●未来視――垣間見た地獄 ――いたい……くるしい……だれか……。 大勢の人々が苦悶にあえぐ声を、鬼たちは愉しげに聞いていた。 地に伏した人々は、皆、一様に顔を苦痛と恐怖に歪めている。 ――おかあ、さん……こわいよ、いたいよ……。 体はまったく動かず、息も絶え絶えで。 気絶すらできないのか、その目はかっと見開かれたまま。 生き地獄とは、きっとこういうことを言うのだろう。 ――もうやめて……いっそ、しなせて……。 人々の苦しむ声を聞き、のたうち回る様子を眺めていたのは、五人の鬼だった。 赤い鬼が二人。青い鬼と黒い鬼が一人ずつ。そして、人に近い肌色をした、右額に一本角を生やした鬼。 その一本角の鬼が、低い声でこう告げた。 『時は来た。派手に咲け、そして紅く散るが良い――』 それは、生き地獄の終わり。 そして――本当の地獄の始まり。 ――人々の体が、一斉に爆発した。 千切れた子供の腕が、血の尾を引いて宙を舞う。 苦悶の表情を浮かべた顔が、内側から弾けて四散する。 首が、四肢が、内蔵が、血が、肉が、周囲に撒き散らされる。 ただ、ひたすらに視界が紅く染まる。 全てが、罪無き人々の死で埋め尽くされていく――。 ●公園内の惨劇 「皆、よく来てくれた。今回は大勢の人の命がかかった任務になる――まず、それを頭に入れておいてほしい」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に向け、張り詰めた表情でそう言った。彼の顔色は、既に蒼白に近い。 「一月から岡山県で頻発している鬼の事件だが――先日、アークのリベリスタが『禍鬼』と呼ばれる鬼と接触し、いくつかの情報を手に入れた。どうやら、鬼たちは『禍鬼』をリーダーにして、共通の目的をもって動こうとしているらしい」 その目的とは、鬼の王『温羅』の復活だ。『温羅』については詳しい情報は得られていないが、強力なアザーバイドである鬼たちの王となれば、生半可な相手ではないことは容易に予想がつく。 「昨年十二月のジャック・ザ・リッパーとの決戦で、この日本は『閉じない穴』を抱えることになった。その影響で封印が緩み、『禍鬼』を始めとする鬼たちが復活したんだろう。だが――今出てきている鬼は、あくまでも一部だ。『温羅』や、本当に強力な鬼たちはまだ封印された状態にある」 岡山県内に数多く存在する霊場や祭具、神器。それらが封印のバックアップの役割を果たし、『温羅』たちの復活を阻んでいるということらしい。つまり――次に『禍鬼』が狙うのは、これらの封印の破壊だろう。 「『万華鏡』は既に、『禍鬼』が復活した鬼たちを集めて動き出したのを感知している。奴らの狙いは封印の破壊だが、話はそれだけで終わらない」 アークのリベリスタと接触した『禍鬼』は、こちらの性質を知っている。それを最大限に利用するため、『禍鬼』は陽動として街中に鬼を放ち、虐殺を行わせようというのだ。 「――しかも、白昼堂々だ。放っておけば、奴らに大勢の人々が殺される。陽動とわかっていても、アークとしてはこれを見過ごすわけにはいかない」 それで、皆には虐殺を行おうとしている鬼たちの阻止に回って欲しい――と、数史は言う。 「今回、戦う鬼たちは五人。こいつらは『震刺』という鬼をリーダーにして、公園内で虐殺を行おうとしている。……時間が時間だから、親子連れや子供の姿も多い」 虐殺といっても、片っ端から人間たちに襲いかかり、一人ずつ殺していくわけではない。リーダーである『震刺』の能力によって、公園の中にいる人間を一度に殺そうというのだ。 