● 「ば、ばれんたいんでー」 小さく呟く。出来るはずだ。あたしには出来るはずなのだ。 自宅だから、人はいないし、自分が怪我する分には、そこそこならだいじょうぶ。 と一人胸の中で思いながら、はぁ、とひとつ溜め息をつく。いやいや、諦めたらそこでバレンタイン終了ですよ。 何と言っても、あたしはへっぽこと呼ばれることが多いのです……。 「よ、よっし」 腕まくりをしてえぷろんをする。別に意中の男性がいるわけではないけれども、やはり常頃からお世話になっている方には、迷惑をかけた分だけ感謝を示したいですし。アークの同僚の方にも、もし機会があったら食べて欲しい。ただ湯煎して、型に注いで、冷蔵庫で冷やすだけ。特別なことは何にもしない。それだけ。 繰り返しますが、何と言っても、あたしはへっぽこと呼ばれることが多いのです。 なぜかと言えば 「うぴ?!」 じゃく、とちょっと生々しい音がする。市販の板チョコを細かく刻んでいるうちに、指を切ってしまったのだ。驚いた拍子に包丁が手からぽろりと落ちて 足の上に 「うひぃぃぃぃ!?」 ……落ちなかった。綺麗に切っ先から地面に落ちた包丁は華麗に私の右足の親指と人差し指の間をスルーして雄雄しく突き立っている。思わず腰が抜けて尻もち……を付いたら、頭を食器棚にぶつけて思い切りうずくまった。 「うぐぐ、ぶぇぇ……い、痛い……」 そう、あたし、やることなすことこんな感じなんです。 魔法を撃てば味方に当たり、階段を歩けば転げ落ち、お茶を運んだらぶちまける。 ついた渾名が、「災厄(ディザスター)」「暴風(パンデモニウム)」「脅威のドジ」そして…… 「へっぽこ魔女、かぁ……はぁ、何だかなぁ」 『塔の魔女』の異名を持つバロックナイツのアシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアさんがアークに協力をしているというのを思い出し、あたしはちょっと更に落ち込んだ。 いえ、別に遭った事はないんですけど。ただ、羨ましいのを否定は出来ない。きっと自分をコントロールできているんだなって、そんな感じがしますし。それに、異名もかっこいいし。悪女っぽくて。あたしも手玉に取って見たい……なんて願望は 「ないんですけどねぇ……」 ただ、つつましく、でも誰かの役に立って生きたいだけなのに。どうやらあたしにとって、この世の中は随分と生き辛く出来ているみたいです。 はぁ、と溜め息を吐くとあたしは再び作業を始める。エプロンをぎゅっと締めなおすと、立ち上がった。つつがなく湯煎し(やけどした)、型に流し込んで(一度ひっくり返した)、よし、準備完了。冷蔵庫を開けて、仕舞い込む。 と、横を向くと。異変に気付いたのはその時だ。なにか、小さいものがもぐもぐと飛び散ったあたしの失敗作チョコを食べている。 それは、親指ほどの大きさの生き物で、例えるなら、角としっぽのついた黒い人影と言うか。 猛烈に、いやなよかんがします。 『キー』 鳴いた。ちょっとかわいい。あはは、目が合っちゃって、これはもしかして、もしかすると、もしかしなくとも。 地鳴りがする。それは例えるなら、この小さなアパートメント自体が揺れているような、というかそのもののような。 逃げ出そうとしたら、扉がピンクの壁に包まれた。あはは、あぁ、もう。 「ふえぇぇぇぇぇぇ?!」 もう、何ていうか。 あたしの人生って、何なんだろうなぁ…… ● 唖然とするリベリスタ達。なんというか、あんまりにもあんまりな光景に口が塞がらないのだ。 「まぁ……こんな感じ」 映像を止めた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、いつも以上に無表情だった。 「このリベリスタの名前は、セラピア・ステートス。クラスはマグメイガス、種族はフライエンジェ」 更に。 「奇跡のドジ」 ここでリベリスタ達は、はっきりと少女の無表情の意味に気付いた。 そこにあるのは、ちょっとした憐れみ。かわいそうに、というだけのそれではあったが。 「もしかしたら、一度会ったことがある人もいるかも知れない……彼女、ドジを除けばなかなか強力な覚醒者なのだけれども」 とんとん、と地図を出すと、そこに色々なものを書き込む。 