●我ノ無念ハ我ガ知ル ……あれは一体いつの事だっただろうか。 そう、“我”が“我”から流れ出でたのは。 遥か昔の彼方であった様な気もするし――つい昨日の様な気もする。 ……無念。 無念の感情と共に“我”は“我”から離れた。 流れる“我”を止められず、無念のままに“我”は封じられて。 そうして時は、時は幾百と…… 流れ……過ぎ去りて、我も流れて…… もはや“我”そのものが認識できなくなろうとしていて…… ああこのまま潰えるのか――そう思考し、瞼を閉じようとした…… ――その時に、 「吉備津彦ォ……」 蘇る。 己が認識できる。己がここに居る。己の意思が急速に形を成して行く。 何故、などと言う疑問は抱かない。分かるからだ。“我”が蘇ったと。 強烈な“我”の波動をこの身に感じ、応じ、その身に力が宿る。 「吉ィ備、津彦ォォォ……!」 ああ、なんだ奴はもういないのか。 ならば恐れるモノもはや無し。“我”よ、安ぜよ我よ。“我”の無念は我が一番よく知っている。なぜなら我は“ソレそのもの”なのだから―― 「な、なんだこりゃあ!?」 声が聞こえる。人の、人の声だ。 ああ汚らわしい。下等な人間どもが、我を見下ろすな。 「川が……川が真っ赤に……!」 ――やかましいぞ、人間。 瞬間。川が沸き立つ。 つい先ほどまで何の変哲もない川であった筈のソコは、僅か数秒で異変轟く場所へと変貌した。川は上流から下流へ流れると言う自然の摂理すら完全に無視して、あらゆる憤怒を抱きかかえているかのように水は沸き立ち、川の色は赤すら超える黒にまでなって。 それを眺める一般人は思考する。あり得ない、これはまるで“この川の名前の通り”ではないか。この川の、この川の名前は―― 「邪魔だ……人間……」 その時だった。川が発するは異形の声色。しかして、その声色に疑問する暇すらなく。 「ヒッ――」 悲鳴は途中で肉の潰れる音に成り替わった。川の水が人を呑み込み、その中で咀嚼音を響かせる。 骨が砕かれ、肉が破裂し、行き場を失った血が穴と言う穴から吹き出して。水面に右か左か、飛び出した眼球が浮かんでいる様は正に地獄。どれだけの圧が加えられと言うのか。 何にせよこれで正しく今ここに、この“川”は本来の名と意味を取り戻したのだ。 ――血吸川。 温羅の左目から流れ出でた“血の川”である。 ●ブリーフィング 「やぁ諸君――冗談を言っている場合ではない事態が発生した。よく聞いて欲しい」 『ただの詐欺師』睦蔵・八雲(nBNE000203)の紡ぐ言葉は珍しく真面目だ。 「聞き及んでいる者もいるだろうが、温羅の復活で現在の鬼ノ城に要塞が発現した。自然公園が本物の城に成ったと言う事だ。早急になんとかせねばならんが――即時攻撃はリスクが高すぎると言う判断で現状は見送っている。君らの活躍で復活が不完全な事が幸いだな。向こうもまだ活発的には動いていない」 「だけどどうするんだ? 四天王、とかいう連中もいるんだろ?」 「まぁそこも頭の痛い所ではあるが……何も、勝機が無い訳ではない」 ため息一つ。 資料に目を落とし、言葉を繋ぐ。 「アークの誇るイヴや他多数のアーチュナ。そしてアシュレイの協力によって――温羅に対抗する吉備津彦の“執念”を発見した。先人とは偉大なものだ。なにせ“対温羅”用のアーティファクトを用意してくれていのだからな」 「そんな物発見できたのか!? 一体どうやって!?」 「ん? 詳しく言うと広範囲遠未来視及び過去視を得手とするアシュレイの“21、The World”にイブの超精密予知観測たる“万華鏡”を組み合わせた上で我らが天才・智親がさらにそれを一点特化で鬼達に絞り込みだな――」 ああ、いや、もういいや……と話が長くなりそうな気配にリベリスタ達の方から止めに入った。 細かい事情はいずれにせよ、要は温羅に対抗できる武器が手に入りそうだ。と言う事である。そして、そのアーティファクトの在処は、 「全部で五点ある。それぞれ“矢喰の岩”、“吉備津神社”、“楯築神社”、“鯉喰神社”、“血吸川”に一つずつだ。君達にはこの内の“血吸川”に向かってもらう事になる。なるべく多くの数を揃える事が出来れば、温羅に対する切り札と成るだろう」 まぁ、もっとも……と八雲の言は続き、 「温羅側もこのアーティファクトの出現には気付いている。なればこそ自身の弱点になりそうな物を放っておく筈も無い。実際に、強力な鬼の出現を万華鏡が確認した。気を付けてくれたまえ。……出来うる事ならアークとしてはもっと数を投入したい所なのだが、な。情勢がそう簡単にさせてくれぬのだよ」 鬼以外の危険要素と言えば最近では一つだろう。 六道紫杏。最近に至って彼女の活動は活発化している。 そしてその彼女を始めとする主流七派の危険な計画も見過ごせない。アークにとっては厳しい現状ではあるが、さりとて無視する訳にも行かず、 「限られた戦力でもやるしかない……って事か」 「然り。何度も言うが、苦しい状況だ。その上で頼む――死地に、行ってくれ」 承った。ジャックの件から元より逆境には何度も立ち会っている。