●しろいはね 扉には外から鍵が掛けられ、窓には格子。出入り口は全てが全て封鎖されている。 一見豪奢に見えるその軟禁部屋の一角、少女は何をするでも無く座り込む。 あれからどれだけの時間が、日々が経過したか。10や20では効かないだろう。 何も出来ず、如何にも出来ない。ただ、無為に過ごす日々の何と長い事か。 停滞し引き伸ばされた時間は徐々に思考を蝕み、精神を堕落させ、人を怠惰へと流そうとする。 これに抗う事は至難である。何時終わるとも知れないその停止に、自身の在り方すらが揺らぐ。 思わず逃避しそうになる心境を締め付け、我慢に我慢を重ね、その黒髪の少女―― 『白姫』ミレイユは寝台に背を預け待ち続けていた。 何をか。今更に、果たして何を待つと言うのか。 僅かに聞こえてくる口さがない侍女達の噂話からは、碌な情報が流れて来ない。 曰く、黒貴、赤麗の混合軍は、白飛の都プロノトリアを臨む地点まで駒を進めたとか。 曰く、蒼慧の使者が度々ゼノフェイムを訪れているとか。 曰く、そう遠くない未来に白飛は滅亡するに違いないだとか。 何処までが希望的観測であり、何処からが事実であるのかも分からない。曖昧模糊としたその風聞。 歯痒い、悔しい、身を切るほどに。自分の無力が――不甲斐ない。 唇を噛む。血の味が滲む。思わず声をあげ詠いたくなる。 彼女一人であれば、この程度の軟禁物の数では無い。数秒もあれば十分抜け出せる。 けれど、出来ない。それは出来ない。彼女が詠えば、捕らえられた同胞が1節に付き1人処刑される。 黒鬼は躊躇わないだろう。白卑と、彼女らを決して自分達と同列には見ない彼らであれば。 「……っ……」 いつまで。――いつまで、待てば良いのか。 或いは、それすらも黒鬼の手の内なのか。少女はただただ、月夜に佇む。 何も出来ぬまま。何一つ、抗えぬまま。 ●くろいはね ――新月の、夜。 「……募金をお願いします」 街角で聞こえた酷く澄んだ、響き。淡く微笑むその仕草は稚くも気品を感じさせ、 白銀の髪に琥珀の瞳。その造詣もまた美しく。 声を掛けられた男は思わず足を止める。募金箱を持って駅前で佇む少女。 何処か異国情緒を漂わせた、声音よりは大人びた風貌に、仕草に、目を奪われる。 「あの……」 「あっ」 何度瞬く間が空いたか。慌てた様に財布を開けば、何故か今日に限って小銭が無い。 仕方なくも摘まんだ500円玉を箱に投下する。不況の色濃い昨今。 募金など果たしてどれ程意味が有る物かと思わなくも無い物の、男の想像に反し 何故かその道行く者の悉くが足を止める。勿論、1人1人の投資は微々たる物だろう。 だが、それが街角を行き行く人間の、その凡そ半数となればただ事では無い。異常事態である。 しかし、男はそれを目の当たりにしてすらおかしいと感じない。 彼の視界には声を掛けた少女しか映らない。まるで憑かれた様に。まるで魅入られた様に。 「ありがとうございます。こちらお持ち下さい」 手渡されたのは、小さな黒い結晶。水晶の様なそれは、光に透かすとその中に黒い羽が見える。 ありがとう、と微笑み、男はそれを何気なくポケットに入れて去る。 少女はそれを間の当たりにすると視線を外し、次なる客へと声を掛ける。 「募金を、お願いします」 それは、ある日の何気ない出来事。とある地方都市の一角で行われた不思議な募金活動。 月無き夜、色無き星空に記される戦いは無く。 ――けれど。けれど。 ●星空の導 新月の夜。それから大凡1週間の時間が流れた。 毎月の様に開かれていた地上30mのリンクチャンネルは、何故か先月以降何の音沙汰も無い。 これが吉兆か、凶兆かは誰にも分からない物の、何処か肩透かしを感じるそんな日々。 先の星空での戦いで回収した“飾り紐”の調査結果。 