● 「……っ、はぁッ!」 雨が降る中、ばしゃばしゃと水音を立てて、一人の少年が夜道を走る。 歳は十代半ばを超えた頃だろうか。手に何も持たず、着ている学生服や身体は至る所が傷だらけで、浮かべる表情にも余裕がない。 実際、彼自身、自分がこんな状況に置かれている理由が全く解らなかった。 何時もと同じような、学校からの帰り道、夕暮れと共にワケの解らない動悸に数分間陥って、それが収まった後に再び家に帰ろうとしたら、今度は数人の大人達が現れて武器を取り出し、自分を殺そうとしてきた。 怯え、逃げ惑い――行き着いた先は、彼もよく知らない街の、薄暗い通りだった。 少年は我に返った後、水に濡れた髪を掻き上げながら、半泣きになって呟く。 「何なんだよ、一体……」 長い間走り続けたためだろう、疲労でふらつく身体をどうにか自力で支えつつ、彼は家路を探し始めた。 ● 「……依頼よ」 何時もと同じような台詞をリベリスタに向けて語る『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)。 唯一違うのは、表情から僅かに覗ける「痛ましい」と言う感情。 「今回の任務は、エリューションと化したとある少年を倒すこと。フェーズは1で、大した能力も無し。精々身体能力が多少強化された程度」 その上、エリューションとなったばかりの少年は、自身の力の使い方もロクに理解できてはいないため、リベリスタが本気を出せば倒すことは容易だと、イヴは語る。 「彼は今現在、三高平市周辺のとある街に居る。元は三高平に住んでいたんだけど、革醒時に別のリベリスタに討伐を依頼したところ、向こうは不意を突いて暴れた後、逃亡した」 念のためとして、そのリベリスタ達は治療を受けており、その間に少年を見失う可能性を考えて、今回新たなリベリスタが呼ばれた、と言うことだ。 エリューションが逃亡した場所までを説明した後、彼女は独白のように、静かに語り始める。 「……エリューション化した少年は、この世界の真実について何も知らない人。得た能力もごくごく微小なもので、精神面や肉体面にも変化はほぼ見られない」 其処までを言って、イヴは言葉を一拍、区切る。 「けれど、エリューションとなった彼を放置し続ける事で、彼の身近な者も同じように革醒するかもしれない。だから、これは必要なコトなの」 ――それでも。 『自身の死』を迎えざるを得ない彼の苦しみを、少しでも取り除いて欲しい、と。 イヴがリベリスタを見る瞳に、そんな願いが込められているように見えたのは、気のせいだったのだろうか。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年04月17日(日)02:28 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● ――力なきエリューションを討伐せよ。 その報告を聞いた時、彼らは皆一様に、胸に苦いものが残る感覚を覚えた。 肉体が異形となるなら、まだ自身を納得せしめた。 精神が狂的となるなら、躊躇いもなく敵を倒せた。 けれど、此度の敵は、そのどちらとも違う。 革醒しても何も変わらない、何も狂わない、本当に、昼の世界に住む、只の少年のままだった。 それを殺す、と言うのは――結局の所、人を殺すと言うことと、変わらないのではないか。 「……けれど、このお仕事は、誰かがやらなきゃいけないことなの」 自戒するように呟くのは『二重の姉妹』八咫羽 とこ(BNE000306)。 抑揚の無い言葉に隠されたその胸中は、恐らく誰にも解りはしないだろう。 彼女は唯、薄水色の翼をはためかせ、敵の姿を探す。 雨の降る夜、漂う寒さをこらえるかのように、きゅ、と拳を握りしめて。 「……かわいそうだけど、しょうがないんだよね」 知らず、呟いた「もう一人」の声に、とこは気づいたのだろうか。 それとほぼ同じ頃、連絡用の携帯電話の着信音が、鳴った。 「見つかったって、本当か?」 手分けして捜索を続けていた一行の中で、敵の姿を確認したとの知らせを出した人物――『のらりくらりと適当に』三上 伸之(BNE001089)に最初に合流したのは、『嘘竭き』蜂矢 千宗(BNE000304)だった。 伸之はそれに対して小さく頷き、住宅街の曲がり角の向こうを指さす。 千宗もそれに応じて、気配を気づかせないようにそっと角の向こうを覗く。 