● 喜びも悲しみも怒りも悟りも全てが等しく同時に存在する。 高揚感と絶望感と、全てが自由な気もするし、何もかもが不自由な気もする。 ああ、もうそういう考えることも、真っ白な光の中に溶けていく。 後に残るのは。 後に残ったのは。 破顔。 永遠に続く狂笑。 ● 「今回は、これ。と限定できなくて、非常に気持ちが悪い」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、無表情に無念をにじませる。 「基本は、E・ノーフェイス。プロアデプトだと思う。間違いなくアザーバイドではないんだけど、ノーフェイスと断定するには、なんていうか、こう……」 フォーチュナの感覚的にしっくり来ないところがあるらしい。 「とにかく、今回はイレギュラー。特殊な特徴を数多く持っている」 モニターに映し出される漢字二文字。 「殲滅」 「助けようとか、生け捕りにしようとか、情報をとろうとか考えなくていい。不安定要素が多すぎる。正直、岡山の鬼で手が足らない。余計な欲を出して、リベリスタを損耗させている余裕はない。面倒な芽は小さいうちに摘む」 自分の違和感をとりあえず棚に置くことにしたらしい。 「さて。件のイレギュラーが現在とある山道を進行中」 モニターに映し出されたのは、美しい女の顔だった。 周囲の風景から行くと、少しばかり巨大だったが。 目を見開き、口をえとあの間にして、腰を折り、よろめきながら歩いている。 笑いながら。 声を引きつらせ、目から涙を流しながら、時折前方を指差し、げらげら笑いながら歩いている。 見ている人間の肝を冷やす笑い方。 古来、笑うという行為は相手への攻撃であったという。 「身長3メートル」 彼女のほつれた結い髪のあちこちから液晶画面……スマートフォンがいくつも生えている。 その全てに彼女の喜怒哀楽様々な表情がサイケデリックな背景と交互にザッピングされていく。 「識別名「十一面笑い女」防御値と生命力が非常に高く、自己再生能力を有する。ほっとくと勝手に治る。もう怒ってる顔があるから、怒りは効かない。指差されて笑われると、――非常にむかつく。攻撃に身が入らないで、へっぽこな攻撃しか出来ない」 さもありなん。 「それから、あまり長く笑い声を聞いてると、笑いがうつる」 急に笑いが止まらなくなるという。 「これ、苦しいよ。自発的にやめられないし、体力と魔力を消耗する。戦闘で使い物にならなくなるだろうね」 カメラがパンしてその体を映す。 首、袖口、足首から見え隠れする真っ赤な唇。 「身体中にある口が一斉に高笑いを始めて、周囲に衝撃波。そして、単純に力も強い。ただ手を振り回しているのに当たったとしても、それなりのダメージ」 強敵。と、イヴはモニターからリベリスタに向き直る。 「それから、すごく運がいい。具体的に言うと、非常に有効打が出やすいというか……ラッキーヒットが多い」 イヴは、しばしためらったが、納得したくなさげな顔で言った。 「笑う角には福来るってこと?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月11日(日)23:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)は、仕事熱心だ。 千里眼で、イレギュラー(仮)・識別名「十一面笑い女」の居場所をさぐって、不意打ちされないように、背後の仲間に声をかける。 「もうちょっとで接敵だね、気をつけて~」 ここまでハイキング客に扮して山道を登ってきたリベリスタの空気が、戦闘に携わるものに切り替わる。 「いつでも笑顔ってステキだよねぇ~」 誰に話しかけるわけでもなく、葬識は、朗らかに言った。 「笑うことは良いことよね? 暗い気持もふっ飛ばせるし。人を元気にできるし。自分も元気になるし」 『夕闇のガンエンジェ』ロザリンド・チェスナッツ(BNE003581)が応じた。 すぐに彼女の肉眼でも、十一面が確認できるようになる。 その様に、ロザリンドは眉を曇らせた。 「けど、こりゃ例外……って言うか、ええ」 頭の皮を割り、頭蓋に半分埋もれているものもあるスマートフォン。 