●その口に、彼女の想いを咥えて あの子が彼のことをどんなに好きか、ボクは知ってる。 この日のために、あの子がどれだけ頑張ってきたのかを知ってる。 そして――今日。 この日になって風邪をひいて寝込んでしまったあの子が、ベッドの中で泣いているのも知ってる。 泣かないで。キミの想いは、必ずボクが届けてみせるから。 「おい、何だぁ? こいつ、チョコなんか持ってやがるぜ」 「こんな日に男ばかりでつるんでいる、僕達へのあてつけですかねえ?」 「たかがぬいぐるみの分際で、生意気な奴だ」 ボクは、心のどこかでわかってる。 あの子とボクが一緒にいられる時間は、もう長くはないんだって。 だから、これはボクの最後の恩返し。 小さい頃からずっと、ボクを可愛がってくれたあの子の大切な気持ちを、彼に届けるんだ。 「どこもかしこもバレンタインバレンタインって、ウゼェんだよ」 「エリューション・ゴーレムまで悪しき風習に侵されているとは嘆かわしい」 「こいつを潰して、街に繰り出そう。バレンタインにいちゃつくカップルなど、我々の手で滅ぼしてくれる」 何があっても――絶対に、届けるんだ。 ●乙女の恋の味方vsモテないフィクサード 「もうこんな時期なんだなあ……俺には縁のない話だが」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は手元のファイルを覗き込んで呟いた後、「ああ、すまん」と顔を上げてリベリスタ達を見た。 「今回の任務は、エリューション・ゴーレム一体の破壊だ。最終的には、な」 最終的に? と首を傾げるリベリスタに向け、頷いてみせる。 「というのも、こいつはまだ革醒したてのフェーズ1でな、戦う力はほとんど無い。増殖性革醒現象さえなければ、しばらく放置しても問題無かったくらいだ」 ますます怪訝そうな表情を浮かべるリベリスタを見て、数史は頭を掻いた。 「ま、順を追って説明する。エリューション・ゴーレムの正体は、中学生の女の子が大事にしていた犬のぬいぐるみなんだが……その女の子が、バレンタインデー当日に風邪で寝込むわけだ」 そういえば、そろそろバレンタインデーが近い。つまり、今回の任務はバレンタインデー当日になる、ということか。 「女の子には好きな男がいて、バレンタインデーにチョコを渡そうと夜遅くまで手作りに励んでたんだが、無理しすぎたんだな。結果、熱出して渡しに行けなくなっちまった」 まあ、よくあるといえばよくある話だ。しかし、それが任務とどう関係するのか。 「……で、それを見ていた犬のぬいぐるみが、彼女の代わりにチョコを届けようと家を出た。ここで終われば、普通に良い話だったんだが」 どうやら、ここからが本題であるらしい。数史がたどたどしく端末を操作すると、正面のモニターに三人の男の画像が表示された。年齢は大体20代前半といったところだろうか。 「チョコを持って走るぬいぐるみを、たまたま発見したフィクサード達がいた。こいつらは揃って『バレンタイン』を異常に敵視してるもんで、それがバレンタインのチョコだとすぐ気付いたわけ」 一度ここで言葉を区切り、微妙に溜め息まじりに続ける。 「でもって、エリューション・ゴーレムもろとも、バレンタインチョコをこの世から抹消しようとしてる、と」 ブリーフィングルームに、沈黙が落ちた。 一様に黙ってしまったリベリスタ達を前に、数史がげんなりした顔で口を開く。 「……頼むからそんな顔するなよ、俺だって言ってて空しいんだから」 頭を掻きつつ、彼はファイルをめくって説明を再開した。 「この連中、頭は悪いが困ったことに戦闘力だけはそこそこ高い。今回はたまたまエリューション・ゴーレムに目をつけたが、このまま放っておけば勢いづいて街でカップル狩りを始めるだろう。