●死より解放せし者 男は、ある分野の手術にかけて“神の手”を持つと言われていた。 外科医として数多の手術を執刀し、沢山の命を救ってきた。 しかし、その“神の手”をもってしても――彼は、自分の娘を救うことが出来なかった。 悲劇の始まりは、そこから。 ――医療とは、本来死ぬ運命にある人間を生かす技術だ。 白い首筋に刺さったメスを抜き取ると、鮮血が勢い良く噴き出した。 たちまち、絨毯に赤い染みが広がっていく。 目の前に倒れているのは、妻の妹だった女だ。 この数日、姉と連絡が取れぬと、自宅を直接訪ねてきたのだ。 結果、彼女は“変わり果てた”姉と対面し――姉の夫である自分を「人殺し」となじった。 勘違いも甚だしい。 自分は妻を殺してなどいない。医師として、人を生かす技術を行使しただけだ。 事実、妻は“生きて”いるのだから。そして、妻の妹であった彼女も――。 蝋人形の如く血の気を失った身体が、むくりと起き上がる。 彼女もまた、“死を越えた命”を得て、この世に蘇った。 もう、死の恐怖に怯えることはない。 ――これこそ、自分が求めていた究極の医療なのだ。 ●狂気に塗れた“神の手” 「人の命を預かる仕事っていうのは、大変だよな……」 手の中のファイルを眺めていた『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、そう呟いた後、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達を見た。 「任務はノーフェイス、ならびにエリューション・アンデッド二体の撃破だ。フェーズはノーフェイスが2、エリューション・アンデッドが1」 ぎこちなく端末を操作し、正面のモニターに情報を映し出す。 「ノーフェイスは40歳くらいの男だ。職業は外科医だったが、革醒直後から無断欠勤を繰り返してクビになってる。かなり腕のいい医者だったらしいんだが……」 いったん言葉を区切り、小さく息を吐いてから、数史は説明を再開した。 「ある時、手術に失敗してな。よりにもよって、自分の娘を死なせちまった。――以来、嫁さんには人殺しとなじられ、本人も自分自身をずっと責め続けていたらしい」 やりきれん話だよな、と言って、数史は頭を掻く。 「で、そんな折に革醒したわけだが。タイミング悪く嫁さんと口論になって、はずみで嫁さんを殺しちまった。結果、奴さんは自分の持つ特殊な能力に気付いた」 首を傾げるリベリスタに、数史は続けた。 「こいつは、自分で殺した生き物を、エリューション・アンデッドにして従えることが出来るんだ。既に奴さんの嫁さんと、嫁さんの妹が、その犠牲になってる」 つまり、今回の撃破対象に含まれているエリューション・アンデッドとは、男の妻と、その妹である――そういうことか。 「革醒の影響か、娘の死で自分を責め続けたからか、妻を手にかけてしまったからか……原因はわからんが、今の男は既に正気を失ってる。自分の手で殺して、エリューション・アンデッドとして蘇らせることが、人を死から解放する究極の医療だと、そう思い込んでいるんだ」 そう言って、数史はファイルを閉じ、リベリスタ達の顔を眺めた。 「これ以上の犠牲が出る前に、ノーフェイスとエリューション・アンデッドたちを撃破してほしい。――説明は、以上だ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月16日(木)22:58 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●狂気の行末 閑静な住宅街の中で、その家だけがどこか異彩を放っていた。 一見すると、まだ新しさを残した庭付きの一軒家。しかし、窓には全てカーテンがかかり、人の生気や活気というものが感じられない。 今、この中には、狂った医師のノーフェイスと、彼の手にかかったエリューション・アンデッド達が潜んでいる。蘭堂・かるた(BNE001675)は、厳しい表情で家を睨んだ。 