「『震刺』は、自分から半径100メートル以内にいる人間全てに“針”を打ち込むことができるんだが……刺された人間は動けなくなるばかりか、想像を絶する苦痛に襲われ、もがき苦しむことになる」 しかも、意識ははっきりしており、気絶することすら出来ないらしい。 「“針”を打たれて一定の時間が過ぎると、その人間は爆発する。――つまり、その前に『震刺』を倒さないと、公園の中にいる一般人は全員、バラバラに吹っ飛んで死ぬってことだ」 爆発するまでの時間は、どんなに長く見積もっても二分に満たない。厳しい戦いになることは間違いないだろう。 「『震刺』を頭に、鬼たちは統制の取れた動きで戦ってくる。普通に戦っても強力な相手だが、今回はさらに速攻で倒してもらわなくちゃいけない。……厄介極まりないが、無茶を承知で頼む。この惨劇を、皆の手で防いでくれ」 手の中のファイルを強く握り締め、数史はリベリスタ達に頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月03日(土)00:00 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●理不尽を砕くために いつも明るく賑わっているはずの公園は、人々の苦悶の声で埋め尽くされていた。 目を見開いたまま荒い息を繰り返し、体を痙攣させて倒れ伏す人々が、そこかしこに見える。 赤ん坊を連れた母親や、子供たちの姿も多かった。 ひたすらに苦しみもがく声。 いっそ殺してくれと呻く声。 それらの声の中を通り抜け、リベリスタ達は広場に向かう。 今、彼らに手を差し伸べることは出来ない。『震刺』によって“刻死の針”を打たれている以上、ここで公園の外に連れ出しても結果は変わらないからだ。仮に救うことが出来たとしても、わずかな残り時間で退避できる数は知れている。 全員を救いたければ、時間が来る前に術者である震刺を倒すしかないのだ。 広場には、右の額に角を持つ壮年の鬼――震刺を始め五人の鬼。 近付いてくるリベリスタ達の姿を認めても、彼らは自ら動こうとはしない。 リベリスタ達が攻撃の射程に入るのを、悠然と待ち構えている。 『汝らも我が針を受けよ』 彼我の距離を正確に測った震刺が、リベリスタ達のほとんどが射程内に入ったタイミングを見計らって印を結び、呪いの針を放つ。 初撃を警戒して長めに距離を取っていた『何者でもない』フィネ・ファインベル(BNE003302)以外の全員が針に打たれ、その半数以上が激しい苦痛を伴う呪いに蝕まれて動きを封じられた。 すかさず、フィネが神々しい光を放ち、仲間達の針を消し去る。 「すぐに元凶、取り除きますから――待っててください、ね」 苦しみながら倒れている人達を素通りするのは、彼女にとって辛いことだった。 それでも、今は自分の役目を果たす。誰の命も、奪わせないために。 黒い翼を羽ばたかせて低空を舞う彼女は、慎重に震刺の射程外を維持しながら、仲間達の全員を自らの射程に収めていく。 鬼たちが立つ広場の中央付近には、四人の子供が倒れていた。 巻き添えを防ぐため、彼らの保護に動いた『Bloody Pain』日無瀬 刻(BNE003435)が、「解せないわね」と呟く。 「自分が見えない所で誰かが苦しんだって何も楽しくないでしょうに。苦痛や嗚咽は見て聞いて楽しむものよ」 独自の思想と倫理観を持つ彼女らしい言葉を口にして、刻はまず子供を一人、腕に抱え上げた。 小さな子供なら両腕で二人抱えられそうだが、他の子供たちとは少々距離が離れている。ここは地道に一人ずつ拾っていくしかなさそうだ。 