● 赤い風船。白い風船。 サーカスが来るよ。 ママ、サーカスに行きたいよ。 公園にね、今日だけなんだって。 テントもないけど、サーカスなんだって。 テントはこれから買うんだって。 今は太鼓たたきとラッパ吹きと、おもちゃのピエロだけなんだって。 お人形が自分で動くんだよ。 ママ。 ママ、一緒にいこうよ。 ママと一緒にみに来てね。って。 子供だけで来ちゃいけないよって。 ママ、ママ。 サーカスに行きたいよ。 お願い、お願い。 ちゃんといい子にしてるから。走り回ったりしないし、大きな声も出さないよ。 ジュースとかお菓子もいらないから。 ねえ、ラッパ吹きはとってもイケメンだったんだよ。 ハンリューよりいいよ。 ママ、ママ。 太鼓たたきはとっても面白いんだよ。 ちょっとだけ、ちょっとだけだから。 暗くなるまでに、パパが帰って来るまでに帰って来れるよ。 ね、ママ。 ――ありがと、ママ。 こうして、ママと僕は街からいなくなったのさ。 赤い風船、白い風船。 ● 「みんなが色々集めてくれた資料の解析が終わった」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の背後、モニターの中に日本地図。 赤い光点。 「背後にいるフィクサードの名前と風体と特徴、拠点と思しき場所。契約書を過去の神秘事件とか行方不明事件とか検証した結果」 イヴは、ふうとため息をつく。 「戦前にも似たような事例があったことが判明した。そのときの事件の主犯、メアリとカスパール。とっくに死んでると思われてたんだけど……」 そいつらとほぼ断定した。と、イヴは言う。 「人体改造技師と契約魔術の研究者。おそらく大正から昭和にかけて、日本にきたと思われる。今までは隠れおおせていたけれど、『万華鏡』に見つかってしまったという訳。とはいえ、まだ現在の所在地とかは全然わかってないんだけどね」 これからの調査次第。 「で、本題。ここのところ、母子で行方不明って事件が散発的に起きてる。で、関わってるのが」 モニターに出される、大道芸人。 手にはトランペット。 顔にペインティングをしているが、結構なイケメン。 「覚えているかどうか分からないけれど。白川という一般人がいた。今は……E・ノーフェイス。連中の走狗」 苛烈な正義より、優しい悪徳を選んだ男。 選んでさえいないかもしれない。楽な方に転がっていったのだ。 リベリスタが救えなかった、掌からこぼれていった水の成れの果てだ。 「……もう以前の知り合いが見ても、白川だってわかんないだろうね……。メアリは人体改造マニアで、やるときは徹底的にやるタイプと思われる。時間をかけて教育・強化しているみたい」 なめたらダメよ。と、イヴ。 「彼らは、散発的に、まったく統一感なく各地に出没。サーカスと称して人を集め、大道芸を披露し、めぼしい母子をさらっていっている。さらわれた後、どうなったかは……。多分、生存は絶望的」 16世紀からの百年、若い母親達は、子供の命と引き換えに、次々悪魔との契約書にサインしたという。 「彼らは、明日、この公園に現れる。午後、早い時間に子供たちに宣伝し、夕暮れの本公演で、釣られてきた母子をさらう。だから、日が暮れる前に」 叩いて潰せとイヴは言う。 「ターゲットは楽団。姑息で卑怯で逃げ足が速い。パレードも用意してると思う。まだフルメンバーじゃないのが救い」 だから。と、イヴは言う。 「今回は合同作戦。楽団を分断し、確実に落とす」 『パターン打破』と、モニターに映し出される。 「今回、みんなには太鼓たたきにだけ集中してもらう。二段作戦。太鼓叩きはわざと逃がす。みんなは待機しておいて、ラッパ吹きから十分距離をとったこの地点で太鼓たたきを殲滅。別チームがパレードを減らしてくれてるかもしれないけど、期待しすぎないこと。向こうがしくじれば、ラッパ吹き以下残存戦力も加勢に来る。ジリ貧にならないように」 イヴは、モニターにラッパ吹きを映し出した。 「ベースとしてはメタルフレーム・デュランダル。非戦は、人の警戒心をほぐすのに必要なスキルをいくつも」 イヴは、リベリスタを見回した。 「とにかく、こいつが楽団の中枢。叩き潰して」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月15日(木)23:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 赤い風船、白い風船。 