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愛されなかった子供たちのバラード

●子を見捨てた女の応報
 彼女にとっては、子供など最初からお荷物に過ぎなかった。
 妊娠したのだって、当時付き合っていた妻子ある男を結婚に踏み切らせるためで。
 それが叶わなかった以上、子供には何の価値も見出せなかった。
 男と別れた時、既に妊娠22週を過ぎており、選択肢が他になかったから生んだというだけだ。
 
 だから――子供が誘拐された時は、心底せいせいした。
 攫われた子供がどうなったかは知らない。
 自分の前に姿を現しさえしなければ、生きていようが死んでいようが、どうでも良かった。
 まだ自分は若い。これからの人生をずっと、あんな子供に縛られるのはまっぴらだ。
 
 今夜は、少し飲みすぎたかもしれない。良い男も捕まらず、どうにも面白くなかった。
 ふらつく足取りで、裏通りに入る。
 女が一人で歩くにはあまり良くない場所だが、彼女にとっては庭のようなものだ。

 しかし、真っ直ぐ伸びる道の向こうに見えたものが、彼女の足を止めさせた。

「……なによ、これ」

 めらめらと燃える、青白く巨大な鬼火。
 炎の表面には、いくつもの子供の顔が浮かんでは、しくしくと涙を流している。

 ――おかあさん。
 ――どうして、あたしといっしょにいてくれないの?
 ――なんで、ぼくをたたくの?

 鬼火に浮かぶ子供の顔が、口々に恨み言を吐いた。
 ひっ、と声にならない叫びが、彼女の喉から漏れる。

 彼女が後退りするよりも早く――放たれた炎が、その全身を焼き尽くした。




 自分の力を呪ったのは、これが初めてだった。
 どうして、俺にこんなものを視せたんだと、心の底から思う。

 あの子が死んで、まだ二月も経っちゃいない。
 それなのに。あの子を見捨てたあの女は、のうのうと生きていて。
 その上、あの女の救出を俺の口から皆に頼まなければならないだなんて。

 わかってる。罪を犯した俺に人の生き死にをどうこうする資格なんてない。
 あの子だって、きっとそんなことは望んでいない。
 でも――だからといって、許せるわけがないだろう。


 ――くそったれが。骨の髄まで呪われろ、畜生。


●捨てられた子供たちの叫び
「今回の任務はE・フォースの撃破。……そして、現場にいる一般人の救出だ」
 挨拶もそこそこに任務の説明を始めた『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、どこか異様な雰囲気を纏っていた。押し殺した表情からわずかに窺えるのは、怒気、だろうか。
「このE・フォースは、親に捨てられた、あるいは親に虐待を受けていた子供たちの思念が集まり、エリューション化したものだ。子供を大事にしない親や、親に深く愛された子供を優先して攻撃する性質がある」
 おそらくは、現場にいる一般人の女性を真っ先に狙ってくるだろう――そう言って、数史は言葉を続ける。
「名前は辻村乙香(つじむら・おとか)、20代後半の女性。以前は小さな子供がいたが、まともに育てちゃいなかった。……あげく、昨年の10月にその子が誘拐された時、躊躇うことなく見捨てている」
 もともと、彼女にとっては子供など邪魔者に過ぎなかったのだろう。
 子供がいなくなってからというもの、箍が外れたように奔放に遊び歩いているという。
「殺すなら好きにしろと、彼女は言った。本当に……あっさりと、実の子を見捨てたんだ」
 ファイルを握る数史の手に、力が篭った。
 さらに何かを言いかけて止め、大きく息を吐く。
 数瞬の沈黙の後、彼は再び口を開いた。
「E・フォースは、戦いになれば四体の小さなE・フォースを分離させて、合計五体で襲い掛かってくる。色々と厄介な能力も持っているから、女性を守るにはしっかり対策を練る必要があるだろう」
 ファイルを閉じて、数史は視線を伏せる。
「ここで倒せなかった場合、フェーズが進行する可能性は非常に高い。……どうか、気をつけて事にあたってくれ」
 俺からは以上だ、と言い残し。彼はブリーフィングルームを去っていった。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:宮橋輝  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 2人 ■シナリオ終了日時
 2012年03月07日(水)23:51
 宮橋輝(みやはし・ひかる)と申します。