刻とは反対側に走った『のっぺらぼう』鈴鳴 蓮華(BNE003530)もまた、倒れた子供の一人を抱えた。 (もたついてると多くの被害が出る。とても危険な状態だけど、良い方向に考えれば被害をゼロにできるチャンスだ) “刻死の針”が人々を四散させる前に震刺を倒すことができれば、誰も死なずに済む。そのために、全力を尽くすつもりだった。 青い肌をした鬼が、蓮華に魔力の槍を投げつける。咄嗟に子供を庇った蓮華の肩を、鋭い槍の穂先が抉った。 「昼間っから人間サマの領分で好き勝手やってんじゃねーぞ、コラァ!」 『ペインキングを継ぐもの』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)が、震刺へと真っ直ぐ走る。敵陣に飛び込み、挑発で鬼たちの気を惹きながら、彼は手にした“ペインキングの棘”を赤く染めた。 「鬼がチョーシづいたのが運の尽きだってわからせてやんよ」 『――汝らの血も、地に紅く咲かそうぞ』 繰り出された棘を身を捻ってかわし、震刺が口の端に嘲るような笑みを浮かべる。 「胸くそ悪い針野郎だ。俺の棘で針の筵にしてやんよ」 舌打ちするユーニアに続いて、『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)と『三つ目のピクシー』赤翅 明(BNE003483)が、二人いる赤い肌の鬼を、一人ずつブロックすべく前に出た。 「……紅き死の花、ですか。そんな物、咲かせたりなどはさせません」 紫色の瞳に強い決意を湛えて、紫月が鬼たちを見据える。彼女は回復を担う青鬼を怒りで封じるべく鴉の式神を放ったが、回避に優れる青鬼は直撃を逃れた。 「キミのお相手は明だよ!」 眼前の赤鬼に声を張り上げながら、明が闇の衣を纏う。 (せっかく異種族と対面してるってのに、交流手段が相手を苦しめるだけなんて寂しいアザーバイドだね) 赤い髪と瞳を持つ小柄な少女の体が、大柄な赤鬼と向かい合った。 「必ず助けます。もう少しだけ頑張ってください」 それぞれの配置についていく仲間達と、広場に倒れている子供達を視界に収めて、『誰かの為に』鈴村・優樹(BNE003245)が呟く。彼女は仲間達に小さな翼を与え、機動力と回避力を高めた。 『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)が、青鬼へと駆ける。 「自分のことを思い出すよ。こういう理不尽な不幸を砕くため、俺はリベリスタとしてここにいるんだ」 大きく、重く、分厚い――剣というよりは鉄塊と呼ぶべき大剣が、青鬼を叩き潰すべく振り下ろされた。 生死を分かつ一撃が青鬼に炸裂するも、屠るまでには至らない。支援型とはいえ鬼は鬼、個々の耐久力はこちらより上か。 黒い肌の鬼が震刺に駆け寄り、自らの気を高めて全身の守りを固める。赤鬼たちが、彼らの前に立つ紫月と明に拳を繰り出した。重い衝撃が、彼女らの細い体を揺らす。そこに、震刺が再び印を結んで呪いの針を展開した。 再び襲い来る激しい苦痛。呪いに動きを縛られることのないユーニアも、激痛を伴って全身を蝕む毒と、針から血を奪われる感覚に顔を顰めた。射程外に控えていたフィネが、光を放って呪いの針を折り砕く。 「そっちはお願いね」 針の呪縛から逃れた蓮華と刻が、分担して残りの子供を一人ずつ抱え上げた。千里眼を発動させた優樹が周囲を見渡し、他に救助の必要がある者がいないか確かめる。気合の叫びで呪いを払い、自らを癒す青鬼に向け、紫月が再び鴉の式神を放った。 「……先ずはそちらの戦術、崩させて頂きます!」 鋭い嘴に目を突付かれ、青鬼が怒り狂う。