●崩れる世界の片隅で 斯くして王は謳った。 『痛みに歪んで、崩れ去れ。』 ●攻城戦・最終決戦 「そんな訳で、軍艦島攻城戦其之四にして最終決戦――ですぞ、皆々様!」 そう言って事務椅子をくるんと回し『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)がリベリスタ達へと向いた。 「サテ……とある軍艦島に居座ってしまった非常に強力なアザーバイド『歪みの王』の討伐に向けて、前回の作戦では扉番たる『紅薔薇の扉姫』の討伐を行って頂き、無事に成功致しました」 言い終えると同時にメルクリィが操作したモニターには、かつて茨城壁が堅牢に守っていた荊の塔が。 「この塔は『痛みの塔』。歪みの王が造り出した王城にしてアザーバイド、とでも言いましょうか。 歪みの王はこの中に居ます。最上階、紅薔薇の扉姫が護っていた扉の奥――王の間に」 モニターに映し出されたのは島中にあった様な黒い荊で覆われた広い広い螺旋階段。痛みの塔の内部。 斯くして荊の仄灯りに照らされたその一番上。扉の向こう。 広い広い空間。 荊で彩られた不気味で異様ではあるが、何処か荘厳で美しい空間。 中央上空に咲くのは何処か歪な薔薇の紋章。 奥には巨大な玉座。そこに、王は居た。 巨躯の王。その身に荊を纏った王。 「これこそが、アザーバイド『歪みの王』! 『痛みの塔』『痛みの騎士』『歪みの騎士』『噎び泣く荊壁』『紅薔薇の扉姫』を創り出したアザーバイドにして文字通り『王』で御座います。 ……王。温羅の様な『圧倒的な力』というよりは創造系の能力に秀でている特殊系の固体、と言いましょうか。 強さこそあの鬼王に劣りますが、それでも皆々様よりは――……なんせアレだけのアザーバイドを創ってきたのですから」 と、指で示すのは上空――足場から40mはあろうか――の薔薇紋章。 「アザーバイド『歪んだ王紋』。一切行動はしませんが、存在して居る限り歪みの王の傷が徐々に回復していきますぞ!」 次にこっちの玉座ですが。 「こちらも歪みの王が創り出したアザーバイド、その名も『苦痛の玉座』。 王紋同様に行動はしませんが、存在して居る限り歪みの王の防御力、回避力が上昇するんですよね。 それにこの玉座は堅い上に耐久値も高いです。ワンターンキルは果てしなく難しいかと。 それから、歪みの王だけでなく痛みの塔――この辺り一面な荊も皆々様に絡みついて妨害したり直接攻撃してきますぞ! 当然トゲトゲなその見た目通り触るだけでブスっとダメージ入りますんでお気を付け下さいね。 歪みの王を倒せば、この塔も、荊も、すべて消える事でしょう。 あ、塔ごと皆々様が消える事は無いのでそこはご安心を!」 では次に現場について、とモニターを操作する。 映ったのは件の軍艦島――痛みの塔を中心に廃墟は吹っ飛ばされ、仄明るく輝く黒い荊に覆い尽されている。お陰で視界は明るく良好だが…… 「ハイ、この其処彼処を包む荊。当然触るだけでブスッとダメージ入りますぞ! 飛べると便利でしょうな。 王の間に辿り着く前にこれでゴッソリ体力が持って行かれた~とか無い様にお気を付け下さい」 ニッコリ、説明はこんなもんですぞとメルクリィが凶相を笑ませて皆を見渡した。 されど心配な気持ちが滲んでいるのは――果たして気付いた者も居るか。 「決着の時、ですな。皆々様ならきっときっと大丈夫! ……応援しとりますぞ、御武運を祈ります」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年05月08日(火)23:59 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●その先その果てに 夜――だと言うのに、妙に仄明るい。