その先には、確かに敵の――雨の冷たさと疲労に打ちのめされた、学生服の少年の姿があった。 服は摺り切れ、土にまみれた上、雨をたっぷりと吸って、最早元の衣類としての体裁は完全に消え失せている。 それを着る少年自身も、寒さに震える身体を引きずって、少し歩いては休み、歩いては休みを繰り返しながらも、何とか家路を探すべくふらふらと彷徨っていた。 「……やるせねーよな」 その光景を見て――千宗自身が、心を痛める。 今この場で、何の他意も無く駆け寄り、彼を家まで送れたら、どれほど幸福な筋書きだろうと思う。 けれど、それは叶わぬと解っているからこそ、言葉に出せはしなかった。 代わりに出たのは、決意の言葉のみ。 「でも、やらなきゃダメなんだよな。……俺達は、リベリスタだもん」 「本当に……ダリィっつーか、何ともやりづれぇ話っすね」 伸之の、何時も気怠げな言葉にも、やはり覇気はない。 彼には運がなかったからと割り切れるものなら、どれほど楽だったろうか。 リベリスタ――元は誰もがエリューションであり、誰もが偶然によって存在を許された者達。 自分たちの運命が僅かでも違っていたら、此度の彼のように、唯、寂しく死ぬことしか許されない。 持たざる者である彼らの姿は、その大部分に於いて自分たちのそれと重なり、 それ故に、彼を運が無かった他人と切り捨てられることは、伸之には出来なかった。 「奇跡でも無い限り、どう転んでも気持ちの晴れる話じゃないっすね」 何気なく呟く言葉の、その空虚さに、彼自身が顔を歪めた。 そう話している内に、彼の姿は少しずつだが遠のいていく。 伸之は、少しの間瞑目した後――傍らの千宗に向かって、言った。 「追いましょうか」 「ああ」 その後、およそ数分。 仲間達が合流するまで、リベリスタ達は少年を追い続けた。 見知らぬ街を覚束ない足取りで歩き、時折零れそうになる涙を、必死にこらえる様に頭を振るその姿に、彼らは今一度思う。 ――これの、何処が化け物だと。 ● 「よう、坊主。そんなに傷だらけでどうしたよ?」 最初に声をかけたのは、『悪夢の忘れ物』ランディ・益母(BNE001403)。 これから殺そうとする相手に対して、まるで殺気を感じさせない、気さくな様子で声をかける。 「……? アンタ」 虚ろに応える少年。 無理も無いといえば、そうだった。 体力の殆どはコレまでの間に尽き果て、恐らくは今現在も気力だけで意識を保っているようなものだろう。 逃げる行動が出来ない少年は、突然現れたランディの姿に対して、何をすることも出来なかったのだ。 「良いから、とりあえず身体を拭けよ。おい」 「ええ。……これをどうぞ」 彼が声をかけた先に居るのは、『優しい屍食鬼』マリアム・アリー・ウルジュワーン(BNE000735)。 彼女は柔らかな笑顔を浮かべて、少年にそっとハンカチを渡した。 それと同時に――他の仲間達も、機を見て少しずつ、姿を現していく。 老若男女を問わず、突然現れた彼らに対して、流石に少年も理解する。 「……アンタら、俺を殺そうとしてる奴らの、知り合いか?」 「ええ。ま、おいちゃん達は少年からすれば死を伝えに来た死神さんってところかなん?」 冗談めかして答えを返すのは『居場所無き根無し草』レナード・カーマイン(BNE002226)。 自分の命を奪おうとする相手の、その余りの軽薄な態度に、少年は怒りを抑え切れなかった。 「ふざけんなよ……っ! 俺が何をしたんだよ! 何で俺が殺されなけりゃならないんだ! お前ら一体、何なんだよ!?」 それを受けて、一部のリベリスタ達が、ほんの少し表情を曇らせる。 正当な怒りは、それを是とする人間には最も強く響く。 表面上は何の反応を示していない者達も――それは単に、取り繕う程度に大人であるだけのこと。 ランディも、レナードも、唯静かに彼の激昂を見つめるのみ。 その様子に、更に怒りを増した少年だが、 「ごめんね……」 小さく、漏れた声に、その勢いが殺がれる。 「普通に暮らしていたかったよね……あひるも同じ……」 『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)は、泣き出しそうな顔を浮かべて、彼の手を握る。 「だけど貴方とあひるは、お友達になれないから……」 「……? アンタ、何言って……」 少年が言葉を言い切る前に、あひるは少年に見えないようにたたんでいた翼を大きく広げる。 