● おぞましさという感覚は、精神という名の神を抱く人間にのみ許されたものだ。 それは根源的な触れえざる、混沌とした、不愉快さの同居する神聖の。 泥に手を突きこむような、夜闇に潜り込むような、深海を覗き込むような、幾億の蟲のひしめきを聞くような、 ざりざりとしたぼろぼろとしたぼこぼことしたどろどろとしたうびうびとした。 彼方の此方の深淵の過去の未来の地上の空のありとあらゆる場所に遍く蔓延る。 恐怖。 恐怖。 恐怖。 知らないということを知ってしまった知的生命体だけが抱く根源の恐怖。 蒙昧な獣はおぞましさを知らない。 彼らは無知を知らない。 知ることが出来ないということは、対抗出来ないことと同義である。 小虫は小鼠を恐れる。小鼠は狐を恐れる。狐は獅子を恐れ、獅子は火を恐れる。 獣の恐れは、生き延びる術だ。恐れとは武器なのだ。 おぞましいという感情は、武器ではない。盾でもない。 それはただただ、逃避と諦め。 3月○日 某県 某郡 某村。 「やだねえ、あんた。いくら山の寒村ったってこのご時勢よ? そんなの、あるわけないじゃないのさ!」 あっはっは、なんて食堂のおばさんに笑い飛ばされて、はぁ、そうですね……と言うほかなかった。 言われてみれば、そうだろう。そうだろうとも。 本数は少ないとはいえバスも通り、曲がりくねった山道も舗装され、ちょっと出たところにある街の走り屋だのの絶好のスポットになったりしている。盆地に存在するこの山深い村だが、このご時勢では人里離れたと言うのも少し苦しいのだった。 「や、そりゃ、今でもそんなことやってるとか、言う訳じゃないんですよ!」 だが、そこで引き下がるわけも行かない。こっちはパトロンからの研究費とか教授からの信用とか俺自身のプライドとか色々なものがかかっているのだ。何の成果もないにしても、『何の成果もなかった』という成果をしっかりと持ち帰る必要がある。 民俗学の研究というのも、楽ではない。つまり、俺はまだやるべきことを残しているのだ。このままじゃあ雇ったバイトにも金を払えない。そうは問屋がおろさない。啜っていた蕎麦湯の入った湯呑みを置くと、やや身を乗り出した。自覚はしているが、少し興奮しているらしい。 「ただ、ね? 先日中原さんのところで伺ったんですが……やっぱり、昔はあったみたいですね」 「あの人、またぺらぺら喋って! ……そうだねぇ。おかげであんたみたいに興味半分だったり気味悪がる人もいるもんだよ」 おばさんは顔を顰めてあーやだやだと首を振っている。その気持ちは、まさにその興味半分で来た俺が言うのも何だが、わかるのだ。 土地柄なのか人柄なのか、麓の町との交流も深く、開発に対してもある程度積極的。それでいて周囲の森は日本の古式ゆかしい里山の体でいて旅館もある。事実、そうした興味半分の人間も含めてなのだが、程近い山が休火山であることから温泉も湧き、静養にはもってこいの場所だったりする。 この村がその昔、恐ろしい風習に取り憑かれていたとは到底思えないものだ。 「ただ、おばさん。誓って言いますが、俺はここで見聞きした話を面白半分に書き立ててどっかの雑誌に売りつけようとか、そんなことは考えていません。善悪を問わず、解き明かすという行為には必ず意味があるんです。必要かどうか、行うかどうか、ではなく」 身を乗り出したまま、興奮して言う。俺の目はおそらく爛々と輝いているはずだ。 そう。 何だかんだと文句は垂れたが、結局俺は、この仕事に誇りを持っているのだ。 それが伝わったのか、おばさんは一つ肩を竦めると表の暖簾を降ろし、二人分の暖かい番茶を持ってくると俺の向かいに座った。 冷たい空気に、お茶の味が心地良い。 「あたしもね。うちの婆ちゃんがその婆ちゃんから聞いたっていう又聞きの話だよ? それを覚えといてね」 「勿論です」 元より、一人から聞いた話で正確な伝承が判るとは思っていなかった。こういうのはパズルと推理の要領だ。