかなかに難しいようだ。 「この光景を壊さなきゃいけないとか、ある意味最強に戦い辛い……!」 全身に闇のオーラを纏った『三つ目のピクシー』赤翅 明(BNE003483)が、思わず両の拳を握る。小鳥遊・茉莉(BNE002647)も、兎たちを眺めて口を開いた。 「あらあら、随分と可愛いうさぎが今回の敵なんですね」 ふかふかした毛並みに触って感触を楽しみたい気持ちをじっと我慢しつつ、眠り続ける大きな兎との距離を慎重に測る。狐の耳を風にそよがせる『駆け出し射手』聖鳳院・稲作(BNE003485)が、兎たちの姿に表情を綻ばせた。 「ふわふわもこもこウサギさん。可愛いですね♪」 ――美味しそう、という一言は、こっそりと心の内に留める。 仲間の中には、純粋に兎を愛でたいメンバーもいるだろうから。 彼女は狩人。兎は煮てよし、焼いてよしの素敵な食材だ。もっとも、人里に下りた今は野性の兎を狩る機会は激減しており、最近はとんと食していないのだが。 「兎狩り、狩猟の獲物としては定番かしら」 口を噤んだ稲作の後を継ぐようにして、『エーデルワイス』エルフリーデ・ヴォルフ(BNE002334)がそう言ってライフルを手に取った。貴族の生まれである彼女にとって、狩猟は嗜みである。兎撃ちにしては少々的が大きいが、革醒者の獲物としてはおあつらえ向きだろう。 兎の可愛さに目を奪われる、あるいは狩りの対象として兎を眺めるメンバーがいる一方で、『Bloody Pain』日無瀬 刻(BNE003435)はいつも通りの薄い笑みで闇の衣を纏っていた。「可愛いものを見るより血を見た方が楽しいに決まっている」と公言する彼女であるから、それも自然なことだろう。 巨大な眠り兎から一定の距離を取りつつ、リベリスタ達は陣形を整えていく。 「動物好きダケド害を及ぼす獣は保健所ゴーゴーなんだよー?」 自分よりも大きな弓を構えた『初めてのダークナイト』シャルロッテ・ニーチェ・アルバート(BNE003405)が、左右で色の異なる瞳で兎たちを見た。 囮として兎たちを引き寄せるべく、己の身に人参を括りつけた『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)が、破壊の闘気を漲らせていく。普段であれば、可愛らしい動物たちと和やかに戯れたいところではあるのだが……今回はそうも言っていられないだろう。 「――義桜葛葉、推して参る!」 両手に装着したガントレットを打ち鳴らし、葛葉は戦いに向けて己を研ぎ澄ませた。 ●兎の誘惑 揃って眠り兎の射程外に布陣したリベリスタ達は、まず、その周りを跳ねている小さな兎たちに狙いを定めた。 目を覚まさずとも発動する眠り兎の能力は厄介極まりない。迂闊に近付いてしまえば、眠り兎の夢に誘われて大幅に運を封じられる可能性があった。それで攻撃の精度が落ちれば、敵の数を減らす前にこちらの損害が増える。 エルフリーデの構えたライフルから、幾つもの光弾が同時に放たれた。 遮るものの存在しない野原を真っ直ぐに駆け抜け、輝く弾丸が五体の兎を一度に穿つ。 続けて、稲作が本弭に赤いリボンを飾った四方竹弓“時雨”に矢をつがえ、次々にそれを射た。 「狩猟民族の血が騒ぎます!」 矢の雨を兎たちに浴びせながら、この場で作った設定を口にする。 狩猟民族かどうかはともかく、山で狩りをしていたのは前述の通り事実だ。 刻の生命力を糧に生み出された瘴気が、黒い手を伸ばすようにして兎たちを捉え、その身を蝕んでいく。 攻撃に気付いた兎たちがリベリスタ達に飛びかかったのを見て、囮を務める前衛の二人が前に進み出た。 「おいでー!」 明が、ここに来る道中で摘んできた蒲公英の葉を差し出しながら兎たちに呼びかける。 すり寄って来た兎を抱き寄せ、温かなふわもこの毛並みを撫でる明の顔が、にんまりと緩んだ。 しかし、それは兎たちを引きつけ、仲間を守るための巧妙な作戦。 (ゴメンね。この闇は、君達に霧散して貰う為に纏ったんだ) 強化を打ち消す力を持つ兎にすり寄られても、闇の衣が消滅していないのが何よりの証拠だ。 同様に、身体に括りつけた人参で兎たちを誘き寄せた葛葉が、輝くオーラの拳で兎の一体を打つ。 遠距離攻撃の手段を持たない以上、多少の危険を冒してでも前に出るしかないが、後方には回復のエキスパートである『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)が控えているため、状態異常が長引く心配はなかった。 「子供ならずとも触りたくなりますが、ここは我慢ですね」 戦いの中でも遊んでいるような兎たちの動きを見て、京一が呟く。 