●黒い衣に覆われた 「こんにちは、皆さんのお口の恋人、断頭台・ギロチンです。何もバレンタイン間際だからって死刑宣告しに来た訳じゃありませんよ。明日は誰にでも来ますから。チョコが貰えなさそうな方がいたとして死にませんから大丈夫です。まあそんな事はさて置きまして、そんなバレンタインのお誘いです」 一言二言要らん事が多い。 チラシを差し出しながら『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)が語り出した所によると、こうだ。 「クリスマスの前にドイツのシュトレンを作ろうって催しがあったんですが、今回もそこの方々が主催ですね。ザッハトルテってご存知ですか。平たく言うとチョコレートケーキです。オーストリアのウィーンが有名ですね。で、今回はそれを作ろうという事で」 蕩けた丸いスイートチョコレートが白いバターと溶け合ったなら、メレンゲと共にさくさくと切り混ぜて、ふわふわのスポンジに。アプリコットジャムを間に挟んだなら、同じジャムを煮詰めたものをたっぷりと塗る。 別の鍋でとろとろになったチョコレートを直ぐにでも掛けてしまいたいが、そのままでは全て流れてしまうだろう。 だから、台の上にチョコを広げて切り混ぜて、鍋に戻して温度を下げる。舌に乗せた時に砂糖のざらりとした感覚がしたならば、そこが適温。 後は一気に、躊躇わずにスポンジの上に。 「初心者向け……というのは少々難しいかも、との事なので、ある程度菓子作りの経験があった方が上手にはできるかも知れないですね。けれどまあ、別にコンテストに出る訳でもなし、売り物みたいに綺麗にする必要もないでしょう? まず、ぼくとかそもそも殆ど料理できませんし」 多少厚さにムラができても構わない。 綺麗な表面にならなくとも、上にチョコレート細工を乗せれば分からない。 厚さが違ったならば、それぞれ違う食感を楽しめばいい。 「一応バレンタイン企画と名は付いていますけれど、男性の参加も歓迎だそうです。逆チョコもありですからねえ。というか来て下さい、ぼく一人で浮いたら寂しいじゃないですか」 先の通り、ギロチンの料理の腕は常人以下。 となれば、余り遠慮する事もないだろう。 バレンタインの前日に、誰かを想いながら、渡す時を思い描きながら作るのも良い。 友達と一緒に切り分けて、楽しく過ごす日を想像しても良い。 もしくはもっと単純に、自分の為に美味しいチョコレートケーキを作ったって良い。 砂糖を入れないホイップクリームを添えて、珈琲や紅茶と共に口にすれば、それはきっと至福の時間。 「ね、まあバレンタインとかそういう事置いといても美味しそうじゃないですか。例え次の日に一人で食べるとしてもきっと美味しいですよ。だからほら、一緒に行きません?」 薄っすら笑って袖を引くギロチンの手を払うも受けるも、貴方次第。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月21日(火)21:39 |
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● 溶かす前からチョコレートの甘い香りは部屋中に満ちている。 そう、明日はバレンタイン。 とうとう来たか。戦場に挑む決意の顔をした男。その名はランディ・益母。 ごつい外見と強面に騙されるなかれ、彼の料理スキルは半端な女子を凌ぐレベルだ。 しかしそれが今回有利に働くかと言えば、そうでもない。 「甘味が苦手であろうと食べなければならない日。バレンタインが……!」 致命的だ。 食べなければ良いだろうと言ってもそうはいかない。 「おいしく作るからね」 傍らで微笑んだのは、エプロンの紐をきゅっと締めたニニギア。ランディが甘味を苦手としているのは知っている。その上で、彼に美味しく食べて貰おうと張り切っているのだ。 これを拒否って如何する。 「見てるだけだと落ち着かないかな、それじゃ手伝って!」 