その概要が公表出来る段階まで到った、との報告が入ったのがつい先日である。 「どうもこいつは、羅針盤みたいなもんの様だ」 アーク本部内、ブリーフィングルーム。興味から、因縁から、自然と集まったリベリスタ達へ 『研究開発室長』真白・智親(nBNE000501)より行われた、“飾り紐”の説明を 端的に要約したなら、その一言に尽きる。羅針盤。航路の行き先を示す物。 「現時点、アークに世界間移動の技術やノウハウは無いが、パンケーキに例えられる多重世界。 お前達が今まで塞いできた日本国内のリンクチャンネルからもある程度予測が付くだろう。 上位世界、と一口に言った所で、所在の確定している上位世界の数は決して多くない。 現時点、世界がどんな配置になっていてどう結ばれているのか仔細は極めて不明瞭だ」 目的の世界へ行く。言うは易し、行うは難しのハイエンドである。 多次元世界論、エヴェレットの多世界解釈を持ち出すまでもなく、 例えば現代社会で主に用いられている電波ですら発信と送信には受信機と送信機を必要とする。 座標を知る、とはその更に以前の問題である。位置情報も無く交信は出来ない。交流であれば尚更。 「この飾り紐は、常に一定の波長を周囲に散布してる。 これは世界が近付く程強く、遠ざかるほど弱くなる。此処までが万華鏡による演算結果だ。 つまり、この波を再現出来れば少なくとも、手探りであれお前達の言う “天珠”とか言う異世界にアクセス出来る――可能性が――ある」 天才と呼ばれど、智親は研究者である。確実に出来ない事を断言はしない。 だが、同時に智親は天才である。彼が可能であると言うなら、それは恐らく、可能なのだろう。 「ただ、さっきも言ったが現在のアークには世界を渡る手段が無い。 リンクチャンネルをそのまま使う何てのは却下だ。リスクしかないからな。 この波長をトレースするのにも暫く時間が掛かるだろう。まあ、何にせよ気長に――」 そう、口にして話を締め括ろうとした、そんなタイミング。 慌てた様な足音と共に、ブリーフィングルームの扉が開かれる。 「良かった! 真白室長、慌しくてすみません。ですが緊急のお仕事です」 走り込んで来たのは『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)。 「や、こっちも丁度終わった所だ。そんじゃ頑張れよ」 彼女が手にした資料を見て、入れ替わる様に智親が部屋を辞す。 偶々リベリスタ達がブリーフィングルームに集まっていたのは、果たして幸か不幸か。 予期せぬまま唐突に、事態はいつもの様にアークの平常業務へと切り替わる。 「本日、午後6時頃。三高平市内の路上でフライエンジェの姉妹が暴漢に襲われます。 幸い、お姉さんの方は逃亡に成功しますが、このままだと妹さんは暴漢達の犠牲になってしまいます」 暴漢。奇妙な表現に、リベリスタ達が瞬く。それはノーフェイスか、はたまたフィクサードか。 フライエンジェ、と言うからにはその姉妹は革醒しているのだろう。 その上市内を闊歩しているとなると、例えリベリスタでないにせよアーク関係者である可能性は高い。 そんな2人を襲う者とは果たして何者か。その問いに、和泉は視線を落す。 「それが……襲うのは、どうも一般人みたいなんです」 一般人が、革醒者を殺す。逆の例は幾らもあれ、余り聞かないケースである。 それもその筈。革醒者は総じて一般人よりあらゆる能力に優れる。フォーチュナでも無い限りは―― 「御二人は、覇界闘士とインヤンマスター、前者がお姉さんで、後者が妹さんです」 モニターに映し出されたのは、蒼い羽の闊達そうな女性と、白い羽の大人しそうな少女。 そして、それを囲む年齢も風体もばらばらな男たち。 