●バッドドリーム 暗い小部屋。灯りと言えば壁際に灯された幾つかの蝋燭のみ。 古い洋館。その一室。対面するのはメイド姿の女と顔の半分をピエロの御面で隠した銀髪長身の男。 奇妙な光景、異様な小景、現実味が無いを通り越し、現実感が失われていく様な非日常的情景。 だが、その場の当人らはと言えばそんな異物感を歯牙にもかけては居ない様に見える。 あたかも異常こそが正常である様に。あるいは奇妙こそが順正である様に。 ――日常こそが、非日常である様に。 交わらぬ視線。噛み合わぬ空気。主無き、洋館の一室。 「と言ウ事で、今回はボクが演出しテみヨウかと思ウんダ」 「止めて下さいよ、“先生”が出張ったら全部台無しになっちゃうじゃないですか」 のらりくらりと溢した言葉をばっさりと。一刀の元に切り捨てるメイド。 それを受け、漸くピエロが視線を女へ向ける。 「酷いナ、流石に其処マデじゃナいヨ。歪夜の使徒ジャあるマイし」 「私達みたいな一般人から見れば最強最悪も最低最悪も大差無いです」 「天国ト地獄は同じ物だト言う点二異論は無イけど。デもホラ」 ピエロの御面の男は椅子から腰を挙げると手を翳す。 点いていた幾つかの蝋燭が突然光を増し、部屋の中が煌々と照らし上げられる。 そうまでして漸く見えた。それは足元。其処に転がっている人間達。何人も、何人も、何人も。 死んでいるのか、否。その誰もが呼吸をしている。その誰もが五体満足である。 だがその誰もが尋常な眼差しをしていない。まるで作り物だ。透明な瞳は盲目であるかの様。 「折角、人形遣いカラこんナ物まデ借りたンダしサ? 聞いタカい。黒翼教ノ噂」 「ああ、何か水面下で爆発的に増えてるみたいですね、あの出来損ないの操り人形」 「人形遣イが怒っテタよ。技術でナク道具に頼ル何て邪道だーッテ。ハ、ハ、ハ、ざマァ無いネ」 愉快そうに笑うその声に、メイドの女が肩を竦めて足元の人間を踏みつける。 「それ多分“先生”の事を批判してるだけだと思うんですけど」 「知っテるヨ。ダけどサ? それハ努力出来ル奴の言い分サ。 神様は不干渉デ、人間ハ不平等ダ。願い事ヲ叶エる為の努力ヲすル権利すら 奪ワレた人間っテ奴は厳然と居ルのサ。そウ言ウ人間は誰カか何カに縋らナイと 自分の望ミ一ツすラ果たセなイ。僕ノ様にネ」 カラカラと、笑う。案山子の様に。人形の様に。道化の様に。笑う。嗤う。哂。ワラウ。 「だカラ僕は願いヲ叶エてアゲるのサ。皆のネ。けれド誰かノ願いガ叶えバ誰カガ不幸になル。 ダから勿論不幸ニなった方ノ願いモ叶えテあげルヨ。僕は平等ダかラ」 その言葉に、痛い所を衝かれた様にメイドの女の表情が歪む。 平等。平等。そう、けれど世界は残酷だ。誰かの願いを叶えれば誰かの願いは叶わない。 どちらもの願いを叶えたら、それは等しくどちらも不幸になるだけだ。それ以外の結末はない。 それを彼女は身を持って、知っている。 「そウ、ダからサ。そロソろ夢の代価ヲ取立てニ行かなクチャ不公平だロ? 夢見る権利ハ万人に等シく与えラレるべきダ。誰かガ独占しテ良い物じゃナイ。 アスクレピオス、竜帝、マーナガルム、十分サ。十分だヨ。遊びノ時間はソロそろ終わリにしヨウ」 手を叩く。1度、2度。叩く度に起き上がる。人、人、人。人間の群。 「サテ、Msヴァージニア。君ノ愛すルご主人様、串刺し公にモ勿論協力しテ貰うヨ。 君の元ニ彼を取り戻シてあゲタのハ僕なんダカら。こレもやっパリ当然の代価ダよネ。ハ、ハ、ハ」 「……分かってます」 指を一振り。右手の薬指に光るのは黒い黒い宝石の付いた指輪。 質素に見えるメイド服の中にあって唯一の装飾品。その側面が蝋燭の火を反して揺れる。 「Dear My Master」 蝋燭に照らされた壁。其処にそんな物が果たして在っただろうか。 フルフェイスの黒い鎧を纏った巨漢。その手には時代がかった突撃槍が握られている。 逆手には巨大な盾。総重量は如何程か。常人であれば到底動けないであろう事は想像に難くない。 そして何より、異質。この明らかに狂った室内に在ってすら、何の違和感も無い程の。 纏う空気には血と薬品の香りが滲む。それは確かな実体を持っているにも関わらず、 まるで幻想の産物ででもあるかのような非現実を伴ってそこに在り。 「それジャア喜劇を始めヨウ。It's Show time」 ここに悪趣味な戯曲(バッドドリーム)の幕が開く。 ●曲芸師からの招待状(Real side) 「……」 ブリーフィングルームへ集められたリベリスタ。彼らが見ているのは1つの封筒の中身である。 其処には数枚の写真と2枚の便箋が入っていた。届けられたのは三高平センタービル。 記名は無記名。住所も不定。何処かで見た様な手口である。 実際、バランス感覚の男や塔の魔女の様な稀有な例外を除けば、 封書と言うのはアーク本部に直接正確に情報を届ける最も確実な手ではあるだろう。 何せ現品そのままが届くのだから、伝聞や推定による情報の拡散も生まれ難い。 だが、だからと言って正確である事が必ずしも好ましいかと言えば、それは立場による。 送る側は、良い。だが果たして受け取る側は、どうか。 その悪質極まる文面に、リベリスタ達のみならず普段表情に乏しい万華鏡の申し子。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の眼差しすらが何処か不快を漂わせる。 《 やあ聖櫃に籠る英雄の雛達、ゲームの時間だ。 ルールは簡単。君達には、僕らと戦って貰う。制限人数は、10名。 此方は、2人、かな。多分ね。 僕は手を出さない。あくまで見学者だ。其方が手を出さない限りは、ね。 但し、僕らの前で君達が“運命の加護”とやらに頼る度、 勿論僕は何もする心算は無いが、ただの人々がただの人々を殺すかもしれない 言っておくけれど、今回神の眼は役に立たないよ。何せ僕は何もしていない。 ただ、全てが普通の。普通の人々による普通の人々を巻き込んだ普通の犯罪が この国の何処かで突然起こるかもしれない。そんな可能性の話さ。 》 《 岡山の方は随分と騒がしいらしいね、大変な事件だ御心痛お察しするよ。 