●歩く女 雪深い山の中を、女が歩く。 真っ白なワンピースを風になびかせ、微笑んで歩く。 自分がどこから来たのか、覚えていない。 自分が何者であるかも、覚えていない。 ただ、ふわふわと幸福な気持ちに包まれて。 ただ、冷たい雪と氷を巻き起こしながら。 ただ、女はあてもなく歩き続ける――。 ●雪と氷を従えて 「今回の任務は寒い場所になるぞ。雪も多いから、対策は怠らないようにしてくれ」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に向けて、まずそう告げた。 「撃破対象はフェーズ2のノーフェイス。名前まではわからなかったが、30歳くらいの女性だ」 そのノーフェイスが、一人で雪深い山の中を歩いているらしい。 「もともと、彼女は自殺するつもりで山に入ったんだな。だが、凍死する寸前に革醒し、エリューション化で雪と寒さに対する耐性を得た」 しかし、死ぬことを望んでいるのなら、放っておいても自ら死ぬのではないだろうか。リベリスタの疑問に、数史が答える。 「そこだがな。エリューション化の際、彼女は記憶を失っているんだ。自分が誰なのか、どうして山にいるのか、一切を覚えていない。……意識もひどくぼんやりしていて、ただ山の中をひたすら歩き続けているだけだ」 それだけなら倒すのは簡単だったのだろうが、話はここで終わらない。 「タチの悪いことに、本人の意思に関係なく彼女の能力は発動する。雪や氷を操って、あらゆるものに対して攻撃を仕掛けてくるだろう」 もともと雪山である上に、ノーフェイスの能力の影響で常に風雪が吹き荒れている。寒さもそうだが、足場や視界についても考えていかねばならない。 「彼女の進行ルートは掴めたから、迷う心配はないと思うが……どうか気をつけて行ってきてくれ」 そう言って、数史は手の中のファイルを閉じた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月21日(火)22:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●氷雪の中を 雪が降る山の中を、リベリスタ達は慎重に歩を進めていた。 一向に止む気配のない雪に加え、風も強くなりつつある。全員、雪山に備えてゴーグルや安全靴などの装備を整えてはいたが、それでもなお、自然の猛威は激しかった。 この雪の中では、互いの位置すらわからなくなる危険がある。雪待 辜月(BNE003382)や『天心爛漫』東雲・紫(BNE003264)のように、仲間が視認しやすいように目立つ色の防寒具を着込んでいる者も多い。普段は薄手のゴスロリ衣装を愛用している『bloody pain』日無瀬 刻(BNE003435)も、今日は新品のファーコートを纏っていた。ちゃっかりアークの経費で落とすつもりだが、申請が通るかは謎である。 『紅翼の自由騎士』ウィンヘヴン・ビューハート(BNE003432)は、重ね着の上にしっかりマフラーを巻き、さらに自慢の翼を体に寄せて雪と寒さを防いでいた。風が強いことを警戒し、今回は飛ばずに地上を歩いている。『寝る寝る寝るね』内薙・智夫(BNE001581)は全員の様子に気を配りながら、特に体力のないメンバーの風上に立って歩いていた。戦闘の前に消耗してしまわないようにと、己の身で風を遮る。 激しくなる一方の雪と風の中、『不屈』神谷 要(BNE002861)はこれから戦うことになるノーフェイスのことを思った。 自殺するために山に入り、凍死する直前に革醒した女性。彼女は記憶を失い、全てを忘れて山中を彷徨っている――。 話を聞いた時は、何かを聞くことができればと、記憶を取り戻してもらえればと願った。 だが――この雪山を歩き、風雪の中を進みながら、要は思う。 このような寒い場所に向かい、命を絶とうとするほどに。女性は辛い想いを抱え、深く絶望していたのだと。 前を歩く智夫の背に庇われつつ、『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は周囲の感情を読み取り、敵の位置を探りながら歩く。