●吉備国昔話 古来、吉備国には多数の有力な豪族がいたとされている。 その中で、大陸より渡ってきた渡来人達を鬼と称したという説が存在している。 特に吉備国においては渡来人達が特別な文化を作り上げていたという調査結果も出ているのだ。 山城を作り上げ、朝鮮本土にも数例しか数がない特別な建築様式。さらに内部において製鉄を行う炉が近年の調査で発見されている。そのような例は世界において片手で数えられるほどしか例がないという。 その城の名を『鬼ノ城(きのじょう)』と言った。 ●魔道ガ哂ウ 「見ろよお前ら、ここがあの栄華を誇った鬼ノ城だぜ? 年月ってのは俺達鬼よりも余程無慈悲じゃねえか!」 満天の夜空の下、キシシと禍鬼の耳障りな笑いが響く。 皮肉げに語る禍鬼、そして周囲には多数の鬼達が存在している。その場所は岡山県は総社市内にある史跡、『鬼ノ城』であった。 かつてその城は無骨ながらも栄華を誇り、近隣の民に脅威を撒き散らしていた場所である。だが、現在はその見る影もなく廃墟と化し、国立自然公園として指定されていた。 その中に一つ、奇妙な石碑が存在していた。 積み上げられた巨大な自然石の一つ、それには仏像が彫り込んであった。今、鬼達はそれの前に自然石と同様に違うものを積み上げている。 「た、助けてくれ……!」 その積み上げたものは、人間であった。 老若男女問わず積み上げられたその数は無数にして大量。その全員が拘束されており、恐怖に引きつった顔、涙で歪んだ顔をして命乞いを、届かぬ助けの声をあげていた。 「怨むなら遠い昔の先祖を怨めよ! 吉備津彦の野郎がきっちりカタをつけてればお前らがこうして死ぬことはなかったんだからな。 ……まったく、テメエの仕事の後片付けを後ろに押し付ける辺り、あの野郎まったく反吐が出るくらい人間だぜ」 泣き叫ぶ人々を脅かし、恐怖をより引き出す禍鬼。彼らがより恐れ、怨み、無念を感じるほどに贄としては相応しくなるのだ。 「――まあ、今も生きてりゃそっちの方が余程スッキリ決着がつくもんだが」 禍鬼だけではない。鬼全体に満ちる怨嗟は全て、吉備津彦へと向かっていた。だが、その当人が居ない今はそれらを暴力に向けて発散している者が多い現状だ。 そして禍鬼は元より人へ向ける怨嗟は満ちている。よりそれを悪意に満ちた物にする為には、この儀式が必要なのだ。 ――そう。禍鬼に出来る最大の人類に対する悪意、それの集大成がこの儀式なのだ。 封印より解き放たれた時、禍鬼が目の当たりにしたのは岡山という土地に構築された霊的な呪縛であった。 鬼が吉備国にて猛威を振っていた時代から存在したもの、それ以後に建造されたもの。様々な要素が結界となり、封印された鬼を縛り上げるように作り上げられていたのだ。 それは人の知恵であり、鬼へ対する警戒であり。二度と封印を解かぬように脈々と受け継がれた、霊的な防衛網であった。 世界が不安定になったからこそこうして鬼はここにいるが、そうでなければ今現在も封印の中に追いやられていたことだろう。 「さあ始めるか! あの方を再びこの世界に迎え入れ、人間どもに対する復讐と支配を行うのだ! 吉備津彦に対する借りも含めてな!」 禍々しい笑みを浮かべ、禍鬼は抜刀し呪詛を呟く。こうして儀式の口火は切られた。 ●ブリーフィングルーム 「禍鬼の動きが再び捕捉された。かなりまずい状態みたいだけどな」 アーク本部。そこに召集されたリベリスタ達に対して『戦略司令室長』時村 沙織(nBNE000500)はそのように切り出した。 「禍鬼を始めとする鬼達は岡山で人間を多数拉致、連れ去ったらしい。向かった場所は――ここだ」 沙織が示した場所。それは一つの廃墟であった。 深い山の中に切り立った斜面。朽ちてはいるが石垣が積まれ、当時は堅牢であっただろうと思わせる史跡であった。 「国立自然公園、鬼ノ城公園。岡山にある桃太郎伝承の中心地となるその場所で、鬼達は儀式を行おうとしているらしい。恐らくは何かしらの封印を解くことだろうがね」 もし儀式が成功した場合、人間にとっていい結果がでるとは到底思えない。放置するわけにはいかないだろう。 「本来なら多数の戦力を派遣したい所なんだがね、知っての通り岡山の各地で鬼が活動をしている。さすがにそれらを放っておくわけにもいかなくてね」 その場における物量は多数予測されており、それを阻止するには少々少ない人数ではあった。だが鬼は街や各地の霊的な地にも現れ、暴れているのだ。 「そこで今回は、クェーサーに協力を要請することにした。 『緊急時故に、今だけならば』……だとさ。相変わらず素っ気無い対応だが、手は貸してくれるそうだ」 アークとクェーサー、再び両者の共闘が成立する。即時の同盟は拒否したクェーサー陣営ではあるが、別段協力する気がないわけではないらしい。ましてや緊急時ならば尚更である。 「心もとないかもしれないが、頼んだぜ。あと……くれぐれも無茶はするんじゃないぞ」 沙織に見送られ、リベリスタは向かうこととなる。鬼の住処、儀式の渦中。鬼ノ城へと。 ●シーン:クェーサー 切り立った山の上に存在する鬼ノ城。