●向こうを通るは清十郎じゃないか ねえ、今、なんて言ったの。 ねえ。あの人、リハビリ中なんでしょ? ねえ。だからあたしの所にこられないんでしょ? ねえ。みんな、あたしのことを騙してたの? ねえ。今、あの人置いていかれちゃった人だよねって言ったの? ねえ。それ、どういうことなの? ●清十郎殺さば、お夏も殺せ。生きて思いをさしょよりも 「ノーフェイスが無差別殺傷を始めてしまう。犠牲者が出る前に彼女を処理して」 今日も、簡潔だ。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、モニターに若い男を映し出す。 「フェイズ1・ノーフェイス、太田清一郎。23日前、自動車事故に見せかけて処理した。不手際があって同乗していた一般人が怪我をした。命に別状はなかったのだけれど」 モニターに映し出される、10代後半から20代前半に見える女。 やけに色っぽい。 ノーフェイスの婚約者だったという。 「坂口小夏。彼女も覚醒した。フェイズ2。増殖性覚醒現象」 間に合わなかった。と、イヴはわずかに眉をしかめる。 「周囲は、彼女が余りに動揺していたので彼の死を彼女に知らせられなかった。もっと落ち着いてから慎重に知らされるはずだった。だけど、人の口に戸は立てられない」 なんとなく広まる噂話。 『あの子、婚約者に先立たれたんだって。かわいそうね』 同じ病棟に入院していた子供達。母親達がしていた噂話の主を見つけて指を差す。 あの人だよね。置いていかれた人って、あの人だよね。 イヴは、わずかの間目を閉じた。 「彼女は、自分が入院している病院のこのフロアを皮切りに、はさみで凶行に及ぶ」 はさみ。手を複雑骨折した彼女のリハビリ。裁縫箱には大きな裁ちはさみ。 「まだ間に合う。あなた達が現場に入ったときにはまだ犠牲者は出ていない。でも時間がかかればかかるほど危険は増える。彼女はあなた達には見向きもしない。声も聞こえない。彼女の標的は、彼女を指差した子供達、看護師、入院患者……。彼女が問い詰めなくてはならない人たちだから」 イヴは真っ直ぐリベリスタ達を見つめる。 「人目がある。だけど、急いで。犠牲者を出さないように」 静かな表情は変わらない。 「彼女を彼のところに送って」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月14日(土)21:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●絵本を指差したのと一緒。 あれはぞうさんだよね。そうよ。 あれはおはなだよね。そうよ。 ママにうんっていってほしかっただけなんだ。 あの人がおいていかれた人だよね。 だって、ママがそういってたから。 そしたら、ママはお化けを見たような顔になって。 やめてぇ!と悲鳴を上げて、ボクに向かって走ってこようとした。 振り返ったら、お姉ちゃんが大きなはさみをもってボクのすぐ後ろに立っていた。 「ねえ、今、なんていったの?」 お姉ちゃんはふしぎそうな声で普通に聞きながら、はさみをお空のほうまで高く上げた。 目の前が急に暗くなった。 ●状況発生。突入せよ。 暗くなったのは、大きな巨体が女と子供の間に割り込んだから。 「大丈夫でござるか?拙者達がおぬしらを守るから安心するでござるよ」 『自称・雷音の夫』鬼蔭虎鐵(ID:BNE000034)は、出来る限り優しい声で子供に覆いかぶさるようにして言った。 その背には、ずっぷりとはさみがめり込んでいる。 虎鐵は指の先から感覚があいまいになってくるのを感じた。 「ねえ、ボク。今、なんて言ったの?おねえちゃんに教えてくれる?」 はさみを振り下ろすのとお話を聞くのは、小夏の中では矛盾していない。 優しい声と笑顔に、本来の彼女がしのばれる。 それゆえ、はさみを捻じ込んでくる力に、虎鐵は戦慄を禁じえない。 (このままだと罪もない一般人が殺されるのでござるか…… 最悪、そうならないように全員救出を目標に頑張るでござるよ!) 虎鐵の大きな体の向こうから聞こえてくる声に、パジャマ姿の子供は泣くこともできずに硬直している。 