こういった事はもう慣れっこだ。 が、一つ質問はある。 「そう言えば……その吉備津彦が作ったアーティファクト、名前はなんて言うんだ?」 「ああ、説明を失念していたな。伝承では温羅に対して特攻の性質があると思われる――」 一息。 「――“逆棘の矢”だよ」 ●左目の怨嗟 ああ感じるぞ。この感覚、吉備津彦の物だな。 面倒な、面倒な事に成るのだろう“我”よ。こんな物が残っていたら。 故に我が回収したぞ。誰にも渡さぬ、人如きに渡して成るものか。ああ渡さぬとも。 欲しいと言うなら来るが良い人間よ。 もう二度と、人間風情に眼を撃ち抜かれるものか。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:茶零四 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月24日(土)00:12 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●―― 千四百年。 ああ、千四百年だ。奴が待ったのは。 千四百年。川の一滴として待ち続けていた。 無念のみを糧として、しかしそれでも時は無情に刻まれて。 千四百年。 ああ、千四百年だ。我が待ったのは。 強固な意思すら摩耗しようと言う年月。それだけの時を経て、 我は、 我、は―― ●無念ノ血ハ川トナリテ 左目に刃が抉りこんだ。 それをまるで他人事の様に知覚した瞬間、温羅より流れだした血の塊はソレを見る。 血吸川よりやや離れた場所――そこにて弓を構える者を。 「あぁ失敬。まさかこうも簡単に当たるとは思いませんでして、ね。何せ――」 言葉は『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)の物だ。彼女は己が弓、真紅の色を輝かせるソレを右手に。そして左の手を仰々しく血鬼へと掲げれば、 「人間風情には……なんでしたっけ? ともあれ、その様な言い方をご自身でされていたものでしたから、ええ、人間風情の矢に当たるとは予想にも……」 口の端を吊りあげ、これまた実に“分かりやすい”挑発を行う。 それでいいのだ。挑発だと受け取って貰えれば、こちらに“踏み込んで来て貰えれば”それでいい。問題は血鬼がこの挑発に乗るか否かだが、 「……人間……」 血鬼が左目に突き刺さる矢を右の手で握り絞め――潰した。 矢は半ばから折れ、ゆっくりと鏃が左目から抜けて行く。そして、手中に残った矢の後半部分を近場に放れば、 「一発当てた如きで、調子に乗るなよ劣等がァ――!」 ソレが地に落ち着る前に飛び出した。僅か二歩で己の行動限界域ギリギリに到達し、左腕を振るう。 さすればその軌道に沿う形で細かな点を血が形成した。それは傷から溢れる血では無い。これは霧だ。血の――霧。 瞬時、届く限りの全域を覆い尽くす勢いで霧は広がる。壁の様に、あるいは布の様に、全てを覆い尽くさんとして。 「ッ……これは、この力は私の……」 広がる衝撃に巻き込まれし『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)は気付く。 血鬼の放つ霧。その力の根幹を成す部分が“彼女の自身の力”である事に。 ――戦場に存在せし全ての者の血を模倣する能力。それは血鬼の特性にして、リベリスタ達が強ければ強い程血鬼も強くなると言うモノだ。この力の働く場では、ある意味で一番怖いのは味方であるとも言える。 そして現状で最も神秘の力が高い碧衣は対象にされたのだ。血鬼の力の、一端に。 「だがな……」 己の力のコピー……ああ厄介だ。 自身の力が相手の強化に繋がるなど本当に厄介ではある、が。 「そんな事――私達は承知済みなのだよ!」 赤き霧で満たされた空間を切り裂いて、碧衣の放つ気糸が高速で突き進む。レイチェルの挑発で丁度良い場所に引き摺り出された血鬼の左目を狙うつもりなのだ。 コピー能力? ああそれは情報として知っている。覚悟してここに来ているのだから恐れも何もない。そんな事よりも重要なのは、 「グォ、ガ、貴様ァ!」 攻撃が通るか否か、だろう。 そして通れば血鬼の怒りが急速に爆発する。先のレイチェルの一撃は挑発として有効な物の、怒りの感情を付与した訳ではない。しかしこの一撃は別だ。血鬼の奥底から宿る怒の情を表層へと容易く剥き出しにする。 「どうやら狙撃の結果は成功みたいだねぇ」 「なら余裕のある今の内に――」 瞬間。二つの閃光が走る。 それは雷だ。二条の雷撃が、ほぼ同時に宙を走り抜ける。放つのは『イエローナイト』百舌鳥 付喪(BNE002443)に『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)であって、 「――勇者の力、見せてあげるですよ!」 叫びと共に光は己が剣を地に振り下ろした。 その動きに沿う形。雷の軌道が山なりに血鬼へと降り注げば、付喪の雷が横より着弾する。