「ああ、任せておけ」 さりげなくビターチョコを手に取ったニニギアに笑みを返しながら、ランディは手渡されたチョコを刻んで行く。 「上手くできるだろうか……」 「如月先生! さっぱりわからんので教えてくださーい!」 レシピを確認する妹のラシャの隣で、カインは湯煎前のチョコを一かけ摘みながら清々しい声を上げた。 声を掛けられた達哉はと言えば。 「よくよく考えてみたら、自分で自分の誕生日ケーキを作っているのか……」 そう。2月14日は彼の誕生日。パティシエとしてはある意味クリスマス並に相応しく――また多忙が故に浸れない日でもあろう。それこそクリスマスが誕生日の子供が双方のケーキを一緒にされるように、バレンタインが誕生日の宿命、毎年贈られるのはチョコケーキばかり。 娘達もそうなんだろうなあ、と物思いに耽りながらも彼の手は遅滞なく動いている。 カインへも最初の材料を手渡して、まずは湯煎、と声を掛けた。 以前と同じ主催。ならば安心して行けるだろう。 シュトレンはうまく焼けたから、恐らく今回も大丈夫。とはいえ。 「ザッハトルテ……聞いた事はあるような気がしますが、食べたりした事は多分ないですね」 材料を前に首を傾げるリーゼロットの傍で、ウィンヘヴンも軽く腕組み。 「お菓子とかあんまり作った事ないけど大丈夫かなあ」 とは言え、リーゼロットは勿論、ウィンヘヴンも不器用と言う訳ではない。 レシピ通りに作っていけば、そこまで派手な失敗をする心配もない。 「ま、楽しんでいこうか!」 ボウルを手に取って、意気込み一つ。 「クリスマスの時よりもっと大きく作るのが目標だぜ」 燕も温度計を確認しながら、ゆっくり湯煎でチョコを溶かしていく。 教室自体に先生がいるのはもう知っているし、それ以外にも教えられる人間がここにはいる。 「苦戦したら手伝うわ」 メレンゲを作りながら頷くのはエナーシア。何でも屋としてはこの程度、できないはずもない。 お菓子作りの下準備などは飽きる程にやっている。 程好い固さのメレンゲを作り、とろりと流すは湯煎チョコ。 「……さて、未踏領域への一歩ね」 生地をオーブンへと入れて、思案顔。下準備はお手の物だが、その先は領分ではない。 だって彼女は何でも屋。パティシエールではないが故に。 それでも手際よくこなすエナーシアはまだ十分に器用な方である。 「えっと、完成図とパーツはこんな風……に……?」 「さっすがフィネ……ち……?」 先日ギロチンとそれぞれ会話した礼に、とザッハトルテを作ろうとしたフィネと明。 ちなみに明の年を知らないフィネは同級生だと思っている。実際は女子高校生だが分かるはずもない。 パーツの設計図もフィネが準備してきて完璧、のはずだったのだが。 「……地図?」 「……地図っぽい」 (´・ω・`)(´・ω・`)……。 何処かで見たような顔が並んだ。 「だ、大丈夫。めーさま、手先器用、ですし……っ」 「う、うん、頑張って読む!」 そこは頑張らなくていいと思うな! 「キッチンに立つと同居人に怒られるからな……」 レンはボウルを手にチョコを入れる。 彼の料理は――『同居人に言わせれば』おいしくないらしい。 多少変な所(黒かったり変な煙だったり)はあるが、食べられると思うレンにとっては若干不服だ。だからこそ、ここで練習してびっくりさせたい。 レシピを見て、周囲を確認して、見よう見まね。 「生地……なんだか柔らかいな」 小麦粉を、と思うが、誰も入れていない。とすればやらない方がいいのだろう。 隠し味に料理酒やラム酒。これも入れていない。 後者は入れている者もいるが、レンは一瓶とか突っ込みそうなので回りに入れている人がいなくて良かったような気もする。 ここまでは異常なし、よし、今度こそうまく、 「物足りないけどこのまま焼いてみるか。一時間くらい」 伏兵がいた。 「確か、メシマズの要因は余計なアレンジとか味見してなかったりするのがダメなんだよな?」 「そうみたいですねえ」 隣のテーブルでは、ギロチンに的確この上ない意見を猛が述べていた。 残念ながらレンには聞こえていなかった。