● もうすぐ、あたしが大好きだった先輩たちが卒業していきます。 というか、もう自由登校なので、全然会えません。 もちろん、秋には部活も引退なさったので、それまでみたいに毎日会えるわけではなかったのですが、学食や図書館とかで挨拶したり出来たので。 三年生の教室が並ぶ階に人気がないのを移動教室のたびにさびしく思っています。 先輩、先輩、大好きでした。 卒業式では、在校生席でめそめそしている自分が想像できて、今からハンカチは三枚は用意しなくてはと思っています。 先輩達のお気に入りと呼んでもらえるように、お菓子やお手紙を一生懸命用意して、もちろん部活の練習も熱心にして。 がんばってるねと言ってもらえたときは、天にも昇るほど嬉しくて。 部活動ばっかりで。 だけど、そんなことも苦にならないくらい、先輩達との時間が大事でした。 『後は任せたからね』と涙を浮かべながらあたしに言ってくれた先輩の言葉を、あたしはずっと忘れません。 これから、先輩はきっとたくさんの後輩の一人に過ぎないあたしのことは忘れちゃうんだろうなぁと思うと、胸が張り裂けそうです。 ああ、でも、どうか。 先輩、ずっとずっと幸せに。 ただそれだけを願っているのです。 ● 「……と、三年生の教室で涙に暮れた二年生の涙でコンプリート。その学校にたまっていた後輩達の想念が凝縮凝固されたE・フォースが発生した」 いつか君も制服におめでとうのコサージュをつけてもらう日が来るのだろーか。 そのときはラボにいる親父のかわりに写真の一枚も撮ってあげたいと思っているリベリスタも結構いると推察される『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)。 「識別名『イトサビシ』ということにした」 モニターに、参考イラスト。 「外見が、さび付いたミシンのボビンに錆びて赤くなった糸が巻かれている形に形成されている」 どうしてそうなった。言霊ってこわぁい。 「出現場所は、ここ」 モニターに古い木造校舎を出す。 「この学校の旧校舎。三年生の教室が入ってる。人目はないので速やかに侵入し……」 倒すんですね。分かります。 「慰めて、なだめすかして、消滅させて」 なんですか、それ。わかりません。 「下手に攻撃すると意固地になって、しゃれにならない速度でエリューション特性のフェイズが上がる」 ヤンになるんですね、大体分かってきました。 「ヤンになったら、怪我したら留年だよねとか、そういうことを起こしかねない。人を呪わば穴二つ。イトサビシが悪さをすると、せっかく心の整理をした後輩達に影響が出ないとも限らない」 そんなことになったら、誰も幸せになれない。 リベリスタとして、ほうっておけない状況だ。 「後輩達の一抹のさびしい気持ちの集まりだから、肯定し慰めるのが一番。共感したり、先輩の立場で声をかけたり。日本的に言うと、祟る前に祭るに限るってこと。お供えはいらないけどね」 あ。と声を上げたイヴは、大事なことをいい忘れた。と言った。 「この学校、共学。いろんなドラマ、あるよね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月19日(日)23:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 教室の廊下側の席の真ん中の机の上。 赤茶色くさびた糸が巻かれたボビンが、背中を丸めて座っている。 正確に言うと、絶妙のバランスを保ちながら、ぐにょんとフォルムを歪曲させ、うなだれてるな~と分かるのだ。 大丈夫。漫画慣れした日本人なら誰でも分かる! エリューション・フォース。識別名「イトサビシ」。 「外見がさび付いたミシンのボビンに錆びて赤くなった糸が巻かれている形って……ダジャレかよ……」 できれば掛詞といってくれないか、『黒鋼』石黒 鋼児(BNE002630)くん。 「言霊怖ぇよ、マジで……」 こうして、少年は否応なく神秘を学んでいく。 「そうですね…あたしも、高校、卒業なんです。寂しい、ですよね」 結界を張り終えた『くるみ割りドラム缶』中村 夢乃(BNE001189)は、遠い眼をして呟いた。 (そういえばゆめのんって年上で今年高校を卒業するんだよね。先輩なのに愛称で呼んじゃうワタシ。ちゃんと中村さんって呼ぼう……) 紙で廊下側の窓を目張り。 外側の窓はカーテンを引いて見られないよう配慮。 せっせと隠蔽作業に努めていた『ミサイルガール』白石 明奈(BNE000717)は、夢乃の呟きに顔を上げる。 もうすぐ。 二週間と立たないうちに、卒業式が来る。 旧校舎に人が入ってこないように、100円ショップで売っていた簡易立ち入り禁止セットを全部の入り口に立ててきた『From dreamland』臼間井 美月(BNE001362) が戻ってきた。 「強結界があるから必要ないと思うけど、一応」 こそこそしている。 比喩ではなく、薄暗い木造校舎が良く似合う。 「木造旧校舎。このシチュエーションだけでご飯3杯はいけますね。ほのかな木の香りが胸に迫ります」 『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)は、思わず知らず目じりに浮かんだ涙を指でぬぐった。 パンクなのは格好だけか。 そんな年上組の感傷など、イマイチ分からぬ中学生、鋼児。 ことのめんどくささに、顔が微妙な色になり始めていた。 (てか普通にぶん殴りゃいいのかと思ったら。慰めるとか俺が一番苦手な分野じゃねぇか、クソッタレ) ブリーフィングルーム前に貼られた担当フォーチュナと案件名のニュアンスから、どんな依頼かなんとなく読み取る訓練しといた方がいいぞ。 人生変えちゃう依頼が地雷原みたいに埋まってるからな、男子中学生。 とりあえず、そこにいる八重歯の姉ちゃん、『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)が満面の笑みでうろついてる所は全力回避をお勧めする。 (……仕方ねぇ。これもリベリスタとしての使命だ。世界の崩界を促す因子は潰さなきゃいけねぇ。全力で慰めてやるぜ、イトサビシさんよぉ!) その意気やよし! この後輩の寂しさを抱いているイトサビシの寂しさを汲み取り、優しく浄化させるのが君らの使命だ。 剣振り回すのだけがリベリスタじゃない。ガツンといけ、ガツンと! ● (意気込んだのはいいけどマジどうすりゃいいんだ。と、とりあえず頭でも撫でとくか。あれでもイトサビシに頭なんてあんのか? 基本ボビンだろ…? あれ……?) 悩め、鋼児。 それが君の経験値を上げる。 (クソッタレ、俺は何を迷ってんだ。イトサビシは今も寂しがってんだろ? 泣いてんだろ? 頭がどこにあるかなんつう下らねぇ事で悩んでんじゃねぇぞ、俺! いいんだよフィーリングだよ感じるままに行動すりゃいいんだよ!) 鋼児は、イトサビシの上の方を髪を梳いてやるみたいな手つきで、優しく撫でて始めた。 「センパイ達の幸せを今も願ってんのか。頑張り屋なんだな、偉いよあんた、すげぇよ」 先輩からのリアクションが薄かった後輩の無念の思いが、報われた。 さらさらと赤茶けた錆が落ちる。 「そういやセンパイからよ、第二ボタンとかもらわなかったか? 後輩に第二ボタンあげたらさ、結構その後輩の事忘れねぇもんなんじゃねぇかな。センパイに忘れられちまうんじゃねぇかとビビッてるみてぇだけど大丈夫だろ。俺があんたのセンパイだったら絶対忘れねぇな。だってこんだけ可愛いんだから」 はい、殺し文句いただきましたぁ! 第二ボタンどころか下の方さえ下さいって言えなかった後輩の想いが、今、報われた。 その分、イトサビシはほんのちょっと小さくなった。 「卒業式のコサージュ……懐かしいッスね。後輩達が、甲斐甲斐しく付けて回っていたのを思い出すッスよ。あたし以外に」 あれは不公平にならないように、出席番号で自動振り分けだろ。ふつう。 「うんうん、センパイ行かないで! とか、涙声で言われてたッスよ。あたし以外は」 帰宅部に、後輩はいないからね、念のために言っとくけど。 「記念写真、一生の思い出だって言ってたッスね。あたし以外には」 ご、ごめん。もう、ごまかしきれないっ! 