こんな状況下だ、残念ながら君達の中で最精鋭と呼ばれる人々は、 皆其方へ行ってしまっているのかもしれない。 だけどまあ、君達は英雄だ。英雄の雛だ。例えば誰かの屍の上に。 例えば自らの命の上に、多くの人々が救われれば、それで満足だろう? 安心して良い、約束は守るよ。僕はね、生まれてこの方嘘を吐いた事が無いのがウリなのさ。 それと『夢幻の宝珠』の貸し出しは無しで頼むよ。アレは君達の様な英雄が使う代物じゃない。 力の無い、才能の無い、夢を叶えられない凡人の為の道具だからね。 着のみ着のまま腹を割って話し合おうじゃないか。待ってるよ ――Bad dancer》 「……この手紙が届いた後、万華鏡による探査を行った所 三高平市内、火災で焼け落ちた映画館の跡地で、アーティファクト反応が引っ掛かった」 写真の一枚を手に取る。モニターに映し出されたのは黒い宝石。 「――夢幻の宝珠(ドリームジュエル)。今回は、これに纏わる仕事」 だが、これまでとは訳が違う。余りにも、状況が異なる。 相手は完全にアークを追い詰める心算で手順を踏んで来ている。誰が問うまでも無い。 これは、罠だ。明らか過ぎる程明らかな。確実過ぎる程に確実な、罠だ。 「相手の要求がブラフである可能性は、残念だけど低い。 多分、運命を削ると何処かで何人かの一般人が死ぬ。 何人かは分からないし、何処でかは分からない。でも、この手紙の主ならやる」 バッドダンサー。曲芸師。人の夢を叶えると言う名目で以って人の命を詰むピエロ。 歪夜の使徒には大幅に劣るにせよ、海外では相応に名を馳せたフィクサードである。 彼は大量虐殺や国家の転覆、リベリスタ組織の大敗等には一切関わりが無い。 だが、彼によって人生を狂わされた人間の数は百では到底効かないだろうとされる。 人の心情を動かし、人の運命を捻じ曲げ、人の願望を引き摺り出し戯れる。 であれば躊躇無くやるだろう、彼なら。災厄の踊り手(バッドダンサー)なら。 己の手を汚さず無辜の市民の命の一つや二つ奪う位は、いとも容易く。 「一体何処でどんな事件が起こるのか、万華鏡は感知しない。 操作系の魔術や破界器を使っていたら分かるから、多分事件が起きる原因は、それ以外。 原因特定は、間に合わないと思う。だから、此処からは皆に任せる」 イヴは告げる。リベリスタ達をまっすぐに見つめ、はっきりと。 任せる、と。 それは、最大限の譲歩。それは、臨界点の信頼。リベリスタ達の決断を尊重すると彼女は言う。 故に――分岐路は、此処に示された。 ●命取りゲーム 「買っテ嬉しイ花一匁。巻けテ悔しイ花一匁。サてさテ、夢一杯のゲームノ始まりダ」 三高平市内、映画館跡。 かつて、逆凪に属していた一人の少年魔術師が、アークと相争った因縁の地。 周囲には、極端なほど誰もいない。強結界による人払い。 そして何より、人間の持つ本能がその地に近付く事を良しとしない。 火災の跡地。複数名の人間が焼死体として見つかった場所など誰が好んで近付く物か。 だからこそ、彼らは居る。半分のピエロの仮面を着けタキシードを着込んだ長身の男。 メイド服姿の女と、黒い鎧を纏った巨漢。 待ち構える影は3つ。女の指には黒い石の着いたリング。四つ目の、夢幻の宝珠。 だが、この日この場に空想の入り込む余地は無い。それが現実である。 「さァ皆、此処までガ練習(チュートリアル)サ。ソレじゃア本番ヲ始めヨウ」 冷たく、無慈悲で、ただ残酷な。夢の無い現実が――牙を、剥く。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月08日(木)22:54 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●Oracle 彼の女神は告げた。 「世界は悶え、嘆き、苦しんでいる」 彼の女神は告げた。 「私達は今こそ団結しなくてはならない」 彼の女神は告げた。 「けれど、唯生きているだけの人々には分からない」 彼の女神は告げた。 「痛みを知る者にしか痛みを理解する事は出来ない」 彼の女神は告げた。 「絶望から立ち上がった人間だけが他者の絶望に想いを馳せる事が出来る」 だから。 だから。 だから。 世界は夢見る事を望んでいる。 それは決して綺麗ではなく、それは決して優しくはなく、それは決して安らかではなく。 醜悪な滑稽劇。急転直下の悲恋劇。理解不能な恐怖劇。荒唐無稽な幻想譚 白墨は黒紙の上でのみ竜を描き、希望は絶望の上でのみ輝く物なのだから。 築くは絶望の舞台。英雄を殺す凡夫の刃。栄光は蔑視へと反転し、義憤は容易く恐慌に変わる。 人はそれを悪夢と名付け忌み嫌う。そして忌み嫌われるが故に求められる物。 ――Bad Dreamは此処に在る。 ●Bad Dream Scene1 千里眼で戦場を見つめる源 カイ(BNE000446)には見えた。 顔の半分をピエロのお面に包んだ男が薄く笑みを浮かべ佇んでいるのが。 その衣類すら破界器であるのか、相手の内側までは見通せない。 けれど周囲100m圏内に罠や逃走の用意等は無い様だ。それにほっと、小さく息を吐く。 「おヤおヤ」 夕暮れ、赤い陽射し、昼と夜との境界がゆっくりと赤紫に染まって行く。 男の側からも見えた黒い影。その数実に10名。内、数名を目の当たりにして喉の奥で笑いを噛み殺す。 岡山の『鬼』の一件とその事後処理で手一杯であろうと思っていた彼ら。 “聖櫃の子”の内に在って一際名を馳せている数名の個人が存在する。 その内の一人が、混ざっている。それは男にとって極めて珍しい程の幸運であった。 「確かそう。Day After Tomorrow」 男は挫折者である。男は失敗作である。男は頂に辿り着く事を許されなかったその残滓である。 であればこそ、彼は他人を救う力を持つ者を厭う。望めばこそ嫌う。淘汰せんと臨む。 声望とは、それだけ多くの感謝を積み上げて来た結果に他ならない。 多くを殺し、多くを救ったのだろう。無数の人を護り、無数の人ならざる者を駆逐したのだろう。 ――例えば自分の様に。 「結構だ。実ニ結構だヨ」 ピエロのお面が手を叩く。叩いて、叩いて、拍子を打つ。 「ヨウこそ! よウこソ! ようコソ英雄の雛達。