『うん、いい人選だったね。メアリがとても張り切っているよ。僕の薬の研究も進むし。早くよくなってもらえるようにがんばるから」 ラッパ吹きが、いい奴でよかった。 最初はめそめそ泣いていたが、あの二人が、とりわけメアリの方がそりゃあもう優しくしてやってて、みるみる元気になった。 俺が優しいのは、今更言うことじゃあねえ。 練習もまじめにするし、子供をかわいがるのも覚えたし、色々思いついたことを提案してきたりもするし。 前のラッパ吹きやアコーディオン弾きがやられたときの話をしたときは、一緒においおい泣いてくれた。 いい奴を見つけたなあと、俺はホクホクしてるんだ。 これからは、アイツとあっちこっち回って、あの二人の手伝い女やら、新しい子供やら、新しい楽団のメンバーとか探して歩くんだ。 あとはあれだよ。 リベリスタなんてめんどくせえもんが出てこなければ、万歳さ。 まったくよぉ。 生き物ってのは、すみわけってのが大事なんだぜぇ? ● 駐車場には、ひっきりなしに車が入ってくる。 母子連れが降りてくるたびに、駐車場付近に待機しているリベリスタに緊張が走る。 先ほどから野外ステージ班が人払い工作をしていて、出て行く車もそれなりに多い。 ばらばらと散らばるように駐車されている車の中で、『楽団』が常用していると思しき車は見当たらない。 『愛煙家』アシュリー・アディ(BNE002834)は、やれやれと新しいタバコに火をつける。 (アーティファクトの車の見分けが可能ならば、逃亡封じに敵のアーティファクトの車のタイヤを破壊しておこうと思ってたんだけど……) どうやら『楽団』は、少なくとも『アーティファクトの』車を置いてはいないらしい。 『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545) は、楽団のやり口が赦せない。 (まんまハーメルンの笛吹きじゃないの。ああいうのは御伽噺だけにして欲しいよ) 同じ御伽噺を想起したのは、『Bloody Pain』日無瀬 刻(BNE003435)も同じだ。 (笛の音に誘われて、ね。まあ、人が攫われるのは、正直どうでもよいけれど、人体改造と契約魔術には少し興味があるわね) 関連資料にあった事項を思い出し、わずかに唇を笑ませる。 (えげつの無い、残酷で、素敵な響きを感じるわ。面白い悲劇が裏では色々と起きていそうな、ね) 彼女の場合、凪沙とは興味のベクトルが違うようだが。 『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)は、『楽団』とその背後にいる黒幕が関連する案件に関わったことがある。 (……やっとか。今まで散々好き勝手やってくれて。ここで止めるわ。次は無い) 楽団に対して怒りを抱いているのはアンナだけではない。 (パンプキンヌガーをばら撒いていた連中か。漸く、何時ぞやの怨みを晴らす時が来たようだ) 『楽団』が属する何者かの恐ろしさは、人攫いばかりではない。 子供が好みそうなお菓子やおもちゃに偽装した爆発したりエリューションを忍ばせたブービートラップをばら撒くのだ。 リベリスタ達は、幾度となく、そのたくらみを阻止した。 そして、その内の一つに美散も立ち向かった経験を持つ。 あの時、彼はパンプキンヌガーの灼熱感を伴う甘味と喉の渇きに苦しめられながら誓ったのだ。 『ストレスはコレをばら撒いた連中にでもぶつけてやれば良いさ』 だから、誰にも邪魔はさせない。 強い思いが生み出した結界は、いやいや付き合わされた母親を回れ右させるのに十分すぎた。 引きずられていく子供はかわいそうだが。 両者の気持ちがよく分かるのが、『紅瞳の小夜啼鳥』ジル・サニースカイ(BNE002960)だ。 楽団そのものにも対峙して、泣きながら盾にされる子供のアンデッド『パレード』にナイフを投げた。 そして、その置き土産のパンプキンヌガーの処分で魂を飛ばしかけた。 (うふふふ……相手は「楽団」じゃないの。アタシの脳内死刑エネミーリスト堂々1位、此処で会ったが百年目。今日と言う今日は逃がさないわよ) もう、ヌガーは食べたくない。 