● 「あたし、また死ぬのね! 今度は追い抜かれて死ぬのね!? 未練だわ! 未練があるわ!」 けたけたと、燃える女。 「覚えててね! あたしは、人混みアタランテは」 炎で既に体の輪郭は崩れている。 三日月につり上がった唇が炎の隙間から見え隠れする。 「一歩たりとも、走ったりしなかった!」 ● 「アタランテ、ふられたんだって」 「若い男を追いかけてたら、後ろから来た女の子に横取りされたんだって」 「復讐する気満々らしいよ」 「今、ジョギングスタイルにランニングシューズで、修行中」 「今はジョガーアタランテ」 「夜にジョギングしてて、後ろからすごい足音がしてきたら、ジョガーアタランテ」 「走っても振り切れない」 「人混みアタランテは、絶対走らないけど、ジョガーアタランテは走る」 「ニセモンじゃねーの?」 「電車より速い」 「バスとかタクシーとかに乗っても歩道をずっとついて来る」 「降りたとたんにやられる。電車に乗ってもホームに先回りして待ってる」 「立ち止まっちゃいけない」 「振り返ってもいけない」 「うちまで自分の足で帰らなきゃいけない。どんなに遠くても」 「うちに帰るまでに追いつかれちゃいけない」 「そうでないと、『つまんない』って足でけり殺される」 「パチモンじゃねーの?」 「うちまで逃げ切ると、電話が来る。『許してあげる』って言われたら、セーフ」 「人混みアタランテは、りんご上げたら止まってくれたけど、ジョガーアタランテはトレーニング中だから、りんご受け取らないんだって!」 「ますますパチモンくせー!」 ● ゴスロリ服に、超ハイヒール。パラソルがトレードマークだった。 足の速い若い男が大好き。 全力疾走で走る男を歩いて追いかけ、死ぬ寸前まで走らせて、最後には傘に仕込んだレイピアで突き刺して殺してしまう。 りんごを渡すと、ちょっとだけ待ってくれる。 自分より弱い敵をいっぺんに相手にして、混乱した敵が同士討ちするのをけらけら笑いながら見ていた女。 生ける都市伝説。 「人混みアタランテ」というフィクサードが、夏に倒された。 そして、秋になった頃。 死んだ「人混みアタランテ」は皮一枚残して屍解仙という名のE・フォースとなり、現世に戻ってきた。 リベリスタ達は、それを十数キロのロングランの末、倒した。 アタランテは、決して走ったりしなかった。 「アタランテの噂がたち、実際犠牲者も出てる。本物だろうが、偽者だろうが、どうでもいい。実際被害が出ている以上、それを排除するのがアーク」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、てきぱきとモニターにとある住宅街の地図を映し出す。 「残念ながら、ジョガーアタランテを出し抜くことは出来ない。幸い、ターゲットが力尽きる前に捕捉は可能。ターゲットを保護。ジョガーアタランテを撃退」 モニターの一部に赤い丸がつけられる。 「ここ、公園。ターゲットはがんばって逃げてくれるので、迎撃地点として設定。事前に強化するならしといてね。大体噂は正しいね。今回はりんごは効かない。それから……」 イヴは、首を傾げる。 「覇界闘士っぽい」 なんだと。 さっきから聞いてれば。 人混みアタランテは、超ハイヒールにゴスロリ服。仕込み傘のレイピアがトレードマークのソードミラージュじゃないのか。 ジョギングスタイルにランニングシューズってなんだよ。 裏切ったな、俺達の心を裏切ったな。 「人ごみアタランテは倒した。二度も倒した。模倣犯だろうがなんだろうが、人に害なすなら、何でも倒す」 イヴは、リベリスタ達を見回した。 「でも、ことの真贋は大事。その辺の確認も出来たらよろしく」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 9人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月28日(火)23:42 |
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■メイン参加者 9人■ | |||||