不気味なまでに静まり返った廃墟の島。 されどその灯りは拒絶の光であると、知る。 「――つっ、」 脚が痛い。一面を悉くを覆い尽す黒い荊が、その棘が、苦痛の証が、『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)の脚を引っ掻いて切り裂いた。厚手の布で肌の露出を抑えてはいるが、まぁ、構ってちゃんな棘だ。裂けた傷口から滲み出る血がボディスーツ失望惨殺ニヒリズムにじわりと生温かさを齎してゆく。 あぁ、痛い。生きているのを実感する。生きているから血が出るんだろう。また一歩、傷を増やして行軍する。傷付けようと這い寄る棘を踏み潰して。 「棘は拒絶の象徴でもあるけど。そのくせ能力は創造特化とか、つんでれってヤツかね」 吐き出す紫煙と共に言う。配下は作れても友達は作れないって話だよ、と。 煙の奥の虚ろな表情。次いで歪ませた口元は、脳味噌を毟る痛みの所為では無かった。 「イイぜ。そんじゃ、一つ僕が友達になってやるさ。塔の上で待っていな」 投げ捨てる煙草。仄暗い眼光で見澄ました先には、荊に覆われた塔があった。痛みの塔。その天辺、きっと王が居るのであろう。 「崩れる世界……世界の大穴はこんなにこわぁいのを引っ張ってくるんだよね。怖い怖い」 ゴキゲンなパーカーのフードから覗く『形見』が揺れる。『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)は第六感を研ぎ澄ませて階段を一歩、足を切り裂く鋭痛にヤレヤレと肩を竦めて。まずは王に謁見願わないとね。仲間と足並みを揃え、見遣る螺旋階段をまた一歩。 「……――王、ですか」 黒曜と名付けられた小脇差を握り直し、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は凛然と引き結んだ表情の頬に伝う血を手の甲で拭い上げた。この異形に支配された島に降り立つのは初めてではない。そしてこれが最終戦。気を引き締めて臨まねば。バランス感覚を研ぎ澄ませ、出来るだけ荊との接触を避けて先へと足を向ける。 「長かった攻城戦もこれで最後。いよいよ王様との対面ですな――あの茨の奥には一体何が隠されているのか、気になるのは私だけですかのう?」 安全靴で自らを傷つけようとしてくる荊を蹴り付け、『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)は不気味な仮面の奥で息を吐く。フォーチュナの未来視で見た王の姿。荊に覆われたその姿。今はまだ、何も分からないけれど――冷静さを心に、ショットガンを構え直す。 「最終決戦に相応しい相手よね。これで終わりだと思うと感慨深いものが……って早いわね」 来栖・小夜香(BNE000038)はそのあどけなさの残る顔にふっと苦笑めいたものを浮かべたが、次の拍子には引き締める。気を引き締めてきっちり終わらせましょう、と皆へ。翼を広げて宙を行きつつ、活性化させた魔力のままに癒しの旋律を奏でた。飛行して、自分は傷を負わないからこそ仲間を癒す。 斯くして、リベリスタ達は辿り着く。 荊の階段の果て。荘厳で重厚なる扉の前に。 「あぁ……来てもうた」 『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728)の表情に浮かぶは自嘲か苦笑か。あの扉には見覚えがある。それを護っていた存在も、知っている。 「前回、自分で『これはアカン』って思ったんやけどなぁ……まぁ、アレや。