そうなる前に、連中に灸を据えてほしい」 ファイルを閉じ、数史は顔を上げてリベリスタ達を見る。 「それが終わったら、エリューション・ゴーレムも破壊することになる。……ただ、先にも言った通り、そいつは最終的な目標だ。どのタイミングで行うかは、皆に任せる」 そう言い終えた後、数史は「あと、これは個人的なお願いになるが」と一言付け加えた。 「……余裕があれば、チョコは宛て先まで届けてやってほしい。折角の気持ちが届かないのは気の毒だからな」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月13日(月)22:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●囮大作戦 「僕達から逃げられるとでも?」 「無駄な事を。貴様はここで終わりだ」 「楽に死ねると思うなよぉ?」 武器を手に迫る三人のフィクサードを前に、チョコを咥えた犬のぬいぐるみが後退る。 その緊張を破り、少女の声が響いた。 「葬識さん……!」 三人組が思わず視線を向けた先で、『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)が、金紙に銀のリボンでラッピングしたチョコを掲げ、『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)に差し出す。 「あの、これ……受け取って下さい……」 チョコを渡すのは演技でも、大切な人にあげるつもりでラッピングに込めた気持ちは本物。恥ずかしそうに手渡されたチョコを、葬識は大仰に受け取ってみせた。 「わーお! こんなに愛情こもったのもらえるのって幸せだよねえ」 囮とはいえ、可愛い女の子にチョコをもらえるのは男冥利に尽きる。 「やったねぇ~この世界に愛されてるだけあるよねぇ。もらえない人とかいるのぉ?」 聞こえよがしに言う葬識を見て、三人組がこめかみに血管を浮かせる。 葬識、さらに追い討ち。 「わーお、モテナイからってこわぁい」 激昂する彼らの横を、『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)が通り過ぎた。可愛い“女のコ”が、小さな紙袋を大事そうに胸に抱き、その先にいた『彼岸の華』阿羅守 蓮(BNE003207)に、紙袋の中身を手渡す。 真独楽が大好きなパパに渡す気持ちで作ったチョコレート。 「えへへ、ガンバって作ったんだぞ?」 恭しくそれを受け取った蓮は、ちらりと三人組を一瞥。三人組の顔は、面白いくらい怒りに染まっていた。 三人組の意識が上手い具合に逸れた隙に、『スターチスの鉤爪』蘭・羽音(BNE001477)が、三人組と犬のぬいぐるみの間に体を割り込ませる。 「絶対に、後ろには行かせない」 痩せぎすの男――青山の前に立ち塞がり、彼女は己の全身に闘気を漲らせた。 チョコを咥えたまま、犬のぬいぐるみが困り顔で立ち尽くす。どうやら、状況の変化を把握できていないらしい。周囲に一般人除けの結界を張った『何者でもない』フィネ・ファインベル(BNE003302)が、ぬいぐるみに声をかけた。 「お友達思いのわんこさん、危ないから下がってて、ね」 続けて、ペトラ・D・ココット(BNE003544)が体内の魔力を活性化させながら話しかける。 「大丈夫、僕達は君のチョコを取りに来たんじゃないんだね!」 「怖がらせて済まない。私たちは君の味方だ」 駆け寄ったアルトリア・ロード・バルトロメイ(BNE003425)もまた、そう言ってぬいぐるみを背に庇った。 