「サークルで自主映画の撮影するから、危ないから離れててね~」 魔眼を駆使し、それっぽいちらしを配る。 『だから、公園にいちゃダメだ。できるだけ離れた方がいい』 「映画~?」 小学生の男の子が、なんだそれ~。サーカス見に来たのにさぁ。と、不満の声を出す。 「ほらほら、悪の女幹部」 眼帯した顔を示す。 映画のメイクのように見える。 「サーカス、お休みみたいだよ? あそこに看板出てる」 「え-!? がっくしー!」 「帰るわよ! はやくおうちにかえらなくちゃ」 車はどんどん減っていく。 『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)は、結界を張る。 (……楽団、ですか。成程、厄介なチームですね。ですが、こちらとて万華鏡を使用し、さらに策を練っての相対。容易く打ち破れるとは、思わない事です。心身を賭して──あなた達を撃破します、御覚悟) 紫月の覚悟と緊張感が、知らず結界の中にみなぎっている。 時間まで、車で待っていようとしていた親子連れも、段々居心地が悪くなってきたのか他の車が出て行くのに吊られて閑散としていく。 「そろそろ、向こうの皆さん、突入なさるみたいです。ここから先は、連絡できなくなります」 AFで連絡を取る紫月の顔が引き締まる。 『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)に、迷いはない。 (太鼓叩きの逃走を阻止し、確実に撃破する。敵が一般人を人質にする等、卑怯な手段に出た場合は犠牲を厭わず攻撃し、確実な任務達成を優先。逃がしてより多くの被害を出さない為にはやむを得ない。恨まれるような事になっても、任務の遂行が最優先) それがなにを意味するのか、恵梨香には分かっている。 場合によっては、自分と同じ境遇の子供を増やす苛烈な内容だ。 (悪魔でも死神でも好きに言えばいいわ) 「野外ステージ班、交戦中。太鼓叩き移動開始。総員戦闘配置。推定三ターン以内に作戦開始。最優先殲滅対象、『楽団』太鼓叩き」 恵梨香の思念波が、リベリスタ全てに情報を周知させた。 ● 「なんだ、てめえらは」 えっちららおっちら走ってきた太鼓叩きは目をむいた。 三人の『パレード』、手負いの機械仕掛けのピエロ。 ラッパ吹きの姿はない。 「なんだ、てめえらは!?」 もちろん、アークのリベリスタであることは分かっている。 今、ほうほうの体で逃げてきた。 そこに見たことのある顔を交えた「正義の味方」がずらりと並んでいる。 「せっかくよ、いい感じに回り始めたのによ、邪魔しようたってそうはさせねえぞ。アークのリベリスタ」 太鼓叩きは、赤黒く汚れた腕を振り上げてリベリスタにわめき散らしながら、乱調子で太鼓を叩く。 (ぶちきれてるわね。逃げる方向でどの車か分かるかと思ったのに……) アンナは小さく舌打ちする。 「きかねええええ!!」 無数の毛穴に無数の針をねじ込む痛みも太鼓叩きを止められない。 太鼓の撥が、振り回される。 あれで叩かれたら、さぞ痛かろう。 「待っていたぞ。この時を――さぁ、存分に戦おう」 美散が、太鼓叩きの前に立ちはだかった。 『戦闘狂』の面目躍如である。 あらゆることは、戦闘で肩をつけるべきだ。 「戦ってやるもんかよ。誰が、てめえらみてえな正義馬鹿と戦ってなんかやるもんかよ。てめえら、俺の仲間を殺しやがって。皆、皆、殺しやがって」 太鼓叩きは叫ぶ。 「俺はしなねえぞ! ぜってえ、しなねえ! 子供たち!」 ジルの氷のナイフが無数に分裂してパレードを串刺しにし、アシュリーの弾丸が流星になる。 「いつもながらパレードを盾にするその手口、胸糞悪いわ。でも……何度も相手してりゃ対処法覚えるわよ!」 「子供達、俺をかばうな。あいつら、皆やっちまえ!!」 ぎゃきゃーっ!! と、聞くに堪えない歓声を上げて、『パレード』の子供たちが駆け込んでくる。 美散と凪沙の前に立つと、その爪で引っ掻き回した。 子供たちのとがった爪は、美散と凪沙とジルの神経をずたずたに切り刻む。 まともに攻撃できない今なら、と、凪沙は太鼓叩きの心を読むことを試みる。 「ね、逃げ足が速いって本当? アークの追跡なんてぶっちぎるんでしょ」 とたんに、太鼓叩きの頭に浮かんだ答えを舌に載せる。 「ふ~ん、白いステーションワゴンなんだ。あそこに止まっている奴?」 