「一言で言うならば『度し難し』です。医療の場で支えられ生き延びてきた身なればこそ、より酷く嫌悪感が湧きます」 もともと病弱の身であり、病で死に瀕して革醒した彼女にとって、医療に泥を塗るような医師の所業は到底許せるものではない。山川 夏海(BNE002852)も、眉を寄せて口を開いた。 「死を越えた命だなんて馬鹿げた話だよね。いい大人なら簡単にわかりそうなものだけど」 ――あぁ、だから狂っちゃってるんだっけ、と吐き捨てるように呟く。 「不幸な話だとは思うよ。娘のことも、それを責められることも……」 『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)は、苦い口調でそう言った。元は命を尊び、救う側の人間であったはずなのに、どこから道を誤ってしまったのか。 娘の手術に失敗し、死なせた時からか。あるいは、自分を責める妻を手にかけた時からか。 『リピートキラー』ステイシィ・M・ステイシス(BNE001651)は、こう思う――誰もが悪くて、誰もが悪くない、と。 「到った経緯は同情しますが……狂気に逃げた末に、縁者を殺して」 『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)が、そう口にして厚いカーテンに閉ざされた窓を見る。 彼女が医師を討つのは、彼がノーフェイスだから、というだけではない。 「人として見過ごす事はできないからこそ……それ以上の狂気に墜ちる前に、その業、祓わせていただきます」 一点の曇りもない凛とした口調で、リセリアは決意を込めて言った。 「よし……気合入れてかなくっちゃ!」 『癒し風の運び手』エアウ・ディール・ウィンディード(BNE001916)が、両の拳をきゅっと握りつつ意気込む。気の毒とは思うが、これ以上の悲しみを増やすわけにはいかない。 リベリスタ達は素早く玄関の鍵を壊し、家の中へと侵入する。まだ日中だというのに、閉め切られた室内はやけに暗かった。四条・理央(BNE000319)は持参した懐中電灯の光が外に漏れないように気を配りながら、付近に一般人除けの強力な結界を展開する。『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)が、リビングの扉を開けた。 広々としたリビングに敷き詰められた絨毯には、赤黒い染みが生々しく広がっている。 二人の女性を従え、壁際に立つ男――医師のノーフェイスは、病的にやつれた顔をしていた。目は落ち窪み、瞳だけがギラギラと異様な光を放っている。 「よぉ、取り込んでる所悪いが……終わらせに来たぜ」 猛はそう言って、狂った医師を見据えた。 ●生の定義、命の在処 医師はリベリスタ達を一瞥すると、無感動に口を開いた。 「客のようだね……招いた覚えはないけれど、もてなすとしようか」 彼が指を鳴らすと同時に、エリューション・アンデッド達が動き出す。生前は姉妹であったらしい二人の女性は、面影がよく似ていた。 素早く中心に駆け込んだかるたが、付け爪型の“幻想纏い”から展開した手甲に覆われた拳を床に振り下ろす。淡い光を纏った拳を中心に烈風が天井へと吹き荒れ、医師もろともエリューション・アンデッド達を巻き込んだ。 烈風に動きを封じられたエリューション・アンデッドの姉妹。その姉――医師の妻の前に立ち塞がり、リセリアは全身の反応速度を高めていく。妹に向けて走った夏海が、自らに刻んだ血の掟をもって強烈な拳を彼女に叩き込んだ。 エリューション・アンデッド達の血の気を失った青白い顔と、意思というものが感じられない虚ろな瞳。 それを見て、リセリアは医師に向けて声を放った。 「――貴方は『これ』を生きているというのですか」 「ああ、そうだよ」 「死んでも死に切れない残滓の張り付いた、苦しみ続けるだけの死体を……!」 「彼女らは死を越えた存在だ。痛みも苦しみも感じることはない」 リセリアの言葉に、医師はまったく動じることなく答える。