●予告状 囚われの彼女の、美しき瞳、乙女の助けてに魅せられて。 来る十九日に。貴殿のお持ちの大宝石『赤い瞳(ルビー・アイ)』を頂きに参上しよう。 ――――『盗賊』ラングリッド ●3/13 「何時の時代にも時代錯誤な人物というものは絶えないものです」 その日、ブリーフィングに顔を出したリベリスタに、まさに『時代の遺物』と呼ぶに相応しい骨董品の魔女はこれみよがしな溜息を吐いてそう言ってのけた。手にした携帯電話で『流行』のもしもしゲー等に興じつつ。 「そんな仕事です。或る大企業の会長――黒田さんの元に一通の手紙が届きました。 それが此方。まぁ、うっとりする程の骨董品です。 それかサブカルチャーに毒されに毒された所謂一つの中二病」 アシュレイの言葉と共に大モニターが丁寧に赤い蝋と紋章で封印された一通の白い封筒、その中身を映し出した。 そこに並ぶ言葉は中々に……彼女の言葉を裏付けるそれだった。 「とは言え、唯の中二病で済むなら最初から仕事にはなりません。 この盗賊を名乗る男――ラングリッドはどの組織にも属さないながら幾つもの財宝の窃盗に成功している、怪盗ですね。はい、強盗ではありません。基本的に誰の命も奪わず、誰を必要以上に傷付ける事も無く、『スマートに仕事をしている』。とは彼の言い分です。彼は事件を起こす時、決まってこういう予告状を対象に送りつける主義であるようです。気障ですねぇ」 「それで捕まってないのか」 「はい。腕は確かと見るべきでしょうね。 アーティファクト『アルセーヌ・ルパンのシルクハット』を操る彼は世界的に見てもまぁ、そこそこの知名度があります。そこそこですけど。 彼はこの所その活動場所を海外に移していたようですが、戻ってきました。理由は言わずもがな――要するに皆さんですね。十年と少し前から言われ続けた『極東の空白地帯』はもう死語になっている、という事でしょうか?」 クス、と笑ったアシュレイはリベリスタをくすぐるように冗句めいた。 「彼は盗みそのものより『ゲームに勝利する事』に燃えるタイプなんでしょう。しかし、甘く見てはいけませんよ。彼は自分で名乗る通り『盗賊』です。人は殺さないし、必要以上に傷付けない……までは守るとしても使える手は何でも使ってきます。予告した『彼女』を奪う為にです。 そして残念ながら観測出来る未来は余りに多く、この事件においては彼の取り得る行動の詳細までは感知出来ませんでした。 同時に黒田さんを取り巻く運命はかなり混濁しているようで……」 「……ん?」 「極端な話、何が起きても不思議ではありません」 「……となると」 仕事は幾らか毛色の違う奇妙なものになる。 元より戦闘を本領としないラングリッドは集められたリベリスタ達を相手に単純な殴り合いを目論む筈も無いだろう。最後に必要程度に暴力がスパイスになる事はあってもそれは主体にはなるまい。 不確定性の未来がどう転ぶかも読めないならば尚更だ。 「はい。皆さん、探偵役と怪盗の勝負です。条件と資料を纏めておきましたので、万難を廃し、ラングリッドの目的を阻止……あわよくば逮捕に努めて下さい!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月28日(水)23:18 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 10人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●二枚目の予告状 『お宝をいただきマス』 ▲▼▲怪盗ぐるぐ二世の予告状▲▼▲ ●怪盗二人と探偵達 「まさか本当にやるとはな!」 今回の仕事に現れた二通目の予告状に少なからぬ驚きの顔を見せたのは『NOBODY』後鳥羽 咲逢子(BNE002453)だった。 「何となく、ラングリッドはリベリスタに成り代わろうとする気がしていたのだが……」 していたのだが、まさか『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)――リベリスタが(ケース限定とは言え)フィクサード(?)に姿を変えるとは……流石の彼女にも想定の出来ない所であった。 今回、十人のリベリスタ達(内一名は一種の第三勢力と化しているのだが……)が請け負った仕事は大会社の会長である黒田金蔵の持つ財宝『赤い瞳(ルビー・アイ)』を『魔盗』と呼ばれるフィクサード、ラングリッドから守り抜く事である。 「宝石を守る仕事なんテ、たまには良いナ。魔盗とは怪しい奴だガ、心掛けは悪くないのダ」 ラングリッドがどんな人物かと言えば小さく頷いて言った『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)の反応が参考になる。 