● バレンタイン。 愛の日、と言い換えても差し支えは無いだろう。日本では女性が男性へと、想いを伝える為の日だ。 世界的に知られているこの行事は、その国によって多様な姿を見せている。 女性から男性へ。男性から女性へ。 方向は違えど、愛を伝え合う日に変わりは無い。 一年に一度の、愛の祭典。 今年は一味違うその日を、共に楽しむのは如何だろうか? ● 「ベトナム風のバレンタイン、と言うものに、興味は有りませんか?」 ブリーフィングルーム、何時もならば顔ぶれ様々なフォーチュナ達が立つモニター前。 微かに首を傾けて。其処に立つ竜牙 狩生 (nBNE000016)はリベリスタ達に問いかけた。 「日本では、バレンタインと言えば女性が男性へと菓子を贈るのが一般的ですが……近頃は『逆チョコ』なる物もありましたね。 其れは兎も角、基本的には女性から男性が主流でしょう。しかし、ベトナムでは少々異なります」 しなやかな指先が、モニターを操作する。 何時もならば神秘を告げるのみの画面に、花束を渡す男性と、受取る女性の幸せそうな写真が表示された。 「……男性が女性に尽くす日。それが、ベトナムのバレンタインです。 これも中々に面白くはないかな、と思いまして。……如何でしょうか」 薄い唇に微かに、笑みが乗る。 詳細は此方にも有りますが。そう前置きしてから、青年は話を続けていく。 「内容は簡単です。その日一日、男性が女性に尽くすだけ。 ……嗚呼、もしお一人で来られる方が居るのなら、私がもてなしますからご安心を。 恋人同士、友人同士、関係性も問いません。ただ、1つだけ。お約束が有ります」 す、と人差し指を立てる。 男性に尽くして貰い、その日一日を楽しんだ後には。 「女性は、男性にチョコレートを贈ってあげてください。折衷、と言った感じですが、互いに感謝し合うのも良いものでしょうから」 では、興味が有ればお待ちしております。 優雅に軽く、一礼をして見せて。 夜闇の青年はモニター前を後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月25日(土)22:50 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 22人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 2月14日、当日。 掃除の行き届いた講堂は、常と違う色を纏っていた。 染みひとつないクロスを広げた長机の上には、白磁のティーセットと磨き上げられた皿やカトラリー達。 中央のハイティースタンドには、この日の為に揃えた菓子が幾つも並べられていた。 窓には日を透かすレースのカーテン。幾つも並ぶ柔らかなソファと丸机にも、花や緑が添えられている。 ――私から御客様へ。御持て成し、と言う奴です。 そう、漆黒の青年が微笑んで見せる。続々と集まる客人の顔を確認している最中。 「……さて、俺のお姫様を可愛がるとするか」 「よ、宜しくお願いするよぅ!」 表情も変えず悠然と入って来る鷲祐の腕の中には、横抱きにされ妙に畏まったアナスタシア。 酷く恥ずかしげな彼女に対し、なんら気にする様子の無い彼は、やはり歩みを止める事無く講堂の奥へと進んでいった。 講堂の中央辺り。無表情に、興味深げな色を乗せたユーヌはソファに身を預けたまま、恋人の姿を見詰める。 作法は知らないが、中々堂に入っている。中々見る事の無い真剣な顔は、やはり魅力的だ。 愛しのお嬢様ちゅっちゅ……ではなく、彼女に尽くして尽くして尽くし抜いて、執事オブ執事を目指す。 熱い決意を燃やす竜一は、手早く紅茶の用意を進めていく。 優雅に頬杖をつくお嬢様の視線には気付かずに。名称は知らないが、三段皿の奴を用意して、紅茶は温度も時間もきっちりと。 それらを全て机に並べてから、執事服を纏う彼はユーヌの横へと控える。 「お嬢様、お茶を注がせて頂きます」 「格好は立派な執事だな?」 湯気の立つ、澄んだ赤茶色。目を細めたユーヌがカップに口をつけ、微かに口許を緩める。 普段より美味しく感じるのは、愛情の分か。 