「暴漢は、どうも何らかの破界器を使っている様です。アーク内にも情報が在りません。 実力は未知数ですが、極端に危険と言う感じはしません」 恐らく何か力の底上げがされているのだろうと言う推論を述べるも、 あくまで素体は一般人と言う事か。とりあえず、対処に移ろうと動き出すリベリスタ達。 襲撃場所は、今から現場まで徒歩で向かったとしても十分間に合う距離である。 「皆さん、どうぞ宜しくお願いしま――あっ」 踵を返そうとした所、不意に和泉が言葉を切る。 何かと思い足を止めた彼らに、和泉がきりりと視線を向ける。そう、やはりと言うか何と言うか。 彼女が急ぎと告げた仕事がそれほど簡単である筈が無かったのである。 「忘れていました。今回戦う相手は一般人です。なので、犠牲者は出さない方向でお願いします」 犠牲者は、出さない方向で。それは手加減をしろと言う事だろう。 だが果たして、敵は手加減をしても勝てる相手なのか。実力は未知数とか言ってなかったか。 ちょっと和泉さん。待って和泉さん。目を合わせて会話をしようか。 「皆さん、どうぞ宜しくお願いします」 けれど彼女は狙ってか狙わざりてか結局目線を合わせる事無く、 しれっと深々頭を垂れたのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月21日(火)22:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●逃亡者 「急いで、あいつら直ぐに追い付いて来るよっ!」 「っ、待っ、て、お姉、ちゃ……っ」 良く似た風貌の少女2人。駆けるは繁華街の裏通り。 「――っ」 視界の先。横道からとびだして来るのはつなぎの様な物を来た中年の男性だ。 後ろから追いかけて来るのはスーツ姿の男と学生服に学帽を被った2人組の少年。 他方休日のお父さん、と言った風体の男に、似た服の3人は高校生か。 良くもこれほど、と言えるほどに共通項のまるでない人々。 普通に町並みに溶け込んでいたなら誰も何の違和感も感じ無いだろう人間が11人。 「な……何なんだよ、あんたら……!」 これだけの数。何でもない、では通じない筈だ。 事実として、学生達もスーツ姿の男も彼女らを追って来たし そもそも当のスーツ姿の男が彼女の妹に飛び掛って来た事から単を発する逃避行。 その時は変質者の犯行だと思い込んでいたが、どうもそんな次元の話では無いらしい。 視線を巡らせる。周囲は完全に囲まれている。逃げ場が無い。 そう、上、以外には。 2人はフライエンジェである。一般の人々の目を晦ます為に普段は飛んだりなどしないが、 この場合は事情が事情。止むを得ない――と。 考える。それは彼らに彼女らの翼が“見えていない”と言う前提の下流れる思考。 だが――けれど、しかし。 「待ちなさい」 割り込んだのは凛とした女性の声。逃亡者である2人が身構える。 追って駆けてくる人影。その数6つ。更に追っ手が増えたのかと身を硬くする妹、 美琴の前に姉、美鈴が立ち塞がる。だが、続いた声はそれをすら否定する。 「みなさん正気に戻ってくださーい!」 放たれる閃光、眼を焼くほどに眩いその光を降らせるのは『虚弱体質』今尾 依季瑠(BNE002391) 二つ名通り、彼女は美琴に匹敵するほどの脆さを誇る。 だが一方で、その神気閃光は掠めただけでも必要十分な威力を以って敵を焼き。 「美鈴さん、美琴さん! オレ達リベリスタだよ。助けるから逃げて!」 続く声。“リベリスタ”であるとそう告げたのは『駆け出し冒険者』桜小路・静(BNE000915) そう、此処は三高平。であるなら何か起こればリベリスタが駆けつける。 アークは原則、余程必要に迫られない限り無辜の市民を見捨てはしない。 