●成功条件
 E・フォースの全滅
 辻村乙香の生存 

 双方を満たして成功となります。

●敵
 フェーズ2のE・フォース。
 実の親に捨てられた、あるいは虐待を受けた子供たちの思念が集まってエリューション化したもので、巨大な青白い鬼火に、いくつもの子供たちの顔が浮かび上がっています。
 
 戦闘開始直前にE・フォース(本体)から4体のE・フォース(小)が分離し、独自に行動を行います。
 (実際に戦闘行動を開始するのは1ターン目からです)

 いずれも『実の子供を虐げた親』や『親に愛されてきた子供』を優先的に狙う(かつ、攻撃力が上がる)傾向があり、逆に『子供を愛する親』『親に捨てられた、または虐げられた子供』などに対しては攻撃の手を緩めてきます(攻撃力が下がります)。
 (戦闘ルール上は、威力判定で算出した威力に+25%~-25%の増減を行います。その結果、クリーンヒットになったり、逆にクリーンヒットを免れたりする可能性もあります)

 上記の効果を狙う場合は、プレイングにキャラクターの家庭環境や家族に対する思いを記載して下さい。
 その内容によって、どちらの効果が発生するかを判断します。
 (ステータスシートも参照致しますが、プレイングに記載がない場合は数値の上で影響はしません) 

■E・フォース(本体)
 能力的にはHPと命中力、クリティカルに特に優れています。
 巨大な思念の塊のため、ブロックには2名が必要です。  

 【精神障壁】→神近範[重圧][ノックB]
   思念を物理的な障壁に変え、範囲内の対象を弾き飛ばします。  
 【憎悪の炎】→神遠単[獄炎][必殺][連]
   憎しみを込めた魔力の弾丸で対象一体を射抜き、激しい炎に包みます。
 【悲哀の叫び】→神遠全[猛毒][流血][不運][溜1]
   親に捨てられた悲しみを口々に叫び、全ての対象を蝕むと同時にさまざまな呪いを与えます。
     
 ※『麻痺無効』『呪い無効』と同等の能力を所持

■E・フォース(小)×4
 耐久力に劣りますが回避力が高めです。

 【呪いの一撃】→神近単[弱点][怒り]
   空中から襲い掛かり、対象一体の弱点を突いて攻撃します。
 【慟哭】→神遠単[麻痺](ダメージ0)
   悲しみを誘う泣き声により、対象一体の動きを封じます。 

 ※『飛行』のスキルと同等の能力を所持

●一般人・辻村乙香(つじむら・おとか)
 20代後半の女性。
 裕福な家の生まれで、惚れっぽく我儘な性格。
 仕事には就いておらず、両親から金銭的な援助を受けて何不自由ない暮らしをしています。

 昨年10月頃に幼い息子を誘拐されていますが、もともと育児放棄に近い状態であったため、躊躇いもせず子供を見捨てました。以来、子供の消息を気にかけることもなく、ひたすら遊び呆ける生活を続けています。

 理由を問わず、彼女が死亡した場合はシナリオは失敗となりますのでご注意ください。

●戦場
 繁華街の裏に位置する、廃ビルが立ち並んだ一帯。道幅は充分な広さがあります。
 時間帯は深夜であり、付近には乙香を除いて一般人の姿はありません。

 リベリスタが駆けつけた時、乙香とE・フォース(本体)の距離は約20メートルです。
 (乙香を庇うのは一行動で可能ですが、戦闘開始前の付与スキル使用は不可とします)

●補足
 拙作『さらば、短き夢の日々よ』とリンクしたシナリオになります。
 誘拐された乙香の子供とは、上記リプレイにて死亡したノーフェイス“タツミ”であり、彼を攫ったのが数史です。
 実の母親である乙香が子供をあっさり見捨てたことで、数史はタツミに情が移り、彼がエリューション化で命を落とすまで共に暮らしていました。

 上記の内容はまったく知らなくても今回のシナリオに支障ありませんし、逆にキャラクターとしてこれらの情報を知っていても問題はありません。
 (アークに報告書として残っているので、その気になれば調べるのは容易です)