もつれた髪の間から、サイケデリックな映像と共に、女の、今はけたたましく笑い続ける女の、喜怒哀楽百面相がひっきりなしに切り替わる。 身長三メートル。 和服の隙間から垣間見える、手にも足首のも、喉元にも、歯や舌を備えた口。 口角を吊り上げ、大口を開け、笑い続けている。 「十一面観音を髣髴させる容姿ですね」 小鳥遊・茉莉(BNE002647)は、それでも神聖性は感じない。 多少なりとも低減できればとつけてきたヘッドセットを貫いて耳の中に溢れる笑い声。 衆生を救う存在ではなく、救われることなく堕ちた存在のように思える。 「何で、哂ってるんだ?」 体をくの字に折り、腹を抱えて声を上げ続ける十一面に、『кулак』仁義・宵子(BNE003094) が問う。 (あんたのわらいは、笑いじゃないよ、嗤いだ) 十一面のわらいは、どこまでも暗い。 聞けば聞くほど辛くなってくる、絶叫のようなわらい声だ。 (意味は無いのかな? それとも嗤うしかないのかな? 嗤う事で救われる事を望んでいるのかな? 嫌な事を嗤うことで洗い流そうと? そうだとしたら、救ってあげるよ) 「ゲンコツでね」 「うーん、なかなか生理的嫌悪を覚えるビジュアルだね。そのお陰で遠慮無く戦えそうだけど」 イレギュラー「十一面笑い女」を見上げた 『神斬りゼノサイド』神楽坂・斬乃(BNE000072)の赤いサイドテールがさらりと揺れる。 「鬼といい、主流七派の攻勢といい、加えて謎の敵か。やれやれ。面倒事というのは得てしてタイミングが悪い時に重なるものだな」 『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883) が、肩をすくめる。 世の中が乱れるから、良からぬ輩が動き出すのか。 良からぬ輩が動き出すから、世の中が乱れるのか。 「バンシー……と呼ぶのも適切ではありませんね」 『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497) は、異国の「嘆き女」を引き合いに出し、首を横に振った。 (生まれたのか生み出されたのか。怪物になったのか怪物にされたのか。それすらもわからない) ここしばらく、立て続けに続いた「イレギュラー」 詳細は未だに分からない。 「出来れば正体も探っておきたいねー」 斬乃が、仲間の顔を見回す。 「ノーフェイスでもアザーバイドでもないとか、不思議な相手と対応とかめんどくさいよねぇ。いわゆるアレ? 六道の人体実験の賜物?」 「素直に考えればこいつは七派の研究の成果物といったところだろうが、さて」 葬職に答えるゲルトも、核心があるわけではない。 「なんとも君の悪い敵だな。コイツの笑いに釣られて笑うというのは避けたいものだ。戦力的な意味でも、メンツ的な意味でも、な」 ゲルトの馬鹿笑いなど、見たことがある者はいないんじゃないだろうか。 「正体は一体なんなんだろうな……イマイチ俺の頭の中じゃ繋がらねぇが、ま、良いさ」 『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)は、拳を手のひらに打ちつけた。 「どっちにしても、この場で倒すべき相手なのに変わりはねぇ……!」 その言に、葬職とゲルトは頷いた。 「何にしろ、まずは片付ける事だな」 「正義の殺人鬼ちゃん、今日もアークのために頑張っちゃうワ★」 猛は、走り出す。 「さあ、喧嘩を始めようぜ……!」 ● 「ごきげんだね、なにかいいことあった?」 足場も視界も悪い薮を突っ切る予定の仲間のために、気を引くための陽気な挨拶。 気配りの聞いた殺人鬼・葬職が叩きつける一撃は、十一面の虚をついた。 頭部のスマートフォンにノイズが走る。 目に見えて、動きがおかしい。 十一面の笑い声さえ途切れがちになる。 「足止め、完了ー!」 リベリスタの動きが俄然よくなる。 「ハハッ! アハハハッ!!」 宵子は、高らかに笑う。 (元々命張って生きてきたけどさぁ? やっぱ次元が違うよね。