僕ノ舞台へ、僕のゲーム板へ。歓迎しヨウ心かラ!」 男の後ろには更に2つの人影。そっと隠れ潜む様に黒い鎧の巨漢とメイド服姿の女が佇む。 だが、饒舌な男と異なり、2人は唯の一言も言葉を口しない。 まるで冷め切った眼差しで。醒め切った眼差しで、リベリスタ達を見つめている。 「久しいな、バッドダンサー。姿を見せぬと思えばこのような場所におったとは」 「コレはコレは『ハルトマンの鋼鉄魔女』。先ノ舞台はソれ程気にイッテ貰えタのカナ?」 見知った相手である『鋼鉄魔女』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)へと視線を向けると、 男は大仰に、胡散臭くも一礼を返す。これも縁か。 であるとするなら、それは果たして如何様な。悪夢の如き縁だろう。 だが、ここまではまだ良い。彼女は少なくとも、少なくない挫折を知る身だ。 視線は一行の内に在って特に年若い少女へ向けられる。 「英雄を望むなら残念だったな? 私は小細工しか能がない端役程度だ」 さらりと告げるは『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086) 「然り、わらわは英雄に非ず。故に此度の行動が如何なる結果を生もうとも、 それら全てを受け止める覚悟は出来ておる」 更に続けるは『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728) その対応に、男――『バッドダンサー』が鼻白むかと言えば答えは、否。 「ハ」 象ったのは笑い。にたり、と煮詰めた墨汁を垂らして月を描くかの様に。 その口腔が笑みを浮かべる。だが、その濁り、その穢れ、その悪性、その執着、果たして如何程か。 「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、アハハハハ、アハハハハハッ! アッハハハハハハハハハハハハ!!!」 哄笑。爆笑。破綻したその声音にはただただ絶望だけが宿る。 彼と言う個性が如何なる場所で如何様に生み出されたか。そんな事は知る由も無い。 ただ、一つ間違いの無い事。男は世界を憎み運命を憎み英雄と称されるその全てを憎んでいた。 故に、笑う以外に無い。端役。覚悟。それは何と言う傲慢だろう。 主役を演じられる者が端役を名乗る事は端役しか与えられぬ者への冒涜であり、 選ぶ事の出来る側の覚悟など、選ぶ権利を持たない者の意地の欠片にすら満たない。 これが笑わずにいられるだろうか。これが嘲けらずにいられようか。 歪夜は第七位と相対したと聞けば僅かなりと期待しない部分が無かったとは言い難い。 彼らは絶望を知ったろうか。如何様にもならぬ流れを目の当たりにしたろうか。 否、否、否否否否否。彼らはけれど何処までも、何処までも、徹底して骨の髄まで“英雄”だった。 「素晴らシイ。端役? デは君の舞台デハ端役が巨悪ニ勝利するノカいMsプロメース。 流石は『普通の少女(アクマ)』は言う事ガ違ウ! そシて君の事ハ一層良く知ッテいるヨ。 『絶対静止(レッドシグナル)』Ms依代。黒い医神ト月蝕狼がオ世話になッタ様だネ」 明るい声音で一人ずつ。バッドダンサーはリベリスタを指差しながら告げる。 それはあたかも役者紹介である。だが、果たして。 如何なる情報網を以ってすれば一目で相手を見切る等と言う事が出来るのか。 その指は『ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)を流れ、 そして、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)を経る。 「『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ)』Ms星川。貴女ハどうシテ其方に居ルんだロうネ? 本当に戦イの修羅ヲ望むナラ、ほら。其処に丁度良い脅威ガ在るト言うノニ。 君もソウ思うダロう?『守護神(デイアフタートゥモロー)』Mr新田」 「思わないな、冗談じゃない。俺はアークの大義に寄りかかり犠牲から目を背けてきた。 臆病者で弱っちい只の人間だ――」 「新田は強いけど……手堅くて、地味。お前達3人の方が……楽しませてくれそう」 「…………」 天乃の容赦の無い批評に、快の台詞が上書きされる。思わず沈黙する快。 その様を、さても可笑しげにピエロ仮面の瞳が笑う。 『バッドダンサー』は現アークにとって、対処に困るクラスの危険なフィクサードである。 そして此処は彼が設定した彼の為の劇場。紛れも無い――死地。 其処へ踏み込んですらこれだけの言葉が紡げるのだ。大した物だ、これも経験の賜物か。 事実アークの成長は、外部から見れば目覚しい、所の騒ぎでは無い。 何所の新興組織が稼動して1年やそこらで『バロックナイツ』の一角を葬れると言うのか。 けれど、彼は聞き及んでいた。神の眼を持つ“聖櫃”の事を。奇蹟と希望の担い手の事を。 彼らは未だ雛である。だが何時までも雛では無い。いずれ手が付けられなくなる。 であれば――今だ。彼らをこの滑稽劇に組み込む機会が在るとすれば、今しかない。 今しか無いと、彼の女神は確と告げた。だから―― 「やり方が“気に入らない”」 「一般人の命を懸けるようなゲームは許すわけにはいかないです」 『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)と『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)とが、 口々に告げるその言葉を、美酒を傾ける様に嚥下し、手を叩く。ぱんぱんと、2度。 後ろに控えていた黒鎧の騎士と、鉄壁のメイドがバッドダンサーの前へ進み出る。 十分だ。彼らは正に等身大の英雄の雛。 何処に出しても恥ずかしく無い、悩み足掻きつつも前に進み続ける只の人間だ。 そうでなくてはいけない。完全で無敵の超人等に誰が希望を注ぐ物か。 例えばそう。『バロックナイツ』の様な物は――排斥、されるだけだ。 あれは別格と。あれは人では無いと。