 なお、数史に対するフォローは基本的に不要です。
 放っておいても自分で何とか折り合いをつけるでしょう。


 情報は以上となります。
 皆様のご参加を心よりお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
デュランダル
日下禰・真名(BNE000050)
クロスイージス
レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)
マグメイガス
小鳥遊・茉莉(BNE002647)
スターサジタリー
アシュリー・アディ(BNE002834)
スターサジタリー
黒須 櫂(BNE003252)
マグメイガス
明神 火流真(BNE003346)
ダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
マグメイガス
エウヘニア・ファンハールレム(BNE003603)
■サポート参加者 2人■
ホーリーメイガス
月杜・とら(BNE002285)
スターサジタリー
劉・星龍(BNE002481)

●求める心
 子供の顔を無数に浮かべた巨大な鬼火が、小さな鬼火を四つ生み出した。
 彼らは口々に恨み言を吐きながら、実の子を見捨てた母親――辻村乙香に迫る。
 声にならない叫びが乙香の喉から漏れた瞬間、彼女の前に一人の少女が立ち塞がった。

「こっちへ来て。貴女の安全は保障する」
 誰よりも速く保護に動いた『十字架の弾丸』黒須 櫂(BNE003252)が、乙香に退避を促す。
「……な、何よ。何なのよ一体」
 鬼火が出てきたかと思えば、次は武器を手にした集団が現れた。
 立て続けに起こった常識外の出来事に困惑する乙香の腕を取り、櫂は有無を言わさず彼女を戦場から引き離す。 
 敵に向けて全力で駆けた『夢幻の住人』日下禰・真名(BNE000050)と、『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)が、二人で巨大な鬼火を足止めした。
「はいはーい愛され系殺人鬼ちゃんですよー」
 いつも通りの軽い口調で言う葬識の耳に、鬼火たちの声が届く。

 ――パパ、どうしてあたしをぶつの?
 ――おなかすいたよ。おかあさん、はやくかえってきて。

 悲痛な子供たちの声を聞きながら、『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)は無言で集中を高めていく。常人を遥かに越えるレベルに高められた動体視力が、敵の動きをコマ送りに捉えた。
「実の親に捨てられたり、家庭内暴力、今風に言うとDVというやつですか」
 詠唱で体内の魔力を活性化させた小鳥遊・茉莉(BNE002647)が、幼子の心を宿したE・フォースを眺めて呟く。虐げられ、あるいは捨てられて、深い傷を心に負った――そういった思念の集合体が、今回の敵ということだ。
「……児童虐待に育児放棄、どこの国でも同じようなものはあるものね」
 元警官という肩書きを持つ『愛煙家』アシュリー・アディ(BNE002834)が、小さな鬼火の一体をブロックしながらボルトアクション方式の大口径狙撃銃“01AESR”を構える。その銃口から、幾つもの光弾が鬼火たちに放たれた。
「とらのママはとっても優しいよ☆」
 活性化した魔力を循環させながら小さな鬼火をブロックする『白詰草の花冠』月杜・とら(BNE002285)が、鬼火たちの気を惹くべく、彼らに語りかける。
「いつもとらにお歌を歌ってくれるんだよ、いいでしょ♪」 
 実のところは、“ママ”も彼女の中に存在する人格の一人。しかし、子供の心を持つ鬼火たちにそれを判断する術はない。青白い炎が、怒りに震えるように揺れた。
「サイテーな親ね。……ま、どんな人であれ殺させるわけにはいかないから守るわよ」
 子を見捨てた乙香を横目に見て眉を寄せる『抗いし騎士』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)が、本体を抑えに回った二人と後衛たちの間に立ち、小さな鬼火の前に立ち塞がる。
 彼女はE・フォースの本体を真っ直ぐに見据え、強い意志とともに十字の光を放った。
「貴方達の憎しみも哀しみも全部受け止めてあげるから! 撃ち込んできなさいよ! 遠慮なく!」
 光に射抜かれ、鬼火の表面に浮かび上がる子供たちの顔が怒りの色に染まる。
 憎しみを込めた弾丸がレナーテを撃ったが、噴き上がった炎が彼女の身を焼くことはなかった。 
「――さあて、始めるとしようか」
 長い白髪に幾本もの色糸を絡ませた『野良魔女』エウヘニア・ファンハールレム(BNE003603)が、詠唱により自らの魔力を活性化させる。強力に増幅された力が身体を駆けめぐる感覚、それが心地良い。
 リベリスタ達の頭上を越えて乙香を追おうとした鬼火に向けて、明神 火流真(BNE003346)が声を放った。
「オレは幸せな家族に生まれて、沢山愛されて育ってきた」
 父と母、四人の兄弟姉妹と暮らす彼は、まさしく、子供たちが得られなかった愛を一身に受ける存在。
 嫉妬を露にする鬼火をブロックし、火流真は体内の魔力を増幅させる。
 彼は櫂に腕を引かれる乙香を不愉快そうに一瞥した後、さらに声を張り上げた。
「オレが憎いか! 憎いならオレを殺してみやがれ、クソガキども!」

