● 吉備路というものがある。 田園地帯ながら、とある伝承のゆかりによって観光名所な地域だ。 とある伝承――恐らく、日本人なら知らぬものはいないと言っても過言ではない有名な伝承。 鬼退治。 コン。 「さて、さて。鬼と言うても日本全国津々浦々。まっことやまとの者とは切っても切れぬ縁があり申して」 笑いながら言うその人間は、一見するとただのうら若い少女に見えた。と言っても、背筋を伸ばして目を細めるその姿には、どこか獣くさい愛嬌がある。 茶を啜って一息つくと、コンと咳払いしてから、その少女は再び語り始めた。 「伊吹の山の朱天童子、深い森の山姥、それはもう恐ろしきから可愛いものに至るまで。時には人さえ鬼と成ると。いやはや」 正座のままゆるゆると楽しそうに語る。その姿からは、己が今置かれている状況を思わせない冷静さが見えた。 その冷静さが、深慮故か、それとも諦念か。余人に推し量ることははなはだ難しいのだが。 参拝客で賑わう境内がいつもの光景であると言える程度には、この寺は賑わっていた。 最上稲荷。正式名称を最上稲荷山妙教寺と言う。稲荷信仰でありながら寺社に祀られているのは、この最上稲荷が日蓮宗系であり、神仏習合という形態を採っているからである。伏見・豊川に並び、日本三大稲荷と呼ばれるこの寺には、今日も参拝者が集う。 尤も。 有力であるには、往々にしてそれなりの理由があるからではあるが。 コン。 「この岡山の地で、鬼さん達が盛んに活動しているのはご存知でしょうとは思いますが」 少女が前置く。次いで、幻視によって不可視としていたものがふわりとその姿を現した。 頭頂部がから突き出た二等辺三角形が二つ、そして毛並み艶やかな尾が尻に。 狐と呼ばれる獣の一部に相違なかった。それはつまり、この少女が革醒者であるということだ。 「つい先日、そちらさんのリベリスタが『禍鬼』と呼ばれる鬼と接触したらしいと仄聞しましたがねぇ。その時、気になる情報も一緒に手に入れたらしいんですね」 ココン。咳払いなのか、笑い声なのか。細めた目には感情が窺い知れない。切りそろえた前髪を撫でておどけたように笑うと、本題にひとつ、切り込んだ。 「つまり、『禍鬼』を筆頭に何かしようと言っているらしいとか」 長い階段に足をかけようとして、不愉快そうにその参拝者は足を止めた。やはり腐っても神の社、そう易々と入れてくれるわけではないようだ。神気に吐き気を催す。 とはいえ、神とはいえ稲荷は所詮畜生だ、その参拝者はそう思う。本質はむしろ化け物の類により近いだろう。 ならば、騙す手はある。何、鬼にも神と成る者はいるのだ。 コン。 「鬼の王『温羅』の復活……なんともねぇ、あなた、恐ろしい話でしょう。ただの鬼でさえ強力だと言うのに……いわんや、その王ともなれば唯のアザーバイドなどと言ってもいられませんよ」 茶をすする。コンと鳴く。超然としたこの少女のどことない獣くささは、愛嬌だけではない、多分に本質的に根差している面なのだが、それよりも。今の少女には、ほんのすこしだけの人くささが混じっていた。 「言うても、あなた、まだ悲観する状況ではないですね。復活が始まっているとはいえ……『温羅』を含む鬼の大部分は未だ封印状態です。岡山は鬼の棲む地。霊場、祭具、神器に神事。そうそう容易く好きにはさせません。ま、あちらさんもそれは承知のようで……『禍鬼』さんもそういった封印の要を壊してしまおうという腹らしく」 こいつでいいか。 参拝者は、すっと息を一つ吸うと若い男の背に指を伸ばした。 人の心とは実に隙間だらけだ。恨み、僻み、妬み、嫉み。暗い感情ばかりが見える。 そういったものは、鬼にとって実に心地が良い。 ずぐり、と青年の胸のうちで何かが滲んだ。 コン。 「そいで、皆さんに来て貰った理由は大体ご理解頂けたとは思いますが」 コンコン。人くささの正体をひとまず胸のうちに仕舞い、少女は笑った。 「戦力をひととおり……まあ、よくもこれだけ集めたものですねえ。『禍鬼』が動き出す姿を万華鏡が感知したと、そちらさんから連絡を頂きまして。 『禍鬼』の狙いは封印の破壊。そして、彼はそちらさん……いえ、あたしらのことをよぅく知っているようで。あろうことか、その為に囮として街中に鬼を放つとか。はぁまぁ、怖いもので。本当に。封印は大事とはいえ、鬼を放置するわけにも行きませんしねぇ……で」 気分良く境内を昇る。