同じ土俵で数えられなくなるだけだ。 それでは――意味が無い。 「例え罠だと分かっていても僕らは決して逃げない」 カイが拳を握る。その眼差しは、何所までも何所までも真っ直ぐで。 「貴方はここで断ち切らねば、やがて大きな災厄の源となる。 だから……討ちましょう、力の限りを尽くして」 『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)が青みがかった細身の剣。 セインディールを両手で構える。それを目の当たりにして満足気に頷く。 そう、だから己は『Bad Dream』で無ければならない。 『黒い太陽』には到底到れず、紡ぎ上げた蝋の羽は容易く融け落ちようとも、 『福音の指揮者』には優に及ばず、世界を舞台と仕上げる事は叶わずとも。 「結構、そレじゃアそろソロ始めヨウか――」 ピエロは何時だって、夢の始まりを告げる物。 「――イッツ、ショータイム」 リベリスタ達が己の獲物を武器に、一つの終焉の大地。焼け果てた劇場の上を駆ける。 彼が描いた脚本の通りに――Bad Dreamの幕が上がる。 ●Bad Dream Scene2 「あら、私のお相手は貴女ですか? 寂しい事」 『鋼鉄乙女』アイギスの動きを、ユーヌが抑え込む。 その一方でユーヌが放つは呪印封縛。その矛先は『串刺し公』ヴラド。だが、当然と言うべきか。 アイギスとヴラドは寄り添う様に佇んでいた。そしてユーヌの行動は全体の中でも突出して早い。 ユーヌの縛鎖を受けたのは、彼を庇っていたアイギス。 彼女らは待ち構える側である。リベリスタ達とて事前準備を行っていた以上、 動く余地は幾らもある。そして一度庇ってしまえば、縛られようと止められようと意味が、無い。 何食わぬ顔で嫣然とすら微笑んでみせるアイギスを、ユーヌが冷たく切り捨てる。 「まともに相手をして欲しいなら、もう少し齢と服装を考えるといい」 「では、無理矢理でもお相手して貰いましょうか」 続いて動いたカイのギャロッププレイは、けれど立ち塞がった鋼鉄の壁に止められる。 まるで無い手応え。気糸が通らない。一切のダメージが与えられない。 アークの資料通り、そしてアイギスの名の通り。尋常では無い堅さである。 「っ――何じゃこの硬さは!」 夢幻の宝珠の圏内より放った椿の呪いの弾丸も、まるで歯が立たない。 撃ち抜く事こそ叶えども、痛痒すら与えている様には見えない。正に――鉄壁。 今回彼女に与えられた夢幻の宝珠の加護は決して強くない。だが、それにしても、である。 「だったら――これでっ!」 リセリアが駆ける。ヴラドを庇い続けるアイギスに放たれるのは幻影を纏った鋭い一撃。 幻影剣による会心とも言える一打が初めてアイギスの身に傷を付ける。 「ん……やりますね」 讃える様な言葉と共に、けれど彼女は一切動かない。動けない。 続く天乃が普段通りに爪を構える。だが、今までの様子を見て彼女は確信する。 元々の異常な防御力に夢幻の宝珠の後押し。 これを真っ向から突破するには生半可な攻撃では不可能であると。 故に、彼女は思考を巡らせる。戦いに生き戦いに死ぬ。天乃の世界が彼女の内側に渦を巻く。 「ただ、私は自分の為に、闘うだけ……!」 その幻想は彼女の理想。そして、希望。命を賭す覚悟が宝珠の加護を引き寄せる。 放たれた致命のオーラ。本来であれば一切の傷を付けられないだろうそれが、 アイギスの鉄壁を薄く、淡く、けれど紛れも無く――貫く。 「おヤ……意外な伏兵ダネ」 それを見ていたバッドダンサーが小さく呟く。 その選択、その決断。敵の武器をも己が武器とするその思考法は、この場に於ける正答の一つである。 意識してかせざるか、その結論に自然と辿り着いた天乃の闘争の意欲は見事だと言える。 続けて快の十字の閃光がアイギスを射るも、これは精度も威力も流石に足りない だが、その身には多少なりと宝珠の加護が宿っている。 彼もまた、その可能性を最大限に生かしていた。だが、だからこそ――惜しい。 続くゼルマのマジックミサイルはアイギスに完全に弾かれる。 宝珠の加護を受けている者、受けていない者がバラバラに存在している事実。 これが攻め手の精彩を欠いている。 「ヴラドにアイギス。ルーマニアの領主に神話の盾か、相手にとって不足は無い!」 だが一方で、出鼻を挫かれたとは言え彼らとて熟練の経験者。アークの誇る“精鋭”である。 酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)が 巨剣『Naglering』を振り下ろす。吹き飛ばし、分断を狙った一撃がアイギスの身を確かに捉える。 体躯の浮き上がったアイギスは先の硬さが嘘ででもあったかの様に10m近くの距離を吹き飛ばされる。 「ボクの覚悟は、命を懸けて勝つ覚悟です!」 更に光の矢が神秘の護りに欠けるヴラドを貫く。彼女の手元には分断を助ける術が有る。 けれど光は癒し手として行動する選択をした。それは間違い無く彼らの被害を抑えるだろう。 例えそれによって戦術の成立が一手程遅れようと、彼女らには頼れる仲間が居る。その力を信じている。 「理解も、報いも要らん。俺は、自身の思うままに剣を振るうまで!」 拓真の双剣が振り抜かれる。ディートリッヒの一撃もまた然り。 これもまた、夢幻の宝珠の加護を得ていたなら痛打に繋がったろう。 が、彼らにとってはそれより大切な物がある。それは誇り。意地と、意気である。 その一点に於いてリベリスタ達の士気は対する二人より遥かに高い。 唯の一人の犠牲も許す物かと振るう剣戟は重い。それこそが幻想をも凌駕する確かな現実である。 硬い装甲、夢幻の宝珠の加護。二重の皮膜を切り裂いて、双剣が黒鋼の鎧に痛撃を刻む。 「――! いえ、大丈夫、大丈夫の――筈」 その光景に、アイギスの内に一瞬危惧が浮かぶ。彼女は幻想を世界に顕現する力が無い。 現実と幻想に分かたれた人間の精神性では夢幻の宝珠の真価を発揮する事は出来ない。 マーナガルムにすらあった空想の核が無い。唯一つ。其処に在る盲愛と言う枷が、彼女を夢に耽溺させない。 彼女の主は鉄壁無双。優れたリベリスタとして西欧ではそれなりに知られた人物である。 