彼の心には常に愛する家族の姿があり、それが簡単に揺らぐことはない。 神聖なる光を輝かせ、京一は仲間達に降りかかる状態異常を片端から打ち払っていった。 愛用のキーボードから軽快なタイプ音を響かせる『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)が、鴉の式神を召喚する。 「所詮、ウサギなんて畜肉。よくてジビエ」 鴉の嘴に突付かれた兎が、綺沙羅を目掛けて駆けた。 今のところ、兎たちの大半が前衛の二人の周囲に集中している。 炎を呼ぶよりも鎖で封じる方が有効と判断した茉莉が、己の血液を媒介に黒き鎖を生み出し、兎たちに向けてそれを解き放った。並みの術者であれば時間がかかる大技も、高速詠唱を得手とする彼女にとっては通常の術と変わらない。鎖に縛られた兎たちを狙い、リベリスタ達はさらに攻撃を加えていった。 回避力に優れる兎たちは直撃を免れることも多かったが、それでも一匹、また一匹と撃ち倒され、次第に数を減らしていく。運悪く、立て続けに兎たちの空中殺法を喰らってしまった葛葉が己の運命を削ったものの、回復がすぐ行き届いたこともあり、防御を固めた彼が再び倒れる事態には至らなかった。 兎の数が残り二匹になったところで、スペードが満を持して前進する。 もふもふされる、もふもふされる、およそ数瞬後にはもっこもっこにされている。 それは誰にでもなく、他の何者にでもなく、 兎は私に、ふわふわすりすりもこもこされる――! 『ふわふわすりすりもこもこ』を夢見て飛び込んだスペードを、兎たちの柔らかく温かな毛並みが包んだ。 彼女はその時、言葉にならない至福の表情→(・x・)を浮かべていたという。 ●目覚めの時 ややあって、二匹の兎は順当に倒された。残るは、今も眠り続ける大きな兎のみである。 再び眠り兎の射程外に退避したリベリスタ達は、傷ついた仲間の回復を行って態勢を立て直した。 その間にスペードが眠り兎との距離を測り、地面に印をつけていく。ここから先は、自分や仲間達の位置をさらに慎重に考えていく必要があるだろう。 「て、言うかおっきいですね!」 巨体を野原に横たえ、幸せそうに眠る兎を改めて見た稲作が声を上げる。 全長五メートルの薄茶色の兎は、柔らかな干草に包まれた小山のようにも思えた。 エルフリーデが、驚異的な集中から射撃手としての感覚を研ぎ澄ませていく。 「さて、では狙った獲物を堅実に仕留めさせてもらいましょうか」 長射程の攻撃手段を所持していない以上、眠り兎を攻撃するにはどうしても敵の射程に入る必要がある。 ブレイクフィアーで対処できる魅了や夢はともかく、眠り兎が目を覚ました時に繰り出されるという強力な攻撃を何度も受けてしまうのは避けたい。兎が起きた後は、可能な限り一気に削ることを目標にする必要があった。 眠り兎から大きく距離をとった茉莉が、兎が目覚めた時に備えて集中を高めていく。 敵の能力を解析する綺沙羅の観察眼が眠り兎に向けられ、その耐久力を暴いた。 まずは、兎が目を覚ます直前まで体力を削らねばならない。リベリスタ達は慎重に攻撃を開始した。 真っ先に発射されたエルフリーデの弾丸に貫かれて、眠り兎の薄茶色の毛並みに傷が穿たれる。 しかし、兎は瞼を閉じたまま、どこ吹く風で鼻をふこふこと動かしていた。 「ウサギさんは普通に可愛いですね! ……でも!」 可愛らしい仕草に惑わされまいと、稲作が弓を構える。 彼女は狩人。獲物を前にして、外見に騙されたりはしない。 まどろむ兎の魔力に対抗するのは、リベリスタ達の強固な意志の力。 綺沙羅のエネミースキャンで眠り兎の体力をその都度確認し、いきなり起こしてしまわないよう気を配りながら、リベリスタ達は眠り兎の体力を少しずつ削っていった。 眠り兎が、まるで絵本の世界に迷い込んだかのような夢をリベリスタ達に見せる。 夢に誘われた仲間を、京一のブレイクフィアーがすかさず引き戻した。 白と青を基調としたコートの裾を翻し、葛葉がオーラを纏った拳で眠り兎の胴を突く。 自らの力を最大限に高めるために仲間からの回復を断っていた刻が、己が身を蝕む苦痛をおぞましい呪いに変え、眠り兎に向けて一度に解き放った。 「――そろそろかしらね」 エルフリーデの声に、全員が表情を引き締める。刻が、眠り兎の射程外に後退して集中を始めた。 射程内に残るリベリスタ達が互いに顔を見合わせ、一斉に攻撃を叩き込む。 そして。固く閉ざされていた兎の瞼が、とうとう動いた。 長い眠りから覚めた大きな兎が見たのは、小さな白い兎の死骸を抱いて眼前に立つ明の姿。 