◆狩猟者 ――ヒュン 暗闇の中から、風を切る音が奔る。 その音が鳴る度に、周囲の木々の枝が何かに切断され、地に落ちていく。 音から逃げるように、男性が走っている。 ――ヒュン、ヒュン 二度、風を切る音が奔る。 やはり、木々の枝が落ちる。 音の主は、しかしそれでも姿は見えない。 ――ヒュンッヒュヒュンッヒュンッ 風を切る音がより多く、更に速くなる。 男は追い詰められていた、精神的にも、肉体的にも……そして、暗闇に紛れる“何か”との距離としても。 「畜生……何だってんだよ、何だってんだよ!!」 男は逃げながら、叫ぶ。 叫んでもいなければ、心が折れそうだったのかもしれない。 しかしその叫び声に答えるのは、 唯一つ、獣の咆哮だけ。 ――グオオォォォォ!! 「ひっ……ギャアアアァァァァ……!!」 男の叫び声が木霊する。 叫び声が響いた刹那、周囲の木々が飛び散った血でどす黒く染められる。 狩った獲物を、黒い何かが貪る。 その姿は、宛ら犬の化け物といった所だろうか。 異常なまでに発達した足腰は、通常の足よりも太く、毛は一本一本がまるで針のような太さとなっている。 横腹からは自分の全長ほどの長さを持つ、二本の蠢く触手のようなものが伸び、その先端にナイフほどの大きさを持つ鋭い刃が備えられていた。 ガリッゴリッ――骨を噛み砕く音が響く。 ブチブチと、筋肉の筋が千切れる音が響く。 肉を貪る度に、肉が血溜まりに触れてパシャパシャと音を響かせる。 既に肉は殆ど残っておらず、残り滓のような肉片が僅かな骨に付着しているだけ。 肉を貪っていた化け物が、顔を上げる。 その顔は血に染まって更にどす黒くなり、しかし毛の間から覗く目は、紅く光っていた。 ◆ハンター 「……以上が、今回の対象……」 ブリーフィングルームにて、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が集まったリベリスタ達の顔を見て告げる。 フォーチュナの力により見えた、未来に起こる事件。 「場所は木々の多い広い公園……一度道を外れれば、広い森みたいな空間になってる。 そこが、事件現場になるわ」 数日以内に、泥酔したサラリーマンがそこに入り込み化け物に殺され、食われる。 それが、事件の概要。 「放っておけば、血の跡はあるのに死体が何処にもない……捜索しても発見されず、その間にまた同じような事件が繰り返される。 そんな、神隠しのような事件に発展してしまう」 イヴが説明をしながら一枚の地図を広げる……今回の舞台となる、公園の地図のようだった。 リベリスタ達は、その地図を覗き見た。 ――かなり広い。 誰もがまず、そう思った。 地図の隅を見ると、面積が載っている……どうやら、54.1haもの広さがあるようだ。 これだけ広いと、中央ならば叫び声が上がっても外に響く声は小さく、気のせいと思い気にしない者も多いのではなかろうか。 「こんな広い公園で、森みたいな空間が広がってるから……事件が起こっても、気付かない人が多い。 そして、そのまま事件が拡大していく」 リベリスタ達の反応を見て、その考えは正しいと告げるようにイヴは言う。 更に言えば、例え事件が発覚してもこれだけ広大な公園だ。 好奇心旺盛な子供ならば、抜け道を知っていてそこから入り込んでも不思議ではない。 「だから、何としてでも排除して……お願い、出来る?」 イヴの問い掛けに、全員が頷いた。 それを見て、イヴも説明を再開した。 「敵はエリューションビースト……フェーズ2の戦士級、元は『犬』。 知性は元の犬並みにあって、手下はいない。 後ろ足と腰が異常発達して、かなり不恰好になってる……けどその発達した足腰で木々を強く蹴って、高速戦闘を仕掛けてくる。 体毛が黒くて、夜の闇に溶け込みやすいから気をつけて。 そしてもう一つ特徴的なのが……横腹から生えている触手と刃」 そう言って、イヴが用意していた犬の絵の横腹からうにょうにょした紐のようなものと、刃を付け加える。 「エリューションは、この触手を自在に操って攻撃してくるわ。 それだけならまだいいけど……どうやらこの刃には、血の凝結を妨げる毒みたいなものがあるみたい。 斬られたら、止血しても暫く止まらなくなる」 イヴの説明、リベリスタ達は描かれた触手と刃に注目する。 絵を見る限りは、刃と繋がっている紐は細長く頑丈そうには見えない。 