古きルーマニアの領主の名を好んだのは彼がリベリスタであった頃の習慣だった。 その名に恥じぬ様修練を詰み、己が身を鍛えた。彼はその槍と力で多くの人々を救った筈だ。 少なくとも彼女にとって、彼は唯一人の英雄だった。 であるのに、彼が仕事中の一瞬の油断を突かれ物も話せぬ、命すら危うい怪我を負う等、 有ってはならない事だった。必死だった。夜昼を問わず方々手を回したが誰も彼もが匙を投げた。 彼女は徐々に狂気に蝕まれ、神を呪ったが、諦める事だけは出来なかった。 たとえ悪魔に魂を売り、地の底まで堕ちようと。もう一度、彼に舞い戻って欲しかった。 身に染み付いた薬品の香り。彼をもう一度動ける様にしてくれたのは“先生”から与ったこの指輪。 『鋼鉄の乙女』は幻想を切り貼りする事で愛しい主の自由を取り戻した。 けれどそれは仮初の夢だ。泡沫の幻だ。彼はもう“彼女の望む通り”にしか動いてはくれない。 でも。それでも。例え、そうだとしても―― 「主様、守りを! 今助けに行きますから!」 上げた声は、けれど対峙する一人の男に阻まれる。 日本に来て数か月、フィクサードとなった彼女の耳にも届いている。 その如何にも凡庸な――けれど、覚悟に満ちた眼差し。携えるは信念の篭もった守り刀。 「行かせない」 「この、邪魔ですよっ!!」 叩き付けられる魔落の鉄槌。だが、元より膂力に乏しい身。防がれ、防ぎ切られる。 盾が武器を振るおうと、同じ盾には届かない。それは人の力が有限である事の証明。 「宝石に飾られた力じゃない! お前自身の想いを見せてみろよ!」 快の叫びに、胸の奥の深い場所で感じる物がある。彼女とて、好んでこんな場所に居る訳では無い。 けれど、戻れない。もう――幸せな過去には、戻れない。 「貴方に、私の何が分かるって言うんですかっ!」 その声は、誰にも届かない。矛盾の逸話を持ち出すでもなく、彼我は互いに強固なる盾。 盾と盾とがぶつかり合えば、その先に在るのは千日手だけだ。 両者譲らず、けれどその流れはリベリスタ達にこそ、利する。 「そうそう自由にはさせませんよ!」 絡み付いた気糸の網。その束縛は幾らもがこうと容易く解ける物ではない。 カイのギャロッププレイの前に、守りを固めていた串刺し公の動きが、止まる。 ●Bad Dream Scene3 「呆れんばかりの硬さじゃな」 アイギスの動きが止まり、残されたヴラドを気糸と呪印、二重の縛鎖が縛り付ける。 時折状態異常が解除されようと、串刺し公は鋼鉄の乙女の指示に盲目的に従うのみ。 守りを固めるのみでまるきり攻撃に出る気配が無い。 お陰で回復に割く力が最低限で済んでいる点は助かる物の、思わずゼルマから苦言が漏れる。 如何せん今回リベリスタ達の主力はブラドの鎧に諸に阻まれる物理攻撃である。 「多少の……手応えは、あるけれど」 鉛を壊している様だ。星乃が放った致死の爆弾を受け砂埃が立つ。その向こうに悠々と立つ巨漢。 冗談の様で、悪夢の様だ。果たしてどれだけ攻撃を仕掛けた事か。 「当てるのは難しあらへんけど、幾ら何でもタフ過ぎやろ」 椿の口調に思わず地が混じる。度々放つ呪いの弾丸は上手く嵌れば一定のダメージを通す。 だが、果たしてどれだけ攻撃すればこの鎧は倒れるのか。 普段の仕事であれば既に戦いが終わり事後処理に移っている程の時間が経過している。 「だったらこれなら、どうだ――!」 集中を重ね、己の限界を超えた膂力から放たれるディートリッヒのメガクラッシュ。 叩き込まれた絶大威力の一撃に、鉄壁の黒鎧が遂に膝を付く。意図しての物ではないだろう。 自重を自己で支えられるだけの体力を失ったのだ。 「このまま一気に畳み掛けますよ!」 光のマジックミサイルが幾度目か、ヴラドへ突き刺さる。その光景にアイギスが眼を剥く。 「いやっ! 主様! 主様!」 けれど、彼女は動けない。足止めを司る快は元より、万が一に備えユーヌまでもが控えている。 「無様なことだ。まぁ、誰も彼もが吹けば飛ぶ木っ端に過ぎないが」 冷徹な眼差し、鉄の心は揺らぐ事無くこの機を逃がさんと串刺し公を念入りに縛り上げる。 想像以上、想定を大幅に凌駕する耐久量に随分と時間を掛けてしまったが、幸いダメージは然程無い。 反射による影響はゼルマが適宜癒している。 思うよりは随分と呆気無い戦い。何処かが腑に落ちない様にユーヌは思案する。 「――……まさか」 膝を折ったヴラドに止めを刺そうとした拓真の手が止まる。長期戦を経た為に精神力が削れている。 それは良い。この場でヴラドの討伐は成る。だが、しかしだ。 「皆、後どれだけ戦える」 その言葉に、致命の爆弾を放とうとしたカイが瞬く。 彼は気付かない。けれど椿、リセリア、ディートリッヒ、それに天乃と拓真は即座に勘付く。 確かにダメージは対して問題では無い。問題は精神力の枯渇から来る――火力の大幅な低下。 何故彼は守り続け、何故彼女はそれを決して解かなかったのか。 リベリスタもフィクサードも、己の性質を熟知しそれを生かして始めて勝利を得る。 では、この場で火力が低下して有利になっているのはリベリスタか。否。 ヴラドか、否。アイギスか、否。この戦術は一重に、リベリスタ達の余力を削ぐ為の物。 そしてリベリスタ達とて火力に乏しく守りに長ける無勢で多勢を相手取るなら、持久戦を選ぶだろう。 この流れは想定出来た。その筈である。だがどうしてそれを見落としてしまったのか――答えは、容易い。 この場には観客と称するペテン師が一人混ざっていた筈だ。 「どうシタんだイ英雄の雛達。君達はそンなモノじゃ無イだロウ? もット真剣にやッテくれ給えヨ。ハ、ハ、ハ」 彼は確かに一切リベリスタ達へ手を出しては来ない。だが、彼が存在する。 それだけで、どれ程の負荷が掛かった事か。 何もせずとも、何も一つ手出しをせずとも、その存在は悪い夢の様である。 「……一気に、攻め落す」 「まだ、今なら――!」 比較的消耗を抑えていた天乃とカイがヴラドへと駆ける。死を齎す爆音1つ。 反撃と共に放たれた渾身の暗黒がリベリスタ達の全てに痛打を残す物の、直後更に爆音1つ。 「不幸の代価の取り立てだ」 そして機を読みきったユーヌが凶の占儀で審判を下す。