●言葉を交わさぬ主従 わたくしが言葉を得た日を境に、御主人様はとても無口になられた。 以前はよく、わたくしの頭を撫でながら、お声をかけてくださったというのに。 今は、ずっと揺り椅子にお座りになったままで、同じ場所をごらんになっている。 わたくしが言葉を得て、自らの意思で動けるようになった代償として――御主人様は、声と、ご自分で動く力を失ってしまったのだろうか。 だとしたら、わたくしは、御主人様の声なき意思を汲み、動けぬ御主人様に代わってこの家をお守り申し上げなくてはならない。 ご安心なさいませ、御主人様。 たとえ賊が押し入ろうとも、貴方様には指一本、触れさせはいたしません。 このわたくしめが、必ずお守り申し上げますから――。 ●革醒の果てに 「カラクリ人形、自動人形……まあ、どっちでも良いか」 首を傾げるリベリスタに、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は「あああ、こっちの話だ」と言って、ブリーフィングを始めた。 「自動人形……要は機械仕掛けで動く人形だが、こいつを専門に作っていた人形作家が自宅で死んで、エリューション・アンデッドになった。同時に、彼の最後の作品だった自動人形が一体、エリューション・ゴーレム化してる」 今回の任務はこの二体の撃破だ、と告げて、数史はぎこちない動作で端末を操作する。若干の間が空いたが、正面のモニターに情報が表示された。 「この二体は郊外の洋館に住んでいる。といっても、エリューション・アンデッドは揺り椅子に座ったまま、動こうとしない。人としての心もとうに失っていて、生きてる人間に対して見境無く攻撃を仕掛けてくる」 それに対し、エリューション・ゴーレムは主人を守ることを第一に行動する。片時も離れず、主人の傍に控えているのだという。 「主人が死んじまってから、自我が芽生えるってのも皮肉なもんだがな。――でもまあ、どっちにしても放っておけないことは確かだ。どうか、今のうちに引導を渡してきてほしい」 数史はそう言うと、「気をつけて行って来いよ」と最後に付け加えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月17日(金)23:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●亡き主の傍らで 古びた洋館の扉に、鍵はかかっていなかった。 足を踏み入れた先には、薄暗いエントランスが広がっている。 カビの臭いが、かすかに鼻をついた。 夜目の利く『求道者』弩島 太郎(BNE003470)が、サングラス越しに周囲を眺める。その傍らで、『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)が、愛銃のバレルに取り付けたタクティカルライトを確かめた。彼女は暗闇でも熱源を感知することが出来るが、今回の敵は体温を失った死者と無機物たる自動人形だ。備えておくに越したことはない。 「サーベルとマシンガンを仕込んだ人形って、何に使うものなんですかね」 『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)が、小さく首を傾げながら素朴な疑問を口にした。人形作家の趣味なのか、エリューション化による変異なのかは謎だが……機械仕掛けの人形が革醒し、創造主たる人形作家に仕えているのは確かだ。彼が死した今でも、なお。 亡き主人を守る、忠義の人形――。 「何だか、私達の方が悪者みたいな状況ですね。きっと恨まれますよね。大変だー。ふふ」 手の中で懐中電灯を玩びながら、『残念な』山田・珍粘(BNE002078)が笑みを浮かべる。風音 桜(BNE003419)は押し黙ったまま、自動人形の忠誠に想いを馳せていた。 「主を護りたいという思いは立派だと思うわ。だけど、死した者がなお在り続けるというのは摂理を曲げてしまっているわね」 それに気付いて、もう眠らせてあげるべきだと気付いて欲しいのだけれど――。 片桐 水奈(BNE003244)がそう言う横で、『のっぺらぼう』鈴鳴 蓮華(BNE003530)が、誰にともなく呟く。 