「今回の騒動は、あの子のドジのせいとは言えないわね。どちらというと、不運……なのかしら。 偶然開いた小さなディメンジョンホールと、そこから出てきた普段ならそう害があるわけでもないだろうアザーバイド。 あれはね、どうやら、知的生命体のイマジネーションを間借りして生きているモノらしいわ。 想像力とエネルギーを借りて、巣を作る。一般人なら虫を狩る程度の巣にしかならないだろうけど……」 そう、と頷いた。 「ただでさえ覚醒者、それも大きなキャパシティを持つセラピア・ステートス。映像で見ての通り……ちょっとしたダンジョンを生み出しちゃったの」 それが結果。映像に映っているのは、大きな大きなお菓子の家だった。おそらく中は異界と化して、見た目よりも尚広大なのだろう。 「これが巣だ、ってことは言ったわね。こんなにファンシーな見た目でも、放っておけばやっぱり一般人の被害は出るのよ。皆、悪いんだけど、これ、壊してきてくれるかしら」 本当なら、私が行きたいんだけど……。と。 イヴは、見渡す限りのお菓子の山を眺めて、それはそれは悔しそうに、よだれを拭いたのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕陽 紅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月26日(日)23:06 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● とかく同じ風景というのは、飽きるものである。 延々と続く原色だらけのお菓子の回廊。ものめずらしくはあるが、それでも長々と眺め続ければ辛いに決まっている。目も疲れるし精神に辛い。 少しでもTVゲームに明るいなら、3Dダンジョンとか不思議のダンジョンとか、そんな言葉が思いついたに違いない。 懐中電灯を手にした神代 凪(ID:BNE001401)を戦闘に、一行は進む。板チョコ、飴、ケーキ、全てを乗り越える。 「こういう巨大迷路って、ゲームとかだと憧れていたのだけれど……実際にあると、困惑しちゃうわね」 呆れたようなため息、でもちょっとした好奇心も一緒に抱いて進むのは『告死の蝶』斬風 糾華(ID:BNE000390)だ。聞きしに勝るドジ体質はまぁ、そうそう見られるものではないだろう。 糾華は、こつこつと壁を叩き、腕を伸ばして部屋の寸尺を測りと構造の把握に努めている。材質については言わずもがな、ある程度の自己修復はするが、破壊も可能だろう。内部はやはり見かけよりも広くなっているようだ。 お菓子の家とはいえ迷路は迷路。下調べを終えた後は『境界の戦女医』氷河・凛子(ID:BNE003330)と『糾える縄』禍原 福松(ID:BNE003517)がマッピングを始めた。これで美味いオレンジ味のキャンディーがあれば完璧なんだが、とお菓子の家に対する憧れに対するちょっとした要望を思い浮かべた福松少年の目の前には、都合よくオレンジの飴が。どことなく機嫌よさげに銜えて辺りを見渡す。 二人のマッピングはそれぞれ方向性を違えている。凛子のそれは正確さを追求し地図として役立つ一方で、福松は独自の所感を書き込み、照らし合わせていた。その地図を見て、アルバート・ディーツェル(ID:BNE003460)がほう、と感嘆とも呆れともつかぬ溜息を漏らす。 「うーむ……お菓子の家で喜ぶような年齢ではありませんが」 辺りを見渡した。 「アザーバイドの能力とは言え、これだけの迷宮を創り出すステートス様は素直に凄いと思えますね」 同時に、それをちょっと間違った形でしか発揮できないこの少女の不運を思う。ユーキ・R・ブランド(ID:BNE003416)とアゼル ランカード(ID:BNE001806)の二人が中の様子を探るべく音を聞くが、今はまだ、ただ先の道が自動生成されているらしい音を聞くばかりだ。道はまだまだ長い。 ちなみに。 『黄金の血族』災原・有須(ID:BNE003457)が一昔前の雑誌よろしくは始めたダウジングに効果があったかどうかは、不明である。 先にも言ったが、とかく同じ風景というのは、飽きるものである。