その手をそっと握って『大食淑女』ニニギア・ドオレ(ID:BNE001291)が笑顔で促す。 「あちらに行けば大丈夫よ、一緒に来てね」 「ままは?」 「大丈夫。すぐ来るわ」 涙で顔面をぐしゃぐしゃにした母親に頷いて見せ、子供を部屋の外に誘導し、またすぐに中に駆け込む。 (一人の犠牲者も出さないように全力を尽くすわ) まだ始まったばかりだ。 『百の獣』朱鷺島・雷音(ID:BNE000003)と、看護婦の扮装をした『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(ID:BNE000650)が子供を連れて廊下に出てくる。 とにかく一人も怪我をさせない。 リベリスタ達の心は一つだった。 ●おいていくのは辛いこと。おいていかれるのも辛いこと。 「一つの所に固まって! 離れすぎないように、でも、近すぎないように!」 『ナーサリィ・テイル』斬風糾華(ID:BNE000390)が、それぞれ壁にへばりつくようにしている一般人に声をかける。 「なんて言ったのか、教えてくれたらいいのに」 無造作に虎鐵の背から引き抜いたはさみを再び振りかぶる。 ノンビリした動きなのに、気がつくとはるか遠くにいる。 糾華がはさみの下に飛び込んだ。 (恋人を思うあまりに無差別殺傷。感動的ね、涙が出るわ。周囲の気遣いも、故人の想いも、全てを台無しにしたその有様、否定してあげましょう。徹底的にね。誰も傷つけないように、誰も傷つかないように) 「お姉ちゃん、はさみがささってるよ」 見上げる子供。顔が涙でぐしゃぐしゃだ。 「大丈夫。私は大丈夫だから、安心して」 背中の焼けるような痛みをおくびにも出さず、糾華は笑った。 喉元までこみ上げる血は、むりやり飲み込んだ。 駆け寄ってきた『まめつぶヴァンプ』レン・カークランド(ID:BNE002194)に子供を託した。 「俺達がいるから大丈夫だ。何があっても俺が守ってやる。大丈夫」 子供は、部屋にまだ残る母を振り返りつつも廊下に連れ出される。 「すぐに治すわ、しっかり」 手足の自由が利かない二人のため、ニニギアが光を放つ。 もどかしい痺れが消え、傷はまだ癒えないながらも二人の顔に笑みが戻った。 ●せめて、あなたの思い出だけでも読み取りたかった 『悪夢の忘れ物』ランディ・益母(ID:BNE001403)は、ここに来る前のイヴとのやり取りを思い出していた。 『処理したんなら婚約者の物品くれーあんだろ?貸しな』 『あったけど、前任者が遺族に戻した。せめて思い出の品くらい手元にって。状況が許せば、いずれ小夏に渡されたと思う』 (サイレントメモリーで清十郎と小夏しか知らない思い出を探す、言葉は通じないだろうがそれならあるいは……) ランディの心配りも、小夏には届かない。 うふふと明るい笑顔を浮かべている小夏に、ランディは声を絞り出す。 「清一郎と誓ったんだろ、今のテメェは何やってやがる」 (婚約者って事は一緒に居て家庭を持つなりの夢は見たんだろ) 「子供を傷付ける真似してんなよ大馬鹿が!」 叫びと共に膨れ上がる気迫に、部屋に残る大人でさえ、床にぺたんと座り込んだ。 その叱咤の声も、小夏の耳には入らない。 「看護師さんなら、知っているのかな? あの人の病室はどこですか?」 朗らかに笑って振り返る。 ひぃぃと、看護師達の口から、声にならない悲鳴が漏れた。 ●看護師たちの涙 「子供と一般の人を誘導してから避難になります。もうしばらくご辛抱を」 父親くらいの年回りだろう。 自分を囲うように守ってくれている『静かなる鉄腕』鬼ヶ島正道(ID:BNE000681)の丁寧な物腰に、まだ年若い看護師に、はいと小さく頷いた。 「もっと気をつけていたらよかった……。坂口さんに申し訳のないこと……」 看護婦の涙ぐみながらの小さな呟きに、正道はあいまいに頷いた。 (ううむ、境遇に同情の余地が無いわけではないですが、このように凶行に走られては『処理』する他ありませんな) 雷音はすでに二種類の結界を貼り終えている。一つは守護。一つは人払い。 結界の向こうでは、子供の名を呼ぶ母と母を呼ぶ子供が互いの無事を確認して抱き合っているのがちらりと見えた。 