「主の意を汲み、その想いを届けようとするその心、私たちが守ってみせる。だから、君は私の近くを今は動かないでくれ」 彼女の言葉に嘘が無いことを感じ取ったのか、ぬいぐるみは黙ってそれに従う。 「――桃太郎の昔から、猿は犬の盟友なんだよ? ここは俺達に任せておくといい」 蓮は背中越しにぬいぐるみへ声をかけると、大柄な男――赤木の前に立ち、流水の構えを取った。 「かかって来なさい、赤鬼君。俺達は君達に絶対劣らない。何故だか分かるかい?」 女性陣に手を翳しつつ、彼は微笑とともに赤木を手招きする。 「御覧なさいこの可憐な花達を。そして今日は、バレンタインだ」 ――数瞬の間。 「そっ……それがどうしたぁー!」 「バレンタイン撲滅ー!」 その挑発に心を抉られた赤木を始め、三人組が次々にリベリスタ達へと武器を向けた。 ●チョコの罠 誰よりも速く動いた真独楽が、青山に向けて全身から気糸を放つ。青山は両手に構えた槍で気糸を払うと、素早く体勢を変えて突きを繰り出した。鋭い連続突きに、真独楽が動きを封じられる。その直後、攻撃の隙を突くようにしてフィネが気糸を放ち、青山を絡め取った。 「三人とも、こんな事ではバレンタインとの断絶を深めるだけです」 憎しみは憧れの裏返し――拒絶と暴力が、彼らから幸福を遠ざける。そんな悪循環は、断ち切らねばならない。 アンジェリカは犬のぬいぐるみに一瞬視線を向けてから、小太りの男――黄田に向けて駆けた。道化のカードを黄田に投げつけ、彼の運を封じる。エリューション・ゴーレムは滅ぼすべき存在だが、せめて、ぬいぐるみの思いは叶えてあげたい。 羽音が青山に電撃を纏った一撃を見舞う横で、蓮は“金剛杖”を構えガードを固めつつ、持ち前の観察眼で赤木の動きを見る。相手を釘付けにしつつ、その周囲を動き回ることで容易に自分を捉えさせない。舌打ちした赤木が、自らの肉体の枷を外し、己の全てを戦闘力に注ぎ込む。 一方、黄田は目の前のアンジェリカを見た後、その後方にいる葬識を睨み、彼に向けて斬風脚を放った。小太りな外見に見合わぬ鋭い蹴撃が真空刃を生み出し、葬識を襲う。可愛い女の子より、バレンタインチョコを受け取った男(しかも美形)が優先らしい。 「やだなー、か弱い殺人鬼ちゃんを虐めないでよねぇ~」 対する葬識は、腕から血を流しながらもけらけらと笑う。彼はペトラを庇える位置まで後退すると、己の全身を闇の衣に包んだ。ペトラの放つ神々しい光が、真独楽の麻痺を払い、葬識の出血を止める。 アルトリアは三人組の攻撃がリベリスタに向かっていることを確認すると、ぬいぐるみを気にかけつつ闇の衣を纏った。麻痺から逃れた真独楽が、お返しとばかり青山に鉤爪の連続攻撃を見舞う。未だ動けぬ青山の懐に、フィネがチョコの箱を押し込んだ。 柔らかな包装紙に数種のリボンを重ねた、ほんわかナチュラル系の女の子らしいラッピングのチョコ――。 「な、にぃ!?」 愕然とする三人組の前で、フィネがはにかむような笑顔を青山に向け。 それを見た赤木と黄田が一斉に青山に食ってかかる。 「青山、てめぇ!」 「この裏切り者がっ!」 「ま、待って下さい。これはですね」 慌てて弁解しながらも、青山はどこか嬉しそうだ。 言うに及ばず、内部分裂を誘うための演技である。 狩る側から狩られる側へ、身をもって自身の所業を体験させるとは、フィネ恐るべし。 そして、三人組の間に生じた不協和音を、リベリスタが見逃すはずがない。 アンジェリカが気糸を放ち、青山をなじる黄田の動きを完全に封じる。雷気に変換したオーラを全身から放ち、羽音が“ラディカル・エンジン”を振りかざした。 「彼女の気持ちが詰まったチョコ。