●心臓も、魂すらも あれほど慈しんだ小さな命は、呆気なく自分の手からすり抜けてしまった。 どうして、もっと注意して見ておかなかったのか。 どうして、守ってやれなかったのか。 母親失格だと世間から後ろ指をさされる以前に、誰よりも自分が自分を許せなくて。 救いを求めて、わたしは『カナエサマ』のご利益にすがった。 どうか、あの子をお救いください。 願いを叶えてくださるのでしたら、わたしはどうなっても構いません――。 昼も夜も、わたしは『カナエサマ』に祈り続けた。 そして、この日――とうとう、『カナエサマ』がわたしに語りかけた。 ――お前が心臓を差し出すなら、子供をこの世に蘇らせてやろう。 わたしは、一も二もなく頷いた。 『カナエサマ』から五本の黒い指が伸び、わたしの胸を貫く。 真っ赤に染まる視界と、薄れる意識の中で。 わたしはただ、愛しいあの子の顔を思い浮かべていた。 ●叶わぬ願いと知りつつも 「……よく集まってくれた。これから任務の説明を始めるが、今回は既に犠牲者が一人確定している。まず、それを覚えておいてほしい」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、沈痛な面持ちでリベリスタ達に語りかけた。 「撃破対象はフェーズ2のE・ゴーレムとE・アンデッドが一体ずつ。現場には他に、三十代半ばの女性の遺体が倒れているんだが……E・アンデッドは、彼女の心臓からE・ゴーレムによって生み出されたものだ」 E・アンデッドと言っても、ほとんど肉の塊に過ぎない。それを無理矢理こねて膨らませ、人間の――それも子供の形に仕立てたのだという。 「この女性だが、少し前に子供を亡くしている。母ひとり子ひとりの家庭だったし、彼女の不注意による事故だったから、随分と自分を責めていたらしい」 そして――彼女は救いを求めて、ある新興宗教にのめりこんだ。 「この新興宗教そのものは、よくあるインチキで信者から金をせしめるようなところで、神秘とは何の関わりもない。しかし……この教団が女性に売りつけた怪しげな彫像が、E・ゴーレムになった」 しかも、相当に性質が悪い。死んだ子を取り戻したいという女性の願いを叶えるふりをして彼女の心臓を奪い、それをE・アンデッドに仕立てたのだから。 「どこをどう急いだとしても、皆が現場に辿り着くのは女性が殺された後になる。彼女の死と、E・アンデッドの発生を防ぐことはできない」 さらに被害が拡大する前に、E・ゴーレムとE・アンデッドを倒して欲しい――と告げた後、数史は手の中のファイルを見詰めながら再び口を開いた。 「死んだ人間を生き返らせるなんてのは、どだい無理な話だ。そんなことは誰でも知ってる」 そう言って言葉を続ける彼の口調は、苦い。 「だが、それでも――自分の全てを賭けてでも、失った誰かを取り戻したいと願う。そんな人間も中にはいるんだよ、実際にな」 胸ポケットのサングラスに触れながら、数史は余計なお喋りが過ぎたな、と視線を落とした。 「……説明は以上だ。どうか、気をつけて行ってきてくれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月01日(木)23:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●密室の中で マンションの廊下は、不気味なほどに静まり返っていた。 一番奥に位置する部屋のドアを前に、八人のリベリスタが立つ。 この中には、二体のエリューションと、生きながら心臓を抜かれた女性の遺体があるはずだった。 血の臭いを防ぐため、マスクで鼻と口を覆った『√3』一条・玄弥(BNE003422)が、「完璧な変質者でさぁ」と独特の含み笑いを漏らす。 周囲に人の姿はなく、今回は一般人の目を気にする必要はない。しかし、仮に目撃されていたとしたら、どう好意的に解釈しても不審者扱いは免れなかっただろう。 部屋に突入する順番を確認すべく、『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)が仲間達に声をかける。