まるで大衆浪漫を形にしたかのような、まるで時代がかったミステリー活劇のような。 小説を、漫画を、ゲームを――サブカルチャー的なものを見回せば存外に『態々非効率的な手段を取る盗賊』というジャンルは人気もシェアも持っているものである。厳重に守られた財宝を盗み出す予告を出し、唯でさえ堅牢な難関を更なる難関に変えてしまう。変えた上でそれは見事に虚を突き、裏をかき、出し抜いてしまう――痛快に胸がすくカタルシスは本来は『悪役』である彼等を一つのヒーロー像へ昇華したと言えるだろう。 『怪盗』ないしは『怪盗紳士』。 日本ではアニメの方が馴染み深いかも知れないが―― そのキャラクター像はフランスの作家モーリス・ルブランの描いた『アルセーヌ・ルパン』が最も有名だろうか。 探偵ならばコナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』が著名であるのと同じように泥棒ならばルパンである。 両者の対決を描いたルブラン著にはちょっとしたエピソードがあり、ドイルの抗議を受けたルブランが自著のシャーロック・ホームズを『エルロック・ショルメ』にアナグラムした等という話もあるのだが、それは余談として。 「今回の奴の出番が『探偵役』ナら、言う事は無かったのダガ――」 カイの言う通りである。ルパンは盗賊だが、実は相当数の作品の中でむしろ本当に悪い悪役を追い詰めるそんな役所でもあるのだ。 「怪盗だって! 顔はカッコイイのかな?」 大きな瞳をキラキラと輝かせて、猫の耳をぴんと立てて。少し夢見がちにうっとりと言った『おこたから出ると死んじゃう』ティセ・パルミエ(BNE000151)の反応を見れば、『怪盗』に人が抱くイメージは分かるのでは無いだろうか。 「あたしのハートも盗んでくれないかな~」 決して殺人は犯さず、義賊的な所もあり、勿論イケメン、男性としてチャーミング。右往左往する間抜けな官憲を魔法のように鮮やかなペテンに掛け、スマートに目的を達成してしく様は成る程、読者(や少女)に憧れと期待を感じさせるのも止むを得ない所であろう。 今回の真実は知れないが、『そういう期待』を抱く事ばかりは禁じ得ない…… 「歪ぐるぐと怪盗ぐるぐは別人だから仕方ないね」――そう嘯いたかのぐるぐにしても、ラングリッドと同じである。彼女の生まれ落ちた1929年という年代を考えるにルブランに影響を受けた可能性はあるだろう。まさにその『アルセーヌ・ルパンのフォロワー』を気取るラングリッドは一筋縄ではいかない相手である。彼は如何に超能力を極めようとも一定の不便を避けられないリベリスタ達とは異なりまさに万能選手のように何かを盗み出す為のアーティファクトと能力を備えているのだから。 「……ボクの事、ラングリットに知られてるのかな? それならそれでばれてるの前提で動くか……」 むぅ、と小さく唸り『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)が眉根を寄せた。 海外でアークの事を知り、その為に帰国したとも見られているラングリッドがアークの情報を集めていない訳が無いだろう。目立たない人物ならば兎も角、幸か不幸かアンジェリカ程にもなればその戦いや活動履歴からそれなりに名が知られている。敵が掴んでいないとするには楽観が過ぎる所だろうか。 「どっちにしても油断はしないようにしないとね……」 「うん。怪盗とゲーム……燃える展開だね! がんばって宝石護って成功させないと!」 「探偵少女ブラック☆レインちゃん……うふふ……悪くないのぅ…… あるときは魔法少女、またあるときは探偵、そして、その正体は! 勿論! 秘密なのじゃ!」 「ラングリッド……それに黒田家でござるか…… 危険な香りがぷんぷんするでござるよ。何事もなく宝石を守れればいいのでござるけどな」 今回の仕事は仕事でありながらある種の楽しみも感じさせるものだ。両手で拳を握り可愛らしく気合を入れた『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)、にやついて一人悦に入る『暗黒魔法少女ブラック☆レイン』神埼・礼子(BNE003458)に今日は娘が居ないから――随分真面目な顔をした『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)が応えた。