好奇心は猫をも殺す、やね」 指先に挟む符より小鬼を召喚しながら、一歩。その顔に恐れは無い。 「危険やから、何が起こるかわからへんから……なんて理由で調査を諦めとったら、オカ研部長の名が廃るしな!!」 咥えた煙草に火を点ける。流れる動作で結ぶ印は皆を護る守護の陣。さて、やるっきゃないのだ、ここまできたからには。 「ようやく大将のお出ましってわけね……ここまで結構長かった気がするわね……」 思い返す激闘。それも、遂に今日ケリが付くのであろう――上等だ、と『雇われ遊撃少女』宮代・久嶺(BNE002940)はキッと扉の向こうを見澄ました。荊が振れぬようその手に抱えるのはエリス・トワイニング(BNE002382)であり、彼女は決戦を控える仲間達を癒すべくセファー・ラジエルを開いた。 「エリスが……出来ること。皆が……無事に……帰れるよう……回復を……すること」 吸い込むのは其処彼処に存在するマナ、吐き出すのは聖なる神を顕す祝詞。その清らなる息吹が仲間達の傷を立ち所に癒していった。 「いやはや、ホリメの方の力は偉大ですなあ」 「エリスは……単なる……回復役……だから」 九十九の言葉に常の声、エリスの視線は扉へと向けられている。 強力な癒してのお陰で、傷はほぼ完治と言って良いだろう――『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)は息吹の余韻に絢堂の戦羽織を靡かせ、扉の前に立った。之を身に纏う時、其即ち己の剣の道を示す時也。愛剣・斬禍之剣を抜き放つ。 「王の名を冠するアザーバイドとついに決戦……だね。 あたしの剣と、命に懸けて。必ず、ここに討ち滅ぼす! さあ、行こう!」 剣士の鼓舞する凛々しい声に『エア肉食系』レイライン・エレアニック(BNE002137)は震えそうな――いや、実際震えている――手でバスタードソードを握り直した。前回、椿が覗いただけで倒れそうになっていた、王の間。 「……一体何が待ち受けてるというんじゃろうか」 正直、怖くないと言えば嘘になる。というか滅茶苦茶怖い。今も。さっきから。 「でも、放置する訳には行かぬ……覚悟を決めるのじゃ……!」 だからこそ耐えたのだ。荊に肌が切り裂かれるのも。お気に入りのゴシックドレスが破れてしまうのも。怖いのも。全部。 「行くとするかのう……!」 前へ。それが自分達の進路である。 ふ、と椿は紫煙を吐き――片方の手を小鬼の頭に乗せた。 「小鬼さんの初仕事、しっかり頑張ってうちが集中保てるよぉにしてな?」 主人の手にキーと喜ぶ小鬼に緩く微笑み――瞳の奥に覚悟を秘めて、その手に持つのは『エゴと秩序の作り手』。 「さて……未知への探求始めよか?」 そして――自らの手で、その扉を押し開けた。 重厚な音が10人を出迎える。 ●× 敢えて言うなら、混濁していた。 強いて言うなら、混乱していた。 そも、価値観から倫理観から文化から体の構造何もかもまでがすっかり異なるので、これを的確に示せる言葉なんて他の世界には無いだろう。 その為に生まれたので、そうあれかし、と。理由や意味なんて後付けに過ぎないのであろう。きっと。 ●スキライ 外観からはおよそ想像のつかぬ、広大な場所であった。一面は黒い荊に覆い尽され、仄明るい色に照らし渡されたその上空には大きな赤い薔薇の紋章が咲き誇っている。 そして、りべりすたの視線の先、正面。 周囲に兵隊を置き、玉座に座して、巨躯の王。物言わぬ王。荊に包まれたその奥底から――向けられるこれは、何と形容しようか。 嫌な、何か、『とても嫌な』。殺意や拒絶、そんな生易しいモノではない。