短い打ち合わせが済んだ後、リベリスタ達は一斉に自らの力を高めていった。 前衛を務める仲間達の後についた『宵歌い』ロマネ・エレギナ(BNE002717)が、脳の伝達処理を向上させる。『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)が、“相棒”たるサタデーナイトスペシャルを構えて見得を切った。 「命の代償は命。等価交換とはよく言ったものだ」 続けて、『足らずの』晦 烏(BNE002858)が、詠うように撰集抄の一節を口にする。 「無何、おなしくうき世を厭華月のなさけをもわきまへらんとも恋しく覚し」 それは、西行法師の逸話。 修行中に人が恋しくなり、友を求めた彼は、人骨を集めて反魂の術を行ったとされている。 結果は――語るまでもない。人が人を作るなど、到底不可能なのだ。 まして、死者を蘇らせるなど。 「さて、『カナエサマ』とやらと、ご対面といこうか」 自らを集中領域に高め、眼鏡の位置を上げた『微睡みの眠り姫』氷雨・那雪(BNE000463)が、普段の眠たげな表情から一転して鋭い雰囲気を纏う。両腕にガントレットを装着した『白虎ガール』片倉 彩(BNE001528)と、全身を防御のオーラに包んだ『リピートキラー』ステイシィ・M・ステイシス(BNE001651)の二人を先頭にして、リベリスタ達は室内へと雪崩れ込んだ。 ●偽りの神が齎したもの 部屋に踏み込んだリベリスタ達が見たのは、壁際の棚の前に浮いている奇怪な彫像『カナエサマ』と、赤黒い血を滴らせた肉の塊――そして、その前でうつ伏せに倒れている女性の遺体だった。 倒れた女性を中心に、夥しい量の鮮血が水溜りのように広がっている。それを視界に留めたステイシィに、空中から飛来した肉の塊が体当たりを食らわせた。 運を封じられ、防御の体勢を崩されながら、ステイシィは自分に攻撃を仕掛けてきた肉の塊を見る。間近で眺めて、ようやく子供の形らしき輪郭が分かる程度のグロテスクな肉塊。心臓を捧げた女性は、決してこんな物を望みはしなかっただろう。 女性の遺体を踏まないよう、壁を足場に駆けた彩が『カナエサマ』の前に立つ。抑え役が『カナエサマ』をブロックする間、肉塊のE・アンデッドに攻撃を集中して倒すというのがリベリスタ達の作戦だった。 「ほな一発いくっでぇ!」 敵を惑わす闇の衣を纏った玄弥が、己の生命力を糧に暗黒の瘴気を撃ち出す。 それは『カナエサマ』とE・アンデッド、そして女性の遺体をも巻き込み、身を蝕んでいった。 玄弥は元より、一般人の遺体などに興味はない。彼が意図的に遺体を攻撃対象に含めたことに気付き、仲間達の何人かが眉を顰めたが、玄弥はまったくお構いなしだった。全体としても、戦いの妨げになるなら遺体の損壊もやむなし、という方針ではあったのだが――。 福松が、これ以上女性の遺体を傷つけないよう、そして敵に接近する仲間達を誤射しないよう、己の位置を慎重に定める。 「見知らぬ母よ、貴女の愛には感服する。だが、時は逆しまには還らん」 せめて安らかに眠れるよう、いるか分からん神に祈るくらいはさせて貰おう――。 手に構えた“相棒”のトリガーを絞り、E・アンデッドの頭にあたる部位を撃ち抜く。那雪が、女性の遺体と、彼女の願いの結果たるE・アンデッドを眼鏡越しに見た。 (純粋な願いが、こうも歪むとはな……) ひたすらに呪いを振りまくだけの、醜悪でグロテスクな肉の塊。そこに、子供の面影は微塵もない。 本来ならば叶うはずのない願い。皮肉な結果になるとわかっていても、僅かな望みに縋る人は消えないのだろう。 ならば――。 「これ以上犠牲者が増える前に、処断するのみだ」 那雪の全身から、幾本もの輝くオーラの糸が伸びる。真っ直ぐ『カナエサマ』とE・アンデッドに向かったそれは、彼らの弱点を次々に貫いた。お返しとばかり、『カナエサマ』が黒い後光をを放つ。 回避に優れる彩と那雪、玄弥は直撃を免れたものの、残りの全員が禍々しい呪いと猛毒に侵された。 