「看護師さぁん」 ドアをノックするように小夏の手が動き、レンの背にざくざくとはさみが刺さる。 「君も逃げて。お願い。坂口さんはもうすぐ落ち着くから」 小さなレンをおしのけ自分が前に出ようとする年嵩の看護師を押しとどめながら、レンは必死に首を横に振る。 「大丈夫。絶対、守る」 (どんな理由があっても、命を弄んではいけない。悲しい出来事だが、俺は俺にできることを) ダンと背後で床を強く踏み込む音がする。 ランディが墓掘という巨大な斧を振り回し、渾身の力で小夏を斬り飛ばした。 可愛らしいパジャマとカーディガンが赤く血に染まる。 「東病棟ですか?あっちのリハビリ室の方が大きいですよね」 世間話をしている調子。痛みも彼女を止められない。 ああ、この子は本当に狂っているのだ。 自分に都合のいい事だけを考えることに決めたのだ。 事情を知っている看護師達は、かつての小夏のことを思い出して声を殺して涙を落とす。 「結婚式まで絶対退院するって、笑ってたのよ」 しゃくりあげる看護師に、血を流す小夏の様子が見えないように虎鐵は看護婦を抱えなおした。 ニニギアが唇をかみ締めて体の痺れを消す光を放ち、シエルが詠唱により涼やかな風をレンの周りに起こす。 裁ちばさみなど、それほど鋭利なものではない。 しかし、小夏のはさみは何度も何度も同じ場所に精密に叩きこまれ、リベリスタの体を重く痺れさせた。 全ての一般人を逃がすまで、自分達の体を盾にすると決めた。 我慢のしどころだった。 ●まもなく皆があなたの狂気を忘れる 小夏はぞっとするほど軽やかだ。足元はふかふかファーのスリッパなのに。 糾華の放った気の糸も小夏の皮膚をわずかに切り裂いただけで、とめることはできない。 「坂口さんを、坂口さんを……」 「他の人を落ち着いて避難させて下さい。部外者は絶対に近付けさせないで!」 シエルは最後まで残ろうとしていた看護師に何度も頷きながら、結界の外に送り出した。 看護師たちの記憶は、この後急速にあいまいになる。 リベリスタは、警備員や専門のスタッフに。 ランディの大きな斧も、糾華のナイフも、暴徒鎮圧用の道具に変換されるだろう。 小夏の凶行もただ患者がヒステリーを起こしただけに書き換わる。 それでも、結界の中で彼女達が小夏のために流した涙は本物だ。 「小夏様の想い……こういう形でしか受け止められなくてごめんなさい……」 シエルが小さく呟いた。 「あの世でまで恋人と引き裂く訳にはいかん、手は汚させねぇ」 ランディは、部屋のドアの前に立ちふさがり、小夏の凶行を封じる。 小夏は、リベリスタの働きにより、一般人に怪我を負わせることはなかった。 ここから先は、運命に愛されなかった彼女を恋人の元に送る為に武器を振るうのがリベリスタの使命だった。 「看護婦さん、清さんのリハビリは進んでますか?」 目の前に急に現れた笑顔に、シエルの目が大きく見開かれた。 看護婦姿のシエルににこやかに語りかけながら、小夏はナース服の肩にはさみを付きたてた。 ●あなたを眠らせるための一撃 「清一郎はお前を待っている。今から、清一郎の所に送ってやるから、もう、眠っていい」 レンが小夏を抱きしめるように、その首筋に牙を立てる。 「そうよね。来られないならあたしが行く。清さんの病室はどこ?」 答えを催促するように、レンの肩にはさみが突き立てられる。 清一郎の名前には反応する。だが、心は通わない。上っ面だけを滑っていく言葉。 (少しでも声が届けばいいのに。せめて会いたい人の名前だけでも幸せな気持ちで持っていけるように) レンの身に刻まれた傷を癒そうと、雷音が駆け寄った。 その横にふっと小夏が寄り添った。 ゆったりとした導師服が患者服に見えたのかもしれない。 「ねえ、清さん、見なかった?」 明るい声が、雷音の首をぞくりとあわ立たせる。 とっさに雷音は身をひねった。 次の瞬間、肩が裂け、ぱっと血が吹き上がり小夏と雷音の頬を汚した。 体内の魔力を整えようとしていたシエルが喉の奥で悲鳴をかみ殺す。 「おい…… 俺の娘に手を出してんじゃねぇよ……! ド三一が……!」 怒涛の勢いで虎鐵が飛び込んでくる。 鯉口を切り、鞘から大太刀を放ち、その切っ先に憤怒の波動を塊にして、小夏を唐竹割りにする。 