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<黄泉ヶ辻>憑鬼ノ巣

●骸峠
 姥捨山、と言う寓話がある。
 史実としての存在の有無はさて置き、あるコミュニティが十分なリソースを確保出来ない場合に
 最も労働力として欠ける者を排除する。棄老と呼ばれる行動様式。
 それは弱者は淘汰され強者が生き残るを良しとする、適者生存の1つの形である。
 だが一方で、これらの棄老伝説は老いた者を大切にする事の意義を問う物でもある。
 労働力として用いられる事が無くなり、尊敬される事も無くなった老いとは、
 万人にとっての恐怖に他ならない。人が生に拘る以上生きる事と老いる事は抱き合わせである。
 であれば、老いを虐げる社会は人から生きる意欲を奪う――故に姥捨山は制度として成立し得ない。
 未熟で未成熟で反社会的なシステムである……と、一般的には言われている。

 だが果たして。老いる者の内に老いぬ者が混ざっていたとしたらどうだろう。
 老いぬ者は老いる者を虐げ、淘汰するのでは無いだろうか。
 件のシステムの欠陥はあくまで、万人にとって生きると老いるがイコールである場合にのみ成立する。
 であるなら、そうでない者が多数存在し得る時点でこの道理は覆る。
 老いが恐怖の対象になった所で老いぬ者には関係が無い。
 口減らしは必然の道理。老いぬ者は老いる者を当たり前のように排除するだろう。
 実際どうであったにせよ、淘汰される老いる者の側は、それを考え、恐れざるを得ない。
 では、それを知った既に老いてしまった者達は、果たして何を思うだろう。
 ただ、棄てられるを良しとするだろうか。ただ、殺されるを是と受け入れるだろうか。
 否。

 老いるとはそれだけの時間を消費してきたと言う事である。
 である以上、彼らには彼らなりの戦い方がある。 
 老いが止められぬのであれば、老いぬ手段を探すだけ。
 なろうとするだろう、如何なる術を用いたとしても。如何なる犠牲が出たとしても。
 老いる側から、老いぬ側へ。淘汰される側から、淘汰する側へ。
 敗残者から、勝利者の側へ。古来より不老を望む有力者など枚挙に暇が無い。
 それは、戦後最大と言える高齢者社会を築きつつあるこの国では決して無視出来ない事実。
 世界は金が全てでは無い。社会的地位が、名誉が、権力が全てでは、無い。
 だが、大多数の一般市民はそれらの上に歩んでいる。それらの上で生きている。
 そしてその殆どを有しているのが、既に老いた者である事を忘れてはならない。
 ――故に『黄泉ヶ辻』はそんな心の間隙に滑り込む。
 人の口に上る事無く、人の視線に触れる事無く、人の認識に上がる事無く。けれど。
 静かに、確実に、忍び寄る様に、潜り込む様に、

 何時でも人の心に、魔は射すのである。 

●Case2
 この世界には人喰い人が巣食っている。
 それは誰もが知っている筈であるのに、誰もが目を逸らしている事。

 特別養護老人ホーム「銀寿館」
 病床数110床、従業員数240名。内介護福祉士資格保有者50名中、常在勤務35名。
 施設のパンフレットとホームぺージには以上の様な記述がある。
 だが、それを何処まで鵜呑みにして良いのか。
 内側に広がる光景は、情報から得られる連想を真っ向から否定する。
 十分とは到底言い難い介護士が駆け回るのは戦時病院の如き騒乱の坩堝。
 個人として生きる力を失った人間の到るその最後の地は、決して極楽等ではない。
 身寄りの無い者。子供と親族の居ない者。家族関係の破綻している者。
 或いは現状認識の曖昧な者。医療機関にかかり続ける事も出来ず厄介払いされた者。
 彼らは十把一括にされこの施設へ詰め込まれた。それはあたかも荷物であるかの如く。
 医療の進歩によって人の寿命は延び続けている。けれど、人の心の寿命は一定である。
 一人の人間の尊厳が失われるのに、80年と言う時間は長過ぎる。
 介護施設を見つめ続けたとある有識人が言った。ここは現代の――姥捨て山だ、と。