危険な事件を起こさないというラングリッド相手に少し緩んだ空気のリベリスタ達の中において厳しい顔が何処か浮かない調子で冴えないのは――或いは彼が幾度も人間同士の修羅場を潜りに潜ってきた元・裏社会の人間であったからなのかも知れない。 「人間の考える事っていうのは、案外エリューションより面倒だったりするものでござる」 「むぅ、そういうものか」 「うーん。難しいね……っとと……使用人っぽく喋らないとだね…… ともあれ、がんばって成功させましょう……こんな感じかな?」 難しい顔をしたままの虎鐵に小首を傾げる礼子。一方でアーリィは『使用人らしい』(?)言葉遣いを確かめる。 「本当はさおりんの可愛い未来の奥様なのですけどこれも作戦なのです。完璧にメイドさんをやるのです」 こくこくと頷いた『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)は主張するべき所は忘れない。 何某かの方法で指定日の三月十九日に『赤い瞳』を盗み出す――と予告してきたラングリッドに対してアークが用意した手段の一つが件の黒田家にリベリスタ達を送り込むという方法であった。時村家の口利きという鬼札を使う以上は『神秘の無駄な露呈』は許されない。そあらからすれば特に未来の旦那様(はぁと)――否、未来の自分の苗字に無闇な傷をつける訳にはいかない……という気合である。 「そあらの婚活事情なんてルカは全然知らないの」 相も変わらず茫洋とマイペースに『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)が吐息のようにそう言った。 そあらの抗議を受ける暇も待たない彼女である。 「呉越同舟。四面楚歌。 妄執渦巻く悪意の箱庭。 微笑む乙女はただ麗しく。 赫い瞳は深く冷たく濃厚なグラン・ギニョールを唯、映す――」 歌うような声にもやはり意味は無く。 「――知ってるわ、その赤は貴腐ワインの沼のよう」 幽かに綻んだ唇が零した言葉達は宙に切れ切れに舞い遊ぶ。 一人の瀟洒な盗賊が酔狂にもたらした今度の事件がどんな幕を迎えるのかを、この場の誰も未だ知らない―― ●潜入! ラングリッドから『赤い瞳』を守るにはやはり当の屋敷の中に潜り込むのが上策と判断したリベリスタ達である。 そあら、ティセ、アンジェリカ、咲逢子、アーリィ、礼子は使用人――メイドさんとして。体つきの良い虎鐵にカイ、超然とした所を見せるルカは用心棒として入り込んだ。 ――加えて。目的こそ違うが、忘れてはならないぐるぐはぐるぐで『美耳(みみみ)』を名乗り、使用人の顔でしれっと潜り込んでいる。 各々は自分が注意を向ける相手をマークし、噂や情報に耳を立て、数日の間情報を収集する手筈になっていた。ラングリッドがリベリスタに化ける事も警戒してお互いの中で床を指差し本物を確認するという合図も定めている一同である。 予告状の日までは日があったが――日があった故に彼等はこの屋敷を取り巻く異常とも言える感情の渦に触れる事になったのであった―― ・怪盗ぐるぐ二世、見参! 「これ全部お兄さんのですか?」 全く少女にしか見えないぐるぐが使用人の顔をして男共から情報を引き出す姿は微妙を通り越してハッキリ危険である。 しかして、神秘に身を置く彼女である。些細な違和感をテンプテーションで捻じ伏せる彼女は漸く訪れたこの機会に燃えに燃えていた。 「一番お高いのって何ですか? 宝石ですか?」 敵は怪盗である。自分を差し置いて怪盗の仕事等、させてはなるものか。 広い屋敷の何処かに存在する『赤い瞳』の所在を目をキラキラと輝かせたぐるぐは探りに探る。 掃除のついで、ベッドメイクのついで、給仕のついで――比較的口の軽そうな、かつテンプテーションが効力を発揮しやすそうな三兄弟に狙いを定め「いいなー。見てみたい!」と『狡猾に』少女の顔で言う。 「あれはよ、親父が全く他所には触らせないんだ。親父本人と赤木位じゃないのか、触った事あるのはよ」 勿論、長男の銀介からそんな情報を引き出せば、今度は『孫のような顔』で近付ける執事の赤木耕介がターゲットになるのだ。 「お爺ちゃん、お爺ちゃん。お仕事手伝いますよー」 くるくると表情の良く変わる人懐こいぐるぐはその実アーク最年長の八十二歳……老執事も息子のような年頃である。 「ダイヤとかルゥビィとかいっぱいですか?」 騙し絵。芸術的冗談。本気の悪戯――『Trompe-l'œil』の本領発揮はまだまだこれから。 ・時村そあらになるんだもん><。 ミニチュアダックスの耳と尻尾。 そあらの可愛らしさを全力で演出する実に微笑ましいパーツが今日は白いレースのヘッドドレスと長いメイドのスカートで隠されている。 「こういう上流の人の家に仕えていると色々大変そうなのです。