それらを麓から眺める一団がいた。 その集団は油断なく山の上を睨み付け、これから始まる戦いへとコンセントレーションを高めている。 「まいったね、こりゃ。次々増える鬼、そして今回は鬼ノ城ってか。たまらないねぇ」 フォックストロットがやれやれと肩を竦め、青大将は無言で腕を組み、目を閉じている。 深春・クェーサー率いる集団。アークとの共闘を受け入れ、突入の準備は万全。あとはアークの合流を待つのみといった状況である。 「――本当ならば、共闘の必要もないのだけれど」 深春の言葉に滲んでいるのは怨嗟と殺意。アザーバイドを駆逐する為の血統、クェーサー家の現当主として彼女が望むのはあくまでアザーバイドの死。 実力には自信がある、だがここは慣れぬ異郷の地。そして彼女も思想は違えどリベリスタであった。余分な被害と崩界を防ぐためにも、儀式は阻止しなくてはならないのだ。 「何、例え相手がどれほど強大であろうとも。名門キッシー家の俺が蹴散らしてやるさ」 ダンが胸を叩き、大口を叩く。彼の全身と態度には自信が満ち溢れている。 美鳳が油断なく山を睨み付け続け、クローセルは天に祈る。コーデリアもその堅牢な能力とは裏腹に、怯えたような不安げな態度を見せている。 彼らそれぞれの態度。それはこれから行われる戦いの過酷さを示すものであった。 同様に深春は――祈る。家名に、両親に。そして先祖代々エリューションと戦って死んでいった英霊達に。 「では――作戦開始」 ヘッドフォンを身に着け、深春は歩き出す。付き従うは六人のリベリスタ。 かくして一団は山へと向かい、戦いの幕を開ける。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:都 | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月03日(土)01:01 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●鬼ノ棲ム城 夜が更け、星が瞬く。 平地よりも空に近いこの場所、山の上では星がより瞬き、美しく見える。 岡山県総社市、国立自然公園『鬼ノ城公園』。その場所はそう呼ばれている。 古代において建造された、朝鮮山城と言われる構造をしたその史跡は現在では朽ち果てており、観光用の道を設置はされているがなかなかに険しい構造をした場所となっている。 その史跡部分へと立ち入る手前、観光施設の近く。複数の男女が集まっていた。 アークより派遣されたリベリスタ。そしてクェーサー達。観光ではなく、れっきとした目的のために集まったその集団はこれから行われる戦いに向け、緊張感に包まれていた。 「なるほど。それぞれがチームとして別に動き、連携して当たりたいと?」 ヘッドフォンを身につけた少女、深春・クェーサー。クェーサー家の正当な当主である彼女は、アークのリベリスタ達の提案を聞き、思案する。 アーク側の提案は、儀式の阻止と生贄となる人々の救出を主体にした、チーム分けによる攻撃である。 それぞれのチームが別々に突入し、より有利に戦況を進める側をアシストする構造。それがアーク側の求めるプランであった。 「相手の動きにもよるけれどね。より確実に突破出来る方法を選びたい」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)はそう語る。相手の動き次第では合流することも必要ではある。それらの判断はクェーサーに選択を委ねることとなるが、なによりも優先されることは、儀式が阻止出来る事。 「露払いは俺達が。クェーサーは本命を狙えるように動いて欲しい」 快の言葉に『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)が頷く。 様々な伝承が世界には存在する。これもまた、そのうちの一つであり決して珍しい事例ではないはずだ。だが、今回に限っては桁が違う。 鬼の王と呼ばれる存在。この場に封じられている可能性があるのは、そういった存在なのだ。復活を見逃すとより厄介な事態となることは明白である。それは避けたいというのは、全員に一致する結論だ。 「ならばその封印は……解かせる訳には行きません」 悠月の脳裏に浮かぶのは十二年前。日本に大被害を与えたあの事件を彷彿とさせている。あの事件、ナイトメアダウン。あれもまた、アザーバイドによる事件であった。それの再来の可能性もある、と彼女は考えていたのだ。 また、違う側面からこの儀式の阻止を望む者もいる。 「沢山の人達が捕まっているから。助けてあげないとね」 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が望むのは、その通り名と同様にハッピーエンド。生贄として捕縛されている、多数の人々を救い、儀式も阻止する。それが彼の望みだ。 「これ以上、民の涙は流させぬ」 王を名乗る『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)もまた、同様に人々の無事を願う。 