 けれど、それが人間である限り。有効活用の方法など幾らもある。
 例えばそう考えた者が居る。そして、そう考えた者の中で最も力のある者が、
 己の少ない余命を心底から実感した時破綻は速やかに始まり、終わった。
「はぁい、お爺ちゃん。今日はちょっと寒いですから暖房入れますね」
 にこやかに微笑む女性。彼女が話し掛けている相手は老人である。
 壁際に並べられたベッド。その数10。施設内にはこんな大部屋が11もある。
 内、埋まっている部屋は7部屋。計61名の要介護老人。
 その様子を見て回る女のポケットで携帯電話が震えた。
 施設である以上勿論マナーモードにしてある訳だが、しかし介護業務中である。
 本来は確認だけで済ませるべきであるにも関わらず、彼女は躊躇無くその電話に出る。
「あぁっ、御疲れ様ですせんぱぁーい。えっ、経過ですかぁー?
 順調ですよーやっぱり状態さえ保っていれば死後でも感染可能みたいですー」
 間延びした、ミルクチョコの様な甘えた声色。けれど電話から聞こえる声は事務的であり酷く冷たい。
「えぇ、アーク? ちょ、何ですかそれ聞いて無いですよぉー!?
 そんな、急ぎって資料纏める時間位……ええぇーっ、数日以内ぃー!?」

 その内容に、女が焦りの声を上げるも電話先の上司にとってはどうでも良い事。
 彼が興味があるのは研究と、そしてその研究の原因である一人の女だけである。
 それを知っているからこそ彼女は殊更に媚を振り撒く。手に入らないからこそ燃える。
 余り幸せにはなれない性分である。その上最近は小さなライバルまで出現した。
「はぁーい、分かりましたぁー……先輩もー、あんまり私の事放っておいてぇー
 預言者君といちゃいちゃしてたら駄目ですよぉー? あっ、切った! 酷ぉい!」
 ツーツー、と言う無機質な音。一つ嘆息しながらも周囲を見る。
「残ー念、ちょっと最近愛着も沸いてきた所だったんですけどねぇー」
 周囲には布団に包まる老人達。その全てがあー、うー、と呻くのみ。
 いや、それ所では無い。布団の盛り上がりは明らかに人体の形状を保っていない。
 部屋のラベルには「LvB」の文字。そんなラベルが部屋毎に貼られている。
 これらは全て、“先輩”の研究の産物である。彼女が投与し、経緯を見守るサンプル達。
 出資者は反時村派の議員であると聞いている。政治家のお墨付きの秘密事業。
 法も、公安も、手出しする事は出来ない。研究は順調。
 先に回収したサンプルは臨床実験では未知のLvCに到ろうとしている。

「アーク、かぁー……邪魔よねー……あれ」
 今は手を出すな、とは言われている。けれど、もしも。
 もしも彼らを追い返す事で研究が進んだら、彼はもう少し自分に興味を持ってくれるだろうか。

●老憑鬼
「都内郊外でアザーバイド『憑キ鬼』を探知しました」
 アーク本部内ブリーフィングルーム。
 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000018)が告げた内容は何処かで聞いた様なそれ。
 けれど、状況は大きく変わっている。以前のケースでは、アークは完全に受け身に回らされていた。
 気付いた時には事件は半ば終わっており、彼らは事後処理に回る以外無かったのである。
 だが、今回は逆。探知した。それはつまり状況が現在進行形である事を示している。
「特別養護老人ホーム『銀寿館』この施設は主に身寄りの無い老人達の、
 憩いの場となる様に造られた物です。が、これがとある男によって秘密裏に接収されました」
 ブリーフィングルームに映るのは一人の男。髭を生やした恰幅の良い壮年の姿。
「島川公彦議員。64歳。財政金融委員会に属する中堅議員です。
 メディアへの露出もそれなりにあり、これまで3期議席に当選していますね」
 資料を読み上げる和泉の声は淡々としており、其処には何ら感情の色は見られない。
 けれど、続く言葉に聞いていたリベリスタの側が眉を潜める。
「時村総理在職時、これに反発していた議員の派閥。通称反時村派の一人です。
 裏で色々と問題のある行動も取っていた様ですが、今回の件にはこの方が絡んでいるみたいですね」
 接収された施設。そしてアザーバイド『憑キ鬼』を探知したと言うその情報。
 2つを結び付ければ導き出される解が碌な物では無い事は誰にでも分かる。
 そしてそれに関与しているのがこの国の指導者の一人であると聞いたなら、
 嘆息の一つも吐きたくなる。例え、仁義者と政治との癒着等今更であったとしても、だ。