懐からICレコーダーを取り出すと、机の上に置く。 「聞かせてください。この村の……ヨツツジサマの話」 「そうだねえ……ま、さっきも言ったけど、勿論随分、それこそ百年二百年の昔になくなっちまった風習だからね?」 なぜ無くなったのか。それは聞いている。 とても簡単で、判りやすい、ありふれた話だ。 「イケニエって言うのかねえ?」 「山の神に召し上げられて、その仲間になる……っていう話でしたよね」 「そんなの、ねえ。方便だよ」 「勿論」 「……でも、ねえ。方便かどうかはともかく、ここが寒村にしては豊かな村だってのは、その神様のおかげだって言うお話だったらしいし」 「今じゃ、科学的に説明できることばかりですけどね。ここは豊かな土地で、周りとは条件が違うってこと」 「だけど、その時分じゃそんなのわからなかったわけだしねえ。やっぱり、そういう風習から人間てのは簡単に抜け出せないわけだ……」 彼女の顔が暗いのは、自身の生まれ育った村の暗部に触れたから。だけではない。 それとなく聞いていたが、俺が彼女に話しを聞きに来たのは、まさにそこにあった。 「……やっぱ、話は知ってるんだろ?」 「お嬢さんのことは……ご愁傷様です」 10歳になる彼女の娘が、この山で行方不明になったという。珍しい話ではない。 そこがどれだけ拓けていようと、山は人の領域ではないのだ。遭難も行方不明もよくある話。 「居なくなった時に、まぁーそりゃ、言われたもんだよ。何せ、あの年の行方不明者が丁度四人だもんさ」 「……生け贄四人、ですか」 お話はこうだ。 数年に一度、子供を村から出る四つの道から山へ送り出し、二度と帰ってこさせない。山で見れば石で追い、里で見れば石で打つ。そうして人の世との縁を断ち、山の神へと召し上げる。彼らは村を祟るが、村から追い出した道はある法則に従い人にしか見えないので戻って来られない。そうして遠ざけながらも神としての感謝を捧げ続けることで宥め、この村を繁栄させて貰うのだという。 ……何とも、厭な話だ。そんなものと結び付けられては、彼女も、恐らく亡くなっているであろう彼女の娘さんもいい迷惑だろう。 ともあれ、暗い話を早々に切り上げて、何度も何度も謝りながら、その事件があった時に村のお年寄りから聞かされたというお話を聞いて、もう一杯のそばと多めのお代を払うと店を出た。 良心がしくしくと痛む。興味本位ではあるが遊び半分ではないことと、悪意を持って書くこと、ましてや彼女の娘のことに論文で踏み込んだりしないことを改めて誓って、すっかり暗くなった夜道を歩いた。 ……そういえば、この道はどこに続いているんだろう? 宿に向かっているはずだったのだが、いつの間にか山に向かっていた。道を間違えたのだろうか。 ちりちりと、首筋を厭な感覚が走る。夜闇というのはどうも苦手だ。 神秘と言うべきか。やはり、感じるのだ。自分に霊感とかがあるとは思えないが、どうにも怖い。 「……あれ?」 引き返したと思ったら、やけに森の方に入ってしまっていた。 どうにも、おかしい。さっきからどうも、足が勝手に赴いている。 まるで、何かに誘導されているような…… がさり。 横手から音が聞こえた。びくりと心臓が飛び跳ねる。 ――村から出る道から山へ送り出し、二度と帰ってこさせない。 おそるおそる、茂みを覗き込んだ。びっくりしたように狸が駆けて行くのを見て、ほっと肩を撫で下ろす。 「やっぱ、そんなわけないって」 ――石で打ち、棒で打ち、やがて神へと召し上げられる。 がさがさ、ひたひた。後ろで音が鳴った。 また獣か。後ろを向くと、がさりと茂みに飛び込む影が見えた。 「……はは。ビビリすぎだって」 笑った顔が、にわかに引きつる。 歩いた痕は、二足のように見えた。 茂みががさりと揺れる。 ――彼らは村を祟るが、戻って来られない。 ……おそるおそる、茂みに向かって歩みを進めた。 どうせ、地元の子供が驚かしているのだろう。そう思って、茂みを掻き分けた。 