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真夜中の鬼子母神

●崩れゆくもの
 夕食の時、子供たちは大好きなはずのハンバーグを食べなかった。
 お腹をすかせているはずなのに、食べなかった。

 そんな子供たちを見て、あの人はいつものように癇癪をおこした。
 子供たちを奥の部屋に逃がして、ひたすら暴力に耐える。
 自分にとって気に入らないことがあると、あの人はこうやって憂さを晴らすのだ。

 隣で、皿が割れる音がした。
 倒れたわたしの首を、あの人の両手が掴む。
 殴る蹴るには慣れていたけれど、首を絞められたのは初めてだった。

 ――殺される。

 そう思い、夢中で腕を振り回す。
 握りしめた拳が当たった瞬間――あの人の顔が、スイカのようにはじけた。
 わたしの首を絞める手が、いきなり力を失う。

 どさりと床に倒れたあの人の顔は血まみれで、面影どころか原型すら留めていない。
 荒い息を繰り返すわたしの後ろに、子供たちが立っていた。

 見ちゃだめ、と言う間もなく、子供たちがあの人に駆け寄る。
 子供たちは目を輝かせて、倒れたあの人に噛みついた。
 肉を食いちぎり、血をすする嫌な音が響く。

 わたしの目の前で、あの人は瞬く間に骨になった。
 ようやくお腹いっぱいになったのか、子供たちが満足そうに笑う。 

 わたしの中で、何かが音を立てて壊れた。

 ――そう。ソレが食べたかったのね。

●人喰い夜行
「鬼子母神、だっけか。自分も子を持つ母親でありながら、人の子を攫って食べていた、っていう神様」
 手の中のファイルを覗き込んで首を傾げていた『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、「まあ、それはそれとして」と任務の説明に移った。
「撃破対象は三人のノーフェイス。母親と、子供が二人――全員がフェーズ2だ」
 いずれも外見は人間の姿を留めているものの、革醒の影響で心が壊れてしまっているらしい。
 たとえ言葉が通じたとしても、説得は不可能だろうと数史は言う。
「二人の子供は数日おきに腹を空かせて、しかも人間の肉しか食おうとしない。母親は真夜中に子供たちを連れて出歩き、適当な人間を殺して回っている」
 殺した人間の肉を、子供たちに食わせるために。
「既に数人の犠牲者が出ている。最初に殺されたのは日常的に家庭内暴力をふるっていた父親だが、他は運悪く母子に遭遇した無関係の人間だ」
 これ以上の被害が出る前にこの母子を倒して欲しいと、数史は言った。
「……幸いと言うべきか、次に母子が現れる日時と場所はかなり正確に掴むことができた。皆は、そこでノーフェイス達を迎え撃ってくれ」
 三人の中で最も強力なのは母親だが、子供たちも決して侮れない能力を持っている。
 比較的脆いと思われる子供から倒していく手もあるが、その時は母親の攻撃がますます激しくなることを覚悟しなくてはならないと言う。
「単純に能力だけでなく、倒す順番も考える必要がある相手だ。どうか、気をつけて行ってきてくれ」
 そう言って、数史は手の中のファイルを閉じた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:宮橋輝  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年03月17日(土)01:45
 宮橋輝(みやはし・ひかる)と申します。

●成功条件
 ノーフェイス3体の撃破。

●敵
 フェーズ2のノーフェイス3体。30代前半の母親、3歳と4歳の男の子です。
 いずれも外見は普通の人間と変わりませんが、革醒の影響で精神がかなり変容しており、説得はほぼ不可能です。
 子供は数日おきに空腹を訴え、しかも人間の肉しか食べようとしません。
 母親は真夜中に子供達を連れて出かけては人間を襲い、子供達にその肉を与えています。

 判明している能力は以下の通りです。
 全員が『暗視』のスキルと同様の能力を所持しており、暗闇でも影響を受けません。

■ノーフェイス(母親)
 耐久力がずば抜けており、速度とウィルパワーが高めです。
 彼女より先に子供を倒した場合、攻撃スキルが追加されます(詳細は下記)。

 【紅き視線】→神遠複[致命][HP回復]
   紅い色に変化した瞳から不可視の魔力を放ち、複数の対象を射抜いて生命力を奪います。
 【骨砕き】→物近単[必殺][ショック]
   ハンマーの如き威力を秘めた一撃で対象一体の骨を砕きます。