呪いに全身を蝕まれながらライフルを構えるロマネが、顔を覆うベール越しにE・アンデッドに狙いを定める。 「子にも為れない屍が、動き回るものじゃありませんわ」 殺意を秘めた不可視の弾丸が、子供になり損なった肉塊を過たずに射抜いた。烏のショットガンから放たれる散弾が、それを追い撃つ。 かの西行法師が求めたのは歌を詠む友だったが、親であり子を求める心は如何ばかりのものなのか――。 「何時の世も喰い物にされるは弱きモノ、なんともはや業だねぇ」 戦いの中でも絶やさぬ紫煙とともに、そんな呟きが漏れた。 両腕でガードを固めながらE・アンデッドに駆け寄った涼子が、その前に倒れている女性の遺体を足に引っかけ、後方へと弾き飛ばす。足元の遺体を気にして戦えるほど器用ではないから、巻き込まないためにはこうするより他にない。 (むかつくから。悲しんで苦しんで死んで、まだどうかなるなんてさ――) 自分の方に転がってきた女性の遺体を背に庇うようにして、ステイシィが前に出る。戦いが最優先とはいえ、遺体をこれ以上傷つけるのは、どうにも寝覚めが悪い。『カナエサマ』をブロックする彩の様子を気にかけながら、彼女はブレイクフィアーで仲間達の毒と呪いを払った。 (人の形を為さず、意思もない……か) 気糸に撃たれ、明らかに速度を鈍らせたE・アンデッドを、那雪が紫色の瞳で見つめる。 赤黒い血液を滴らせるそれは、ただの呪いを秘めた肉の塊に過ぎなかった。 「……ならば、偽りの生を止めるが親切。そうだろう?」 煌くオーラの軌跡を残して、気糸が再び襲い掛かる。立て続けに弾丸や気糸に貫かれた人型の肉塊は、既にどこが顔であるかも判別できなかったが――ぱっくりと開いた肉の隙間から、おぞましい呪いの言葉を吐き出した。 「だまれこんボケがぁ!」 リベリスタ達の半数が呪いに呑まれる中、直撃を免れた玄弥が罵声を浴びせる。息苦しくなったのか、マスクは既に外していた。 「うるせえッ! 呪いはテメェだけが抱えて地獄に落ちろッ!!」 負けじと声を張り上げた福松が、早撃ちでE・アンデッドの“口”を塞ぐ。 「母の愛の産物にしては、お前は醜悪すぎる」 その後を追うように、玄弥の暗黒の瘴気がE・アンデッドと『カナエサマ』を包み込んだ。 宙を浮く『カナエサマ』を抑えるべく、天井や壁を足場にしながら防御を固める彩に、『カナエサマ』の漆黒の指が伸びる。胸元を抉ろうとする五本の指を手甲で払いのけた直後、呪いを孕んだ黒き後光が襲った。 いかに彩が注意を惹こうと、全体攻撃を繰り出されては仲間達の被害を防ぐことは不可能だ。じくじくと全身を蝕む呪いに耐えながら、ロマネが不可視の殺意で肉塊を射抜き、烏が散弾を浴びせていく。 涼子が、E・アンデッドに向けて大きく踏み込んだ。彼女もまた呪いに侵されていたが、E・アンデッドの死角に回り込んでいたおかげで、肉塊が放つ呪詛の影響は受けていない。 息がかかるほどの近さまで距離を詰め、無数の傷に塗れた中折れ式単発銃を拳に強く握りこむ。 「家族がいなくなれば、どうしたって取りもどしたくなるもの、なのかな」 背後からE・アンデッドの首を目掛けて、涼子は銃を握る拳を振り抜いた。 ――わたしはどうだったっけ。 考えることは得意じゃない。 思い出すより前に、血塗れの肉塊が床に叩きつけられる。 ひくひくと蠢いた後、それは力尽きて動かなくなった。 ●届かぬ願いに手を伸ばし ただの死肉に戻ったE・アンデッドを視界の端に映して、ステイシィが穢れを払う光を放つ。 「望み叶え給え、か。貴方が神様なのだと言うなら、ステイシィさんをバラバラにしてもらえますかねい?」 愛する人の手でバラバラにされる、それが彼女の夢。 しかし、ステイシィの方を向いた『カナエサマ』は、ただ、ぽっかりと開いた二つの目で彼女を凝視するのみで。真っ黒な闇が渦巻く瞳からは、底なしの悪意しか感じられなかった。 「どうして、救いを求める人に手を差し伸べるのは邪悪な存在の方が多いのでしょうね」 『カナエサマ』のブロックを続行しながら集中を高める彩が、小さな溜め息を漏らす。彼女の体から数センチ先を掠めるようにして玄弥の魔閃光が『カナエサマ』を捉え、ロマネの不可視の弾丸が後を追うように撃ちこまれた。 