曲がりなりにも王を自ら名乗る彼にとって、一般人とは民である。様々な王の形はあるが、民を護り君臨するのが彼の望む王威であるからだ。 「……了承。ならばそちらの提案を元に、臨機応変に対応する」 深春が頷き、アークのリベリスタ達も同様に頷く。 「やれやれ、余計な仕事を次の世代に残さないのは大切なことです」 『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)は独白する。 「しかし、必要な仕事を次の世代へ引き継ぐというのも大切なことです。――さて、吉備津彦が残した仕事はどちらだったのでしょうかな」 元来サラリーマンとして働いていた正道にとって、過去に行われた鬼退治が鬼封じであったという事、それは仕事として考えて完全であるか、もしくは必要なことであったか。そういった思考に辿り着く。 だが、それこそ吉備津彦本人にでも聞かねばわからないことであり、今考えても決して答えの出ない思索であった。 そして、ここで長く思索や雑談に耽る暇はないのだ。こうしている現在も鬼による儀式は進行しており、常に誰かの命が脅かされている最中なのだから。 「まずはアークの力と覚悟を……見せてあげるよ」 『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)の言葉。その決意は全員へと伝播し、これから行われる戦いに向けて覚悟を固める。 そうして二つのリベリスタは登山道へと歩を進めた。これより行われる、激戦へと向けての歩を。 ●供犠ヲ成ス 鬼ノ城敷地内。 そこには多数の史跡……石垣の跡や施設の残滓といった、廃墟よりも原型無き状態ではあるが。そういった施設が残されている。 城があった当時の物、また時期が定かではない物なども存在している。ここもまた、それらの一つであった。 巨石には仏像が刻まれており、やや開けた空間となっているその場所。現在そこでは多数の鬼が集まって儀式を行っていた。 円陣のように鬼達が配置され、油断なく周囲を窺っている。そして円陣の中央には――悲惨な光景が作り出されていた。 並べられ、積み重ねられ。多数の人が存在する。同様に人だったものも存在している。 個人という命を持って、この世に存在していた人々。だが、最早人ではあらずただの死体となっている者。これから死体になろうとする者、それを待つだけの者。死と慟哭、苦悶といったものがそれらの人々には満ちていた。 その状況を生み出しているのは、一人の鬼。禍々しい環頭太刀を手にした鬼、禍鬼であった。 「人間共、喜べ! お前達は十分に価値のある人生歩んだんじゃねえの? 封印されることもなく、生き長らえて最後は我らの王の役に立って死ぬのだから! キシシシシ!」 哂う、哂う。積み上げた人間達、不幸にもこの日に迷い込んだ観光客や麓の住人。それら抵抗出来ぬ人間達を前にして禍鬼が哂う。 「や、やめてくれぇ!」 「キシシシ! 嫌だね!」 囚われた人々の懇願を嘲笑う禍鬼。振り上げた刃が躊躇いもなく振り下ろされ、鮮血が飛ぶ。 未だ残された人々が絶叫を上げ、救いを懇願する。それらを禍鬼は無視し、時に嘲り。贄となる人々の絶望をより増幅させていく。 より絶望に、負の感情に満ちた人々の怨念を禍鬼は好み、また手にした剣『鬼鳴丸』は吸収する。それらの怨念と大量の血を媒体とし、封印を破壊しようとしているのだ。 すでに少なくはない人が惨殺され、地面を濡らす血を垂れ流している。夜はまだ始まったばかり。殺戮の儀式は未だ続く。 その時。一団が陣へ目掛け、真っ直ぐと突入する。 ただ愚直に真っ直ぐと。囚われた人々を救い、儀式を止めることを目指してアークのリベリスタ達は鬼の群れへと立ち向かう。 「貴様らの目論見は把握した、好きにはさせぬ!」 一丸となり突入する中、『我道邁進』古賀・源一郎(BNE002735)が叫ぶ。自らの決意を確認し、相手に叩きつけるように。 「なんだ!?」 「敵襲! 敵襲だ!」 やにわに色めき立つ鬼の集団。急な襲撃に対応し、鬼兵士達はリベリスタを迎え撃とうと群がろうとする。が、それらの乱れは一体の鬼の一喝によって止まった。 「慌てるでないわ! 陣を乱さずそのまま迎え撃てい!」 鬼達の中央近くに位置する二体の大鬼、そのうちの一体。右の額より一本の角が突き出した鬼が吠えると鬼兵士達は一瞬びくりと身を竦ませつつ、落ち着きを取り戻す。その様子に左の額より一本角の生えた鬼が大仰に頷いた。 右獄と左獄。鬼の中でも特に優れたその二体の個体は威圧感により鬼兵士達を見事に統率していた。 「キシシ、また来たのかよ妨害が。まるでこちらの動きを読まれているようだが……そういう時代なのかねえ?」 禍鬼が楽しそうに哂い、暗い瞳で乱入者達をねめつける。 「禍鬼よ、また出会ったな。人界の王が鬼退治に参ったぞ」 馬上の刃紅郎が告げ、その立ち振る舞いと威風には虜囚となった人々も恐怖を忘れ、息を呑む。 「皆さん、絶対に……助けますから!」 先陣を駆ける『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)もまた、力強く贄達へと鼓舞を行う。