●許せない男 「……イライラする……」 高層ビル、ガラス張りの窓に手を当ててその男は呟いた。 「イライラする……」 何度目か知れない呟きである。 外はいい天気、仕事は多少のトラブルはあれど、概ね上からの覚えも良く、今の所バランス良く順調そのもの。しかし、ギリっと歯を鳴らした彼は外に広がる都会の風景に一層の苛立ちを強めていた。 現代芸術と呼ばれる芸術のジャンルがある。 それは例えば針金をぐにゃぐにゃと折り曲げたオブジェ的な何かだったり、建物自体のデザインであったり、空間のプロモーションだったりする訳だが、これには余り明確な定義が無いようにも思われる。 ある種、こだわり抜いた美の追求とは理解出来る人間にとっては全く素晴らしいものであり、理解出来ない人間にとっては頭上にハテナマークの散る、まさに前衛的な代物である。しかして大半の人間は興味があるか、無いかに二分されるのであってこの男のように『大嫌い』とまでの強い感情を覚えるまでの人間は少ないのでは無かろうか? 何故ならば現代芸術は別に害のあるものでは無いからである。 「著作権って食べ物ですかぁ?」なアーティスト(笑)の蒙昧な発言は兎も角、それそのものには本来罪は全く無い。 「……ああ、イライラする。本当にイライラする。何て言うか許せない」 呟く彼は景色から視線を切ると熊のように部屋の中を歩き回り―― 「そうだ。ぶち壊そう」 ――やがて一つの結論を導き出した。 それは何とも言えない、だが強い動機から生まれた…… そう。何ともフィクサードらしい結論で、何よりこの男――千堂遼一を知る者からすれば納得するより他は無い傍迷惑な理屈の展開であった。 「そうと決めたら、早速準備をしないと。 ええと、兵隊は恐山さんに借りるとして……やだなぁ、アーク来るんだろうなぁ……」 ●破壊阻止 「バランスの悪いモノは爆発しろ、と本気で思っているフィクサードが居るみたいですねぇ」 「千堂だろ」 その日、『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)が持ち掛けた始まりの言葉は少しの間も置かぬリベリスタの一言に切り返されていた。 「……まぁ、個性的な方ですからねぇ……」 アシュレイは少し退屈そうに、少し拗ねたように艶のある唇を尖らせた。 「今回、皆さんにお願いしたいのはフィクサード―― 『バランス感覚の男』千堂遼一様による、ある建物の破壊計画の阻止です」 「何でまた。いや、想像はつくけど」 リベリスタは久し振りに表に出てきた千堂の名に小さく苦笑いを浮かべた。彼こそ『相模の蝮』事件では主流七派の裏切り者として情報をアークにリークし、彼等連合を崩す一因となり、『強襲バロック』事件ではアークと共闘の形を取り、『賢者の石』の三割を持っていった男。 千堂遼一とは考える程に食えない、面倒臭い、厄介な相手なのである。 半端に気心が知れているのもアークとしてはやり難い理由なのだが、そういう事情は事情として、彼はちゃんとしっかり悪党だから性質が悪い。 「一連の事件の暗躍で遼一様の株はうなぎ登り。 今度彼は『恐山会』から新しいオフィスを貰ったらしいのですが……」 「らしいのですが?」 「ええ、まぁ。そのビル、遼一様のオフィスから臨む街の風景は実に素晴らしいみたいです。彼は東京タワーが大好きでしたし、スカイツリーの完成も楽しみに待っていました。超高層建築はバランスが命ですから」 歯切れの悪いアシュレイは困ったような顔で先を続けた。 「遼一様はこの新しいオフィスを大変気に入っていました。或る、一つの問題を除いては」 「……つまり……」 「はい。彼の部屋から臨む景色の中には一つ、非常にバランスの悪い建物があったのです。左右は非対称色はバラバラ、新進気鋭のデザイナーが趣味人のお金持ちに頼まれてデザインしたという現代芸術のビルがですね」 「……壊すのか」 「はい。壊しますです」 沈痛な顔をするリベリスタとアシュレイ。何ともまぁ、馬鹿馬鹿しい。 「遼一様はアークの事を良くご存知ですから、恐らくは皆さんが阻止しに来る事は計算の内でしょう。 『恐山会』の兵隊を集めて本気で破壊を狙っているようです。 皆さん、何とか油断しないようにこの計画を阻止して下さいね――」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月19日(月)00:34 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●或る日の夜話 寝静まった都会の広めの道路に大型の重機が乗り込んで来た。 