味見に関しては彼は別かも知れない。 料理に関しての不器用さでは、猛は多分ギロチンと同程度。 けれど、その意見に従えば、レシピ通り作ればなんの問題はないはずだ。 「俺の愛情たっぷりの嫌がらせを受けやがれ」 思い浮かべるのは喧嘩友達的な赤髪の彼。辛党の彼にザッハトルテ。失敗しなくても結構な嫌がらせな気がするが愛だから問題ない。 「チョコレートとバター……それとメレンゲ」 「順番通りによく混ぜて、ですね」 隣り合わせで仲睦まじく作るのは、拓真と悠月。 黒い瞳に互いを移し合い微笑みながら、レシピを確認し着実に。 愛しき日常を尊ぶ二人は、何事も経験と努力を怠らない。 何よりこういうのも、楽しい。 そう思い唇の端に笑みを浮かべる悠月を、妹である紫月が見詰める。 姉と揃いの濡れ羽色の髪をまとめて、見付からない場所で恋人同士をそっと見守っている。 「……幸せそうですね」 穏やかな表情を浮かべた悠月を見て、紫月は口の中で呟いた。 憧憬にも似た感情を抱く姉が、恋人の傍であんなに安らいだ顔をするのかと。そこにあるのは喜びなのか、それ以外の何かなのか――紫月は視線を戻して、メレンゲをボウルに落とした。 「チョコは気持ち冷やしてから少しずつ。一気に混ぜると温度差で分離しちゃいますからね」 「ええ。レシピ通りで」 材料を丁寧に測った凛子が、桐の言葉に頷いた。 メレンゲはきっちりと泡立てて、チョコは一気に入れないように。 「あ、チョコレートを冷やす時は空気を含み過ぎないように注意です」 「口当たりが変わってしまうんでしたっけ?」 「そうです、空気の入り具合で変わってきちゃいますから」 レシピに加えて桐のアドバイスも聞きながら、凛子は一つずつ作業をこなしていく 「……今日は……恵まれない明日を迎える人達のために……ザッハトルテ……つくるわ」 言葉だけ聞けば慈愛の心。けれど『明日』はバレンタイン。 つまりはそういう事だ。梨音は微笑み、湯煎を続ける。 「大丈夫……孤児院の先生は……かみさまはいつも見守っていらっしゃるって言ってたわ……」 どんなに惨めでも。 零れ出た言葉からは慈愛というよりは何かこう、上からの同情が含まれているのは気のせいか。 多分気のせいじゃない。 「ちゃんと……一生懸命、作るのよ……」 誰に渡そうか、と思案するかのように視線を動かす梨音は、ちょっとずれた方向に真面目であった。 「いやあ、日本のバレンタインも久しぶりですねえ……」 少女の視線を追うように顔を動かしたのは、ユーキ。 長身の彼女が顔を上げれば、教室内は勿論、ガラスの向こうを行きかう人々も見える。 作っているのがチョコレートだと分かった瞬間、楽しげな顔をする人と目を逸らす人。 思い返す。しばらく国外に出ていたものの、高校までは日本で過ごしていた。 人並みに恋だってしていたのだ。けれど気になる彼に渡しにいけば彼女とバッティングして――。 「……いかん。思い出してきたら私まで気分が澱んで来ました。ファイト私」 頭を振って思い出ドロップ。今年は恋ではなくともお近付きになりたい人は沢山いるのだ。 頑張って作らねば。笑いが少々乾いていたのは、気付かない。 「できる限り、美味しいものを」 普段はそこまで味を気にする訳ではないが、折角作るのだから。 オーブンの余熱設定をしながら、闇月はレシピを確認。 チョコレートは湯煎、バターは室温でグラニュー糖を加え白っぽくなるまで練り混ぜる。 周囲の喧騒も何のその、黙々と作る闇月の耳には入らない。 お菓子作りは初めて、というレイチェルに、俺がフォローするからと微笑んだのは夜鷹。 最初の湯煎の時は緊張していた面持ちのレイチェルも、作業に慣れてくれば余裕ができる。 そんな折、ふと零れた疑問。 「……あの、変な質問なんですけど、夜鷹さんって恋をした事がありますか?」 この場にいない兄の事は勿論好きだ。けれど、恋かと言われればそれは違うだろう。 互いを慈しみ愛してはいるけれど、恋ではない。 恋とはどんなものかしら、と呟く彼女に、夜鷹は少し眉を寄せてから答える。 