横より薙ぐ形に、縦より粉砕せんとする二条の閃光。双方の攻撃は血鬼のみならずその至近にいた血の分身体達をも巻き込んだ。 が、 「……おや、流石に簡単には行かせてくれないみたいですね」 動体視力を強化する集中を施しつつ、『ミス・パーフェクト(卒業?)』立花・英美(BNE002207)の目に映った光景は雷が着弾周辺を襲う寸前。分身体の一体が血鬼本体を庇った様子だった。分身体それらには容赦なく直撃するものの、庇われた血鬼にはダメージが無い。 やはり怒りの感情に狂っていても脳無しとは違う。他に展開していた三体は下手に近寄れば殲滅されるのを察したか、血吸川のほぼ零距離ラインにまで引き下がり様子を窺っている様で。味方が増えるのを待つつもりだろうか。 「あらあら。なら仕方ないわね、まずはそこの邪魔な分身体から片付けるとしましょうか」 ならばとばかりに『Bloody Pain』日無瀬 刻(BNE003435)からは闇が広がる。それは生命を糧として敵を浸食する暗黒の塊。広がる瘴気は前面に出る分身体を包み込んで、 「――!」 炸裂した。 分身体を構成する血が破裂し、数多の水滴と成り果てる。完全に倒すにはあと一・二手は必要そうだが。 「やーれやれ。温羅ってのはとんでもないバケモンだと聞いてたけどさ、まさか血までバケモンとはねぇ」 「ハッ……分の悪い喧嘩は嫌いじゃねぇ……むしろ面白そうじゃねぇか」 『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)、そして桐生 武臣(BNE002824)の両名もまた、己が強化を身体に施せば準備は整う。 何の準備かと問われれば愚問――無論、血鬼を討つ為の準備だ。 幸いにして血吸川からある程度離れた距離を保ちつつ、戦闘行為を行える場所は発見できている。わざわざ武臣が赤外線機能を持つレーザーレンジを使った甲斐もあったと言うモノだ。 もっとも、事前に示された情報内で地形の不利は記されていなかったが故、無くとも見つける事自体は容易かっただろう。素早くその地点を見つけることに役立ったと言うのが正確か。 「……ん。纏わりついて来る余計なのは……全部私が祓うね」 そして『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)が放つ光は、先程の血霧の影響を受けた者達の異常を癒しきる。 血は止まり、体力の回復を阻害するソレを完全に打ち祓えば、削られた体力以外は元通りだ。この効果も必ず発生する訳ではないが――血鬼の攻撃の度に一々纏わりついて来る異常を祓える手段があるのは非常に助かる事だろう。 「それじゃ、仕切り直しかなこれは?」 『ガンスリンガー』望月 嵐子(BNE002377)の声は疑問にして確信。 故に行動には最初から淀みが無い。腕を伸ばし、銃身を整えて、息を吸えば。 「行くよ、十六連射ァ――!」 ――鉛玉を敵にぶち込んだ。 それらは届く限りの分身体に直撃し、その体が弾け飛ぶ。高速のコッキングと引き金を絞り上げる速度での一発、二発、三発、四発――嵐の様な無数の銃撃だ。飛び散り弾けて出来た風穴が修復されなければ分身体は粉々に砕け散り、ただの血と化し宙を舞う。 ああ、舞う。そうだ、舞うのだ。血が舞う。血吸川にて血が舞い、舞い踊る。 川のみならず血で地を染め上げその一帯はまるで異界。これぞ正しく神秘の闘いだ。 この地における、千四百年の時を超えての。 ●千四百年ノ時ヲ超エル 「さぁちゃっちゃと片付けて帰ろうかね……」 瀬恋だ。彼女は弓矢を引き絞り、目標を見据える。 狙いはフリーとなった血鬼の頭部。特にそこの左目だ。 「――ぶ、ち抜けぇ!」 直後、力強い言葉と共に矢を放つ。飛ぶ矢は山なりに、しかしその軌道は寸分違わず左目へと向かう。一拍置いて目標に突き刺さる短い音が鳴り響けば、血鬼は再び矢を目から引き抜いて、 「ぬぅ……! 遠距離のみから来るとは小癪なァ……!」 矢を投げ捨て、遠目に見えるリベリスタ達を見据える。 リベリスタ達はおよそ距離にして20m以上の距離を鬼達から保っていた。それは無論の事、作戦である。 敵が血鬼達だけならば接近戦を行っても良かっただろうが――鬼に支配されている血吸川が問題だ。アレに引き摺りこまれれば、脱出が難しい。唯一このメンバーの中で朱子だけは完全な耐性を持つが、彼女一人だけ接近戦を行っても敵陣に取り残される形となるだけである。 その為リベリスタ達の取った作戦は、総出で遠距離に留まると言うモノ。 血吸川の攻撃範囲から逃れ、鬼だけを怒りで吊り挙げて攻撃する策。率直に言おう。この策は―― 「有効、ですかね。血鬼も随分とこちらに注意を注いでいる様ですし、このままなら川は無視しつつ進めれますか」 レイチェルの言う通り、非常に有効だった。 川は攻撃範囲外で何も出来ず、血鬼は碧衣への怒りで引き下がる様子も見せない。 ただ一つ、それとは別に問題があるとすれば、 「……アレに麻痺は通じるんですかね? 今の所通じてはないみたいですが……」 「微妙な所だな。