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<鬼道驀進>その名は加瀬丸

●同一性から導き出されるヒステリー
 それの、名前だけは聞いたことがあった。なんて。今自分は無意味な回想を頭の中で巡らせている。あたりは悲鳴でいっぱいだ。血の匂いでいっぱいだ。食っている。食われている。自分も生命の危機に瀕している。ならばこれは走馬灯であろうか。こんなものなのか。自分を背中から見ているような錯覚。主体性をなくし、何もかもに諦めと達観をつけている。否、これはそうではない。走馬灯などではない。ただの現実逃避だ。これから死ぬのだという最悪から耳を背けているだけだ。きっと時間が解決してくれるのだと、怯えていれば助かるのだという淡さに縋りたいだけだ。だが知っている。わかっている。そんな都合の良いことなど自分に訪れてはくれないのだ。そうでなければ、とっくのとうに起きている。そもそも自分はここにすらいないだろう。嗚呼畜生。畜生。こんなところに来るんじゃなかった。変な正義感など起こさねばよかった。その後悔に、反省と失望が綯い交ぜとなる。嗚呼、自分はそうあることを望んだのに。憧れたのに。正義の味方。ヒーロー。そうありたかったはずなのに。そう目指した自分すら否定してしまった。
「聴いて、いるか?」
 恐ろしい声。自分の頭を掴む化物の。それ。嗚呼、血の匂いはもうしない。悲鳴も聴こえない。食べてしまった。この化物が。鬼が。つま先から頭まで、悲鳴も恐怖も飛び散った血液の一滴すらも残さず食い尽くしてしまった。
「剣だ。私と同じ名前の、剣だ。知っているぞ、お前たちが管理しているのだろう?」
 歯の根が鳴って、答えられない。否、答えても同じ事だろう。だって。それの場所など知らないのだから。あの輝かしくも悪臭に塗れ、人を惹きつけて止まない妖刀の所在など。魅せられた。欲しかった。それでも思いとどまった。だから知らない。嗚呼、知らないから。
 持ちあげられて、足から化物の胃に収められていく。咀嚼と消化を同時に行われる痛覚。痛い。この期に及んで泣き叫ぶ。嫌だと死にたくないと助けてくれと泣き叫ぶ。腕を必死に伸ばして、牙向こうに見える外へともがき伸ばす。嘘だ。腰から下の感触がもう無いなんて嘘だ。引きずり落とされていく。伸ばした腕で牙にしがみつけば、それごと。まるごと。噛み砕かれて奈落に堕ちた。

 軽く、ため息をついた。何も得られなかった失望と、腹を満たされた幸福とで。角が肥大化し、また背丈が伸びたのを感じる。目が覚めたばかりだが、それでも多少は昔を取り戻してきたようだ。ここまで大きくなれば、最早身を隠すこともかなうまい。このような奇襲が成功することもないだろう。だが、問題はない。そうせずとも十二分な程に、力は自分の中に戻ってきている。
 すぐにでもそれを探しに行きたいところだが、そうもいくまい。自分とて、集団に属する以上は私情を挟めぬものでもあるわけだから。まあ、仕事の前にもう少しだけ腹ごしらえをしておこう。向かうのは、それからでも遅くはないだろう。なに、万全を期しておく意味もあるのだから。
「食い終わったら、始めたいところだな。リベリスタ。次に来るそれ、有益であれば私用も楽になるのだが」
 空を仰いで、眩しさに目を細めて。僅かに残す女性らしいフォルムが、その怪物にどこか優雅さに似たものを与えていた。
「余の名は加瀬丸。同名にして眷属の剣。いずれは返してもらうぞリベリスタ共」