背を伝う嫌な汗。根本的に原始的に、あまりにも分かり易い、されど言葉には出来ぬ――されど、颯爽と進み出る者がいた。翼のはためく音がした。 「約束通り来てやったわよ……覚悟なさい!」 王の間に響く久嶺の声。びしぃとつきつけるライフルの銃口。 その引き金に指が乗ったのと、王が悠然と立ち上がったのと、身体のギアを高めたりりすとレイラインが飛び出したのは全くの同時であった。 「仲間の下へは絶対に行かせん――行くぞよりりす!」 「はいはい、それじゃボチボチ頑張ろうか」 脚を切り裂く荊の痛みを脳の隅に、刃を抜き放つ。無言の王が翳す掌から荊の剣を作り出した。振り被るその正面、真っ先に間合いを詰めたのはりりすであった。リッパーズエッジ。無銘の太刀。どちらもかつてはフィクサードの手にあったもの。 サテ―― 此方に注意をむけてくれりゃ恩の字なのだが。 大きく薙ぎ払われた刃を潜り抜け、陰獣は鋭く王の背後へと回り込んだ。刹那、りりすの姿がブレる。生み出されたのは残像、それには剣を携えたレイラインの姿も入り混じっていた。 「纏めて薙ぎ払ってやるわい! 一網打尽じゃー!!」 同時に閃く幾つもの残像、音速の刃。王とその兵隊を鮮やかに切り裂いて。 二人の役目は王の足止めを行う事。 そして、その間に―― 「その玉座、落とさせて頂きます!」 放たれた弾丸の如く、舞姫が荊の中を一閃にかける。身体を裂く荊の棘。槍を振り抜いてくる荊兵の一撃を躱し、そのまま走るのは――逆算、仲間の動きと共に。おそらく次の一撃で倒してくれるだろう、と。 そして間に割り込まれぬよう零距離の零距離。振り上げる黒曜に速度を乗せて澱み無き連撃を玉座へと叩き込んだ。確実にダメージを。彼方に咲く王紋は気にかけず、先ずはこの玉座を落とす。王紋が王の傷を癒すのであれば、それを上回る火力で叩けばいいだけの話だ。 「纏めて凍りつきぃ!」 次いで椿がラヴ&ピースメーカーを天に向ける。小鬼が結ぶ印によって増幅された呪力がその銃口から放たれるや、魔を秘めた冷たい雨が一面に降り注いだ。それは玉座と荊の兵隊と仲間に絡み付こうとする荊を零度で苛み、王の背にも容赦なく振り落ちて行く。雨。 コマ送りの視界に映る雨は中々にオツなモノだ、と九十九は思った。戦闘音楽の響く戦場を見渡し、或いは顔面を叩こうと襲い掛かって来た荊を素早く回避し。ショットガンを構える。 「そこは危ないですぞ!」 目だけでは無い、卓越した聴力も駆使して把握するのは仲間全体の位置取り。鋭く声をかけたのは仲間が一列に並んでしまわぬように。散開した姿を見届けてホッと息を吐く――そのまま研ぎ澄ませるのは第六感。仲間の攻撃を受け止め聳える玉座を狙い定める。硬いらしいが、こんな時こそESPの出番なのである。 「……、」 が、流石に弱点までもが即座に分かる事は無いか。というか、何処も硬い? 「ふふふ……ならば気合だ!」 放つ弾丸は針の様に鋭い一撃。玉座に突き刺さり、傷を作った。 「おー、派手だねぇ~」 逸脱者のススメで襲い来る荊を切り裂き払い除け或いは裂かれ、葬識は集中を重ねつつ回り込んでいた。始まった激戦。誰しもの顔に大なり小なりの緊張が潜んでいる事を彼は知っていた。さて、自分も自分のお仕事を頑張らねば。友情努力勝利なのだ。 「そう簡単には行かないのかなぁ~やだなぁ~俺様ちゃん怪我するのとか好きじゃないのに~ゆるい仕事がいい~」 言いながらも脚は荊に傷付けられているのだから、何と言おうか。まぁ、アレだ。世界全て愛するものには殺戮を。己の命を黒い不吉な瘴気に変えて解き放つ。兵士を、玉座を攻撃する。 直後に鳴り響いたのは奇怪で不気味で心臓が絞め付けられるような、音楽。 