こう言う時思うよ、つくづく) ばたばたと宵子の頭の上に大粒の涙が降りかかる。 十一面の涙。 泣きながら笑っている。 涙がこぼれるほど笑っているのだ。 (私を一度殺してくれた奴に。私を一度殺してくれた運命に。有難うってさ! 人は嬉しいから、笑うんだよ!) 「さあ、踊りましょう。土となるまで、灰となるまで、塵となるまで」 (目には目を、歯には歯を、怪物には怪物を) アーデルハイドは、今日もまた、戦いの聖句を唇に昇らせる。 想起される魔力の泉は、十一面を倒すため。 「口数多すぎなのです。口は禍のもとですよ~」 十一面に向けて走っていくリベリスタの背を見送る『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)は、本気なのか軽口なのか、判然としない。 「怒れる拳笑面に当たらずというし、笑われてもかっかせず、落ち着いて倒しましょ」 とはいえ、おっとりと戦闘中の核心を突くのは、アーク屈指の場数の多さの賜物だ。 想起される魔力の泉は、リベリスタ達の命を繋ぐ。 「――うっかりこけて指さして笑われるのなんて慣れてるんだからっ」 全然そう見えないのは、本人の愛すべき資質だが。 『red fang』レン・カークランド(BNE002194)も、己の影を補佐役として召喚する。 (やっつけてやりたいとこだけど……悔しいかな、ちょっと私じゃ力が足りない。皆のサポートを全力で。できることをしっかりと。頑張りましょ) ロザリンドの詠唱によって、リベリスタの背に仮初の翼。 (これで少しでも足しになれば良いんだけれど) 仮初の翼は、移動と回避の助けになる。 3メートル前に、自分を護衛するために立つゲルトの背中。 (ゲルト君が庇ってくれるのは頼もしいし有難いけれど……、できる限り、お世話にならずに済むようにしないとね) ふと、ゲルトが振り返る。 どこか恐縮して見えるロザリンドに言った。 「仲間を守る事は、俺の誇りだ」 ロザリンドから貰った翼で、体一つ分、宙に浮いた。 待ってましたと斬乃と猛が道の脇、人の背丈ほどもある薮すれすれで滑空していく。 「あててっ!!」 「猛ちゃん、暗視では薮見通せないよ! 気をつけて!」 薮に突っ込まないことをこころがけていた斬乃は、ほどなく。 突き出た枝でほっぺたに引っかき傷を作る羽目にはなったが、発達した三半規管と平衡感覚で飛行姿勢を制御し、十一面の背後に回るのに成功する。 「さあ、挟み撃ちだよ。覚悟を決めてもらおーかっ!」 斬乃の闘気は、肉体の檻から開放されている。 チェーンソーの唸りが笑い声をかき消す勢いで響いた。 ● 戦支度を整えたリベリスタにむけて、十一面笑い女の全ての口がけたたましい笑い声を上げる。 当初から対策として十一面から距離を置いていたニニギアと、ゲルトのかばわれたロザリンド以外は全てその直撃を食らった。 「残念だが、やすやすと俺の仲間を落とさせはしないぞ」 ロザリンドが受ける分の衝撃波をまともに受けたゲルトは、不意に苦しみだした。 笑いの衝撃がリベリスタの耳の中で乱反射して、リベリスタそれぞれを攻撃する。 誰も彼もが敵に見える。 斬乃は猛に唸りを上げるチェーンソーを叩き込むと、猛の拳が斬乃の腹をえぐる。 ゲルトの幅広の刃が茉莉をなで斬り、宵子の拳がロザリンドを打つ。 葬職の大鋏が宵子の肩を掠める。 レンの魔道書から放たれた閃光が葬職をおびやかした。 アーデルハイドと茉莉が十一面を攻撃したのも、正気を保ってのことではない。 たまたま、的の大きな十一面に当たっただけだ。 「皆、しっかりして」 仲間同士で殺しあう状況を、看過できない。 十一面の向こうにいる猛と斬乃が見える位置まで、自前の羽で飛び上がると、ニニギアは凶事払いの光を放った。 傷が深い者もいるが、凶事払いを託す誰かがいなかった。 十一面の容赦ない笑い声で傷ついた上に、同士討ちの傷が痛々しいリベリスタに、十一面の嘲り笑い声が降り注ぐ。 音を立てて、魔法で穿たれた穴がふさがれていく。 それでも、怯えの色がリベリスタの瞳から失せる。 ロザリンドは、今にも倒れそうな宵子のために、癒しの風を吹かせる。 