 《注1》子供が一人倒された場合、下記の攻撃スキルが追加されます。

 【憤怒の炎】→神遠全[怒り][火炎][業炎]
   自らの怒りを魔炎に変え、対象全てを焼き払います。

 《注2》子供が二人とも倒された場合、下記の攻撃スキルが追加されます。

 【呪詛の毒刃】→神遠範[猛毒][流血][失血][呪殺][必殺]
   恨みを込めた呪いを一点に放ち、範囲内の対象を毒の刃で切り刻みます。

■ノーフェイス(子供)×2
 耐久力は比較的低めですが、命中力と物理攻撃力、クリティカルが高くなっています。

 【愛らしい瞳】→神遠単[魅了][圧倒](ダメージ0)
   つぶらな瞳で対象一体を見つめ、心を惑わせると同時に警戒心を奪います。
 【人肉を喰らう】→物近単[麻痺][猛毒][HP回復][連]
   人の肉を喰らって己の活力とし、同時に毒で動きを封じます。

●戦場
 深夜、人気のない公園。戦闘中に一般人が通りがかることはないため対策は考えなくて構いません。
 母子3人が現れる時間は特定できているため、事前の付与スキル使用等は2回まで可能とします。 
 公園内には木々が多く植えられており、大型の遊具などもあるため身を隠す場所に困りません。
 最低限の外灯はありますが薄暗く、適切なスキルや装備がない限り命中・回避にペナルティがあります。

 情報は以上となります。
 皆様のご参加を心よりお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ソードミラージュ
ツヴァイフロント・V・シュリーフェン(BNE000883)
デュランダル
蘭堂・かるた(BNE001675)
クリミナルスタア
晦 烏(BNE002858)
ソードミラージュ
マク・アヌ(BNE003173)
ダークナイト
ユーキ・R・ブランド(BNE003416)
ダークナイト
アルトリア・ロード・バルトロメイ(BNE003425)
クリミナルスタア
禍原 福松(BNE003517)
プロアデプト
シメオン・グリーン(BNE003549)

●闇より来たりて
 やけに静かな夜だった。
 公園に人の姿はなく、道路を走る車の音すら聞こえてこない。
 耳に痛いほどの静寂の中、八人のリベリスタ達が身を隠すのに適した場所を探す。

 敵は三体、母子のノーフェイス。
 万華鏡により、彼女らが現れる時間と場所は特定されている。
 間もなく公園の中を通りがかるだろうノーフェイス達を待ち伏せて奇襲するのが、リベリスタ達の狙いだった。
 敵に気取られぬよう照明を消し、遊具や木の陰などに身を隠す。

「親子連れのノーフェイス……なんともやりづらいものだな」
 そう呟いて僅かに眉を寄せたアルトリア・ロード・バルトロメイ(BNE003425)に、童顔に柔らかい笑みを湛えた『落とし子』シメオン・グリーン(BNE003549)が潜伏を促す。それに頷いた後、アルトリアは物陰に身を隠して闇の衣を纏った。
 やや小柄な体をさらに縮めるように屈んだ『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)が、誇りを胸に運命を引き寄せる。息を潜めながら、彼は“相棒”たるサタデーナイトスペシャルを構えた。
 自ら生み出した漆黒の闇を纏うユーキ・R・ブランド(BNE003416)が、影に溶け込むようにして木の幹に身を寄せる。近接攻撃を得手とするメンバーから少し離れた植え込みの陰には、暗緑色の外套を着込み、暗視ゴーグルをかけた『足らずの』晦 烏(BNE002858)の姿もあった。

 仲間達が自らの力を高め、集中を研ぎ澄ませていく中、『チャイルドゾンビ』マク・アヌ(BNE003173)の腹がくぅと鳴る。 
「おなか……すいた……」
 この戦いに備えて菓子を山ほど食べてきたのだが、既に消化してしまったらしい。満腹度と理性が比例する彼女にとっては、割と死活問題である。
 全身の反応速度を高めて伏せながら、マクは己の空腹と必死に戦っていた。
 気を抜けば、意識があちら側に持っていかれそうになる。遠くの一点を見つめる青い瞳は半分虚ろで、口からは空腹に耐えかねた涎が滴り落ちて地に染みを作っていた。白く細い指が土を掻くように雑草を引き抜き、それを己の口へと運ぶ。
 黒いマントに身を包んだ『ENDSIEG(勝利終了)』ツヴァイフロント・V・シュリーフェン(BNE000883)が、潜伏する木陰から暗視ゴーグル越しに公園の一角を見た。彼女の鋭い耳が、ノーフェイス達の到着をいち早く察知する。