心の底の得体の知れない何かを溢れさせるような。噴き出す冷や汗。 心を砕く衝撃に一寸の隙、痛みの茨が霧香の身体を切り裂いた。 「――ッく、」 今だと言わんばかりに脚へ絡みつこうとしてくる荊を獲物の一閃で斬り払い、息を吐いて、吸って、吐く。倒れない。まだだ。霧香は愛剣を構えた。真っ直ぐに構えた。 (大丈夫、痛くなんか、ない) 痛みで揺らがぬように、恐れぬように。 その剣が痛みに惑う事は無い。痛覚遮断。 (怖くなんかない、まだ戦える) 何を恐れる事がある。鼓膜の裏に響くのは己が心音だ。どくんどくんどくん――広く持った視界に兵隊の姿は既にない、仲間達の攻撃に打ち倒された様だ。歪みの王がこちらを標的にしていないのもりりすとレイラインの奮闘のお陰だろう。 ならば、一刻も早く。一寸でも早く。この玉座を落とさねばならぬ。 「せやァッ!」 幻影の剣で、一閃。動いた拍子にじわりと血が溢れる嫌な感覚を感じたが、同時にそれが立ち所に癒えてゆくのも感じる。 「福音よ、響け」 「優しき息吹よ……ここに」 小夜香の旋律が、エリスの詠唱が響き渡る。福音と微風が苦痛を拭い去り、その傷を塞いだ。 取り込むマナに加えエリスは自ら精神力を練り上げてゆく。燃費の心配は大きくは無い。大天使の書をその手に、エリスは戦場を冷静に見渡した――後衛なればこそ。見澄ます先の玉座の解析を試みる。 やはり、堅い。予言師の言葉に偽りは無い。だが、それでも無敵では無い事をハッキリと知る。 「ちゃんと……削れてるよ……この調子で、頑張って……」 「了解――さて、ガンガンいくわよ!」 血の滴る顔で久嶺はニィッと笑んだ。彼女だけ傷が癒えていないのは回復手のミスでもなければ久嶺のドジでもない。態と回復されない作戦。最大火力の為に。 問題なのは、『敵を倒す覚悟があるか否か』、なのである。そして久嶺にはそれがある。 「ちょっと横にずれてなさい! いくわよ……!」 この身に刻まれた痛みの数だけ、彼の者の罪は重い。それを裁く罪は重い。 さぁ、償うが良い。その身を以て。 「その偉そうな玉座、ぶっ壊してやるわ!」 ギルティドライブ。膨大な反動と共に絶対有罪の弾丸が銃口から放たれた。 それは一直線に玉座へ着弾し、巨大な罅をそれに刻み付ける。翼を翻して下から襲い掛かって来る荊を躱すや、再度銃口で狙い澄ませた。まだまだ。まだまだ。後少しならば一気に落としてやろう。 削れた玉座を見澄まし、刃を突き立て、舞姫は具に見澄ました。巨躯の王に見合う巨大な玉座。 アザーバイドとはいえ器物である以上――触れてみる。サイレントメモリー。刹那、雪崩れ込むのは記憶と言うよりは感情に近い何かだった。説明なんて出来ない。これは、これは。一体。 「……ッ、」 催した吐き気のまま吐き戻す前に手を離した。少なくとも分かった事は、『絶対に分かりあえない』だろう事。やらねばやられるとは正にこの事なのだろう、彼等にとって自分達は『赦し難き敵』なのだ。 「そうですか……」 その呟きは誰に向けてか。黒い一閃で薙ぎ払う。 王が手を動かすと、兵隊達が現れる。玉座を狙う者へ向かってゆく。彼方に咲く王紋が王の傷をジワリジワリと癒してゆく。 「手厳しいねぇ、全く」 「……まだいけるかえ?」 「うん、勿論ね。まだ足りないぐらいさ」 王の視線の先。蹌踉めきつそれでも運命を燃やして立ち上がるりりすとレイラインの姿があった。何と重い一撃か。足止めの代償。ズタズタに切り裂かれた傷が回復手達の詠唱で癒えていくのを感じつつ二人は王へ切っ先を突き付けた。下剋上。 「貴様の痛みになど……負けん!!」 