今頃は仲間も各々、適当に潜んでいることだろう。 禍鬼様の言うように、アークとやらの連中の『万華鏡』は恐ろしいものだ。未来予知というのはかなり恐ろしい。真っ向から立ち向かえば苦戦は必至だろう。 だが、そして、ならば。 コン。 「察していただけたようで。皆さんにお願いしたいのは……この寺の要の守護でして。 この山は非常に強力な霊場のひとつ。それぞれの建物は絶妙なバランスで各地に力を流しておりまして。ひとつでも狂えば……まぁ、封印に対して与える影響は大きなものとなりましょうねえ。 ただ力押しと言うのでは、ここも伊達に大きな宗教地じゃあございません。そう簡単には破られませんが……先ほど、奇妙な感覚が」 容易く侵入出来た。さて、打ち合わせどおりに行くか。 アークは、確かに恐ろしい力を持っている。だが、「見える」が故に、俺たちのような敵を相手取るのは骨だ。 俺達は、ひとりひとりは強い力を持たない。本当にちょっとしたことしか出来ないのだ。 そう、それは例えば、ちょっと人の体に潜り込んで隠れるとか、そのまま人と人の中を伝って移動出来るとか。 あとは、“ちょっと人の本性を反転させる”とか。 俺たちの名は、天邪鬼。 こういったことは、お手の物だ。 コン。 「……いやはや、もう始まってしまってようで。ええ、それではよしなにお願いしますね。 この霊場を支える要は、4つ。それと、力の源泉が一つ。要を破壊か占拠されるか、源泉を占拠されると……この霊場は封印の要たりえなくなります。 どうか、ええ、どうかお願いいたしますね。皆さん。ここを……護って下さい」 先ほどから少女に感じていた人くささ。 それは、隠し切れない恐怖の色。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕陽 紅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月02日(金)23:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 天邪鬼があまりにおいしそうに桃を頬張っているので、瓜子も食べたくなりました。 「自分ばかり食べていないで、私にもちょうだい」 天邪鬼はひとつ桃をもぎ取るとうりこひめへほうりました。 それは、まだ熟していませんでした。 「もっと、熟れたのをちょうだい」 天邪鬼は、また、一つもぎ採り、うりこひめへ放りました。 しかし、また、熟していません。 何度繰り返しても、熟したものはありません。 「何、何、どしたの」 「火事……」 「ウッソ、マジで? 寺で?」 「放火?」 「つか実際ヤバくね? 文化財なのに」 「逃げようよ! 危ないって!」 「だーいじょうぶだって。ほらこれ見とかねえと見納めかも知れねえしそんな感じで!」 「野次馬したいだけでしょ?」 ざわめきは次第に広がる。観衆というのは実に現金なものだ。自身に降りかからない火の釜を進んで覗きたがる。 とはいえ、常ならぬ者達の繰り出す技の不思議なこと。それは彼方も同じ、此方も同じ。寺の者に導かれ、次第に人の流れは外へと向かう。 人ならぬ者は焦った。このままでは、人間の中に潜めない。向かえば 先手を取れれば、おそらく人ならぬ者共は慢心していた。元より神秘の秘匿など考えていない化生の者共。人の中に潜んで奇襲し、数に任せた物量作戦を取れば勝てる。そう思っていた。 しかし、力の弱い鬼共の、唯一の能力を無効化させた。それは鬼共を恐慌させた。目的を果たせない恐怖、上位の者共への畏怖、そしてたかが人間に己が敵わないという現実。 追い詰められすぎた者に、利害という言葉は存在しない。自身を護るということを、この瞬間人ならぬ者共は忘れ去った。 群集は、彼らにとっての盾である以上に、彼らにとっての矛だった。それを奪われるならば……いっそ。 そして最初のうりこひめは、皮を剥がれた。 ● 逃げろ! という声が聞こえた。 『Knight of Dawn』ブリジット・プレオベール(ID:BNE003434)は外からの叫び声に首を傾げた。 逃げろ! 本殿へ! いや根本大堂がいい! こっちは危ない! その声を押し止めながら、寺の人間が息せき切って飛び込んでくる。 「お止まりなさいな!」 旧本殿。 ブリジットの声に、足を止めて肩で息をしながら坊主が口をぱくぱくさせていた。