「件の銀寿館内に今も尚滞在している老人は60名。その全てが『憑鬼』に
 感染していると見て間違い無いでしょう。唯の一人も逃がせません」
 『憑鬼』は人間を作り変える極小サイズのアザーバイドである。
 これに感染した人間は約1週間~10日と言う期間を経て“人では無い何か”に変わる。
 アザーバイド、識別名『憑キ鬼』こうなってしまったらもう戻れない。
 そして『憑キ鬼』の主食は宿主の同族。この場合、“人”である。即ち、食人鬼。
 それはもう人では無い。鬼である、とアークは断じる。其処に理性があろうと、知性が宿ろうと。
「これだけ大きな施設、本件の黒幕に直に関わっている可能性が十分見込まれます。
 討伐と、調査をお願いします」
 和泉曰く。以前の件より『憑キ鬼』の侵攻度合いは低いと思われる物の、数が数。
 そして何より、以前の『憑キ鬼』に相当する個体が最低1体存在するとの事。
 代わりに、戦場による制限などは特に無いとの説明の上、手渡されるのは施設の地図。
「最優先事項は、『憑キ鬼』の全滅です。ただ、どうかくれぐれも注意して下さい。
 施設である以上、其処には管理人が居る筈ですから」
 施設の、管理人。それは間違いなくフィクサードだろう。
 であれば、余り戦いに時間をかけ過ぎれば証拠を隠滅される危険があると言う事。
 そして、急ぎの案件である為かその人物の能力は未知数である。

「こんな危うい実験を続けさせる訳には行きません。どうぞ宜しくお願いします」
 頭を垂れる和泉が手を握る。その仕草から感じる悔しさの欠片。
 形の見えぬ敵を追い、リベリスタ達は憑鬼ノ巣へと足を踏み入れる。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年03月25日(日)23:02
57度目まして。シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
<黄泉ヶ辻>わらわら。以下詳細です。

●依頼成功条件
 アザーバイド『憑キ鬼』の全滅

●アザーバイド『憑鬼』
 人間に憑き、鬼へと変じる異世界のウイルスとも言うべきアザーバイド。
 完全に変質した人間は超人的な能力を得る代わりに自我を失っていきます。

●アザーバイド『憑キ鬼』
 『憑鬼』に感染した人間の成れの果て。深度により3つの段階が存在します。
・LvA
 深度1。目に入る人間を喰う食人鬼。空腹時以外は自我を保っています。
 戦闘能力は攻撃と命中のみ突出して高い物の、一人前のリベリスタであれば
 3体を1人で相手取れる程度の総合力しか持ちません。総数50。
 
・LvB
 深度2。目に入る人間を喰う食人鬼。自我は殆ど有りませんが感情は有ります。
 速度と回避が大幅に向上しており3割程度の頻度で2回行動を行います。
 一人前のリベリスタと1対1で良い勝負をしますがまだ格下です。総数10

・LvC
 深度3。憑キ鬼すら喰らう鬼喰いの食人鬼。自我、感情共に一切有りません。
 以前遭遇した憑キ鬼に極めて近い能力を持ち、50%程度の頻度で2回行動を行います。
 非常に素早く高回避、且つ高い攻撃能力を有していますが、脆いです。総数1

●『憑き鬼』の性質
・人を見ると襲い掛かってきますが獲物が見えない限り動きません。
・襲い掛かった相手にはまず組み付き移動をブロックします。

・LvB以上は以下の性質を持ちます。
 五感が常人離れして鋭く、気配遮断に類似した能力を所有します。

・攻撃手段
 剛腕:物近単、命中中、ダメージ大、反動有【状態異常】[隙]
 噛み付き:物近単、命中大、ダメージ中【状態異常】[流血]【追加効果】[HP回復]

・LvBは以下の攻撃手段を持ちます
 振り回し:物近範、命中中、ダメージ中【状態異常】[ショック]【追加効果】[ノックバック]

・LvCは以下の攻撃手段を持ちます
 EX暴走:物近貫、命中小、ダメージ特大、反動有【状態異常】[圧倒]【追加効果】[ノックバック]