動きを止めればこちらのものだと集中を研ぎ澄ませレイラインは王へと挑みかかった。轟、と一直に放たれる大槍に掠めただけで肌が肉が引き千切られる。直撃していたら容易くミンチになっていただろう。 「ちょっと止まって貰うぞよ!」 閃かせる澱み無き刺突で圧倒する。王の動きが止まったその瞬間、りりすは王の死角だと思われる所より強襲を仕掛けた。一手一手の攻防を丁寧に。まぁ、それをブチ壊すぐらいデタラメな強さを誇るのがこの王なのだけれども、なればこそ燃えるというものだ。二刀で一閃、更にもう一閃。更に加わるレイラインの一撃。 タフだろうが何だろうが、負けるものか。 「ちっ、また来おったか……! 一緒に頼むで、鬼人さん!」 玉座を壊させるものかと襲い来る兵士達を見据えて、椿は紫煙と共に舌打ちを一つ。同時に冷たい呪力を天に向け、打つ。氷の雨。 直後に雨の中を走り抜けたのは九十九が放ったスターライトシュートであった。玉座と兵を的確に穿つ。 「貫通弾に、範囲弾。くっくっく、私のショットガンは凄いでしょう?」 くるんと愛銃を回し、後衛の方へ行こうとする兵の前に立つ。回復手には手出しさせぬ。人外めいた滑らかな動きで兵の一撃を回避した。 「邪魔するな!」 「右に同~じ」 霧香が繰り出す数多もの残像が、葬識の黒い瘴気が、嵐の如く兵と玉座を切り裂いてゆく。椿の毒に蝕まれている玉座はすでにボロボロであった。あと一押し。 「神の炎よ、焼け!」 小夜香が翳す掌、そこから放たれる神々しくも厳かな閃光。それは兵士を、王を、そして――遂に玉座を、砕いた。 「――……」 王が、ゆらりと振り返る。何かを唱えれば刹那に響く不気味な音楽がリベリスタ達を襲った。拒絶。痛い。意識が歪みそうな。されど、されど――視界に映るのは、襲い来る荊の棘。そう言えば脚を裂く痛みにそろそろ慣れて来た、等と脳裏を過ぎる。 ●×× 拒絶拒絶拒絶拒絶rejectionrejectionrejectionrejection 歪んで歪んで歪み切って、苦痛と共に生きる事に疑いなんて一度も持った事など無い、無い、なんにもない。 ●棘のトゲのその先々 玉座を壊せば後は一気に王を攻めるのみ。王紋を放置すると決めたからこそ一気呵成。 凶悪極まりない槍の一撃の被害を減らすべくと取り囲む王は未だ、拒絶と苦痛と歪んだ力を振るい続けていた。先を燃やす者も出始め、熾烈を極める激戦の行方は未だ分からない。 脚を身体を荊が裂く。肌に赤が咲く。或いは絡み付くのを久嶺が注意を促し、エリスが破魔の光で焼き払い、傷は小夜香の歌が癒す。 垂れた血が黒い荊の中に落ちてゆく。思った以上に血達磨で逆に面白くなってきた、なんて。逸脱者のススメが錆びた軋み声で囁く。先を消費して、殺人鬼は死なないのだ。愛器を赤く染め上げて、只管痛みを与えてくる道を駆ける。振り上げる。高い命中精度の下に切り裂いた。刻み付けるは命を貪る赤い呪い。振り落とされた大剣を傷付きながらも受け流し、ニタッと口角を吊り上げる。 「傷が回復しないって怖いよね。でもさ、これって君が思う『痛みに歪んで、崩れ去れ。』ってやつじゃないの? 与えられる側にまわる気分はいかが~? 王様っ!」 出来る限り動き回る。飛び退いたのと同時、別方向から霧香とりりすが速度を刃に躍り掛かった。霧香が放つは見る物の視線を奪う様な瀟灑なる連撃、りりすが放つは目で追うのも困難な超速の強襲。更にもう一度。振り上げて――いきなり目前に現れた拒絶の城壁が。視界にフラッシュが瞬いた、様な。気が付けば全身をズタズタに刻まれて吹っ飛ばされていた。 「……っく」 効いた。りりすの咽から苦痛の声が漏れる。