「あちゃー……」 先頭を行くブルドーザーの車席から半ば身を乗り出すようにしたフィクサードが「さもありなん」と手で顔を覆う。 「やっぱり来たのか、君達は」 色彩的にも造り的にも『バランスの悪い』ビルの前で『安全第一』の黄色いヘルメットを被った千堂遼一を待ち構えていたのは言うまでも無くアークより派遣された十余名のリベリスタ達だった。 「千堂! 千堂がいるのですぅ!」 喜色満面といった風ではしゃいだ声を上げるのは『白雪姫』ロッテ・バックハウス(BNE002454)である。 (わたし、会いに来たのです!王子様なのですぅ~! えへへ~バレンタインのアップルパイ、味どうだったかなぁ……わたしにメロメロかなぁ~! きゃっきゃ!) 大きな瞳をキラキラと輝かせ、熱烈な視線で彼を見つめるロッテ。 「せんどぉぉう! 千堂! 千堂! 王子様ぁ~! ロッテなのですぅ! バレンタイン、事務所に送ったのわたしなのですぅ!」 「うん、千堂だしここに居るぜ。バレンタインはありがとうね」 少女の心を知ってか知らずか、千堂は相変わらず何処か冷めたマイペースな調子で彼女に応えた。 しかし、彼我は無論敵同士である。 「一応、聞いておくけど。 出来れば面倒な事はしたくないんだ。邪魔しないで貰えないかな?」 「それはこっちの台詞だろ」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が言う。 「動機と行動のバランスが取れてないぜ」 「僕にとって、それの存在は鬼より許し難いんだぜ」 苦笑いを浮かべた快は千堂の答えを半ば察していたようにも見えた。 始まりは『相模の蝮』の地下鉄事件、対ジャック戦の共闘を経て今夜に到る。中々浅からぬ――因縁めいた縁を持つ両名である。 「千堂が二人!? いや、新田さんが二人? え、えー!?」 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の反応の通り、姿形も言うなればそっくりである。 ……しかし妙な親近感こそあれど、千堂が悪党『でも』ある事を快は良く知っていた。 「そう言うと思ってた。交渉に応じる心算は?」 「生憎と僕は新しいオフィスを気に入ってる」 旧知の二人のやり取りは軽口めいた響きを持っていた。 「……ま、コレが嫌だって気持ちは判るんだがね、実際」 背後のビルにちらりと視線を投げて溜息混じりに応えたのは『足らずの』晦 烏(BNE002858)である。 前衛芸術の価値は時に多くの人間に解し得ない。唯一つハッキリしている事は少なくとも西暦にして2012年の今日現在、その領域に到達している人間が然程多くは無いという事実のみ。既に建物内部を調べ、爆発物等は無い事を確認しているリベリスタ達である。出落ちめいた千堂一味のある意味『愉快』な姿に烏は呆れたような声を漏らす。 「しかし、ぶっ壊そうってのは大概穏やかじゃねぇだろ」 「そうそう!」 鳥の言葉に我が意を得たりとばかりに大きな声で頷いたのは『ミサイルガール』白石 明奈(BNE000717)だった。 「ワタシには芸術はよく分からないし、気取った建築物とかあんま好きじゃないから……なんとなーく同情するぜ。でも!」 「でも?」 「壊すのはやりすぎ! 何事もやりすぎはバランス良くないよ!?」 (恐山会のフィクサードの千堂様。何よりバランスを重んじる主義であり、協定中にはアークのリベリスタとも親交を持っていたとか。 総ゆる状況に対応できるようにリベリスタともコネ作りをしていたのでしょうか?) モノクルの奥の知的な瞳が細くなる。リベリスタは、『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)は目の前の敵の事を少なからず知っていた。 「……ある意味千堂様らしくありませんね。クレバーともスマートとも言えない手法で解決なさろうとは」 千堂遼一は一般に『バランス感覚の男』の二つ名で知られているフィクサードである。主流七派『恐山』のエージェントである彼はこれまでアークが遭遇した大きな事件のハイライトに何度も登場している曲者である。 病的、偏執的にバランスの良さを追求し、拘りを見せる彼が今夜の凶行を目論んだ理由は簡単。 「一時は共闘もしたというのに悲しいのです。 