●客観性からあしらわれるカテゴリー
 ここのところ、アーク本部が慌ただしい。その忙しさには、あの殺人鬼が暴れていた頃を思い起こさせる。ジャック。この世で最も有名な殺人鬼。だが、その記憶が呼び起こされるのも当然であるのかもしれない。岡山県を中心に頻発している鬼と呼ばれるアザーバイド事件。封印されていたはずのそれらが復活した理由は、あの殺人鬼が起こした崩界レベルの引き上げに起因しているというのだから。
「先日、リベリスタ達が接触した『禍鬼』。その件で、相手の目的も掴めてきたの」
 集まった彼等に、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が説明を始めていく。鬼が復活したといっても、それは完全なものではない。大多数は未だ封印に縛られている。鬼共の目的は、それらの解放だ。その中にはこれまでよりも強大な敵と、彼等の王『温羅』も含まれているという。『温羅』。鬼の王。そうであるからには、日頃解決に走るレベルのアザーバイド。というわけにもいかないのだろう。
「貴方達に向かって欲しいのは、ここ」
 大きく広げられた山間地図。その一点を小さな指で彼女は示す。
「ここに霊場があるの。鬼を封印するための、言うなればバックアップ機みたいなもの」
 そこを、ひとつの鬼が襲撃する。殺しながら、食らいながら、そこへ向かってくるのだという。
「鬼の名前は、加瀬丸。人間を食べることで急激に成長するアザーバイド」
 血肉を食らい、恐怖をすすり、より強大へと上り詰めていく鬼。一部には、その名前を聞いたことがあった。加瀬丸。妖刀の名だ。ジャック事件の際に暴れだした殺人鬼のひとりが手にしていたもの。切れば切るほど強固となった悪意の刃。回収したはずだ。今も、アークのどこかで厳重に管理されている。同じ名前。何か関係があるのだろうか。
「まっすぐ向かってくるわけではないみたいだから、直進すれば霊場につくのはこっちが先だと思う。でも、現場での判断は任せるわ。なんとしても、封印を守りぬいて」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:yakigote  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年03月03日(土)00:38
皆様如何お過ごしでしょう、yakigoteです。

岡山県の山間部にて霊場を守護してください。
封印の弱体化は、更に強大な鬼を復活させてしまうやもしれません。

※エネミーデータ
加瀬丸
・僅かに女性らしいフォルムを残した鬼。3メートル程全長とそれに見合った体格。大きな角が特徴。
・人を主食とする。血肉や骨は元より、恐怖心や絶望感等のマイナスにぶれた感情も食して強大化する。
・血の一滴でもその身を癒し、肉を食らえばその場で成長する。
・封印を破壊するために動いているが、個人としての主目的はアークに保管されている妖刀の回収であり、その情報を求めている模様。

・加瀬丸の攻撃
 その巨体からの格闘攻撃を主体とする。現状では流血効果しかないが、展開次第で威力・効力の情報修正の危険性。
 物近単:流血・展開次第での能力変更の可能性有り

・血肉食らい
 人間を食べることで回復、成長する。血の数滴であれば回復程度だが、ひと噛み出来るほども肉を食えば能力値を上昇させる。また、その効果は対象のマイナス思考により強化される。

・EX恐怖感染
 これまで食してきたマイナスの感情を声にして吐き出し、相手に植えつける。それによる怨嗟を含み、様々な異常効果を与える。
 神全:不運/呪い/弱体/鈍化の何れかふたつ・呪殺

※シチュエーションデータ
・昼、山中での活動となります。また、依頼開始時点で山の麓からスタートします。その時点で加瀬丸の位置もある程度判明しており、まっすぐ向かえば山頂にある霊場に先回りすることは容易でしょう。霊場はそれなりに足場が整っていますが、山中であればそれは期待できず、木々により視界も悪くなります。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトクリーク
ウーニャ・タランテラ(BNE000010)
インヤンマスター
四条・理央(BNE000319)
ソードミラージュ
富永・喜平(BNE000939)
スターサジタリー
白雪 陽菜(BNE002652)
クリミナルスタア
関 狄龍(BNE002760)
デュランダル
結城・宗一(BNE002873)
インヤンマスター
駒井・淳(BNE002912)
デュランダル
有馬 守羅(BNE002974)