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● おまえでもいいわ。こっちに来てみる? 陸上選手としては平凡だった。 遅くはないが、世界を狙えるほど速くはない。 ある日、それは訪れた。 この世で一番速い女になりたくない? 啓示。 なれるものならば。 日本一でもなく。 世界一でもなく。 この世で一番になりたいと思った。 ● 足音が近づいてくる。 嘘だろ。俺、陸上部だぞ。 駅伝選手だぞ。 なんだって。 もう、一時間以上走ってるのに。 家まであと少しだ。 公園を曲がってすぐ。 鍵。鍵、どこだっけ。 もたついて、殺されるのは、ごめんだ。 いや。殺されるとは限らない。 ただの野生のマラソンランナーの変質者かもしれない。 でも、この一定の足音が。 「アレ」を思い出させて。 「さあ、おっかけっこをはじめましょう。おうちまで逃げられたら許してあげる。逃げられなかったら、つまらないから命をちょうだい」 ● 『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)は、公園の植え込みの中で集中していた。 「都市伝説の模倣犯なのかな。まぁ、正体がどうあれ、害を為す以上倒すのみだが」 海外で修行生活を送らされていた禅次郎は、人混みアタランテの噂を実際に聞いたことはない。 参考資料として、聞き書き形式の概要を読んできただけだ。 「人混みアタランテ……わしも名前くらいは知っておるがのう。模倣犯か? 霊に取り憑かれでもしたか?あるいは……まぁ、わしの考え過ぎならよいがのう」 『紫煙白影』四辻 迷子(BNE003063)は、長煙管をもてあそびつつも、戦支度に余念がない。 (死人を生き返らせる実験を裏野部と六道がしているというのはつい先日の話じゃったな……妙なアーティファクトなどを持っておらぬかも調べておこう) 同じ型をなぞる者がもう一人。 (俺にゃ何の因縁も無えが……。この場に立ってる以上、ンな事を理由に全力を出さねえってのはNGだ。偽物だとか、本物だとかの審議はとりあえず俺にはどうでも良い) 『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)は、炎が燃え上がる前の静けさだ。 ただ、今一つ体の調子が上がらない。 「あ、やべ……」 すでに、AFによって固定・制御されている自らの可能性。 自身を賦活させる神秘がはずれている。 (いや、こういうときほど。集中、集中……) 「アタランテという都市伝説が、本人を失った事で、文字通りの一人歩き、てか疾走を始めたのならまだ分かる」 『薄明』東雲 未明(BNE000340)には、ジョガーアタランテがいかにして現れたのか経緯が分からない。 「でもこいつは生きてる人間、フィクサード。どういう事?」 自分の命を力に変えて、更に集中。 正体が見えない敵に、刃をねじりこむための集中。 「真贋はともかく、既に犠牲者が出ているのが辛いねぃ……」 『蜥蜴の嫁』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)は、表情を曇らせる。 アタランテには直接会ったコトはないが、彼女はきわめて個人的な理由で「人混みアタランテ」に恨みがある。 「アタランテかあ……。敵で悪い人だったけど、優雅で自分の流儀を曲げない強い人だったね」 「生きていた人混みアタランテ」を倒した一人、『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)は、くすくす笑いながらレイピアを取り回していた姿を 思い出す。 そうなのか。という顔をする禅次郎と猛に、目顔で頷いて見せた。 「でも、今回の人からはそういうのは感じられないかな?」 勘だけどね? と言いながら、目線を動かす。 優雅さ。自分の流儀を曲げない強さ。 敵ながら。と、ウェスティアが思えた部分。 「そういうのを汚すのはあんまり褒められた物じゃないよね……」 ● ちくしょう。 「アレ」なら走らないんじゃなかったのかよ。 なら、後ろのは普通の変質者? だけど、普通の変質者は足にキャッチャーみたいな防具はつけてないと思う。 助けて。 