クリーンヒットすればあるいは……もう少しだけ試してみるか」 怒り以外の状態異常が今の所効いていないと言う事だろうか。 レイチェルは碧衣と共に麻痺を通さんと気糸の罠を展開し続けているのだが、血鬼の中に渦巻く憤怒で効果が抑え込まれている。 だが“抑え込まれている”のであって“無効化”されている訳ではない。碧衣の言の通りクリーンヒットすれば付与されるのかもしれないが、それそのものが確実でない為続けるべきか悩ましい所ではある。 「まぁ仮に付与出来ようが出来まいが、その前に倒してしまえば良いだけの話ですけど、――」 英美の複合弓が構えられる。自然とも言える動きで弓を掲げ、息を吸えば即座に弓を引き分け絞った。 さすれば鳴るは弦の音。限界まで絞った事による音が静かに響けば、指先から腕にかけての負担が増大する。しかしそれは反動が大きくなり威力が高まると言う事であり、 「ねッ!」 奥歯を噛み締めながら指先を離した。 大気を割る音を引き摺り残し、矢は往く。狙いは勿論、 「ゴ、ガガ……! 左目ばかり貴様ら……!」 弱点――と言うよりも威力が減衰せずにマトモに通る左目である。 「……父の弓はパーフェクトです! 左目程度、幾らでも当ててみせますよ……!」 「人を呪わば穴二つ、てね。恨みつらみ吐くのは自由だけど――ソレが自分に返ってくる事も覚えておきな」 さらに次いで、付喪が魔方陣を展開。彼女の右肩辺りに出現した円の魔方陣、それの中央からは魔力の矢が放たれる。 淡い色の輝きが射線を描いて直進。反射的に防御しようとする血鬼の腕に抉り込めば、 「人の力なんて屁でも無い、って考えてるんだろ?」 そんなんだから、 「――アンタらは負けるんだよ」 防御を打ち破って魔力の矢が左目に突き刺さった。 目を押さえ、悶える血鬼だが――リベリスタ達は尚も容赦しない。 「何を企んでるか知らねぇが、さっさと倒させてもらうぜ」 言いつつ、武臣の視線は二つの動きを捉えていた。 一つは血鬼だ。その左目を自分も穿たんと、銃身を整えてタイミングを窺う。 そしてもう一つはその血鬼のさらに後方。血吸川付近にいる、血鬼の分身体達だ。この連中の存在が、懸念材料として脳内で思考していた。なぜならば、 ……連中は何故動かねぇ? と、そう思ってしまうからだ。分身体達は戦闘開始以降、血吸川付近から動く様子を見せない。ただただ、その数が後方で増えていっているだけで、もうすぐ十体を越そうとしていた。時折血鬼を庇う行動を見せる分身体はいるものの、それでも一体のみ。数を増やす事に専念している様だが、一体何を考えているのか。 ……出来れば連中も潰しておきたいところだが、そうもいかねぇからな。 距離が問題だ。血吸川ギリギリのラインまで引き下がっている分身体達を倒そうとすれば、血吸川の戦闘域たる20m範囲に入らなければならない。だがそれをやれば川から離れて戦闘を行うと言う策が成り立たない。故、何を考えているか分からないが傍観するしか無く、 「ッ、とぉ、いけねぇ!」 瞬間、武臣は思考を中断し回避行動を行う。 ――血霧だ。周囲を己が血で染め上げんとばかりに再び血の領域が広がり潰す。その威力は碧衣の模倣であり、命中に至ってはレイチェルと碧衣の模倣。 当たる訳にはいかないと後方に飛び跳ね、ダメージを軽減すれば武臣は攻撃へと繋いだ。 すなわち、掌の中にあるオートマチックの引き金を絞り上げて銃弾を放つ。一発分のマズルフラッシュが輝けば、同時に銃声が鳴り響いた。 「無駄だ無駄だ、そんなもの掠り傷にしかならんわァ!」 言う血鬼は歪に笑う。先の銃弾は確かに命中したものの当たり所が浅かったのか、あまり効果を見せなかったようだ。 回避は朱子の動きを得て、物理の防御は刻のモノを会得している。その影響もあるのだろう。 「ま、塵も積もればなんとやら。掠り傷程度でもいずれは致命傷よね」 「貴方は必ず……私達が止める。これ以上の暴虐は……絶対に許さないよ」 さりとて、咄嗟に碧衣を血鬼の攻撃から庇った刻の言う通り。掠り傷だろうと効いていない訳ではないのだ。積もれば致命傷となるし、そもそもしっかりと当たればそれなりの威力が通る。何も問題は無いのだ。 状態異常に関しても、タイミングを見計らって待機していた朱子の放つ光によって全てが打ち祓われて。さらには、 「勇者はオールマイティなのですよ。だから、回復だってお手の物ですよ!」 光が回復の意を伴った言葉を詠唱すれば、刻を対象にその身を癒す微風が流れ当たった。 勇者の役割というのを自負する彼女にとってみれば、状況に合わせて役割を変化させるは当然の事。攻撃の際には前衛として、回復の際には状態異常から体力の回復まで努める事の出来る中々に万能型の戦士と言える。長期戦が見通されるこの戦いにおいて、癒し手の存在は非常に重要だった。 「さ、て。ここから後はどこまでやれて行けるかな……!」 嵐子は呟きと共に、英美の使った動体視力の強化と同じ――プロストライカーによる集中力強化を身に施す。自身の能力向上目的であるが、それだけでは無い。 