●管理人
 20代後半、女のフィクサード。施設最奥の管理人室に居ます。
 リベリスタが突入後、施設内に設置されたカメラで様子を見ていますが、
 リベリスタ達が管理人室に迫るか、LvCが討伐された場合撤収にかかります。
 撤収準備には30秒を要しますが、緊急時には準備を放置し逃亡します。
 また、撤収準備完了時点で館内の防火シャッターを下ろすと同時に
 発火装置を稼動させます。発火装置による火災は大凡1分で館内全域に広がります。
 これにより『憑キ鬼』はほぼ全滅しますが、LvCは生存する可能性が有ります。

●戦闘予定地点
 特別養護老人ホーム「銀寿館」。到着は夜。光源有。
 トイレ、風呂を除き室数13。100人が入れる大食堂以外は扉で仕切られた病床。
 他にハイテクな管理人室があります。
 11室ある病床は、内5室にLvAが10体。1室にLvCが詰め込まれています。
 LvB10体は館内を徘徊しており、1箇所に留まりません。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
インヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
インヤンマスター
依代 椿(BNE000728)
ソードミラージュ
戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
インヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
スターサジタリー
桐月院・七海(BNE001250)
スターサジタリー
百舌鳥 九十九(BNE001407)
マグメイガス
小鳥遊・茉莉(BNE002647)
クリミナルスタア
★MVP
曳馬野・涼子(BNE003471)

●Breakthrough
「気にいらない」
 ベッドだけが並ぶ空き部屋。
「気にいらないね」
 特別介護施設。本来であれば人生の終わり掛けを穏やかに、安らかに過ごす為の場所
「むしょうに、みんな壊してやりたい気分だ」
 なのに、これは何だと言うのだろう。
 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)の視界には刻一刻と変遷を続ける、
 「銀寿館」内部の状況が物陰、階段裏に到るまで余すことなく映し出されている。
 視覚強化系神秘の最奥――千里眼。
 情報収集に関連する能力は数あれど、これ以上の物はそうはない強力な魔眼である。
 地図など無くとも、彼女の瞳は室内全景の殆どを映し出すのだから。
 だが、けれど。だからこそ――気に入らない。
「九十九さん、大勢来よったよ!」
 『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728)が駆ける。
 その背後より迫るのは数名の人影、否。それを人と呼んで良いのかは判断に悩む所である。
 伸び切った鋭い爪に剥き出しの歯茎。伸びた髪の間から覗く瞳は人間のそれの数倍。
 だが、彼らの着る薄汚れた衣類がそれが人間であった事を嫌が応にも悟らせる。
「では少しでも安全に戦えそうな場所を確保しませんとな」
 空き部屋へ駆け込んできた椿を援護する様に、炸裂弾を放つ『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)
「感傷はありますが、撃ち倒すだけです」
 待ち構えていた『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)のアーリースナイプが、
 その無数の閃光の内よりLvBの『憑キ鬼』だけを確実に撃ち抜くも、
 本来であれば必中打であっておかしく無いだろう精度の狙撃をすら完璧には当たらない。
 鬼達の回避反応は、決して甘く見て良い物ではない。