もう、そろそろ、限界だ。 たすけて。 誰か、助けてくれ。 もう足が動かなくなる。 足音が近づいてくる。 死ぬ。殺される。 突き殺される。 違う。 アレは噂のゴスロリ女じゃない。 蹴り殺される。 影は、通り過ぎるとき一瞬光る。 人だと気がついたとき、両脇から声がする。 「後チョットダケ、走レ」 「大丈夫よ。あたしたちが守るから」 「助けに来た。私達は、後ろから来るのの専門家」 公園の中に引き込まれる。 中から人が飛び出してきて、背中から聞こえる足音からさえぎる壁になってくれた。 「素直にしてれば、助カル。で、あんたの家はドコ?」 送ッテッテヤル。 どっかの高校の制服着て、頭に耳つけた外人の女の子が変なイントネーションでそう言った。 「心配スルナ。ありゃ、ニセモンだ。アノケチジャナイ」 と、付け加えた。 目と鼻の先の俺のアパートを指差すと、俺を手荷物みたいに抱え上げると、塀を走って屋根を伝って、あっという間に部屋のドアの前。 「鍵開ケロ」 開けたとたんに、部屋の中に蹴りこまれた。 「明日の朝まで外に出ルナヨ。電話こなくても心配スンナ。もう、あんたが追っかけられることはない」 玄関のドアが閉められた。 慌てて開けたときにはもういなかった。 夢見たわけじゃねーし。 ……特殊な趣味でもねーから。 ● 「……来たか? 流石、早いって事前情報あるだけあって早えぇな──」 猛の独り言に、青い影はふっと笑みを漏らす。 『神速疾駆』司馬 鷲祐は、目の前を走るフィクサードが「また」ではなく「はじめまして」であるのに気づくのにさしたる時間はかからなかった。 「速くて若い男の登場だ。なぁ、『アタランテ』」 一定の速さで獲物を追い込んでいたフィクサード「ジョガーアタランテ」は、ふんと鼻で笑った。 「『アタランテ』は、獲物を殺すか許すかしない間は、浮気しないんだよ。アークの神速」 あの、鷲祐の背中を切り刻んだ女ではない。 遅くはない。 革醒者全体の中でも、十分速い部類だろう。 だが、『アタランテ』と名乗るのは許せない速さでしかなく思える。 「邪魔するな。蹴散らしていくぞ」 ジョガーが動いた。 雷光一閃。 前に出ていた、アナスタシア、鷲祐、ルア、猛がまともにその蹴りを食らう。 全員が? 近場にいた全員が、だ。 「もう一丁」 かすかに耳に届く声。 続けざまに叩き込まれる衝撃。 まつげの先まで電撃が染みとおる。 ジョガーは、刹那に二度動いた。 この瞬間に、前衛の体力が七割がた削れている。 「……貴様、どこでその力を手に入れた?」 鷲祐は、口元をぬぐい、不愉快そうに眉をしかめる。 大事な「嫁」に蹴りを叩き込んだこの女は、膾切り決定だ。 ウェスティアの呪文にあわせて真紅の血が地面にしたたる。 高速で詠唱される複雑の呪文に感応し、赤い血が漆黒の鎖に変わる。 (奇しくも今回も最初の戦いと同じ構図だね。復讐の為に自分の流儀を捨てる程勝ちに執着してるなら、焼き直しにならないよう私を狙ってくると思うんだよね。その辺も本物かの判断材料になるかな?) しかし、ジョガーはウェスティアに注意を払う様子はない。 ジョガーに向かって放たれる黒い鎖の濁流が、ジョガーの足元だけから湧き上がり、手足に絡みつき絞り上げ、ジョガーの皮膚に食い込み流血を強い、猛毒がジョガーの体力を奪う。 未明は地面を蹴り、デュランダル離れした動きで、公園の遊具を蹴る。 「おいかけっこはお終いよ、ここから先は立ち入り禁止」 ジョガーの背中越し、無骨な刃がその延髄を狙う。 フードが切り裂かれ、ぱっと赤い血花が咲いた。 「人混みアタランテは夏に死んだ、噂の権化も秋に消えた。冬に出てきたあんたは誰?」 そう問う未明に、「ジョガー」は笑った。 「あたしは、ジョガー。『ジョガーアタランテ』 今は数多いる候補者の一人。じきに、たった一人のアタランテになる女よ」 あはははは。と、深夜の乾いた笑い声が公園にこだまする。 「あたしは、このレースに参加する資格を得た。「人混み」の後を継ぐ、次の『アタランテ』を決めるレースにね」 そうね。おまえでもいいわ。こっちにきてみる? 「人混みアタランテは私に呪いを残して消えたの。目の前で燃えていった言葉を思い返す」 『そこのお嬢ちゃん。