「……これで、上手く“引っ掛かって”くれれば良いんだけどねー……」 彼女の狙いは能力向上ともう一つ。プロストライカー使用による物理的攻撃力の最高値を更新し、血鬼の能力を“あえて”上げる事である。これにより、現在の物理攻撃力は神秘の力を上回った。 ――だからこそ物理依存単体攻撃である血鎌の選択肢が出てくる。 今でこそ血鬼は神秘の攻撃力が上であり数もリベリスタらが有利であった為、全体攻撃たる血霧を多用して来ている。されど、物理の攻撃力が神秘よりも優れて来ているのならば、選択肢としては視野に入る可能性は十二分にある筈だ。 勿論、血鎌を使うかどうかは血鬼次第ではあるが、現状では全体攻撃連発よりも単体攻撃を使われた方が効率は悪くなる。故に少なくとも無駄ではないだろう。 ……リベリスタの数が多い内は、だが。 「…………」 そして鬼達の後方――血吸川付近では分身体がその数を黙々と増やし続けていた。 リベリスタ達が血吸川の範囲に入らないのと同じく、彼らもまたリベリスタの攻撃範囲には入らない。 黙々と、ただただ黙々とその数だけを増やしていく。不気味なまでに、一切の動きを見せず、 ただ一瞬。“その時”が訪れるのを待ち続けていた。 ●人ノ思イモマタ同様ニ 「ふッ――! 今度こそ捉えたぞ!」 「ヌ、オォ!?」 息を吸い、碧衣の放った気糸が血鬼へと纏わりつく。 その瞬間、身に滾る憎悪であらゆる状態異常を呑み込んで来た血鬼の行動が――停止した。 麻痺の効果が、通じたのである。 「通じましたか……! これなら、今の内に!」 見逃さない。たった一瞬であろうと出来た猶予を、レイチェルは分析に注ぐ。 血鬼の残存体力、それを中心に解析するのだ。情報が情報として彼女の脳に直接会得されていけば、望みの情報は容易く得る事が出来た。敵の残り体力は、 「半分弱……と言った所ですか。大分削ることが出来てきましたね」 「……あれだけ当ててまだ半分弱あるの? 随分とタフね」 疑問する刻の言動も尤もだ。 戦闘開始よりそれなりの時間を経て、攻撃は分身体が退いている事もあり血鬼一体に集中している。それもほぼ全て左目に当てる事を目指す徹底ぶりだ。それだけの事をやっているのにまだ半分程度しか削れていないと言うのか。 その要因は主に総数十人の内、攻撃人員に関しては実質的に“四人”である事だろう。回復担当に二名、庇うに二名、そして麻痺要員が二名。 麻痺に関しては命中と回避の差から決して付与が無理な範囲では無かったが、通常よりも遥かに頑強な耐性を持つ血鬼に対しては少々効率が悪かった。なまじ、付与が“無理では無い”事が災いしているのだ。あるいはそのスキルが攻撃力を持てば話は別だったろうが。 「まぁでも麻痺した時はチャンスさね――武臣! このままぶちかまし続けるから、頼んだよ!」 「おうとも。護りに関しては俺に任せな。だから……」 ただ、前述の点は必ずしも悪いという訳ではない。 見方を変えればサポートを充実させているのだ。結果としてリベリスタ達は終始安定して闘いに望めている。そしてなにより攻撃面では、 「坂本ォ! 全力でブチ込んでやれッ!」 ――瀬恋がいる。 自身の被ダメージで威力が増加する断罪の魔弾。それを最高効率で血鬼に撃ち込む事が可能なれば、ある程度挽回は効くと言うモノだ。 故に外さない。必ず当てて見せるとロングボウのしなりを全開に、矢を放った。 正にその瞬間、そのタイミングにて――“その時”は訪れた。 「なッ――」 攻撃を行った瀬恋の口から漏れるは驚愕の二文字。 血鬼へと放った筈の矢はその寸前で別の存在へと命中したのだ。それは、分身体。 詰まる所、分身体が血鬼を庇ったと言う事だが、驚いたのはそちらでは無い。驚いたのはそれと同じくして行われた鬼達、いや、分身体達の“行動”だった。 血鬼を庇った一体を省いて、総勢十二体。 それらが全て、沈黙を破り捨てて―― 「ちょ、ちょ、ちょっと! な、何で今更一斉に来るのでありますかぁ――!?」 突撃を敢行してきたのだ。 六体が血吸川から見て十mの少し先、もう六体が十m付近に現在いる。光の叫びも納得の数である。 「チッ、だけどまだ間に合う。こっちに辿りつく前に全部纏めて吹き飛ばせばいい事だよ!」 その動きに即座の反応を見せたのは付喪だ。 元より彼女は分身体を殲滅しようと窺っていた。可能であれば血吸川の範囲に入る事も考えていたくらいである。しかし作戦が上手く行っている上、射程外優先の意思も僅かながらあった為に距離は保ち続けたのだ。 ……それが彼女の命を知らずして救っていた。もし“優先”の二文字が無ければ、範囲内に侵入し血吸川に取り込まれていた事だろう。直後に起こるは退いて増えた分身体達と川による集中攻撃だ。脱出までによくとも重傷か、下手をすれば――早い段階で死亡していた可能性もあった。 が、仮定の話はともかく分身体への注意はこの場面において役立った。近付く分身体に一条の雷撃を放ち、全てを薙ぎ払う。 「ッ! これは……ああ成程、数を増やしていたのは……そう言う事かい!」 