「大丈夫……?」 そっと、掛けられた声。周囲の追跡者と姉妹との間に割り込んだ一人が柔らかな声で告げる。 『ルーンジェイド』言乃葉・遠子(BNE001069)如何にも文学少女然とした風貌の彼女は、 この場に於いては守る側の人間である。ぱちりと瞬いた美琴がこくこくと頷く。 「彼等はアーティファクトに操られてる一般人で……どうも、翼のある人。 それも白い羽の人を優先して狙ってるみたい、気をつけて」 言われて姉妹がお互いの翼を見合わせる。美鈴は青。そして美琴は――白。 それが本当であるなら、危ないのは明らかに妹の方である。 可能であるなら、即座にでも離脱しなければならない。けれど、遠子は更に注釈を付ける。 「飛行する者を高確率で麻痺させる力を持ってるから」 その言葉に、ぎくりと姉妹の動きが止まる。ギリギリ踏み止まったのは幸運であった。 たった2人に11人。1度麻痺してしまえば2度とは飛び立てまい。 「何やら奇縁が繋がった感じがしますね~」 ふわりと。舞い降りたのはユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672) 背にははっきりと見える白い翼。それを確認し、彼女らを囲む男達の反応が変わる。 「あら~?」 他の面々が動き出す前にユーフォリアへ突っ込むスーツ姿の男。 その手には煌く黒いナイフ大の結晶が揮われると、其処には酷く毒々しい光が宿る。 「あらあら~、危ないですよ~」 間一髪、身を退いたユーフォリアの体躯を結晶が掠める。引かれた血の線。 明らかに一般人離れしたその動きに、姉妹のみならずリベリスタ達までもが瞠目する。 (……あのアーティファクト、知ってる) 果たして。この場にそれと酷似した物を見た事がある人間が居たのは幸か不幸か。 『ヴァルプルギスの魔女』桐生 千歳(BNE000090)が周囲を見回す。 確かに、姉妹を囲んでいた11人は皆誰もがそれを何処かに見に付けている。 黒い結晶。黒い欠片。それを、“彼”は何と言っていたか―― 「止まれ! この姉妹は攻撃しちゃ駄目!」 割り込み、結界を張りながら千歳が声を上げる。その背に揺れるのは黒い翼。 告げられた強い口調に、周囲の一般人らしき男達の動きが目に見えて、鈍る。 それはまるで処理が競合したコンピューターの様だ。 相反する2つの命令が脳の容量を過剰に使用しているかの如く、混乱の色が見て取れる。 「今日は人命優先よ、今の内に逃げなさい」 最初に響いた凛とした声。『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)が姉妹へと告げる。 その両手には論理を意とする魔法の篭手。思い掛けないチャンスに彩歌の視線が巡る。 「数が多い……まずは、減らさないと」 組み立てられた戦闘論理。手繰られ解き放たれるは気糸の雨。 彩歌のピンポイント・スペシャリティが周囲の襲撃者の持つ黒い結晶を射抜く傍ら、 遠子と姉妹はその包囲を抜け、駆ける。少しでも早く、その場から遠くへ。 少しでも、遠くへ。 ●襲撃者 けれど鈍かった筈の襲撃者達の動きは、黒い結晶に衝撃が与えられた瞬間元の精彩を取り戻す。 流石に1撃で壊せるほど脆い物ではないが、何らかの影響は有ったのだろう。 逃げた姉妹を男達が追いにかかる。千歳に静、彩花にユーフィリアも男達を押さえ込もうと試みるも、 尚抜けていく男達が3人。向かった先に立ち塞がるのは精悍さを感じさせる男、 『系譜を継ぐ者』ハーケイン・ハーデンベルグ(BNE003488) 「やはり話し合いでどうにかなりそうには無いな、少々手荒くいくか」 黒い閃光が追跡を試みた1人を射抜くも、反撃に振るわれる黒い光を纏った斬撃。 