● 何時も、何時も。 妹と二人。思い出すのは、嘗ての痛みの記憶だけ。 ヒトの恨みを、鬼への恨みを、その身に浴び続けた、昔の。 ロクに生えもしない角を農具で割られ、牙を無理矢理引っこ抜かれ、 それでもやはり、鬼の子と。ヒトが、戯れに俺たちを傷つける日々。 「……ぁ」 痛みは、きっと無かった。 それでも、俺がヒトの前で、情けなくも涙を零していた、その理由。 きっと、ヒトからすれば、その答えすら、無様であったのだろう 自らと『同じ』モノ。唯一人の妹が、俺と同じように傷つく様が、痛ましくて痛ましくて、故に泣き続けていた、なんて。 刹那の忘我から、身を覚ます。 周囲には、砕けた神器のカケラ。微弱で在れども、封印の一端を担っていたそれを、俺は何の感情も込めずに見下ろす――見下す。 最早形骸となったそれに背を向けて、俺は空を見上げる。 一度の眠りは幾星霜か。越えた先に唯変わらぬのは、この青さと、雲の白さだけ。 「……ハナ」 唯一言、ぽつりと呟く。 アイツは、目覚めているだろうか。 そうして、嘗ての木の元で、一人で待っているのだろうか。 「――――――」 戻ろう。そう口の中で呟いて、俺は禍鬼様の元へと歩き出す。 戻り、あの方に、妹を待つ許しを貰おうと、そう考えながら。 その、僅か時を経た後。 伝令の小鬼が寄越した文を読んだ時、俺は、禍鬼様に許しを頂く、その必要を失した。 ● 「……既に、皆さんご存じの通り」 そう言って、解説を始めたのは『運命オペレーター』天原・和泉(nBNE000018)だ。 手元の資料を捲りながら、淡々とした声で、努めて冷静に語る彼女は、だからこそ、平時とは違う何かを、リベリスタ達に感じ取らせていた。 「現在、岡山県を中心に、『鬼』による事件が頻発しています。 ここ最近まで彼らの行動理由は不明でしたが、前回深春・クェーサー様方と共闘した依頼に於いて、彼らの行動は『禍鬼』と言うアザーバイドを主体として、鬼達の王、『温羅』を復活させることが目的であるらしいんです」 「それを食い止める方法は……有るんだろうな?」 聞いたリベリスタに、和泉もこくりと頷く。 「崩界が進行したことで彼らを封じる封印の一部は緩んでいますが、現在は岡山県の祭具・神器などがその封印の応急処置という形で機能しています。 ですが、それは鬼達も理解していること。彼らはその祭具等を破壊することで、封印の更なる弱体化を図っています。それを食い止めることが勿論、重要となるわけですが――」 一瞬、呼吸を置いた和泉は、次いで強い語調でその先を言い放った。 「……『禍鬼』はそれについても、理解しています。 彼らは私たちが封印の警護につく数を減らすため、何体かの鬼を市街地に解き放って虐殺を行わせようともしています」 「……陽動か」 「はい」 苦虫を噛むような声で、双方が言葉を発する。 効率的ではあるが、醜悪だ。 「……さて、本題に入ります。 今回、皆さんには市街地で暴れ回ると同時に、封印の一端を破壊しようとする一体の『鬼』を、討伐していただきます――」 ● 昔、そのあたりには鬼がいた。 鬼は戯れに人の娘を嬲り、そして娘は鬼の子を孕んだ。 人里に返された娘が生んだ子は、人の子とは違う形をしていた。 里の者は、その子供を蔑んだ。 その様たるや、路傍の石の様に目に入らないものとして扱われた方がいっそましだったかもしれない。 人に絶望を覚えた幼い兄妹は父の――鬼の元へと逃げた。 混じりモノ、半人半鬼。 鬼たちは二人を道具として扱ったが――虫にも劣る扱いと、気まぐれに手入れされることもある道具と、どちらのほうが良い扱いなのかなど、考えるまでもなかった。 ● 石の道を蹴って跳び、邪魔な鉄柱を砕いて飛ばす。 ぶつかりそうなヒトは全て膂力で吹き飛ばし、一人違わずその命を潰してやった。 