瞬間。付喪の視界に映るのは雷撃で傷付いた六体と、その六体に庇われた――完全無傷の六体である。 数をじっと耐えて増やし続けていたのはこれが狙いだったのだ。遠方で備えるリベリスタらに無策のまま近寄れば片っ端から潰されていくのがオチ。故に鬼達は待った。敵地点に到達して、なお意味の成せる数が揃うまで。 そしてその半分が犠牲になろうと残り半分を到達させようと。 「ま、だまだぁ! 外道必罰ッ――鬼は、討ち果たします!」 「近寄らせる訳にはいかないよね!」 英美に嵐子の追撃は矢と弾丸のコンボ。 空を裂く無数の矢と幾重もの銃撃音は重なり合い、轟音と化す。回避の隙間を消滅させる勢いの攻撃は全て命中。穿ち、血の体に穴を開けて一気に数を減らしていく。 「――!」 されど止まらず。半分は減ったものの残存は到達し――分身体はリベリスタ達へと近接戦闘を挑む。 これに対処するには即効で相手を倒すしかない。なるべく被害を最小に、分身体を壊滅させれば状況は元通りだ。血鬼の引き付けが続けられる以上、作戦はまだ失敗していない。むしろ、ここさえ凌げば勝ちの目が見えてくる。 「……とでも思ったか? いいや貴様ら人間はここで終わりだ……!」 言う血鬼の声はハッタリでは無い。明確に、勝ちを宣言している声色である。 ……実際に、その“理由”は直ぐに訪れた。 「これ、は……!? 景色が、変わって……!」 反応したのは朱子。言葉通りの現象が彼女の周りで、いや、血吸川全域で起こっていた。 景色が変わる。古木は若くなり、草は入り乱れ、まるで“今の時代”の光景では無い。 遥か昔。鬼が人に討たれた時代。その時、その場の再現。 ――元目記憶―― 「あの日“我”は吉備津彦に目を貫かれた。だがもはや二度と貫かれぬ。あぁ……あの日をもう一度やろうではないか人間。今度は貴様らが敗北する瞬間をこの地に刻みつけてやる」 故に、 「滅びろ人間」 衝撃が来た。数度と使われ続けた血霧であるが、過去の再現に伴って力すら強化されて。 ――最高純度の威力が、真正面からリベリスタ達に激突した。 ●千四百年ノ時ヲ超エテ 「づ、ぅ――ぁあ!」 壁にぶつかったのかと思う様な衝撃を得て、膝をつきながら朱子は何かが喉をせり上がる感触を感じた。 息苦しさに深い咳をすれば、出るのは血。先の一撃が予想以上に重かったらしい。運命を消費して立ち上がるも、戦況も芳しくない。 「ぐッ……う、皆……無事?」 「なんとか――しかし、こいつはまずいな……」 返す言葉は瀬恋。周りを見れば無事と言えるのは庇われた瀬恋に碧衣。それから光、レイチェル、嵐子の五人であった。と言っても、前者二人はともかく後者三人は傷も多い。他のメンバーも運命を燃やして立ちあがっているが、このまま戦闘を続行して良いものか悩み所だ。 分身体だけならばなんとかなる。六体近くにいようが全体・範囲攻撃で消し飛ばせば良いのだ。されどその直後の血鬼の攻撃を凌げるか? 血鎌ならば一人は確実に倒れ、血霧ならばレイチェルらの回復行動が間に合えばその時はなんとかなるかもしれないが、分が悪い。 よくも悪くもここが分水嶺。退くか、進むか。時間は無く早急決めねばならない。 血鬼を倒すのか、退却か。 「…………いや、もう一つあるよね?」 その時、嵐子は言う。倒すか逃げるかでは無くもう一つの選択肢があると。 それは、 「逆棘の矢――奪って逃げちゃえばいいんじゃないかな」 血鬼の所持する矢の奪取。それはリベリスタ達の勝利条件でもある。 それだけを目的に考えれば、成程血鬼を倒しきる必要性は無い。 「……不可能ではありませんね。少し前、私が解析した時に矢の場所も情報として得ることが出来ましたし」 レイチェルの指差す先は、血鬼の胸部。矢はそこに取り込まれているのだ。 エネミースキャンを用いての分析時、ついでとばかりに得る事の出来たその情報に間違いは無い。アレを奪えれば目的は完全に達する事は出来る。勿論、それとて至難であり、 「一つ聞いて良いか? ――勝算は?」 「え、特にないけど必要?」 武臣の疑問に嵐子は即答。 この状況で確実な勝算は無い。だが覚悟はある。 「いいや別に。最初に言ったろ。俺はな……」 分の悪い喧嘩と言うのは、 「嫌いじゃあ、ねぇんだよ。……見せてやろうぜ。人間如きと侮る奴に、仲間と闘う時の“人間如き”の強さをな……!」 「過去の記憶に囚われている哀れな奴に負けるのも癪だしね、やろうじゃないか」 「元より相手が生半可な奴出ない事は承知の上。ここからが勇者の力の見せどころでありますよ!」 武臣が、付喪が、光が、皆が意思を固める。 目標は矢の奪取。長引かせれば負けだ。故にやるのは即効。 ただ一撃。通して奪う。 「じゃ、行ってみようか」 軽く言う。しかし目には力がある。真っすぐ血鬼を見据えて――嵐子は疾走した。 全ては、勝利の為に。 「うん、大丈夫。……戦場は私が必ず照らすから」 朱子は分身体の横をすり抜ける嵐子を援護する為に、分身体をブロックする。 さらに直後。朱子は邪気を祓う光で皆を照らす。何度でも、何度でも。