感情の動きだけで正確に現在位置を掴むことは難しいが、熱源を知覚することのできる『鉄鎖』ティセラ・イーリアス(BNE003564)の指示に従うことで精度を上げていた。 事前にフォーチュナから伝えられたノーフェイスの進行ルートからの予測、風向きと周囲の温度変化からの推測、そして感情の感知による索敵――あらゆる手段を尽くした結果、リベリスタ達はほぼ最速のタイミングでノーフェイスを発見することに成功した。リベリスタ達は接敵するまでの僅かな時間で仲間達の守りを固め、あるいは自らの力を高めていく。 白いワンピースを纏った女の姿を全員が捉えた瞬間、彼女を中心に風雪が吹き荒れた。 ●命を繋ぎ、運命に背かれ 女が巻き起こした吹雪が、リベリスタ達の全身を激しく叩く。 射程外に立っていたティセラ以外の全員が巻き込まれ、何とか直撃を回避した智夫と要、そして冷気による影響を受けない紫を除く四人が風雪に動きを鈍らせた。 さらに、女は凍てつく冷気でウィンヘヴンを包みこみ、その身を彫像の如く凍らせる。女の正面に駆けた智夫が神々しい光を放って仲間達の氷を溶かし、眼前の女を見た。 「自殺する為に山に入ったのにノーフェイス化しちゃうなんてやるせないね」 戦いの直前に十字の加護を仲間達に与えていた要が、智夫の反対側に回り込むようにして女の背後に立ち、全身のエネルギーを防御に特化させる。ファーコートに不似合いな無骨なゴーグルと安全靴に眉を寄せつつ、闇の衣を纏う刻が暗黒の瘴気を放った。 「正直あまり見れたものではない格好ね……さっさと終わらせて帰りたいわ」 愛用のキーボードから軽快なタイプ音を響かせ、綺沙羅が道力を纏わせた剣を自らの周囲に浮かせる。仲間達を守る防御結界は、先に展開済みだ。冷気を纏い、吹雪を巻き起こす女を眺めながら、彼女はラテン語の一節を口にする。 ――Vive memor mortis.(生きなさい、死を忘れずに) 「人間いつか死ぬのに、何で死という選択肢を選ぶんだろうね」 全身に闘気を漲らせた紫が、明るい色のマフラーを靡かせて女の前に走った。 「死ぬつもりで、死ねなかったんだね。そんなに追い詰められてたのかな……?」 その事も忘れちゃって彷徨ってるなんて、かなしいね。 小さく、そう呟いて。紫は、剣を構えて集中する。 「彼女が何を思って自殺しようとしたかは判りません。けれど、もう倒さなければならない相手なのですね」 吹雪は激しくなる一方だったが、熱源を感知できる辜月には敵味方の位置を特定するのはそう難しいことではない。活性化させた魔力を循環させる彼は、全員をしっかりと視界に収めながら癒しの福音を仲間達へと響かせた。 「うーん、可哀想だとは思うけど。ノーフェイスで意識もろくに無いんじゃどうしようも無いからなぁ……」 雪の中でも鮮やかな赤い服を纏い、不死鳥の如き紅の翼を揺らして、ウィンヘヴンが女に迫る。禍々しい黒い光を帯びたランスが女に繰り出されるが、風と雪に阻まれて直撃に至らない。 驚異的な集中で感覚を研ぎ澄ませたティセラが、ずしりと重い愛用の武器“トゥリア”を両手で構えた。 「どんな経緯で革醒したにせよ、フェイトを持たないエリューションなら倒すだけよ」 ティセラはリベリスタ、崩界を招くものを排除するのが彼女の全て。 たとえ誰であろうと、銃口を向けることに躊躇いはない。 ゴーグル越しの視界が、吹雪で白く染まる。裸眼であれば、数メートル先の視認すらおぼつかないかもしれない。 仲間に見つけてもらいやすいよう、ピンク色の防具を身に纏った智夫がカラーボールを女に投げつける。 少し狙いが逸れたものの、塗料で女に目印をつけることには辛うじて成功した。 リベリスタ達は女が巻き起こす吹雪に耐えながら、確実に攻撃を当てるために集中を高めていく。 黒いコートを雪の白に染めながら、要は破邪の力を込めた剣を女へと振り下ろした。集中を挟んで繰り出したにもかかわらず、まだわずかに浅い。幸い、女の背後に立つ要には、彼女の吹雪は届いていなかった。自らの意思に関係なく攻撃を行うといっても、視界の外にいれば対象からは外れるらしい。それでも油断することなく、要はさらに自らを研ぎ澄ませていった。 前衛と、後方で回復を担当する辜月のちょうど中間に立ち、刻が再び暗黒の瘴気を放つ。不吉を秘めた呪いは効かずとも、女の全身を覆った瘴気は確実に彼女の命を削り取っていた。 