 薄暗い公園に、ノーフェイスの母子が幽鬼の如く現れた。
 母親は二人の子供の手を引いて歩いていたが、彼女と子供たちの間に言葉はない。
 一様に生気の失せた顔の中で、ただ、瞳だけが獲物を探して爛々と輝いていた。 

 集中を高めて待機していた『Trapezohedron』蘭堂・かるた(BNE001675)が、慎重にタイミングを計って飛び出す。付け爪型の幻想纏いから展開した淡く輝く手甲が、夜の闇に微かな軌跡を描いた。
 瞬く間に距離を詰めたかるたが、ノーフェイスに身構える隙を与えず、その足元に掌打を重ねる。
 地面から吹き上げるように巻き起こった烈風が、ノーフェイスの母子を飲み込んだ。

●人喰らいの宴
 かるたの戦鬼烈風陣で動きを封じられたノーフェイスの母子に対し、リベリスタ達が一斉攻撃を仕掛ける。
 まず狙うべきは、比較的与し易いと思われる子供のノーフェイス。
 長すぎる水色の髪を引き摺るようにして、マクが子供の一人に飛び掛る。既に我慢の限界を迎えていた彼女は、本能のままに喰らいついた。福松がサタデーナイトスペシャルのトリガーを絞って殺意の弾丸を撃ち、シメオンが厳然たる意志を秘めた聖なる光でノーフェイスの母子を焼く。
「ヒトの形をしたものを傷つけるのは心が痛むね」
 柔らかな笑みを崩すことなく、シメオンはただ一言、そう口にした。
 最大多数の最大幸福のため、害になるものを除くことを彼は決して躊躇わない。 
「倒さなければいけないのは分かっているが……くっ」
 母子の姿を目の当たりにしたアルトリアが、生命力を糧に瘴気を生み出しながら大きく眉を寄せる。 
 だが、やるしかない。やるしかないんだ――。
 己にそう言い聞かせつつ、彼女はノーフェイス達を暗黒の瘴気に包んだ。

「今晩はお嬢さん。私は悪夢。さあ、子らの死にゆく様に嘆きたまえ」
 黒のマントを翻したツヴァイフロントが、やや芝居がかった口調で母親に語りかける。
 地を蹴って宙を舞った彼女は、仲間達が攻撃する子供を頭上から強襲した。
「母親でありたいなら庇うと良い。無論、無駄だがね」
 血の色に染め上げられた魔槍とともに、夜叉の如き冷たい声が浴びせられる。直後、烏の早撃ちから放たれた散弾が、子供の胸に赤い模様を描いた。
 着弾の衝撃に体を揺らす子供に、ユーキが迫る。
「如何なる事情でも、人間を食餌とするならば見逃す事は出来ません。
 ……申し訳ありませんが、死んで頂きます」
 闇の中から巻き起こった漆黒の霧が子供を包み、あらゆる苦痛を内包する拷問の箱“スケフィントンの娘”に幼い体を閉じ込めた。身を縛る幾重もの呪いが、子供の命を削る。
 
「ああ、なんてこと」
 肉はおろか骨すら噛み砕く勢いで子供に喰らいつくマクを見て、母親が抑揚のない声で言った。
 ただひたすら空腹を満たそうとするさまは、あるいは彼女の子供たちにも通じるものがあるかもしれない。
 しかし――本能のみに突き動かされるマクと同様、ノーフェイスにも既に人としての理性など残ってはいなかった。
 無造作に振り上げられた母親の腕が、鉄槌の如き威力を孕んでマクへと叩き付けられる。
 骨の砕ける、鈍い音が響いた。
 衝撃でわずかに体を浮かせたマクの側面から、かるたが輝くオーラを纏った打撃を子供に繰り出す。
 心を失い、人喰いに成り果てた今の姿は、決して本人たちが望んだものではあるまい。
 こうなってしまっては、もはやかけられる言葉もなかった。
「――せめて、迅速な対応を以って幕を引きましょう」
 物陰から一瞬身を躍らせた福松が、早撃ちで子供を追い詰めていく。
 アルトリアの瞳が、満身創痍の子供を見た。
「苦しみは短く……とも言ってはいけないのかもしれないが」
 魅了の力を持つ子供は厄介だ。戦いを長引かせては、味方が危険に晒される。
 手を抜いていられる余裕など無いと、再び己に言い聞かせながら。
 アルトリアは、暗黒衝動のオーラで子供の頭を撃ち抜いた。