「行動原理は狩猟……獲物を追い詰め、狩った獲物を次への糧として全て貪る。 相手が狩猟者として、特徴も考えると……こちらを追い詰めるように動くと思う。 ただ無闇に襲うんじゃなくて、自分の狩れそうな相手を選んで襲ってくるから、どうやって誘き出すか……考える必要がある」 それだけ言い、イヴは広げていた地図を仕舞う。 どうやら、説明は此処までのようだ。 最後にイヴは、リベリスタ達を見ながら、言った。 「油断は大敵……けど、逆に油断しなければ大丈夫よ……気を付けて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月04日(水)23:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 深夜の公園は、しんと静まり返っていた。 広い園内はその多くが木々に覆われており、深い闇の色をいっそう濃くしている。 今、あの闇の中では危険な獣が息を潜め、狩りの獲物を待ち構えているはずだった。 昼間のうちに公園の下見は済ませており、地図も隅々まで確認している。 戦いが終るまで一般人が公園に立ち入らないよう、リベリスタ達は手分けして出入口を封鎖していった。 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)の設置した工事用の赤い三角コーンに、『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)が「工事中につき立ち入り禁止」と書かれた紙をぺたりと貼る。直後、吹いてきた冷たい風に、綺沙羅は思わず身を震わせた。 「うう……さぶっ……」 こんな仕事は早く終わらせて、コンビニで温かいものでも買って帰ろうと誓いつつ、綺沙羅は上着の襟をかき寄せる。そこに、自転車に乗った『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)が戻ってきた。 「結界、張ってきたぜ」 強力な一般人除けの結界を張れる彼女は、自転車を用いて広大な公園の外周を効率よく回り、全ての出入口に結界をほどこしていた。『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)が、プレインフェザーを労う。 「有難う、助かるよ」 結界も決して万能ではないが、この時間に強い目的を持って公園に足を踏み入れる者はほとんどいないはずだ。少なくとも、結界が持続している三十分の間は、ほぼ安全と言って良いだろう。 プレインフェザーは同行する仲間達の顔を見回した後、傍らに立つ喜平を見上げる。コーポで見知った相手と肩を並べて戦えるのは心強い。 「富永は強そうだし心配してねえけど……ま、大ケガすんじゃねえぞ?」 そう言って、プレインフェザーは喜平の背中をぽんと叩いた。 今回の敵は野生の狩猟者たる獣。ぞろぞろと全員で向かってしまっては姿を現さない可能性すらある。 囮役を務める『エーデルワイス』エルフリーデ・ヴォルフ(BNE002334)と、誘導地点の近くで待機する『覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)、『無形の影刃』黒部 幸成(BNE002032)の三人がまず先行して公園に入り、残りのメンバーは外で待機する手はずとなっていた。 無防備に見せかけるため、武器や防具を“幻想纏い”に収納したエルフリーデが、一人で公園に足を踏み入れる。彼女は単独で動いて敵を誘い出しながら、“幻想纏い”の通信機能で仲間達と連絡を取り合う予定だ。 「暗闇を走り抜ける狩猟者なんてカッコいいね」 幸成を伴い、エルフリーデとは別の入口から公園に入った夏栖斗が、ふと口を開く。 だけど、それは今日までだ――続ける彼に、幸成も言葉を返した。 「狩るか狩られるか……どちらが獲物か、教えてやると致そうか」 「僕達が狩らせてもらう。貪り、糧にするのは此方だ」 この世を支配するのは弱肉強食の摂理。ミイラ取りはミイラに、野性の狩人もまた、より強きものに狩られる運命を免れない。そして、それを為すのはリベリスタである自分達だ。 「闇に潜む獣、か……非常に危険な相手だね」 公園に侵入した三人を見送った『闇狩人』四門 零二(BNE001044)が、眼前に広がる深い闇を見据えて呟く。