誰かが、俺を化け物と叫ぶ。 誰かが、俺を人殺しと叫ぶ。 俺は答えない。その暇すら惜しくも有ったが、何より、その全てを否定する気は、微塵もなかったから。 姿が違うことを悪と罵る。 命を奪うことを悪と罵る。 それがお前達にとっての正義の証左ならば、望むまでもない。 そんな正義を押しつけられてまで、俺は、ヒトとして生きようとは思わない。 俺が、望むのは。 「――――――、ハナ!」 唯一人、俺と同じくして生まれ、俺と同じくして嬲られ、俺と同じくして『鬼』となった幼子。 そう、望むのは、彼女と二人、鬼として真に認められることだけ。 きっと、二人、一緒で。 だから。 「……っ!」 通ろうとした石の道を、白黒に塗られた鉄の塊が邪魔をする。 其処から出でたのは、紺の衣装をした、奇妙なヒトの男達。 「……!! ……!?」 男達が、何かを叫ぶ。 だが、俺はそれを聞こうとしなかった。 関係ない。知るものか。 俺が伝えることは、ただ一つ。 「……待ってるんだ……!!」 「ハナが――――――アイツが、たった一人で、待ってるんだよ!」 ● なあ、ハナ。 頑張ろう。二人で。 ヒトは、何れ滅びるさ。ううん、俺たちで、ヒトを滅ぼそう。 世界が何時か、鬼だけになって。 俺たちも、鬼として認めて貰えたら。 ――その時は、 きっと、成れるさ。本当の、『しあわせ』に。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月03日(土)00:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●短い夢を、垣間見る ――キミの幸せって、なあに? ――お前らが死ぬことさ。 ● 動きは誰よりも速かった。 それは警官達が警告をかけるよりも、半鬼の青年が式を組むよりも更に更に。 「――やあ、こんにちは」 開始の宣言は、『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314)。 彼の、戦場を戦場と思わせぬ、気のない挨拶から始まった。 「っ!? 民間人の退去は終わらせたはずでは……」 「……ねえ、おじちゃん」 狼狽える警官達の中、比較的年長の警部補に、そうと小さな子供が近づいた。 『嘘つきピーターパン』冷泉・咲夜(BNE003164)。制服の袖を弱々しく引っ張り、怯えながらも警官達に話しかけるあどけないその姿は、端から見て一世紀に近く生きた者の年輪を感じさせることは無い。 「あっちの方に、小さい子が危険な目にあってるの。助けてあげて」 「何……」 咲夜の言葉に反応するよりも早く――少年が、魔性の幻惑を男へ魅せる。 ぐら、と傾いだ体勢を最後まで見届けず、咲夜はその視線を、渦中の青年――マジリへと映した。 姿は、大まかな部分のみを見れば人に近しい。 けれど、ほんの少し目を凝らすだけで、解ってしまう。 短くも、それと解る尖った角、犬歯では済まない大きさの牙。そして爛々と光る右目と、それを囲う赤黒い皮膚が。 「人にも鬼にも混ざれずに、虐げられた……か」 その不遇を、想像しかできない己に、歯がみする。 (……二つの境界にいる人は、物語でも現実でも辛い目に合う事が多いですよね) 言葉を密かに聞き取った如月・真人(BNE003358)が、瞳を眇めてマジリを見た。 映る容姿は異貌のそれ。 けれど、それだけではなく。 憎しみが、 悲しみが、 苦しみが、 何をどうと考えるまでもなく、彼の全身から覗く負の感情が、リベリスタの心に棘を刺す。 ――彼も、そうだったのか。 思えども、思えども、真人の問いに、答えはない。 唯。 「……この時代の、吉備津彦共か」 マジリは、笑っていた。 