自分の事は自分が一番分かる、だから痛みに霞む視界に映る王の槍を見て――アレを喰らうと流石にヤバいかな。そう思って、しかし同時に視界がブレた、のは、レイラインが自分を突き飛ばしたからだ。 「~~ッ痛ぅ、……!」 直撃は免れる、されどその背中は。だが、倒れない。まだ倒れるわけにはいかない。 「わらわより先に倒れるのは許さぬからの!」 伸ばした手、掴む手、りりすを起き上がらせて。レイラインは睥睨する王を睨み返した。切っ先を突き付けて。 「おぬしの命運はここまでじゃ。この塔ごと消え去るがよいわー!!」 その言葉の直後であった。 久嶺の銃口から放たれたギルティドライブが召喚された城壁に直撃した。ダメージが返る。反動と共に久嶺へ。しかしその脅威なる火力はタダでは済まさなかった。砕く。ぶち壊す。城壁を。衝撃に王が蹌踉めく程に。 「ごほッ……どう? 効いたでしょ」 血を吐き、しかし笑う。受けるは最低限の治療。誰よりも傷が多いその身体。咥内に溜まった血の唾を燃やした運命と共に吐き捨てて。 「『やられたらやり返せ』って知ってる? 倍返ししてやるわ、ぶっ壊してあげる!!」 反動すらも恐れぬ覚悟。鋭い眼光 かくして王への『道』は拓かれた。 そしてこの時を誰もが待っていた。 「一気にいきますぞ!」 「とっておきや。避けてみぃ!」 九十九、椿が集中を重ねた弾丸を同時に放った。恐るべき命中精度の下強烈無比に突き刺さり、或いは王を呪い祟る。 「今日の俺様ちゃんは愛され系殺人鬼!」 葬識が刻み付けるは傷の癒えぬ呪い、王紋の効果を封じる唯一の方法。みんなの期待で英雄気分っていうのも、悪くない。 続々と。集中を重ねた猛攻。 「………、」 癒しの旋律を奏で――されどエリスは何とも形容し難い嫌な予感に襲われて、そのまま王の解析を試みる。視る。『視るな』。拒絶。どこまでも激しい敵対的な。殺意すらも飛び越えて。思わず目を閉ざす。大天使の書を握り締め、分かった事。この王は何がどうなろうと自分達を殺す心算なのだろう。息を吐いた。 遂に王が拘束を振り払う。 同時に滅曲、拒絶。 戦場中に響く痛み。強化術を砕く旋律。或いは、限界を迎えた者を頽れさせる脅威。 果たして視線が合った。王と。向けられたのは掌。椿と、舞姫へ。違和感に気付いた葬識の声、しかしそれを押し退ける様に二人の脳で響いたのは。 『痛みに歪んで、崩れ去れ』 「「!!」」 ガクン、と体から力が抜けた。血潮が迸った。例えば、臓物をごっそり持って行かれた様な感覚。 されど倒れない。舞姫は黒曜を地面に突き、己を消費して。辟邪鏡に傷だらけになりながらも凛然とした横顔が映る。 「荊の棘は拒絶の象徴――? 王よ、御身の真意はわかりません」 ですが――一気に飛び出す、手には刃。 「この世界を否定する存在であるならば……わたしたちが、絶対に倒してみせます!」 立ち塞がる者あれば、これを斬れ。 例え自分が傷だらけになろうとも守り抜いてみせる。決して折れないのは魂、刃、誓った信念。 斬り付けた一撃、あるいは百撃で王の動きを拘束する。 椿もまた、ラヴ&ピースメーカーの銃口を真っ直ぐ――王の眉間を狙って。 「まだや! まだ何かわかるはずや!!」 諦めない。放つ弾丸は猛毒を孕んで王の頭を仰け反らせた。激しい毒で彼の者を蝕む。 負けない。まだ戦えるから。 「ここで、負ける訳にはいかない……!」 纏う白をすっかり赤くして、霧香は真っ直ぐに吶喊した。 「例え剣が折れようと。心が折れない限りあたしは戦う! 前に、進む!」 剣の道の下、禍(わざわい)を斬る。助けたいもの、救いたいもの。 斬禍之剣が幻影を描き、鮮やかな一撃。 「さあさ、フィナーレの時間だよ、王様。