「……恋人はいたけど、別れてしまったからね。恋がどんなものか、と聞かれると難しいけど」 傍に居て全てを知りたかったかな。 少し照れ臭そうに言った夜鷹を、レイチェルは余所見を指摘されるまでじっと見詰めていた。 そんな手元を邪魔にならないように覗き込んだのはフツ。 夜鷹の妹であり彼の恋人であるあひるの為に作るチョコ。 だが、チョコにしては材料の量が多い、気がする。作った事のない彼にはいまいちよく分かっていない。 よくよく話を聞けばチョコというよりはチョコケーキ。 手順を踏めば大丈夫、と笑う先生に頷き返し、素直に彼は周囲も伺いレシピをなぞる。 思い浮かべるのは、可愛い恋人の姿。 自分の行う事を、あげる物を喜んでくれる可愛い彼女。 「ンー、こんなもんか。あひるの喜ぶ顔が目に浮かぶぜ」 溶けたチョコの向こうに彼女を思い、フツは穏やかな笑みを浮かべた。 「ザッハトルテか……」 プレインフェザーが難しい顔をするのは今に始まった事ではない。 知っているのはチョコのカタマリという事、そして初心者には難しい事。 双方揃って得意な事ではないが、何とかなるだろう。きっと。早々大失敗もすまい。 そう踏んで始めた作業だったが、試しにと切り取ったスポンジの端を齧ってみて彼女は眉を寄せる。 「あっま……。調子こいて甘くしすぎたか」 時間が進むにつれ、周りにはチョコの香りが更に濃く広がっていた。 似合わない事はするんじゃなかった――そう思いながら、手だけは最後まで作るべく動いていく。 「とりあえず持って帰って、どーすっか考えるか……」 住まいを思いながら、プレインフェザーはそっと溜息を吐いた。 もこもこ。 なんかお菓子を作るには確実に動きにくい姿をした着ぐるみが一体。露出している顔部分にはサングラスとスカーフ。怪しい。凄く怪しい。もうちょっとマシな変装があっただろうに。 「ギィちゃん! もし彼女が来たら、俺の後ろで『人違いです』とかナンとか適当に喋ってごまかして!」 「あ、ぼくですかギィちゃんって。……いや、アウラールさんの彼女ってぼくが誤魔化せるような人じゃ……」 「……あら? チョコの香りに混じってアウラさんの香りがしたような」 「アウラールさん、しっ」 くるりと見回す英美の視線は屈んで回避。ステルスゲームか。 彼女を驚かしたい、というアウラールの願いはともかく、英美のセンサーは半端ない。 とは言え本日は彼女もアウラールの為のザッハトルテを作りに来ているのだ。 気のせいか、と肩を竦めて、英美は笑う。恋する乙女のはずなのに、若干怖い。 「では、そろそろおまじないを」 「英美さん英美さん。あの、血液はちょっと衛生面で引っ掛かるので勘弁して下さい」 おまじない。けどそのカッターナイフはなんだ。握る気か。血判状どころじゃねえ。 三高平のヤンデレは怖い、と学んでいたギロチンからストップが入り、彼女は首を傾ぐ。 「そうですね。アウラさんがお腹壊すと大変ですし。今度絶食して血を綺麗にしてから……」 「いやそういう事じゃなくて」 もういっそ彼氏がヴァンパイアなら直接吸って貰えるのにね。 「チョコレートケーキとザッハトルテの違いが、分からなかったんだ」 些か遠い目で語るのは快。疑問を払拭する為に訪れた教室はリア充御用達。 この翌日、彼のバレンタインの過ごし方を映した一枚が賞を取る事など今は知るはずもない。 功績数ではアークナンバー1、守護神の異名を取る彼が何故に毎回(恋人的に)一人寂しいイベント日を過ごすのかは謎だが、個人的にフラグを広く立て過ぎなんじゃないかと思うの。男女問わず。 「違い……ザッハトルテってチョコレートの塊みたいなヤツですよね」 むー、と考えるのは黒幸。 結論として言えば、ザッハトルテはチョコレートケーキの一種類なので違いはなかったりする。 「まあ、でも甘さ控えめに作りたいんですよね。アルコールは極力使わず」 「ん、なら一緒に作ってみようか。俺はブランデーとかちょっと香り付けに入れたいかな」 「あ、新田さーん。