昏い笑いだった。望める限りの歪んだココロを、言葉一つに、表情一つに変えたような、恐ろしくも哀れな笑み。 くる、とその両手が動き、即座に印を象る。 気付いたミカサの合図――それを目にした『女好き』李 腕鍛(BNE002775)が、必死の形相で声を発した。 「待つでござる! 拙者達は御主と話を……!」 「話!? 話か! これほどに人を殺した鬼に対して!」 「っ!」 朗々と叫ぶ彼の声に、腕鍛の気勢が僅かに削がれる。 否定はまるで出来ない。妹に会うというそれだけで、進路上にある『障害物』を次々と殺した彼の罪を目にしながら、人に与するリベリスタ達が唯話し合う等、一笑に伏されるだけだ。 「語りたいなら語ってろ。俺の答えは『コレ』だけだ!」 決裂――にも成らぬ呼びかけの結果に対し、リベリスタらも戦闘態勢を取ろうとする。 否、取ろうとした。が。 「くそっ、お前達、子供を頼む! 其処の君たちも、急いで逃げろ!」 「!?」 それを妨げたのは、予想外の声音。 二度と聞こえるまいと思っていた警官達の内、二人が咲夜と『初めてのダークナイト』シャルロッテ・ニーチェ・アルバート(BNE003405)の手を引き、更に一名が咲夜の指し示した方向へ走っていく。 魔眼の効きが甘かった――のではなく。 最初から、効いてすらいなかった。 「何故……!」 咲夜がそれを言うよりも早く。 「……泥に、沈めよ」 唱えた少年の言葉に呼応し、怒濤の如き黒が、彼らを襲う。 説得の際に於いて、殆どの人数が前衛に出たことが幸いした。マジリに比較的近い位置にいた彼らは、リベリスタ達がカバーすることで被害を抑えることに成功する。 それでも、それを庇ったリベリスタ側の態勢は、僅かながらにも揺らいではしまったが。 泥のような思念の塊によって、後方へと叩きつけられたリベリスタの内、『敬虔なる学徒』イーゼリット・イシュター(BNE001996)が、俯きがちに言った。 「……私たちの目的は、貴方の討伐。そんなことわかってる」 「……」 「でも」 一旦、区切る。 そうして面を上げたイーゼリットの表情は、困ったような、小さな苦笑いで。 ――でもね、それだけじゃ、ただの悲劇じゃない? ●儚い夢に、目を伏せる ――貴方の運命が何であっても私や皆の運命を潰す道理はないんだよ? ――解ってるなら殺しに来いよ。俺はもう、止まれない。 ● 「人と鬼のハーフかあ、興味深いなあ」 くすくすと笑いながら――当然、マジリには聞こえぬよう――口にする、『落とし子』シメオン・グリーン(BNE003549)が、吹き飛ばされた位置をそのままに、幻想纏いから 聖の加護を受けた鞭を取り出す。 シメオンは研究家である。革醒現象に対して極端な思考で臨む彼の姿勢は、ともすればフィクサードにすら近しいものがあるが――逆を言えば、そうした一方向にのみ特化されたベクトルは、他のそれとは比類にない行動力を生み出す理由にもなる。 異世界者の種を撒かれて生まれた子。或る意味、最も原初的な革醒者。 調べたい。 調べたい。 故に、その被験者を潰すことも、逃すこともしたくない。 再度の魔眼が奏功することで、最早現場に邪魔者は居ない。 「っ、入念に狙ってきやがるな……!」 現場に乗り捨てられた車を遮蔽物代わりにしつつ、狙い定めた拘束を撃つ精度に、対するマジリも苦い声を漏らす。 だが、そう言う彼とて、その攻め手に淀みはない。 先の全体攻撃の時からも含め、彼は戦場全体に素早く目を配ることが巧みだった。僅か一手をそれぞれが為す内に、恐らく戦闘に於けるリベリスタ一人一人の役割は、既に読まれたと取って良い。 だが、それだけでは戦いにピリオドが打たれはしない。 「鬼さんは確かに自分が悲劇だからその運命を力で塗り替えようとしてる。