●例えるならば、レオニダス 戦場で黒い渦に飲み込まれて、気がつけば一人血に倒れ伏していた。 ここはどこだ。 見たことがない色の空が広がっている。 かいだことのない臭い。何もかもがこれは元いた所ではないと伝えている。 退くことは許さぬのだ。 最後の一兵まで骸となろうとも。 せめて女王と次代を担う子供達が逃げ切るまで、われらは戦場を動くことは許されぬ。 そのために、この身が滅びても本望。 しかし、神よ。わたしは、このような異郷の地で孤独に滅びるのですか。 願わくば、今一度、我を仲間の元へ、戦場に戻したまえ。 神よ。 ●ノー・シェイク・ユア・フィスト 「覚醒するってことは、殺戮マシーンになるってことじゃないだろ?」 わかりにくいつかみに定評がある『駆ける黒猫』将門伸暁(ID:nBNE000006)は、バサッと資料を机の上に投げ出した。 ちょいちょいと指で指し示す。 自分らで持っていけということらしい。 「瀕死のアザーバイトがぼちぼちこの世界に出現する。治してやってくれ」 資料に寄れば、とある廃村が現場。 「具体的に言うと、流血だらだら。ほっといたら即死ぬ」 討伐依頼ではないのかと、リベリスタ達は首をかしげた。 「死にそうだから正確な評価は難しいけど、フェイズ2を超えることはないな。自分の世界では他の凶暴種の餌。死ぬと特有の臭いがするんだけど、その臭いがD・ホールの向こうから凶暴種を呼び寄せる。この凶暴種が出てくるとめちゃくちゃ厄介だから絶対死なせないでくれよ。テリブル・スメルだぜ」 伸暁は、ロストコードは勘弁だ。と、仰々しい仕草で天井を仰ぐ。 「治せちまえばこっちのもんだ。凄まじく帰巣本能が発達している。仲間と一緒にいないと、さびしくて死ぬのさ。だから、傷が完治すれば、アザーバイトは自力で帰る。ASAPでな。条件は、HPフルゲージだ」 そう言うと、信暁はホワイトボードに箱を書き、真っ黒に塗りつぶす。 「だけど、死に掛けで興奮しているから、大人しく治させてくれないぜ。向こうは全開で攻撃してくる。まあ、見たことない生き物が側に寄ってくりゃ当たり前だよな。意思の疎通取るとかも期待しない方がいいだろうな。音楽も解さないようだし。音楽がわかれば意思疎通も出来たかもな。残念だぜ」 と、肩をすくめる伸暁。 そういう問題じゃないと微妙な空気が流れる。 「オンリー・ヒール、ノー・ウェポンだ。傷つけるばかりが戦いじゃない。たまにはラブ&ピースに満ち溢れてたっていいだろ。たっぷり満たしてやってくれ。鼻血吹くまでな」 ほんとに音楽わからないなんて残念だよな。と、伸暁は未練たらたらで首を横に振る。 「俺の音楽は魂を揺さぶり起こすが、癒し系じゃないからな。あんたらの無償のホスピタリティに期待してるぜ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月09日(月)22:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●最上の仕事 廃屋に侵食する緑を掻き分けながら、直立アルマジロが死に掛けている広場に急ぐ。 来栖・小夜香(ID:BNE000038 )が、 「癒し手としてこれ以上は無い依頼ね。まさに癒し手冥利に尽きるって奴よ。こういうのばかりだといいのだけど……」 と、呟くのに、『シスター』カルナ・ラレンティーナ(ID:BNE000562)も同意した。 「ここまでやり甲斐の有るお仕事は初めてですね。癒し手の本分、存分にお見せ致しましょう」 急に視界が開けた。 目的の広場だ。と言っても、10メートル四方。足元は踏み固められているので雑草が少ないと言うだけの、要するに空き地だ。 そこに、身長2メートル。盾と剣を持った…… 「あるまじろっ!!」 素っ頓狂な声を上げた『百の獣』朱鷺島・雷音 (ID:BNE000003)に、全員が振り返る。 「うむ、すまない。あまりにもの愛らしさに感極まったのだ」 いやいやと、『泣く子も黙るか弱い乙女』宵咲瑠琵(ID:BNE000129)が首を振る。 「寂しくて死ぬような弱者の眼では無いな。最期まで足掻き戦い続ける武士(モノノフ)の眼じゃ」 うむと、『白面黒毛』神喰しぐれ(ID:BNE001394)が同意する。 