● ずるり、と何かが動いた。 その全貌を把握するのは、たとえこの暗さがなかったとしても難しい事だろう。 それは僅かにこの場所に差し込む光を受けて全身を照り光らせながら、のたうつうねりでしかなかった。 ぎちぎちと擦れるような音は、人の本能的な嫌悪感を煽る。 ちらちらと瞬くような光は、注視しても尚その形状を知らせず、見る者に恐怖心を植え付け育ててゆく。 それは、単純に異質。 そして色濃い死と毒の匂いを隠すでもなくまといつけている。 やがて、それは狭い穴倉から這い出した。 連なる黒い甲殻を不気味に蠢かせて。その体側を隙間無く埋める橙色の歩脚を機械のように精確に運んで。 今やその姿は不分明ではなかった。 一抱えほどもある太さと、人間数人分ほどもある長さを誇る、それは百足であった。 ● 「さて……依頼よ」 『硝子の城壁』八重垣・泪(nBNE000221)はいつも通りにそう告げる。 「内容、フェーズ2・エリューションビースト一体の撃破。……まぁ、シンプルなものね」 敵の姿は太さ30センチ、体長10メートルを越える大百足である。 日本産ムカデの中でも最大級と言われるトビズムカデをベースとしているようで、姿はそれに準ずる。 「……非常に攻撃性が高く、毒を持ち、大型の物になると小動物すら捕食する。この辺の特性も当然ながら引き継がれているわ。もしかしたら同サイズの生物種の中では最悪かもしれないわね、単に巨大化しただけでも」 特筆すべきはその攻撃力と運動性。 また、面接着に似た能力を持ち、障害物のある地形では三次元的な機動を行う可能性もある。 「ブロックには5名を要すでしょう。翻弄されないように……という辺りが注意点かしら」 泪はそう言っていた。 「そう、それと……基本的に格闘戦を好むようだけど、尾にあたる部分に二本の突起があるわね」 モニターへと敵の姿を呼び出す泪。レーザーポインターでその部位を示しながら、続ける。 「これは革醒の過程で毒弾を発射する速射砲じみた物へと変異を遂げている。遠距離戦も好まないというだけで特に不得意という訳ではないようだから……ブロックを行うかどうかも貴方達の構成・判断に任せる、といった所よ」 また、敵の装甲はさほど厚くも無い。その代わり長い体躯が誇る生命力の高さは凄まじいの一言だ。 「ここまでが敵の情報。弱点といった弱点が存在しないと思うでしょうけれど、それで正解。手堅く攻めるに如くはない……といった所と私は考えているわ」 次に戦場となる地形について、である。 「敵はほぼ一直線に人里へ向かって侵攻している。素直なものよ、そのルートまで完全に予知出来たわ。 だから、貴方達には幾つかの選択肢がある」 何処で迎え撃つか、決める事が出来るというわけだ。 まず一つは沢である。川幅は短いが岩と木立により障害物が多く、加えて敵は此処を渡るのに僅かならず躊躇を見せるのだという。この躊躇の間に射撃戦を展開する余地があるだろう。 次に森。木々に身を隠せば完全な奇襲を行う機会が得られる。しかし先にも言った通り、ムカデであるE・ビーストにとってこの場は戦い易い地形かもしれない。 最後に平地。障害物は無く正面からの戦いとなるが、遠距離から敵を捕捉出来る事が利点である。 「別にどの地形が有利・不利といった事はないと思うわ。どれも一長一短。敵にとってそれほど差があるようには思えない。だから、貴方達がこの地形に何を見るのか――要点はそこね」 何処を選ぶかに正解は無い。 ただ、自分達にとって何が望ましいか。どういう意図でその場所での迎撃を選ぶのか。 それが重要であると泪は告げていた。 「……それでは、良い狩りを」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:RM | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月21日(水)23:44 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● さらさらと水の流れる音が響いている。 此処はとある山の麓、一面に針葉樹の森が広がる一帯である。まるで切り込みを入れたかの如くに木々は開けており、そこには岩場に囲まれた短い川の姿を認める事が出来る。 8名のリベリスタ達は、比較的大きな岩に半ば隠れるようにしてその場にあった。 