だが、と彼は続けた。 「だからこそ――我々は退けないが、ね」 ここで敵を阻止しない限り、被害が広がる一方なのは誰の目にも明らかだった。 ● 敵を待ち伏せる地点は、既に目星をつけてあった。 公園の中ほどに位置する、大きな道に面した開けた場所。機動力と隠密性に優れた獣を相手にするのに、木々の多いところを戦場とするのは避けたい。 誘導地点をはっきり見通せる茂みの中に身を隠しながら、夏栖斗は足元の土を自分の体になすりつける。嗅覚が鋭いと思われる犬のE・ビーストに、潜伏を気取られぬためだ。その傍らでは、幸成が“幻想纏い”の通信機能でエルフリーデの現在位置を確かめつつ、風向きに気を配っている。当然、照明はつけていない。熱源を感知できる幸成と、夜目がきく夏栖斗の二人には、それでもまったく支障はなかった。 まだ、敵は囮の前に現れてはいない。 二人は息を潜め、気配を殺して闇の中に伏せる。 公園の外に残った五人もまた、“幻想纏い”で囮や待ち伏せ班の動向を探りながら、可能な限りの索敵を行っていた。 (一体、何処に潜んでいる……?) 零二の感情探査をもってしても、敵の位置は簡単には掴めない。 獣の本能が発する気配を感じ取れないものかと考えたが、獲物を狩って喰らうという行為に、はたして強い感情が伴うものだろうか。 千里眼で公園内を見通す涼子も、なかなか敵を見つけられずにいる。 遮蔽物を透して遠くを見ることができる彼女の瞳も、この暗がりの中、闇に溶け込む黒い獣を発見するのは難しい。これが昼間であれば、また話は違ったのだろうが。 結局、囮を務めるエルフリーデの連絡を待つより他に方法はなさそうだ。綺沙羅は“幻想纏い”の連絡で囮役の位置を確認しつつ、勘を研ぎ澄ませていつでも動けるように準備する。仮に遭遇まで時間がかかるようなら、一般人にも気を配らねばならないかもしれない。結界とて、永久に効果を発揮するものではないのだ。無用な犠牲を防ぐため、用心するに越したことはない。 一方、エルフリーデは“幻想纏い”の通信回線を開いたまま、一人で公園内を歩いていた。 旧貴族の出である彼女にとって、狩猟は嗜みである。木々に潜んで狩りを行う今回の敵は、どこか親近感をおぼえる相手でもあった。エリューションでなければ、その狩りの腕前に感心していたかもしれない。 エリューションを狩るのはリベリスタとして当然のことだが、狩人としても負けられない勝負になりそうだ。気分が少し高揚するのを自覚しながら、エルフリーデはさらに歩を進める。 野性の狩猟者を誘き寄せるのに、漫然と歩いているだけでは効果が薄い。エルフリーデはあえて道を外れ、森のように広がる木々の間に足を踏み入れた。より与し易い獲物と見せかけるために無防備を装い、わざと木の根に躓いてみせる。狼の因子を持ち、並ならぬ反射神経を持つ彼女なら、それでも咄嗟の対応はきくはずだ。 しばらく歩いたところで、エルフリーデはふと気配を感じて立ち止まる。 闇に目を凝らすと、木の上に蹲った黒い獣が、紅い瞳でこちらを窺っていた。 夜目が利かなければ、見過ごしていたかもしれない。 「――来たわね」 “幻想纏い”を通じて仲間達に伝えながら、エルフリーデは誘導を開始する。 同時に、公園外に待機していた五人が一斉に突入した。 敵に気取られぬよう足音を抑えながら、外側から囲い込むように動く。仲間達の何人かが懐中電灯やランプに手をかけたのを見て、喜平がそれを制止した。包囲が完成する前に、明かりで気付かれてはまずい。闇の中でも視界がきく喜平と零二が先導すれば、全体の行動にそう支障は出ないだろう。 喜平の後について走りながら、プレインフェザーは“幻想纏い”から聞こえる音声に耳を澄ませる。 (今回のメンバーには手錬も多いし、戦い方とか作戦の立て方、オベンキョしねえとな) きっと、任務の中で学べることは多いはずだ。 エルフリーデの周囲で、風を切る音が奔る。 先端に鋭い刃をそなえた触手の一撃をかわしながら、彼女は夏栖斗や幸成が待つ誘導地点に向かおうとするが、獣は巧みにその進路を妨害するように動き、容易にそれを許さなかった。 もしや、と思う。風は、二人が待ち伏せる方向から吹いている。風上にいる彼らのごく僅かな匂いや気配が、風に乗ってこちらに届いているのだとすれば。獣としては、そちらとは逆の方向に獲物を追い詰めようとするのではないだろうか。 