君の命を奪おう、君の物語の最後は悲劇だ」 言葉通り、殺人鬼が放つのは奪命剣。 赤を刻んで王へ問う。放たれた大槍に自らも酷い傷を負いつつ、笑んで。 「何か伝えたい言葉はある? 聞くよ?」 その返事は――全てを拒絶する旋律。 誰しもに蓄積している酷いダメージ。危機的状況と言っても嘘ではないだろう。また倒れる者も現れて――倒れた者は九十九が急いで安全地帯へと運んで行く。ギリギリの線上、背水の陣。 だからこそ祈った。小夜香は十字架を抱き締めて、強く強く祈った。奇跡を。もう一度彼らに立ち上がる力を。分が悪いのは承知の上。 (それでももう目の前で誰も失いたくないのよ、私は) 目の前で失った大切な母親。 何も出来なかった、自分は無力だと――後悔だけの日々は、もう嫌だ。 この力は、自分は、誰かを護る為に。 「皆で無事に帰る。そのためにはなんだってするわ」 祈った。謳った。 黙示録に届かぬも――奇跡と呼ぶには相応しい、小夜香の『力』。 「癒しよ、あれ!」 顕現するは聖なる神の深き慈愛。吹き抜ける優しい息吹が苦痛にふらつく仲間達を包み込んだ。悉く傷を癒した。危険を拭い去った。 「さて、」 りりすは手の中でリッパーズエッジをくるんと回す。見遣る王。 「ダチの遊びに付き合うのも大変だけどな。どうせ殴られた事も、負けた事も無いんだろう」 落とされた剣を躱して、飛び越えて、振り上げる。ただし功を焦って雑くならないように。大事に大事に。 「だから教えてやるさ。この僕が」 命がけの付き合いってヤツも悪くない――血に塗れて、互いに苦痛を刻み合う。 切り裂いて、切り裂いて。薙ぎ払って、薙ぎ払われて。 そんなコミュニケーション。 きっともう、終わりが近い。 誰もかれも。 ならば、終わらせよう。この手で。この弾丸で。 「まだまだ」 久嶺は施条銃のスコープを覗き込んだ。これが最後の弾丸。くれてやる。 「アタシの弾(命)は残ってるわよ――喰らいなさい!」 引き金を引いた。絶対的有罪。断罪の魔弾。一直線。押し通す。反動の激痛。掠れる意識。 その中で見たのは――魔弾に貫かれ倒れ逝く王と、崩れゆく彼の世界だった。 ●××× 否定しか知らなかった。 ●夜明け 気が付くと周りには何も無く、まるで先までの激戦が嘘だったように感じる。 夜明けが近い薄明るい空に、広がる廃墟。水平線。それだけだった。 終わったのだ、と知る。 舞姫はそっと、かつて荊に覆われていた地面に触れてみた。サイレントメモリー……もう、前回の様な強い強い負の感情は無い。穏やかで、安らかで、静かで、まるで、ずっと目を閉ざしているかの様な。眠っている様な。 椿も第六感を研ぎ澄ませ、深淵の覗かんと試みる。何かしら分かるだろうか。何か見つかれば室長辺りが喜びそうだが。 「……」 否定の挙げ句、それは自らの居場所すらも否定し尽くして失ったのだろうか。等。深淵で拾い集めたパズルを直感で繋げてみただけなのだけれど。 「元の世界ではどんな存在だったのかしらね……」 傷を抱えて久嶺の呟き。本当に王だったのだろうか、或いは……全ては憶測にすぎないのだけれども。 何が残るのか、何も残らないのか。 「しかし、お互いに拒絶し合う事しか出来なかったのは何とも寂しい話でしたよな」 九十九は仮面の奥でふぅと息を吐く。せめて、と手向けに花を置いた。 直に迎えが来る。朝が来る。 踵を返すリベリスタの背中を――手向けられた花が、風に揺られつ見守っていた。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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