そこに明が、眼前に立つ赤鬼も巻き込んで暗黒の瘴気を撃った。 震刺をブロックするユーニアが側面に回りこむ。彼は震刺の他、青鬼と赤鬼の一人に射線が通る位置を確保し、己の生命力を糧に暗黒の瘴気を生み出した。運は封じられなくても、ダメージを与えられるなら意味はある。 裂帛の気合を放つ零児の義眼が、無限機関の駆動音とともに燃えるような赤い光を放った。 魂の炎を映して輝く瞳に、揺るがぬ決意を込めて。彼は、巨大な鉄の塊を振り下ろす。 「――何がなんでも絶対に護りきりたい、新たに得たこの力で!」 全身の闘気を込めた渾身の一撃が、大地すら割る勢いで青鬼を叩き潰した。 ●暴力に挑む決意 青鬼を欠いても、震刺に統率される鬼たちの動きに揺らぎは見られない。 赤鬼たちが、紫月と明に重い拳を打ち込んでいく。可能な限り防御力を高めてきたのが幸いし、辛うじて耐えてはいるが、鬼たちの豪腕を前にいつまで持ち堪えられるか。 さらに、常にリベリスタ達の先手を取り続ける震刺が、針の呪いをばら撒きながら魔力の黒矢を放つ。両腕に子供を抱えた蓮華の背に矢が突き刺さり、小柄な体を揺るがせた。 「……まだ動ける」 この体なら、簡単には死なない。この身が動く限り被害を出させはしない、絶対に。 射程外への退避が間に合わず、針の呪縛を受けたフィネの代わりに、紫月が神聖なる光を放って呪いを解く。刻と蓮華が、子供達を連れて安全な距離まで後退した。 「もう少しだけ頑張ってね。絶対助けるから」 苦しみもがく子供達に向け、蓮華が囁く。そこに、優樹の奏でる天使の歌が響いた。 「何を企んでいようと、無関係な人たちの大量虐殺なんて見過ごすわけにはいきません」 彼女の援護を受け、明は傷の痛みに耐えながら己の生命力を暗黒の瘴気に食わせていく。 その口から飛び出したのは、「何でこんなことするの?」という、鬼たちへの問い。 「明達と戦いたいなら直接来ればいいんだ。関係ない人を巻き込むなー!」 一点の曇りもない言葉とともに、禍々しい瘴気が二人の赤鬼を取り巻いた。できれば震刺も巻き込みたかったが、黒鬼が彼のガードに回っている以上、かえって自分の身を傷つける結果になりかねない。 明の叫びを聞き、震刺が『愚問よな』と鼻で笑う。 それは鬼の王『温羅』を復活させるという、彼らの目的のため。 そして、人々が苦しみ、死んでいくさまを眺めるのを好む、彼らの残虐な心ゆえ。 零児が距離を詰め、震刺の前に立ち塞がる黒鬼に鉄塊の如き大剣を振り抜いた。 黒鬼を包む気が攻撃を反射し、防具を徹して零児の身を傷つける。構わず、彼は全身の力をもって黒鬼の巨体を吹き飛ばした。 「――ユーニア!」 零児の合図で、震刺のブロックにあたっていたユーニアがすかさず黒鬼に駆ける。彼は震刺から引き離された黒鬼の前に立ち、再び震刺を守りに行けぬよう阻んだ。もはや、震刺を守る“盾”は機能しない。 しかし、戦況はまだ予断を許さなかった。赤鬼をブロックする紫月と明のダメージは次第に深刻になりつつある。彼女らが打ち倒されれば、流れは簡単に傾いてしまう。赤鬼たちの巨体に遮られ、震刺からの射線が完全に通っていないことが、彼女らにとって幸運といえた。でなければ、今頃は魔力の黒矢で撃ち倒されていただろう。呪いの針はそれでも届くが、こちらはまだ対策がきく。 辛うじて針の直撃を逃れたフィネが、神聖な光を放つと同時に黒い翼を羽ばたかせた。後退して震刺の射程から逃れ、戦場全体を視野に収める。倒れていた子供たちは仲間達が安全な場所まで逃した。あとは鬼たちをこの場に釘付けにし、時間内に震刺を倒せば良い。 