「自我を持った人形は人形のままなのだろうか、自我を失った人間は人間のままなのだろうか」 リベリスタの基準で分類するならば、彼らはエリューション・ゴーレムとエリューション・アンデッドに過ぎないのだが。人と、人ならざるものを分けるのは、果たして何なのか。 リベリスタ達は、警戒しながら廊下を進んでいく。死した人形作家と、その忠実なる人形がいる部屋を目指して。 館の中はどこまでも静かで、生き物の気配を感じない。実際、“生きている”者は、自分達以外に存在しないのだが――。 目的の部屋の前で、『下策士』門真 螢衣(BNE001036)が印を結ぶ。瞬時に展開された防御結界が、仲間全員の守りを固めた。水奈も、仲間達の背に小さな翼を与えてそれを補助する。 扉を開け、リベリスタ達は部屋の中に飛び込んだ。 ミイラの如く干からびた人形作家が、壁際の揺り椅子に座っているのが見える。 その傍らに控えていた自動人形が、微かな機械音とともに振り向いた。 『何用でございますか。御主人様はお休みになっております、お引取りくださいませ』 ロングスカートのメイド服と白いエプロンを靡かせ、自動人形が人形作家の前に立ちはだかる。 人形の問いに答えることなく、リベリスタ達は戦いを仕掛けた。 ●命持たぬ主従 「さあそれでは、終わりの物語を始めましょうか」 ステップを踏むような軽やかな歩調で、珍粘が壁から天井を走る。身体能力のギアを上げて反応速度を高めた彼女は、人形作家と、それを守る自動人形のもとに向かった。 自動人形が人形作家を庇ったのを見て、螢衣は占いにより不吉な影を生み出す。自動人形は自らの体を盾に、影の呪いから主を守った。 ミュゼーヌが自動人形の前に駆け、すらりと伸びた黒銀の脚で蹴りを放つ。 金属と金属が打ち合う激しい音が響き、自動人形が衝撃に揺らいだ。 「一途に主を想い慕う、貴女の気持ちは尊重したいわ。だけど、それは自然の、世界の摂理に反した物なの」 躊躇うことなく主を庇った自動人形を見て、ミュゼーヌが“彼女”に語りかける。 たとえ、主への純粋な忠誠のみで動いているのだとしても。人形と、その主が崩界を促すエリューションである以上、滅ぼすしかない。 『わたくしにとっては御主人様こそが創造主。御主人様こそ、わたくしの世界』 迷いなく答えた自動人形を眺めながら、太郎は敵の攻撃に備えて自らを集中に導く。 (亡者となって革醒した者と、それに寄り添う自動人形、か) 捉え方によっては――何もせずにそっとしておいてやるのが、この二人にとっては幸せなのではないだろうか。 しかしながら、リベリスタにそれは許されない。崩界を防ぎ世界を守る、それが使命であるから。 「俺達は、彼らを敵として討たねばならない」 己に言い聞かせるようにして、彼は呟いた。 水奈が体内の魔力を活性化させ、それを強力に循環させて己の力を高めていく。後方から全体を視野に入れつつ、彼女はいつでも仲間達の回復を行えるよう、準備を整えていった。ほぼ同時、ユーディスが自動人形に駆け寄り、その足止めに回りながら全身を光り輝くオーラで包んで守りを固める。 攻撃的な武器を備えている自動人形が主の守りに回ったのは、ある意味では好都合といえた。その分、厄介な能力を持つ人形作家が無傷で残っているわけだが――蓮華が太郎の近くに立ち、彼を庇う。 命ある者に対し、無差別に呪いを振りまく人形作家。仲間たちが万全の状態で戦い続けるには、太郎のブレイクフィアーが欠かせない。そう考え、蓮華は迷わず彼を守ることを選んだ。 ある意味では、これが蓮華の“攻撃”ともいえる。 揺り椅子の上で微動だにしなかった人形作家が、初めて口を開いた。 そこから発せられるのは、言葉として意味をなさない呻き声の数々――しかし、込められた感情は嫌というほど伝わってくる。己の失った生を謳歌する者への羨望、嫉妬、憎悪、拒絶、そして殺意。どろどろとしたおぞましい情念が、渦となってリベリスタ達を飲み込んだ。 蓮華に庇われた太郎を含めても、呪いの直撃を免れたのは半数に過ぎない。体力を削られたばかりでなく、毒に侵され、防御を砕かれ、さらに運までもが奪われた。 続けて、自動人形が己の左腕をリベリスタ達へと向ける。機械音とともにスライドした手首から、マシンガンの銃口が現れた。 『御主人様に害なす賊と判断。排除いたします』 そのまま、自動人形は眼前のリベリスタ達に弾丸の雨を浴びせる。