「……ふはははは」 『レッツゴー!インヤンマスター』九曜 計都(BNE003026) は、虚ろな笑いをもらす。 「今日のあたしは、満たされなかった先輩達の想念が凝縮凝固されたE・フォース! かかってこいッス! ああもう、いくらでも受け止めるッスよ!!」 「何で、あの時素直にならなかったんだ」って、卒業してから思うもの。 計都の顔つきがいきなり穏やかに。 「そうね、わたしも寂しいわ。ホントは、一緒にわんわん子供みたいに泣きたい。けど、涙は見せない。 だって、わたしはあなたの大好きな先輩でいたいから。格好いいままで、卒業させて……、ね」 オトナっぽいお姉様枠の先輩いただきました! 「忘れるなんてこと、あるわけないじゃない。一緒に食べたお菓子も、心を込めて送ってくれたお手紙も、夢に向かって走った、あの夏のグラウンドも……みんな、わたしの大切な宝物。あなたも、わたしのこと、忘れないでね」 陸上部、ハードルか、走り高跳びの先輩っぽいぞ、計都~ぉっ! 輝いてる。今、思い出の中のあなたは輝いてるっ! もう、記憶の上書きだってオッケーだ。 『高校時代は陸上部でした』って言ってもいいよ! うつむき加減だったボビンが、前向いたッぽいぞ。 「……卒業式に一人ぼっち、脳内で妄想した想いを。二度と再び満たされることの無かったはずの、失われた青春を」 今、ここに、解き放つッ!!! 「嗚呼、澱みきった先輩だったあたしの想念が、浄化される……」 ああ、計都の心の錆びも落ちていった! 計都とイトサビシは、赤い糸でひしっと抱き合った。 ● 「口にできることとできないこと、あるもんな。特に在校生には」 (ある奴はリア充なんだろうけどな) 『塵喰憎器』救慈 冥真(BNE002380)は、うんうんと頷く。 さすがに今は息しながら毒を吐くのは、まずい。 (正直な所、そこまで深刻な気持ちで送り出したことは無いな。送り出された覚えもないが……まあ、分かるよ) うん、そういうほどよいお付き合いもありだよね。 「自分で出来るんだろうけど、それでも先輩じゃないと、とか。上を見ることで背伸びしようって気持ちなんだよなきっと。間違っちゃいねえよ」 そうなんだよ。一年生はまだ一年生だから、頼りになんないんだよ。 あと二ヶ月で一番えらい学年とか言われても、そんな心の準備は出来てないんだよ。 というか、先輩卒業したら、必死になって勧誘しないと廃部になっちゃうかもしれないんだよ。 どうしたらいいの、どうしたらいいの。 時間が解決する焦燥感に駆られているイトサビシの想念の一部が共感されて浄化される。 「でもいつまでも見あげてばかりじゃ首が疲れる。問題は、下を見た時に何が見えるかだな。見上げるのが疲れた時に、見上げてくれている相手が見えればいいと思ってる。上に手を伸ばして親しみを伝えるのと同じくらい、下に手をさしのべるのも大事なこと。伝える大変さを知った後は、先輩として受け止める大変さを胸に刻むんだ……格好良いだろう、そういうのって」 おお、さすがオトナだ。解決編もついていた! (要はアレだ、先輩を慕うのと同じくらい、自分も慕われてるって気付くべき) わけの分からない不安感も浄化された。 ありがとう、ありがとう、糸目の人! ボビンからにょろにょろと赤い糸が出て、冥真を抱きしめた。 触手じゃない。もう一度言う。触手じゃない。 ● (なんとも趣深い造形ですね) 妹に毛嫌いされてた理由が、お父さんを独占していたからだけではない気がする、異質なピュア。 自分よりピュアな兄は、妹にとって殺戮対象になっても過言ではない気もするが、二十五歳過ぎた男がここまでピュアでいいのか。 ゲシュタルト崩壊起こしてきたぞ、ピュアピュア。 そんな、ヴィンセント、イトサビシの隣に座ってぽつぽつと話し始めた。 「大好きな人との別れは切ないものですね。どうしても辛くなった時、いい方法があります」 さわやかな笑顔が、カーテン閉め切ったほの暗い部屋の中でもまぶしい。 「それは エア先輩 です」 エアギター。ギター持ってるつもりで、パフォーマンスすること。 すなわち、エア先輩というのは――。 