それは人ならざるリベリスタにとっても例外ではない。 むしろ、人より高性能な体はそういった精神的な苦痛には鋭敏かも知れない。そういう意味では、休憩を取るというのはこの場においては最善手だった。 「あ、これおいしー」 凪が花の代わりに活けてあったマシュマロを摘み取って口にほおばり、んー♪ と鳴く。 お菓子の家。侵入者にとっても、出られないということを除けば意外とユートピアだったかも知れない。何せ飢え死ぬことはまずないのだ。 「長くなるなら、体力温存は大切ですからね」 翼の加護に水分補給と、初期からその必要性を感じていた凛子が皆にサンドウィッチを差し出す。甘いものばかりも、また飽きる。 「多めに用意したので……」 などと。有須が3つも4つも用意した水筒には、誰も口をつけなかったが。何も変なものは入れていない、とわざわざ念を押すのが余計に不安なのだ。 閑話休題。 そうして地道に探索を続け、しばらく経った頃。 最初に違和感に気付いたのは、糾華だった。 「……戻って来てる、わね」 その壁には糾華が付けた傷がある。一周してしまった。だのに、何もない。そんな筈があるのだろうか。 その地面を見、自身の手帳に目を向け、福松がはた、と何かに気付く。 「よぉ、見てみな」 手の中の紙片を振る。迷路内部をくまなく観察していた彼の手帳には、床板が2種類の色のキャンディで出来ていることが記されていた。青い床は行き止まり、赤い床は先へと続く道。その中で、一本だけ、行き止まりへと続く赤い床がある。 「……こういうのは、お約束ですよね」 アルバートが言う。行き止まりを観察すると、僅かに壁の薄くなっているところを見抜いて蹴り抜く。 赤い床は、その先に続いていた。アゼルが 「バレンタインのチョコ作り、間に合うんですかー!」 などと叫んでみると、言葉は不明瞭ながら、声が聞こえた。らせん状の回廊が先には広がっているが、場所さえ割れたならば遠慮する必要はない。 「甘い、匂い……我慢してたんですよ、ほんとに」 スイートな香りが充満する空間。食欲魔人には辛い空間だった。でももう我慢する必要はないのだ。 「これも作戦だから仕方ないですよね!」 もぐもぐと壁を食べ始めたユーキに続き、壁が崩され始める。敵への道は一直線。 ● がこん、と外された壁。扉の横でなにやら悪い笑いをしていた少女は、その音にびっくりして飛びのいた。 「うひぁ! ……なな、何ですか! 扉から入ってきて下さいよ。じゃないと……」 「じゃないと?」 糾華が聞き返す。その影が起き上がり、纏わり付き、戦闘態勢に入るのを見ながら、チョコまみれの少女、もといセラピアはうがっ! と吼える。アザーバイドの姿は認識できない。 「じゃないと不意打ちが出来ないじゃないですかー!」 「……洗脳でしょうか」 被害者である彼女に治療を施そうと思っていた凛子は、この有様に軽く眩暈を感じた。どうやら正気ではないようだが、それでもこの程度。セラピアの中の『ワルイコト』の程度が知れる。 「もう、バレンタインなんて爆発! 爆発してしまえばいいんですよ! どうせあたしなんてー!」 ぱっと腕を振るうのに合わせて、彼女の周囲に魔法陣が都合4つ展開される。壁からクッキーで出来た騎士が4人、浮かぶハートのチョコが4つ現れを見て、リベリスタ達もはっと体勢を整えた。 いかにうっかりでも、彼女は弱くない、むしろ強い部類に入るのだ。気を引き締め直す。 「久しぶりー」 「あっ、お久しぶりです」 凪の挨拶に思わず返すセラピア。洗脳中でもこの様子。うん、と頷いてからその脚力で一気に踏み込む。 「ちょっと待ってて、すぐ終わらすから!」 ハートブレイカーを直接狙いたいが、道をクッキィナイトに遮られる。カウンターを取るように炎をまとった拳を1体の胴に叩き込むと、体を焦がしながらも踏みとどまる。 「クッキーの分際で……」 なかなか硬い。福松が呟く。アザーバイドと交渉を行いたいが、姿が見えないのではどうしようもない。そも、戦闘力のないアザーバイドがバカ正直に姿を現すはずがないのだ。誰かが探すことを考えていればどうにかなっていたかもしれないが、このままでは見つけようもない。 