でも、この悪趣味な建物はあたしでも流石に……建てさせた人はさおりんの美的センスを見習うべきなのです」 『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)の言う通り、彼は自身のオフィスから臨む風景の中の『異物』を許し難かった……という話だが、アークは個人的美意識から罪無き人の資産を破壊しようと目論む千堂の動向を見逃す筈も無く、リベリスタを派遣したのである。そして千堂も又、恐るべき『万華鏡』の精密観測により的確な妨害に出るであろう彼等の存在を予期していたという訳である。 「何れにせよ私欲の為の破壊的活動を許す心算はありません」 ハッキリキッパリとそう言い切ったのは微妙な馴れ合いの空気にも全く動じない真顔の少女――『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)だった。千里を見通す彼女の魔眼はビルの内部を探り異物の存在を洗い出す。問題は目の前の千堂のみであると確認するように声ならぬテレパスで仲間に告げた彼女は手にしたグリモアールを開きかかる。 (出来れば後顧の憂いはここで断ちたい――) 恵梨香に言わせればこれは強力なフィクサードを仕留めるチャンスでもある。 そして、この夜の空気をやがて来る戦いのそれに変えたのも奇しくも恵梨香と同じ十五の少女剣士だった。 「アンバランスなバランサーとはよく言ったもの。そこにバランスなど皆無。世事にうとく世を害する悪党に過ぎません――」 その美貌を鋭く引き締め、『Lawful Chaotic』黒乃・エンルーレ・紗理(BNE003329)は容赦なく目の前の男を断罪した。 「――遠慮なく倒させて頂きます!」 「相変わらず、話して分かる相手じゃないね。リベリスタ君!」 お互い様の千堂は邪魔なヘルメットをアスファルトの上に放り投げた。正面を阻むリベリスタ達から視線を切らない千堂は腰のホルダーからオートマチックと鋭いナイフを抜き放つ。 「後悔するなよ、リベリスタ君!」 「望む所です!」 千堂の声を受け、敵達がめいめいの武装を携えて構えを取る。既に人払いの強結界を展開する黒乃にとっては是非も無い。 俄かに緊迫感を増した空気は双方の激突が不可避である事を何より如実に示していた。 「地下鉄では手加減してたろ。借りもあるし、今日は少しは本気出してもらうぜ!」 快が吠え、夜に影が躍動する――! ●激突 「行きます――!」 裂帛の気合を闇に吐き出し、誰よりも速く動き出したのは黒乃だった。その場で軽やかにトン、トンと跳ねながら――一瞬で最高速度に到達する。 舞姫がアスファルトを蹴り上げ前に出る。 更にジョンが続き、その人間離れした演算能力を加速させる。 彼女等十人のリベリスタに対するのは千堂を含め二十一名からなる『バランスの良い』フィクサードの戦力である。 千堂を除く兵の質は流石に激戦で揉まれたアークの面々に及ぶものでは無い。しかして数の差は大きな問題だ。リベリスタ陣営は本来用意された合計十四の戦力の内、四人を敵の後背を突く別働隊として切り離した。 つまりそれは奇襲を狙う別働隊が効力を発揮するまでは少なからずリベリスタ側に不利があるという意味である。 「来なさい!」 「言われなくても」 黒乃が両手に得物を備えた千堂を迎撃する。眼にも止まらぬ高速で目前から瞬時に掻き消えた千堂に対して、彼女は殆ど反射的に身を傾かせた。後背を奪った千堂のナイフが時同じく閃き、靡いた長い黒髪を一房斬り、彼女の首筋に赤い線を刻み込む。 「へぇ。仕留めた心算だったけど――」 「成る程……中々の腕前です。しかし、こちらも遠慮しませんよ!」 その身をばっと翻した黒乃が嘯く。更に動き出すリベリスタ達。 「付き合って貰うぜ。千堂!」 漲る気合のそのままに強力な防御を纏った快が千堂の抑え役に名乗りを上げた。肉薄する快に千堂が小さく舌を打つ。 「――嫌だなぁ、一番面倒臭いのが僕の相手か」 濃密な戦いの日々の中で思えば随分と名を売った快である。初対戦時は路傍の小石と言わんばかりだった千堂が嫌気を表す程度には快のしぶとさとは知れているらしい。 「こんな馬鹿げた戦いで死にたいの?」 冷めた言葉と共に恵梨香の周りの空間が引き歪む。 詠唱に導かれ、この世界に具現化を果たした魔炎は彼女の赤い双眸が見据える敵の影へと喰らいつく。 出来れば戦いの中でフィクサード側の戦意を喪失させたいと考えている恵梨香である。 「少し甘く見てないか?」 千堂は笑う。 