●幼生から連想させるプラマリー
 血を啜り、肉を食らう。食事が強化に直結する私の分身。奪われたのはいつごろだったろう。今でも鮮明に思い出せるあの刀身。私と同じ名前をつけた妖刀。人間には過ぎたものだ。

 加瀬丸。それは現代リベリスタの中でも一部では知れた名前である。だが、鬼のそれとしてではない。同じ名前の、刀。人を斬り、斬り。その度に美しく輝いたそれ。刀と、鬼。他にも居るのだろうか。『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)は思いを巡らせる。女性にふるわせて、女性の鬼で。居るのだとしたら、なんて憎らしい色男。どんな関係をもっていることだろう。
 鬼の王。温羅。その復活。勘弁して欲しいものだと四条・理央(BNE000319)は辟易する。王。それはシンボルではあるものの、戦力として劣っているのだなどと期待できるものではないだろう。人を殺してまわり、食らうてまわるアザーバイド。あの殺人鬼を討ち潰しただけの火力。その導入も必要を迫られるレベルなのではないかと懸念される。
 霊場の破壊。それを目的に鬼は動いているのだと。鬼は暴れているのだと『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)は聴いている。自分たちがこうして追っている相手以外にも、人里で数多く出没しているのだと。派手な話だ。何事も。そうしてしまうのが性分だとでもいうのだろうか。なんて迷惑な。巡らせれば、思わず空を仰いでいた。その晴天は、惨劇などどこ吹く風と。
 加瀬丸。その名前をもう一度聴くことになるなんて、『錆天大聖』関 狄龍(BNE002760)は思ってもみなかった。殺人鬼、多々良場ふたつの振るった妖刀。殺人刀。もしも自分たちがあれを抑えきれず、何十何百何千と斬り殺されていたら。そう思えばぞっとする。最早手の付けられない程に食われれば、あとはどうしようもない。生半可では殺されて。半端であれば食われてしまう。その度に凶暴を増すのだから。
『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)にしても、加瀬丸の名前は懐かしいものだ。殺人鬼の集団暴動により動いたひとつ。そこに自分も参加したものだったが、未熟さから何も出来ずに倒れ伏したものだ。血に塗れ、ずたずたに。相手こそ違えど、同じ名前なら同じようなものであるのなら。それを再戦としよう。なにより、相手は鬼。これ以上同輩達の被害を増やすわけにもいかないのだ。
 人を食い殺す。食らうてまわる。よって絶対悪。なんとも相容れぬものだと『背任者』駒井・淳(BNE002912)。もう少し、共存の叶う相手のところに行けばいいものを。徹底して容認できず。けして寛容できぬ相手であるならば。そこまで死にたいのなら望み通りに駆逐してやろう。妖刀。凶刀。そんなもの、もうなんの関係もないものだ。なくなってしまうものだ。
 殺してまわる。食らうてまわる。鬼。その存在への感情。必ず倒すのだという意志が、怒りが。加瀬丸はマイナスの感情をも食うのだと言う。血と、肉と、心を食うのだという。『定めず黙さず』有馬 守羅(BNE002974)の持つそれは、正負としてどちらにあたるのだろうか。どこからどこまでが、この許し難い鬼の力に変わるというのだろう。
『超絶悪戯っ娘』白雪 陽菜(BNE002652)は考える。霊場。その頂上。そこで待ち受けることは簡単だ。ただ身体を馴らし、準備を万全として構えればいい。だが、食うだろう。奴はその間にも食って食って食うだろう。流れた血は腹に収められ。えぐれた肉は胃に溶かされ。二度と戻ることはない。それを諦念することもできない。例え不利だとしても。不安定だとしても。こちらから打って出るしかないのだ。
 土を踏みしめる音。その地について、それを見上げた。遥か頂上。敵の目指す場所。そこに辿りつかれてはならない。辿り着かれたとして、破壊されてはならない。そういうルール。そういう戦場。時間はなく。彼らは早々に、その精神を殺し合いのものへとシフトした。