それは悪くはないけど……」 シメオンと同様に、後方からの攻撃を主体としたシャルロッテが、『不幸自慢』オリガ・エレギン(BNE002764)が、口々にマジリへ声をかけた。 「何も知らない人を殺したりしたら、悲しみが生まれるよ?」 「貴方が人間を憎むには理由がある、だから僕はそれを否定しない。でも、貴方達が傷つけた人にも、親が、兄弟がいるんだ。 僕達が望む事は、人を傷つけて欲しくない、貴方達を迫害した人間と、同じような事をして欲しくない、それだけ。それを約束して貰えれば、妹さんと再会する邪魔なんてしません」 言葉ではそう語りながらも、しかし、攻勢を止めるわけにはいかない。 諍いを望まぬ神父であるオリガが、このような状況に在るわけは、果たして神の試練であるか――若しくは、彼の生来の不幸の具現か。 如何様にあろうが、今という状況が変わることはない。 名ばかりは『許しの矢』を冠した不吉の一矢を、魔色の光を宿した重矢を、しかしマジリは有効打だけでもすんでの所で避けた。 それでも、身体に反し、心の動揺だけは、免れえなかったが。 「妹、か。お前ら、アイツの事を――」 「知ってるよ。君があの子を探していることも」 返したのはミカサ。 戦士ならではの勘を第六感にまで高め、捉えた相手に放つ鉤爪の連撃は、ともすれば見る者に紫弁の花を映らせるか。 「俺たちの要求は、さっき言った通り。 それを守ってくれさえすれば、俺たちは此処から君を通すよ。どうかな」 「できない話だというなら、僕達を倒してからにして下さい。人間の味方に負ける人が、鬼になれる訳ないでしょう?」 「……ハ」 一撃、二撃――三撃。 動いた当人ですら予想を上回る見事な斬撃は、マジリに並々ならぬ傷を与えるが。 「笑わせてくれるなよ、人間! 相手が戦士の一群ならまだしも、同胞を殺した獣を恐れて鬼になれるかよ!」 言葉と同様、薙いだ腕に怨嗟の魔性を宿し、マジリはミカサへとそれを向かわせる。 痩身にたたき込まれた呪怨はいかばかりか。避けることも叶わなかった強大な負の感情に、ミカサがぐっと身体を歪める。 「貴方にとって、人間は獣と変わらないと……?」 「否定は出来ないよなあ、獣人!」 オリガの問いに返された答えは、彼ではなく、腕鍛へと向けられたもの。 獣化した手を一瞬、見つめて。腕鍛は決然とした表情で言葉を発した。 「……そうでござるな。拙者も人とはまた違う」 語る最中にも、咲夜を庇うことで当てられる攻撃は強かで、重い。 触れた者の心を溶かすかのような、淫靡な歌声。揺らいだ意識を、浄化の光によって取り戻しながら、腕鍛はその力に、感情に負けぬ声で叫ぶ。 「それでも、この時代には拙者のようなモノを受け入れてくれる場所がある。神でも悪魔でも鬼でも神童でも救世主でもなく、ただの人として見てくれる場所が!」 「……それは自慢か、獣人」 一際。 音程の下がった声で、ぽつりと呟いたマジリが、睨め付けるような瞳で腕鍛を見た。 「人と違う!? その程度の共通点一つで俺を同情してるのか! 笑わせるな! 知らないなら教えてやろうか! 『何時の時代も』、お前らは人の味方として戦っていたさ!」 「……!!」 腕鍛が唇を噛む。 迂闊である。封印前に存在したリベリスタが吉備津彦命一人とは何処にも情報はなく、そのリベリスタ達に、ビーストハーフが居ないなどと言う証左も何処にも存在しない。 「血を吸う異形、鉄造りの人間、羽付き、そしてお前ら獣人。そうした奴らとヒトは言葉を交わし、心を交えて深い縁を作っていける。それでも、鬼は、鬼だけは認められない。何故か解るか?」 苛烈、苛烈、苛烈、苛烈。 立て続けなく放たれる攻手、だけではなく。 その言葉が。端々に込められた想いが、 その存在を知らなかったリベリスタにとって、彼の言葉は余りにも重く、厳しい。 