黒い瞳と 蒼い唇と 薄い笑いがこちらを 「ぁぁ嗚呼あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」 とぷん、と男の影は地に沈む。 引きずりこまれる直前、男の足は何人もの子供にしがみ付かれていた。 ● 「……エリューション、よ」 真白イヴ(nBNE000001)が首を竦めてその脳髄に直接訴えるような声に怯えながら、言った。 「種類もフェーズも……不明。少なくともアザーバイドでは無いけど、だからと言ってノーフェイスとも言い難いし、他のエリューション・タイプとも断定し難い……そう、分類不明と言うのが正しいのかしら」 何も判らない。 判らないのが特徴、とでも言うべきだろうか。 「これは、最初の犠牲者の映像。同時刻、別の場所で二人が犠牲になっているわ。尚……この件と関わりがあるのかは知らないけれど、付近でフィクサード『六道派』の構成員の姿が確認されているわ。捕捉は困難。現状何かをしているわけではないから、エリューションの対処に注力して」 そう言ってから、少女は画面を見つめた。 哀切のような、恐怖を瞳に沈めながら。 「ヨツツジサマなるものと、この件の関連は不明よ。……そう、不明」 人を超えた、人ならざる者。革醒者。 そんな彼らにも、未知の深淵は存在する。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕陽 紅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月19日(月)23:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 日も暮れなずみ、逢魔の刻が迫る。 がさり、と梢が鳴いた。峠は長い陰を道に落とし、陰鬱な空気を醸し出している。 「ぬう、ジャパンのダークサイドに触れてしまったかの」 茂みを棒切れで引っ掻き回していた『回復狂』メアリ・ラングストン(ID:BNE000075)が呟く。がさがさとひっきりなしの音は足下へ近付く。 ぬばたまの闇が、形を成した。 亜阿、嗚呼、蛙吾と輪唱のように声がリベリスタ達を取り囲む。 否。襲われたのはリベリスタだけではなかった。 けたたましいブレーキ音。リベリスタ達が道に飛び出したことで生まれた音。そのまま進んだなら、きっと化け物共を車輪に巻き込んで、そのまま崖下へと転落していたようなコース。 「てめぇら、何してやが……ひぃ?!」 悪態をつこうと窓から顔を出した若い男の顔が恐怖に引き攣った。亜阿嗚呼、一人の少年はとても嬉しそうに黒ばかりの瞳を緩めて、肘のところから二本になった両腕を振って駆け寄る。男の悲鳴。四つの掌が顔に触れる寸前で、横から飛び込んだ少女がその全てを掴み取った。 「民間伝承の神隠しは定番。とはいえ‥‥」 『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(ID:BNE000609)。金属の骨格が軋みと共にぎちぎちと手首を握り締める。亜阿蛙吾唖亞! 子供の顔はゆがんで黒い涙を流している。きり、と僅かに拳を握り締めてから冷たい塊を、落ち窪んだ腹に叩き込んだ。凍り付いて亜蛙吾。必死で氷を掃う。転がって起き上がって、四つの腕がぶらぶらするのも構わずに腕を振り払ったのを受け止める。骨が軋む。 「そもそも神などと呼べるほど有難い相手でもないようです、し……っ!」 言い終わるかどうかの間に、その黒い底なし沼の目を見てしまった。正面から。体が動かない。痺れに似た感覚が体を走る。うぞうぞと体をまさぐる指に嫌悪感と女性としての恐怖を覚えて、目を閉じて呪縛を振り払いながら抉るように打ち下ろしの右ストレートを放った。凍った部分が砕け散って大穴を空ける。黒い水が弾けた。 吾蛙蛙。嗚呼亜。泣き叫びながら転がる。