その彼の前に、流水の構えを取った猛が立った。 「それは本当に命って言えるのか? 自分で考えもしない、ただ動いてるだけの抜け殻にしか俺は思えねえが」 「ならば、話せず、意識もなく、ひたすら機械の力で生きているような患者の命を、君は否定するかね?」 突き詰めれば、医者にとって重要なのは『命を繋ぐこと』でしかない――。 そう言って、医師は歪んだ笑みを浮かべた。視線をリビングの入口に走らせ、今まさに部屋に駆け込もうとしているリベリスタ達に瘴気の塊を放つ。辛うじて零児のみは直撃を免れたが、理央、エアウ、ステイシィの三人が毒に蝕まれた。 エアウが、癒しの微風で自らの回復を行う。毒がもたらす苦痛に耐えながら、彼女は医師に向けて声を張り上げた。 「悲しいのは分かるけど、お医者さんがそんな事でどうするの!」 その言葉は、医師の狂った心に届かない。医者としてのモラルなど、とうに置いて来てしまったのだろう。 零児が全身に漲らせた闘気を爆発させ、妹に破滅の一撃を見舞う。理央が福音を響かせて瘴気のダメージを癒し、ステイシィが光を放って毒の影響を打ち払った。 ――お医者先生は、技術がほんの少し足りなくて。お母さんは、優しさがほんの少し足りなくて。 そして妹は、抜群に運が悪かった。 「だから、誰も悪くないのです。そこで、この話はおしまい」 狂気に陥った医師と、生ける屍と化した姉妹を眺めて。ステイシィは、血色の目を細める。 誰も悪くないからこそ、誰も救われない。 エリューション・アンデッド達が烈風の影響から逃れたのを見て、リセリアが“セインディール”を眼前の妻へと振るう。微かに反りのある青みがかった刀身が閃き、流れるような連続攻撃で妻の動きを封じ込めた。 医師が懐からメスを取り出し、妻に攻撃を加えたリセリアにそれを投げつける。彼女の腕にメスが突き立った直後、医師は後方に立つ癒し手たちを目掛けて再び瘴気の塊を放った。前衛と後衛の中間に位置していた理央を除き、エアウとステイシィが瘴気に包まれる。 「経緯を聞いてはいても、想いを完全に理解する事はできません」 毒を帯びて緑色に変色した手を伸ばそうとする妹目掛けて、かるたが大きく踏み込んだ。 彼女とて、同様の経験をすればあるいは……と思わなくはない。だが、それを受け入れることは、かつて彼女の命を支えてくれた恩人たちを侮辱することになる。 「――故に、否定し、拒絶し、打ち砕き、滅ぼします。この医療を騙るものと、その成果全てを」 手甲が放つ淡い光の軌跡を残して打ち込まれた、強烈な一撃。 仮初の命を砕かれたエリューション・アンデッドが、糸が切れた人形のように床に崩れ落ちた。 ●“死”の先には リベリスタ達の動きに淀みはない。一体目のエリューション・アンデッドを倒した後、彼らは残るもう一体に攻撃を集中させる。 「排除させて貰うよ……消えて」 夏海が、問答無用とばかりに妻に向けて強烈な拳を叩き込んだ。医師のブロックを続ける猛が、その場所から斬風脚を放って追撃を加える。 この調子であれば、妻もじきに倒すことが出来るだろう。そう判断した零児は、次に控えている医師との戦いに向け、自らを集中に導いていく。相手は、傷つけば傷つくほど強力な攻撃を繰り出す敵だ。いたずらにダメージを重ねるのでは、こちらの損害が大きくなる。 そして――零児は、瞳に狂気を湛えてやつれ果てた医師を見た。再び死を迎えた妻の妹を目の当たりにして、彼は何を思うのか。 (命を尊んで、大勢を救ってきたはずなのにな……) 皆、いつかは死ぬし、どうやっても救えない命だってある。だからこそ、それに抗い、一人でも多くの命を救おうとしたのではなかったか。 「大丈夫、今治してあげるっ!」 医師のメスに傷つけられたリセリアに、エアウが癒しの微風を届ける。この戦いは彼女にとっても初陣、自分に課せられた役割を全力で果たすつもりだった。 ステイシィの放つ光がリセリアの出血を止め、自らとエアウの毒を消し去る。清らかなる存在に呼びかける理央の詠唱が、福音を響かせて仲間達の力を取り戻していった。