何か告げたいのだろうか。先を促すと、ようやっと口を開いた。 「も……門前町……暴徒が! この寺の出口を塞ぐように……!」 『夜彷徨う百物語。』紅・闇月(ID:BNE003546)が濁った瞳をつ、と上げた。 「……ただの通り魔という線は」 「扇動が……! パニックの中、従う人が……!」 「どいてくれ!」 勢い良く坊主が突き飛ばされた。突き飛ばしたのは青年だが、後から人が追ってくる。 集団は逃げ惑う群集だ。逃げ込むという『目的』があっても、他人の言葉に惑わされるほど『意志』の弱い群集は、この結界の中で巻き起こる神秘を認知しない。 そうであっても……そこに人間がいることは、確かなのである。 「……困った事態になったかも知れない」 AFで闇月が仲間達に連絡する。もっとも、あちらも恐らくは、同じ事態に陥っているのだろう。 普通に参拝客が闊歩するより、人間の数は少ない為に護るには適している。しかし、参拝客への間接被害は免れない。臍を噛んだ。 数人の男女が近付いてくる。殺しはしないが、巻き込んでしまう。少女は覚悟を決めた。 「本来ならばわたくしの身をもって代わりになる所ですが……お許しを!」 家門では無能と呼ばれた少女も、革醒者でありリベリスタだ。およそ人には反応出来ない鋭い踏み込みと共に肩からぶち当たるようにスタンガンを腹に押し当てると、スイッチと共に電撃が奔った。飛び退ると、闇月が同じ行動を行っているのが視認出来た。同時に、その男女から怒りの唸り声を上げて吹き上がる醜悪な姿も。 『キサマラ……!』 いかに人を操るといえど、天邪鬼は人の心を弄るもの。操るのは意識だ。意識を失っているのでは、操りようがない。 鬼が立ち上がる。振り向くと、既に二人の凶行に驚いた人間たちは既に走り去ろうとしているが、それを追う。その背から不意に血が吹き上がった。二体の小鬼が転倒する。 「片っぱしから、仕留めさせてもらう……さっさと終わらせて、読書に戻りたいんでな」 闇月が踊るように二匹の脚を薙ぎ、急所を突き刺し、動きを止めた。その背に向けてプレオベールディフェンダーを振るうと、ブリジットの体から立ち昇った黒い靄が斬撃の形を成し、二匹を切り裂き肉を蝕む。悲鳴と共に消滅した。 「……敵が二人で、ちょうどぎりぎりと言ったところか。まだ救援は必要ないが……」 本が読めない、と闇月は呟く。集中力を、それほどまでに割かれるのだと。周辺ではさらなるパニックが巻き起こっているが、うかつに制止に行くことも出来ない。寺の人間に任せるしかない。ブリジットが静かに唾を呑む。 「し、しかし。わたくしも清く正しいプレオベールの人間。この程度は」 その言葉は、数人の集団がこちらに向かってくることによって遮られた。今度は、さっきよりも少しだけ、多いような気がする。 「……やっぱりだめかもしれませんわー!」 絶叫が木霊した。 ――やや後。根本大堂にて。 「ちょっと緊急事態なんでぇ避難してくれませんかねぇ?」 他に選択肢はあったはずだ。 それを考えなかった……いや、リスクとリターンを秤にかけた『外道龍』遠野 御龍(ID:BNE000865)の判断は、果たして正しかったのか。 残るのは結果だけである。 名も知れぬ罪もない人間を『斬り殺した』という事実と、それによってこの霊地を『護っている』という成果だけだ。 数人の人間のうち、彼女の言葉に戸惑いの顔を見せた数人。そして躊躇いつつも堂へと近付く素振りを見せた数人。御龍は躊躇いもなく、二人を四つに裁断した。 『ナ……! キサマ、りべりすたダロウニ!』 「鬼が語るな。見分けるなどめんどくさい。我は鬼巫女、龍の巫女ぞ」 舌なめずる。慌てて人間の体から這い出る小鬼。背後からは更に人に籠もった鬼が来る。さらに返す刀で鬼を人を斬る。さすがに数が肥えてきた。この場で人に籠もることの不利を悟り、数で攻めにかかって来る。その鬼の頭を、背後から弾丸が撃ち抜いた。『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイスID:BNE002939)の神速の早撃ち。援護の要請に従って駆けつけた彼女がその光景に何を思うか。少なくとも、超直感を持つ彼女は憑かれた人間の不審な挙動を察することが出来る。 「……姑息な鬼ね」 結局、彼女の口から出たのはその言葉だけだった。 