前衛の陰となる位置にいた水奈はそれを免れたが、防御力を失ったところに銃撃を受けた面々のダメージは大きかった。 しかし――自動人形が攻撃を行ったということは、それはすなわち、人形作家のガードから外れたということでもある。天井から壁を伝って人形作家の背後を取った珍粘が、両手に構えた二本の剣を閃かせた。 軽やかな身のこなしから生み出される幾つもの幻影が、人形作家と自動人形の双方に神速の斬撃を見舞う。呻き声を上げてから動きを止めていた人形作家が、呆けたように口を開いた。 「そのような姿になったのは本意ではないでしょう。速やかに終わらせます」 死毒に全身を蝕まれながらも、螢衣が人形作家の周囲に呪印を展開する。幾重にも張り巡らされた印が、人形作家の動きを完全に封じた。 「――せいっ!」 掛け声とともに太郎が放った光が、神々しい輝きをもって毒や呪いを打ち払っていく。続けてユーディスも仲間達を光で包み、全員の穢れを消し去った。 詠唱により癒しの福音を響かせながら、水奈が自動人形に声をかける。 「貴方の主を護りたいという気持ちは実に素晴らしい物だと思うわ。でもね、貴方の主は既に死んで──いえ、壊れてしまってもう修理も出来ない状況なの」 もちろん、自動人形を説得できるとは考えていないが、彼女に意思があり、言葉を解することができるなら。その心を少しでも、揺らがせることはできないだろうか。 「貴女の優しかった主は、こんな怨嗟に満ちた声で呻くの?」 ミュゼーヌもまた、愛用の中折れ式リボルバーから立て続けに弾丸を放ちながら口を開いた。 「動けないのはまだしも、貴女にすら声を掛けてくれないのよ……現実を見なさい。その人は、もう」 彼女の水色の瞳が、一瞬、目を見開くような仕草をする自動人形の姿を捉える。 『――御主人様の御心は、わたくしめなどには計り知れません。ですが、創造主たる御主人様が滅びることなど、ありえないのです』 言葉の内容よりも、一拍遅れて飛び出したその声こそが迷いの証。 誰よりも自らにそう言い聞かせるような自動人形に向け、蓮華は斬風脚で真空の刃を放った。 「悲しいお話も之でおしまいにしようね」 ここにいる皆なら、それが出来ると信じている。 ●最期の忠義 人形作家は、未だ螢衣の呪印に縛られたまま。彼を守る自動人形は、ユーディスに移動を阻まれ、主を巻き込みかねない剣の右腕を封じられている。概ね、戦況はリベリスタ達の狙い通りに動いていた。 しかし――自動人形の近接攻撃を封じるということは、遠距離攻撃で後衛が危険に晒され続けるということでもある。 左腕に内蔵するマシンガンから自動人形が手当たり次第にばら撒く弾丸の嵐は、後衛たちにも無視できないダメージを与えていった。中でも耐久力に欠ける蓮華が、全身に弾丸を浴びて膝を折る。 「まだ、まだだね」 卵のような、つるりとした白い仮面の奥から声が響いた。せめて人形作家が倒れるまでは、戦場に立ち続けなければならない。その決意が、運命を引き寄せて蓮華の意識を繋ぎ止めた。 壁を足場にして動く珍粘が、巧みにステップを踏みながら自動人形を翻弄する。 迂闊に反撃を行えば主人を巻き込みかねない位置をキープしつつ、彼女は舞い踊るように幻影を展開して連続攻撃を見舞った。 (――忠義の高い相手だと、これは戦いにくいでしょう?) 我を失った自動人形を横目に見て、螢衣が人形作家を不吉の影で覆い尽くす。マスケットを模したミュゼーヌの愛銃から発射された弾丸が、自動人形と人形作家を次々に穿っていった。 「ふんぬっ!!!」 ひときわ気合の入った掛け声から、太郎が輝ける光を放って仲間達の隙を払う。彼はサングラス越しに、揺り椅子に座ったまま呪印に縛られる人形作家と、懸命に戦い続ける自動人形を見た。 彼らを敵として討たねばならない理由は何か。何故、討たねばならないのか。 ――彼らがエリューションで、自分達がリベリスタで。 ――彼らには命は無く、自分達には命がある。 だから、自分達はリベリスタとして戦わなければならない。 それが――フェイトを宿す者の、生きている者の使命なのだろうから。 「……そうでも思わないと、やっていられないな」 呟くような太郎の声は、苦いものを湛えていた。 詠唱で清らかなる存在に呼びかけた水奈が、癒しの微風を届けて蓮華を包みこみ、その傷を癒す。 