 七海の言葉も届かぬ様に襲い掛かってくる憑キ鬼の群。その数実に6。
 1体と遭遇した時点で周囲に居た憑キ鬼が戦いの気配を聞きつけ一斉に集まって来たのである。
 椿が逃げ切れたのは事前に地形と敵の位置を把握していたと言う利点。
 そして彼女自身の速度を運が後押ししたという偶然の産物に他ならない。
「このような悪辣な実験、見過ごす訳には行きません」
 その過半数を視界に収め、紡がれる詠唱は速やか且つ簡潔。
 魔術師、小鳥遊・茉莉(BNE002647) の技巧により圧縮された術式は、
 死を強要する黒き縛鎖となり食人鬼達を等しく穿つや呪縛と鮮血を振り撒く。
 その情景に、最後方から室内へ突入せんとしていたLvBが足を止める。
 例え理性を失っていると言っても其処には感情の残滓が宿る。例えば危機感、例えば恐怖。
 けれど、その程度はリベリスタ達とて織り込み済みである。
「逃がしません、此処で、終わらせる……!」
 位置は空き部屋の境界ギリギリ。退路を絶つとまでは行かないか。
 部屋の入口で待ち構えていた『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が、
 けれどこれを食い止めた事で実質部屋の入口が塞がれる。
「南無阿弥陀仏。どうか成仏してくれよ!」
 事前に張られた守護の結界。そして重ねて加えられる真白き翼の加護。
 『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)の術式は仲間達の防御力を総合的に底上げする。
 一方で食人鬼達には連携の気配等微塵も無い。だが、数が数である。
 一人が千里眼による戦場把握、そして一人が退路を塞いでいる以上前衛が決定的に足りない。
 雪崩れ込んで来た5体は其々の判断で以って最も組し易そうな個体に狙いを定める。
 それは見るからに小柄な茉莉であり、或いは――
「來々! 三千世界の氷雨よ此処に!」
 血飛沫で身を赤く染めながらも凍てつく雨を解き放っていた、
 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)であったりした訳であるが。
 憑キ鬼の一撃はリベリスタ達のそれに匹敵し、時に凌駕する。
 度々行われる連続攻撃は、一定水準レベルの防御能力を持つ雷音にとってはともかく、
 物理的な護りに極めて欠ける茉莉にとっては既に十分過ぎる程の痛手である。

「この鬼、結構手強いな……」
 癒しを担うフツの言には、半ば本音が混じる。
 火力に。言うなれば“殺す事”に特化した憑キ鬼達の攻撃は激しく、
 しかも人員が密集する室内に多数を引き付けたが為に振り回す爪が猛威を振るう。
 呪縛から解き放たれるや放たれる、畳み掛ける様な大攻勢は、
 舞姫以外では先手を取るの事が難しい程の速度と相俟って茉莉の運命を削り取り、
 巻き込まれた七海にすら深い傷跡を残す。
「これは――いきなり厳しいですね……!」
「かなり強いな……これ以上のつよさの敵がいるのだろうか?」
 七海が弓を引き絞り、雷音が氷雨を再構成する傍ら、椿の呪印封縛が憑キ鬼の動きを縛り付ける。
「あかん、博打過ぎるみたいや」
 攻撃後の呪縛とて無駄では無いが、その効果は最前とは程遠い。
 それでも地力の違いか。氷雨、葬操曲と言った範囲攻撃で減らした体力を、
 七海と九十九が確実に削り取る事で1体、また1体と憑キ鬼達はその数を減らしていく。
 だが、5、6体もの数を引きつけるのであれば更に範囲攻撃を重ねた方が効率的では有ったろう。
「これで……終わりっ!」
 最後の1体を舞姫が叩き伏せた頃には冗談でも何でもなく相応の消耗を強いられていた。
 特に、運命を消費させられた茉莉と七海の被害が甚大である。
 インスタントチャージが使える七海が居る以上、慎重に相手を選びさえすれば
 精神力の補填はどうにでもなる。回復面でもフツが居れば事足りる。
 では何故この様な無茶をしたのか。
「ハァ、なんとか倒したが、ここで更に増援がきたらやばい、な……」
「僕も精神力が残りすくない、でも、此処で退く訳にはいかないのだ」
 フツと雷音がそんな事を口走る。その様は、防犯用カメラに映し出されている。
 そしてそれは、管理人室に常時流され続けていたのである。 

●Man Eater
「今ので、何体ですかな」
「9体、後そいつで終わりだよ」
 曲がり角に身を隠していた九十九の問いに、渾身の拳を振り下ろしながら涼子が応える。
「僕は少女だから、このような気持ちのわるい実験に、我慢ができない」
「ええ。黄泉ヶ辻への怒り……、今はただ力に変えて!」
 残1体を押さえ込んでいた雷音と舞姫はと言えば、
 これまで受けた傷の殆どをフツの癒しで賄っている。だが、精神力までそうは行かない。
 何せ元介護施設、その上研究施設として手が加えられている。
 死角が極端に少ないのである。そして動く度にその音、気配を聞きつけ襲い掛かってくるLvB。
 息を吐く暇すらない連戦に次ぐ連戦。
「こんな物が出回ったら……」
 最後の1体を焼き尽くした茉莉が、けれど眉を潜める。人を鬼に変えるアザーバイド。 
 実際に対峙してみればその危険性は尋常な物では無い事が実感出来る。
「本当にこのまま行くん?」
 椿の問いに、頷いた舞姫が奥歯を噛む。彼女は理解している。それが人であった事を。
 ノーフェイスとはまた異なる意味で、憑キ鬼達が“人間”であった事を。
 だから――だから、こそ。
 彼女は扉を開け放つ。涼子が見たその部屋を。その内側に繋がれた物が何者かを理解しながら。
「――ッガアアアアアアアアアアアアア!!」
 咆哮。
 肥大化した両腕、鋭く研ぎ澄まされた爪、一回り膨らんだ骨格、体躯。
 LvC。部屋に記されたラベルが何処か薄ら寒い。鬼すら喰う人喰いの鬼――憑キ鬼。
 拘束具がガシャリと外れる。それは未だ、管理人が監視を続けている証。