仕方ない、愛用の相棒たるリボルバーを抜き放つと、後方のハートブレイカーの1体を穿つ。ユーキが闇のオーラを纏い戦いに備えると、呼応するようにクッキーの群れも自身に護りのオーラを纏わせる。徹底した壁役ぶり。それに押されるように 「爆発すれー!」 チョコレートに包まれた魔女の手が空中に魔法陣を描く。渦を巻いた魔力が着弾し、凪とユーキに糾華が爆裂する火炎に飲まれた。炎の隙間を縫って、ハートブレイカー達が接近する。アルバートが集中して備え、アゼルが前衛にブレイクフィアーを唱えると、体を灼く炎が掻き消えた。その煙に紛れ、ぐんと高度を落として飛来するハート型の怪物。ずん、と腹に籠もるような重低音を伴って爆ぜた。飛び散るチョコレートが福松と凪に命中し大きく吹き飛ばす。かけらが血のようで少しグロテスクだ。 「可愛く見えてもやはりエリューション……愛ですね。すばらしい」 ふふ、と有須が小さく笑いながら重火器を構える。曰く愛。彼女の愛はよくわからないが、黒いオーラを纏って放たれる魔閃光は確かに、体当たりの特攻を外され空中を漂うハートブレイカーを穿って押し戻した。 「……本気みてぇだな」 福松が、ぺっと煤を吐き捨てた。弾丸を籠めると、膝をついて集中する。チョコレートの自爆、高火力の魔女、防御に徹するクッキー。見た目はふざけているが、けっこう真面目にかかるべき相手だった。自爆と魔術によりかなり大きく焼けた凪と福松の体を、凛子の詠唱が柔らかく風となって包み込む。傷を癒す間も惜しいとばかりに凪が奔る。鋭い走りがそのまま蹴りの勢いとなり、クッキーの一人が大きくたたらを踏んだ。セラピアを護る包囲の一角が、僅か崩れる。そこにふわりとドレスを翻し、銀色の少女が滑り込んだ。 「全く、世話が焼ける事ね……」 いつ間合いを詰めたのか。弾むような華麗なステップはそのまま死角に入り込む。黒い影が騎士の足を絡め取って引き寄せるなり、糾華の唇がふわりとその首筋に触れる。甘い死の刻印が穿たれた。命無いものにも痛みはあるのか、激しく痙攣して膝を付く。 セラピアの顔が、見るからに引きつった。 「うひぇ……こ、これは、本気出さないと!」 ハート型の化生が攻撃を終えたばかりの糾華の腹にぶち当たり、爆風と共に彼女を押し戻す。その間に手を頭上に翳すと、空間から引きずり出された漆黒の鎌が宙を舞って糾華を切りつける。叩き下ろすように一閃、さらに返す刀で二閃、これは身を捩って躱すが、初撃が腹をかなり深く抉っていた。 「大丈夫ですかー、任せてくださいー」 間髪入れず、アゼルがブレイクフィアーを唱える。まずは出血を止めなければ体力は喪われる一方だ。そして、残り1体となったハート型のチョコレート。目をやる。誰であれ等しく衝撃を通すのは厄介だ。アルバートはしかし、それ以上に、セラピアの心に目を向けた。 「不安など、打ち砕いて差し上げましょう」 指を繰る。吐き出された気糸がチョコレートを貫き、がくりと高度が落ちる。隙は逃さなかった。ユーキが剣を眼前に構えると、体から滲み出た生命力が黒い靄のように纏わり付く。振り抜いたバスタードソードを追う様にそれは視界全ての敵を切り裂き、裂傷を負わせていく。 「愛、受け取ってくださいね……ふふふ」 暗黒騎士の黒い衝動が、更に攻め立てる。 有須の重火器から放たれた黒い弾丸がハートブレイカーを穿つ。既に多大なダメージを受けていた最後のチョコレートが、砕けて散った。後を追う様に、刻印を穿たれた騎士が崩れて落ちる。 ヤバい。 魔女は内心冷や汗を垂らしていた。 洗脳されているのは行動の表層部分であり、根幹は本人の流用なのだから仕方がないとはいえ、はたから見たらとても小物っぽい。糾華の影が騎士の首下に潜り込み爆裂するに至って、がくがくと震えだした。 「落ち着いてー、落ち着いてー、どうどう」 凪の体からなんとなく落ち着くイオン。はっとセラピアが首を振っている間に、凪は燃える拳を騎士の腹に叩き込んでいた。くの字に折れるクッキーの眉間をアルバートの気糸が貫き、がく、と膝を付く。先刻のダメージも冷めやらぬ糾華の傷は、凛子がとっとと治してしまった。 「あー……あ、ああああ」 がくがく。 震える少女。手を振り上げる。身体を鎧うチョコレートが渦を巻いて黒い鎖を形作りつつある。