裂かれた一撃そのものより、問題はその一閃に込められた呪いである。 動きを縛られ、足が止まる。動けない。だがそれでもハーケインは1人を確かに喰い止める。 しかし、残る2人の少年は止まらない。其処へ気配も無く跳び降りる、影。 「特に指示がありませんでしたので、“死亡”を犠牲のレベルとして設定、作戦を実行します」 淡々と機械的に述べるのは逢乃 雫(BNE002602)その存在に誰も気付かなかったのは止む無き事。 面接着と気配遮断を使用し電柱に登っていた彼女はあくまで隠密行動に徹していた。 全ては敵の不意を討たんが為。放たれた気糸の網は狙い違わず少年の一人を縛り上げる。 「命があるだけ、まだ、あなた方は運が良いです」 無感情に、無感動に言い捨てる。だが残り一人はその横をすり抜ける。 たかが一人、されど一人。戦闘経験が皆無である美琴を殺めるのにそれほど多くの人間は必要無い。 これは、そういう戦いである。共に駆けていた遠子が後ろを振り返る。 其処には凶刃。尖った黒い結晶は人を殺すに十分な鋭さを持っており―― 「させ、ないっ!」 遠子が美琴を庇う。だが、その矛先は美鈴のみに向けられる物ではない。 1人で2人は庇えない。それは数の暴力。元より1人が1人を止めたとして3人は溢れるのである。 “庇う”人間を2人置くか、纏めて“3人以上を1人が足止めする”手段が無い限り、 囲みから逃れようとする際と言うのはどうしても危険が伴う。 先行して姉妹を逃がすのであれば警戒しておかなくてはならなかった事態。 それを見逃した事で起こる――必然。 「――ぐっ」 突き立てられた結晶は美鈴を傷付け、その傷は彼女の世界を捻じ曲げる。 混乱した美鈴が拳を握る。妹さえ居なければ、彼女はむしろ戦う事に抵抗の無いタイプである。 「このっ、やったなっ!」 叩き付けられる魔氷拳が、彼女らを護ろうとした遠子を打つ。 遠子に庇われている美琴は突然の姉の豹変に動けない。姉妹の足が止まる。逃げ――られない。 「こっち来るんじゃねー! くっそ手加減って難しいな!」 他方、静は命を奪わない様に敵を倒す。その困難さに直面していた。 彼の持ち味はその一撃の重さ、そして高い回避能力と自己再生による継戦能力である。 一般人らの放つ一撃は致命傷には程遠い。状態異常すら物の数では無い。 しかし抑えを必要とする場にあって彼は100%の実力を発揮出来ない。 「きゃっ、なっ、このっ」 その後ろでは刃の網に体躯を縛られた依季瑠がじたばたと藻掻いている。 常に誰かが前に居なくてはその護りの薄さを露呈してしまう彼女にとって、 敵の方が多い戦場と言うのは鬼門に近い。あまつさえ、敵が遠距離攻撃を持つとなれば尚更。 確かに、直接的ダメージは無い。彼女は健在である。だが、彼女の回避能力は極めて低い。 麻痺した体躯から猛毒がじわじわと乏しい体力を奪う。 不殺を持つ神気閃光はこの場での鍵を握っていただろうが、であれば尚更。 その撃ち所は熟考を重ねるべきであっただろう。 「やぁっ、何するんですか~! 荒っぽい男は嫌われますよ~!」 そんな最中、ハイスピードを用いてのらりくらりと男達をかわしていたユーフォリアに、 遂に黒い結晶の斬撃が当たる。彼女は今回間違いも無く敵の引き付けに最も貢献していた。 今尾に2人が向かい、静が1人を抑える最中、ユーフォリアに向かった男達は実に4人。 全体の3割強を引き付けた彼女は避けに避けた。が、単純試行回数の多さは能力差を凌駕する。 幸い、姉妹とは対岸に移動していた為に彼女を呪縛した男達が姉妹へと向かう事は無い。 だが、それは同時にユーフォリアへの攻撃が続く事をも意味しており―― 「渡してもらうよ、大事な手掛かり!」 