差し出される菓子を食べ、口許を拭いてみせる。常に一歩下がってユーヌの一挙一動に気を張る彼に気付いている彼女は、小さく肩を竦めて。 「ああ、竜一ちょっと耳を貸せ」 お嬢様のご用命。素早く近寄る竜一の口に当たる、柔らかな熱と、溶ける甘さ。 呆然と口内で溶けていくチョコレートを飲み込む彼に、ユーヌはお礼だと笑みを含んだ声を返した。 「……一緒にお茶を飲みましょう」 一言。お姫様からの命令は、それだけだった。 酷い無茶振りに身構えていたエルヴィンが呆然とする様子に、ウーニャがそれを現実にしようか、と悪戯っぽく首を傾げる。 その提案は全力で遠慮して。彼女の要望に沿う様に、濃い目の紅茶に暖めたミルクをそっと注ぐ。 角砂糖は少し多めに。誠心誠意心を込めて、貴女だけの為に。 「……意外と様になってるだろ?」 少々誇らしげに淹れられた紅茶を差し出す。一口。広がる良い香りに、お姫様は合格だと微笑んだ。 緩やかに波打つ赤茶の髪は綺麗に纏めて。身に纏うのはふわふわドレス。 お嬢様、と胸を張って見せるも、直に気恥ずかしげに首を振るあひるを、タキシードを纏ったフツは優しくソファに誘う。 「あひるお嬢様、マカロンを食べさせてやるぜ」 普通の口調。けれど、とことん恭しい態度を貫く彼に、あひるはうっすら頬を染める。 慣れない。けれど、普段見られない彼を見られるのは、とても楽しい事だ。 あーん。差し出されたマカロンが、口の中へと消える。 ほんの少し苦いチョコも、愛しい彼に食べさせて貰ったなら何より甘い。 どうぞ、とあひるから差し出されたマカロンは、フツの口に消えて。楽しげに笑い合う。 もてなしは素敵。けれど、それよりも。隣に居たい。くっつきたい。 お嬢様の華奢な手が、執事の袖を小さく引く。緩む、執事の表情。 「お前さんが望むなら、どんなことだってしてやるぜ、あひるお嬢様」 恭しく一礼し、肩を抱くフツに、嬉しそうに微笑んで。 「あひるの望みは、フツがそばに居てくれることだよ。これからも、末永く、よろしくね……っ」 ちゅ、と。あひるの唇は控え目に、愛しい彼の口端に寄せられた。 一見無表情。内心は胸の高鳴りと緊張で精一杯。 黒の執事服で紅茶と苺ケーキを給仕する夜鷹に、レイチェルは感嘆の吐息を漏らす。 見事に好みを把握されている。流石と言うか何と言うか。 「お口に合いますか?可愛い猫ちゃん」 「……ええ、はい、美味しいです」 優しい問い掛けには、微かな動揺と共に頷いてみせる。 紅茶と菓子を楽しむお陰で、なんとか緊張が解け始めた頃。夜鷹が不意に立ち上がる。 左手は肘置き。右手はレイチェルの顎を上に向かせて。 キス、だろうか。あたふたとする彼女を尻目に、寄せられた彼の唇は、頬のクリームを舐め取った。 「ん、こっちの方が美味しい」 微笑が向けられる。真っ赤な顔を俯かせて、レイチェルは深々と吐息を漏らした。 夢みたいな時間だ。けれど正直。どきどきし過ぎて、くたくたかもしれない。 ● ふわり、香り立つキャンディとミルクを混ぜ合わせて。 茶菓子に選んだのは、甘過ぎないガトーショコラ。 目の前の客人達へと湯気の立つ白磁を差し出しながら、狩生は優雅に一礼して見せた。 「……砂糖は如何なさいますか、お嬢様?」 順に耳を傾け、最後にエナーシアのカップに角砂糖を入れ終えた彼に、エレオノーラは声をかける。 「日本式のバレンタインにも驚いたものだけど、ベトナム風も変わってるわね」 形こそ違えど、根底にあるのは大切な人への感謝の想い。 素敵ね、と微笑む彼に同意を示す狩生に、今度は非常に控えめな声がかかる。 「竜牙さん、あの……私に似てる花、どんなの、あると……思う?」 バレンタイン。日本では中々見ないが、確か男性が花束を送る事もあった様な。 手繰り寄せた記憶を元に問う那雪には僅かな逡巡の後、沈丁花だろうか、と答えを返す。 染まる頬と小さな礼の言葉は、微笑を以て受け止めた。 「……紅茶、おいしいですねぇ。あ、尽くしてくださいね狩生さん!」 そう言えば、今までこうしてお茶を飲み安らぐ事の出来る時間がなかったかもしれない。 ほう、と吐息を漏らしてから、京子は思い出した様に声を上げた。 