「わかるのじゃ。その背に背負う誇りと未来が! となれば、全力を持って癒してやるのがナースの役目なのじゃー!」 その様子に、ふっと、『ナイトビジョン』秋月瞳(ID:BNE001876)と皮肉な笑みを浮かべる。 「命をかけて護るものがある、か。羨ましいな、そんなものは全て無くしてしまったよ。」 その内心を知ってか知らずか、『大食淑女』ニニギア・ドオレ(ID:BNE001291) が、 「治して癒して回復して、元気いっぱいでお帰りいただかなくちゃ!」 と、発破をかけた。 アゼル ランカード(ID:BNE001806)も、うんと頷く。 「癒すだけ、でもそれが今回は難しいのですよねー。癒しがいはありますけども」 だくだくと噴き出す血をぬぐいもしない『将軍』を見つめた。 ●瀕死の将軍 将軍は、癒し手たちが現れてもそのまま動かなかった。もはや膝をつくのも時間の問題にみえた。 小夜香は膝を突き、頭は垂れてかしずき、武器であるクロスは脇に置いた。 「恐れないで……ただ助けにきただけだから」 (敵意の無い仕草って言うのは、私達と共通してる部分がある……と思いたいわ) 「うわぁ、満身創痍とはこのことね。治しがいがありそう」 ニニギアは、感嘆の声を上げた。 ホーリーメイガス達は、異界の聖なる存在に癒しを請う。 柔らかな風が、幾重にも将軍を包み込んだ。 虎穴にいらずんば、虎児を得ず。 間合いにいらずんば、アルマジロ癒しえず。 インヤンマスターたちは、アルマジロに癒しの札を貼るとすぐに跳び退った。 「敵ではないと伝えたいが、それも通じないのであろうな」 「癒して元気になるごとに、パワーアップとかしたら手に負えぬのぉー」 雷音としぐれは唸った。 間近で見上げるアルマジロの表皮は肉がえぐれて浮いていた。肉芽が盛り上がってくるのを確認する。 他の癒し手が広場のぎりぎりに陣取っているのに対して、アゼルは将軍の攻撃を自分に向ける為に正面から接近し始めた。 ゴフーゴフーと、当初よりかなりしっかりした呼吸をし始めた将軍。 しかし、血が噴き出し続けている。足元には、血だまりが出来、どんどん広がっている。 「ちゃんと回復する為には回復できる状況をつくらないとですねー」 常にない重装備に身を固め、攻撃を少しでも楽に受ける為に盾を前に構えた。 アゼルの体から見るものを畏怖させる光が放たれる。 今まで将軍の体から噴き出していた血の流れが徐々に収まっていく。 将軍は、生命の危機を脱したのだ。 みなぎる闘気が、只者ではないことを癒し手たちに知らしめる。 「生憎と、此方は術師ばかりで打たれ弱いのじゃよ」 瑠琵が術を展開させ始めた。 するすると将軍の周囲を文字が取り巻き、次々連結して戒めの呪印を形成する。 将軍は、剣の一振りで力任せに振りほどいた。 ●将軍の信仰に基づく考察・1 異郷の民は我が前に膝を折り、我が前に進み出て何やら貼り付けた後素早くもとの座に戻った。 そして、我が前に盾をかざすものからさした光。身に捧げられた祈りの輪。 我が祈りは通じ、神々は恩寵を下されたのだ。 彼らは、神々に仕える者達なのだ。 我らが、母なるユミスに頭を垂れ、父なるテモスにゲヘロンを貼り、愛しき者達を捧げるように。 我を癒し、本来の力を取り戻させ、再び戦場で武勲を挙げさせるため、その身を差し出したのだ。 戦に出る我のため、盾を構えて自分の力を存分に試せ。と、命を投げ出してくれたのだ。 なんと真摯な。尊い心であることか。 異郷の地にも恩寵深き、偉大な母なるユミスよ、父なるテモスよ。 我は、お遣わしいただいた心優しき者達を失望させたりは致しません。 我が最大の技にて、御許にお送りいたします。 どうぞ至高なるゲラネクマセに御導き下さい。 リベリスタ達は知らない。 今この瞬間、目の前のアルマジロに魂の底から感謝されていることを。 アルマジロは、彼らを敬愛するゆえに神座したもう楽園に送る気満々でいることを。 ●癒しへのお礼は、天国行きの雷撃 直立アルマジロは、天地に礼し、アゼルに向き直った。 アゼルには、その黒目がちな目に慈愛が宿っているのが見えたかもしれない。 目の前のアルマジロから、電光がほとばしった。 大きく一歩。巨体が小柄なアゼルに圧し掛かるように迫る。 