●愛の定義
 小さな鬼火たちは、眼前のリベリスタ達に攻撃を加えながらも、乙香に視線を向ける。
 自分を追おうとする鬼火たちがリベリスタ達に阻まれるのを見て、彼女はヒステリックな声を上げた。

「何なのよ、あいつら……アレは一体何なの!? どうして私を……」

 櫂に腕を引かれて走る乙香に、エウヘニアが「そりゃあ当然だろう」と肩越しに声をかける。
「何時だって子供は親を慕い縋るものさ。身に覚えがあるだろう、あんたにとっちゃ『嫌になる程』にね」
「な、何よ。知ったような事言って……!」
 細い眉を吊り上げ、反論を口にする乙香の腕を、櫂が強く引いた。 
 彼女が今回の任務を請けたのは、勿論、手が空いていたからということもあるが、もう一つ理由がある。  

 辻村乙香――この女は、櫂が以前に戦ったノーフェイス“タツミ”の母だ。
 タツミを誘拐した張本人であり、同時に保護者代わりでもあった黒翼のフォーチュナは、その事実をはっきりと口にすることはなかったが、彼の様子を見れば分かる。

(あの事件以来、ずっと確かめたかった。ほんの少しでもタツミに対して情はあったのかと)

 乙香の顔立ちは、櫂の知るタツミと確かに面影が似ていた。
 しかし、この期に及んで己だけを気にかける彼女からは、タツミへの愛情はおろか、実の子を見捨てたことに対する罪悪感すら感じられない。

 敵を乙香から引き離すべく、真名が全身のエネルギーを込めた両手の爪を振るい、E・フォースの本体である巨大な鬼火を吹き飛ばす。しくしくと泣きながら恨み言を口にする子供の声を聞き、彼女は微かに眉を寄せた。
「子供の泣き声は嫌いなのよ……あの子を思い出すから」
 高速詠唱を得手とする茉莉が、己の血液を媒介にした黒鎖を即座に実体化させる。一度に放たれた幾本もの鎖が濁流の如く襲い掛かり、小さな鬼火たちの半数を絡め取った。
 茉莉は、乙香に対しては特に何の感情もおぼえない。外見よりもずっと長く生きてきた彼女は、育児放棄という問題が昔から存在していることを知っていたし、それは自分のような第三者が首を突っ込むべきではないとも思う。
 ただ、乙香がリベリスタとして守るべき対象であることは確かだった。

 鬼火の呪いによる怒りから自力で回復したアシュリーが、驚異的な集中で射撃手としての感覚を研ぎ澄ませる。
 自分が警官になろうとした時。凶悪犯の追跡中に重傷を負ってフェイトを得た後、警官をやめて今の道に進んだ時。
 家族には心配されたし、反対もされたけれど――最後は、自分の選んだ道を尊重して送り出してくれた。
 面と向かって言うつもりはないけれど、家族には感謝している。

 ――みんなにはやさしいママがいるのに、どうしてぼくにはいないの?