●憎悪の炎
 命尽きた子供が、全身の力を失って地に投げ出される。
 表情を無くした母親の瞳に、揺らめく怒りの炎が灯った。

 目の前で倒れた兄弟に見向きもせず、残る子供がユーキに視線を向ける。
 獲物を求める人喰いの瞳ではなく、いたいけな幼児そのものの愛らしい瞳だった。
 抗いきれず、ユーキが心を奪われる。深い靄のかかった意識の中で、彼女は子供の近くに立つマクとかるたに暗黒の瘴気を撃った。
 愛用の村田式散弾銃“二四式・改”を構えたまま、烏が敵の攻撃が届かない距離まで後退する。敵に位置を気取られぬよう夜闇に潜みながら、彼は長射程の魔弾で残る子供を射抜いた。
 暗視ゴーグルを投げ捨て、懐中電灯を点灯したツヴァイフロントが空中から子供に襲い掛かる。死肉を求めるゾンビの如く、マクが再び牙を剥いた。

「なんてこと……わたしの、子供が……」

 無表情を張り付かせたまま、母親がわなわなと全身を震わせる。
 静かな怒りは激しい炎となり、彼女を中心とする一帯を瞬く間に炎に包んだ。
 たとえ射線を遮ろうとも、完全な死角に入らない限り認識した対象全てに炎は届く。射程外に逃れていた烏を除く全員が炎に炙られ、うち半数のメンバーが怒りに囚われた。
 状態異常からの回復手段を持たないこのメンバーでは、自然に回復するまで時間を稼ぐしかない。辛うじて炎の直撃を免れたかるたが、母親をブロックすると同時に全身の力を込めた掌底を叩き込む。
 母親が吹き飛ばされずにその場に踏み止まったのを見て、福松が射程外まで後退した。態勢を立て直した後に一度に決めるべく、“相棒”たる愛銃を構えて集中を研ぎ澄ませる。
 その間に、怒りに囚われたリベリスタ達は母親に攻撃を浴びせていった。激しい炎に包まれるシメオンが聖なる光を放ち、炎に身を焦がされることのないツヴァイフロントが赤い魔槍を繰り出す。子供に心奪われたままのユーキが、前衛たちも巻き込んで母親に暗黒の瘴気を放った。

 母親への怒りで、マクの子供に噛み付く力が一瞬緩む。
 その隙を逃さず、今度は子供がマクに牙を立てた。
 猛毒が駆けめぐり、全身の動きを封じると同時に体力を奪い尽くす。
 しかし、マクの本能は己の運命すらも引き寄せた。
「あ゛ー」
 空腹を満たさんと、彼女は再び子供に向き直る。そこに放たれたアルトリアの魔閃光が、子供を過たずに貫いた。
 敵味方の姿を後方から視界に収める烏の手が、胸元に仕舞った煙草に伸びる。
 普段は戦いの中でも紫煙を絶やさぬ彼だが、今回は己の位置を隠すため、煙草に火はつけられない。
 それでも、煙草を一本取り出して咥えてしまうのは、日頃の習慣ゆえだろうか。
 烏は敵の動きを見切り、素早く構えた村田式散弾銃から魔弾を撃った。
 
 母親の細い腕が、骨をも砕く力でかるたに打ち下ろされる。
 かるたは母親をその場に押し留めつつ、癒しの符で自らの傷を塞いだ。
 視界の端に、マクの血で口を真っ赤に染めた子供の姿が映る。
 食人というとカニバリズムが連想されるが、あれは死者を取り込み共にあろうとする葬送の一環。 
 それを踏まえると、『食事』としての食人は、やはり道を外れていると言わざるを得ない。
 今日ここで、こんなことは終わりにしなくては。