次の瞬間、アゼルは空気が割れる音を聞いた。 火箸で刺されるような鋭い痛みが、身じろぎするたびに体中に走る。 かろうじて体を支えながら、襲い掛かる身体の喪失感を抑えながらアゼルは仲間に伝えた。 「か、体の、三分の二、持っていかれた……ッ!!」 全力で防護した。その上から叩き潰された。ごっそりとえぐられ、なおも放電を続ける体。 それでも、アゼルは立ち続けた。 ここで退いたら、装備の薄い他の仲間が次の標的になる恐れがある。 まだ、下がれなかった。 「倒れてはいけない!」 万感の思いと共に、雷音がアゼルに癒しの符を飛ばす。 「急急如律令! 符よ! 我が名において、皆を守る盾を成せ!」 しぐれが指を組み、結界の守護の元、この場を味方につけた。 その様子を見ていたアルマジロは、なぜか天を見上げ、胸を押さえた。 ●将軍の信仰に基づく考察・2 父なるテモスよ、赦したまえ。 我が一撃のなんと弱りしことか。 しかし、おお。この盾を持った異郷の者にも、ゲヘロンが許されているとは。 なるほど。ゲヘロンの巫女は、我が前に立つ戦士に。 それ以外の巫女は、我に力を与えるのか。 父なるテモスよ、我が一撃にて、あの者が安らかに旅立たんことを。 リベリスタは知る由もない。 将軍が、自分の前に立つ全ての戦士に等しく楽園の門を開かんと誓ったことを。 ●将軍の真心は、連撃。 鈍重に見えて、将軍は俊敏だった。再びアゼルに向かって襲い掛かる。 「一瞬でもいいから壁をやるわ」 小夜香が、将軍の剣の前に躍り出た。 左肩から袈裟懸けに電光がほとばしり、ガクガクガクガクと小夜香の体に痙攣が走る。 雷音としぐれが、より傷の深い小夜香に符を貼る。 仲間への癒しをインヤンマスターに託す。 ホーリーメイガスは、打ち合わせどおりに術を行使した。 ニニギアは、体内の魔力を活性化させる。 「すごいわ、ほとばしる癒しのパワー! 癒力発電とかできちゃいそうな勢い!」 消沈しそうな場の雰囲気を盛り上げるように明るい声を上げた。 カルナは詠唱を完結させ、将軍を癒した。 今の大技の余波で、先ほど治した傷がまた爆ぜている。 先は長そうだった。 ●立ち続ける矜持 将軍の前には、アゼルと瞳。 ヘビーガードをまとう二人に前衛の任が託された。 二人とも何度も傷つき、そのたびに符を貼られた。 しかし二人とも次の一撃が決まれば危ない。 その場にいた誰よりも、アルマジロが速い。 繰り返し瑠琵が動きを封じようとしているが、地力の違いからなかなかうまくかからない。 そして、再び将軍が切り下ろす。 鎧の継ぎ目を断ち切るようにして、将軍の剣がアゼルの体を叩き割る。 血の飛沫が、将軍の胸から腹に降りかかる。 将軍はアゼルの死を確信したかのように雄たけびを上げ、剣を空に向けて突き上げた。 仲間達が、声に鳴らない悲鳴を上げる。 しかし、アゼルには決して倒れない覚悟があった。 がっくりと膝を突いたアゼルは、はははと小さく笑った。 「いやー、治療に来たのに怪我人より先に倒れるとかいけませんよね」 口にたまった血を吐き出し、立ち上がった。 手にしているのは、大盾と魔道書。 傷つけずに、傷つかずに、治すための戦いだった。 ●HP・底なし 「蝶のように舞い! ナースのように癒すのじゃ! 癒し系とか、目指したいのじゃよー?」 しぐれは、アゼルに符を貼ると素早く背後に下がる。 断ち割られた骨が繋がり、肉が盛り上げる。 呪術的な力を増幅させるのを目的とした導師服では、アルマジロの前ではたちまち致命傷を受けかねない。 仲間を信じて、自らの役目を果たす。 「よーし、いいかんじね」 ニニギアは、勤めて明るい声を出す。 確かに将軍はいい感じだった。 大技を使う度傷を負うものの、最初に目にしたときの大きな傷のほとんどはふさがっていた。 しかし、癒しても癒しても、一向にこの場を去ろうとする様子が見受けられない。 魔力が身中から沸きあがってくる感触を感じながらも、底なしに思える将軍の許容量に眩暈さえ覚える。 魔力の循環回路を持たないインヤンマスターのうち、しぐれの魔力の底が見え始めていた。 すかさず雷音が結界の維持を肩代わりするが、その分前衛への癒しが手薄になった。 