「潰せ、後ろだ!」 黒乃や快、舞姫といった強力な前衛たちに比べて自軍の兵が『頼りない』事を千堂は知っていた。 アークのリベリスタがどれ程のものかを戦い、共闘し、近くで見届け、内部を探った彼は肌で知っていた。 数を生かすならば弱い部分からそぎ落とし、圧力をもって粉砕するという極当然の戦術を――彼は最初から用意していたのだ。 「せ、千堂! クールなのですぅ! えへへ、真面目な顔もカッコいいのですぅ!」 ロッテが目を見開く。 「……そ、それ所じゃなかったのですぅ!」 圧倒的に数に勝るフィクサード陣営はリベリスタ陣営に一気に雪崩れ込み彼等を乱戦の中に巻き込んだ。 そこに前衛の概念も後衛の概念も残らない。少なくともフィクサード側は『陣形』を維持していたが、リベリスタ側がそれを望める筈も無い。 フィクサード側を上回る錬度を持つリベリスタでも前衛と後衛は役割が違う。防御能力の面で前衛に大きく劣る後衛達は乱戦を望んだフィクサード側の猛威に次々と傷付けられていく。 「せんどぉぉう! ええい、邪魔なのですぅ!」 恋愛に激戦に忙しいロッテがGiftigen Apfel(どくりんご)を輝かせ、組み付く敵を気糸の罠箱へ閉じ込める。 一対一ならばそこまでだが新手がこない筈も無い。千堂はブロックに出た前衛の裁き切れない数を全て後衛に向けているのである。 「敵と味方に別れる二人。悲劇的だけれど、家庭に仕事を持ち込まなければ大丈夫よ」 敵の攻勢に余りに脆い――嘯く『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の体が傾ぐ。 「生憎と、趣味じゃないのよ……!」 魔曲を奏でる彼女がその瞬間――脳裏に誰の顔を描いたかはさて置いて。 お返しと見舞った四色の魔光の渦に敵が痛みの絶叫を上げる。 「成る程、暴力も中々お上手だ……!」 自身のブレイクを狙って斬りつけてくるデュランダルの刃にジョンが声を発する。 圧倒的な精密射撃でパーティの攻勢面を支えるのが彼の役割である。そうはさせじと迫る敵はしつこい。 「……ったく……名が売れてるだけはあるって事かあ?」 迫る敵刃に傷みながらも何とか耐え、烏が攻防を応酬する。 数で勝るフィクサード側は初動が命と猛烈な勢いで戦いの天秤を傾かせようとしている。 「……チッ」 咥えた煙草を噛めば、フィルター越しにニコチンの苦味が舌に乗る。 飄々と彼は身を何とか捩る。近距離から二十四式・改が火を噴いた。 腕を傷付けられたフィクサードが呻いて僅かに後退する。しかし傷は彼の方も深く、旗色は良いとは言えない。 「だが、そあらさんはワタシが守る!」 パーティの要とも言うべきそあらを只管防御するのは明奈だった。 結果的に彼女の判断は正解だったと言える。八面六臂に躍動する彼女の装甲は傷付けられながらもへこたれない。 攻撃ではなく防御にその役割を見出した明奈は両手のシールドで幾度と無く迫る敵を跳ね返す。 「ワタシのドラマティックさはいまや青天井! そう簡単に倒せると思うな!」 言葉は真実。無闇やたらの迫力に集るフィクサードも気圧された。 戦いは続く。 ジョンが複数の気糸を放ち敵を痛めつけ、面々が各々の敵に猛烈なお返しを見舞う。 それでも状況は見て分かる程度にフィクサード側に有利だった。 しかし、その時間も結果的にそう長くは続かなかった。 「バランスを求めすぎてある意味アンバランスですね。あなたの場合」 夜に澄んだ『初代大雪崩落』鈴宮・慧架(BNE000666)の声が響き渡る。 ビルの裏口より敵を迂回し、後背に到達した別働隊がここで満を持して参戦したのである。 「アンバランスがあるからバランスがあるんじゃないでしょうか?」 慧架の視線の先に移るのは突然背後に現れた敵に泡を食う――脆い後衛である。 敵陣の急所に彼女のしなやかな体が飛び込んだ。称号の通り――組み付きから得手となる練達の投げ技を披露した少女に不意を打たれたフィクサードは抗し得ない。雪崩の如く強烈に繰り出された彼女の技はその態勢を容易に崩し、硬いアスファルトに敵の体を叩きつけた。 「手加減は出来ませんがやられたフリをして下さると嬉しいなぁ」 にこやかな少女の笑えない一言に敵陣が引きつる。少なくとも目の前の『鈴宮慧架』が自分達より強い事を彼等は知っていた。 暴れ始めたのは当然彼女ばかりでは無い。 「千堂さん、それ位でイラァとか更年期疑ってもいいかもだね!」 