「このっ、良い加減壊れなさい!」 千歳の魔曲が四色の光で以って結晶を射抜き、其処に彩歌の気糸が続く。 結晶はぎしりと罅割れると、澄んだ響きを伴い砕け散る。 途端、糸が切れた様に倒れ伏す男。多方で苦戦を強いられるリベリスタ達に在って、 完全にフリーの千歳と、自身を抑える1人を倒した彩歌が手を打ち合わせる。 それは彼らにとって余程大切な物なのか、黒い結晶を直接攻撃した事で 距離を取られた彩歌はともかく、千歳への不干渉は余りにあから様である。 何をした訳でも無い。だが誰も彼女に近付いて来ない。敵では無いとでも認識されている様に。 「羽の色? 馬鹿馬鹿しい……」 それが、如何にも気に入らない。 彼女を恐れて避けるるならともかく、これではまるで大事に守られ生かされている様。 視線を向ければ、逃げた筈の姉妹の所で何か揉めている。 彩歌と視線を交わらすと、千歳は姉妹の側へ、そして彩歌はユーフォリアの側へ。 敵の数は未だ多く。姉妹の安全すら確保出来てはいない。 けれどリベリスタ達は足掻く。其々に其々の理由で以って。 「こんなものがばら撒かれてるなんて言うのは、ぞっとするわね」 彩歌の呟きは、誰に聞き取られる事も無く大気へと溶け。だが奇しくも。 恐らくは、この場に居る殆どの人間の心情を、見事に再現していた。 ●狂信者 「こ……の――大人しくしなさいっ!」 彩歌の気糸が矢よ雨よと降り注ぐ。破壊した黒い結晶は最初のそれも含め既に5つ。 その間に随分と切り刻まれたユーフォリアもまた運命を削ってその身を保つ。 「おいたをする原因は取り上げですよ~!」 繰り返し振るわれたウィップは相応の精度で以って男達を縛り、彩歌がその間を縫い結晶を撃ち抜く。 連携は思いの他スムーズに働き、一時は絶望的かと思われた2対4と言う圧倒的不利を覆す。 彼らは確かに攻撃時の命中補正こそ脅威であれ、あくまでそれなりの強さしか持たない。 でなければ四人に囲まれていたユーフォリアは今頃立っていないだろう。 だが逆に特定の条件下では極めて危険な相手でもある事を、此方は依季瑠がその身で証明していた。 「くぅっ! またですかっ!?」 体躯に回った猛毒で以って、1度は涅槃が見えた虚弱体質の彼女であるが、 運命の加護を削る事で此処から脱却。今こそ反撃をとした所を再度刃の網に絡め取られている。 当然、これによって2人を引き付けられた事は決して小さくない戦果であろう。 だが敵数が多くほぼ自由に動いてくる場合、何らかの対処法を持つ事が、 彼女にとって重要な課題である事は言うまでも無い。 せめて速度に多少なりとも長ければ、もう少し意図した通りの行動が取れただろうが…… 「こんなところで、止まっていられねぇ!」 他方、静は漸く襲撃者一人を昏倒させる。その手には奪い取った黒い結晶が1つ。 殺さない様に手加減しつつ、且つ相手の持つ武器を奪うと言うのは生半可な手間では無い。 それを目指したその心意気は見事と言う他無い。静の耐久力が有ればこそだろう。 だが、それによって奪われた時間は決して少なくない。 例えば姉妹が逃げ切っていれば、それも手段として有効だっただろう。 それは間違いない。それは決して間違いでは――無いのだ。 駆けつけたユーフォリアと彩歌。そして静が依季瑠を縛り付ける2人の男達を相手取る。 その彼方。離れた距離は30mにも満たない程度。 ――悲鳴が、上がった。 だからこそ、これは様々な噛み合わせが齎した結末である。 姉妹の逃走に十分な戦力を振っていたなら。 姉妹が逃げ切るまで彼女らを庇い続ける事を何より優先していたなら。 襲撃者らの呪縛を打破する術を持ち合わせていたなら。 仮定は幾らもある。幾らも、あるのだ。けれどそれは既に詮無き話。 「お姉ちゃん、止めて!?」 