「お待たせ、と……では、血に塗れたり塗れさせたりしましょうか」 子供の退避を終えて戻った刻が、薄い笑みを湛えて暗黒の瘴気を練り上げる。彼女の命を喰らった瘴気が、赤鬼たちと震刺に襲い掛かった。 傷ついた体を気力で支え、紫月が呪力を天へと放つ。 「降り注ぎなさい、氷雨……! あなた達の思い通りにはさせない、なんとしても!」 防御の気を纏う黒鬼を除く全ての鬼に、魔をはらんだ氷の雨が降り注いだ。 外道には、遠慮も何も必要はない。最初から、そのつもりで来ている。 「彼らには悪いけど、何とかして止めないとね」 同じく子供を逃がし終えた蓮華が、斬風脚を放った。詠唱で仲間達の傷を癒そうとする優樹に、刻が自分を対象に含めないよう要請する。自らの痛みを攻撃力に変える彼女の能力を思い、優樹は大きく頷いた。 「――了解です!」 癒しの福音が、戦場に響き渡る。 「悪い鬼は明がやっつけてやる!」 なんとか危機は脱したものの、瘴気を撃つには些か消耗の激しい明が、暗黒の衝動を秘めたオーラを紫月の前の赤鬼に放った。黒鬼を抑えながら自らの位置を調整したユーニアが震刺と赤鬼たちを瘴気で包み、零児が震刺の背後に回り込んで生死を分かつ一撃を叩き込む。 双方、足を止めての打ち合いになった。黒鬼が獣の如き咆哮を上げてユーニアを素手で打ち、震刺が漆黒の矢で追い撃つ。彼は何とかそれに耐えたが、それよりも深刻だったのは赤鬼の抑えに回った二人だった。 鳩尾に重い拳を叩き込まれ、紫月の全身の骨がみしりと嫌な音を立てて砕ける。 口中にこみあげる血の味。遠のきかけた意識を、彼女は自らの運命で繋いだ。 「被害は、絶対に出させません……!」 首の皮一枚の差で耐えた明が、そうだよ、と言葉を続ける。黒い翼で低空を舞うフィネが、ひときわ輝く光を放った。 支えてみせる、何としても。 ●生死分かつ一瞬 刻が生み出した暗黒の瘴気が鬼たちを襲い、重傷の身で力を振り絞る紫月の降らせた氷雨が眼前に立つ赤鬼を打ち倒す。 次なる狙いは、鬼たちの要たる震刺。彼を倒さぬ限り、公園内に倒れた人々の命はない。 「絶対に阻止しなければ……!」 強い決意を込めて、優樹が癒しの福音を奏でる。蓮華の斬風脚と、ユーニアの暗黒の瘴気が、震刺を次々に穿った。零児がその背後を突き、痛烈な破滅の一撃を見舞う。 二メートルを越える大柄な肉体を衝撃に揺らす震刺の肩越しに、零児は挑発を放った。 「今の一撃でわかっただろ? お前が最も警戒すべき相手はこの俺だ」 『矮小な人間風情が、吼えるものよ』 「一瞬でも俺から目を離してみろ。その時がお前の最期だ」 これで自分に攻撃が向くなら良し。なおも背を向けるなら、言葉通り剣を叩き込むまで。 震刺は低く笑い、印を結んで正面のリベリスタ達に針を放つ。その直後、反転して零児を漆黒の矢で射抜いた。 敵が一度動く間に二度動く、そのアドバンテージを活かさぬ理由はない。 震刺の針に呪縛されたリベリスタ達を、激しい苦痛が襲う。 まるで、心臓をわし掴みにされて握り潰されるような。 あるいは、巨大な万力に挟まれて全身を徐々に砕かれるような。 名状しがたく、耐え難い痛み。 それでも、耐えねばならない。今、公園に倒れている人々もまた、同じ苦痛に晒されているのだから。 彼らに救いの手が届かないことなど、あってはならない。 強い意志をもって、フィネは呪いの針がもたらす苦痛に対抗する。 紫月の放った光が、針の呪縛を打ち払った。体の自由を取り戻した刻が、ここまでの戦闘にかかった時間をざっと計算する。 そろそろ、一分が経つだろうか――もう、時間は残り少ない。 刻々と時間が迫り来るのを肌で感じながら、リベリスタ達は果敢に震刺を攻め続けた。 