やっぱり、身分が違うと恋人とかにはなり難いのですかねぇ?」 何時の世も家政婦が覗き見るのは家族の闇という事か。甲斐甲斐しくパタパタと働きながら、そあらが雑談を持ちかけ続けるのは同じメイドの中でも自分と年齢が近い――若く美しい緑山香苗の方だった。 「どうしてそんな事聞くの?」 下世話に取られても仕方なくないそんな問い掛けに香苗が小さく鼻を鳴らしていた。 「……それは……」 リーディングを使えば神秘は確実に露呈する。だから駄目。 本来誘導尋問や言葉遊びが得意とは言えないそあらである。 鋭い切り返しに少し言葉を詰まらせはしたが、彼女には大きな武器があった。この場合では間違いなく頼れる『真実』という大きな武器が。 嘘を上手く吐くよりも、本当の事を言えばそれは何より自然に響くのだ。 「……あたしの好きな人も、すっごいお金持ちなのです……」 そあらの先の問い掛けは情報収集の為のものであったが、同時に常に心の何処かで引っ掛かる――大切な事でもあった。 「意地悪で、優しくて。皆にいい顔するのです。ひどいのです」 恋する乙女に泣きそうな顔で恋話等された日には、幾らか警戒を持っていた香苗の方も鼻白む。 「いや、そんな、まぁ……えぇと……」 香苗はそあらにどう言葉をかけていいか少しだけ思案した後、言葉を発した。 「大丈夫じゃない? 貴方の好きな人が悪人じゃないなら。金持ちかどうかなんてファッションみたいなもんだわ。 金持ちでも尊敬出来ない人は居る。とんでもない奴も居れば、素敵な人もいるでしょ。それに本当にいい男ってのはそんなの気にしないわよ、きっと」 香苗は唇を端を皮肉に持ち上げて、言葉を続ける。 「ここの主人みたいなのばっかなんて、思いたくも無いわ。実際――」 ・虎鐵の予感…… 今回は何時に無くクールにシリアスに決める虎鐵である。 (……この家には何か良くないものを感じるでござる……) 虎鐵の中で虫の知らせとも言うべき胸騒ぎが一向に収まる気配を見せていなかった。 用心棒として黒服を着込んだ彼は全くなかなかどうしてそういう立場が板についている。黒田家の兄弟の内、銅次郎に付く事になった彼はボディガード、警備としての業務を勤める一方で屋敷の内部の様子をつぶさに探り続けていた。 (当日の宝石の場所さえ分かれば守りやすいのでござるけどな……) あわよくば、と考えていた虎鐵ではあったがそう簡単な話ではない。 銅次郎とのやり取りの間で彼が漏らした所によれば『赤い瞳』の所在は屋敷の主人である金蔵と執事の耕介のみが知る所……という事であった。 『赤い瞳』の場所がハッキリしない一方で――嫌な予感は強くなるばかりで晴れはしない。 「……本当に、うんざりするぜ。親父には」 頭ごなしに怒鳴りつけられ、部屋を辞した銅次郎がぽつりと漏らした声を虎鐵の耳は聞き逃さなかった。 唯の愚痴にあらぬ、その調子。心底から憎々しげに、唾棄するかのような感情が漏れる声…… 「……も……こし……とは言えよ……」 ・ティセ、頑張りますっ! 「……大丈夫かな~」 ティセの指先が床を指す。 猫耳は帽子で、尻尾は服で隠し、メイドとして潜入して何日か、仲間の様子には特に問題は見られなかった。 彼女とはと言えば、それはそれは奮闘している。具体的にどう奮闘しているかと言えば――人の近くに飲み物をこぼしたりお盆やモップを人に当てたり……それはもう八面六臂の大活躍である。 「うぅ~、また怒られたよ~」 最近では見る影も無かった元ドジっ娘の勘を如何無く発揮した彼女は万事『如才無く』やらかし続けている。 (いっぱい怒られるかも……時村家ごめんなさい) 心の中で軽く懺悔。 ……とは言え、勿論彼女も遊びでそんな事をしている訳では無い。 数々のドジを展開しながら彼女は一つの動作を一連の行動の中に織り込んでいた。それは即ち――『頭の上に何かがあったら叩き落とす動作』である。 (凄いアーティファクトでも帽子なら、きっと頭の上にあるはずっ) 何せ相手は怪盗なのだ。普通に見えなくする手段位持っていてもおかしくはない。 ラングリッドの持つ『アルセーヌ・ルパンのシルクハット』を見つける事が出来れば犯人はハッキリするではないか。 目をじーっと細めて見えない何かに目を凝らすティセの仕草は実に可愛らしいものである。 (怪盗に共犯者がいたっておかしくないよね。大抵、美人のお姉さんって相場が決まってるのです) 一方でメイドの二人に注意する彼女は一生懸命香苗に注視し、 「そういえば青田さんは銀介さんと歳が近いけど、銀介さんってどんな人ですか?」 彼女と奇妙に仲が良く、密談に興じる年長のメイドの青田恵美にそんな風に尋ねた。 「……いい人じゃないと思いますけどねぇ。