●未熟から目標させるヒストリー
 忘れもせぬ。という言葉を軽々しく使うものではない。ひとつどころのみを思考し続けることなど不可能に近いものだ。それは拷問に等しく、責め苦に近似している。脳はひとつ。ひとつだ。それ故にその言葉を体現するなど不可能に等しい。そう。よってだ。忘れもせぬ。

 飛ぶ。空を飛ぶ。開始時点として予定されていた、予言されていたその場所に辿り着いて。すぐさま彼らの背中に翼が広がった。天使のように。あるいはイカロスのように。飛ぶ。飛んで、その道中をすっ飛ばす。ショートカット。そこに居るのだと知っているのなら、そこからずれる前に行き着けばいい。木々の隙間にその陰を見る。見つけた。勢いを増して。落ちるようにそこへ。その場所へ。その鬼へ。並ぶ木々が邪魔をする。それでも構わず、そこへと飛来した。
 そうして戦闘が始まる。敵はひとつの食人鬼。悠長に語る暇はなく。それは流星の夜に似て。

●完成から祝福されるデッドリー
 しかし、と。未だに思考するところもある。あれは自分と同じだ。人を食うものだ。そうである上は、人間にとって害悪でしか無いはず。それを奪い、この遥か現代にまで実用レベルで保存していたというのだから不可解極まりない。まさか、食らわせるわけにもいくまいに。

 狄龍の気線が、鬼の肌を焼いた。極細による貫通。それはこの怪物の意識で持ってしても彼へとベクトルを転向させられる。
「よう、加瀬丸さんよ。お探しのリベリスタだぜ。しかもこの俺は、何を隠そう……例の刀を回収した1人だ」
 その宣言。その言葉。ただ戦闘を。食事を兼ねた戦闘を。そうに過ぎなかった鬼の表情が変わる。
「ここまで言やァ、分かるだろ?」
「充分だとも」
 踏み込み、腕を引き絞る。刺突の構え。だがそれは、目的故に過剰のもの。人で言えば、力み過ぎというところか。狄龍にはその瞬間が、その絶好が止まって見えた。
 一部の無駄もない動きで背後に廻り、自分の遥か頭上にある相手の喉首へと狙いを定める。獰猛な笑みを見せ、そのついでに奥歯を噛み締めた。機械腕から、黒塗りの刃が伸びる。飛び上がり、引き裂いた。驚愕と苦悶。不意打ちによる動揺。だが、相手もまた難敵。振り向きざまに、込めた暴虐を直線として解き放つ。迫る鉤爪に狄龍は激痛を覚悟するも、死と結末の間には別の陰が割り込んだ。

 その隙間に割り込ませた理央の身体を、鬼の鉤爪が貫いた。抜き取られ、べっとりと。付着したそれを鬼が舐めれば、傷が逆再生のように閉じていく。治っていく。どうしてだろう。一度に血液を失い、朦朧とする頭の中でそんなことを考えていた。
 肩から、横腹までを。再閃したその爪は自分を大きく抉り取る。皮膚も肉も骨もその中まで。常軌を逸した痛み。それは本来、脳が認識を拒否するほどの。だがそれは、逆に理央の意識を現実に引き戻した。下がらなくてはならない。自分は立っていなければならない。戦う仲間を癒すために、守るために。矢面に立つこと。それは苛烈の渦中に身を置くということだ。己を槍衾の最中に放り込むということだ。そしてその危険極まりない劣悪の環境は、後ろで支えてくれる仲間がいてこそ成り立つものであったはずなのに。そうであるためにと、未来を消費する。現実を塗り替える。血反吐を吐いて立ち上がり、後ろへと。だが無情にも、剛爪はその意識を刈り取った。