血鬼の怨嗟がどれだけ皆を縛ろうと、彼女は祓う。祓い続ける。 「フフ、私はやる事は変わらないけれど……もう少し、頑張ってみましょうか」 「ああそうだな。失敗を続けるような事はしたくない……必ず、勝って見せる」 刻は変わらず碧衣を庇い、そして碧衣は、 「だからお前達はそこをどけッ!」 視界を埋める邪魔な分身体。それら全てを捉え、左目だけに気糸を叩きこむ。 狙って穿ち、道を開けろと。ああ邪魔だ邪魔だ。 私は誰も死なせない。皆で勝って、矢を持ち帰るのだ。 「――!」 行く。嵐子は行く。踏み出し、走り、分身体達を横目に走り抜く。 血吸川の範囲に豁然と踏み込めば、 「愚かな……自棄になったか?」 硬い意思を理解しない血鬼はその様子を嘲笑する。 鬼からみれば確かに自棄になったとしか思えない。逃げれば良いものを、わざわざこちらの領域に入ってくるとは自殺志願者か。 「呑み込め。川よ」 これで終わりだ。川が呑み込めばそれだけで行動を制限することが出来る。後は湧いて来る分身体達に任せれば容易に捕殺可能だ。その光景を、血鬼は信じて疑わない。 「――ッ、ぉお!」 嵐子は進む。目の前からは血吸川の捕縛の手が迫り来ている。 だが恐れは無い。こんなもの、こんなものが何だと言うのだ。覚悟を舐めるな、人を舐めるな。だからお前達は人に敗れたのだ。 速度を上げろ。 動きの無駄を無くせ。 全身を集中させろ。全ての動きを連動させて突き進め。 こんなモノ如きに――当たってたまるか。 「なッ――!?」 血鬼の驚嘆と同時。嵐子は川の意思を全て完全に回避して見せた。 後もう少し、後もう少しなのだ。血鬼の至近まで後少し。必ず奪い取って見せる。 「……!」 しかし、そうはさせまいと血鬼を攻撃から庇っていた分身体が一体、嵐子の眼前に立ち塞がる。 これ以上は進ませないとするその意思を、 「ど」 嵐子は左手に持つ己が銃の引き金を絞り上げ、分身体の顔面に命中させれば、 「けぇ――!」 瞬時に右手で顔面を掴み取り――地面へと叩きつけた。水が破裂するような音と共に、分身体はその身を散らす。分身体の攻勢が始まる前に叩き込んでいた瀬恋の一撃が響いていたのだろう。壁にすらなっていない所か、一秒の時も稼げぬまま死滅した。 「馬鹿な……くっ、ここまで来れるとは――ムッ?!」 瞬間、血鬼は反射的に腕を振るった。 それは防御だ。嵐子に対してのではない。まだ距離はある。では何の防御かと言えば――矢だ。 「吉備津彦……」 声はリベリスタ側後方。矢を放った主からだ。 その人物は、 「貴方の望みは鬼を討つ事でしょう。鬼の手の中にあって……何を思い、何を感じますか?」 ――英美だ。紡ぐ言葉は嘘偽らざる彼女自身の、言葉。 「お願いです。貴方の力を私達にお貸し下さい。意思を全て引き受けるとは言えませんが……私の願いは、私の大切な者を、その世界を守り抜く事です。鬼は、必ず私達が討ち果たします。ですから、お願いです――御身の力を、どうかお貸し下さい!」 「阿呆が! 吉備津彦亡き今、そんな言葉がどこに届く……と……」 血鬼に鼓動が鳴る。まるで心の臓が胎動したかのような、そんな感触だ。 しかしあり得ない。そんな馬鹿な、この身は血だけで出来ている。心臓などありはしない。 幻覚だ。違う、そうだ、これは幻覚だ。あり得ない。で、なくば…… 矢が、反応したとでも言うのか? 「――あり得ぬッ!!」 自身に言い聞かせる様に声を放つ。そして見据えるは一瞬の内に接近してきた嵐子だ。 迎撃しなければならない。もはや怒りはどこぞへと、恐れの感情が血鬼を駆け巡っていた。奴自身は、気付いていないだろうし認めもしないだろうが。 「ヌゥゥォォオ!」 咆哮と共に血鬼は鎌を形成する。嵐子一人に対するには霧では駄目だ。鎌で確実に仕留めねばならない。 縦に回転させる動きを持って、コンパクトに血鬼は鎌を振るう。下から上への方向で薙ごうとすれば、嵐子の回避が間に合わない。首を捻ってなんとか致命傷は避けたが、鎌の切っ先が彼女の左頬を綺麗に割いてそのまま駆け上がる。 さすれば鎌は――左目すら切り裂いた。瞼は十字となり、目は傷付いて。 「ッ、う、ああ!」 激痛が走る。あまりの痛みは熱にも感じられ、左目から滝の様に血が零れ出す。 損傷はどれくらいか分からない。運が良ければ治るかもしれないが、嵐子は今そんな事はどうでもよかった。 体よ動け。相手はもう目の前なのだ。一撃だけで良い。だから頼む、体よ動け。 「……は、ぁっ、私……も……私も……!」 倒れる運命を捻じ曲げてでも勝ちたい。何が何でも、矢は持ち帰る。 その意思が彼女を突き動かした。右目で血鬼の姿を捉え、右の腕で己が銃のTempestを構える。 もういいじゃないか止めろ楽になれ。と、左目を中心に体が悲鳴を挙げれば、 全て無視して引き金を絞り上げた。 ●刹那ノ記憶・血吸川ノ伝承ココニ成レリ たった一瞬の事だった。 先程の攻撃の結果――まずそれを述べよう。 嵐子の一撃は血鬼には、一切通らない。元目記憶の発動中だ。