できればダメージを受けた仲間をかばいに入りたいところでもあるが、回復を担う以上、なかなか手は空かない。 「一度死んで蘇る、か。良く聞く望みだし、奇跡でもあるよね」 攻撃を受け続ける妻と、そしてその夫たる医師を見て、理央が呟く。それが本当に、失われた命を取り戻すものであれば、紛れもなく奇跡と呼ぶべきものだったのだろう。 ――けど、今回のは奇跡でもなんでもない。 自分の手で殺して、エリューション・アンデッドとして思うがまま動かしているだけだ。 そこに、医師が求めている不死などない。死を越えてもいない。 ただ、命のありようを捻じ曲げているだけ。 (本分を見失い、医者の道も人の道からも外れて……救えなかった事を嘆く父親でさえもなくなってしまった) 剣を絶え間なく振るいながら、リセリアは医師の心の闇を思う。 「今のその姿こそ、御息女が見たら悲しむでしょうね……」 言葉は医師に届かずとも、刃は彼の妻に届く。死してなお夫の妄執に囚われた妻を、リセリアの斬撃が二度目の死をもって解き放った。 夏海が、ただ一人残った医師に走って拳を打つ。 「命は死んだら終わりなのにね。もし、そうじゃないのだって言うなら――」 ――私だって、と喉まで出かけた言葉を、彼女は飲み込んだ。 失われた“普通の人生”を想う暇は、今は無い。 「死を超えてようが超えてまいが潰してあげる。それだけの事だよ」 対する医師は、己の前に立つ夏海や猛には目を向けなかった。妻やその妹の“死”を受け入れたくないのか、彼女らを倒したリセリアやかるたの方も見ようとしない。 医師が標的に選んだのは、“癒し手”だった。 「『治す』などと、軽々しく口にするな……ッ!!」 立て続けに投擲された二本のメスが、恐ろしいほどの正確さでエアウを襲う。 メスに傷つけられたエアウの首筋と手首、その二箇所から大量の鮮血が噴き出した。 「私だって、諦める訳には……」 抗うように、エアウが自らの首筋を手で押さえる。しかし、運命は彼女に微笑まなかった。 血を失い、力尽きたエアウが床に倒れこむ。 これ以上、味方から損害を出すわけにはいかない。かるたは壁を背に立つ医師に向けて駆け、その側面へと回りこんだ。左の肘で体勢を崩し、すかさず右の掌底を放つ。全身のエネルギーを集中させた打撃が、医師をリビングの中央方向へと吹き飛ばした。 医師を囲むように動きながら、猛が鋭い蹴りから真空の刃を生み出す。 「もし可能なら、それで娘さんをあんたは生き返らせたのか? ……お父さん、と口にもしてくれない、人形をよ」 「――黙れッ! 私は……」 叫んだ後、さらに言葉を続けようとした医師に、零児が破滅の一撃を叩き込む。 爆裂する闘気に晒され、医師の全身が衝撃に揺れた。 理央が、防御結界を展開して仲間達の守りを固める。真に恐ろしいのは、追い詰められた後の医師の攻撃。ステイシィが、彼を挑発すべく言葉を投げかけた。 「ほうら、私は何度殺しても死にませんよう。貴方の仰る『医療』は通じませんです」 ツギハギだらけの己の身を見せ付けるようにして、ステイシィは無防備な姿を晒す。 「それとも、もっと殺してみますか? 可哀想な『あの子』の様に」 その一言に、医師の表情がたちまち凍りついた。 (……我ながら酷ェ台詞を並べるモンです) 心の中で、ステイシィが苦笑する。 狂気に逃げることで辛うじて蓋をしていた心の傷。それを開け放ち、深く抉って塩を塗るようなものだ。 わなわなと震える医師の顔色は、赤を通り越して既に蒼白に近い。 怒りが言葉にならないのか、意味をなさない低い唸り声が彼の唇から漏れる。 夏海が、素早く医師の背後に回りこんだ。 「後ろががら空きだよっ、もらったぁ!」 首を掻き切るような手刀の一撃。続けて、リセリアが舞うような動きから無数の突きを繰り出した。青みを帯びた刀身から光の飛沫が飛び、華麗なる攻撃を彩る。 だが、それでも――医師は倒れない。首から血を流しながら、彼は血走った目でステイシィを睨んだ。 「殺してやる……ッ!!」 