 理央を抱きかかえ大口を開いた鬼に、麻痺毒の束糸が絡みついた。一瞬、加瀬丸の動きが止まる。急ぎ、倒れた仲間を助けだす。そして、それを見てしまった。嚥下に喉が膨らんで。どの部分かなんて考えたくもない。色濃さを増す瘴気。恐怖を覚えながらも、その表情は笑んでいた。わくわくする。強くなったのだ。目の前で。致命の一打を放つ。もっと。もっとだ。苦痛がいつか、快楽へと昇華されるまで。
「どうして手放したのか知らないけど、ただで返すわけにはいかないわ」
「お前達が奪ったのだろう。人間が、多々良場の一族が!」
 向けられる矛先。これで彼女も戦渦中。よってその脅威は、ウーニャにも振りかかる。掴まれた。実際には毟り取られていた。肩の肉を根こそぎにされて。痛み。閉じかけた両目を運命の消費でこじ開ける。あまりの痛みにどこが痛いのかもわからない。最後まで見届けられるだろうか。不安は的中し、彼女の意識はそれにより刈り取られた。思い返すも悍しい、あの怨嗟の声で。

 その瞬間を、喜平は待っていた。アザーバイドが大きく息を吸い込んで。胸を膨らませた。その一瞬を狙い、飛びかかる。手にした獲物の銃身を、思い切りその喉元へと叩きつけた。敵のそれは、声なのだと聴いている。怨嗟を声に込めて撒き散らすのだと。ならばその起点を打とう。完全には止められずとも、せめてその影響だけでも狭められまいかと。
 喜平の予測は的中した。おそらくは、響き渡る筈であったそれ。その声。だが、覚悟を決めていたものよりも小さく、その圏内は予知のそれよりも遥かに縮小している。せいぜいが、近接の距離。それでも、撒き散らされた禍災はリベリスタらの身体を蝕んでいく。身体が鈍く、手に力が入らない。襲い来る鉤爪を、事前思考から右腕で受けた。機械化されたそれでなら、血肉を与えることもないだろう。その圧力を利用して後ろに飛び、銃を構えた。もう一度と息を大きく吸い込む鬼の喉目掛けて、散弾を放つ。ひとりで抑えこむには、その怨念。濃厚に過ぎるか。

 倒れた仲間に向かう腕を、陽菜が抑止した。鬼の視線がこちらに向く。アザーバイド。加瀬丸。その個人目的はアークで管理される妖刀であると聴いている。であれば、それがこちらにあるアドバンテージを活かし、封印や鬼の王について何か情報を得られぬものだろうか。
「報告書にあった妖刀加瀬丸だっけ……保管場所なら知ってるよ。温羅っていう鬼の情報と引き換えになら教えてもいいけど……」
 交渉を持ちかける。だが、これは嘘だ。自分はその保管場所なんて知らないし、見たこともない。それがバレることはないだろう。心に被ったマスクを、見破ることは難しい。だが。
「できぬ相談だ。それに、お前を潰して聴いた方が早い」
 決裂。破断。所詮、加瀬丸からすれば人は食事である。豚と取引する人間はいない。その逆もまた、ありえない。話はそこで終わり、また殺し合いへシフトする。人種が違うだけで、争いあうもの。種族も異なるのであればなおさらだ。欲しいものは与え合わず、奪うのみ。

「てめぇの好き勝手させるかよ! おらぁっ!」
 手にした大剣を、宗一は力任せに叩きつけた。インパクトの瞬間、気烈が暴れ四散する。荒い息をつきながら、得物を正中線へと構え直した。身体が重い。加瀬丸の呪いは彼の身体を強く蝕み、そこに鈍重として絡み付いていた。
「へっ、どうした。その程度じゃ俺を止める事は出来ないぜ」
 虚勢だ。それでも、口にする。纏わり付くマイナスの感情はアザーバイドの糧となってしまう。であれば、その体面だけでも強く見せることで料理皿を隠してしまう他ない。そうして自分に言い聞かせる。声にすれば、それが本当になるのかもしれないと。
 鉛のような身体へと、剛爪が叩きつけられた。胸に刻まれる三本傷。深い。もう駄目かも知れない、なんて。淵に沈みかける意識を叱咤した。殴りつけて、寝こけるそれを叩き起した。立て。まだ戦え。自分が今何をしているか考えろ。あの時見せた失態と、敗北と再び合間見えているというのに。
「むしろ喜ぶべき事態だぜ? ネガる必要なんかないんだよ!」