へらと笑みを浮かべた『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)が挑発めいた言葉を投げ、手近な敵を文字通りに薙ぎ倒す。 「成る程、相手を知ってるのは僕だけじゃないか……!」 振り返り、臍を噛む千堂。前がかりになった彼の戦術は間違っていない。しかし、リベリスタも伊達では無い。 「拘る何かがあるのは、素敵だと思うけれど。迷惑をかけるのは、宜しくないわ――」 月下に何処か茫とした――美しい女の影が躍る。 幻想めいて、絵画めいて、くらくら眩暈がする程に――『作曲者ヴィルの寵愛』ポルカ・ポレチュカ(BNE003296)の『愛』は狂おしい。 世界に投げかける言葉は目前の敵さえ例外にはしないのか。 「さあさ、ゲームは後半戦。将棋のような、ドミノ倒しのような――」 神速で肉薄した彼女の備える無骨な剣が、彼女の優雅さとはかけ離れて――それでも何ら美観を損ねる事は無く。回復役を叩きのめす。 「ところで遼一君?」 ポルカは微笑(わら)っていた。 「……ねぇ、今バランス良いかしら。 気にならない? 気持ち悪くない? イライラしてこない? 遼一君にとっては、今もバランスが良いのかしら?」 「ああ。動機と方法が良い。なかなか面白い男だ。それでこそフィクサード、俺の敵に相応しい!」 まさに野獣の如く――その名に恥じる事は無く『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)が吠えた。 「こんな茶番の為に命を賭けられる奴は前に出ろ。俺が最期まで付き合ってやる。さぁ、どんどん来い!」 破壊する事、脆い相手を倒す事。まさに水を得た魚のような活躍である。 敵が後背に気を取られれば前を受け持つ本隊も俄然力を取り戻した。 「建物壊すのは、メッ! なのですぅ! もっと穏便に! 目隠し! だからわたしと結婚しましょう! ああん逃げないでせんどぉぉぉう!」 「千堂君な、東京スカイツリーって実は『55ミリ』程度傾いてるんだけどさ、それでも頑張るのかい君?」 ロッテが、烏が畳み掛ける。ギリ、と歯を噛む千堂が苛立ちを隠せない。 「退いたらどうですか?」 恵梨香の言葉も最早笑えぬ。挟撃の形にされたフィクサード側は浮き足立ち始めていた。 「本気を出せよ」 快と千堂が交錯した。硬質の音が交差する。 「そう何度も何時までも――簡単な相手じゃ居られない」 戦いが続く。快の言葉を受けてか、不利な状況を覆さんとする為か。全身に殺気を漲らせた千堂の姿が残像にぶれる。 「完璧なボディバランス、理想的なフィジカルが達成するこの一撃――!」 完璧なボディバランスが何故千の分身に反映されるのかは不明だったが、彼の切り札は無数の残像を夜に生み出す超高速斬撃の嵐である。 身構えたリベリスタを幻惑し、翻弄し、悉く背後を取り切り裂いた一撃は少なからず彼等の態勢を乱し、追い詰めた。 しかして、快を始めこれを耐え抜いたものも数多い。 「――よう、大悪党。お前、強いな」 その体を赤い血に染めて、瞳には危険な色がギラギラと浮いていた。 夜に血霧を撒いた一撃にも怯む事は無い。否、むしろその一撃が鋭い程に男は――美散は嬉々として赤い槍に力を漲らせていた。 この時を待っていた彼は見据えた『本命』にラブコールでも送るかのように笑いかけた。 「さあ、この一撃! 避けられるなら、避けてみろ――!」 研ぎ澄ませた集中より繰り出される――赤く伸びる死棘、それはランス。 圧倒的な威力の込められた一撃が身を捩る千堂の影を逃がさない。喰らいつき、赤く破る――! ●顛末 リベリスタとフィクサードの激戦は中途でその幕を下ろした。 自身も傷んだ千堂は「命張るような話じゃないだろ、これ」と持ち掛けた快の言葉に頷きその矛を収めたのである。 結論から言えばビルの破壊計画は頓挫し、千堂は目的を破られた。リベリスタ側は勝利したのである。 しかし…… 「うーん、徹底してますねぇ……」 後日『とある』事実を知った慧架はしみじみと呟いた。 「ああ。そんなに嫌だったのか……」 明奈もしみじみと呟いた。 アークにもたらされた至極どうでもいい一報は――ビルを正式に買い取った千堂がこれを更地にし始めた、という何とも執念深い事実だったのである…… |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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