しかし、いずれもわずかに浅い。回避力の高い相手に直撃を浴びせるには、集中が必要か。 「なるほど……小さい上にちょこまかと動く……か。だが、私の糸から逃れられるかな?」 その様子を見た那雪が、自らの全身からオーラの糸を紡いで放つ。メンバーの中でも屈指の命中力を誇る彼女の気糸は、『カナエサマ』の回避行動のさらに上をいき、脆い部分を的確に撃ち抜いていった。 直後、『カナエサマ』が黒い光を帯びたのを見て、那雪は仲間達に警告を飛ばす。 部屋中を包み込む呪いの後光から逃れるべく、玄弥は床に伏せた。 「銭のため、銭のため、銭のため」 己が最も重んじるものを唱え、呪いに負けぬよう意識を保つ。 度重なる呪いで体力を削られつつある烏が、集中を高めながら室内をぐるりと見回した。 (――最悪、第二弾もあり得るかも知れないんでな) ペットを飼っていたという話は聞いていないが、もとは小さな子供がいた家だ。 子供を失った悲しみを癒すためにペットを迎えたという可能性も含めて、ありえない話ではないだろう。 仮にペットがいるなら、『カナエサマ』に心臓を抜かれる前に守る必要があるが……幸いというべきか、他に生き物の姿は見当たらなかった。 ステイシィのブレイクフィアーが仲間にかけられた呪いを打ち破る中、彩が充分な集中から拳を繰り出す。 冷気を纏った一撃が『カナエサマ』の芯を捉え、その体表を瞬く間に凍りつかせた。 動きを封じられ、じたばたと見苦しくもがく『カナエサマ』に気糸で追撃を加えながら、那雪は複雑な想いに駆られる。子供を想う母親の心が、利用され、歪められて。このような悲惨な結果を招いてしまった。なんという皮肉だろう。 (偽りの生と、そして、それを生み出す可能性があるもの……壊して、しまわないと、ね) 彼女に出来ること、そして為さねばならないこと。それは、ここで元凶を断ち、さらなる悲劇を防ぐことだ。 『カナエサマ』が凍り付いている隙に、涼子が距離を詰めていく。彩の反対側から『カナエサマ』を挟むように立ち、彼女は確実に攻撃を当てていくために集中を始めた。 同じく、自らの集中を高めながら。玄弥は、酷薄な笑みを浮かべてE・アンデッドだった肉塊を見る。 喪失を取り戻すなど、人間にはどだい無理な話だ。エゴの極みにして自業自得の極み、その結果がこれ。 「死んだものを自分の我が儘で生き返らせて、もう一度死なすなんちゅうんは業の深い話やでぇ」 優しい優しい人間様やからしゃーないんかねぇ――彼はそう言って、くけけっと含み笑いを漏らした。 そう。叶わぬ願いに手を伸ばせば、必ず悲劇が待っている。 しかし――そうと知りつつも。 そこに己の全てを賭けてしまう愚か者は、確かに存在するのだ。 「……そんな人間も、中にはいるものですよねい。良くよく存じておりますとも。身に染みてね」 『カナエサマ』に十字の光を放ちながら、ステイシィが呟く。 そのような願いは大抵上手くいかないのだと、彼女は囁くように言った。 ――レティクル座の彼方におわす神様だって、そんな願いは叶えられませんのです。 まして、偽りの神が、どうしてそれを叶えられるというのだろう。 「尊いものを歪め、更なる悲しみを生むか」 福松の指が、彼の“相棒”たるダブルアクションリボルバーのトリガーを絞る。 元は製造元不明の粗悪なサタデーナイトスペシャル、しかし今は鍛えられたアーティファクト。 「お前が生まれた事自体に罪は無いかも知れんが、お前が存在する事を認める訳にはいかん」 充分な集中から放たれた弾丸が、狙いを過たずに『カナエサマ』を撃ち抜いた。 前へ――ただ、前へ。 一歩も退かぬ覚悟で、涼子が『カナエサマ』に向けて足を踏み出す。 強く握りこんだ中折れ式単発銃で、彼女は横殴りの一撃を『カナエサマ』に見舞った。 いつの間にか距離を詰めていた烏が、涼子の脇からショットガンの銃口を突き出し、『カナエサマ』の目にあたる穴に押し込む。至近距離から放たれた散弾が、『カナエサマ』を大きく揺らがせた。 