 アシュリーの眼前で、鬼火に浮かんだ子供の顔が血の涙を流した。
 吹き飛ばされた鬼火を追い、闇の衣を纏いながら、葬識はふと思う。愛する母を殺した自分は、果たして鬼火に宿る子供たちの目にどう映るのか。眼前の鬼火はレナーテへの怒りに囚われたまま、それを確かめることは叶わないけれど。 
(愛するものほど殺したくなる殺人鬼としては放置なんて信じれないよ)
 端整な顔の右半分に真っ直ぐ走る、引っ掻いたような火傷の痕に触れつつ、葬識は薄い笑みを浮かべた。
 あの人が恨みをこめて残してくれたこの火傷の痕は、何よりも大切な宝物だ。

 鬼火が放つ呪いの直撃を免れたレナーテが、神々しい光で仲間達の怒りや麻痺を払う。直後、怒り狂う巨大な鬼火が、彼女に憎しみの弾丸を放った。
 絶対命中(クリティカル)から叩き込まれた弾丸が、レナーテの厚い防御すら素通しにして彼女の脇腹を深くえぐり、連撃の二発目が右肩を掠める。しかし、彼女はなおも、鬼火の怒りを煽るべく声を張り上げた。
「うちの親から貰った身体は、そんな柔じゃないわよ!」
 燃え盛る炎はレナーテの肌を焦がすことなく、傷口から流れ落ちる血は彼女の戦意を些かも揺らがせない。
 櫂に連れられた乙香が、鬼火たちの攻撃が届かない距離まで逃れたのを確認した後、エウヘニアが攻勢に転じた。詠唱により展開した魔方陣から魔力の弾丸を放ち、鬼火の本体を撃つ。続けて、火流真が四色の魔光を繰り、追い打ちをかけた。
 怒り狂い、泣き叫び、恨み言を吐き続ける子供たちの思念を見て、火流真は思わず眉を寄せる。
 自分で言うのも何だが、家庭環境としてはとても恵まれていると思う。だからこそ、彼は辻村乙香という女を許せない。
(――自分の子供、家族をあっさり見捨てるだなんてふざけんな)
 任務だから、あんな女でも助けるのは仕方がない。でも、このままでは腹の虫が治まらないのも確かだ。 
 乙香を見失った小さな鬼火たちが、家族に愛された者への嫉妬に狂って暴れまわる。

「自分の子供は愛せない、愛しているのは自分だけ。ものの見事なロクデナシ――」
 とどのつまり、理性を脱ぎ捨てた人間なんてそんなもの。
 詠うように、そう口にして。真名は巨大な鬼火に牙を立て、精を喰らった。
 アシュリーと星龍が放つ光の弾丸が流星のごとく戦場を奔り、溜めの動作を必要としない茉莉の黒鎖が濁流の勢いをもって全てを呑み込む。絶え間ない攻撃に晒され、小さな鬼火たちは次々に撃ち倒されていった。


 乙香を安全な場所まで逃がした後、櫂は彼女の腕を離した。
「何なの、本当に……まったく酷い日だわ」
 自分の命を救った櫂に礼の一言もなく、乙香は足早に走り去っていく。
 櫂は無言でそれを見送った後、仲間達の待つ戦場に戻るべく踵を返した。

(私は母に愛されたかった。何時までも来ない母を、ずっと待っている――) 

 捨てられたのだと自覚したのは、つい最近だけれど。
 それでもまだ、自分は希望を捨てられていないのかもしれない。

「……馬鹿みたいだわ」

 自嘲の呟きが、櫂の唇から漏れる。

●叫ぶ子供
 レナーテの輝かせる神聖な光が、鬼火の呪いに囚われた仲間達を解放する。癒しの福音が響き渡る中、葬識が暗黒の魔力を込めた大鋏で巨大な鬼火を切り裂いた。
 歪で禍々しいその武器は、ハンドルの付いた剣に、彼が殺した母親のナイフを螺子で固定したもの。
 “愛するものには殺戮を”――それが、葬識の愛情。
  
 周囲に魔方陣を展開しながら、エウヘニアはこの場から逃れた乙香の後ろ姿を脳裏に思い描いた。
 古今東西、子を捨てる親など掃いて捨てる程いる。長い年月を生きてきた彼女は、それ自体を責め立てられるほど純真ではなかった。
(そういうのは若い子に任せるとして、成すべき事をするとしよう――)
 魔方陣から放たれた魔力の弾丸が、ただ一体残された鬼火の本体を穿った。