色鮮やかな羽が何枚か少年の前に舞い散り、その光景を見て、少年は絶句する。 「貴方には、聞いてもらいたいことがあるの……」 そんな少年に畳み掛けるように、あひるは、世界の真実について話し始めた。 「おい、未だ出来ないか?」 「んー、もうちょっと待って。ら、い、と、のっ操作盤~っと」 通信端末越しのランディの声に、何処か愉快そうに韻を踏んで、電源の操作をする『レイディアント無気力』メリュジーヌ・シズウェル(BNE001185)。 それからおよそ一分ほどが経って……少年と共に訪れたグラウンドに、全てのライトが点灯された。 これで――戦場としてのこの場所の準備は、ほぼ完全に整ったこととなる。 一仕事を終えたメリュジーヌは、その後、少年が抵抗した際の狙撃のため、ポジションを探しに行くのだが――その前に、件の少年の姿を観察する。 事前にフォーチュナから聞いたように、その姿はまさしく何処にでも居る少年と同じで、それ故に、今まで普通であった彼が、エリューションと化すことで訪れるであろう地獄を想像する。 それを覚ますように、ふと真上から、微かに羽音が聞こえる。 とこだった。今現在、翼を用いて上空から、グラウンドに来る人がいないか見張りを行っていたのだ。 その彼女の視線も――今は、あの少年に向いている。 少しの沈黙の後、とこは再び見張りに向かうが、その刹那、メリュジーヌと彼女の目が合った。 彼はどれほど苦しいのかと、疑問を抱いた表情だった。 そのまま飛んでいくとこを見送りながら、メリュジーヌは言う。 「お姉ちゃんも紙一重だったからね。偉そうなことは言えないけど……」 聞こえる相手が居ないからか、妙にハッキリとした声で、彼女は独白する。 「その代わり、若しもの時は、楽にしてあげる。あとは、お姉ちゃんたちに任せて」 そこまでを言って、彼女は漸く歩き始める。 先の言葉を、自分に対する責任に変えて。 「ねえ、貴方には家族や、友達は居る?」 グラウンドに有った、古いベンチにタオルを敷いて、マリアムは少年に話しかける。 あの後、グラウンドに着くまでの間、あひるから世界の真実を聞かされた少年は、それを出鱈目と鼻で笑うことが出来なかった。 一つは、あひるの羽。 一つは、虚空より出でた武器を信之が掴む光景。 一つは、千宗が見せた機械の腕。 今という世界に於いて有り得る筈が無い超常現象を見た少年は、マリアムの言葉に対して、茫洋なものを見る目で、淡々と答えた。 「……居るよ」 「学校は楽しい?」 「ああ」 「好きな子とか、居る?」 「……。まあ」 「じゃあ……それを、守りたい?」 「……」 虚ろな瞳に、僅かな意志が宿る。 マリアムはそれを知りつつも、決して少年から目をそらしはしない。 「貴方がこのまま生きていると、さっき答えた時に思い浮かべた全ての人が被害を受けるわ。今の貴方と同じように、私達のような人に殺されることになる」 ――だから、殺されて欲しい。 そこまでは、彼女も言い切らなかった。 ……言い切れなかった、のかは解らない。 「もちろん、俺達も、お前の為に叶えられるお願いとか、全部聞くつもりだぜ。パシリなら任せとけッ!」 少しでも明るくしようと、千宗が威勢よく声をかける。 少年は、俯いて、ただじっとしている。 やがて、ぼそりと、声を出した。 「信じられると、思うかよ……?」 「……」 「アンタ達が超能力者みたいなものみたいだって事は解ったさ。でも何だよ。俺が化け物に成ったから殺しに来た? この身体の、この心の、何処が化け物だって言うんだよ!」 傘を差している彼の頬が、温かい雨に濡れる。 ぼろぼろと零れるそれは、まさしく彼の激情を意味しているようで。 「……本当は、アンタ達が悪い奴らで、俺を殺そうとしてるだけなんじゃないのか? アンタ達の言葉の証拠が、証明が、何処にあるんだよ……!」 そう言う彼も、恐らくは心の中でその可能性を否定しているであろうことは、容易に予測がつく。 彼らは本物の武器を持っている。普通の人間より遥かに早く走るための翼も有るし、この距離に於いて、何の抵抗も出来ない少年自身に対して、何の行動も取らない。 解ってはいるのだ。彼らの態度が、行動が、この馬鹿げた理論をホンモノだと証明していることは。 ただ。 だからと言って、今まで何の罪も犯していない彼自身が死ななければ成らないという言葉は、どうしても納得が出来ない――。 