 かるたが母親を引き付けて稼いだ時間で、我を失っていたメンバーが己を取り戻す。
 態勢を立て直した後、リベリスタ達は残る子供を葬りにかかった。 

「はい注目。綺麗な光の手品だよ~」
 シメオンが、子供をあやすような表情と口調で聖なる光を放つ。
 手品としては少しばかり眩しすぎるその輝きは、容赦なくノーフェイスと化した子供の身を焼いた。 
 もし、彼らがフェイトを得ていたら――ここに来て、『たられば』の話は意味がないけれど。

 実の父親に虐げられ、神秘に翻弄され、運命に背かれて。
 あげく、死に至ろうとしている子供の頭部に、福松が狙いを定める。
「お前達は悪くない。生まれ変わったら幸せになれるさ。あばよ」
 ダブルアクションリボルバーの銃口から放たれた不可視の殺意が、子供のこめかみを撃ち抜いた。

●悪夢の終わり
「子供……わたしの、子供たち……」
 二人の子供をことごとく失った母親の全身から、禍々しい気配が漂う。
 事前の情報通りなら、ここから最も強力な攻撃を繰り出してくるはずだ。
 範囲攻撃を警戒した後衛たちが散開し、味方との距離をとった。

 仲間達から離れたアルトリアが、傷の痛みをおぞましき呪いへと練り上げる。
 技を行使する反動に蝕まれながら、彼女は苦い呟きを漏らした。
「この身を苛むのは良心の呵責であればよかったものだ」
 放たれた呪いが、何倍もの苦痛となって母親に刻み込まれる。
 ロングコートの裾を翻し、黒のポニーテールを揺らしながら、ユーキが母親に駆けた。
「我々の立場からすれば、人を襲うエリューションならば是非も無し、と言うしかありませんが」
 漆黒の輝きを帯びた剣が、告死の呪いをもって母親を貫く。
 迂闊に前衛を巻き込めぬよう、母親との距離をぴったりと詰めながら、ユーキは溜め息混じりに言った。
「……エリューションを嫌う人の気持ちも分かりますねえ。全く、因果な仕事だ」

 母親の射程外から放たれた烏の魔弾が、彼女の肩口を抉る。 
 散開した陣形から宙を駆け、髭のように波打つ形の“赤髭王”を繰るツヴァイフロントが、この母親の境遇について思いを巡らせた。
 男権の強力な家庭は後進国にも多く見られる。子供の抑圧も。
 もし、それを間違っているというなら、それは先進国の傲りに過ぎない。
 だが――と、彼女は思う。

(本来、そうした家では女は強くあらねばならん。
 男に縋るのではなく、幸せに邁進し愛を勝ち取り自身と子を守るよう)

 結局、この母親は弱かったのだ。運命に恵まれなかった、というだけではなく。
 今更それを言ったところで、全てはもう遅すぎるのだが。

「がぁ!」
 未だに空腹が収まらないマクが、今度は母親に牙を剥く。
 噛み付かれた腕を振り払うことすらせずに、彼女は全身から激しい炎を生み出した。
 炎に呑まれたマクが倒れ、烏を除く全員にダメージが積み重なる。

 無表情に見開かれた目から血の混ざった涙を流す母親に、福松が己が“相棒”の銃口を向けた。
 家庭内暴力を振るい続けた末に殺された父親に同情の余地はないし、そこだけを見れば母子に非はあるまい。
「――ただ、運が悪かった。それだけだ」
 そのような言葉で割り切りたくは無いが、そうとしか言えなかった。
 放たれた不可視の殺意が、母親を穿つ。
 シメオンが、二人の子供を喪った彼女を慰めるように口を開いた。
「お子さん達は残念でしたね。今まで女手一つで子供達を養うのはさぞや大変だったでしょう」
 でももう大丈夫、安心して下さい――と、彼は続ける。
 優しげな笑顔を崩さずに、シメオンは容赦のない一言を放った。
「貴女方が生きていて良い場所は、この世界のどこにもないんです。だから早く死んで下さいね?」