「先輩が目の前にいるつもりで、後輩プレイすること」 ハードル高すぎます、ヴィンセント! 「エア先輩、一緒にお弁当食べましょう。おかずとりかえっこしましょうね。エア先輩、いつまでも一緒にいましょうね。もういっそ結婚しましょう。アハハ、ウフフ……エアセンパーイ、マッテー」 ――うわ~。 イトサビシ、若干引き気味。 「このようにエア先輩ならいつでもどこでも一緒にいられます」 いるつもり、だろうが。 「後で虚しくなったり周囲から奇異の目で見られるのが難点ですが、気にしてはいけません」 気にしようよ!? 「そんな時はエア先輩に慰めてもらいましょう。大丈夫、エア先輩なら嫌な顔一つしないで全てを肯定してくれます」 それ、もう、先輩じゃないよ!? 「エア先輩がいればもう何も怖くない。エア先輩フォーエバー!」 帰ってきて。 普通の世界に帰って来て、ヴィンセント~ぉ! リベリスタ、まじめに三高平のとあるプロアデプトにつなぎを取るのを検討し始めたところで、ヴィンセントは完全ドン引きのイトサビシにこう言った。 「……どうです、酷いでしょう?」 あ……。 「いつも一緒にいるだけが愛情ではないのです。思い出というのは誰にも奪えないものです。あなたと先輩がこれまで過ごした時間は永遠です。それでいいのではないでしょうか」 都合のいい先輩像を作りかけていた赤錆がイトサビシから剥離していく。 等身大の先輩との思い出、永遠に。 ● 夢乃は、イトサビシの両肩っぽいところに手をかけて、微笑を浮かべる。 「部活動をしていたわけじゃありませんが……一生懸命に何かに打ち込む姿は、とても素敵だなって。馬鹿なことやって笑って、そういう時間がずっと過ぎていくんじゃないかって思ってた」 ぐしゅ。 夢乃から湿っぽい音が。 「だけど、今日この日が来てしまった。あたしたちが、先輩が卒業するときに、幸せになって欲しいって祈ったみたいに。あなた達が祈ってくれた、幸せになって欲しいという気持ちを、受け取っていく。次はあなたが受け取る番、そうやって繰り返し繰り返し回って、つながっていく物」 ぐし、ぐしゅ。 夢乃の目じりに、じわじわっとこみ上げてくるものが。 「だから、今はいっぱい泣いていいですよ。あたしが去年、いっぱい泣いたみたいに。そして明日からはまた笑って、あなたが卒業するときは、後輩をいっぱい泣かせてください……っ いっく、ひいぃく」 太腿の小物入れから、ハンカチ出すのもままならない。 「とても寂しいけれど……さび、さびし……ふ、ふええ、うえええーん!」 まさしく、夢乃にとっては、もうすぐなのだ。 今、袖を通している制服を本当に着る機会は、両手で足りるほどしかない。 本当は、イトサビシに逆効果だったらごまかすためにと思っていたのに、自分の言葉にこみ上げてきたものが止まらない。 「あ~、もう、仕方ない人だな、ゆめのん……じゃない、中村さんはぁ」 そういって、白いハンカチで明奈は夢乃の顔をぬぐってやった。 (これまで先輩を見送ったことないから、いずれ見送る立場として、後輩として想像してみる) いろんなところで愛を振りまいてきた明奈である。 最近では、市内でのチョコばら撒きが記憶に新しい。 そんな明奈が、イトサビシの肩と思しき場所を叩いた。 (人の繋がりって、そういう接触で得るものもあると思う) 「うまく言葉に出来ないけどさ……相手を想う気持ちは、きっと向こうにも伝わってると思うんだ。大丈夫だよ、絆はずっと繋がっているから」 ぴかぴかの笑顔が、イトサビシにも向けられる。 「ワタシはそう思う。昔と比べて、今はいい世の中になったと思うんだ。ケータイ、インターネット……人の繋がりを手助けしてくれる色々なものがあるからね」 だから、大丈夫と明奈は笑う。 変わってもつながっているから大丈夫と笑う。 「相手が好きだから、行く末を祝福したいのに、好きなほど、別れが寂しい。辛いね、そりゃ涙で錆びるってもんだよね……」 一年生部長の美月は、これから卒業生を見送る立場だ。 ぼっちだった美月が勇気を振り絞ってサークルを立ち上げてから、初めての『サヨナラ』が来る。 「でも、だからこそ僕は断言する。