彼女が携えた鉄球から、赤い血がぽたぽたと滴り落ちるのを見て―― 兎は明の頭上を目掛けて、薄茶色の巨体を宙に舞わせた。 ●兎を狩る者 一瞬、日が翳ったような気がした。 その直後、全力で防御を固める明を、巨大な兎の尻が押し潰す。 リベリスタ達の集中攻撃に晒されてもなお、極上のふわふわもふもふを保つ毛皮が、明をすっぽりと包んだ。 その感触を堪能する間もなく、兎が再び跳ねる。 メンバー中で最強の耐久力を誇る明をもってしても、二撃目のヒップドロップには耐え切れなかった。 全身を襲った衝撃と、毛皮の下敷きにされた息苦しさに遠のく意識を、運命が繋ぎ止める。 明がやっとの思いで兎の下から這い出した直後、リベリスタ達の攻撃が一斉に火を噴いた。 「可愛い子は嫌いではないけれど、それが悲鳴をあげるのがより好みよ」 すかさず前進した刻が、反動も顧みずに苦痛の呪いを練り上げる。形の整った唇から、ふふ、と残酷な笑みが漏れた。 「遠慮なく抉って血染め兎にしてあげるわ」 刻の一撃に続いて、射程内に兎を捉えた茉莉が黒き魔力の大鎌を召喚する。 兎の愛らしさに対抗する切り札は、彼女の心のフォルダに貯蔵している『可愛らしいもの』を思い浮かべること。 「――何故なら、それらの方が私好みの『可愛いもの』なのですから!」 より『可愛らしいもの』で満たされた茉莉の写真フォルダに、巨大な兎が入り込む隙間はない。 大鎌が唸りを上げ、兎の毛皮をざっくりと抉った。 ヒップドロップの衝撃から立ち直った明が、血染めの鉄球に黒い光を纏わせる。 「……可愛いから、ロップイヤーが好きだから躊躇うんじゃない」 『敵だから』『仕方ない』と割り切ることは、彼女の脳裏に刻まれた記憶が許さない。 敵を討つために心を投げ出す存在になど、絶対なりたくない。 (それでも手を下す必要があるなら――穢れるのは明でありたい) 平穏を生きられるコ達に、バトンを回さないために。 明の強い決意をのせて、黒き鉄球が兎に深くめり込む。 直後、兎のつぶらな瞳と視線が合った葛葉が、誘惑を振り切るように軽く頭を振った。 元より、苦行の類は嫌いな方ではない。耐えるのは、望むところだ。 「試練とは、常に己の限界を超えるべき場所に成功の筋道があるのがお約束だろう? こんな所で、無様な真似を晒す訳にはいかん」 葛葉の覚悟に応えるように、彼の拳を包むオーラが輝きを増す。 「俺のすべき事は、エリューションを倒す事。決して、もふもふする事ではない!」 迷い無く繰り出された拳が、兎の巨体を揺らがせた。 シャルロッテが、体格に見合わぬ大きな弓の弦を引き絞る。放たれた矢が、兎の傷をさらに深く貫いた。 兎が再び跳んだのを見て、スペードが咄嗟に稲作を庇う。 薄茶色をした巨大なふわもこ毛皮が、極上の肌触りを伴って彼女を一息に押し潰した。 「ふわもこおかわりっ!」 自らの運命を燃やして立ち上がったスペードが、高らかに声を放つ。 その面は、天上の至福に包まれた表情→(´ x `)で満たされていた。 「ありがとうございます」 スペードに守られて難を逃れた稲作が、感謝の言葉を彼女に述べる。 続いて、稲作は詠唱で清らかなる存在に呼びかけ、癒しの福音を野原に響かせた。 優しげな旋律がリベリスタ達を包み、その傷を塞いでいく。 エルフリーデが、構えたライフルの銃口を兎に向けた。 「……可愛らしいから撃ちたくないとか、可愛くなければ躊躇わないとか、そういうのは貴くない態度ね」 故あれば撃つし、そうでなければ撃たない。それだけのこと――。 ライフルのトリガーが絞られ、銃声が響く。 魔力を帯びた弾丸が兎の心臓を撃ち貫き、狩りを締め括った。 ●花に包まれ、日差しの中で 兎の巨体が地に崩れ落ちたのを見届け、エルフリーデは銃を下ろした。葛葉が、深呼吸をするように息を吐く。 「おやすみなさい、ウサギさん」 倒された兎たちに語りかける稲作に続いて、茉莉がしみじみと口を開いた。 「やはり、可愛らしくてもちゃんと安全に触れられるものが一番ですね」 ふわもこの余韻に浸るスペードの傍らでは、刻が薄い笑みを湛えて血染めの兎たちを眺めている。 兎の死骸をそっと抱き上げた明を見て、稲作が「弔いましょうか」と提案した。 日当たりの良い、季節の花達を感じられるここで――。 彼女の言葉に、リベリスタ達の何人かが天を見上げる。 雲ひとつない空に浮かぶ、三月の太陽。その日差しは、どこまでも暖かく柔らかかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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