頑張ってリベリスタでいるのよ』 『人混みアタランテ』が炎に巻かれて死んだ夜。 白い指が、ルアに向かって呪いという名の賛辞を放った。 『堕ちたら、きっと。あたしのようになるわ』 以来、『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)は、アタランテの気配に怯えている。 今だってルアの手は小刻みに震えているのだ。 可憐な白い頬に蹴られた跡が痛々しい。 「呪われた? 次のアタランテになる可能性を持ってるくせに。何、怖気づいてるの?」 『アタランテ』 最速の女。 最速に手を伸ばすため、死さえ手玉に取ろうとした女。 そのために、数多の男を手にかけ、滅ぼさんとするリベリスタを手にかけ。 人の営みの中にまぎれつつ、百年余の時を全て研鑚に費やし。 ただ速くあろうとした意志の具現。 死屍たる後も、念となり。 念が散らされて後も、こうして次を目指す者が現れる。 ゆえに、「伝説」 ゆえに、「妖怪」 「最速の女になる可能性を。神速の具現になる可能性を自分で潰すって言うの?」 走り出した女と、踏みとどまる女。 怖れていたのは、『アタランテ』の「復讐」。 ジョガーは、『アタランテ』の「祝福」という。 「あたしは」 踏みとどまる女は、声を上げる。 ルアの手に、「Otto Verita 」 恋人から贈られた『八つの真実』 ルアの運命にふりかかる嵐から、守ってくれるようにと願いがこめられた一振りのナイフが、ルアの運命を切り開く。 「皆が居る。司馬さんが居る。大切な人が居る!」 花風を纏ったソニックエッジ、百閃。 閃光は白く速く高みへ到達する。 「―――L'area bianca/白の領域」 目指すべき人がここに居る。 ルアが追いかけたいのは、司馬であり。 大切な人が待っててくれる。 愛しい人はルアがどこまで走っていったとしても、きっと戻ってくるのを待っていてくれる。 「マッタク。私抜きデ話を進メルナ。今、アーク最速は私ダゾ」 アレより早いと鷲祐を指差しながら、青年を家に放り込んできたリュミエールが戻ってくる。 「な、あんた!? あいつをどこにやったの!?」 ジョガーの驚愕に、リュミエールは、フンと鼻で笑った。 「トックニ家に帰してキタゾ。お前、トロイ。横取りサレテルヨウジャ、『アタランテ』は向いてナインジャナイカ?」 電信柱を蹴る。フェンスを蹴り、策をけり、一蹴りするごとに速度を増し、威力さえ増していく。 斬りつける音速の太刀筋は二本。 「調子いいな。お前、切りやすいぞ」 『そ奴、普通のフィクサードじゃ! アーティファクトやアタランテの霊に憑依されている訳ではないぞ! 情状酌量の余地はなしじゃ!』 迷子の思念波がリベリスタ全員の脳に叩き込まれる。 速度の壁に阻まれて、事前に壱式迅雷を放つことを知らせられなかったのは、迷子痛恨の極み。 その分、今分かることを正確に伝えなければ。 『森羅行と壱式迅雷、遠距離対応はもっておらぬ。近くではなく、外から攻撃するのじゃ!』 そして、黒鎖に囚われたままのジョガーを凝視する。 『黒鎖が解ければ、そ奴は逃げる。当り損ないで構わぬ! 今の内にたたみかけようぞ!』 その一言が、禅次郎の心に弾みをつける。 (当たらなきゃ意味がない。反動やEP消費は気にせず、出し惜しみせず撃っていこう。丁寧に。丁寧に!) 禅次郎の体から溢れた黒いオーラが収束され、ジョガーに向けて放たれる。 赤さを残す黒鎖の上から、どこまでも黒い暗黒の収束がジョガーをえぐる。 直撃した黒いオーラがジョガーの体を更に鈍らせる。 「……そんじゃ、ウチの旦那にキスしてくれたのはあんたじゃないんだねぃ?」 暗視ゴーグルを外して、アナスタシアが笑みを浮かべる。 「でも、足の速い男を狙うなら鷲祐の危機。はふふ、全力を出さない理由にはならないよねぃ?」 往年のスプラッタムービーの二台巨頭の名を冠したフレイルが、きわめて個人的な欲求を満たすために振り回される。 「叩き折って叩き潰すッ!!」 組み伏せて、叩きつけるフレイルのブレードが猛毒に犯されたジョガーの血肉を吸い上げる。 「嫁。俺の分も残しておけ。俺にもそいつを殴らねばならない理由がある」 鷲祐が地面を蹴った。 「神速斬断。