「何とも気の毒な話ではあります……まあ、撃ちますけどな」
「全力で行かなきゃ負けるぜ。後のことは考えずいこう」
 九十九とフツがそんな言葉を紡ぐ暇もあればこそ。
 青白い鬼が疾風となって駆ける。対する舞姫もまたこれに応じるも――速い。
 この場の誰よりも、明確に速い。扉を開けた舞姫に爪が打ち込まれる。
 その剛腕に姿勢が撓む。続け様に組み付かれ剥かれた牙が体躯に刺さる。鮮血が吹き出す。
 直撃打。防御面に極めて優れる舞姫が膝を付きかけ、けれど耐える。
「――今や!」
 この機を逃す理由が無い。放たれる椿のカースブリッド。
 けれど憑キ鬼はこれに対応してみせる。翻る体躯、掠めるに留まる呪いの弾丸。
「壊れちまえっ!」
 涼子が一足跳びに距離を詰め、掻き消える様に急加速する。
 その一撃は違わず首筋を切り裂くも、浅い。与えたダメージは最小限に留まる。
 雷音と茉莉の鴉と黒き葬送曲も、威力は十分ながら相手の回避能力に追い付かない。
 それでも保ったのはひとえに、前に立ち続けた舞姫と絶えず回復を担い続けたフツの功績であろう。
「っ……こんな程度で寝てられるか……っ!」
 振り回された剛腕。その爪に引き裂かれ、血塗れになった涼子が倒れるべき運命に牙を剥く。
 尽きた精神力を気力で補い舞姫が桜九曜紋の黒刃を振るう。
 その上で集中を重ねた茉莉の“黒”がLvCを撃ち抜くと、状況は徐々に、徐々に。
 リベリスタ達優勢へと傾いていく。 塵も積もれば山となるのだ。
 掠めるだけの打撃も繰り返し放てば火力として十分な意義を為す。
 特に耐久に欠ける相手であれば尚更である。
 九十九のピアッシングシュートが追い詰めた憑キ鬼を、椿と七海のアーリースナイプが貫く。
 血を吐いた鬼の眼前に、振り上げられたのは黒曜の刃。

「ごめんなさい」
 けれどそれを振り下ろすより一瞬速く放たれた暴走の一撃は、
 掠めただけであるにも関わらず、舞姫の残された体力の殆どを抉り取る。
 だが、憑き鬼の断末魔の一撃すらも、舞姫は凌ぐ。凌ぎ、切る。 
「勝手な都合で、あなた達から全てを奪う……わたしたちも、結局は――」
 歯を喰いしばり振るった一撃。それが止め。片や身の半分を地に染め膝を付き、
「……ュウ……ケ……」
 片や額を割られ地へと伏す。逝くも鬼。還るも鬼。
「舞姫! 無事か! こんなに大ケガを……」
 雷音が慌てて駆け寄り傷癒術を施すも、そのダメージはそう容易く癒せるほど軽くない。
 そう、軽くは無い。それが見て分かるほどに。
 だから“彼女”は既に動き出していたのだ。実の所、とっくの昔に。
「――ここでー、その子が倒れたら大ピンチですよねぇー」
 放たれた気糸は中空で枝分かれし、確実にして細心の痛撃を為す。
 気糸の操作に長けたプロアデプトの操る神秘の一つの到達点。
 ピンポイント・スペシャリティ。
 がくんと、膝を折った舞姫が、運命を削りながら睨み付ける。狙いは成った。
 敢えて不利を被ったのも。その情報を流したのも。全てはこの女を誘き寄せる為だけに。
 物陰から飛び出したエプロン姿の女。『管理人』が鮮やかに微笑む。
「……相馬、ミランダ、そして憑キ鬼。では貴方のお名前は?」
 苦々しい口振りで、けれど問い掛ける七海に瞳を細めて女が笑う。
「ここで死ぬ人に名乗ってもぉ、仕方なくないですかぁー?」
 甘い声音と裏腹に、浮かぶ表情は酷薄である。舞姫、雷音、涼子からきっちり離れる事20m。
 ずっと監視カメラの前に姿を晒していたのだ。メンバーの職種も技能もその殆どがばれている。
 後は適当な部屋の扉でも開けて、LvAで足止めしながら各個撃破。
 リベリスタ達は絶体絶命。彼女の計算ではそうなる――筈だった。