「あなた達がいなければ、出なかった犠牲……一片残らず、肉片と化してあげる」 言いながらも、すり抜けながら手足を打ち抜き、振り向きざまに心臓や頭をぶち抜く。脚が止まった敵は、御龍が斬り捨てた。 取り囲むように小鬼がじりじりと包囲を縮め始めた。巨大な月龍丸を肩に担いで、女が酷薄に笑う。突破をしようと言うように突撃し、一匹が御龍に斬り捨てられる。その横を抜けようとする二匹の脳漿が烏頭森の弾丸によって鮮やかに零れ落ち、背後から鉤爪を振り下ろす鬼の腹に御龍が柄を叩き込むと頭をくしゃりと潰した。 「あははははっははは!!」 がぅんがぅんと噛み潰すような銃声と笑い声。烏頭森のトリガーハッピー。酷薄な笑みで鬼を潰す御龍。 血風散華。正しかろうとも正しくなかろうとも、全てを無に帰すように。 ――ほぼ同刻。本殿にて。 「向かって右、それとこちらに真っ直ぐ向かってくる二人、その後ろから一……」 浅倉 貴志(ID:BNE002656)は感情を読む。 探査は付近の強い感情の種類に始まり、おおまかな位置も特定する。その力を使った時に最初に貴志が感じたのは、同じ座標に『二つ』の感情がある時があるということだ。敵の力を思えば不思議ではない。その報告を受けて静かに剣を抜くと、ツァイン・ウォーレス(ID:BNE001520)はきまりが悪そうに頭を掻いた。 「悪いね三狐神、小火騒ぎなんて寺の評判にも関わる事なのに……まして、敵がこんな強硬手段に」 「ええんですよぅ」 コココ、と笑う。寺にありながら振袖を身に纏った彼女は、咎めることもなかった。 「予測出来なかったのはこちらも同じですし……ま、お怪我してる方はいらはるでしょうが、死人は出さないように、ねえ。うちの者が働いとりますよって」 戦いに巻き込むよりは、まだしも怪我の方が良い。式による黒い人影が傍らに立つ少女に礼を言うと、ですが、と貴志は前置いた。 「もちろん、あなた自身も護りますよ。警護対象ですから」 「おやおや、嬉しいですねぇ」 コン。 さて、ツァインが呼び出されたことを鑑みるに、この場所はどうにも敵が多い。ここには敵味方の争奪の要が二つもあるから当然なのだが。 流れるような動きで懐に手をやると、貴志は掴みかかろうとする男の腕を、逆にこちらの腕の誘いだけで懐に引き込むと、スタンガンをぐっと押し当てる。向こうではブレイクフィアーを唱えたツァインを襲う鬼が握った両拳を上から叩き付けるのを、バックラーで横から叩いて受け流していた。右から近付いていた女は七尾の真言により呪縛を受け、人の体から脱した。 『グアア!』 『ヤツラ、術デオレ達ヲ追イダセルノカ!!』 鬼にも色々ある。 その中で天邪鬼は、とりわけ邪悪な性質を持つ鬼のひとつ。矮小で傲慢で卑劣だ。神聖な光によって悪性を打ち払う類の技は、ことさら不愉快に感じていた。怒りに任せて横から打ち掛かる、爪を伴ったそこそこ鋭い爪を紙一重でかわしつつ貴志の脚がすれ違い様に弧を描く。一瞬の後、血風が巻き起こった。その血が眼前まで迫るのを、七尾は見ていた。先刻、範囲攻撃を期待されていたのを思い出す。やれやれ、人遣いの荒い御方やんなぁ。溜め息の結果は、凍れる呪力の開放という形で見せられた。未だ人に籠もったままの一匹を除く三匹の鬼の体に霜が降り、動きが止まる。一体の頭上に飛び上がったツァインが鉄槌の如き打ち下ろしを、裂帛の気合と共に下す。甲高い音と共に鬼は砕け散った。 その影から、鬼が一匹。先刻まで人に取り付いていたものが影から貴志の身体に触れ、吸い込まれる。 「……しまっ、ツァインさん!」 叫ぶ。脚が勝手に奔り、踏み込む。弾けるような拳がツァインの腹へと吸い込まれるが、喰らうままに腕を掴む。 「テメェなんかに操らせるかよォ!」 鈍い音を弾けさせながら、それでもツァインはブレイクフィアーを唱えた。再び弾き出される。二人を見て、ココンと笑う少女が居た。 「ほんまに頼もしいですなぁ」 いやぁ、熱い熱い。そういいながらも、なんとなく少女は満足げだ。案外こういうのが好き名のかも知れなかった。 ――しばらくの後。八畳岩にて。 風が乱れていた。 八畳岩は、最上尊が降臨したとされる地だ。この岩こそがこの寺によって封ぜられるこの地の源、その入り口である。清澄と混沌が混濁しているが、それでもその淀みは否応無しに感じられる。 避難と言うには、この場所は遠い。建物でない以上、隠れる場所もない。