「『鬼は人にとっての災厄であり、故に忌むべきものである』! 実際に同胞が犯した行為だけじゃない。人と人の諍いも、疫病も、不作も、ヒトは様々な理由を適当につけてはそれら全てを鬼の所為にし、その度に俺たちは苦しめられた!」 「……っ」 「それを、何だ!? 『時代は変わって人も変わった、もう仕返しなんて止めましょう』だと!? お前らは身内をいたぶり嬲り犯し穢した相手が、その記憶を無くせば許すのか! 随分と割り切りの良い性格をしてやがる!」 言うと同時に、盛大なる怨嗟の声が響き渡る。 揺り動かされた負の感情が、更なる力を読んだのか。憎しみの形相が虚空に浮かび、延々と罵声を垂れ流し続ける姿は、誰が見てもおぞましいものでしかない。 「友情ごっこがしたいなら、同族同士で好き勝手していろ。俺たちを巻き込むな!」 叫んだ彼の、怨嗟の声が、幾多の罵声を伴うヒトガタを生み出す、が。 「……そうだね」 見る者を皆震わせるほどのモノを、眼前にして。 哀れな青年の言葉に、ミカサはぽつり、冷静に返した。 それでも、平静に思えるのは言葉だけ。 全体と貫通攻撃に対する対策に重きを置きすぎたが故の弱点。唯一人の前衛を務めるミカサは、それ故に敵の猛攻を一人で受け続けていた。 特にミカサは耐久も、神秘に対する防御も秀でた方ではない。変転した運命を以てして、最早彼は膝を屈する寸前にある。 それでも、未だ、倒れない。 伝えたいこと。その全てを、伝えきるまでは。 「俺達を殺せば彼は妹に会えるし、君が俺達に説得される筋合い無いよね」 「……」 「それでも……僅かでも、君の心を血腥い所から遠ざけられたら」 黒の双眸は、彼を見ながら彼を見ていない。 脳裏に浮かぶのは、嘗て救えなかった運命の被害者。世界に歪められ、世界に愛されなかった『ただの人』達の末路。 眼前の彼が、それと同じか、違うかは解らない。 けれど。 ――解り合えなくても、最後は殺す事になっても。 ――それでも足掻く事は、無意味なんかじゃない。 「おいで。人への恨みは今ここで全部受け止めてやる。 俺は弱いけど、頑張って立ち上がるから」 震える四肢を意志のみで伸ばし、冷えた身体を奮い立たせる。 マジリは、それを怒りも、笑いもせずに。 そうして、鉤爪が虚空を切り。 ヒトガタの顔が、胸を穿った。 ●届かぬ夢に、涙する ――ハナさんと、鬼と。本当は、あなたはどっちがいいの? ――その二つが、何で別々の望みになる? ● 「ミカサさん……!」 怨嗟・憤怒――。 使い手の激昂をそのままにたたき込まれたミカサが、其処で初めて膝を着いた。 悲鳴すら混じる真人の声が響くと同時、イーゼリットの魔曲が、四方からマジリの身を貫く。 「っ、か……!!」 その衝撃で、刹那でも動きを止められたことが更なる隙を呼んだのか、オリガの儀礼弓の矢も、また同じくして彼の腹部に突き刺さる。 傾いだ体を、そのままに括り付けられた彼に、イーゼリットが声をかけた。 「……なんで、解ってくれないの?」 「……」 更なる攻手でもなく、容赦なき叱責でもなく。 唯、理解を示さぬ彼を、悲しむように。 「わからない? 私たちだって戦えば痛いのよ、殺し合いに何の得があるの。 だますなら、最初から不意打ちなり、言葉だけでどうにかするなりしてるはずでしょ?」 「……」 「なぜしないのか、考えてよ」 「……『なぜできないのか、考えろよ』」 「っ!!」 問うた言葉と同じものを、そっくりそのまま問い返される。 狼狽したイーゼリットが口を開く――が。 「……時間切れだ」 色光の拘束を砕いて、マジリが再び動き出す。 負の感情を再度手挟み、泥の如き黒の波を飛ばすマジリに、真人とシャルロッテがいち早く気付き、即座に射程外へ飛び出す。 