多少運命を消費したとてそこは覆らない。 故にそこから返す刀で鎌が振り下ろされ絶命する。それが、結末。 ……と、成る筈だった。元目記憶がただ“弓以外を無効化”する能力ならば。 元目記憶は“あの日、己の無念が発生した日の再現”である。故にこの場は一時的に千四百年前の場と成っているに等しい。 それを念頭に置いた上で“血吸川の伝承”を知っているだろうか。 吉備津彦は“二本の矢”を放ち、一本は“防がれる”もののもう一本は“左目に命中”させる事に成功している。そうして出来たのが血吸川だ。 先程英美が放ち、それは“防がれ”そうして今、嵐子は二発目の攻撃を伝承通り“左目”に放った。これは全て伝承通りと言える。銃を弓として弾を矢と解釈出来れば、この場、この時、まさにこの一瞬に限り、己が役割を全力で賭せば、 全ての無茶は運命が奇跡として捻じ曲げる。 無念ノ血ハ川トナリテ 千四百年ノ時ヲ超エル 人ノ思イモマタ同様ニ 千四百年ノ時ヲ超エテ 嗚呼――血吸川ノ伝承ココニ成レリ ●終幕 砕け散る。千四百年の再現が、その空間が、あの日の再現を得て完了し維持できない。 血鬼自身があの日を呼び起こし、 英美が自身の思いとその攻撃の“失敗”により吉備津彦の姿を重ね合わせ、 さらに嵐子が攻撃するまでに誰の攻撃も血鬼には通らず、 二発目の攻撃として嵐子が穿ち、その彼女自身が伝承の様な一撃をと願う思いがあり、 この奇跡は成り立ったのだ。 「O、OOO、OOAAAA――!?」 血鬼が絶叫する。無理も無い、何が起きたのか血鬼にはサッパリだろう。 しかしその一瞬の隙はリベリスタ達にとっては好機だった。 「今、だ……!」 嵐子は手を伸ばし血鬼の胸元にある矢を抉り取る。 逆棘の矢を、手に入れたのだ。 「逃ィGAす、かぁ――!!」 「そうはいかないね! テメェはさっさとくたばれやオラァ――!」 血鬼はもはや形振り構っていられない心理状態だが、瀬恋の魔弾が瞬時に襲いかかった。 嵐子を確保しようとしていた手が射撃によって届かない。 「おOOおおのっれぇ! 川よ、絶対に逃がSUなぁ――!」 川が荒れ狂う。ここまでコケにされて逃す訳にはいかない。 運命とて、二度は無い。ならば今度こそ確実に捉えて見せようと魔の手を伸ばす。 「ぅ……あと、もう少しなのに……!」 嵐子の足が絡め取られた。流石にあれだけの事を成した後では回避は厳しい。 進行方向とは逆に、川の圧倒的な力によって引き摺りこまれれば、即座に全身に圧が掛った。体中から嫌な音が響き渡れば、いくつかの骨が折れた事を連想する。 疲弊は限界に達し、口からは吐血。そうして右の瞼もゆっくりと閉じられ―― 「嵐子!」 その時、声が響き渡った。 碧衣だ。誰の死も望まない彼女は、叫ぶ。たった一言にして明確な願いを。 「目を開けろ――死ぬなッ!」 「そうだ、息をしろ、目を開けろ……! 勝って息してりゃあ――凱旋だ!」 続く言葉は武臣である。彼は、全力で道を駆け抜ける。 そうして血鬼すら無視し川をも“走る”。水上を歩行できるスキルを持つ彼にとって川は道と変わらない。疾走し、水面から僅かに出る嵐子の手を掴み、 ――引っ張り上げた。 「ここが限度ですね……撤退しましょう」 「おうともさね。ただ、追撃されると面倒だから分身体は片付けるよ!」 レイチェルの判断に、付喪は雷撃を敵に叩き込む事で答えた。 血鬼を倒し切るは疲弊の具合から考えて難しい。真実、身命を賭せば話は別かもしれないが、犠牲が大きすぎる事に成るだろう。 「馬鹿な、こんな、こんな馬鹿な事が……!」 逃げられる。もはや追いつけない。川の範囲から逃げられる以上、血吸川から離れる事の出来ない自分では追撃は不可能だ。 「こんな、馬鹿なぁああああああ!」 後に残るは無念の塊。 千四百年の時を超えて顕現した無念は。 今ここに、二度目の無念を味わったのだった。 ●―― 千四百年。 ああ、千四百年だ。奴が待ったのは。 千四百年。川の一滴として待ち続けていた。 無念のみを糧として、しかしそれでも時は無情に刻まれて。 千四百年。 ああ、千四百年だ。我が待ったのは。 強固な意思すら摩耗しようと言う年月。それだけの時を経て、 我は、 我、は―― 「……奴の所に行かねばならぬ」 呟く血鬼は目指す。 場所は己のいる場所だ。己の元となった存在、温羅のいる鬼ノ城。 そこに行く。ああ、川からは離れられないが問題ない。 “川”ごと移動してしまえば良いのだから 「無念だ……ああ無念だ……」 川が荒れる。渦すら巻いて、己の領域から抜け出す。 ……もはやそれは川では無い。川は完全に血鬼の一部と化したのだ。 荒れ狂う水流で邪魔な木々をなぎ倒し、無念の塊は突き進む。その内部では数多の感情が爆発し、爆発し、無念の感情と能力が肥大化して行く。 目指すは鬼ノ城。鬼達の――本拠。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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