「死のうとしたのに死に切れず、ただ不幸を振りまく存在になり果てるなんて──とても素敵だと思うわ」 そう言って、刻は左右で色の異なる目を細める。惜しむらくは、女が記憶を失っていることだろうか。苦悶の表情の一つでも浮かべてくれれば、もっと雰囲気が出るだろうに。 激しい風の音に、辜月が奏でる癒しの福音が重なる。仲間達の服とカラーボールの塗料の色、そして感情を探って各自の位置を確かめつつ、綺沙羅がリズミカルにキーボードを叩いた。召喚された鴉の式神が、女に向けて黒い翼を羽ばたかせる。 「これで元気になーれーっ!」 紫が眩い光を放ち、今もなお吹雪の影響下にあった仲間達の憂いを取り除く。再び黒い光を帯びたウィンヘヴンのランスが、告死の呪いを込めて女を真っ直ぐに貫いた。 女の射程外で集中を高めていたティセラが、すかさず距離を詰めて“トゥリア”のトリガーを絞る。落ちるコインすら撃ち抜く精密な射撃が、女の左目へと突き刺さった。これで、少しは視界が狭くなるかもしれない。 「弱いなりにできることをするわ。ある手札は全て使う」 真っ直ぐに女を見据えるティセラの視線の先で、女が風雪の中を舞い踊る。 左目から血を流しながら、その顔に微笑すら湛えて――女はただ、指をひらひらと動かして吹雪を呼び続けていた。 相手のいないダンスホールで、ひとり孤独にステップを踏むように。 ●“ひと”としての名前 魂すら凍らせる凄まじい冷気が、紫の全身を包み込む。それは大きなダメージを紫に与えたが、彼女が氷像と化すことはなかった。いかなる冷気も氷も、紫の身を縛ることは出来ない。 紫の回復は仲間達に任せられると判断した智夫が、厳然たる意志を秘めた光を女に放った。少しでも女の動きを封じる狙いだったが、あと一歩のところで直撃には至らない。その直後、充分に集中を高めた要の剣が、一点の曇りもなく鮮烈に輝く。光を帯びた斬撃が、破邪の力をもって女を斬り裂き、僅かに動きを鈍らせた。 小気味の良い音を響かせ、綺沙羅の指が淀みなくキーボードのキーを叩く。生み出された鴉の式神が、鋭い嘴の一撃で女を穿った。 癒しの微風を紫に届かせながら、辜月は吹雪の中心に立つ女を見る。 自殺するため、この山に来たという彼女。でも、彼女は心の底から死を望んでいただろうか。 雪に覆われて死を迎える前に、女がエリューション化した理由は何か? 単純に生き物としての生存本能なのか、それとも。 (もしかしたら、心の奥ではもっと生きたかったのかも……) 命を繋いで全てを忘れただけなら、幸いだったのだろうけれど。運命の残酷は、彼女を世界に仇なす存在へと変えてしまった。 リベリスタ達の攻撃に晒される女は、柔らかい微笑を浮かべたままで。 まるで、痛みすら感じていないようにも見えた。 女を吹き飛ばして包囲の輪から出してしまわないよう、自分と仲間の位置取りに気をつけながら、紫が両手に構えた剣に全身の力を集中させる。破壊の闘気を込めた一撃が、女の細い体を揺らした。 女の脚に狙いを定め、ティセラが集中を研ぎ澄ませていく。ウィンヘヴンが禍々しい光で黒く染まったランスを繰り出し、告死の呪いを女に刻んだ。 アリアを歌うように、女が高く伸びやかな声を上げる。 吹雪が勢いを増し、くるくると回転するように舞う女の視界で荒れ狂った。 一度、二度――立て続けに放たれた氷雪の嵐が、リベリスタ達の体力を削る。 それを見た智夫は、すかさず詠唱で清らかなる存在へと呼びかけた。 「体力の回復は僕たちが。神谷さんたちはブレイクフィアーをお願いね」 彼の声に重なるようにして、辜月もまた癒しの福音を奏でる。二人が響かせた癒しの音色が、リベリスタ達の体力を取り戻し、全員を戦場に踏み止まらせた。 ひらひらと踊るようにステップを踏む女の動きを辜月が追い、それを仲間達に伝える。 己の生命力を代償にした刻の瘴気が、正確な狙いで女をぐるりと取り巻いた。 「一応お仕事の為に来ているのだし、必要な事はするわ」 本当は、それ以外の部分でしっかりと楽しませてもらいたいが――今回は望むべくもないだろうか。 要が、神々しい光を放って仲間達を脅かす冷気を打ち払った。 何もかもを忘れて虚ろに舞い踊る女の姿を、紅玉の瞳が捉える。 (一体どうするのが正しいのでしょうね……) 女から話を聞きたい、という思いは今もある。 