ここで間に合わなければ、全てが意味を失う。 蓮華の鋭い蹴りが、真空の刃を生み出して震刺の肌をわずかに裂いた。 (やれる事は微々たるものだけど、コレで少しでも早く、この酷い悪夢から被害者の皆を解放させられるのなら) 激しい技の応酬の中で、赤鬼の拳が明を直撃する。 瞬間、明滅する視界。傾いだ体を、砕けた膝を、明は運命を燃やして支えた。 ――絶対に、負けられない。 歯を食いしばる彼女の小さな背中に、優樹の天使の歌が届く。 集中砲火を受ける震刺が、煩そうに手を払い、素早く印を結んだ。 体を捻り、苦痛で身を縛る呪いの針を正面に位置するリベリスタ達へとばら撒く。 攻撃射程のギリギリを行き来するフィネが一歩踏み込んで光を放ち、針から逃れたリベリスタ達が再び攻撃を加え――そして、零児が動いた。 「……言ったはずだ。俺から目を離した時がお前の最期だと」 がら空きになった背中に向けて、鉄塊の如き大剣を振り上げる。 生死を分けたのは――まさに、その一瞬の隙。 裂帛の気合とともに炸裂した闘気が震刺の全身を砕き、大地に死を咲かせた。 震刺が斃れた直後、箍が外れたように二体の鬼が暴れ出す。 術者たる震刺の死で、人々に打たれた“刻死の針”は消滅したはずだ。ここまで来て、彼らを通すわけにはいかない。 目の前の赤鬼を押し留めようと動いた明を、激しい闘気が打ち据えた。 既に限界を超えていた小さな体が吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。 地に伏して動かない明を見て赤鬼は歓喜の雄叫びを上げたが、時すでに遅し。 ブロッカーが不在になった赤鬼に向けて、フィネが空中を駆けた。 「誰も、犠牲にはさせません……!」 彼女の全身から伸びた気糸が、赤鬼を絡め取る。 「――貴方にも痛みも刻んであげるわ」 自ら味わった苦痛をおぞましき呪いに変えた刻が、薄い笑みとともに赤鬼を屠った。 「あと一体……!」 黒鬼に殴られたユーニアに癒しの微風を届けて、優樹が全員を鼓舞する。 フィネの道化のカードが防御の気をかき消したところに、紫月の召喚した鴉の式神と、蓮華の斬風脚が打ち込まれた。 震刺の“盾”を担っていただけあり、黒鬼はなかなかに堅い。 しかし、リベリスタ達の猛攻を前にして、その“盾”にも少しずつ亀裂が広がっていった。 ユーニアの“ペインキングの棘”が、禍々しき光を帯びて黒く輝く。 「お前も逝って、ご主人様に地獄で介添えしてやんな」 漆黒に染まった“ペインキングの棘”が、黒鬼の腹に深く打ち込まれ――告死の呪いをもって、その身を滅ぼした。 ●取り戻したもの 人々に打たれた“刻死の針”は、確かに消えていた。 それを確かめたユーニアと蓮華が、ほっと胸を撫で下ろす。零児も、大きく息を吐いた。 倒れた明にフィネが駆け寄り、安否を確かめる。大の字に倒れたまま、明はフィネに笑顔を向けた。 優樹が傷の深い紫月と明を気遣う横で、刻が公園内に人々の喧騒が戻り始めたことに気付く。 あの生き地獄が、人々の心にどのような影響を残したかは気にかかるが――。 全員の無事と、彼らが元通り動き出しつつあるのを確認した以上、早めに立ち去った方が良いかもしれない。 痛む体を引きずるようにして、紫月が広場に倒れていた子供達へと歩み寄る。 せめて彼らだけでも、この記憶を忘れさせておきたい。 紫月が子供たちの記憶を操作し終えた後、リベリスタ達はそっと公園を後にした。 後の処理は、アークが引き受けてくれるだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|