自分の得物が、仲間の血で汚れていることに気づいたリベリスタは、げらげら指をさして笑い転げる十一面に改めて刃を向けた。 (しっかりしろよ、葛木猛) 斬乃の戦闘服が不自然にえぐれているのは、自分の拳によるものだった。 (敵が訳の解らねぇ笑いで攻撃してくんならそれを笑って返してやれ) 猛の胸を袈裟懸けに切り裂いたのは、斬乃のチェーンソーだった。 傷は、深い。 恩寵がなければ、あのまま仲間に倒されることになっただろう。 それは、猛が猛自身に許しはしない。 そんな自分は赦せない。 (こっちは、敵背面の視界が通るか解らねえ場所だ) 二人とも分かっている。 決して墜ちることは許されないニニギアの稼動域の関係上、癒しが届かない場所に立っているということを。 (だったら、こっちが攻めきられる前にてめえの出来る全部を吐き出してから倒れな……!) それが、最前線の覚悟だった。 ● 十一面笑い女は、命も十一持っているようだ。 リベリスタ達がつけた傷も、あっという間に新たな口に変わってしまう。 十一面は、ひゃっひゃっひゃっと、尾を引くような笑い声を上げた。 「ドオレちゃん、下がって!? さもなきゃ、ハルトマンちゃんに庇ってもらって!?」 今まで聴いたことがない変な笑い方に、葬職は背後に向かって叫び、一切の行動を放棄して、自分の唇に歯を突き立て、耐える. 斬乃、アーデルハイト、耳を塞いでしゃがみこんだロザリンドをかばったゲルト、レン、茉莉の喉が、間をおかずに不規則に痙攣を始めた。 「きゃは」 意に染まぬ、発作的笑いが止まらない。 「はは、ぎゃはは、ぎゃはははっ、うぐっ、うぐくくっ」 呼吸もままならない。吐き出される空気。腹筋が駆使されて、ひどく痛む。 とめようと思っても止まらない。変わりに、不細工な音を立てて喉が鳴る。 楽しくもなんともないのに。仲間の困惑した顔が視界の隅に入る。 戦闘の途中なのに、申し訳なくていたたまれない。 体力と心が磨り減る。 苦しい。笑いたくないのに、笑うのは苦しい。 ひゃはははははと頭上から降ってくる十一面笑い女の目は真っ赤に泣き腫らされている。 流れる涙が止まらない。 見ているほうが辛くなってくる、大爆笑。 「みんなのよじれたおなかは私が治す! 捨て身で寒いぎゃぐを放ってでも皆の笑いを止め……」 「ニニギア!?」 「いえ、素直にブレイクフィアーで……」 凶事払いの光が、あたりに満ちた。 ● リベリスタ達の損耗は、思いのほか激しかった。 「こんなに働き者の殺人鬼なんてそうそういないよねぇ~」 不意の連続攻撃を食らって、恩寵を杖に立ち上がった葬識は、陽気に声を上げる。 まったくだ、そのとおりだ。 十一面の放つ笑いとは異質の、戦場で浮かべる不敵な笑いが葬職に相槌を打つリベリスタの頬に浮かんでいる。 「ここで終わらせてあげる。その忌まわしい笑いをね!」 チェーンソーを豪快に振り回しながら打ち込んで、斬乃は十一面に生死を問う。 チェーンソーの先端をぱっくりと開いた口が、ガチリと噛んだ。 あっという間にただの穴になる口。砕けた歯と斬り飛ばされた舌が地面をのた打ち回る。 さらに、その好機を無駄にしない。 「チッ、回り込むのも一苦労だぜ……ったく……! 一撃、行くぜ……!」 大地を砕く掌底が、十一面の下腹に叩き込まれる。 はらわたをかき回す衝撃が、十一面の動きを止める。 けたたましい笑い声が止まり、引き連れた喉から耳障りな音が断続的に響き渡る。 スマートフォンが、慌て、怒り、泣き、喚き、諦める女の顔を映し出した。 「体力多いと厄介だよねえ」 葬職は、混乱やつられ笑いから立ち直るため、ずっと噛み締めていた血まみれの唇をなめると、真っ赤に染まった大鋏を十一面のわき腹に叩き込んだ。 「やだ。近くでみたらとっても美人! ちょっと背がたかすぎるのが玉に瑕!」 吸い取られた十一面の命が、葬職の唇の傷をきれいにふさいだ。 「喧嘩殺法じゃ当りにくい……なら」 宵子の握った拳に宿るは、炎。 「これで、どうよぉ!?」 十一面の体が炎につつまれる。 「治すわ。大丈夫、治すわよ!」 ニニギアの詠唱が、空から降り注ぐ福音を呼ぶ。 