「あ、ところで狩生さん!」 貴女の頬に口付けを。招待の際の言葉通りならば、狩生が口付けてくれるのか。 ほっぺにちゅーくらい許しちゃいましょう。楽しげな少女の声に、狩生は珍しく瞳を驚きに瞬かせる。 「……それとですね、狩生さんの困っている表情、大好きですよ!」 くすくす、してやったりと笑う顔。 これは1本取られた様だ。狩生の表情が苦笑に変わる。 ドレスシャツに黒のベスト、下は同色のスラックス。 以前の経験で身体に馴染んだバーテンダーの制服を身につけて、快は穏やかに笑みを浮かべる。 持ち込んだシェイカーに流すのは、オレンジにレモン、そしてパイナップル。 紅茶より得意だからと慣れた手付きでシェイカーを振る快の前で、恵梨香は硬い表情の侭腰を下ろしていた。 覚悟完了。なるようになれ。そう思っている彼女の前に置かれる、華奢なカクテルグラス。 「お待たせしましたお嬢様。ノンアルコールカクテル、"シンデレラ"でございます」 恭しい一礼。差し出された鮮やかなイエローをじっと、見詰めてから。 恵梨香はそっとグラスを手に取った。 執事風のスーツでばっちり決めて。命令を待つ夏栖斗に、笑えない冗談を告げてから。 こじりは兄妹揃ってのもてなしだ、と差し出されたスコーンに手をつける。 添えられるクロテッドクリームにジャム、そして温かい紅茶。 和菓子や煎餅を好む彼女には物珍しいそれらを口に運ぶ姿を見詰めて、夏栖斗は首を傾げる。 「なんならあーんまでサービスするよ」 その言葉はまるで耳に入らない様に。ナイフとフォークは動きを止めない。 人前では甘えた所を見せたくない。そう、こじりは思う。 だって。 私の弱いところを知っているのは、彼だけで十分なのだから。 いつもは友人とチョコを交換するだけの日。けれど、今日は大好きな人と過ごせる。 喜びと緊張が入り混じる表情を浮かべる凛麗の前には、カイお手製の珈琲牛乳とスイーツ、そしてパニーノ。 彼が淹れた珈琲は特別美味しい。そう告げる彼女と微笑み合ってから。 絨毯を敷き、準備を整えたカイは、耳掃除を、と凛麗を手招きする。 「ええと。執事様と言うものは耳かきもして下さるのですか?」 凛麗が少しでも不快な思いをしない様に、クッション代わりのタオルケットを膝に乗せ頷く彼の膝の上に、遠慮がちに凛麗の頭が乗る。 「痛かったら遠慮なく仰って下さいね」 優しく丁寧に。染まる彼女の頬に笑みを溢しながら、カイは手を進めていく。 仕上げに暖かいお絞りで耳を拭いて、乱れた髪は優しく櫛で整えた。 「如何でしょう、満足して頂けたら幸いです」 「今日は、ちょっとどきどきしてしまいました、はい、わたくしの気持ちです」 お礼と共に差し出される、甘い甘いチョコレート。 この先の時間、貴方への気持ちは奉仕で返させて欲しい。そう告げた彼女に、カイは幸せそうに頷いた。 「……アナスタシアはどう思っているのかわからんが、俺なりに、尽くす」 何時もの様に、何時だって傍にいる。喉が渇くなら紅茶を。欲しい物があるなら手元に寄せて。 温もりが欲しいなら、言うまでも無い。 常の無表情で隣に立ちながら。鷲祐はそれだけ告げて、手早く紅茶を淹れ、菓子を並べる。 それはなんら特別な事ではない。けれど、彼がしてくれるのならそれはとても、特別なコトなのだ。 それに。自分の事を想って一生懸命考えてくれたのなら、やはり嬉しいから。 満面の笑みと共に、彼女は茶を楽しむ。途中でクッキーを一枚取れば、迷い無く鷲祐へと差し出して。 「ふふ、これも尽くされる一環! あたしは食べさせるのをご所望なのです! ……だよぅ」 くすくす、笑い声が漏れる。満足げな表情を浮かべるアナスタシアに、鷲祐は静かに口を開く。 「俺のした事は何一つ特別じゃあない。だが、それは誰よりも特別だ」 ――俺が一生側にいる女は、お前だけなんだから。 真直ぐに。告げられた言葉は優しく、アナスタシアの胸を満たしていく。 「うさ子さん、あーん。おいしいですか?」 差し出すのは手作りチョコ。うさ子の口に消えるそれを見詰め、ヴィンセントは幸福げな笑みを浮かべた。 可愛い。