それは、何物にも代え難いモノ――そんな逆恨みで、手を出していいモノじゃない」 電撃を纏う一撃が、青山の細い体を打ち倒す。力尽き、地面に崩れ落ちた彼を一瞥すると、羽音は肩越しに犬のぬいぐるみを振り返った。 ――邪魔な奴等は、ぶっ飛ばしてあげる。大切な気持ち、届けよう。 ●想い届けるために 暑苦しい雄叫びを上げて、赤木が大剣を振るう。全身のエネルギーを込めた一撃が蓮を襲うが、防御に全神経を集中する彼は、冷静に攻撃のポイントをずらし、直撃を避けた。 気糸に捕らわれたままの黄田に、葬識が暗黒の衝動を秘めた黒いオーラを放つ。彼は挑発を投げかけながら、アルトリアの後方に控える犬のぬいぐるみを見た。――乙女の気持ちを伝える、メッセンジャーわんこ。 (いやー、愛と勇気を重んじる俺様ちゃんとしてはこの思い届けてあげたいよねぇ~) もっとも、思いを届けた後は壊すのだけれど。それとこれとは、話が別。 先の攻撃で傷ついた真独楽に、ペトラが癒しの微風を届ける。同時に、彼はいきり立つ赤木と黄田に声を上げた。 「皆景気回復と少子化対策に頑張っているんだね! カップルに嫉妬する暇があったらナンパの一つでもするのが先なんだね!」 「るせぇ、ナンパで女が捕まるなら苦労しねぇんだよぉー!」 どうやら心の傷を抉ったらしい。 ぬいぐるみを背に庇い、常にその身を気にかけながら、アルトリアが黄田に黒きオーラを放つ。主のためを思い動く、その心。エリューションとはいえ、深く感銘せずにはいられなかった。 (最終的に倒さねばならないのは心が痛むが……) ――せめて、その想いだけは。 自力で拘束を引き千切った黄田に、真独楽がすかさずオーラの糸を伸ばす。至近距離から放たれた気糸は黄田の四肢から全身を縛り、再び動きを封じた。 「ご主人のキモチを届けたいって思い、しっかり伝わったよ」 ぬいぐるみが、それに命をかけているように。自分も、命をかけてそれを手伝いたい。だって、真独楽は“女のコ”だから。 真独楽の気糸に絡め取られた黄田を、フィネの気糸がさらに締め上げる。そこにアンジェリカが道化のカードを放ち、彼に不吉を告げた。 蓮の巧みな防御を前に業を煮やした赤木が、オーラを雷気に換えて己の全身に纏う。捨て身の一撃が、ガードの上から蓮の体力を削り取った。 何とかその場に踏み留まった蓮の傷を、ペトラの癒しの微風が塞ぐ。 黄田は、三人組の中でもタフな男であるらしかった。羽音の雷撃を纏う一撃、葬識とアルトリアの暗黒のオーラをその身に受けても、彼はまだ倒れない。 しかし、完全に動きを封じている上に、これだけの集中攻撃を浴びせているのだ。どんなに高い耐久力を誇ろうと、いずれ限界は来る。真独楽の流れるような爪の連続攻撃、そしてアンジェリカが頭部目掛けて放った影のオーラが、とうとう黄田を討ち果たした。 残るは、赤木ただ一人。執拗に蓮を狙う彼の意識を逸らそうと、羽音が透明な袋と二色のリボンで飾りつけたハート型のチョコを取り出し、赤木にちらつかせる。 「頑張って、作ったの……」 当然ながらこれも演技。しかし――効果は覿面だった。なにしろ、女性にまるで縁のない男である。目の前で可愛い娘がもじもじしている様を見て、落ち着いていられるはずがあろうか。いや、ない。 赤木が羽音に目を奪われた隙に、蓮が彼の死角へと素早く潜り込む。 「女性受けする戦い方、というのを教えてあげるよ脳筋君」 凍てつく冷気を纏った打撃が、赤木の虚を突いて叩き込まれた。彼の全身がたちまち凍りつき、動きを封じこめる。戦う前衛たちの背を、ペトラの癒しが支えた。 赤い目を細め、葬識が暗黒のオーラを赤木に放つ。彼は、フィクサードを殺すことに躊躇いはない。殺人は己のあり方――止まらぬ衝動に導かれるまま、隙あらば命を『食べる』つもりでいる。 