旦那様に比べたら、そりゃあ」 何かを含んだ口振りにティセの頭上にはてなが浮かぶ。 ・アンジェリカの捜査 「……」 一方で聞き込みよりも自分の調査を優先し、力を尽くしているのはアンジェリカだった。 彼女は無機物からその記憶を読み取るサイレントメモリーの能力を持っている。 使用人として彼女が触れる事の出来る品物は数多い。洋服、食器、掃除用具――建物や家具自体。 サイレントメモリーで得られる情報は非常に断片的である。情報の内容、程度、方向性もそれぞれバラバラでかつ記憶があったり無かったりといった風では――彼女が真に求める『赤い瞳』の所在を正確に抜き出す事は出来なかったが、それでも分かった事はあった。 「……この屋敷は、歪んでる……」 会長に忠実な秘書業務を続ける白井新次郎が冷笑的に黒田家を眺めているのが伝わってきた。 ヘラヘラとした笑みを崩さない黒田家の長男次男が父親に憎悪を持っている事が伝わってきた。 メイド二人は暗い顔で何かを企み、何より人当たり良く皆に接し、一見柔和そのものといった風である執事の耕介までもが―― 「……奥さんの事、なのかな……」 ――黒田金蔵に向けられる怒りと憎悪と侮蔑の感情は彼が歩んできた人生そのものなのだろう。 アンジェリカは痛ましい……と呼んでも差し支えないその感情に密やかな溜息を吐き出した。 (……事件は防がないと……) アンジェリカは加えて奇妙な一計を案じていた。 ――実はラングリットは禿でそれを隠す為にシルクハットを被ってる―― プライドの高そうな彼に『シルクハットを使わせない』心算……なのかなぁ。 ・カイ、奮闘。 「はい、只今。これで宜しいですカ、旦那様」 一方で『赤い瞳』の所在を知る二人――屋敷の主人である金蔵と執事の耕介に狙いを定めてマークするのはカイだった。 ある意味で面々の中で彼は一番如才なく、今回の任務についていた。 まず使用人としてある程度の体裁を整える事に重きを置いた彼は性急にではなく徐々に情報を集めるという判断を下していたのである。 「しかし、盗賊が『赤い瞳』を狙うというのハ……心当たり等は無いの……ありませんカ?」 全く特徴的な語尾を抑えるのに苦労しているのはその何とも言えない顔を良く知る者が見れば一目瞭然といった所ではあるのだが―― 「ふん、知るか。コソ泥の考える事等」 殆ど確定的な風聞を信じるなら皮肉に「ご尤も。貴方はもうちょっと上の悪党だ」と相槌でも打ちたくなる位に傲慢な金蔵である。 しかし、カイは理不尽な怒声にも気難しい返答にも慣れたものでこれを上手く流して扱う。 「いっそ、応接間に『赤い瞳』を飾ってみたラ……」 「は、は、は。そりゃコソ泥にはいい面の皮だろうな!」 カイの提案に金蔵は笑う。しかし豪放に見えながら神経質な所がある彼は言う程ラングリッドを侮ってはいないようだった。 恰幅の良い体を揺らして廊下の奥へ歩いていく彼を肩を竦めて見やるカイに耕介が言葉を投げてくる。 「無駄ですよ」 「……?」 「旦那様は誰の話も聞きやしません。そういう人です」 その顔に濃い疲労の色が乗っていた。 ・咲逢子、警戒する。 「鬼メイドの恵美と香苗の姐御についていきやす!」 ……何て、実際に咲逢子が言ったかどうかは別にして。 まさにメイド。この上なくメイド。皿も割るし掃除も下手だけど、首になるかならないかギリギリの所を進行中。 『普段から嫌という程やっている』――普段着姿の咲逢子は実にリアリティたっぷりにドジッ娘メイドを実行していた。 彼女の懸念する所は先述した通り『赤い瞳』を守るリベリスタの中にラングリッドが紛れ込む事であった。 そこで彼女は使用人として働き(?)ながら仲間の動き、様子に注意を払い、警戒態勢を強めていた。 (……怪盗の十八番だからな、入れ替わりや変装は) 獅子身中の虫を見逃せば守れるものも守れなくなる――恵美の小言を聞き流しながら咲逢子は気合を新たに入れ直す。 (私の持つカードは二枚、千里眼にジャミング……果たして向こうは何枚か) 向こうだけ最大十二枚のカードゲーム等、不公平にも程がある。 ・ルカルカの提案 「ルビーアイ、あれ、怪盗から守るなら貴方は見直されるかもね。ルカ、個人的に貴方の力になっても構わないわ」 銀介の用心棒として屋敷の中を探るのはルカルカである。 元々、返せない父への借金が嵩み勘当寸前という銀介である。これは一発逆転、いい所を見せるチャンスである……とも取れるのだが。 「ああ、いいよ。いいよ。親父が何を盗まれようと俺の知った事か」 へらへらと笑い、ルカルカの言葉を一蹴した銀介からは全くやる気のようなものが感じられない。 「……いいの?」 思わず問い返すルカルカに彼は「ああ」と頷いた。 