しかし、討たねばならない存在になってしまった以上は、傷を抉るような真似はしない方が良いのだろうか。このまま、眠らせてやった方が良いのだろうか。 迷いを抱える要の視線の先で、綺沙羅が口を開いた。 「我思う故に我あり――今のあんたは誰でもない。だから教えてあげる」 紫の瞳が、記憶を失った女を真っ直ぐに射抜く。 そして、綺沙羅は語った。彼女が電子のネットワークに潜って手に入れた、女に関する全ての情報を。 警察のデータベースから行方不明者の捜索届を調べ上げ、女の名を特定さえできれば。 その足跡を辿るのは、そう難しいことではなかった。 ――名前は高畑藍子(たかはた・あいこ)、西暦1981年生まれの30歳。家族構成は両親と弟が一人。 ――学生時代には演劇部に所属。女優を目指し、六年前に小さな劇団に入団。 ――念願の主役の座を射止めた矢先に病に倒れて役を下ろされ、舞台生命までも絶たれる。 ――あげく、結婚を考えていた恋人に捨てられ、深い絶望の末に自殺を図った……。 淡々と読み上げられていく女の来歴。 それを聞き、女の表情が初めて歪んだ。 ――Memento mori.(死を忘れるな) 誰でも無い者としてではなく、名を持った一人の人間として。 女――高畑藍子は、虚ろな瞳を見開き、喉の奥から声を絞り出した。 「う、あ……あぁ……っ!」 両手で己の顔を覆う女に向けて、ティセラが“トゥリア”の銃口を向ける。 狙いを研ぎ澄ませた弾丸が、女の脚を射抜いた。 「あああああああああぁ――――――…………っ!!」 女の絶叫とともに、激しい吹雪がリベリスタ達を襲う。 ギリギリでダメージに耐えた紫が全身の力を込めて剣を一閃させ、ウィンヘヴンが赤き魔具と化したランスで女の脇腹を貫き徹す。 その悲痛な叫びを、絶望に歪む表情を――刻は、美しい面に残酷な笑みを湛えて見つめた。 吹雪と、自らの瘴気に蝕まれた苦痛を呪いに変え、女に向けて放つ。 おぞましき呪いを刻まれた女は、叫びながら全身を苦悶によじらせ――そして、ゆっくりと雪の中に崩れ落ちた。 ●ようやく訪れた眠り 倒れ伏した女に、辜月はゆっくりと歩み寄った。 まだ、女には息がある。近付くのは危険かもしれないが、最期まで冷たい雪の中で一人というのは、あまりにも寂しすぎるように彼には思えた。 何かを求めるように動く女の指先に、辜月は自分の手を触れさせる。 自己満足に過ぎないのだとしても、何もせずにいることはできなかった。 「言い残すことがあれば、なんでも聞きます……」 女が、ただ一つ残った右目で辜月を見る。彼女は唇をわずかに動かしたが、もう声にはならなかった。 最期に、辜月の指を微かに握り返して。女は、とうとう命を手放した。 綺沙羅が、力尽きた『高畑藍子』に向けて声をかける。 「――これは、あんたへの手向け」 たとえ、苦しみや痛みを伴う記憶だったとしても。 “誰でもない者”として、何も持たずに旅立つよりは良いのかもしれない。 それが彼女の望みに叶っていたかどうかは、誰にもわからないが……。 要は、黙って女の目を閉じてやった。 「じゃあ、ゆっくりとお休みなさいな」 一言、女にそう告げて。刻が、踵を返す。ティセラもまた、彼女に倣った。 「――私はリベリスタだからね」 誰であろうと、どんな事情があろうと、エリューションには容赦しない。 これからも、迷い無く彼女は武器を向けていくだろう。 風は少し弱まっていたが、相変わらず雪は止む気配を見せなかった。 翼を己の身に寄せて、ウィンヘヴンが寒そうに身を震わせる。 女の傍らに屈み、智夫が口を開いた。 「……きちんと埋葬して、お墓を作ってあげたいね」 アークに手配してもらえば、家族のもとに返すこともできるかもしれない。 何もかも、失ってしまったのかもしれないけれど……彼女が存在した証を残すくらいは、許されると思うから。 紫が、仲間達に「かえろっか」と撤収を促す。 彼女は女を見て、一言、こう囁いた。 「やすらかに、ねむってね」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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