地を埋め尽くす波濤。元より耐久力の少ない状態にあって、更に咲夜を庇い続け、消耗の大きかった腕鍛は、既に運命を変転させている。 「しっかりして下さい、直ぐに癒します!」 「癒しの息吹よ、穢れを祓い給へ……!」 真人が、咲夜がそれぞれに治癒の異能を降り注ぐ事で、パーティは幾許かの活力を取り戻す、が。 「っ、え……!?」 その僅かな間を縫って、マジリがシャルロッテの元へと駆けだした。 遠距離攻撃を偏重する余り、耐久性を落とした彼女は彼と拮抗する程の近接能力は持たない。 咄嗟に身を捻って回避しようとする彼女だったが――。 其処までがマジリの計算の内だった。 「っ、シャルロッテ殿、いかん!」 咲夜が声をかけるも、やや遅い。 距離を取って『しまった』少女の脇をすり抜け、マジリはリベリスタの囲いの外へと飛び出す。 元よりミカサを除けば後衛のみで構成されたメンバーの上、貫通攻撃を恐れるあまりに散開した陣形は、マジリにとって抜けるには難くない状態だった。 遮蔽物と距離を常に気にしながら行動している真人とシャルロッテの動きもまた、その一連に捉えたものである。 「く――――――!!」 誰もが、その瞬間、己が行使しうる最大の攻撃をマジリへ向けた。 一条の式が、肩口を喰らい、 二条の矢に、腕は射抜かれ、 四条の光に、その身は焼かれる。 しかし――しかし、それでも。 「言っただろ……!」 「……待ってるヤツが、居るんだよ!」 違えた彼は、違えたままに。 救世者達の為す檻を、一歩。その足で抜け出した。 ●叶わぬ夢に、身を焦がす ――鬼になるなんて、やめなよ。 ――人外と言ったお前らが、それを言うかよ。 ● 囲いの外に、虫が一匹。 リベリスタらの射程から外れた半鬼の青年は、余裕か、それ以外の何かか。僅かばかり彼らを眺めている。 言葉はなく。 唯、遙か彼方に響く、群衆の声だけ。 「……ねえ、マジリさん」 それを破ったのは、未だ笑顔絶えぬシメオンであった。 敗北も、傷の痛みも、全て全てを無かったように屈託無く笑う彼に、マジリは何だと問い返す。 「最後に一つ。考えて欲しいんだけど……人間がいなくなったら、鬼は次に誰を迫害すると思う? 混じり物が、鬼として認めて貰える訳がない。人間を滅ぼす程度じゃ駄目だ。鬼もだよ。キミたち二人以外の全てを滅ぼさなきゃ」 シメオンは、これが出来るかを問うつもりだった。 人としても鬼としても、中途半端なたかが二人が、そのように不可能に近い道を歩むよりは、別の道を模索する気は無いのかと。 しかし。 「……無理だよ。お前らには」 発した言葉は、少なくとも、皆が予想していたそれとは、明らかに違っていた。 「幼い頃から、俺たちが見た人間は唯一つの種だけだった。 醜悪で、残酷で、陰惨な存在。それが俺たちにとってのお前らだ」 「……」 「陽は昼に昇り、夕に沈む。 未だ、幼いアイツなら兎も角さ――そうした摂理と当然の理を、そうと理解『させられて』生きてきた俺が、何でお前らの言葉一つ二つを信用すると思う?」 「……聞く気は無い、か」 残念だよ。そう言いながらも、しかし笑っているシメオンに、マジリは無貌のまま、言葉を告げる。 「……生きる時代を間違えたのは、俺か、お前らか。どっちだろうな」 そう言って。 彼は、リベリスタ達の元を去っていく。 追いつく術は最早無く。 彼らは、ボロボロになったその背が見えなくなるまで、唯、見届けることしかできなかった。 残ったものは――唯、戦いの跡だけが。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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