 乙香の保護から戻った櫂が、“神鷹”と銘打たれた自動拳銃のトリガーを絞り、鬼火を撃ち抜く。
 つまらなさそうな表情を崩さぬ真名が、再び牙を立てて精を啜った。
 千丁に一丁と言われる命中精度を誇る“ワン・オブ・サウザンド”を構えた星龍が、己の魔力と意志で生み出した弾丸をそこに放つ。
 貧民街で孤児として育った彼は、親の顔など知らない。
(まあ、人にはそれぞれ色々と事情がありますから、何も言いませんが……) 

 黒き魔力の大鎌を召喚する茉莉もまた、己の家庭環境を思い起こしていた。
 十六歳の時に革醒した彼女は、肉体的成長が止まったがゆえに親元に留まることが出来なくなった。 
 それまでは、ごく普通の家庭で、ごく普通の生活を営んでいたはずだが――家を出て以来、両親を始めとする家族とは一度も会っていない。かつて家族が住んでいた場所には今、彼女を知らぬ彼女の親戚が住んでいる。
 そんな自分を、茉莉は“有り触れた存在”と称していた。
 
 ようやく怒りから覚めた鬼火が、憎しみや悲しみを己の裡に溜め込むようにして力を高めていく。
 それを察知した葬識が、仲間達に攻撃を促した。
「痛いの来る前にけずらないとねっ」
 率先して、暗黒の魔力による一撃を加える。
 アシュリーの早撃ちに続き、レナーテが十字の光で再び鬼火を射抜いた。
 わずかに狙いを逸らされ、再び怒りに誘うことは出来なかったが、それでもダメージは入る。

(今思えば、恵まれてたんでしょうね)

 レナーテの親は、彼女がやりたい事があればやらせてくれた。
 怒られる事もあったけれど、褒めてくれる事も多かったし、それが嬉しくてやったことも色々とあった気がする。
 だからこそ、小さい頃は子供を虐める親がいるなんて思ってもみなかった。

 とめどなく血の涙を流し、恨みをひたすら己の身に取り込んでいく鬼火を、エウヘニアの魔弾が穿つ。
 このタイミングで集中を高めていた火流真が四属性の魔力を巧みに操り、四色の魔光で立て続けに鬼火を貫いた。
 真名が、己の闘気を込めた両手の爪で、そこに追い打ちを加える。

 革醒した自分を実験に用いた父は、超人になりたかったらしい。
 母と結婚したのも、祖先に革醒者が居たから。

(そこに愛は、あったのかしらね? 私は血と肉の痛みしかついぞ感じなかったけれど)

 ――ママ。――ひどいよ。――ぶたないで。――おなかがすいた。――かえってきて。
 ――やめて。――おとうさん。――いたいよ。――きらい。――どうして。

 リベリスタ達の集中攻撃を耐え抜いた鬼火が、己の内に溜め込んだ呪いを一度に解き放つ。
 

『『『パパ(おとうさん)も、おかあさん(ママ)も、みんな――みんな死んでしまえ!』』』


 無数の子供たちの声が、一つの叫びとなってリベリスタ達を襲った。
 呪いが猛毒と化して全身を蝕み、毛細血管を破裂させる。
 そのダメージは決して軽いものではなかったが、神秘防御において極端に脆い者がいなかったことが幸いした。
 ギリギリで踏み止まったエウヘニアの傷を、アシュリーが癒しの符で塞ぐ。とらの詠唱が“聖なる神”の息吹を具現化させ、仲間達の全員に癒しをもたらした。

 暗黒の魔力を込めた大鋏の一撃が、強き意志を秘めた十字の光が、四色の魔力が奏でる光の乱舞が、反撃とばかりに巨大な鬼火へと叩き込まれる。
(……ごめんね)
 子供たちの思念が放つ呪詛に飲み込まれぬよう、冷静であることを己に言い聞かせて。
 櫂が、貫通力を高めた魔力の弾丸を放った。