「……別に俺達は、どっちでも構わないぜ」 そんな彼に投げかけられたのは、レナードのぞんざいな声。 「力のまま暴れて逃げるもよし、受け入れて潔く消えるもよし、どちらにしても選択はてめぇがしろ、それが不本意でも力を手に入れた人間の義務だ。……ただ、正気を保っているのにもそろそろ限界、感じてないかい?」 ぞくり、とするほど冷たく、それでいて取ってつけたような言葉は、正確に、少年の心を抉る。 「……何を、言ってんだよ」 「今はそうでも無いかも知れないさ。お前の力は未だ弱い分、心も身体も侵されちゃいない。けど、時と共にその力は確実にお前を蝕むぜ? そうやって、正気を失って俺等から逃げたとする、その先どうなるんだろうな」 そして、僅かに言葉を溜めて、言う。 「――傷つくのは、誰なんだろうな」 そこまでを言って、彼はとこと同じく見張りに出るため、あひるに翼の加護を施してもらう。 レナードを見る彼女の瞳には、ほんの少しだけ責めるような感情と――感謝の意が含まれている。 説得は、ただ相手を慮り、優しくするだけでは務まらない。 時に、理解すべきことを確りと理解させるため、多少の痛みを伴ってでも言うべき言葉もあるのだ。 「……っ」 少年の拳が、固く握りしめられる。 ぎり、と、歯を食いしばる音が、僅かに聞こえて。 「……解ったよ。ただ、さ」 俯かせていた顔を上げ、少年は言う。 「家族に、一言ぐらい、手紙を出したいんだ。……何か、書くものとか無いかな。 それを聞いて、信之は事前に用意していた便箋を少年に差し出す。 少年はそれを受けとろうとして――そのまま、信之の腕を掴む。 「それと、ちょっとだけ」 「ッ!」 「八つ当たり……させてくれよ」 ぐい、と信之の手を引っ張った彼は、無防備となった腹部にたった一度、渾身の一撃を叩き込む。 雨音で満たされた空間の中、ドン!と言う鈍い音が、広いグラウンドいっぱいに響き渡った。 「……っ!」 臓腑から血が溢れる。 込み上げたそれらは濁流のように吐き出され、彼の生命の危機を表す。 ――だが。 「……もう、普通の身体じゃないんスよ、さっき戦えたみたいに」 それでも、彼は倒れない。 死に頻するほどの怪我を負いつつも、瞳の輝きは微塵も衰えない。 少年は、その光景に我を忘れていた。 今初めて見た、自分の常識外れの力と、 それを受けて尚倒れない、意志という、彼の見えざる力に。 「……。反撃、しないんだな」 どうせ殺す筈の存在を――感情に任せ、殺さないのか、と暗に言っている。 それに対して、リベリスタ達は何も答えない。 そうして、およそ数秒が過ぎて、少年は言う。 「――――――。痛いのは、さ」 泣きながら、笑って。 「止めてくれよ、な。……死ぬときくらい、楽させてくれたって、良いだろ?」 その言葉に、 リベリスタ達は、確りと頷いた。 ● ――カタン。 郵便受けの蓋が、小さな音を鳴らした。 少年が書いた、ただ一文だけの手紙を届けたリベリスタ達は、三高平への帰路を歩みつつ、ぽつりと呟く。 「……あの子、さ。苦しまずに死ねたかな」 「解んないな。それは」 メリュジーヌの問いに対して、にべもなく答えを返すのはレナードだった。 「けど、あの死に顔は嘘じゃなかった……そう思わなきゃ、やってらんないだろ」 「そう、ね」 何処か憂えげな笑みを浮かべるレナードに対して、メリュジーヌも苦笑する。 彼女と同じような問いを持つのはみんな一緒で――だからこそ、それを幸福な結末と思わなければ、少なくとも今この時に於いては耐えられない。 いっそ、全てを無かったことに出来れば――と、誰もが一度は思うが、 「でも、みんなは忘れないよな?」 「……うん。とこも、お姉ちゃんも、忘れないよ」 「当然……憶えておくさ」 せめて精一杯の笑顔を作って仲間に問いかける千宗に、とことランディは躊躇いなく答える。 あの少年の死を看取った彼らの、それが唯一つの義務だと、思うが故に。 少年の家を去る途中。 最後に全てを締めくくるように流れたのは、マリアムの澄んだ子守歌。 「次は、きっと……お友達になろう、ね」 止みかけた雨の中、傘をたたんであひるが呟く。 最後の雨粒が彼女の頬を伝い落ち、涙のような軌跡を作った。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|