刃が、肩口を掠った。 このままでは、予定していた地点への誘導は難しい――そう判断したエルフリーデは、仲間達に連絡を入れると、自らよろめいて隙を見せ、さらに獣を引きつけにかかる。若干不利な地形で戦うことになってしまうが、外側から囲んで逃げられないようにしてしまえば、いかようにも料理できるはずだ。全員がここに辿り着いて獣を包囲するまで、何とか時間を稼ぐしかない。 ――ヒュン、ヒュンと風が鳴る。エルフリーデの肌に、一筋、また一筋と紅い傷が刻まれていった。 必死に攻撃をかわす様子は、半分以上が演技ではない。 特別に強力な個体ではないとはいえ、敵はその討伐に八人のリベリスタを要するE・ビースト。一対一、しかも武器や防具を収納したままではさすがに分が悪すぎた。 止まらぬ出血が、エルフリーデの体力を容赦なく奪う。追い詰められつつある彼女の耳に、獣の咆哮が響いた。 「かずく……夏栖斗殿!」 エルフリーデのもとに辿り着いた幸成が、彼女の窮状を見て夏栖斗に声をかける。 獣の側背に回り込みながら自らの影に意志を宿す幸成に頷きを返し、夏栖斗は真っ直ぐに敵へと向かった。一度に距離を詰め、赤いファイアーパターンが描かれた金属製のトンファー“Absolute FIRE”を叩き込む。合流に全力を費やしたがゆえに集中を高める余裕はなく、その一撃で動きを止めることは叶わなかったが、破壊の気を受けて黒き獣が一瞬揺らいだ。 「囮おつかれ、大丈夫?」 気遣う夏栖斗に頷きを返し、エルフリーデは“幻想纏い”から自らの装備を召喚する。 逃げ惑う演技は、ここで終わり。 射撃手としての集中を研ぎ澄ませる彼女の視線の先には、合流を果たしつつある待機班の姿があった。 ● 「さぁて、在り来りな生存競争を始めようか」 戦場を前に速力を上げた喜平が、“幻想纏い”から香水の瓶を取り出す。 彼は木々の間を素早く跳んでフェイントを交えながら、獣の鼻先目掛けてそれを投擲した。 犬が元になったE・ビーストであれば、嗅覚は相応に鋭いはず。 強い匂いで一瞬でも怯ませることができればという狙いだったが、獣は身を捻って香水の瓶をかわした。 さすがに、動きが速い。 綺沙羅が全員の配置を確かめながら防御結界を展開し、零二が全身に闘気を漲らせて獣に接近する。 この状況では開けた場所への誘導は難しいが、少なくとも包囲は完成しつつあった。 腰に括った照明を頼りに、涼子が黒い獣を見据える。高速で動き続ける敵の姿を捉えることは困難だが、囲んでしまえば少なくとも逃げられることはない。涼子は、愛用の中折れ式単発銃を握り締めるようにして、獣に狙いを定めていった。 「ただの犬ならキライじゃねえんだけど、随分面倒な生き物になっちまったじゃん?」 懐中電灯で獣を照らすプレインフェザーが、脳の伝達処理を高めながらわずかに眉を寄せる。闇に蠢くシルエットは、一般的な犬のそれとは随分かけ離れていた。 ま、手加減ナシでイイのは有難いか、と彼女が呟いた直後、獣の咆哮が響き渡る。 己が囲まれつつあることを悟った獣は、迷わず手負いの獲物――エルフリーデへと襲い掛かった。 狙われたエルフリーデが咄嗟に放ったライフルの弾丸が獣の胴体を抉ると同時に、触手の刃が彼女を切り刻む。仲間達の到着まで敵の攻撃を受け続け、傷ついた身では、その一撃に耐えることはできなかった。 運命引き寄せること叶わず、エルフリーデが地に倒れる。 しかし、彼女が囮に徹したからこそ、獣を包囲することができたのだ。 その奮闘を無駄にはしないと、夏栖斗が獣の動きを抑え込む。次に狙われるとしたらプレインフェザーや綺沙羅、涼子といった体力的に劣るメンバーの可能性が高い。幸成は彼女らに注意を払いつつ、攻撃を確実に当てるべく集中を研ぎ澄ませた。 「ここまで頑張ったのに、逃げられちゃかなわねえよ」 囲みを抜けようと紅い瞳を光らせる獣に向けて、プレインフェザーが気糸を放つ。怒りを誘うことは叶わなかったものの、オーラの糸が獣の黒い毛皮を裂いた。続いて、中折れ式単発銃から放たれた涼子の殺意が、獣の頭部を撃つ。 夜闇に溶け込む素早い敵に、攻撃をクリーンヒットさせることは非常に難しい。 だが、味方と交互に集中を重ね、連携して攻撃を浴びせていけば、少なくとも敵の余裕を奪うことはできるだろう。 獣の触手が唸り、ヒュン、ヒュンと風が鳴る。 