遊さんも一緒にお願いします」 黒幸に声を掛ける快をギロチンが突いた。 「悪いなー、ちょっと不器用だから一人じゃ不安だし」 「ぼくだと頼りにならないんですよねえ」 「折角だからわいわいやりたくってさ。頑張るぜー」 自分で食えるしな、と笑う遊に快は頷き、ふと顔を向ける。 「ギロチンさんは作ったチョコはどうするの? 俺はとりあえず夜倉さんにでも押し付けようと思うんだけど」 「え。守護神夜倉さん本命ですか」 「違う。断固として違う」 否定はスケッパーより鋭かった。嫌がらせですよね。分かってます。 「チョコレートのテンパリングって楽しいですよね?」 「おう、段々柔らかくなってくのが楽しいなー!」 その隣では、黒幸と遊がくるくるとチョコレートを溶かしている。 若干しょんぼりした雰囲気で、同じように湯煎しているのは美月だ。 「……いや、違うんだ、最初はレシピ通りに作ろうとしたんだ……」 語る彼女の指先には防水絆創膏、足には湿布。 コントの如き不器用さを露呈した彼女は、みにと名付けた式神にすら呆れられる始末。 「僕なりに一生懸命やってるんだけどなあ……何でうまくいかなあわわっ!?」 おおっと、ボウルを引き上げようとした所で何故か足が滑ったー! 美月の手から離れたボウルは引っ繰り返……らないー! キャッチしたのは、彼女の式神、みに。 腰に手を当てて見詰める式神にしどろもどろになった美月は、これより説教タイムに入る。 「ザッハトルテ。素敵な甘い福音ですね」 きりりと表情を作るゑる夢。が。 「しかし、乙女の戦場たるバレンタインには優しすぎる!」 いきなりエキサイトして机を叩き語り始めた。いつかのアザーバイドが持っていたものを取り出し、それを手本に量産する気だ。 しかし、チョコの扱いというのは中々に難しい。 暫く後に、美月が回避したチョコ塗れの姿になったゑる夢がそこにいた。 ● スポンジの上にベルベットの様な独特の光沢を持つチョコを掛ければ、完成。 周囲が固まれば、後は繊細なレースペーパーを敷いた皿の上に乗せれば良い。 うまく行った、と頷いた拓真がふと視線を向ける。 「悠月、指にチョコが」 「えっ、あ――」 恭しく取られた手。白い指先が、拓真の唇と触れた。 「……ん、よし取れた。味も申し分ないな」 「……あ、ありがとうございます」 顔を赤らめながらも抵抗はなく。僅か視線を逸らしながら礼を言った彼女に拓真は微笑む。 普段落ち着いている彼女がどんな反応を返すか、少しだけ見たかったのだ。 軽い謝罪を告げれば、頂きましょう、とザッハトルテを持ち上げる悠月。 照れ隠しなのは、拓真が一番分かっている。 「おいしそー」 無事にチョコのベールに包まれたケーキに、ニニギアは歓声を上げる。 最後にはホワイトチョコでハートを描く。うん、よくできた。 横から覗き込んだランディに一口食べて貰えば、目元が柔らかく笑んだ。 「ん……美味い」 「大丈夫? 無理しないでね、残っても食べるの手伝うからねっ」 「残すもんか」 俺んだからな、と呟いたランディは、そっと唇を寄せる。 触れた感覚に目をぱちぱちとさせたニニギアは頬を赤くするが、唇に浮かぶ笑みは増すばかり。 「……うみゅ、これでも美味しいと思うけどもう少し整えたほうがいいかしら」 切り取ったスポンジの端をもきゅもきゅ口にしながら、矢張りエナーシアは思案する。 何でもこなせる彼女だが、舌ばかりはちょっと自身がない。美味しいじゃないMRE。 もう少し? まだいける? そう考えながら味見を続ける内、気付けばなくなる1ホール。 しかし><。となったりはしない。予めダブルで作ってあるのだから。 「桜さんへのお土産にしましょう」 完成品を手に、エナーシアは軽く頷いた。 「エイミー、これ……!」 「あ、アウラさん迎えに……あら?」 ホワイトチョコをベースに作った変り種ザッハトルテ。 アラザンが陽光を反射する雪のようにきらめくそれに、英美は目を瞬かせた。 そこにいたのは、先程から視界の端に入っていた目立つモルぐるみ。 それで悟る。愛しい人も、確かにここにいたのだと。 