「――この一撃では仕留めるに『足らず』、だが致命の一撃にはなっただろうよ」 抵抗するように身震いする『カナエサマ』が、自らを縛る氷を砕く。再び放たれた彩の魔氷拳と、那雪の気糸を掻い潜りながら、『カナエサマ』は最後の悪足掻きとばかり、二度、漆黒の後光を輝かせた。 禍々しい呪いが渦を巻き、かつてない勢いでリベリスタ達を襲う。直撃を受けた烏が力尽きて倒れ、ロマネもまた、床に膝をついた。ライフルを杖に自らの体を支え、運命を燃やして再び立ち上がる。 逃げ道を探すようにきょろきょろと周囲を見回す『カナエサマ』に、玄弥が迫った。 「おっとどっこ、こっちは地獄の一本道や!」 赤く染まった鉤爪の一撃が、『カナエサマ』の命数を削る。ライフルを構えたロマネが、黒いベール越しに『カナエサマ』へと狙いを定めた。 「貴方はただの木偶。偶然神秘を得ただけで、神でも何でもない」 トリガーを絞られたライフルの銃口から、殺意という名の弾丸が放たれる。 不可視の銃撃が、『カナエサマ』の頭を射抜いた。 「神も、万能でもない癖に神を気取るモノも好みませんの。 ――さあ、亡骸は土へ。偶像は物言わぬ存在へ還るのが似合いですわ」 砕かれた木片を、ぱらぱらと撒き散らしながら。『カナエサマ』は、ようやく、ただの彫像に戻った。 ●行き着く先は 女性の遺体に歩み寄った那雪が、その目をそっと閉じさせる。 瘴気に蝕まれ、遺体の背中側は無惨な状態になっていたが、うつ伏せだったのが幸いしたか、顔に目立った傷はない。 傷の深い身を引きずるようにしてE・アンデッドの残骸を拾い上げた烏が、それを女性の胸元に置いてやる。 偽者ではあっても、彼女の心臓から生まれた願いの結晶だ。 手を合わせて祈りつつ、烏はぽつりと口を開く。 「かからんのちは 何にかはせんだねぇ」 どんな願いであろうと、死んでしまっては何にもならない。 それでも――子と共に、最期、在りしと夢想出来たのならば。 生きる意味を見失った母親にとっては、せめてもの救いだったのかもしれない。 「叶うことがない叶わない願いでも、願うこと自体に罪はないと信じたいです」 安らかにも見える女性の死顔を見て、彩がそう、呟きを漏らした。 もし、彼岸というものが存在するのなら。旅立った母親が、今度こそその胸に我が子を抱けるようにと、ステイシィが祈る。 「やはり、人は何かに縋っても奇跡を起こしたいものなのですね。生き返る事など、運命の寵愛を捧げても起こりえぬ事ですのに」 墓石の如く、熱のない口調でそう言って。ロマネは、遺体の傍らに膝をつき、女性に囁きかけた。 「きっと貴女の事は許して頂けるはずですわ、斯様に深く、愛して居られたのなら」 福松も、目を閉じて母子の冥福を祈った。 「ま、それほど信心深い訳でもないオレが祈っても、効果の程はたかが知れてるがな……やらないよりはマシだろう」 死した子供を取り戻すため、己の全てを捧げた母親。 皮肉な結果になったとはいえ、母親にこれほど想われた彼女の子を、那雪は少し羨ましく思う。 (……まぁ、感傷に過ぎない、か) その思いを振り払うようにして、那雪は、そっと頭を振った。羨んだところで、過去は変わりはしない。 帰ろうか、と仲間達に撤収を促そうとした彼女の視線の先で、玄弥が部屋の中を物色していた。 「火事場泥棒ちゃう、ねこばばや!」 皆の視線が集まる中、いっそ清々しいほど高らかに宣言する玄弥。 しかし、彼の観察眼をもってしても、金目の物は一切見つけることができなかった。 おそらく、財産と呼べるものはあらかた教団に寄進してしまったのだろう。 舌打ちする玄弥をよそに、リベリスタ達は撤収を開始する。 部屋を出る時に、涼子はもう一度、女性の遺体を振り返った。 今日死んでも、最期に家族の顔を思い出すのなら――。 「……思いつくなかじゃ、意外とマシな死にざまかもしれないね」 そう呟いた声は、しんと静まり返った部屋に吸い込まれ、消えていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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