●Ogre Killer
 だが、幸か不幸か。その目論見は脆くも崩れ去る。
「完全停止の通行止め。自分らには悪いけど、此処を出させるわけにはいかへんな」
 アーリースナイプ、カースブリッドと言った攻撃手段。
 手にした拳銃から、彼女を“スターサジタリー”であると判断していた事。
 これが、第一の誤算。放たれた椿の陰陽・鴉が管理人を撃ち抜く。
 途端、思考が千々に乱れ行動の優先順位が切り替わる。
 椿を狙わなくては。いや、でもそんな事をしていたら――手遅れに。
「小鳥遊さん、お願いします」
「こんな酷い事を仕掛けた張本人……逃がしません!」
 七海のインスタントチャージが満身創痍の茉莉に力を与える。
 彼が此処まで使う事の無かった精神力回復の術を保有していた事。これが第二の誤算。
 黒き魔陣より放たれた黒鎖の濁流が、女の体躯を縛り強制的な出血を強いる。
「くたばれ糞野郎」
 そして何より。彼らは唯の一人として己が運命を削る事を。祝福を失う事を。
 血に塗れ血を被る事を恐れてなど居なかった。これが第三の誤算。
 人は、誰でも自分を参照して他人の行動を類推する。危険に対すれば逃げ惑う筈。
 楽して上手い事行けば、等と考えていた管理人とは、けれど覚悟が違う。気概が違う。
 こんな施設に置かれていた事から分かる様に女はあくまで末端の研究者である。
 LvBが暴走しても対処出来る程度の実力は持つが、逆に言えばその程度。
 その程度でしかないのだ。
 振り抜かれた涼子の単発銃が管理人に叩き付けられる。出血と共に姿勢を崩す。
 女は逃げない。否――リベリスタ達が“逃がさない”

 度々放たれる気糸の本流は的確にリベリスタ達の弱点を射る。
 癒しを断たれた茉莉がこれを受けて倒れ伏すも、だが――抵抗は此処までだ。
「……絶対に、お前達を許さない」
 舞姫と視線を合わせた女は息を呑む。暗闇の底の様なその深淵に。
 鬼気迫るとはこういう事を言うのだと。手にした刃は鋭く、その殺気は尚鋭く。
「――こ、のっ!」
 それでも最後の意地を見せたか。管理人が何かのスイッチを押す。
 だが、館内各所で上がる筈の火の手はまるでその気配を見せない。
 ただ唯一。たった一箇所。彼女がずっと座し続けていた“管理室”を除いては。
「えっ……」
 これが最後の誤算。彼女が設置した発火装置は、その殆どをフツの式紙使役と
 涼子の千里眼によって看破、破壊されていた。止められない。止まらない。何一つとして。
「残念でしたね。まあでも、横恋慕は感心しませんなー?」
 言葉と共に放った精密射撃。そして叩き込まれた黒い刃が女の意識を刈り取るのに、
 結局の所――それほどの時間は、必要なかった。
「おい、不味い。管理室から火の手が上がってる!」
「! 急ぐのだ!」
 だが、そこで終わりでは無い。まだやるべき事は残っている。
 涼子の声に雷音が駆け出す。追随するフツと九十九。とは言え既に何の障害も無い。
 最奥の管理室の扉を押し開くと、其処は正に灼熱の部屋。火の回りが早い。
 室内の酸素を燃料にこれでもかと燃え盛る炎に焼かれ続ける紙媒体の資料の山。
 しかし発火開始から30秒は経過していない。未だ無事なファイルへ雷音が手を伸ばす。