先輩は君の事を忘れたりはしないよ、絶対に。沢山居ようが、一人一人が掛け替えのない大切な後輩のはずだよ」 先輩達の一人一人が掛け替えのない大切な先輩だったように。 「君が大好きな先輩は、数が多いから何て理由で自分を慕ってくれた……いや、今も慕ってくれている後輩を忘れないよ。だって、それ位素敵な人でなきゃ、君にそんなにも愛される訳が無いもの」 イトサビシの乗っている机の小さなスペースにちょこんと座って寄り添って。小さな手が糸についた錆びを拭う様に優しく丁寧に撫でる。 「大丈夫、絆の糸はもうしっかり繋がってるよ。そして切れる事なんて無い」 いつも震えていたぼっちは、今も震えているけれど「部長」になった。 人の集まりの中心にいる。 だから、ちゃんと断言できる。 「錆なんて落として、自分の気持ちに素直に『愛しい』って言えば良いんだ。言われた先輩は感極まって泣いちゃうかも知れないけど。それは嬉しい涙で、絆の証なんだから」 自分で動けなくて、ずっとさびしかった美月は、自分で動くことを覚えた。 だから、ちゃんと断言できる。 「寂しくなったら会いに行けばいい。久しぶりに君に会えたなら、先輩は嬉しそうな顔をする筈だよ。自信を持って。君は素敵な後輩で、先輩は素敵な人だ」 錆が落ちる。 床が、茶色く染まるほど。 ボビンに巻かれているのは、きれいなきれいな赤い糸。 「だから、ほら、笑って欲しいな。そしたらきっと、先輩も笑ってくれるよ」 ● 机の上に隙間がないくらいどっかり座っていたボビンは、今、机の上にころりと転がっている。 「綺麗な、糸だね。大切な気持ちがいっぱいいっぱい巻かれてる。出会いって一つ一つって大切だよね。わたしもたくさんの人に出会って、すごく実感してる」 たくさんの人の中から大事な人を見つけた壱也は、にっこり笑った。 「先輩が卒業しちゃうのはすごく悲しいよね、寂しいよね。それが、嫌なんだよね。卒業しちゃうって、明日からこの学校にもいないって。そう思うと心が張り裂けそうになったりするの、わかるよ」 壱也の『先輩』は、また格別な意味がある。 「わたしだって、いやだ。先輩に明日会えなくなるなんて、いやだ。じゃあ、その寂しさに名前をつけよう。 『イトサビシ』」 錆びた糸の姿で、さびしがってるから、イトサビシ。 適当につけられた識別名に、壱也が別の意味を上書きする。 「素敵でしょ。出会って、たくさん思い出を作ったのは、心の中にあるんだもの。君がその名前を覚えている限り、その想いは君の中で朽ちることはないよ」 大事な想いだから、忘れろなんて誰も言わない。 ただ、それがつらいことではないと言う。 「それでも寂しいというのなら、わたしが覚えててあげる。よく手に書いていれば覚えやすいって言うよね。 だからわたしが君の事を覚えやすいように、わたしに刻み込んで。君の想いは消えることはないから」 ころん。 赤い糸が。 ボビンが転がり、きれいなきれいな赤い糸が。 「大丈夫、怖いことなんてないから。わたしが、覚えるから。その気持ち、わたしに全部ぶつけて。君がわたしの中で生きるように」 壱也の指に絡みつき、壱也の掌に、腕に肩に。 「おいで」 壱也をきれいにデコレーションして。 カーテンの隙間から入り込む、あえかな冬の陽に溶けるようにして。 消えていった。 ● カーテンを開け、目隠しの紙をはがし、立ち入り禁止グッズを片付け、張り巡らせていた結界をといて。 風は凍えるほど冷たい。 それでも、否応なしに春は容赦なくやってくる。 だから、そのときを、どうか前向きに。 「先輩後輩、かあ。ちょっと羨ましいかな……」 という一年生部長の美月は、もうすぐ新入生という後輩が来るのに気がついていない。 明奈は、そんな美月を見る。 (いずれ部長とも別れる時が来るのかな……いや、まだまだワタシ達は一緒だよな! うん!) まだまだどころか、ずっと仲良くしてろ、リベリスタ! |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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