木から切り離された枝がはらはらと落ちる中、攻撃を掻い潜って獣に接近した喜平が、大型の散弾銃から幾つもの閃光を射出した。一見すると大雑把にも思える乱射、しかしその実で的確な至近射撃を織り交ぜ、黒い毛皮に弾痕を穿っていく。直撃こそ避けられたものの、与えたダメージは決して少なくはない。 猛攻に晒されながらも戦意を失わない獣を見て、夏栖斗が口を開いた。 「まったく、あのお嬢さんは無茶いうよな。この相手で油断なんてできるわけないじゃねぇか」 油断は大敵と告げたフォーチュナ――イヴの言葉を思い出して、思わず苦笑する。 でも、強い敵と戦うのは悪くない。 自らの周囲に刀儀陣を展開した綺沙羅が、愛用のキーボードから軽快なタイプ音を響かせる。召喚された鴉の式神が、夜闇を駆けて獣に襲い掛かった。 次第に、敵には焦りが見え始めている。自分が追い詰められつつあるのを、野性の本能で感じ取っているのだろう。ここで逃げられることだけは、何としても避けたい。 涼子が手薄な方向に回り込み、包囲をさらに狭める。木の上に飛び移ろうとした獣の足を目掛けて、彼女は銃を撃った。獣が一瞬怯んだ隙に、プレインフェザーの気糸が獣の目を貫く。 「野性を忘れてねえのは結構だけどな、相手は選べよな。じゃねえと、あたしたちみたいのに駆除されちまうぜ?」 怒り狂った獣に、プレインフェザーの言葉は届かない。 その様子を眺めて、彼女は軽く肩を竦めるように言った。 「……もう遅いか。まさに駆除真っ最中だもんな」 ● 浅からぬ傷を負ってもなお、獣のスピードは衰える兆しを見せない。 万が一囲みを抜けられてしまえば、追跡は困難を極める――そう判断した零二は、一つの賭けに出た。 怒りの解けた獣の前でわざと態勢を崩し、攻撃を誘う。 風を切って飛来した刃を、零二は回避することなくその身で受けた。 脇腹に刃が深く食い込んだ瞬間に触手を掴み、腹筋に力を入れて刃を抑え込む。 動きを止められるのが一瞬でも、自身に反撃する余裕がなくとも、一向に構いはしない。 「……何故なら、オレは一人で貴様と対峙しているのではないからな……!」 零二の言葉に応えるようにして、幸成が全身から気糸を放って獣を縛り上げた。 「攻撃した直後には少なからず隙が生まれるもの。 対象がある程度絞れるならば、やりやすいというものに御座るよ」 動きを封じられて初めて、E・ビーストの姿が夜闇にくっきりと浮かび上がる。 異常に肥大した下半身、横腹から伸びた触手、爛々と光る紅い瞳――神秘に歪められた異形の獣は、気糸でがんじがらめに縛られながら、ひときわ高く咆哮を上げた。 「狩られる気分はどうよ? いいぜ? 本気で来いよ、ねじふせてやんよ」 その大口の前にあえて自らの腕を差し出すようにして、夏栖斗が土砕掌を叩き込む。 獣が苦痛に激しく身をよじると、身を縛る気糸が軋んだ。 喜平がそこに、散弾銃の銃口を突きつける。 「ただ純粋に、生きる糧の為の殺し。其の生き様には畏怖と敬意を表すに相応しい。 だからこそ――全身全霊で御前を狩り、明日の世界の糧とする」 宣告と同時に、散弾が光の乱舞と化して獣を次々に抉った。 気糸を引き千切ろうとする獣を、綺沙羅の放った鴉の式神が襲う。 鋭い嘴が黒い毛皮を傷つけた直後、涼子が獣に問いかけた。 「どうやって生きてたのか、分からないけど。アンタの犬生はどうだった?」 獣の重く低い咆哮が、涼子の耳朶を打つ。 紅く輝く瞳を正面から見て、彼女は言葉を重ねた。 「……そう。運が悪かったね。わたしも思うよ。糞みたいだってさ」 銃口から放たれた不可視の殺意が、獣の頭部を撃ち抜く。プレインフェザーの気糸がそれに続き、さらに輝くオーラを纏う零二の剣が振り下ろされた。 変幻自在の影を従えた幸成が動けぬ獣を見据え、漆黒の殺意を己の武器に込める。 「啄め、凶鳥」 飛び立つ姿を見た者に死を告げる忌むべき影の鳥が、狙いを過たずに獣の眉間へと吸い込まれた。 ――グ、オオォォォォ――――…………ッ!! 断末魔の絶叫を上げて地に崩れ落ちる獣に向けて、零二が厳かに口を開く。 「……眠れ、猛き獣」 その一言が、長い狩りの夜を締め括った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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