 淳の呼び出した式獣が、矢となり人食いの鬼に突撃する。
 戦闘を始めた頃より比べると、このアザーバイドはより脅威に変貌していた。外見が大きくなったということはない。寧ろ、よりシャープになってきている気がする。だが、身に纏う瘴気は別物だ。奈落の底でも見ているかのよう。
 その足がこちらを向いた。餌にはかかってくれたようだが、ここからが正念場。その一撃を受けるわけにはいかないのだから。奮われる鋭利。より怪しげに煌きを持つそれは美しい。そこに意識を研ぎすませる。上体を捻り、死が頬を掠めた。頬の一部を削り取られている。そう何度も躱せるものではない。だが、この一瞬を仲間が見逃すはずもないだろう。後ろから味方が斬りつけた。血飛沫が舞う。しかし、その矛先はまだ自分に向いていた。
 今度は避けきれない。ならば、未来を削って現実をなかったことにしよう。食われる前に、息を吹き返す。そして、まだ自分が的だというのなら。同じように戦士が鬼へと渾身を叩きつけていた。

 守羅はひとり、現場への到着が遅れていた。戦闘行動を阻害されない限界高度。だが、山中においてその程度の高さでは、寧ろ走るよりも困難極まるものだ。遥か上空を飛び、鬼の下へ急行した味方より遅れるのは明白であり、辿り着いた時にはもう殺し合いが始まっていた。
 翼を使って飛び回り、その動きで撹乱を試みるが。やはり生い茂る木々が逆に自分の行動の邪魔になる。
 思うように飛べず、立ち回れず。そこを狙われた。脚を掴まれて、小枝の折れるような音がした。痛みはない。それは既に断ち切っている。神経に伝達を禁じている。ぞっと。悪寒を感じて異様な形に曲がった脚をやわくちゃに鬼から引き離した。今、これは自分を引き千切ろうとした。
 腹に衝撃。痛みはないが、赤いものが自分の限界を悟らせる。生命を削り、意識を繋ぎとめるも。その眼前には未だ人食いの鬼。
「ああ、でも、やっぱり……あたし、こういう上から目線の奴大嫌いだわ」
 それが、この鬼との戦闘で最後の思考となった。

●腐食から埋葬されるクロウリー
 お前達が私から奪ったのだ。不愉快極まる。

「……ッ! 退くぞ!!」
 これ以上は戦えない。その判断は意識を保つ誰もの総意だった。倒れた仲間を抱え、振り返ること無くその場を走る。走る。空を飛んでここまで来たのだ。地上であるとはいえ、ある程度の道筋は見えている。走れ。走れ。多少なりとも地の利はこちらにあるのだから。それを信じてただ走れ。
 喉が熱い。筋肉が悲鳴をあげている。それでも止まらない。止めれない。止まれば死ぬ。追いつかれれば間違いなく死ぬ。幸いにして獣道。幸運にして山中道。距離を置きさえすれば、この邪魔な木々共が今度は自分たちを覆い隠してくれる。
 走って。走って。どれだけ走っていただろう。あれはどこまで近くにいるのだろう。木々の隙間に慣らされた道が見えた。麓だ。帰ってきた。護送車を見つけると、怪我人を連れて乗り込んだ。すぐに出してくれと叫んだのだが、果たして声に出せていたかどうか。
 一息ついて振り返る。鬼の姿は見えない。追ってきている様子はない。安堵するも、すぐに歯噛みした。数時間もせぬ内に、自分達へも封印の破壊が知らされるだろう。苦々しい。強く握りすぎて、爪が掌に食い込んだ。鬼の好物が、滲みながら顔を見せていた。
 了。

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
鬼を作った鬼の話。