わらわらと集った少女に少年に、口の端が裂けるのも構わず大きく被り付いてむしゃぶりついて。 『宵歌い』ロマネ・エレギナ(ID:BNE002717)が、体温の無い瞳でその様を見ていた。 「おぞましき姿ではございますが、何でしょう、これは……」 外から伺うことは出来ない、ヴェールにひた隠された超常の分析力を以ってしても全てを伺うことは出来なかった。 ただただ、深く黒い揺り籠のような闇が浸される。それを視たことで、ロマネの心に一つの確信が生まれた。 これらは差があるのではない。全てを内包しているのだ、という確信が。 「これは……闇。いえ、大海……」 状況判断というにもおぼろげで、具体性に乏しい。敵の能力にも、色々なものが見えて絞ることが出来ない。 「ロマネさんの言うのは、本命に近いのう」 乏しくとも、それは本質の形を確かに捕らえていた。メアリがサングラスを少し下げて、泥水のような子供達の目を見た。 四本とも足になっている何かが蛙吾亜、呻きながら獣のように飛び掛る。知性もろくに感じられないその突撃に、ロマネは狙う必要すらなかった。差し出した腕に飛び掛ってくるまま、オートマチックの引鉄を引く。山間に響く乾いた音は子供の脳天に穴を開け、そこから黒い水をぶちまけた。しかし止まらない。腕に喰らい付く。阿亜、嗚呼、その頭に立て続いて短剣を振り下ろし、ようやくその死骸はばしゃりと黒い水のようになって地面に吸い込まれた。ロマネの腕に残った深い歯型は肉が抉れ、中が見える。肉の端から腐ったような匂いと共に黒い水と化していた。その手にメアリが天使の歌を唱えながら、呟く。 「この手のもんは、何かを共有しとるのがお決まり。個が希薄じゃ。先に食い合うたんもそう、死んで還元されるんもそう。なら逆に、こうして個として表出するのには所以がある」 「所以、ですか」 彩花は、既にその背後で二匹の何かを葬っていた。三つある頭を一つに減らすところまで難儀したが、今ようやく最後を、踵で木に縫いとめたところだった。黒い水がはじける。思うところはあるのだろう。 アレと、この地の伝承。 アレを作り上げた者達は、己のことを神か何かと思っていたのだろうか。 足を振るい、拳を掌に打ちつけた。 「まあ、ふざけた『神様』に鉄拳を打ち込むのは次の機会にするとして。 まずは、救える命を全力で救いに参りましょう」 人を使う者の真理か、それとも人の心か。どちらかは知れぬ。 今の彼女がこの怪異の根に対して怒りを、罪無き命に慈悲の心を持っていることは、確かだった。 時は移る。 『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(ID:BNE000759)が、祠に手を当てて目を瞑っている。 声無き声。無機物は生物ではなく、ただの祠に高度な知能はない。それでも、語るべきものを持たないものではない。既に日も沈み、あたりはとっぷりと闇に堕ちた。黙々と黙り込む彼女の背後に、音もなく飛び降りる陰があった。咄嗟に振り向く。 「落ち着け。わたしだよ」 「涼子さん……」 『ならず』曳馬野・涼子(ID:BNE003471)はショートヘアを揺らして周囲を見渡す。暗い景色が少しだけ彼女の瞳に似ていた。 彼女ら二人は核の捜索の傍ら、さらわれた一般人の救出にも当たっていた。先んじて防ぐことを絶対とせず、ローテーションの徹底によって“手遅れ”だけを防ぐリベリスタ達の作戦は有用で、今のところ彼女達は一人残らず被害者を救出している。 尤もそれは、常ならぬ彼女達の消耗も意味している。戦いだけならまだしも、救い出すその過程には、亡者のような神のような、そしてそれ以外の何かでもあるようなアレらの中に手を突き込むような覚悟も含まれるからだ。 「移動の過程は、さっぱり見えない。四ヵ所以外のどこにも、あいつらは現れない」 野山を駆けって千里眼を駆使しても、涼子には敵の移動が確認できなかった。見逃した、というのではなくその痕跡自体が。 