ユーディスが神聖な力を己の剣に込め、人形作家に向けて真っ直ぐに振り下ろした。 誰かを護りたい。その思いこそ、彼女が戦う理由。 決意を秘めた斬撃が、揺り椅子に座る人形作家を一刀のもとに葬った。 『御主人、様………!?』 混乱から立ち直った自動人形が、揺り椅子から床に倒れ伏した人形作家を見て悲鳴に近い声を上げる。 表情筋を持たないはずの彼女の面は、奇妙に人間らしく歪んでいた。 『――申し訳ございません、御主人様! すぐに、わたくしめが賊を討ち果たしてみせます……しばし、しばし、ご辛抱くださいませ!!』 もはや動かぬ主人にそう叫び、自動人形はひたすらマシンガンを乱射する。 主人の死が理解できぬのか、それとも主人の死を認められないのか。 それはおそらく後者だろうと――弾丸の雨を掻い潜りながら、リベリスタ達はそれぞれに思う。 彼女が、主を守ることを自らの存在理由にしているがゆえに。 二本の刃を煌かせて、珍粘がステップを踏む。ダンスを踊るように、淀みなく優雅に繰り出される斬撃が、自動人形の纏うメイド服を裂き、その下の素体を切り刻んでいった。 「もうあなたの役割は終わっています。あなたが守っていたのは単なる偽者です」 あなたの主人は呪いを撒き散らすような方でしたか――と、不吉の影を放ちながら螢衣が問う。 自動人形の動きが一瞬止まり、機械仕掛けの瞳が螢衣を見つめた。 『……確かに御主人様は変わられました。ですが、わたくしの御主人様に違いはありません』 そして。わたくしは、御主人様のためだけに作られた人形です――。 たとえ命を失い、変わり果てようと、彼女にとって、主人が主人である事に変わりはないのだろう。 「捨て置く事は出来ない以上――せめて、主人と共に討ち、共に眠らせてあげましょう」 ユーディスは自動人形に組み付き、硬い首筋に牙を立てて力を奪った。 「はあぁ!!」 太郎のブレイクフィアーがリベリスタ達の隙を消し去り、水奈が響かせる癒しの福音が全員の背中を支える。傷ついた体を抱えるようにして、蓮華も蹴撃から真空刃を放った。 「貴女の主は、本当に凄い人だったのね。こんなに人と違わないのだもの」 感心するようにそう言って、ミュゼーヌが自動人形に駆ける。 ――でも、それは泡沫の夢。ひと時のお伽噺は、もう終わりよ。 黒銀の脚に、全身の力を込めて。彼女は、自動人形に向けて渾身の蹴りを繰り出した。 破砕音とともに、自動人形の全身に亀裂が広がる。 ゆっくりと崩れ落ちる彼女の、ヒビの入った顔は――泣いているようにも見えた。 ●遺されたもの 死した人形作家と、壊れた自動人形。 倒れた主従をサングラス越しに眺めやり、太郎は目を閉じて暫し黙祷する。 せめて、それくらいは許されるだろう――。 「一つのことに打ち込んでいるうちに生命を全うする。もしかしたら職人にとっては理想の死かもしれませんね」 精巧に作られた自動人形の残骸と、命尽きた人形作家の遺体を見て。螢衣は、そう呟きを漏らした。 ユーディスが壊れた自動人形の腕から剣と銃を取り外し、珍粘が自動人形を人形作家の遺体の隣に横たえる。 忠義高き従者とその主人が、せめて安らかに眠れるようにと。 「……永遠の眠りの中で、二人寄り添っていなさい」 ミュゼーヌが、そう言って踵を返す。ふふふ、と微笑みを浮かべた珍粘の言葉が、後に続いた。 「黄泉路の先までは、私達も邪魔は致しませんので――どうぞ、ごゆっくりお過ごし下さいね?」 白い仮面の奥から、蓮華はともに葬られた二人を見る。 もし、死後の世界というものがあるのであれば、彼と彼女が笑顔で話せているのを願うばかりだ。 全てが終った後、水奈はふと思い立って洋館の他の部屋を見て回る。 思った通り、館の中には人形作家の作品たる人形たちが多く残されていた。 事後処理の一貫として、この洋館と人形たちの保全をアークに頼めないだろうかと、彼女は思う。 叶うのであれば、最期まで主人に忠誠を尽くした自動人形の意図を汲んでやりたかった。 彼女が、己の身をかけてまで守ろうとしたもののために。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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