――『竜鱗細工』ッ!」 目にも留まらぬ太刀筋が音速の壁を破壊して、その断片一つ一つが龍の鱗となって、ジョガーの体を切り刻む。 ジョガーの体が限界を迎えた。 「いや……だ。こんなの……。こんなところで。まだ走り出したばかりなのにっ」 運命は人の道理の善悪ごときで揺れ動かない。 ただ諦めないものを愛する。 ジョガーは立ち上がる。 「アタランテ」となるために。 そこに、猛が駆け込んできた。 「蹴られまくってやり返す前に、俺の殴る分なくなってたらどうしようかと思ったぜ。確実に此処で、ぶっとばしゃあ良い……そうだろ……っ!」 ガントレットをはめた拳が引き絞られる。 「……最初で最後。遠慮は無しだ、全力でぶち当てる──!」 稲妻を纏い、全ての束縛から解放されたジョガーに向けて、渾身の拳が叩きつけられる。 「一気に削らせて貰うぜ……! おおおおおおおおっ!!!」 たたきつけた拳から放たれる、青い雷の本流。 深夜の深闇を稲光が柱となって、一瞬青白に染め替える。 後に残ったのは、夢に破れた女の死体が一つだった。 ● 「模倣犯か再生超人だか分からないが、運が無かったな」 禅次郎が呟く。 「走る男に余裕の歩みで勝つのが『アタランテ』。その矜持も無いのならアタランテの名にふさわしくなかったってことね」 未明の言葉に、鷲祐は頷く。 「人混みアタランテはその速さで、決して走ったりしなかった。奴は速さだけを追い求めた意思の具現。そんな重脚甲は選ばん。ならば貴様は別の、アタランテに似た何かだ」 足元に転がる、女の死体。 「この「アタランテ」は何だったんだろう……? 尾鰭の付いた噂話がE・フォースになったのかと思ったケド、何だか違うみたい。また蘇ってこないとも限らないし、正体を知れるチャンスがあるなら知っておきたいな」 アナスタシアの言葉に、鷲祐は、ジョガーの言葉を思い出す。 「数多の候補者って言ったか?」 例えば、アフリカでは、魔女になるためには「一年間、人に見つからない」という条件をクリアしなくてはならない。 「人混みアタランテ」もその噂の浸透具合とは裏腹に、めったに人目に触れることはなかった。 「万華鏡」の目をかいくぐり、ただ速さを求め、そのために男を狩る女達が潜んでいる。 最速の称号を求めて。 たった一人の『アタランテ』になるために。 「さしずめ……拾ったのは奴の『未練』か」 炎の中に消えていった赤い唇。 言っていたではないか。 『ほんと、ソードミラージュは大好きよ。あたしに可能性を見せてくれる』 そういって、鷲祐の頬に口付けたではないか。 速さを望む意志の具現。 もっと速い者が見られるなら、その可能性があるのなら。 いっそ、『自分でなくても構わない』 「どのみち、その力の大元は捨て置けん」 何かを分け与えている訳ではなくとも、踏み外す背中を押す見えない影の気配がする。 「ひどい。残ってない。今回もケチなのか? というか、『アタランテ』はみんなケチなのか? いや、私より遅い奴からカッパイデもシカタナイと言えバそれまでダガ……」 リュミエールは、猛の雷撃でジョガーの装備がみんなガラクタになっているのに文句を垂れている。 「アタランテ――どこまでも付き合ってやるさ」 鷲祐は、そう呟いた。 震えの止まった手をぎゅっと握り締めて、ルアは空を見上げていた。 ● 「ジョガーアタランテ? ああ、あれダメ。パチモン」 「新機軸ってのもチラッと考えたんだけどもね」 「パチモンは、女子高校生のランナー狩りに遭ったんだって」 「こわっ」 「別にパチモンだし」 「やっぱ、アタランテは走っちゃダメだよな」 「かっこよく」 「余裕たっぷりで」 「りんごも忘れないで」 「そうそう」 「アタランテは、絶対走らない」 「あ、そうそう。これ聞いた話なんだけど……」 アタランテは、走らない。 極悪非道。 優雅で、自分を曲げることはなく。 走る男に余裕の歩みで勝つ女。 速さだけを追い求めた意思の具現。 それが、世界の総意である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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