「しかし……待つだけというのも、心穏やかならぬものだな」 『系譜を継ぐ者』ハーケイン・ハーデンベルグ(BNE003488)は口を開く。 敵――E・ビーストが此処を通るという事は、フォーチュナから確実であると告げられてはいた。 しかしいつ現れるか知れぬものであるし、それは決して歓迎できるような容姿でもない。 「全長10メートルだったかしら。其処まで大きいと、百足も余り可愛くないわね」 「……そもそも、あれを可愛いと評する人間は少ないのではないかと思うが」 同じ毒持ちの節足動物でも蜘蛛や蠍ならば頻繁にデザインのモチーフとなるのだが、百足のそれは少ない。 百足好きというのはやはり希少な嗜好と言えよう。 「ま、どのみち楽しみだわ。単純に大きくて強い敵というのも久方ぶりだから」 『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は笑みをみせていた。 それも歓迎する理由としてはどうかと思う、が。 何の背景もなく、また被害も未だ出ては居ない。そればかりは喜ばしい事か。 少なくともノーフェイスを相手にするよりは気分が楽だ、とハーケインは心中にごちる。 ――ざ。 不自然な物音を『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)が感じ取ったのは、僅かに退屈さを覚えるほどの頃合。 「来た、か……?」 美散は呟きを発する。リベリスタ達はその声を聞いて周囲に視線を這わせるも、未だ気配はしない。 「風の音では……いえ」 言いかけて、『不屈』神谷 要(BNE002861)もまた気付く。 相手は未だ此方に気付いて居ないのであろう。規則的に――と言うのも適当であるとは思えぬ、数瞬毎に地面を掘り返すような音色は次第に大きくなり、今や気の所為では済まされない程まで近づきつつあった。 ふ――と、笑声を零す『野良魔女』エウヘニア・ファンハールレム(BNE003603)。 肌がぴりぴりと粟立ち、心臓が鼓動を早める、その感覚こそ堪らないと楽しみながら、指を伸ばす。 「……さあ、おいで」 その声に誘われたかのように、木々の間を突き抜ける大百足。 先ず、視界に飛び込んだのは触角と頭部を染める鮮烈な朱であった。 次に陽光を砕いて煌く漆黒の背甲が続く。滑らかでありながら何処か柔らかさを感じさせるその質感。 「なるほど、大きいな」 「夢に出そうね。今夜は安眠出来ればいいけれど」 美散の言葉に片桐 水奈(BNE003244)は顔をしかめて返す。 そしてこの一時、敵がこちらを認識していない今が好機と、リベリスタ達の得物が次々と閃いた。 「待ち侘びたぞ、早速だがこれでも喰らえ」 振られるハーケインの槍。 閃光と瘴気、銃弾が撃ち込まれ、E・ビーストは怯みこそしなかったものの、ぎ――と低く啼いてみせる。 「私達からの挨拶、お気に召していただけたかい?」 その様子を見、エウヘニア。来栖 奏音(BNE002598)は周囲に魔法陣を多重展開し、自身の魔力を高める。 そして『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)は、みしりと自身の骨が鳴る音を意識していた。肉体の制約を解除し、これからの激突にそなえる。 「どのくらいだ、エナーシア」 「待って。……詳しくは分からないわね、流石に強いわ」 言いつつ、彼女が見遣るのは先に己が放った銃弾の先。 「そう上手くは行ってくれないか……」 触覚の根元に突き刺さった弾丸は、しかしそれをぐらつかせるにはやや弱い。 「……ッ!」 寸時の間を置いて身を屈める要。彼女の背後にあった岩に毒々しい色の液体がへばりつく。 E・ビーストの尾脚がそちらを向いていた。身体全体を横滑りさせながら、歪な球形の毒弾を放って来る。 「既に一撃を加えられたとは言え、躊躇も見せませんか。成程、危険な……」 構えを取る要。自身の防御を高めるのに続き、味方へと十字の加護を齎す。 「人の居る場所へは行かせられない。……必ず、此処で止めます」 ● 百足は迫る。それが攻撃範囲に入るまで、最早然程の猶予もあるまい。 (弱点らしい弱点を持たない、か。……悪くない) 集中を重ねながら、美散はそれを見据えていた。 楽しませて貰えそうな敵だ――知らず唇が綻ぶ。 