拉げた盾を取り落とし、倒れ伏す黒鎧の巨漢 「いやっ、いやっ、何てこと、大事な、私の大事な主様が……!」 途端調子の外れたアイギスの声。精神が失調を来たしているのが分かる。 けれど、その微妙に形のはっきりとしない狂気に、最もその破界器と縁深い椿が嫌な物を感じ取る。 「なんじゃ、この禍々しい気配は……」 現実で挫折した時、人は多く幻想へ逃げ込む。その落差は大きければ大きい程強烈である。 であれば、鋼鉄の乙女が着けた指輪に灯る強く黒い輝きは、決して見間違いなどではなく―― 「ハ、ハ、ハ、いやァお見事、実二お見事ダヨ」 ぱん、ぱん、ぱん、と鳴り響く拍手の音。アイギスの視線がバッドダンサーへ向けられる。 いや、奇しくもアイギスのみでは無い。リベリスタ達の視線も、また。 「さァ、後一人ダ英雄の雛諸君。精々頑張っテくれ給エ。くれグレも足元を掬わレナい様にネ」 呆然とする鋼鉄の乙女。敵に塩を贈る、等と言った心安い類の物では無い。 男は心底から泥沼の潰し合いをこそ望んでいた。どちらが是とどちらが否と言うでもなく。 丸きりの他人事である。彼にとって、この場は紛れも無くゲームの会場なのだと。 心底、冗談でも諧謔でもなく、ただの余興であるのだと。 その態度に、けれど少なからず傷付いたのは彼女だけである。リベリスタ達には、当に分かっていた。 これはそのままにしておいてはならない相手であることを。例え、どれだけの犠牲を払ったとしても。 「下種が」 「最悪、ですね」 椿と光の声が唱和する。その口振りに笑みすら向けて見せる曲芸師。 拓真の双剣が不快に震え、リセリアの長剣が思わず殺意に揺れた。 今正に、ヴラドに止めを刺した筈の天乃とカイの表情にも達成感は愚か好ましさの欠片も見られない。 ゼルマとユーヌだけが、それをあるべき物。そうであるだろうと言う眼差しで受け入れていた。 けれど、彼が観客で居られたのは此処までだ。此処までにしなければならない。 「お前は確かに強いんだろう。けれど俺達は、只の人間だからこそ抗う!」 「1人だけダンスをせずに、壁の花って寂しいだろ?」 2人がそんな言葉を、紡ぐ暇もあればこそ。 ヴラドに止めを刺したの瞬間既に、リベリスタ達は動き出している。 生憎、徹底してヴラドを攻める彼らの戦術の中にはアイギスにぴたりと張り付く様に、 立ち位置を変えていたバッドダンサーをアイギスから引き剥がす手段は無かった。 けれど、彼らは“今この為に”やって来たのだ。 アイギスを抑える快と、後衛である光とゼルマ、それにユーヌを除くリベリスタ達。 その6人がバッドダンサーを取り囲む。押し殺す様な声で、ディートリッヒは続けた。 「俺たちで相手をしてやるから、良いダンスを見せてくれよ!」 ――振り下ろされる剛剣は開戦の号砲。 ●Bad Dream Scene4 ひらりとその一閃を裂け、バッドダンサーが声を上げる。 「おヤおヤオやオや、僕と遊ビたいッテ言うノかイ? ハ、ハ、ハ、何て欲張リなんダ。 そうカイ、君達は人殺シの分際デ人で戯レル僕が許せナイって言うンだネ?」 「貴方を残せば禍根を産む。それが多数の犠牲を生むならば……ここで、断ちます!」 「上等だヨ!」 リセリアの剣戟がバッドダンサーへ向いた瞬間、その仮面に光が灯る。 青い光を帯びるや否や、リセリアの剣戟を避ける動きの鋭さが目に見えて変わる。 足りぬ僅か数cm。ギリギリかわしたのでは無い。剣閃の奔る場所を知っていたかの様な完全回避。 「人の運命を弄ぶ、貴方を僕は許さない!」 「生かス者と殺ス者を傲慢にモ選ぶ君達ハ、人の運命ヲ弄んでナイとデモ言う心算カイ?」 カイの放った銃弾が、仮面の表面を薄く撫でる。けれど、早い。行動の速さではなく反応の早さ。 恐らくは、元々が回避能力に長けているのだろう。的中させるのは容易では無い。 だが、それは逆説こうも言える。回避に長ける以上は――当てれば大きいのでは無いか、と。 「二撃断割! 我が双剣、耐えきれるか──!」 「オお、恐イ。何て事ヲするンダい。そンナのが当たッタラ死んデしまウヨ」 精神力の粋を尽くした生死を分かつ一撃。二本の剣から放たれたそれは幸運の後押しを受け、 運命を盗む戯曲の仮面の回避をすら一瞬凌駕する。掠めた剣戟は男のタキシードに血の線を引き。 「悪夢を此処で終わらす為に、貴様は此処で墜ちよ!」 「ハ、ハ、ハ、嫌だヨ。そンなチープな筋書キは、僕ノ趣味じゃナイ」 けれど、椿の放った銃弾はバッドダンサーに見事にかわされる。 幸運と不運。偶然の余地が多分に含まれるその戦いは、けれど至極容易く覆る。 「ダカら、無理矢理にデモ突破させテ貰おウ!」 懐から放たれる七本のナイフ。それらは中空を浮遊する死の使い。 運命に見込まれ愛された者を自動的に殺戮する、不運の短剣――破界器『アンラック7』 その軌跡は一瞬の躊躇も無く一人へ向く。 「いいよ……やろう」 待ち構えていた様に天乃が応じる。守りに集中する全力防御。 けれど彼女の本分は攻めにある。それが偶さかに受け手に回ったとして、早々上手く行く物ではない。 剣閃は一条。けれど貫かれた天乃の腕がぶらりと下がる程の時間すら無い追撃。 追撃に次ぐ追撃。連なる剣戟七閃の威力総量は、彼女の残された体力全てを削り切って余りある。 「……誰かの、為とか……どうでも良い……私は、私の為に」 運命の加護を消費し、立ち上がる。 満身創痍とも言える天乃は夢幻の宝珠の守護を受けて漸く。けれど何とか、これを耐え切る。 だが、運命を削り立ち上がった以上は、続く言葉は残酷なまでの必然。 「そうカイ、ジャあペナルティだ」 そんなバッドダンサーの言葉に、心を揺らしている余地など既に無くなっていた。 「注意散漫だ、運が悪いな?」 「生憎、運が有ルと思っタ事何て無くテネ」 精神力の枯渇著しい状況下、されど紡がれる不吉の影。 余裕のある側のユーヌの一撃が空中を浮遊するアンラック7の1つを撃ち抜く。 力を失いからりと落ちた短剣は、再び浮かび上がるも攻撃に移る事は叶わない。 「クソッタレめ、だったらこれはどういうこった!」 「簡単な話ダヨ、実力さ」 黄色いシグナル。隙を突いて放たれたメガクラッシュは体躯を掠めるも直撃しない。 