「ありがとう、大好きですよ、アウラさん」 「……うん、ありがとう」 着替え損ねた失態に頭を掻くアウラールも、心底嬉しそうな英美の微笑みに顔を緩めた。 常時この状態ならヤンデレとか言われないのに、とか誰かが思ったのは秘密だ。怖いから。 「如月先生、綺麗にできたぞ!」 「うん、上出来上出来」 自分のケーキに『Happy Birthday』と書く達哉に向けてはしゃぐカインのザッハトルテと自分のもの。 味はそこまで変わらないだろうが、どうにも形が姉の方がよかった。 「……ええい。チョコ細工とか乗せてごまかしてしまえ」 時には細かい事を気にしない度量も必要である。ラシャはハートの形に作られた帯状のハートと、丸いプレートを乗せて少しだけ不恰好になってしまった部分を隠す。 「味見してみてー」 「ラシャのケーキ! ……妹よ、流石の味じゃ、姉は嬉しいぞ!」 それでも差し出せばカインは涙に咽ぶばかりの勢いで感動した。 カインの為にリキュールが多めにしてあったのは、ラシャだけが知っている。 「チョコレートが凄く濃厚に味わいに出てて、美味しいですね」 「美味しくできてよかったのです」 生クリームにマーマレード。 色合いに華も加えた凛子と桐の二人は、口元を少しだけ綻ばせながら皿の上のザッハトルテを見る。 レシピを守り、先生に聞き、その通りに作った――はずが。 「……ギロチンの旦那。見た目がとても酷いんだが、これ……食べれない事ないよな」 腕を組んで、猛が唸る。 「……気泡が割れたんですかね。まあ材料に変な物が入ってないのはぼくも見ましたから、きっと大丈夫だと思いますよ」 何故か表面がでこぼこに凹んだザッハトルテだが、きっと味は。多分。 うんうん、と頷きながら猛は決意。ラッピングして食わせよう。彼に。 役得ギロチン。 調理面では特に役立つ事は何もしていないが、声を掛けた誼で各所から味見を貰っている。 「フィネさんに明さん、ありがとうございます」 黒い湖面の上に浮かぶのはスポンジで作ったデフォルメギロチン。若干不穏。 「あのね、エリューション退治終わったら体重増えてたの。世界はつれないの」 「はい?」 真面目な顔の明に首傾げ。 「だから明ね、考えたんだ。平均体重が増えれば3kgなんか誤差だって!」 「め、めーさま、具体的な数字は……!」 「だからカロリーテロを! ここで敢行する!」 あわあわするフィネを横に、ぐっと拳を握る明。平和だなあ。 「ん、味は……特に問題なし、ですね」 姉と恋人を見守りながら滞りなく仕事を追えた紫月は、一口運んでそう頷く。 それは自分だけで食べるのも、とギロチンにも差し出された。 そして、飾り付けで苦戦していた朽葉。先日にゃんこと会話する現場を本名が気になるギロチンに見られた(であろう)事を思い出すと居た堪れない。 なのでザッハトルテを賄賂として口封じ兼己の安定を図るのだ。 そんな野望を胸に、折角なら、と好きなにゃんこ型にすべく奮闘していたのだが。 「……完成してもヤマアラシにしか見えない」 とげとげぎざぎざ。何故にこうなった。彼女自身にすら分からない。味はおかしくないはずなのだが。 はっ。その時朽葉に電撃走る。 「ギロチンさんの本名はハリ山針男さんですね!」 「それは斬新過ぎて親の感性に驚く名前だと思います、ぼく」 神妙に頷いたギロチンに、ギザギザの形のザッハトルテが渡された。 いいんじゃないかな、針男。 ● 作り終わったならば、お茶会へ。 先程よりは落ち着いた、それでもまだまだ満ちるチョコの香り。 珈琲や紅茶が、ふんわりとした香りで加わった。 「これはなんていう銘柄の紅茶なんだい?」 「本日の紅茶は、ダージリンのミルクティになります」 厳かに恭しく、ヘルマンが紅茶をそあらの前に。 富子の問いに答えた彼は、本日は三人の女性に仕える執事だ。 「う~んおいしいねぇ。そこの執事さん、このザッハトルテちょっとホイップを増量してもらえないかい? アタシャたっぷりが好きなんだよねぇ」 「今すぐに、富子様」 手早く増量分を準備しながら、ダージリンとミルク、そしてチョコレートの相性をお茶請けに語るヘルマン。 