「全く……速いな、それに重そうだ。その巨大な体躯自体が武器という事か……だが」 進み出るディートリッヒ。 だがそれがどうしたとばかりに、Nagleringを振り上げる。 敵は厄介であるが、自分に出来る事は決まっている。 「剣で敵をぶった斬る。ただそれだけだ」 肉体に許された力を十全に用いて、振り下ろされる長剣。深々と埋まった傷痕から体液が噴出する。 同時、激突する頭部によって彼は吹き飛ばされるが、即座に水奈の回復が飛んでいた。 「そら、こっちに来いよ!」 闇を纏いながら、敵を挑発するハーケイン。触覚を左右に揺らしながらE・ビーストは周囲の敵を探り、その巨躯で次々と轢き潰さんと、或いはその毒牙にかけんとして全身を振りたてる。 まさに暴風であった。 黒色の、竜巻の如きものであった。 適度な散開がダメージの分散を助けていたものの、癒し手が少ない状態で全員が接敵していたならどうなっていた事か。水奈とエナーシアは安堵すべきか、いや寒気を感じたものか、複雑な心境を表情に乗せ、 そして即座に忘却した。何か余分な思考の余地があるとするなら此れを仕留めた後であろう。 「こいつ……すばしっこい!」 魔法の矢を撃ち放つエウヘニア。蛇行する百足は的の大きさを感じさせない俊敏さで動き回る。 当たらない訳ではない。事実足の一本を今、彼女の一撃は吹き飛ばしている。 だが、それで全く動きが変わらないというのは脅威の一言。 敵の装甲は見た目に反して肌というべき軟さである。彼等の一撃一撃は決して浅くはなく突き刺さり、その体力を相応に削り落としている筈だ。 だというのに。 「如何なる“敵”とて、打ち砕くのみ――!!」 瞬時に間合いを詰めた美散が一撃を放つ。裂帛の気合を乗せて突き出された槍は、砲撃にも等しく敵の体躯を貫く。挽かれ砕けた肉が散り、百足の胴には大穴が穿たれる。 だというのに。 「まだ、動くか……!」 全身から毒霧を放った百足を前に、堪らず口元を抑えながら、美散が言う。 「三割ね」 そして、エナーシアは苦い笑みを唇に乗せながら、呟いていた。 「畳み掛けろという事か?」 「いえ。……これで三割。序盤戦が終わったって所かしら」 ――ぎ。 渡河を決行せんとする百足。エナーシアはE・ビーストごと川面を掃射し、それを押し留めようとする。 幾多の水柱が立っていた。水滴が雨のように降り注ぐ。 季節がもう数ヶ月も後であれば涼やかと言えただろうが、今は寒々しいばかりか。 「……行かせませんよ」 宙に舞う水滴を蒸発させたのは要の放つ十字の光輝。 それに灼かれたE・ビーストは、反転して彼女に向かう。朱い頭部に嵌め込まれた豆粒のような目は退化し、光の明暗ほどしか捉えてはいないのだろうが、そこに彼女は確かな怒りを見た。 「ち……ぃ!」 構えたラージシールドに鈍い衝撃。毒牙の先端は盾を僅かに貫き、その裏面に金属じみた光沢を覗かせる。 「神谷!」 ディートリッヒは側面から百足に斬りかかった。振り解くようにE・ビーストは身を捩らせ、歩脚に引っ掛けられるように二人は揃って宙を舞う。 「だ、大丈夫ですか?」 四色の魔光を放ちながら奏音。すぐさま立ち上がったディートリッヒは腰を擦りながら剣を構え直す。 「ああ。ったく……何て馬鹿力だ」 「出来る限り私が引き受けます。裏へ回れれば良いのですが……」 言って、味方の配置に目を遣る要。 回復の届く範囲に居なければ――とそれだけに注意を払い、円を描くように百足を誘う。 「……持つのか?」 掠めただけで切り裂かれた自らの負傷を見下ろし、ディートリッヒは言う。 「さて。……どの道、当分はこちらから目を離してくれそうにはありませんが」 要はそうこたえていた。 ● 戦いは続いている。 「年寄りには……もう少し優しくして貰いたいものだけれどね」 エウヘニアのフレアバーストが背後から炸裂し、E・ビーストは赤い火に身体の半ば程を飲み込ませる。 現れた時と同じく瞬時にして消える焔を追って、ハーケインは奪命剣を繰り出していた。 突き出した槍の穂先が紅く染まる。 「その尾を貰うぞ!」 尾部を穿つ一撃。しかし離脱の最中、撓る尾は強かに彼を打った。 深手に後退するハーケインの傷を癒す水奈。そして切れた翼の付与を掛け直す間、リベリスタ達は一人にダメージが集中しないよう庇い、入れ替わりつつ立ち回りを続ける。 