恐らくは、予知すら使っていないのだろう。ディートリッヒの表情に苦い物が過ぎる。 「あんな奴に使われて、お前は悔しくないのかよ!」 「主様、主様、全ては主様の為に……」 足止めに場を動けない。歯噛みした快の声に、けれどアイギスは虚ろな声で応えるのみ。 その鉄壁は未だ健在であり、そして彼女はあくまで盾である。それはあたかも合わせ鏡の如く。 彼女を自由に動かす訳には行かない以上、快はその場を離れられない。 「絶対に皆さんを倒れさせません! ボクはボクのやり方でみんなを救うです!」 傷付いた者を癒す天使の息は、傷だらけで立ち上がった天乃を支える。 けれど光もまた気付いている。これは応急処置に過ぎない。精神力も残り少ない以上ジリ貧である。 そして実力差が大きい相手との戦いで、護りに回ればその先に在るのは大抵の場合―― 「さテさテ、ソレじゃア僕個人の力モ少しハ見せテあげナイとネ」 それは偽り、それは虚像、それは騙られし不吉なる月の都市伝説。 バッドダンサーの描く幻想。Bad Dreamを夢幻の宝珠が後押しする。 であれば其処に描かれるのは世界を蝕む赤い月。崩界を齎すバロックナイト。その投影。 バッドムーンフォークロア。 「しまっ――!」 その行動は、癒し手であるゼルマの先手を取る。 そして、選りにも選ってこのタイミングで天使の唄が不発した事で戦線は一気に瓦解を始める。 精神力の枯渇したリベリスタ達の攻撃はその殆どが掠るのみに留まり、 アンラック7を封じる切り札同然のユーヌが膝を折った事で、崩壊は更に加速する。 せめて彼女を庇う術があれば、状況は大きく好転していた事だろう。 バッドダンサーの回避に応じ集中を重ねる事で、リベリスタ達の攻撃その物が遅延する。 その間隙を縫った続け様の不吉の月が天乃の体躯を血に染め、ユーヌが再度倒れ伏す。 運命の寵愛に満ちた彼女らの祈りは、世界の摂理を覆し得ない。運命が歪む事は、無い。 「ほラ、余所見をしてイル暇がアるのカイ?」 撃ち落す者の居なくなった短剣が一条、二連に惨劇を積み上げる。 死劇を、後悔を、六銭を、失蹟の途上に積み上げる。 リセリアの体躯が赤く塗れ、セインディールを杖として辛うじて保つ。 祝福を噛み砕き、尚貫かれた傷を抑え立ち上がる。その姿は本来であれば讃えられるべきだろう。 だが、曲芸師はその決断をすら自己満足と断じ罪を被せる。さも当然と言わんばかりに。 「させない……禍根は、此処で――」 「残念だっタネ、ペナルティだ」 彼を縛る者は既に誰も居ない。ゼルマの癒しは確かに癒しの唄を奏で続けている。 しかしバッドダンサーとは別に自律攻撃を仕掛けるアンラック7。 バッドムーンフォークロアを相殺する事すら出来ていない状況下で、戦況は悪化の一途を辿る。 「今日此処で、貴様を倒す!」 「おおおおお――っ!」 この間にも拓真が、ディートリッヒが、リセリアが、カイが、傾いた流れを取り戻さんと武を振るう。 だが、精神力の枯渇は蛇毒の如くリベリスタ達を蝕んでいる。圧倒的に不足する火力。 運命を削った事で取り戻した力を振り絞り、放ったリセリアの光芒の連撃。 アル・シャンパーニュすら、青く輝く仮面の予知に囚われ十分な威力を叩き出せない。 「悪夢を此処で終わらす為に……負ける訳には……いかへんのや」 そうして再度閃く七本。貫かれた刃の跡から流れる血は致死量の一歩手前。 失われて行く加護。失われて行く未来。失われて行く命。 「――ペナルティだ」 繰り返される宣告と断罪。椿が、リセリアが、倒れていく。一人、また一人と。 そしてその矛先は遂に――癒し手たる鋼鉄の魔女へと向けられる。 「目の前にいる彼奴を倒すのじゃろう?」 問う。 「ヌシらは負けられぬのじゃろう!」 問う。 「ならば立て! 立ち上がり、敵を討て!」 けれど、悲痛なまでの叫びは届かない。この悪夢(バッドドリーム)に奇蹟は無い。 あるのはただ、ままならぬ現実(リアル)のみ。 血飛沫を上げ、ゼルマが倒れる。 ●Bad Dream Bad End 「良い演説だっタヨ。思わズ涙が出ソウな程に。けれど――」 5人。半数。倒れ伏すリベリスタの数が1つの臨界点を超える。 「無念ダろうネ。ペナルティだ」 その声と同時に、アイギスと対し続けていた快が動く――ここが、限界だ。 「……運命ですよ」 虚ろな眼差しで、常に間近で動きを阻み続けて来た男を見つめアイギスが告げる。 運命。運命。繰り返し繰り返し言葉に載せられて来たそれに、胸の奥に刺さった楔が疼く。 「こんな物が、運命だって……」 必滅の意志を持って此処まで来た。不退転の決意を灯し己が全力を尽くして。 それでも届かないと言うなら、彼らに与えられた祝福とは一体何なのか。 「そんな物、認められるか! もしも、俺が英雄たりうると言うなら、 運命が俺達を祝福してくれると言うなら、今力を貸してくれ――!」 慟哭は、けれど。届かない。届かないのだ、否応も無く。幸運を示す天秤は気紛れだ。 可能性は何処まで行っても可能性でしかない。例え如何程のリスクを積んだとしても。 常にリターンが齎される訳では――無い。 「――退きましょう」 カイが声を上げる。このまま戦い続けて、勝てる目が無い。 確かに、残り5人。拓真、ディートリッヒ、快、光、そしてカイには未だ一定の火力が有る。 だが、癒し手が光しか居らず、5人の内1人がアイギスに完全な足止めを受けている以上 手傷を負った3人で攻めきれるとは――到底、考えられない。 「……っ」 拳を握る。浮き上がった短剣。決断が遅れたら遅れた分だけ犠牲が増える。 今ならまだ――今なら、まだ。この場に居る者達だけでも救えるだろう。 「……それしか、ないか」 「そんな……でも、そんなのって……」 拓真が最も傷の重いユーヌを背負い上げる。カイがリセリアを。 そして逡巡を口にした光も、間近で倒れたゼルマを引きずる様に抱き上げる。 「――なら、此処は任せときな」 ディートリッヒが前へ出る。この場で快に次いで耐久に長けるのは彼だ。 その自動回復量は此処までの激戦を経てすら十分な余力を残す程。 未だその場に2人の敵が居る以上、足止めが2人は必要不可欠である。 「ハ、ハ、ハ、何だイ話は纏マッたのカナ? まァ好きニスると良いサ。 