そあらと富子はともかく、正式な執事を持つティアリアの視線は辛口。 さて、どうなるやら、と思いながら見やるお嬢様の視線の先で、Σ(`・ω・´)となるそあら。 「む、なんですか、このお茶は熱すぎるのです!」 「え? 熱い、それは申し訳、」 「執事たるもの主人が一番好む温度を把握しておくべきなのです! それにザッハトルテにいちごがのってないのです!」 「いやそれは作ったのわたくしじゃないですし、そもそもザッハトルテに苺なんて……」 「口答えはゆるさないのです!」 てしてしべしべし。 「それはそうと、皆さん、バレンタインに本命を渡す相手っているのです?」 「本命を渡す相手? 特に居ないわね」 「アタシも本命ってのはね。そあらの場合は……」 「沙織でしょう。言わなくてもわかるわよね、ふふっ♪」 「むっ」 そあらが沙織こと時村の御曹司に懸想して一途に追いかけているのは、アーク本部等でよく見られる光景である。 分かり切ってはいるだろうけれど、言われてしまうのは何となく面白くない。結果。 「笑うな! ヘルマンさんは納豆とネバラブするといいですっ」 「うわああんお富さん助けて悠木さんがいじめるうう!」 ちょっと笑ってたヘルマンがまたてしてしされた。バレンタインなんて知るもんか。 「ほら、どうぞ?」 「え?」 差し出されたフォーク。綺麗に一口大に切られたザッハトルテ。 今日のもてなしの返礼よ、と微笑むティアリアお嬢様に、ヘルマンは瞬いた。 「食べて食べて食べまくろ~」 上機嫌でザッハトルテを口に運ぶのは、エーデルワイス。 先生が作った物はさすがにうまい。 チョコの層が均一で、しつこすぎずにずっしりとした食感を与えてくれる。 「ギロチン君のも私の物~」 「あ、ちょっとエーデルワイスさん、横にあるじゃないですか」 ひょい、と皿ごと取って行った彼女に抗議の声を上げるが右から左。 ミルクティーにさらさら砂糖を入れながら、エーデルワイスはにまりと笑った。 「こんにちは、ギロチンさん! お茶会楽しんでる~?」 「あ、はい。お陰様で色々貰ってます」 ビデオカメラ片手に様子を撮影する壱也に、ギロチンも片手を上げて答える。 これは皆の日常を映すという趣味と記録であって、別の趣味のネタを探している訳ではないんだよ、本当だよ。 「ギロチンさんも甘いもの好きなの?」 「はい、辛いのも平気ですけど甘いのも好きですよ。過ぎなければ」 「私も甘いもの大好きー!」 ザッハトルテに加え、スポンジの端ももぐもぐ加えながら壱也はこくりと同意した。 形を整える為に切り落としてしまう場所だが、これだって美味しいもの。 捨ててしまうなんて勿体ない。 「……た、食べ過ぎて体重とかは……き、気にしないよ!」 そう。そこは気にしてはいけないのだ。 おいしいものがあって見逃すなんて勿体無い。そう、仕方ない。 「そうですねえ、まあちょっと重くなるかもで、」 「はいはい、NGワードです。カカオ99%をプレゼント~♪」 「うあ粉っぽい」 「……言っておきますけど、メタルフレームで金属だから重いのですよ?」 そういう事に、しておきましょう ザッハトルテは甘い香り。紅茶の香りも鼻腔を擽り、周りの人は歓談真っ最中。 「お茶会楽しいな。一人だけど」 紅茶のカップを手に、若干決めポーズな竜一。さみしくなんてないさ。 「あ、竜一さん、今日は彼女さんと一緒じゃ」 「ふふん、そうそう。その彼女が可愛くてさー」 竜一はよい話し相手を見つけた! 「やー、この間とか色んな服着てもらったけどさ、これが似合うの何の。写真見る? 此処だけの話だぜ?」 懐から写真を取り出そうとする竜一に、ギロチンの視線が泳いだ。 しばし案を練り、一言。 「あ、彼女さんが」 「そんな嘘言ったって俺のユーヌたんセンサーには何も」 「じゃなかった、妹さんがスタンガン構えて」 「!? あ、おいギロチン逃げんなよ!」 この逃亡方法は後から電撃食らわないか若干心配である。 