「親父は何したって俺を認めたりはしないよ。それは四十年の付き合いで嫌って程知ってるんだ」 口にする銀介の顔は怒りと不快感とに歪んでいた。 家族ならぬ誰にも分からないその感情は――まさに長い時間で醸造された『深み』なのだろう。 「……そう……」 銀介の様子から只ならぬものを感じ取ったルカルカは短く応えて一層注意して彼の様子を伺った。 「……そうさ。どっち道、もう……」 (……どっち道?) ・アーリィとマイナスイオン 「そういえば……わたしは最近来たので……あまり詳しくないのですが…… ルビーなんとかって宝石が有名な怪盗に狙われてるみたいですね……ちょっと怖いです…… でも……怪盗に狙われる位の宝石ってどのくらいの価値なんでしょうね……?」 護衛組への差し入れのついでに鉄太への接触に成功したアーリィは如何にも守りたくなる少女といった顔をして彼に話を聞いていた。 受ける者の心を僅かながらにでも和らげる効果を持つ『マイナスイオン』の能力は少女のなりと相俟って効果を発揮している。 「そうだねぇ……随分と騒ぎになってる。僕は値段なんかは知らないけど、すごい高いんだろうね」 元々、父や兄二人と比べれば随分と話しやすい雰囲気の鉄太が相手ならば尚の事である。 「そういえば……宝石ってどこにあるんでしょうね……? やっぱり大きな金庫とかにあるのでしょうか……? それともどこか別の場所に隠してる……? 凄く気になりますね!」 大きな目を輝かせてアーリィが言えば鉄太は軽く笑ってそれに答えた。 「さあ。何処にあるんだろうね。でもそんな風に言われると……」 「言われると?」 「まるで、君が怪盗みたい」 鉄太の言葉にアーリィは「しまった」とばかりに小さく息を呑む。 しかしてそう言った彼は本気の心算も無かったらしい。 「父さんは何時も自分が一番だから。誰の話も聞き入れない。誰も信用しない。だから僕も分からない。残念だけどね」 そう言う鉄太の顔は冷め切っている……そう言える程に冷めていた。 ・探偵少女ブラック☆レイン 「これは手強いね……」 気付けば口調は老女のものから少女のものへと変わっている。 それは礼子とレインが切り替わる――切り替わっている証明だ。 「うーん、大変だ」 屋敷の構造を十分に把握した礼子は密かな溜息を吐き出した。 元よりかなりの豪邸である。進入経路も脱出経路も数多く、身を潜める場所も沢山ある。 『魔盗』を気取る盗賊を追い詰める『探偵少女ブラック☆レインの初仕事』としては余り歓迎出来る環境ではなかったからだ。 「狂言の可能性は……無いとは思うけど……」 灰色の(?)脳細胞が集めた情報から真実を見抜こうとフル稼働している。 会長秘書の白井新次郎に接触し、二人の息子――銀介、銅次郎にも接触した彼女である。 彼等の様子から見て『狂言』の可能性は高いようには感じられなかったが…… (引っ掛かる……) 新次郎は兎も角、出来の悪い兄弟の態度には何か含むような調子が極々僅かながら漏れていたのは気に掛かる点だった。 或いは魔眼や記憶操作との併用が叶えばリーディングを使う選択肢もあったのかも知れないが、如何にテンプテーションで好意を得たとしても確実にバレる状況ではこれを扱うのは難しい。決定打は無いが不安感は残る。 「……うーん……」 差し迫る『運命の夜』を前に礼子は唸り声を上げた。もう、幕が開くのだ―― ●ラングリッド・ナイト かくて十九日、運命の夜がやって来た。 会社の業務を珍しく早目に切り上げた金蔵が応接間に並ぶ一同を見回していた。 そこにはこの物語の登場人物となる――全ての役者が揃っている。 主人が居る。秘書が居る。執事が居る。老いたメイドが居る。若いメイドが居る。三人の兄弟が居る。 そして、壁際に立つ九人のリベリスタが居る―― 「コソ泥め。何時来るのか」 時刻はもう夜の十一時半過ぎ。何者も動かず緊張に固唾を呑む時間は居心地悪く過ぎていた。 金蔵の言うコソ泥は合わせて二人。一人は言わずと知れたラングリッド。もう一人は…… (怪盗が二人……両方倒すわ) 容赦ないルカルカが脳裏に思い浮かべたぐるぐの『あっかんべー』である。 正面の重厚な柱時計の文字盤の上で長針と短針が忙しない追いかけっこを続けている。 煮詰められた時間が経つのは遅く、早く――矛盾を抱え、感覚と意識を麻痺させていく。 ――誰も口を開かない緊張の時間の中、やがて柱時計はボーン、ボーンと十二時の時を告げ始めた。 「は、ははははは……!」 顔を見回す面々の中、笑い声を上げたのは上座に座った金蔵だった。 「やはり、来なかったじゃないか! 口程にも無い!」 顔を赤らめ、早口でまくしたてるその姿は猛々しい口振りとは逆の印象を受け手に与えるもの。 