僕は今トテモ気分が良いンだ。君達英雄の雛ガ挫折シ、苦悶し、絶望シ、世界を憎む様ヲ見ルト 胸が梳く様ナ想いがスル。ハ、ハ、ハ、分カルかい、分かッテくれルカい? ねェ、聖櫃の子供達」 大仰に、手を挙げる。そうして放たれる七本の短剣。狙いは――カイ。 「分かりませんよ、分かる筈が無い。けど、一つだけ分かる事だって、あります」 背負ったリセリアを護る様に、真っ向から短剣の剣閃に身を晒す。 身体を鮮血に染めながら、けれども歯を喰いしばり対面する歪みの曲芸師を睨み付ける。 「貴方は最悪だ。貴方の……お前の――思い通りになんか、させない」 「だっタラ阻ンデ見せなヨ、聖櫃(アーク)」 3人が駆け出す。屈辱に背を向けて。ディートリッヒと快、そして倒れたまま動かない椿と天乃。 「さあ、我慢比べと行こうぜ」 「此処から先は通さない。人の意志は何よりも強いってことを示してやる!」 その言葉に、二ィ……と、バッドダンサーの口元が大きく歪む。 元々の顔立ちがある程度整っているからもあるだろう、それは酷く醜悪で、酷く――いびつな笑い。 「この場デ全員殺シテあげようカト思ったケレド、気が変ワッたヨ」 彼らはそれでも、立ち上がる。何度倒れても、何度敗北しても。 それが資質であると言うなら、その身は紛れも無く英雄の雛。けれど、だからこそ―― 「その小奇麗ナ瞳を濁ラセて、届かナイ天へ慟哭シ世界に怨嗟ノ声を吐くト良イ。 君達の命の分ハ、本来死ぬ必要ノ無かっタ罪も無イ人達で贖っテあげるカラさァ!」 両手を広げるその仕草はまるでオペラ歌手の様で。 「アイギス、君へノ“夢幻の宝珠の貸与”を解除すル」 「……はい、“先生”」 『鋼鉄の乙女』が指輪を掲げる。そこに灯った光は黒く、何処までも黒く、尚黒く。 「『バッドダンサー』シャッフル・ハッピーエンド。憶エテおくト良イ聖櫃の子供達」 名乗り、口上。そして紡がれる呪詛の言葉。 立ち塞がる2人にその歌声を止める事は出来ず、抗えど抗えど絡め取られ埋没していく。 腐敗し汚染された戯曲(バッドドリーム)は――醒める事は無い。 「僕が、僕“達”が、君達の――敵ダ」 詠唱四節。紡がれた言葉の意味など知れず。けれど残された言葉の意図は脳裏に刻まれる。 Nacht und Tag, Licht und Dunkelheit Die Verzweiflung ist umgekehrt, zu hoffen 昼 と 夜 、 光 と 影 、 希 望 と 絶 望 は 反 転 し Die Existenz zu nichts das virtuelle Bild zur wirklichen Sache 有 は 無 へ 、 虚 は 実 へ と 切 り 変 わ る Es gibt nicht den Traum gibt nicht die Hilfe Glucklicherweise gibt es nicht es 夢 想 な ど 無 く 、 救 済 な ど 無 く 、 幸 い な ど 無 く gibt nicht die Gnade gibt nicht den Segen gibt nicht die Gunst 慈 悲 な ど 無 く 、 祝 福 な ど 無 く 、 寵 愛 な ど 無 く Es gibt nicht den Schutz gibt nicht die Gerechtigkeit gibt nicht den Grund 加 護 な ど 無 く 、 正 義 な ど 無 く 、 道 理 な ど 無 く gibt nicht die Reihenfolge gibt nicht die Notwendigkeit gibt nicht das Wunder 秩 序 な ど 無 く 、 必 然 な ど 無 く 、 奇 蹟 な ど 無 く Deshalb verrotten Sie erbarmungslos weg; die Welt ―― 故 に 無 惨 に 朽 ち 果 て ろ 世 界 歪曲混沌黒史録――Grand Guignol Out Break 最後の記憶は頭上より振り下ろされる“何か” 見る事も知る事も叶わぬ――悪夢と言う名の死神の鎌。 ●Game Over 東京都立川市高松町。都内広告代理店勤務、松川清(31)が突然路上で出刃包丁を振り上げ、 周囲の人間に手当たり次第に切り付けると言う事件が発生した。 死傷者は11名、その内訳は死者2名、重傷者2名、軽傷者7名。 加害者はその凡そ5分後近所住人によって取り押さえられたものの―― 大阪府堺市南区宮山台の路上で通学途中だった篠原洋子さん(14)が、 近所に住む主婦、大友香奈(55)によって殺害されると言う事件が発生した。 加害者は父親との2人暮らしであり、介護による心的疲労が原因ではないかとの証言も―― 愛知県名古屋市栄、ナディアパーク内1階にて男性が突然発砲すると言う事件が発生、 流れ弾に当たった及川大介君(10)と、男を止めようとした 会社員、岡田勇二さん(30)が重傷を負い、すぐに病院に搬送されましたが―― 長崎県佐世保市南風崎町からハウステンボス町へ向かう県道141号で観光バスがバイクと衝突。 バイクを運転していたのは15歳の少年で、妹の命が危ない等の発言を友人達に漏らしており―― 北海道小樽市、小樽駅から徒歩5分の商店街内で通り魔事件が発生。 広瀬祐美さん(26)とその娘の広瀬美菜ちゃん(8)が死亡すると言う悲劇に関係者は―― 北陸自動車道新潟西ICでバスジャック事件が発生。犯人は頭にニット帽を被った中肉中背の男。 拳銃を所有。バスジャックは現在も継続中。当局は拳銃の入手経路等―― 宮城県仙台市泉区の住宅で山本和子さん(76)が殺害されているのが発見され―― 兵庫県神戸市長田区北町で大規模な火災が発生。当局は放火の可能性も―― ―――――――――― ―――――― ―――― ―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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