その様を見て、禍鬼の瞳がより邪悪な色を帯びた。 「そうかそうか、助けるか! どうやって……かなぁ!?」 表情に満面の喜色を浮かべ、再びその凶刃を振り下ろした。あがる悲鳴と飛び散る鮮血。ごろりと首が落ち、無残に転がり溢れる血は大地を染める。 「あんた……! ふざけんじゃないよ、止めろ!」 「キシシシシ! 精々頑張って止めてみろよ、どうせより深く絶望する結果になるだけだろうけどな! その時のテメエらの顔が楽しみだぜ!」 終が絶叫し、禍鬼が哂う。同時に鬼達も嘲るように哄笑を上げる。人間風情に何が出来る、と鬼は人を嘲笑う。 「笑われるのは少々不愉快ね」 『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)がぼそりと呟き、身構える。 「その笑い、止めてあげるわ。遠慮なく受け取りなさい」 激戦の開幕となるその一撃は、エナーシアの手にした散弾銃から放たれた。古代においては存在しなかった武器より解き放たれた鉛玉は、その銃の用途以上に拡散し鬼達へと叩きつけられる。 明確な指揮の元に統率された鬼達はその一撃で怯むことはない。だが、機先を制し一撃を加えるという点において、それは有効に働いた。 「一気に切り込め!」 舞姫が叫び、終と共に先陣を切る。相手の陣形の一瞬の乱れに対し、速度を生かし切り込んでいく。只管真っ直ぐに切り込み、貫こうとする布陣。 一方鬼達もまた、通すまいと布陣を固める。双方の布陣は突破と防御、槍と盾の如く激しくぶつかり合い、衝突する。 「崩壊を防ぎ、被害を増やさないためにも……」 突破の一陣、支援の二陣。二層の槍の如き陣形の二陣、小鳥遊・茉莉(BNE002647)は鬼達を視界に捉え、魔力を練り上げる。 「ここは通してもらいます!」 「だからどいてよ!」 茉莉とウェスティア、二人の術師は同じ系統の魔力を同時に解き放つ。高い殺傷力を誇る代わりに発動までの時間がかかるその術は、卓越した技術を持つ二人にとっては他の術式と変わることなく素早く紡ぎ、打ち出される。 同時に紡ぎだされた黒鎖は敵陣を切り裂き、縛り上げ、蝕む。呪縛された鬼兵士達の間を潜り抜け、さらに深くリベリスタ達は切り込んでいく。 一歩、また一歩と確実に切り込んでいくリベリスタ達へ、鬼達もむざむざ通しはしない。番えられ、乱入者達へと容赦なく降り注ぐは矢の雨。乱戦の最中、広域へは撃てはしないが指揮の元、纏まった射撃が行われる。 知性ある戦術に則って行われる攻撃は、護りの薄い者から狙われていく。それらの攻撃から庇い、壁となる者もあり。一丸となり突き進んでいくリベリスタ。 「密集戦でのラガーマンを――舐めるなよ!」 「さすがに一筋縄ではいきませんな」 包囲、射撃。あらゆる攻撃と圧力を防ぎ、後衛を庇いながら快が吠える。鉄腕を振り回し、正道が相手の攻撃を防ぎ、弾く。突入するほどに包囲は激しくなり、それに伴いリベリスタ達の傷は増えていく。 だが、リベリスタ達は一心不乱に突き進んでいく。目的の為に。そして作戦を託した相手への信頼から。 ――そう、全てはこの時の為に。 「――総員、突入」 静かながらも凛と響く声。端的に指示のみを伝えるその言葉は力強く、相手を打ち果たさんとする思いに満ちている。 別側面より襲い掛かるは、クェーサー。アークとは別行動で、時間差をかけて突破を試みる為に別れていたチームである。 「鬼共、そこをどけ! さもなくば全て蹴散らしていく!」 「それじゃバックアップといきますかね」 ダンが両手剣を振り回し突入し、フォックストロットが道を作るために銃弾をばら撒く。青大将の拳が立ち塞がる鬼を叩き伏せ、美鳳の姿を写し取った式とコーデリアが強引に捻じ込むように道を切り開く。 されど鬼もさるもの。司令塔は一人ではなく、二人居る。多重の襲撃者にも咄嗟の対処は難しくは無い。 「陣を崩すでないわ! こちらの相手は我が指示に従い封鎖するのだ!」 左獄がクェーサーに相対し、指揮を飛ばす。二箇所の戦場が生まれ、激突する。お互いに血を流し、傷を負い、相手を叩き伏せようと統率を持ってぶつかりあう。 拡大する戦線を眺めつつ、禍鬼は刃を振るう。怒号と憎悪、絶望と悲哀が交錯するこの戦場を楽しむように笑みを漏らしつつ。 ●血ト怨嗟ト 「そこをどけい! 道を開けろ!」 源一郎の拳が唸り、鬼を叩き伏せる。無数の蛇の如く変幻に振るわれる拳は血路を開く糧となる。 「あと少し……!」 悠月もまた魔力にて生み出された黒鎖を展開し、鬼達の動きを縛り上げ拘束していく。ウェスティアと茉莉も同様に張り続ける黒鎖は戦場の各所を覆い、鬼達を呪縛し続けていた。 いくばくかの刻が経ち、リベリスタ達の進軍は半ばまで食い込んでいる。だが、その消耗した時間の分、命が奪われていっているのも確かであった。 禍鬼が刃を振るい、悲鳴が響く。一人、また一人と贄へ捧げられ、その命を失っていた。 「やめろぉ!」 終が叫び、手にした刃を振るう。刃を伝う冷気が相手を凍りつかせ、さらに儀式の場へと一歩近づく。 (あんなに沢山の人達が捕まって、今も殺されているのに……真っ直ぐ助けに行く事も出来ない……) 終の心によぎるは無力感。少しでも多くの人を救おうとしても、ままならない自分に対する苛立ちが、彼の足をさらに前へ前へと突き動かす。 逸る気持ちは突出を生む。だがそれを補うのもまた仲間。 「もう少しです! あと一歩!」 舞姫も終と共に突き進む。彼女の手にする脇差『黒曜』もまた、終と同じく冷気を纏い鬼の兵を凍りつかせていく。黒鎖と冷気の刃、二つが相手を束縛することで新たな道は開かれ、進む。 「有象無象は下がっておれ!」 馬上より獅子王の名を関する大剣が振るわれ、先行する二人へと迫る他の鬼を弾き飛ばす。 「鉛の弾丸の祝福はいかがかしら? 貴方達には過ぎた祝福かもしれないけれど」 エナーシアの放つ銃弾は広範囲に渡り鬼を撃ち伏せる。数ある相手に彼女の散弾は力を発揮する。乱戦であろうと決してその銃弾は敵を見過ごさず、撃ち抜く。 クェーサーのチームも同様。前衛の突破力を生かし切り込み、後衛が血路をさらに拡大する。深春が的確に相手の陣容の薄い場所を見抜き、そこを狙って貫いていく。 さしずめ二つの勢力は岩を穿つ一本の刃のように、確実に儀式の場へと迫っていた。 「これ以上は通さぬ!」 ついに布陣の最終局面、最後の包囲へとリベリスタは肉薄する。 そこに存在するのは居住まいからして他の兵士とは格の違いを感じさせる鬼の一団。精鋭たる鬼兵士、そして左右一対の大鬼、右獄と左獄。 「姓の謂れなんぞは存じませぬが因果なモノですな。では因果ついでに少々お相手を願えますかな?」 「自惚れるなよ、人間風情が!」 相手を視界に捕らえた瞬間、正道が練り上げた魔力を右獄へ向け解き放つ。その一撃は的確に右獄を捉え、怒りを誘い注意を引き付けた。 精鋭の壁とリベリスタが激突し、最後の壁を抜けるのみ――であるが、その時。 「まさか俺が最後まで黙ってみてるなんて思わないよなぁ?」 ニタリと笑う禍鬼がリベリスタ達を見た。そこはかとなく意地が悪く、悪意に満ちたその表情。 「テメエらの悪意だよ――たっぷり受け取りな!」 禍鬼が集める。戦場に満ちた負の感情、負の影響を。それらは凝縮され、解き放たれた。生み出したリベリスタ達へと。 「まずっ……!」 「いかん、耐えろ!」 誰が叫んだかも定かでは無いその声。間髪いれず凄まじいまでの重圧を持った悪意がリベリスタ達を捉えた。 怒り、絶望、無力感、禍鬼への怒り。この場で生み出されたあらゆる負の感情がリベリスタ達を苛む。傷が開き、激しく流血する。黒鎖が解かれ、逆にリベリスタ達を縛り上げていく。例えそれらの心を蝕むモノへと耐性のある者すらも――全身を包む冷気に凍てつき、動きが止まる。 怨念より滲み出す呪いがその身を蝕む。命をじわじわと削り取るように、魂が磨耗していく。死がその身を喰らっていく。 「今だ、皆よ掛かるのだ!」 動きの止まった隙を突くように右獄が、左獄が、部下の兵へと指示を飛ばす。最悪ともいえるのは、縛られたリベリスタに対し、鬼達は束縛より解き放たれているということ。 自分であろうと味方であろうと。あらゆる悪意を操り祟る。禍鬼の存在を表す力であり、真骨頂。 鬼の兵達が刃を携えリベリスタへと群がる。刃が肉を削ぎ、血を撒き散らす。自由にならぬその身を弄ぶように刃が踊る。 影響は戦場全体へと広がっており、アークもクェーサーも違いは無い。等しく縛られ、自由を奪われた状況には突出した者ほど危険であり。 「ぐあああっ! 俺は、名門の……キッシーだぞ!?」 クェーサーの先陣を駆けていたダンは周囲から刃を振るわれ、みるみるうちに命を削られる。無慈悲に降り注ぐ刃は彼の運命すらも削り取り、燃やし――やがて、全身に刃を生やしてダンは動きを止めた。 「キシシシシ、飛んで火に入るなんとやら! 例え腕に自信があろうとも死んでしまえばただの贄! テメエら全員王の供物となっちまいな!」 禍鬼が哂う。抗うことなど無駄であると。人の命は等しく王に捧げられる供物でしかないと。 だが、リベリスタは諦めない。未だ誰も救っておらず、何も阻止はしていない。ならば今倒れるわけには決して行かないのだ。 「いけない……皆、しっかりして!」 仲間にその身を庇われ、立ち続けていたウェスティアが癒しの歌を戦場に響かせる。それは今まさに命運を削られ続ける仲間達の命を繋ぎとめ、引き戻す。 「体勢を立て直すんだ! このまま押し込む!」 纏わりついた氷片を引き剥がし、自由を取り戻した快が淡い光を放つ。光は蝕む黒鎖を引き剥がし、氷を溶かす。怒りに支配された思考を冷水をかけるように正気に引き戻す。 「やってくれましたねぇ……お返しといきましょうか!」 茉莉が再び魔力を練り上げ、黒鎖を放つ。例え禍鬼に返されようとも突破するにはこの手段が確実なのだ。ならば愚直に血路を切り開く。鬼を蹴散らし、封じ、禍鬼へと繋がる道を。 「ですね。受けた痛みは報いを以って返しましょう」 悠月も再び黒鎖を紡ぎ、精鋭の兵達を拘束していく。じわじわとさきほどの自分達と同じように、相手の命を蝕む。 「では仕切りなおしといきますかな」 正道が再び右獄へと肉薄し、その鉄腕を振るう。