逃亡とは言え、そう広くはない教室。 「よおおお! ギロチン、ちょっと顔貸せや! 顔だけと言わず身体貸せや!!」 「きゃー。拉致されるー」 今度は背後からタックルを仕掛けてきた俊介にずりずりと引きずられた。 チョコが苦手なはずの彼が、何故ここにいるかと言うと。 「那雪が用あるみたいなんだよ、ッケ!」 妹的な存在である那雪と一緒だからである。なので今日はお茶オンリー。 「あ、しーくん、ギロチンさん。……はい、あーん?」 「あーん?」 「……っく、今回は俺が貰うって言えねえ……!」 お裾分けのザッハトルテを頂くギロチンにちょっと地団駄な俊介。残念。 那雪は、少し考えて言葉を口に載せる。 「あの、ね……意味はないの、よ? ただ……おめでとう、っていって欲しいの」 「はい? ええ。ああ。――おめでとうございます」 少し笑ってギロチンは礼と共に祝いの言葉を。理由は知っている。だって、彼女は同じ誕生日。 ほわりと表情を緩めた那雪は、ととと、と俊介の影に隠れる。 「ん? よく分からんけど、俺からもおめでと!」 「ありがとう、なの……」 ぎゅー、と抱きつく那雪に笑いながら、俊介は向き直った。 「で、ギロチンの本名何よ」 「先程ハリ山針男という事になりました」 「マジで!?」 針男です。今日だけは。 「形は悪いけど、味はまぁまぁだと思う!」 「……ざっとはるて? 黒いケーキ?」 幼く小柄な吉野の為に、ジースは小さくザッハトルテを切り分ける。 少し警戒するように見詰めていた吉野だが、ジースの作ったものだからきっとおいしい。 「気をつけてな? チョコは服を汚しちまうからな」 先っぽをフォークで崩して口に運ぶ少女に、ジースは笑いかけてお茶の準備。 「吉野はお茶の方がいいのか?」 「……うん。あまいの食べたから日本茶が飲みたい」 差し出されたお茶をこくりと一口。 吉野を見ながら、ジースもザッハトルテを口元に。 「うん、形が悪い割には、ちゃんと美味しいじゃねーか」 「……ジース、ざっとはるて食べたら口よごれない?」 テーブル越しに手を伸ばそうとする少女に、ジースはナプキンを手渡し身を下げる。 唇の端に少しだけついたチョコレートが、拭われた。 「吉野はジースが大好き」 「ん。ありがとうな」 年が少し離れていても、大事な大事なお友達。 沢山の楽しい事を教えてくれる少年の背中には、少女に渡す兎型のチョコが入っている。 二人がかりでも、中々難しい。 「よーし、綺麗にできたなあ」 ホワイトチョコを溶かしたものを注いだチョコペンで大好きなモルを描き、木蓮が破顔した。 「全く勝手が違うものだな……」 食べるだけのつもりであったのに、気付けば木蓮と一緒に作っていた龍治が深く頷いた。 口元にちょこんとミントの葉を乗せれば、まるで食事の最中だ。 「切るのはなんだか勿体無いが……」 「確かに。写真でも撮っておいたらどうだ?」 「お、いい考え!」 龍治の提案にいそいそと写真を撮った後は、お楽しみの試食時間。 「ん、旨い」 ぼそりと呟いた龍治に、木蓮は目を細めた。 バレンタインを二人で過ごす日常が、凄く嬉しい事だと。去年の今頃は想像もしなかった出来事。 「も、もし出来るなら、今度また家でも作らないか? もちろん一緒に!」 幸せな記憶は、いくらあっても困らない。 日常的な思い出を、たくさん、たくさん。大好きな人と一緒に作りたい。 忘れないように、いっぱい。 それを聞いて、龍治は微かに笑みを浮かべた。 「……お前と共に生きる道を選んだのだから、堪能せねば損、か」 「うん。好きな奴と何か一緒にするのは嬉しいし楽しいぜ」 微笑みあう二人に、思い出と未来の約束がまた一つ。 甘い香りが満ちるのは、例えその一日だけであれ。 思い出だけは、長らく、永く――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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