「捨てた者の代わりに愛するとかはできないけれど――」
 アシュリーの“01AESR”の銃口が、鬼火の中心に狙いを定める。
「せめて、神の身許で安らかに眠れるようにしてあげないとね」
 放たれた一発の弾丸が、愛されなかった子供たちの憎しみに幕を引いた。

●血と水
 鬼火の消滅を確認した後、アシュリーは煙草を取り出し、それに火を点けた。
 紫煙をくゆらせつつ、胸中で十字を切る。

 レナーテと火流真は乙香を急いで追ったが、既に繁華街に出てしまったのか、彼女の足取りは掴めなかった。
「子供はモノじゃないのよ……」
 平手打ちの一発も食らわせてやりたかったと、レナーテは悔しげに拳を握る。
 火流真も、乙香には言ってやりたいことが山ほどあった。
 家族は、ただ一緒に暮らすだけ、血の繋がりがあるだけの存在ではない。
 乙香が見捨てた子供にとって、彼女はただ一人の親だったのに。
 それがわからないなら、親どころかマトモな人間ですらない。そんな奴は、死んでしまえとすら思う。

「……あー、早く帰って父さんや母さん、禾那香の顔が見たいな」
 やりきれない思いで呟く火流真の傍らで、エウヘニアは乙香の表情と言葉を思い返していた。
 記憶に刻み、後で記録に残しておくために。

「それにしても、奥地さんにしては苦い思い出を刺激するお話になりましたね」
 茉莉が、自分達にこの仕事を依頼した黒翼のフォーチュナの心境を思う。
 その言葉に、葬識は出発前に数史と交わしたやりとりを思い出した。

 親は子供を愛してこそでしょ? 愛は世界を救うよ、命は地球より大事なんだ。
 ――そうは思わない? 奥地ちゃん。

 俺も、そう思うよ――。
 ただ一言、彼はそう答えた。

 人間は、産むだけで子供の親になれるわけではないと、櫂は思う。
 乙香はとうとう、息子の――タツミの死を知ることなく、彼に情を示すこともなかった。
 子供を道具扱いする、そんな身勝手な人間が親だとは思わないし、思いたくもない。
 でも。櫂はタツミの『本当の親』を知っている。ちょっと頼りないけど、一生懸命で優しい人。

(そうよね……奥地)

 数史がそれを聞いたら、彼は笑うだろうか、それとも泣くだろうか。

●夢幻の応報
 乙香は、飲み直そうと再び繁華街を歩いていた。
「散々な日だったわ……」
 溜め息をつく彼女の前に、薄い笑みを湛えた真名が立つ。
 彼女の千里眼をもってすれば、乙香を見つけるのは容易い。
「あ、あんたはさっきの……!」
 思わず後退る乙香に詰め寄り、真名は魔眼で彼女の瞳を覗き込んだ。
 それは、生汚く生きている女に対する、ちょっとした趣味嗜好。
 
 視界の隅に、己が捨てた子の姿を見るように。
 目を閉じても、微かな子の声が聞こえるように。
 その影に、一生、一生付きまとわれるように。

「もしも心から悔いる事があるなら、子供は見えなくなるかもね?」

 呆然と立ち尽くす乙香に向け、真名はさらに言葉を重ねる。

「それと、今日起きた事は忘れなさいな。……血を吸う鬼との、約束よ?」

 く、ふ、ふ、ふ、ふ……。
 残酷な含み笑いが、まだ明けぬ夜の中に吸い込まれていった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
数史「……お疲れさん、無事で何よりだ。
    その……いや、何でもない。ゆっくり休んで、次の仕事に備えてくれ」

 戦闘では、序盤のジャスティスキャノンでE・フォース本体の攻撃目標がレナーテさんに固定されたのが敵側にとって痛かったです。
 回復が厚かったこともあり、リベリスタ側には目立った被害もなく終わりました。

 それにしても、ここまで救出し甲斐のない救出対象もそうそう居なかった気がします。
 彼女が今後どういう道を辿るかは、皆様のご想像にお任せ、ということで。

 数史にもお気遣いをいただきまして、ありがとうございました。
 ご参加いただきました皆様には、心より感謝申し上げます。お疲れ様でした。