的確な一撃は相手の急所を突き、ダメージを蓄積させていく。 「脆弱なる人の身でなにをほざくか!」 右獄も大槍を振るい、応戦する。正道を、共に襲い来るリベリスタ達を巻き込むように振り回す。常軌を逸した威力を持つ槍が、地面を砕き正道の身を抉る。 「無理はなさらずに……!」 即座にクローセルから癒しが施される。戦場はすでに中央近くにおいての密集戦となっており、双方の戦線はもはや陣形とは言えず。一塊の修羅場へと転じていた。 「――各自、手薄な部分を突け。突破せよ」 密集したということは双方の援護は十二分に届く。真の意味での共闘という形になった今、深春の目はアークの側すらも補う。指示と共に、突破する力が皆へと注がれていった。 「OK。抉じ開ければいいのね」 頷いたエナーシアの銃身が咆哮を上げる。再度撒き散らされた弾丸は精鋭、一般問わず鬼の兵士達へと叩きつけられ、撃ち伏せた。幾人もの鬼が倒れ、密度が薄まる。 「じゃあ追加といくかね!」 それに呼応するようにフォックストロットの二丁の携行武器が大量の銃弾を吐き出した。掃射される機関銃はその武器の特性を最大限に生かされ、さらに鬼の壁を削り取る。 「最後の壁を打ち砕くのもまた、王の務め。――民よ、今助けるぞ」 そこに刃紅郎の剣が一閃された。巧みな一撃は見事に鬼の壁を弾き飛ばし――血路が、開く。 「禍鬼ぃ!」 「そこまでです!」 わずかな隙間。それは駆け抜けるには細い道ではあるが、リベリスタ達にとっては活路。この時を待っていた終が、舞姫が、一気に踊りこむ。 儀式の中心部。禍鬼の立つその場所には残りわずかな生存者。そしてかつては生存者だったモノが、生存する者の数倍――あるいは十数倍の数、転がっている。 中央に立つのは禍鬼。その瞳に危険な気配を漂わせ、以前に二人が目撃した時よりも遥かに鬼気迫る表情で悦楽の中、刃を振るう祟鬼。 「キシシシシ! 抜けたか、抜けてきたか! 大した執念だよお前ら、素晴らしい執着だ! キシシシシシ!」 「残された人は……絶対に守る!」 舞姫が叫ぶ。多数がすでに果てた中、虚しく響くその言葉。されども最後の一人まで諦めない。救う為に、自らの意思を貫くために。 「怨念に満ちた贄が必要だと言うのなら、この場で一番生贄に相応しいのは禍鬼、あんた自身だ!」 「バーカ! いつの世も怨念を産むのはお前ら人間だよ! 俺はそれを借りてるだけだっての!」 終の叫びに禍鬼が応える。討伐の意思と排除の意思。鬼への憎悪と人への怨念。双方の感情が刃を介して交錯する。 リベリスタの刃が冷気を纏って振るわれ、怨念を纏う禍鬼の刃がそれを受け流し、切り返す。触れる刃が苦悶と苦痛の思念を伝え、襲い掛かるリベリスタ達の気力と生命力を奪い取る。 「禍鬼様!」 「くそっ、そこをどけ人間!」 交戦状態となった禍鬼を支援しようと鬼達が近づこうとする。だが、それらはリベリスタ達によって阻止される。先ほどとは打って変わって逆の立場。陣形を組み、鬼が儀式場へ接近するのをリベリスタ達が迎え討つ、そういった構図に切り替わっていた。 だが、状況的には決して良くは無い。リベリスタ達は鬼の儀式場への接近を阻止はしているが、同様にリベリスタ達も精鋭たる鬼の兵によって儀式場への接近を阻止されている状態なのだ。双方共に膠着状態、残るは中央に立つ二人と一匹にかかっていると言っても過言ではない状況。 「ぐぁ――!」 交戦の最中、刃が禍鬼を凍てつかせて動きを封じる。例え呪縛や呪殺といった神秘的な事象に耐性のある禍鬼とはいえ、物理的に凍りつかせ動きを阻害する行為には抗う術はない。幾度かの斬撃により、彼の身は徐々に凍てつき、ここに至って動きを止めたのだ。 「貰った!」 凍てついた瞬間を狙い、舞姫が禍鬼の腕よりその刃を引き剥がす。儀式の要と推察されている妖剣『鬼鳴丸』。それを奪えば儀式の続行はままならない、そういった考察の元に。 禍鬼の手より妖剣が引き剥がされ、舞姫の手に収まった――その瞬間。 くるり、と鬼鳴丸が動き……舞姫の胸を貫いた。 「…………!?」 何が起きたか理解出来ぬまま、血を吐き崩れ落ちる舞姫。その胸に突き立った刃を、冷気を振り払い自由を取り戻した禍鬼が引き抜いた。刃は再び禍鬼の手の内に。 「キシシシシ! この鬼鳴丸はなぁ、お前ら人間に扱えるモノじゃねえんだよ! 何故ならこいつも俺達と同族みたいなモンだからなぁ!」 妖剣『鬼鳴丸』。来歴を鬼と同じくする、怨念を喰らう刃。その性質は武器にして、鬼。魔剣にしてアザーバイド。自らの意思を持ち、人に仇成す存在である。 「いい所だったが時間切れだなぁ! これで――封印はオサラバだ!」 再び刃が振るわれ、残された贄が胴半ばから断ち割られる。大量の血と臓物を撒き散らし、贄は絶命し――ここに儀式は完成する。 びきり、と空間が軋む音がし……世界が割れた。 ●鬼王凱旋ス それは異様な光景であった。 空間がびきりびきりと音を立て、罅割れていく。存在しないものが破壊されていくその光景。リベリスタ達にとってはその光景は異質ではあるが、決して見慣れないものではなかった。 