その言葉に、恵梨香は千里眼でフォローする。 ごく普通の車。中で、外回りサボり中のサラリーマンみたいのが居眠りしている。 助手席に投げ出された書類袋と食べかけの菓子パンに缶コーヒー。 本当に? 判断がつかない。 今まで何度も太鼓叩きに逃げられているリベリスタは、逃走手段である車をとにかく潰したい。 『普通の車に見える』 恵梨香のハイテレパスが全員の情報を共有を可能にする。 『中に、人が乗っている』 疑わしいものは、警戒。 神経のいくばくかはそちらへ。 ● 「……ったく、ちまちまちまちま小細工をぉ!」 アンナは、委員長然としているが、決してクールではない。 どちらかといえばホットだ。 傷を癒し意志の力を賦活する、上位回復詠唱が骨の置くまでうずかせる痛みと傷を拭い去る。 「可能な限り、視界内の全てを凍てつかせます……! 行きなさい、氷雨……!」 雪より冷たい氷の雨が、太鼓叩きと死んだ子供と機械仕掛けの道化師を凍てつかせる。 頭からぐっしょりと濡れた太鼓叩きは、唇をわななかせながら、撥を振り回す。 撥の先に、赤黒いオーラの塊。 太鼓叩きの憤りを全て乗せた一撃が、美散に向けられる。 腹にのめりこむエネルギー球が、美散の体を駐車場の別ブロックまで吹き飛ばす。 恵梨香の時間をかけて丁寧に編み上げられた四種の術式が、太鼓叩きに向けて収束される。 (確実に太鼓叩きの撃破を狙う) 最後に残った『パレード』が、代わりにそれを受けた。 「おめえ、俺を守るなっつったろう。かわいい奴だぜ、まったくよぉ」 毒と麻痺には強い『パレード』は、体の表面から流れる冷えた血を抑えることもなく、恵梨香をげたげた笑う。 機械仕掛けのピエロの外装がはげて、中の歯車は油圧ポンプがむき出しになっている。 パリッパリッと放電を繰り返す道化師が、ずかずかと麻痺した凪沙の脇をすり抜ける。 「後衛には行かせないわよ」 中衛に陣取っていた小さな刻の肩に、グローブのような掌が当てられる。 避ける間もなかった。 衝撃。目の前が真っ黒になる。 アスファルトの上に脳みそをぶちまけないでいられたのは、リベリスタだったからだ。 脳みそが激しく揺り動かされたため、視界がまともに定まらない。 意識が遠のく。 今の一撃で刻の体は限界を迎えたのだ。 まるで弱者のように。悲鳴一つもあげることもなく。 「まだよ。怪我を負ってからの暗黒騎士。あなたにも痛みを刻んであげる。酷いことをしてあげるわ」 消えかけの自分の命を更に削り、自分の痛みを呪いに変えて、目の前のピエロに刻み込む。 刻が味わった圧迫される痛み。 油圧ポンプのシリンダーがひしゃげ、基盤が割れる。 イオンを挙げるピエロの様子に、刻は愉悦に唇を吊り上げた。 ● リベリスタ達は、太鼓叩きを包囲しようとしていた。 太鼓叩きが『パレード』を捨て駒にしながら、「どの方向に」逃走するのか分からなかったから。 前衛中衛後衛の三層を八人で形成し、ある程度散開していたリベリスタは、突貫してきた「楽団」へのとっさの対応が後手に回った。 あらぬ方向に吹き飛ばされた美散が、太鼓叩きの丸っこい背中を追って走る。 「抜けさせないっつってんでしょ!」 後衛のアンナがブロックのために前進し、刻のために風を吹かせる。 ブロックするため、移動しながら、ジルのナイフが、アシュリーの銃弾が、等しく容赦なく「楽団」の体力を削り取る。 魔曲に蝕まれて、遅れ気味になっていた『パレード』が墜ちた。 「ごめんね、これでもう終わりだから。おやすみ」 ジルは、奥歯を噛み締める。 「皆、あまり近づくなっ!?」 美散の声が、太鼓叩きの向こうから聞こえてくる。 太鼓叩きは、我慢強かった。 リベリスタの包囲が狭められるのをじっと待っていた。 (ノックBも厄介だが最も警戒すべきは戦鬼烈風陣。庇っているパレードが倒れたタイミングで使うだろう) 美散の予想は当たっていた。 「俺は、行くぞ。こねえなら行くぞ、どうすんだ、リベリスタ!?」 挑発の言葉。 ずかずかと進んでくる太鼓叩きが撥を振り上げた。 「避けろ!」 美散の声があたりに響く。 振り回される撥でできた空気の渦が、風が、振動が、リベリスタの体を滅多打ちにする。 体の各所をしたたか強打された衝撃で、とっさに体が動かない。 「そうそう、此方の戦線を崩させる訳には行きません……! 皆さん、頑張って下さい」 紫月が叫びながら、凶事払いの光を放つ。 