瞳とアゼルが交互に魂が削れてしまうようなダメージをくらい、もはや回復が追いつかない。 カルナ、ニニギア、小夜香の詠唱がより複雑なものとなり、妙なる福音が天より響く。 注意深く将軍も含めて癒すようにしながら、必死の詠唱が続いた。 技の複雑さに伴い、皆どんどんと消耗していく。 「将軍も、顔色が……えぇと、いいのかよくわからないけど、なんだかつやっとしてきた感じ。きっともう一息っ」 反比例して、リベリスタの顔色はどんどん悪くなっていた。 ●将軍の信仰に基づいた考察・3 この者たちは、どこまで信心深いのだろう。 きっと名のある神官団に違いない。 我が渾身の一撃を受けても立ち上がり、なお我が前に身を投げ出してくれるこの献身。 我が一撃をより鍛え上げんとしてくれているようではないか。 ありがたい。 打ち込む毎に、力がみなぎってくるではないか。 自らの命を削りながら、我を立たせるための献身。なんと尊いことか。 彼らこそ、至高なるゲラネクマセに住まうにふさわしい。 「………!!」 将軍は、彼を呼ぶ声を聞いた。 次元の彼方から、彼を召還する女王の声を。民の声を。 元いた場所に戻りたいという渇望が魂の底から湧き上がった。 おお、父なるテモスよ。 我は、偉大な母なるユミスの写し身たる女王に添わねばなりません。 彼らに報いることが出来なかった我の代わりに、彼らに最大限の恩寵を。 おお、信心深き異郷の神官たちよ。 そなた達を至高なるゲラネクマセに誘うことが出来なかった我を許して欲しい。 この戦での勝利を、そなた達に捧げることを誓おう。 偉大な母なるユミスと父なるテモス、あまたの神々の祝福のあらんことを! ●さよなら将軍、また逢う日まで…… それはいきなりのことだった。 ぼろぼろぼろとアルマジロの目から滝のような涙がしとどに頬を濡らし、その外皮を濡らす。 ぼーっ、ぼーっと、天に向けて何度か咆哮し、剣を握った手で血に染まった胸をどんどんと叩く。 剣を地面に突き刺し、リベリスタに向けて拳を何度か突き出し、ぼーっ、ぼーっと咆哮した。 そして再び剣をとり、くるりときびすを返して、次元の割れ目に向かって突進していく。 「な、治せたの、かな?」 ニニギアは、指の先から力が抜けていくのを感じたが、すぐに気を取り直し、 「さよなら将軍さん、元気でね」 将軍の背に声をかける。 (戻った先でまた怪我しちゃわないといいけれど。危険な世界でも、仲間がいるところに戻れて、よかった……) 「名もなき将よ。気高く誇りを貫くがよい……」 しぐれもしんみりと呟いて、将軍の武運を人知れず祈る。 「元の世界、元の戦場へと戻り、その本懐を果たすが良い」 瑠琵は、残り少ない魔力をかき集めて、将軍に餞別として守護を意味する印を施した。 小夜香も頭を下げた。 「運命が交われば、また会いましょう」 カルナも疲労困憊で声も出ないが、じっとその背を見守る。 一度は死すらも覚悟した。電撃で焼け焦げた導師服が痛々しい。 「せめてデータだけでも置いていけ」 慢心創痍の苦しい息の下から、瞳がうめく。 戦闘中は余裕はなかったが、去り際の将軍の解析に乗り出す。 精神状況、意気軒昂。非常に健やか、身体状況、これ以上ないほど健やか。 更に、戦闘中のものと思われる大部分が言語化不能の思考痕跡も入手できたが、理解するのに莫大な時間を要しそうだった。 最後の力を使い果たし、瞳は気を失った。 雷音は、アルマジロが愛らしかったとメールを打っていたのを中断し、あわてて駆け寄った。 アゼルは、ゲートを壊そうと試みた。 「あれ」 どれだけ精神を集中してみても一向にゲートを壊せる気配がない。 AFを確認すると、肝心のスキルが非活性状態になっていた。 変更しようにも、機能がロックされている。 思わず周りを見回す。 こっそり連絡した本部からは、今のところ問題はないと返答があり、ほっと胸をなでおろした。 緑濃き廃村の空き地。 今は、どことも繋がっていないゲート。 また、将軍が現れるかどうかは、偉大な母なるユミスのみぞ知るところである。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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