バグホール。世界に開き、異界の者をこのボトムチャンネルへと呼び寄せるソレと、その光景は酷似していた。 「キシシシシシシ! ついにこの時が来た! 我らの王がこの世界へと還ってくるぞ!」 かつて退治されたと伝えられ、実の所は封印されていたその存在。鬼の王と言われるモノ。世界の外に弾き出され、太古のリベリスタによって帰還の道を閉ざされていたその存在が今、凱旋する。 空間の罅はさらに広がり、みるみるうちに辺りを覆う。決して普段は見ることが無い大きさまでその罅は拡大し…… ばきん。と鈍い音を立てて。世界に穴が開いた。 ぬぅ、と一本の腕が穴より突き出す。その巨大な穴に相応しい大きさを持ったその腕は、人には在らざる色彩に包まれており。 ずん、と足が踏み出される。踏みしめるだけで大地が揺らぎ、土壌が陥没するその様は後に現れる肉体の巨大さ、屈強さを示す。 手足に続き現れるはその全身。それは今まで見た鬼達よりも巨大で、屈強で。――暴力的な気配に満ちていた。 「よくぞお帰りになられました。我らの偉大なる王――『温羅』様」 先ほどまで狂ったように哂っていた禍鬼が、人が変わったかのような落ち着きを示し、現れた存在に傅く。 「こ、これは――」 「これが鬼の王だってのかよ……」 茉莉が息を呑み、フォックストロットが吐き捨てるように呟いた。 巨大なる鬼を吐き出した空間の亀裂は、自然に修繕され閉じる。後に残されたのは一体の鬼。そしてそれはあまりにも圧倒的な存在感を持つ生物だった。 全長は見上げるほどで、他の鬼と比較しても巨体と言って過言ではない。その肉体には二対四本の腕が存在し、頭部の二本角は天を貫くようにそそり立つ。隆々たる肉体の興りは、屈強な鬼としても郡を抜いており、携えるは無骨にして巨大なる棍棒。そして禍々しき拵えの一振りの剣。 両腕には刃を備えた武具を身に着け、あらゆる部位が外敵を打ち砕く為の存在感を主張する。 そして何よりも異質なのは……その気配。暴力的にして、破壊的。存在しているだけで相手を殺しかねないその気配は、この鬼が全てにおいて圧倒的であることを証明していた。 「吉備津彦――奴に封じられてどれほど経ったのだ」 鬼が、口を開く。温羅の呟きは怨嗟に満ちており、意思弱き者では聞いただけで絶命しかねない威圧感を醸し出していた。 これが鬼の王。神代の時代に存在し、吉備の国一帯を支配していたと言われる伝説の鬼、温羅。 「王よ、あれからおおよそ千四百年が経っております――吉備津彦めもすでに存在しておりませぬ」 傅いたままの禍鬼が、温羅の疑問へと答える。よく見れば禍鬼だけではない。右獄に左獄、兵の一人一人に至るまでその全てが頭を垂れ、温羅への忠誠を示していた……あるいは恐怖か。 「禍鬼か。――ならば我を妨げるものはすでに存在せぬということだ」 温羅がニイ、と哂った。巨大な牙を剥き出しにし、久方ぶりの自由への期待を表すように、無邪気に。邪悪に。 「我が配下共よ――殺し、壊し、奪いつくせ。全ての富と命を搾取するのだ。この世の全ての者を我が物とする為に!」 「「「ははっ!」」」 鬼達が一斉に応える。偉大にして強大な王の望みを適えるために。 「――あ、あ……うわああぁぁぁ!」 その瞬間、張り詰めた緊張が切れた。美鳳が弾かれたように懐よりありったけの呪符を引き摺り出し、温羅へと放ったのだ。恐慌状態で行われたその術式も、繰り返し行い身についた彼女にとってはルーチンワークの如く正確に行使される。 呪符が大量の鳥となり、温羅へと襲いかかる。式の鳥達は鬼へ群がり、その肉体を切り裂き抉ろうとする――が。その皮膚にはわずかながらの傷が残したのみで、鳥達は消え去った。 「――羽虫が」 「……あ、あ」 温羅の目が美鳳を捉える。その殺意に満ちた眼光に彼女はじり、と後ずさり。 ――温羅が無造作に鈍器を振るう。何気なく振るわれたその巨大な質量は大気を切り裂き、衝撃が回りの者にすら伝わる一撃で。 「危な――っ!」 ――めき。ぐしゃり。 咄嗟に大盾を構え、美鳳を庇ったコーデリアを地面に転がる他の生贄の肉片と同化させ。返す一撃は美鳳を同じ命運へ導いた。 「我の復活を早々に汚しおって。不快なり」 「……っ!」 息を呑むリベリスタと、鬼達。改めて突きつけられた圧倒的暴力。その現実に、双方共に言葉を失った。 「――引くわよ」 誰よりも早くその言葉を口にしたのはエナーシアだった。数多の修羅場を潜り抜けた彼女は直感したのだ、逃げ出すならこの機しかないと。 「総員退却!」 「逃走経路はあちらへ!」 その言葉を聴いた快の判断もまた早く。リベリスタ達は即座に行動へと移る。 終は近くに倒れる舞姫を担ぎ、快や正道は数少ない生存した贄へと駆け寄り担ぎ上げた。悠月の観察眼と直感は誰よりも早く最適な脱出ルートを見つけ出しており、リベリスタ達を誘導する。 「待って……復活したアザーバイドを放置して引くわけには――」 「バーカ! あんなもん今まともに遣り合って勝てるわけねえだろ!」 アザーバイドを駆逐する宿命を自らに課した深春の妄執を、フォックストロットはばっさり切って捨てる。