 その手が、一瞬鈍ったのはこれまで彼女が幾度も見てきた凄惨な光景が過ぎったからか。
 けれど今度もまた、その迷いを振り切って、少女は闇のその奥を見る。
 見なければならないと己に課す、その使命感は無力さから来る物か。
 涼子が繋いだ可能性。フツが稼いだ時間。舞姫がこじ開けた『黄泉ヶ辻』の僅かな間隙。
 それらのバトンを受け取った雷音が手を伸ばす――その、研究の内側へ。
「――――――」
 思考が停止する。青褪めた表情からは感情と言う感情が削れ落ちている。
 だが、意識を保つ。必死繋ぎ止める。以前見た罪と言う名の地獄に比べれば。
 此処でヒューズを落す訳にはいかない。情報を持ち帰らないと。
 込みあがった嘔吐感に口元を押さえる。
「行けませんな、1基にも拘らず火の回りが意外と速い」
「仕方ないな、撤退優先か」
 九十九の声に、フツが頷く。うずくまった雷音の手を引き、撤収にかかるリベリスタ達。
 逃げるだけならば十分な時間。けれどLvA達を相手にしている猶予は無い。
 であれば、例えそれがどれ程残酷な事で有ろうとも。
 自意識を残したまま焼かれ死ぬという結末が、惨劇に他なら無かったとしても。
 8人は施設を駆け抜ける。玄関を越える。外へ飛び出す。
 降りて行く防火シャッター。内部の音も聞こえない。
 集音装置を持つ九十九の耳には、僅かに扉を叩く音が聞こえたか。
 だがそれも、火勢が増し、火の手が回り切る頃には途絶えて消える。
「……やりきれないね」
 涼子の言葉をも呑み込んで、全ては等しく炎の内に。
 
●研究進捗
 それは切り刻まれた人間の肉片。
 それは生きながら殺される生者の悲鳴。
 それは死にながら使役される亡者の絶叫。
 それは苦悶する人間と人間の様な死人の輪舞曲。

 現代医学によるアプローチ。inactive
 脳外科医としての研究データを元に電気信号、薬物反応等試行するも反応無し。
 既存医学の応用による覚醒は不可能。技術的ブレイクスルーが必要であると判断。

 破界器によるアプローチ。active
 人工的なE・アンデッドの精製に成功するも、自意識の欠損を確認。

 意識投影によるアプローチ。inactive
 自意識を他者に投影させる事で他者の思想に影響を与えられる事を確認。
 停止した意識への影響は見られず。

 E化によるアプローチ。active
 増殖性革醒現象により治療不可能な病状が回復したと言うモデルケースを確認。
 歪曲運命黙示録によるリカバリーサンプルの検証が必要。要英雄予備員。

 アザーバイドによるアプローチ。active
 Case1 着床速度は1週間程度である事を確認。
 Case2 深度による変異の拡大を確認。限界値の測定を行いつつ研究続行。
 Case3 若年層への適性を確認。最大形状変化を深度4と位置付け観察続行。
 Case4 適性対象の自意識の保持を確認。
 過去のアプローチとの併用により目的達成が可能であるかの検証が必要。
 

■シナリオ結果■
大成功
■あとがき■
参加者の皆様はお疲れ様でした。STの弓月蒼です。
ノーマルシナリオ『<黄泉ヶ辻>憑鬼ノ巣』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

STとしては、御見事と言う他無いでしょう。
フィクサードである『管理人』の慢心を突いた上手い策でした。
また、千里眼・式神使役・サイレントメモリーと、
これでもかと揃った情報収集系支援スキルの大攻勢。これは酷い(褒め言葉)
今回の施設から得られるだろう情報は全て持ち去れました。
前衛不足による被害こそ相応に出た物の、ほぼ完勝で御座います。

MVPは何は無くとも最大のアドバンテージを稼いだ曳馬野涼子さんへ。
発火装置と憑キ鬼の位置と言う着目点素晴らしかったです。
この度は御参加ありがとうございます、またの機会にお逢い致しましょう。