となれば、いかに小狡い鬼のアジテートをしても、他の戦場ほど人間を潜り込ませることも出来なかった。 「そこのあなた方」 二人の青年の前に立ちはだかったのは、蘭堂・かるた(ID:BNE001675)だ。たんたん、と一応貼り紙を指差す。 『多発している地震により、地盤が緩んでいます。危険のため立入禁止』 既に、ただの一般人はここから追い払ってある。あえてここに近付く存在は、ある一つの存在のみだろう。 「只今この地は立入禁止です。立ち去りなさい。従わねば……殺します」 彼女の目は、近付けば斬ると言っていた。そしてそれは真実だろう。 今別の場所で戦っている女性と違うのは、事前に宣告しているか否か。それが本気であるかどうかは、見れば解る。人の身では勝てない。舌打ちすると、一体の鬼はずるりと這い出る。続けてがさがさ、と周囲の茂みから音がした。恐らく四つ。険しい立地に、数で攻めるにしても多角的な方法は取り辛い。ならば 「おい」 そう考えていた鬼の思考を、『系譜を継ぐ者』ハーケイン・ハーデンベルグ(ID:BNE003488)が遮った。とんとん、と胸を親指で指す。不敵な笑みは、挑発の証だ。 「俺に取り付いてみろ」 鬼は戸惑った。挑発にしても、危険を負うだろう。 「どうした、俺が怖いのか?」 『グ……ニンゲンガ……!』 彼らから見れば、革醒者も等しく人間なのか。あるいはそれは、強大な王の存在を確信しているからこその心情か。 小物は、己の程を知らない。だからこそ飛び出した。単なる人間であれば脅威であろう太い腕は、しかしどてっ腹に叩き込まれたハーケインの脚に遮られる。 正統派の騎士ならざる、俗にはヤクザキックと呼ばれるような前蹴りが不意を打たれた鬼を大きく後ろに吹き飛ばす。そのハーケインの後ろから、かるたが淡い光を帯のように残しながら手甲を振りかぶる。茂みの中で動揺する気配がした。 「やぁぁっ!!」 人外の力を籠めた手甲が、地を穿った。圧縮された空気が周囲に吹き荒れる。 戦鬼烈風陣。 風でありながら風ならぬ重い打撃のようなそれは鬼ごと、周囲の茂みや木も叩き、吹き散らした。矮小な鬼の身は思うままに翻弄される。その間に、騎士は準備を終えていた。 黒い靄は彼自身の生命力。それを槍に纏わせ、ハーケインが縦横に振りぬく。漆黒の斬撃が吹き荒れると、矮躯は為すすべもなく消え去った。 ひとつ息を吐くと、かるたは遠くを見る。境内の方を見るに、騒ぎは次第に収束しつつあるようだ。 「思ったより、騒ぎになってしまいましたね」 「……今の俺の実力で凌げる相手で良かった」 ハーケインが答える。乱戦とならなかったことが幸いだったが、それでもパニックを完全に抑えることは出来なかった。 「もっと強くならなければな」 「それは後々。今は、修繕のお手伝いと参拝と行きましょう」 先の精進も大事な話。 しかし、護り切ったのは確かなのだ。その事実もまた、大切な結果であり、成し遂げたことなのである。 ● 「多少の犠牲はつきものだ。想定された被害に比べたら、な」 御龍は言い捨てて、背をくるりと向けた。 「それでも……」 少女にとって、この寺を詣でる者は、等しくこの寺の、ひいては自分自身の力を借りに来た者だったのだ。 それをむざむざ死なせた。これは七尾にとっては、自身のせいで人を死なせたのと同義だった。 石畳を流れる血に指を這わせ、俯く。 致し方ない場面があると、それまで咎めることは少女には出来ない。 だが、もっと他に、せめて手を尽くしてから致し方なく斬る。そういう風にはならなかったのだろうか。 「それは……あんたはただ、殺したかっただけとちゃいますか?」 その言葉には、誰にも届かない。 仕方ないものを仕方ないと言えば、それで全部済むのか。少女は考えていた。 依頼を終え、彼女と語りたい。そう思っていたブリジットは、声をかける勇気が出ない。結局俯いたままだ。 「アーク言うんは……こういうやり方をする所なんやろかねぇ」 裾が血に濡れても、気に病むことはなかった。ただ、視線を上げると、疲れたような笑みをブリジットに向けた。 「な、教えてくれませんかねぇ。騎士様」 答えは、持って居なかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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