医師が、己の周囲を瘴気で包む。前衛たちはおろか自分自身すら毒で蝕みながら、彼は全ての苦痛を呪いに変えて解き放った。 切り裂かれ、突かれ、穿たれ、毒に蝕まれ――それらの痛みで練り上げたおぞましき呪いがステイシィに襲い掛かる。しかし、彼女はギリギリのところで、それに耐え抜いた。 自分の投げた言葉を思えば、この痛みは相応しい。 「……それこそ死んでも良いレベルですが、まだ倒れられないのでねい!」 鋭く踏み込んで間合いを詰めたかるたが、気合とともに強烈な打ち込みを見舞う。 「黙れ、黙れ、黙れえぇえええええええェ――――ッ!」 文字通り、血を吐くような絶叫が、医師の喉を震わせた。 それを聞いた猛が、思わず眉を寄せる。 『運が悪かった』という一言で納得することが出来たなら、こんな事は起こらなかっただろう。 もし、それ以外で、この悲劇を防ぐのなら。彼は全てを背負ってなお、立ち上がらなくてはいけなかった。 しかし――。 「無理だったなら……終わらせてやるのが、俺達の出来る事だ」 猛の蹴撃により生み出された真空刃が、医師の傷をさらに深くする。理央が響かせる癒しの福音が、ステイシィの放つ輝ける光が、医師の猛攻を凌いでリベリスタ達を支えた。 「死んだらどうにもならないって、あんたが一番わかってたんじゃないのか?」 医師に問いかけながら、零児は全身の闘気を高める。 娘を死なせてしまった時に今の力があればと、彼は本気で思っているのだろうか。 妻を殺し、妻の妹を殺し、生ける屍と化した彼女たちを見て、心の底から喜んだのだろうか。 もしそれが、理想の医療だというのなら。自分の手で自分を殺して、試してみれば良かったのだ。 だが、彼はそれをしなかった――。 「ああぁあああああああァ―――ッ!!」 狂気のままに絶叫する医師に向けて、零児は裂帛の気合を込めて剣を振り下ろす。 爆発した闘気が、道を誤った男の全身を砕き――これをとうとう葬った。 ●温もりの標 倒れた医師と、その妻や妹の遺体を、理央は黙って見下ろす。 命尽きた彼らが再び動くことは、決してない。奇跡とは、起こり得ないからこそ奇跡なのだ。 零児は目を閉じ、黙って天を仰ぐ。何かがどこかで違っていれば、今日の悲劇はなかったかもしれない。 遺体の傍らに膝をつき、夏海が死者のために祈る。 妻の妹に関しては完全に被害者であったし、その前にも運悪く命を落としてしまった幼い娘がいる。 それに――この医師も。 娘を助けようとして手を尽くした結果こうなったと思えば、少しだけ同情の余地はある。 「せめて、奥さんと娘さんと一緒に弔ってあげたい……かな」 重傷の身を壁に預けながら、エアウが弱々しく口を開いた。 無言で医師の遺体を眺めていたかるたが、ついと背を向ける。 「……娘さんが望んだ姿でない事くらいは自覚していたでしょうに」 医師は狂気を抱え、その歪んだ『医療』を正すことなく死んだ。 敵を全滅させたところで、かるたには何の達成感もない。 (せめて、冥土で詫びると良いでしょう。……同じところへ行けたなら、ですけれど) 一方、ステイシィはこう呟いた。 「もしも、彼岸があるのだとしたら。来世があるのだとしても」 今度こそ、娘さんと仲良く楽しく暮らして下さい――。 最低限の事後処理とアークへの連絡を済ませて、リベリスタ達は医師の家を後にする。 猛の隣を歩きながら、リセリアはこんな呟きを漏らした。 「逃げて、救い様の無い道へ落ちてしまったら……」 その時は、きっとあの医師のようになるのだろう。視線を伏せる彼女に、猛が声をかける。 「なぁ、リセリア。……手、繋いで良いか?」 差し出された猛の手を、リセリアはそっと握り返した。 繋いだ掌から、確かな命の暖かさが伝わってくる。 「……これを守る為にも……俺らは間違えちゃいけないんだよな」 彼の言葉に、リセリアは迷いなく頷いた。 自分は決して道を誤るまいと――決意を新たにして。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|