 その直後、母親の憎悪が禍々しいオーラとなって膨れ上がる。
「子供たち……わたしの、子供たちをかえして……!!」
 呪いが巨大な毒刃と化して荒れ狂い、シメオンの全身を切り刻んだ。
 それでも、先と変わらぬ柔らかな笑みを浮かべたまま。彼は己の運命を費やし、なおも戦場に立ち続ける。
「憤怒や呪詛。悪夢には心地よい。ふふ、君達のせいで死んだ子らの母親のも美味しかったよ」
 ツヴァイフロントが、犠牲者の血で染め抜いた赤き魔槍とともに、言葉の矢を放った。
 
 苛烈な攻撃に怯むことなく、リベリスタ達は母親を追い詰めていく。
 輝くオーラを纏ったかるたが打撃を繰り出すと同時に、彼女の両手を覆う手甲“Shining Arms of a Dreamland”の煌きが幻想的な軌跡を夜の闇に描いた。続けて、充分な集中から放たれたシメオンの神気閃光が、聖なる輝きをもって公園を照らし、厳然たる意志の力で母親を焼く。
「悪いが、呪いならこちらが専門でな。痛みにも慣れている」
 呪詛の毒刃をその身に受けつつも、己の運命を注ぎ込んで意識を繋いだアルトリアが、その傷の痛みすらも威力に変えて、母親へと一度に解き放った。呪いに蝕まれる彼女を、禍々しき光を帯びたユーキの剣が追い打つ。

「……これは全部、ただの夢だ。お嬢さん。当たり前の話だがね」
 そろそろ終わりが近いと判断したツヴァイフロントが、黒いマントを空中で翻し、“赤髭王”の穂先を母親に向けた。
「さ。目を覚ます時が近づいている。せいぜい、その時までは、私に付き合ってくれたまえ」

 赤き魔槍に貫かれた母親を、烏の“二四式・改”の銃口が捉える。
「千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を食らうとき、その父母の嘆きやいかん」
 釈迦の如く戒めたら、鬼子母神の如く過ちを悟り悔い改めたりはしてくれないものか――。
 それが、決して起こりえぬことと知っているから。
 烏は迷わず引き金を絞り、この不幸な母子の悪夢に幕を引いた。

●引き継ぐべきもの
「せめて最後は安らかに――」
 倒された母子の亡骸に、ツヴァイフロントが静かに語りかけた。
 福松が帽子の位置を直しながら死者の冥福を祈り、アルトリアもそっと黙祷を捧げる。
 このまま生き続けても幸せではなかったかもしれないが、命を奪った罪は自分たちにある。
 ならば、この子たちの分まで生きねばならないのだろう。

「いまさらに恐れ入谷のきしも神、あやうく過ぎし時を思へば、だな」
 ノーフェイスになろうとも母は強し、だったねぇ――と言って、烏が合掌した。
 かるたが、「鬼子母神、そんな話も出ていましたね」と口を開く。
「鬼子母神は自身の子を失った後、それまで殺した分だけ子供を救ったとか。
 今回は同じ流れとはいきませんが……後の救いは、私たちで引き継ぐとしましょう」

 のそのそと重傷の身を起こしたマクが、顔を横に向けて母子の亡骸を見る。
 彼女の瞳はいつも通りの虚ろなそれだったが、先の戦闘で少し腹が膨れたのか、母子に喰いつこうとはしなかった。
 その傍らで、シメオンがアークに連絡して遺体の処理を要請する。
「貴女方に生きる価値はないけど、研究材料としての価値はあるからね」
 そう言って母子の亡骸を見下ろす彼の顔は、やはり柔らかい笑みを湛えていた。

 現場の後始末を終えたユーキが、大きく息を吐く。
「……いい加減体に悪いですね自棄酒も。少し休んだ方がいいですかねえ……」
 嫌な仕事の後、酔い潰れるのがすっかり常態になっている自らを振り返り、彼女は天を仰いだ。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
数史「遅くまでお疲れさん。ゆっくり休んで、怪我と疲れを癒してくれ」

 お疲れ様でした。
 今回はバッドステータスの回復手段がないと辛い事になるのでは……とも思ったのですが、初手で全員の動きを封じたことと、子供の一人を集中攻撃で早めに撃破したことで流れが大分傾いた気がします。 

 重傷の方は、どうかお大事にして下さいませ。
 当シナリオにご参加いただき、ありがとうございました。