鎖骨から肋骨を叩き折られても、小夏はきょとんとしている。 痛みも死に至る恐怖も認識していないのだ。 「太田清一郎といったかしら?」 己の長く伸びた影を従えて、糾華は挑発する。 「清さんは、リハビリ中なの。足が折れてるから来られないんですって」 「知ってる? 彼ね、殺されたのよ?」 「聞いた聞いた。ギプスで脚を固定されたらね。死んだほうがましだーって言ったんだって」 「殺した犯人?勿論知ってるわ」 「あたしも知ってる。お医者さんがね、じゃあ一ヶ月くらい死んでてくれって言ったんですって。ひどいわよねー」 「殺したのは、私達」 「ギプス固定してくれた看護師さん?」 「貴女の邪魔をしている『私達』」 「清さんの病室はどこですか?」 何かが変わればと期待をこめて。 小馬鹿にするように、徹底的にいやらしく、挑発した。 それでも、小夏は変わらない。 デタラメな話を楽しそうに口にする。 糾華の言葉に反応しているように聞こえるが、まるでかみ合っていない言葉の応酬。 糾華の気持ちを練り上げた爆弾が、小夏のはさみを吹き飛ばす。 もう、小夏の他のチャンネルは、みんな焼き焦げてしまったのだ。 「事ここに至っては情け容赦は無用。全力を以って恋人の待つあの世に送って差し上げましょう」 一般人を守る鉄壁の任から解放された正道は、小夏の動きを計算して不可避の一撃を繰り出す。 まともに避けようともしない小夏に一撃をくれるのは、赤子の手をひねるより簡単なことだった。 小夏の腹部に大穴が開く。 かくんと小夏の膝が折れた。 「あら、清さん。そこにいたの……?」 床に額づくようにして、笑顔を浮かべたまま小夏は息を引き取った。 プラチナの鎖からぶら下げられた婚約指輪。怪我して指に嵌められなくなっていたのを身につけていたのだろう。 それに口付けるようにして。 ●あなたの来世を祈っている 隠蔽工作をする処理班に追い出されるようにして、リベリスタ達は病院を後にした。 人ごみにまぎれる為に用意された服にすでに着替えている。 レンは、みんなに声を掛けた。 「お疲れ様」 糾華は、小さく頷き、挨拶もそこそこに、仲間達から離れ早々と姿を消した。 正道も、慇懃に挨拶をしてその場を後にした。 この後、小夏は転院し、転院先の病院を脱走した際、崖から転落することになっている。 (ちゃんと会えただろうか) レンは、空を見上げた。 互いの無事が何より嬉しく思えたが、なんと声をかけていいかわからなかった。 ランディがニニギアを庇ってできた傷はすでに癒されている。 怪我をした箇所を、ニニギアは何も言わずに指でたどる。 (私だって、ランディを失うようなことがあれば……きっと、冷静じゃいられない。あれは私だったかもしれない) 胸の痛みに、いつもの明るいのんびりした表情がはりつめたままだ。 「俺はくたばらないから安心しろよ。格好位つけさせろ」 ランディは、そう言ってニニギアの黒髪をなでた。 「腹が減ったろ?今日は好きなもん作ってやるから二人で食おうぜ」 美味しそうに料理を平らげる自分を見るのが癒しの料理上手の恋人に、『大食淑女』は飛び切りの笑顔で頷いた。 「雷音、大丈夫でござるか?怪我はないでござるか?」 娘が傷つくのはみたくない義父が、すたすたと前を見て歩くおろおろと小さな義理の娘の肩に触れてもいいものかと手を上下させている。 雷音はこくりと頷いた。 虎鐵は、まだ気づいていない。 自分の携帯にメールが着信しているのに。 『不幸の連鎖は止まりました。もしボクが…なんでもありません。今日のご飯は美味しい物一緒に作りましょう』 彼女の仕事が終わるたびに送られる短いメールにこめられた娘の想いに。 今、脇を通り過ぎた車は、アークのものだった。 あの中に小夏の遺体が乗せられている。 十字架を胸に抱き、シエルは鎮魂の祈りを捧げる。 「来世ではお二人で幸せになって下さいまし……」 車が見えなくなるまで、シエルの祈りは続いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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