このまま、川向こうにこれを留めたままで勝利出来るか……? 僅かな手応えを感じはじめていた。流石に敵の体力も5割を切っているだろう。 だが。 「行かせるか!」 幾度目かの渡河阻止。ディートリッヒのメガクラッシュが唸り、しかしそれは岩を叩く。 「なっ……!?」 「奴め、高所へ……」 低い場所から川を渡ろうとしていたE・ビーストの動きが、ここに来て変化する。 岩を伝い上へと登り、川へと飛び込んで向こう岸へ渡ろうという腹と見えた。 「流石に戦意を挫かれたのか? まさかな……」 美散はそう呟くが、少なくとも、このままでは勝てないと『それ』が悟った事は確かであろう。 視覚も退化しているのだろうが、ここまでの戦いで対岸に数名の敵が居る事もまた、理解したか。 「こいつ……!」 エナーシアは素早くライフルを構え、E・ビーストの顎に向けて速射する。 頭部のすぐ後ろに張り付くようにある第一脚が粉砕されて散るが、百足は止まらない。 低空飛行でそれを追う美散。始めは虚を突かれたとはいえ、あちらが回りこむ意図であれば先回りは可能。 そして後衛達の中にも冷静に状況を見るならば、これは好機との理解が広がっていた。 敵は真っ直ぐにこちらへ向かって来る。 狙い易い事この上ない――! 「水嫌いなら、水の中に落としてあげるのです!」 奏音の放つ魔曲・四重奏がE・ビーストの頭部に突き刺さる。 エウヘニアのマジックミサイルが触覚の一つを遂に吹き飛ばし、朱い破片が散った。 そして、 「此処から先は通行止めだ。他を当たれ」 E・ビーストの前面へと躍り出た美散は、その鼻面に一撃を加える。 のたうちながら水中へ没するE・ビースト。即座に水上へと出るそれではあったが、その場所は『彼』が渡ろうと望んだ側ではない。 「ところで……そろそろじゃないのか?」 「ええ、少し待って……」 E・ビーストをスキャンするエナーシア。その顔がやや、思案するようなものに変わった。 「……どうした」 「若干、遣り過ぎた辺り」 舌打ちと共に神気閃光を放つエウヘニア。 だが、それを意に介さぬ勢いを以て百足の体躯が加速する。 全身に毒の霧を纏いながら、伸び上がるようにして、空へ。 「まさか……」 「落ちて、来るつもりか」 それ以外にはありえない。既に緩やかな曲線を描いて、百足の頭部は此方を向いている。 「くっ……!」 盾を構える要。だが、E・ビーストは激突の瞬間、更に頭部を内側に巻き込んだ。 円を描き叩きつけられる百足の背。巻き込まれた頭部は再び上昇の軌道を描き、ひと回り小さくなった円を虚空に描く。長々と続いた濃紫の蹂躙は、リベリスタ達から余裕といったものを根こそぎ奪い取っていた。 「滅茶苦茶だな……これは」 「やれやれ、見かけ通りの暴れん坊だね」 それでも誰一人欠ける事なく立ち上がるリベリスタ達。 体力は危険域に達してはいるが、尽きる事がなかったのは要の尽力のお陰か。 「ですが、二度は……」 「撃たせず終わらせる。これ以上の手間は掛けん」 そして、再びその体躯を立ち上げようとするE・ビーストに、リベリスタ達は突進していた。 先ずエナーシアの銃撃が、水奈のマジックアローが顎と首に突き刺さる。 エウヘニアのマジックアローと奏音の魔曲・四重奏が無防備な腹を穿つ。 ハーケインの奪命剣とディートリッヒのハードブレイクは百足の体躯を遂に揺らがせ、要のリーガルブレードは損傷により細くなった百足の胴を真横に断ち割っていた。 頭部を含む4メートルほど、E・ビーストの上半分が支えを失って落ちて来る。 「これでトドメだ。我が渾身の一撃、篤と味わえ!!」 迎えた美散のデッドオアアライブは、それを文字通り粉砕していた。 ハーケインは煙草を探っていた。 ぼろぼろになった箱から無事な一本を引き出し、咥えて火をつける。 「良い狩りでしたか?」 エナーシアは訊く。リベリスタ達はその多くが、苦笑しながら曖昧に首を振るばかりだ。 今は兎に角疲れた、といった所であろうか。 「……まぁ、身なりが大きくなった分は強かったな」 呟くハーケイン。そして揉み消した吸殻を灰皿に収め、立ち上がった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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