「もういいだろ、赤木! 『赤い瞳』を!」 「はい、旦那様」 控えていた老執事が応接間の隠し戸棚から一つの宝石箱を持ち出した。 リベリスタは声を上げかかるが、この場は堪える。耕介より箱を受け取った金蔵は中を確かめ、光り輝く大粒のルビーを明かりにかざした。 「スッキリしたわい」 宝石が本物であるらしい事を確認した金蔵はそれを元の通りに戻すとその手を挙げる。 合図を受けたメイドの香苗が退席し、やがて銀色の盆にワインボトルと人数分のグラスを載せてやって来る。 リベリスタ達を除く古株の人数分である。 恵美がワインボトルに手を伸ばす前にカイがそれを制止した。 「一応、確認をさせて下サイ」 能面のように無表情を貼り付けたまま、恵美は小さく頷いた。 ワインを見た彼の挙動に応え、彼女はボトルを彼に手渡した。 「……」 荒事に対する護衛と警備のプロ――そう思われている――『時村から紹介された』彼の一挙一投足に視線が集中する。 カイがチェックしたワインボトルには封を開けた様子は無い。何事も普通のものと変わらないように見えた。 「……」 小さくカイが頷く。 (杞憂でござるか――?) 場を油断無く見据える虎鐵は『何事も起きていない夜』に小さな息を吐く。 「では」 恵美がトクトクと脚の長いグラスに赤々としたワインを注いでいく。 赤黒いビンテージの複雑かつ深遠なる香りが鼻腔をくすぐる。 自分と香苗の分を銀色の盆から机に取り置き、恵美は下座から順にグラスを取らせていく。 「大山鳴動して鼠は現れず、ですか」 白井新次郎。 「……それが何よりです」 赤木耕介。 「全く。何事も無くて良かったよ」 黒田鉄太。 「ったく、いい茶番だったぜ」 黒田銅次郎。 「愉快犯ってのは暢気なもんだな、親父」 黒田銀介。 「さあ、乾杯の時間だ。このくだらない夜に――!」 最後の黒田金蔵がグラスを手に取り、高く掲げる。 面々が言葉を境にグラスを呷る。金蔵がそれに続く。面々の視線はその彼に注がれていた。 血走った瞳が、冷たい瞳が、沼の底のような瞳が。瞳が、瞳が、瞳が――一人の男に集中していた。 「……ウッ……」 そして、異変はすぐに訪れた。 短い呻きと共に片手で喉を抑え、宙を掻き毟る姿を見せたのは――金蔵だった。 手から滑り落ちた彼のグラスが長い毛足の絨毯の敷かれた床に転がり、赤黒くワインの小川を横たえる。 「――!?」 明らかに異常な事態にリベリスタ達の空気が変わる。 (やっぱり、何かあると思ったでござる――!) 勘は外れていなかった、予感を確信に変えた虎鐵が臍を噛む。 しかし、動き出しかかった彼等が次のアクションを取るより先に、当の金蔵が舌を出した。 「――なんちゃって」 茶目っ気に溢れた、当人らしくないそんな顔だった。 「……っ!」 アンジェリカの瞳が見開かれる。元より『それ』を警戒していた彼女は事態を明敏に察知する。 今朝までおかしな所は何一つ無かった金蔵だが、予告日の今日は会社に随行してでも片時も目を離すべきでは無かった――後の祭り。 「ラングリッドなのダ!」 カイの言葉を受けるまでもなく、リベリスタ達は構えを取った。 時同じくして落ちる証明。慌てた空気の中を切り裂く光は虎鐵が構えたライトである。 「逃がさんでござる。いや、ラングリッド以外は外に出るでござる――!」 虎鐵は怒鳴るが面々は余りの事態にか棒立ちのままである。 上座の金蔵は気付けば白装束のスマートな男にその姿を変えていた。目深く被る気取ったシルクハットは怪盗の証明。 「いやはや、黙って持ち去るのは簡単だったが――今夜はそれじゃ面白くない」 素晴らしく通る声で独白するように言った男は面を上げ、モノクル越しにリベリスタ達を見回した。 「元々、僕は君達に用があって帰国したのだし、ね」 「悪党が出たのです!」 「気を付けて下さい――」 そあらが、アーリィが、それからカイが茫然自失の黒田家の人々を庇うように前に出た。 「時村家のメイドたる物これくらいできてあたりまえなのです!」 見得を切るそあら。如何な神秘を発揮しても彼女の中ではそれで十分事足りる。 咲逢子は油断無く集中を重ねて彼の動向を見守り、やはりこの場も圧倒的に速いルカルカは人に先んじてラングリッドに一撃を仕掛けた。 「痛い目みるのは織り込み済みでしょ? いやなら避けてね――」 「――レディの誘いは断らない事にしていてね!」 ルカルカのナイフとラングリッドが何時の間にか手にしていたロッドが絡み鋭く硬質の音を立てる。 「道具に頼ってるようじゃ、まだ犯人前……じゃない、半人前なのです!」 鋭い一声を上げたティセが素早く間合いに踏み込んだ。 