彼女が戦う為の戦術の達人ならば、彼は今まで生き延びてきた直感的生存術のプロである。裏家業をその経験からくる危険を察知する嗅覚で生き延びてきたからこそ、今があるのだ。 フォックストロットの言葉と同時に青大将が深春の手を勢いよく引き、駆け出した。深春とて使命に拘る点はあるが、犬死にを享受するほど視野狭窄ではない。一瞬の逡巡の後、共に逃走経路へと駆け出した。 「――! テメエら、そいつらを逃がすな!」 禍鬼の叫びに、残された鬼兵士達がはっ、と正気に戻り、包囲を行う。 「邪魔だよ!」 「どいてください!」 突入とはまったく逆の展開。今度は包囲する鬼から脱出する為にウェスティアが、茉莉が黒鎖を行使し鬼を縛り上げる。拘束された鬼達の最中を力ずくでリベリスタ達は抉じ開け、脱出を試みる。 「王よ、あの者達は王の復活を汚す者共です。残せば栄誉を汚す汚点となりまする」 「――そうか」 禍鬼の言葉に、温羅がゆるりと動き出す。禍々しき刃を握り、脱出しようと乱戦を繰り広げるリベリスタ達へと大股で近づき……再び無造作に振り下ろした。 圧倒的な殺傷力を誇る刃がリベリスタを打ち砕かんとした時――運命は廻り、歪曲する。 「此処で終わる事は――罷りならぬ!」 男一人、古賀源一郎は心を決め、立ち向かう。暴なる刃へと。死を体現するかのようなその剣へと。 「運命よ、我が望みに応えよ!」 源一郎の叫びと共に、凄まじい力が満ちる。時が減速したかのように源一郎の瞳は迫る刃を捉え――その身は一撃を受け流す。 轟音が響き、激しい土煙が上がった。リベリスタを狙った剣は逸らされ、地面を穿ち巨大な穴を作り上げる。源一郎もまた、常軌を逸した殺傷力の一撃を凌いだ為に無事ではない。だが、歪められた運命は彼が倒れることを許さない。 運命の味方を実感した源一郎は、ある決断をする。必ずやあの鬼を滅せねばならぬ。この時に至るまでに悲劇を生み、後の禍根を生む邪悪なる祟り鬼をここで討ち滅ぼさねばならぬと。 その視線の先に捉えられたのは禍鬼。鬼の王の一撃を受け流し、生き延びた人間への驚愕の表情を浮かべるその姿を、源一郎ははっきりと捉え、駆け出そうとした。 「――おい、余計な欲出してる場合じゃねえ! 逃げるんだよ!」 その背中にフォックストロットの声が投げつけられる。千載一隅のこの機会。だが、退路は未だに開いておらず、一撃は凌いだ温羅も二撃を防げる保障は無く。 「――無念」 源一郎は踵を返し、退路を突破する。今は怨敵を叩くことよりも、仲間を生かし必ず返す為に。 「鬼の王、か……王たる我の王威と比べたくはあるが」 刃紅郎が振り返り、呟く。仁王たる者、暴君を見過ごしては王の名折れではあるが。――今はまだ、その時ではない。そう思い、退路へつく。 剣戟拳撃はわずかな時に響き渡り……じきに戦の音は立ち消える。 後に残されるは鬼の軍勢と、数多の死体のみ。 ●鬼動 「――これが現在の吉備の国の状態で御座います」 「――そうか」 激戦終わりし後の鬼ノ城。王は復活し、鬼の勢力が再び盛り返すのも時間の問題であった。 王が復活したからには鬼ノ城が本当の姿を取り戻す時は近い。鬼の世の復活、その時は迫っている。 (キシシ、コレが本当の『鬼ヶ島』てか?) だが、喜ぶ反面で禍鬼には少々引っかかることがあった。それは、蘇りし王、温羅の事である。 (……だが、おかしい。あまりにも以前の王と違いすぎる) 以前の王も横柄で暴力的であったとはいえ、ここまで芳しくない反応はしなかった。先ほどから話す温羅は、どこか上の空というか知性ある回答を行っているように余り思えないのだ。 かといって暴力的衝動、略奪浴といった蛮行に対する興味は以前より強いように見える。最初は長き封印で溜まった鬱屈故にかと思ってはいたが。 (まさか……儀式は完全に成功したわけではない?) 儀式は執り行われたが、多少の生存者を帰してしまった。本来であれば、より多くを殺し十二分に血と怨念を溜め込んで発動するはずであった儀式。だが、襲撃者の乱入によってギリギリ儀式が行える範囲で発動したのだ。 無事復活したと思っていた。だが、完全に蘇ってないとしたら? 考えてみれば先ほどの力も圧倒的ではあるが、全盛期の王はもっと凄まじかったようにも思える。 禍鬼の思考を巡るのは、これからの事。温羅を中心に再び鬼の国を作り上げ、破壊と略奪の限りを尽くす。果たして復活が不完全ならば、それは可能なのか? ――若干の思考の後、禍鬼はニイと哂った。 不完全ならば仕方ない。例え不完全といえども鬼の王たる温羅がそこらの敵に負けるわけがない。吉備津彦もすでにいないのだ。 ならば、この理性乏しき王のほうが御しやすいのではないか? 自らがより楽しむには、このほうが都合がいいのではないか? 禍鬼は哂う。これからの鬼の未来を想像して。自分の欲望を満たせる時を想像して。 ――ああ、これから楽しくなりそうだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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