「とっととトンズラだ。 その娘っこ共、やっちめえ!」 ピエロを倒すため駆け込んできた凪沙と刻が、ピエロの武舞に巻き込まれる。 刻が地面に伏す脇をかけ抜け、バリバリ音を立てて帯電したままの凪沙がピエロのがら空きのわき腹にひたりと掌を当てる。 ごしゃごしゃ五社と粉々に砕けた機械が、外装を破ってあふれ出してくる。緩慢な動きでそれを中に戻そうと手を動かしていたピエロの動きが止まった。 残り、一体の『パレード』と太鼓叩きのみ。 ● ヘビーボウガンから撃ちだされたのは、十字光。 まだ、太鼓叩きは潰れない。 なにが何でも引きつけて置かなくてはならなかった。 (盾もって無い分は不安だけど、少しはもつ。その間に味方が立て直せれば良い) 「絶対に逃がさないわよ、コン畜生!」 猛然と迫る白い光の帯の前に、壊れかけの『パレード』がふらりと倒れこんだ。 千切れかけた手足を関節からぶらぶらさせながら、神の加護から発せられる光は死に損ないに止めを刺さない慈悲の光だ。 美散は、後衛さえ振り払って公園の外に出ようとしている太鼓叩きの背に追いついた。 「如何に堅牢な壁であろうと打ち砕くのみ――」 巨大なランスが、太鼓叩きの、ひいては「楽団」の生死を問う。 ぞぶりと突き通った美散のランス。 癒えない傷が太鼓叩きをさいなむ。 前へ、前へ、全力で太鼓叩きは進む。 後わずかで公園の外。 後衛に陣取っていた恵梨香には見えた。 走ってきた白いステーションワゴンが、ウィンカーを出して歩道に横付けにしようとしているのが。 乗っているのは、ごく普通の主婦に見える。 後部座席に、チャイルドシート。 紫月の指が式神符を繰る。 これが、ひょっとしたら最後の機会だ。 ここで外したら、太鼓叩きは公園の外に出てしまう。 後を追って、戦闘を続けることは可能だろうが、神秘の秘匿は難しくなる。 大きな怪我をした仲間もいる。 「逃がしてなる物ですか……! いって、鴉!」 紫月の気迫を全て乗せて放たれた鴉が、先ほど美散がえぐった槍の傷を更にくちばしでえぐりたてる。 「このアマっこがぁ……!」 振り返った太鼓叩きの顔に、紫月の目が見開かれる。 真っ赤に血走った目が、紫月を真正面からにらんでいた。 人を愛する目は青く、人を憎む目は赤い。 「絶対にゆるさねえ。その首を引っこ抜いて、手足を砕いて、肩と股からもいで、はらわたはぶち抜いて、犬に食わせてやるぞ……!!」 あと少しで、公園の外に出られた。 外に出さえすれば、いかようにも逃げようはあったのに。 しかし、鴉にかき立てられた憤怒が、太鼓たたきの足の向きを変えさせる。 「もう少しで逃げられたのによ。逃げさえすれば、あの二人が俺を助けてくれるってのによ。俺は、自分が死ぬことよりも、おめえを殺すことですっかり頭が一杯になっちまってるんだよ。アコーディオン弾きの奴もよ、きっとそういう風にしてお前らに殺されたんだ。そうだろ!? おめえらはほんとにひでえ奴らだ。助かる命をわざわざ引き止めやがって、この、こ――」 太鼓叩きは、最後まで恨み言を口にすることは出来なかった。 恵梨香の打ち出した魔力の本流が、今度こそじゃまされることなく太古叩きの頭の半分を吹き飛ばしたのだから。 「悪魔でも、死神でも、好きに言えばいいわ」 恵梨香にはその覚悟が出来ていた。 ● ふと目をめぐらせると、白いステーションワゴンは姿を消していた。 後に残ったのは、最後の楽団員の死体だけだった。 アシュリーは、新たなタバコに火をつける。 「ちょっと待ってくれる? この後色々しなくちゃなんないでしょ?」 ジルも、辺りを見回す。 「いろいろ人様には見せられない事になってるし、後片付けしなくちゃ……」 紫月は、太鼓叩きの憤怒の形相を振り払うように、大きく深呼吸した。 「そうですね、見てしまった方には記憶操作したほうがいいかもしれませんし……」 恵梨香は、太鼓叩きの死体に張り付いて、契約書の類を持っていないか探っている。 しなくてはいけないことはいくらでもあった。 でも、とりあえず。 一服する余裕を。 アシュリーの紫煙が、空に上っていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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