「あたしは、美琴を守らなきゃなんないんだっ!」 遠子に放たれた魔氷拳は幸いクリーンヒットとまでは行かなかった。 だが、美鈴の混乱もまた解けはしない。それ故に美琴の悲鳴を聞きながらも遠子は動けない。 「くっ、この程度で、怯むとは……!」 ハーデンベルグもまた動けない。全力を尽くしている心算でもその技術は未だ開花の途上である。 避けられなかった一撃。呪縛の枷が重く重く伸し掛かる。 身体の自由が得られない事には進路をすら防げない。抜けていった男の背に、歯噛みする。 「――、厄介な」 例え背後を取れずとも、雫のギャロッププレイは十分敵を縛り得る。 だが、流石に手足を踏み砕く程の時間的猶予は無い。 ハーデンベルグをかわして姉妹へ向かうスーツ姿の男を気糸で縛るも、これで2人。 1人が相手出来る数としては限界一杯である。そして姉妹へ向かった追跡者は3人。 姉妹を守るリベリスタも3人。だが遠子が美琴を庇っているが為に。 そして美鈴の混乱を止められなかったが為に人手が足りない。 千歳が彼女らの側へ駆けてる来るも如何せん。ほんの一手、遅かった。 少年が振り抜いたナイフ大の結晶。それは遠子へ向けられる。黒い、黒い、惨劇の刃。 遠子は回避に優れる訳では無い。だが決して劣る訳でも無い。 「気を確かに!」 であれば、それは何という運命か。遠子の視界が、思考が、世界が、捻じ曲がる。 混乱、困惑、暴発。彼女を切り付けた少年を千歳の魔曲が撃ち抜いた。 跳ねて転がる黒い結晶。その瞬間、多くの人々の視線は其方へ向く。 ――だから。 「……えっ」 視線が戻った瞬間。時間が止まった気さえした。 瞬く。繰り返し瞬く。皮肉であろう。声を上げたのは、それをされた側で。 驚いた様に瞳を見開いたのは、それを“した側”である――遠子の方だった。 「あ……あの、私、そんな……」 からんと、手にした杖が転がる。手が震える。其処から伸びているのは一本の気糸。 精密を喫するピンポイントは、正にその名の通りに、狙った物を違わず射抜く。 突き刺さったのは美琴の額、一条。声音は一音。ぱたりと手が地面へ落ちる。 元より、全く頑丈さに欠ける少女である。フィジカルに乏しいと以上は回避能力にも欠ける。 其処に来て遠子のピンポイントは必要十分であった。つまりは――その命を狩り取るに。 「え……あ……」 此処に来て漸く、美琴が正気を取り戻す。だが、それは遅かった。遅過ぎた。 「い――やぁ――――――――っ!!」 余りにも、遅過ぎた。 ●黒翼教 「これが、最後の、一つ……」 彩歌が疲れ切った声で、落ちていた黒い結晶を拾い上げる。これで、3つ。 最終的に、敵の全滅は叶った。雫が縛り続けていた2人から2つの結晶を回収。 これに静が奪取した1つを加え、3つ。これらを調べれば、状況は少しは前に進むだろう。 だが、その代償は余りにも大きい。 「美琴……美琴……」 妹の亡骸を抱いて、青い翼の女が蹲る。呟く声に感情の色は乏しく、昏く。 掛けるべき声も、掛けられる言葉も無い。何者も寄せ付けぬ空気を纏って。 それは、決して戻らぬ物。それは、決して巻き戻る事の無い運命。 「貴方は、それを、どこから手に入れたの」 唯一人。千歳だけがその犠牲の上。せめて何かを得ようと意識のある男に視線を合わせる。 暗示に誘われ、けれど混濁した思考は確たる言葉を生み出さない。 幾度かのうめき声の後、けれど彼は呟く様に、こう残す。 ……募金……黒い羽……――そして 「黒翼教」と。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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