「次は、山の方に行ってみるつもり。アンタは? 何か見えた?」 「人……」 アンジェリカの言葉は、たどたどしかった。断片的な情報、無理も無い。手を合わせる老人、涙、供え物、ひもじい、黒い揺り籠、流れが、あちらに。あそこに。逆流する。嗚呼阿亜。 少しだけ、引きずられたような気がした。 この場所には、良くない流れがある。 「生贄にされた子供達なのかな……少し怖い。それ以上に寂しい」 「怖いっていうなら、わたしはいつもそうだ」 共感の念を瞳に湛えるアンジェリカに、涼子は歯切れ良く答えた。この二人は、己でも知れずか、この怪異達と同じ臭いを発している。 そして同時に、それに抗おうともしている。 「弱いわたしも不愉快なことも、ぜんぶ殴り飛ばしてやりたい」 「今のボク達は、生きている人の為にしなきゃいけないことがある」 それなら、頑張ろう。 そうお互いに言い合って、どちらからともなくその場を離れた。 山道と言えば聞こえはいい。 しかし、実際のところ、こういった場所はいわゆる獣道と呼ばれるものだ。草の背は高く、木々は生い茂り、足元には石や枯れ木が散乱している。 そんな場所だが、そこには確かに流れというものが存在する。 だからこそ、獣が通るのだ。 「#ffffff、癒しの灼光!」 『飛刀三幻色』桜場・モレノ(ID:BNE001915)が唱える。コードは純白。眩い光は、化け物の“腕で蹴られた”仲間の傷を癒した。 囲まれていたのか。いつからか。獣と思っていたのに、いつの間にかその音は周囲に居た。嗚呼亜、唖嗚阿、『系譜を継ぐ者』 ハーケイン・ハーデンベルグ(ID:BNE003488)がヘビーランスをゆるりと回すと、闇がそれに纏わり付く。振り抜くこと三閃、闇は暗い牙のように形を成して子供達を切り裂いた。まだうごめいて泣いている。笑っている。蛙唖。 実に人のようで黒い水が飛び散って気味が悪くて蛙吾。びしゃりと弾けて混じりあって一つの形になった。応急処置のようなつぎはぎがきゃっきゃと笑って、お腹の顔を緩めて走り寄る。 視界の先。モレノとハーケインがいる。ならば、と手順を省略して、『猛る熱風』土器 朋彦(ID:BNE002029)は木刀を高々上げてから、腰を落として顔の右に構える。蜻蛉は全身の力を駆使する構えだ。腕力だけでは為しえない、技故の一撃必殺。 「ちぇすとぉぉぉぉ!!!」 示現流。 変形の八相からの振り下ろしは、ばきべきと鎖骨を砕いて阿吾唖、内臓を痛めつけて振りぬいた。木刀なれど威力は推して知るべし。 黒い水がばしゃりと弾ける。 これで一体、何度目の戦闘となっただろう。探索はさまざまな手がかりを浮き上がらせつつ、それに纏まりが得られない。 「なんか、よくわからないですよね……」 モレノがぽつりと呟いた。こねて叩いて作ったような出来損ないなのに秀逸な人間モドキ。 「まるで昭和の伝記物だね」 その呟きに、朋彦が返す。ひょっとしたら、そうした伝記物もエリューションの類だったのか。通る者も少ない山道を眺める。 「まぁ、過去はどうあれ、今回は六道の関わってることだし」 「因習を隠れ蓑にしてるつもりか、リクドウもくだらんことをする」 ハーケインが吐き捨てる。確かに隠れ蓑、そうかもしれない。居なくなる人間。古い伝承。居なくなった子供。古い因習。嗚呼蛙。 「……六道がやったっていう、確証もないんですけどね。錬金術のホムクルスとネクロマンシーのゾンビーを掛け合わせたような、何というか」 モレノ。もにょもにょと考える。考えることは後にしようと思いつつも、こうして合間に思うことはある。 「見ている人は、何をしているのやら」 「その辺りは、同じく“視る”ことが出来る人間の力を借りようか」 朋彦の言。短刀の形をしたAFが幻影を映し出している。メアリに連絡を取ったのだ。 その結果、彼らは足を急がせることになる。 因習の地。怨念の縁。黒い水が淀んで溜まって阿蛙唖。 きっかけとなったのは、ロマネの一言だった。 