ロザリンドも、宵子に癒しの微風を吹かせた。 二人の回復で、宵子の顔色が見違えるほどよくなった。 「まだまだ倒れるわけにいかないでしょう?」 「そっちもよね。 もしものときはかばってやる。治してくれるんでしょ? 問題ないよね!」 先ほどまで、二人とも後一撃で限界というぎりぎりのところに立っていた。 「ええ、全員ね」 レンの道化のカードが十一面を掠め、十一面の気をそらす。 茉莉の血が鎖となって、辛くも十一面を縛り上げた。 リベリスタ達は、目を見交わした。 ここが、正念場だった。 十一面を傷つけるたび、口の数がどんどん増えて、一つ一つがどんどん大きくなる。 口角と口角が結びつき、一つの口から何枚もの舌が突き出す。 お互いがお互いを侵食し始める。 それは融合にも闘争にも見えて。 やがて、身体中を螺旋のように取り巻く口が、十一面を自ら八つ裂きにしていく。 皮膚がみるみる口腔粘膜に変化していく十一面に、リベリスタの攻撃の手は容赦ない。 斬乃は生死を問い続け、宵子は粘膜を拳で焼き尽くし、葬識は十一面の命を奪い続け、猛の掌は薮の中に活路を見出そうとする十一面を元の山道に突き飛ばす。 「土となるまで、灰となるまで、塵となるまで」 四種の魔力の本流を収束させる術式に、聖句を織り交ぜて、アーデルハイドが最後の楔となる魔曲を、十一面の、そこだけはまだ美しい女の体裁を保っている顔面に叩き込んだ。 十一面の唇が、紫を通り越してどす黒く染まる。 毛穴という毛穴から、汗のように血が溢れて落ちる。 ぐしゃりと、落ちたソフトクリームのようにわだかまって。 「ひゃひゃひゃ」 十一面笑い女は、最後のわらいを発して、永遠に黙り込んだ。 宵子は、豪炎撃の名残の熱で、タバコに火を着ける。 「もう嗤わなくて良いのよ? 笑いなさい」 ● 「こいつはやはり六道なり、他のフィクサード組織なりに作られた存在なのか? ……一応、可能なら遺骸を持って帰るとするか。真白開発室長なら何かわかるかもしれんな」 ゲルトが、唸る。 「アークへの資料として、分離できそうなら携帯電話を持ち帰ろうかな?」 「……俺らに解らなくても、アークに何か解る奴が居るかも知れねえしな」 目の高さまで落ちてきたそれに葬職と猛がそれぞれが手を伸ばそうとした瞬間。 「退けッ! なんかおかしいぞ、離れろッ!!」 スマートフォンが、すさまじい勢いで点滅を繰り返す。 毒で変色した皮膚や粘膜が泡を吹き、細胞結合を緩めてその形を失っていく。 これは、触ってはいけない、何かだ。 革醒者以前の、生物としての生存本能が、リベリスタ達を突き動かす。 何もかもが蕩けていく。 音を立てて、地面にしみこんでいく液体。 むせ返る臭気。 とっさに鼻と口を手やハンカチで覆わないと呼吸が出来ない こみ上げてくる吐き気を懸命に飲み下さなくてはいけなかった。 (六道の皆様が事件に関わっているとなると……賢者の石。やはり都合のよいことばかりではありませんでしたか) アーデルハイドは十字を切り、祈る。 「強大すぎる力は己をも滅ぼす。審判の炎に焼き尽くされるのは、誰なのでしょうね」 スマートフォンが肉の海に飲み込まれ、端から溶けていく。 外装の下は基盤と肉が絡み合い、戦いで割れた液晶は粉々に砕けていく。 一つだけ残ったスマートフォンに、戸惑ったような女が映る。 辺りを見回し、何かに気がついたような顔をして。 にっこり笑って、目を閉じた。 目が合ったように、思えた。 確かめる間もなく、肉の海に沈んでいった。 「……ノーフェイス、なのかな。なぜこんなことに。本当なら、楽しさや嬉しさから笑いたいよね……」 ニニギアは、今見た笑顔が本当の笑顔であってほしいと思う。 「お天道様に見せられる顔で笑うのが一番なのよ」 宵子がそう言った。 陽光の下。 何か少しでも手がかりをと、斬乃も手を尽くして探したが。 後に残ったのは、リベリスタの耳に残る笑い声だけだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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