見ているだけで此方も笑顔になってしまう。 これではどちらが尽くされているのか分からない、そう思いながら、チョコを差し出していく。 頬が落ちそうなくらい、甘くて美味しい。 これを作る彼を想像すると、可愛くて笑みが漏れてしまう。チョコを受取る側のうさ子の顔にもやはり、笑みが浮かぶ。 思いついた様に、ヴィンセントが大きめの欠片を唇に咥えて差し出してみせる。 楽しげなうさ子は、それを食べない。お預け、それもまたよし。 幾度も食べて欲しい、というサインを送るも、それが叶わぬと気付くとヴィンセントの眉が下がる。 もう溶けてしまう、その瞬間。ぱきり、と、チョコの割れる音。 唇が触れないぎりぎりで。そのチョコを掠め取ったうさ子が、やはり楽しげに微笑んだ。 ● 甘いお茶会も終盤。 差し出したカクテルを、彼女が飲み終えた頃。 「……チョコのお礼、は口実でね」 恵梨香をこういう場所に連れ出したかった。徐にそう告げてから、快は問う。 「今日は、楽しめた?」 少しだけ、間が開いて。恵梨香の唇が、微かに動く。 その問いへの答えは、快にしか届かなかった。 「……一度言わなきゃ、と思ってたんだ」 改まった調子で、エルヴィンが口を開く。 何も告げず居なくなった事への謝罪。再会し、こうして話が出来たのが、本当に嬉しい事。 うにゃねーちゃん、そう、昔の呼び名を囁く彼に、ウーニャは呆れた様に笑みを浮かべる。 「もう、そんなの気にしてないわよ」 あのちびっ子だった彼が、こんなに大きくなって。 ……しかも、何かいい男になっている。ごにょごにょ、聞こえない様に呟く彼女を、エルヴィンは怪訝そうに見詰めて。 「はは、やっぱこういうのはガラじゃねーな」 女の子口説く方が楽だ。そう、気恥ずかしさを誤魔化す様に笑い声を漏らした。 人目に付かない、テーブルの下。 引き擦り込まれた側のこじりが悪戯な笑みを浮かべる。 「何だか、悪いことをしているみたいね?」 誰かの目があると恥ずかしい。そう、声を潜め気味に答えてから。 夏栖斗は真剣そのものの顔でこじりを見詰める。 「えっと、ちゅーしていい? させろ! ……いや、する」 決意を固めて。そっと、唇を触れ合わせる。 柔らかな感触の奥。大人の味を求める様に。深く口付けてからそっと、離れる。 「どうだ! 僕だってやるときはやるんだからな! って!」 誇らしげな声を上げるも、頭上の机に頭をぶつけて思わず呻く。 その間一度も返らぬ声に焦って顔を上げた夏栖斗の唇に、再び柔らかな感触が重なった。 「……中々、フレンチな味ね? 御厨くん」 ほんの少しだけ大人な口付けは、ほのかに紅茶の味がした。 人の気配も疎らになった室内。不意に、くい、と、袖が引かれる。 片付けを始めていた狩生が振り向けば、其処に立っていたのは緊張し切った那雪だった。 「一つだけ、お願いあるの……。あの、ね」 躊躇いがちな声。小さな唇が続きを紡ごうとするも、それはそっと差し出された狩生の指先で遮られる。 「……そういえば言い忘れていました。資料によれば、お誕生日だとか。……おめでとうございます」 長い指先が花瓶の沈丁花の花弁をひとつ、手折って。 良い一年を。そんな言葉と共に、銀の髪に花を添える。 途端に真っ赤に染まる頬を、お礼で隠して。那雪は最高の誕生日だと笑みを漏らす。 そんな姿を見遣りながら、一応、とチョコレートを差し出したエレオノーラは首を傾ける。 「若い子がいつも以上に頑張って気持ちを伝え合ってるのも、こうかわいらしいわよね」 こうも歳を取っては、なかなか気持ちを伝えるなんて出来ない。 貴方はどう思う? 年長者の温かみと共に向けられた問いに、狩生は目を細めて口を開いた。 「同意します。……歳を重ねる程、素直な言葉は上手く出てこない」 貴方からのチョコレートも勿論、嬉しく思います。そう添える事を忘れない彼に、思わず笑う。 変わらぬ愛に祝福を。隣に在り続ける者に何よりの感謝を。 そして。何時までもその絆が途切れない様に。 夜が更けても、甘い聖夜は終わらない。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|