『ヨツツジ。四辻とは、十字路や境界の意。そこに特に注意して見て下さい』 ただの言葉。名前。名は体を表すとも言う。ヒントとしては確かにこの上なかった。関連があれども無かれども、調べるべき何かだ。 そして、探索。 調べるにつけ、調査をしていた人間は色々なものを見た。 祠のイメージ。人間の動き。周囲の様子。 外部に向かう吹き抜けの虚。 化け物の心。本質。覗いた深淵。 内へと向かう淀んだ溜まり。 力、法則、すべてに流れがあった。全てが断片的かつ些細であった為に、時間がかかった。そこに、四辻と言うワードが重なった。 黒い泉。村の中心の神社の裏手にあり、一目で異様と分かる。それがエリューション能力者にすら知覚できない幻影で覆い隠されたものでなければ。 あれほど無尽蔵と思えた黒い水は、その源泉では不思議なほどにその力を発揮しない。 「否。うむ、ここは源ではない。終着点じゃ」 深淵を覗いたメアリの言。つまり、化け物がここから沸いたのではなく。 「ここに引き寄せられた……ってこと?」 モレノが首を傾げる。そう単純なことではないのだろうが、それに近いのだろう。 「あの子供達も、利用されてた? それとも、それも含めてこれの一部ってことでしょうか。どしらにせよ、気分が悪いですわ」 彩花が泉に手を触れる。あっけない。全てがある故に、その重さは泉自身にすら自由な身動きを許さない。 護れる人間は護れた。しかし昔に利用された人間もまた、こうして利用され続けているのだろうか。気分が悪い、という顔をする。 「これが行方不明者の成れの果てなら、何とも哀れだが……憂いを断つしかあるまい」 ハーケインが、目を伏せて少しの黙祷をした。搬送出来るようなものでもない。それに何より、破壊しなければこれはこの地で厄災を撒き散らし続けるだろう。 何の役にも立たない黒い邪魔な臭水。今の泉はただのそれだ。そんな存在を見て、面白くなさそうな顔をしていた涼子は、ふと隣の女に目を向ける。すこし眉を顰めて問う。 「同情でもしてんの?」 「憤慨しています」 ロマネ・エレギナ。 墓石のような冷たさで、変わらずに言った。 「民俗学、というのでしょうか。確かに過去の風習を記録する事は大事でございます」 良いものも、悪いものも、風習と共に共同体が繁栄していた過去は事実、事実は事実であれば良い。 しかしこの泉。この現象。外に出て行き戻らないという伝承に反するような、内に向かう怪奇。 明らかに人の手の加わったものであり、それは。 「これは、事実に対する冒涜そのものですわ」 言いながら、手の中の拳銃を持ち上げる。放った弾丸は、泉の中心に沈んだ。 さざめく闇が中心へと吸い込まれていく。 黒い水は次第に次第に地へ。そして広がり、失せた。 後に残るのは、二つに割れた直方体の木片ひとつ。それのみだ。 何かの形を残したそれに、アンジェリカがそそと近づく。膝を着いて、指を組む。 混じりけのない少女の声が、山村に響き渡った。鎮魂の聖歌。死者を偲ぶ歌。例えこれが何であったとしても。彼女は涙を一つ流して。本物と偽物と黒い水、亜唖唖吾唖。それでも彼女の歌は間違いなく本物だった。 立ち去ろうとするリベリスタ。六道の者達は既にその姿を消していた。朋彦も、その場を立ち去ろうとする。 例えばの話をしよう。 定かではない民間の伝承、そして事件。因果関係があったのか無かったのか、それはわからない。しかし少なくとも、それを利用した何者か、生きた何者かの仕組んだ事件であったことは確かなのだ。 だからと言って、神がいない理由になるとは限らない。 だから、彼が去り際に ――ありがとう という声を聞いたとしても、それは何も不思議ではなかった。 例えばの話、である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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