ラングリッドの『完全な変装』を可能にするのは彼が被るシルクハット(アーティファクト)の力である。 言葉と共に氷気の宿ったクローの一撃でそれを叩き落とさんとした彼女ではあったが、バランスの悪い部位狙いを軽くかわしたラングリッドを相手にくるりと回って崩れかかる。 「あ、あれ……?」 転びかけた彼女はその実、転ぶ前に目の前の男に支えられた。 全く戯曲の一幕のように決められていた通りの所作であるが如く、澱み無く見事にティセの腰を抱き止めた彼は「名残惜しいけど」とそっと彼女の身体を床に下ろす。この間、一瞬の早業である。彼は神秘を外に漏らすまいと敢えて通常の技で切り込んできた虎鐵を退がる事でやり過ごす。 「第一、悪党呼ばわりは心外だな。僕は泥棒だが、今回は君達と同じ探偵役でもあるんだぜ」 言葉と共に後退したラングリッドの身体が壁に沈む。透過で隣室に逃れようとする彼をリベリスタ達は追いかけた。 「望む所だよ――!」 一般人が居ない方が余程存分に力を振るえるというものである。 声を上げた礼子が彼を追い、白いマントを視界に捉える。彼女が放ったのはリーディングだ。思考を読み、逃走経路を潰す――そう考えてのものだったが。 「……っ……」 一瞬、その彼女の動きが止まる。 「どちらかと言えば――悪役にされそうになった、だろ?」 何処か楽しそうなラングリッドの言葉に「今は余計」と礼子がぶんぶん首を振る。 「そのお宝、頂戴するのです」 密かに好機を狙っていたぐるぐが死角からラングリッド目掛けて飛び掛った。 怪盗ぐるぐ二世は『お宝をいただきマス』とだけ予告を出したのだ。元より彼女の『お宝』は『赤い瞳』では無く――『怪盗』にとって垂涎の彼の帽子。しかして完璧に不意を打ったかに思えた彼女の動きも、ラングリッドの魔的なまでのESP(かん)を掻い潜るには到らない。 咲逢子のウィップが微かに白い影を掠める。 「今日はこの位か」 高い技量を持つルカルカが今一度仕掛けかかったのを確認して廊下を駆けたラングリッドは得意の台詞を吐き出した。 「――急がねば。夜会に遅れてしまう」 ガラス窓を身体で破り、夜に目掛けて飛び込む魔盗。 距離を詰め彼を追うリベリスタ達ではあったが、夜に溶けた彼を追い切る術は無かった。 この時、ずらされた時計に拠らぬ時刻は『本当の』夜十二時を迎えていた…… ●顛末 眠らされていた黒田金蔵が発見されたのは彼の自家用車のトランクの中だった。 『赤い瞳』は盗難され、金蔵は大いに激怒した。しかして、彼はこの結末を本来幸福に思うべきだったのかも知れない。 「あんな物、キレイなだけのタダの石ころなのダ」 「……救いが無いのぅ、人の業は」 カイの言葉を受けた礼子が呟く。彼女があの瞬間、盗賊の頭より読み取った思考は――より重篤なあの夜の結末を彼女に教えていた。 青田恵美は黒田金蔵の愛人だった。彼に捨てられた彼女は彼の認知しない娘を一人密やかに産み落とし、復讐の時を待っていた。 緑山香苗は『主人』の身勝手で浅ましい本性を目の当たりにする事で『同僚』の言葉に真実を知り、彼女の思いに共感した。 赤木耕介は恨んでいた。恨み、恨み、恨み、恨み、日々を過ごしていた。公私を問わず滅私で彼に尽くした自分の――一生の頼みをすげなく切り捨てた『友人』を深く恨み抜いていた。 黒田銀介は、黒田銅次郎は父親が邪魔だった。ともすれば自分の遺産は鉄太だけにくれてやる――そう言う父が憎かった。 黒田鉄太は優秀だった。白井新次郎も又優秀だった。かつては極めて優秀な経営者として辣腕を振るった金蔵も二人からすれば唯の老害に過ぎなかった。何時までも血気盛んで、何時まで経っても経営に口を出し、引退する素振りも見せない『時代遅れ』が二人にとっては邪魔だった。 ――どちらかと言えば――悪役にされそうになった、だろ? あの夜は、あの場に居た黒田家の人々は誰もが傲慢で独善的な当主が消え去る事を望んでいた。 全員が結託し、あの夜を彼にとっての終わりの夜に定めていた。 全ての汚名は予告状を出した間抜けな盗賊が被ってくれる――そう信じた黒田家の人々は協定を結び、時を待っていたのだ。 全ての利害を一致させ、各々の憎しみを解消し、その後の人生をより明るいものにするに最も簡単で根本的な手段を用意して。 「何だか辛い話だね……」 「……ああ。救いが無いのう」 アンジェリカの溜息に礼子がもう一度同調した。 ――下座より次々と手に取られたワイングラス。 最後に残った一つのグラスは彼に向けられた特別な贈り物だった。 グラスの底に密やかに潜んだ悪意の名は一般にシアン化カリウムと呼ばれている。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|