大きな攻撃の予兆。というか 「テンパりすぎだ」 集中し構えていた福松の銃撃が放たれる。ぱきょんと、硬化したチョコレートは見事に弾丸を止めつつ、しかし衝撃に少女の頭はくらくらしている。あがきとばかりに護りを捨てて攻めにかかってくる騎士はユーキと有須の黒いオーラが押し止め 「……あっ」 ふと、少女の首の後ろにちらちらと見える黒い陰を見つけた糾華が常夜蝶なる投擲具を投げつけたところ、ふらっと少女は気絶。お菓子の家は、次第にその姿を薄れさせていった。 何というか、悪いことはするものではないのである。 ● 「ほんっっっとうに! ご迷惑をおかけしました!!」 金色のふわふわした毛をさかんにひょこひょこさせて、セラピアが頭を何度も下げている。 結局。 弱いとはいえアザーバイド。一撃で死ぬことはなかったが、それでもたったの一撃であえなく気を失い、Dホールに放り込まれ、そのまま塞がれた次第である。 リベリスタ達がいるのは、何の変哲もないアパートの一室である。ダイニングには紅茶が湯気を立てていた。それを淹れるまでにまた一悶着あったのだが、何とか彼らも、依頼の後の一息とこぎつけていた。 「いいえ。こちらこそ……ご招待、感謝するわ」 ごめんなさいごめんなさいと謝る少女に、恭しく礼をする糾華。その堂に入った仕草に、安い紅茶でごめんなさいともう一度謝るセラピアである。 「それで、あのその……あたし、チョコ作ってたんですね。で、作ったはいいんですけど、渡す相手も……なので、宜しければ皆さんで」 差し出されたのは、バスケットに盛られたごくごく普通なハートの形のチョコレート。少し泡も入ったりしているが、それだけに手作り感がありありと出ていた。 「チョ、チョコ?」 「はい、バレンタイン……でしたよね」 「いや、その……ありがとう」 年上の少女におずおずと言われて口ごもる、福松少年。飴好きだったり、何だかんだと年頃なのである。そのチョコレートに、にやりと凪が笑った。 「何、チョコを作ろうだなんて。好きな人でも出来たのかな?」 「いえ……そんな」 女の子らしい興味に、セラピアはちょっと笑った。 「あたしに好きになられても、きっと男の人は迷惑ですよ。いっつもみんなに迷惑かけて……だから」 あはは。 などと。少し寂しそうに笑う。諦めの境地。そう言いながら自信がなくなったのか、ひっこめようとするチョコレートに、ユーキが不意に手を伸ばす。止める間もなくひょいっと口に放り込んでしまった。 「うん、おいしいですね、ええ、いいおやつになります」 「あ……」 あたふたとするセラピア。自分なんかに優しくしても。そういう風に顔に書いてある。そのセラピアに、凛子が笑いかけた。 「セラピアさん」 「は、はひ? 何でしょう、えと……凛子さん」 「名前を呼び合えれば……知り合い、ですよね?」 自分とは違う、知的な美人の笑顔。うぐ、と息が詰まった。 「次は一緒につくりましょうねー?」 アゼルもにこにこと笑いかけて言う。優しい皆。バレンタインにあげたのはこっちなのに、何だかもっといっぱいの違うものを貰ってしまった気がした。 「確かにステートス様は驚異的なドジで、破滅的に不運で、どうしようもなくへっぽこかも知れませんが……」 「ぶぇ?!」 だというのに、アルバートの無慈悲な鉄槌にがくっと膝を付く。 ……勿論、ただの無慈悲ではない。 「それでもめげる事無く、努力を続けているそのお心は素晴らしいと思いますよ」 淑女に泣き顔は似合いませんから。笑いましょう? なんて言われたら、笑うしかないじゃないですか。 ……泣いてませんけどっ。 「お茶とチョコ、美味しかったよ」 凪に、もう一度声をかけられて、褒められた。よく頑張ったねー、なんて言われて。 もう。この人達は、チョコレートよりずっと甘い。甘すぎて、あたしには勿体無い。そう思って、泣き笑いながらセラピアは自分のチョコをひとつ摘んだ。 やっぱり、ちょっとほろ苦くて、でもとても甘かった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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