葬識の後方から、アルトリアもまた暗黒のオーラを放った。闇に堕ちし力でも、守れるものは存在する。そのために力を振るうことに、迷いは無い。 リベリスタ達の攻撃が、全身を凍らせた赤木を次々に打つ。フィネの放った気糸が彼の太い首に絡みつき――赤木は、膝を折ってリベリスタに屈した。 ●モテない男達 倒れた三人組は、ロープでぐるぐる巻きにされて地面に転がされた。 「少しは、反省してね」 一様に悔しげな表情を浮かべている彼らを見て、呆れたように羽音が言う。 彼らはアークに回収され、その管理下に入ることになるだろう。 真独楽が三人組の前に進み出て、びしっと指を突きつける。 「バレンタインは女のコには大事な日……お前らの勝手なキモチなんかで台無しにさせない!」 聞く耳持たぬといった様子でそっぽを向く三人組に、蓮が穏やかな口調で語りかけた。 「気持ちは分からないでも無いよ。周囲が愛に満ちてる時に、独り身。これは寂しいよね、悔しいし切ないし辛いよね」 分かる。凄く分かるよ、俺もそうだとも。 でもね――と、彼は続ける。 「確かに独り身は侘しいものだけれど……頑張る子を応援するっていうのも、なかなか乙なものよ?」 「……バレンタインなんか、クソ喰らえだ」 あくまで、頑なな態度を崩そうとしない三人組。そこに、フィネが歩み寄った。 「貰えなくて拗ねてるだけで、お嫌いではないんですよ、ね?」 「………」 返って来る沈黙は肯定の証。両手をぱん、と叩いて、フィネは「でしたら、心にチョコレートの種を植えましょう!」と彼らに言う。 「一日一善、優しさという名のお水をあげて、大切に大切に育てるんです。そうすれば、いつか自分だけのチョコを貰える日が来ます、絶対に……!」 ――桃栗三年、柿八年、チョコは気紛れ。 彼らが罪を償って、心を入れ替えるなら、いずれは。 「応援します。諦めずに、頑張ってくださいね」 フィネの激励に、三人組は互いに顔を見合わせた。 反省しているのか、いないのか。そんな三人組の前に、葬識が立つ。 命を奪う衝動を秘めた殺人鬼は、屈みこんで彼らと視線を合わせ、血の色をした瞳にその姿を映した。 「どうも物足りないんだよねぇ。一人くらいは『食べ』ないとさー」 殺気の篭った視線に、三人組が震え上がる。アンジェリカが、そんな彼らの下半身に目をやり、ふっと馬鹿にしたような笑みを浮かべた。 「君達の『ピー』が『ピー』だと言いふらされたくなかったら今後大人しくするんだね……」 ※聞くに堪えない部分は一部修正してお送りしております。 ともあれ、アンジェリカの一言は三人組のプライドを粉々に打ち砕いたようだった。 心折れた様子でうなだれる彼らに、ペトラがチョコを投げつける。 「強敵(とも)チョコなんだね。受け取っておくがいいんだね」 これでしばらくは、悪さをする気力も湧かないだろう。 一方、アルトリアは複雑な想いで犬のぬいぐるみを撫でる。 これから、なさねばならないことを考えると――どうしても、気が重かった。 ●メッセンジャーボーイの最期 三人組の対応を終えると、リベリスタ達は犬のぬいぐるみに話しかけた。 掌を返すようで気は引けるが、これからすべきことを思うと、黙っているわけにもいかない。 「……これ以上、女の子とは一緒に居られないんだね」 このままでは増殖性革醒現象で持ち主の少女までに危険が及んでしまう。ペトラがそれを説明すると、ぬいぐるみは薄々悟っていたのか、チョコを咥えたまま寂しげに俯いた。 「あたし達は、キミのお手伝いと……キミを、倒しに来た。キミは、この世界にいてはいけないの」 羽音の真っ直ぐな言葉に、ぬいぐるみが黒く丸い瞳を向ける。 そこから目を逸らさず、彼女は優しく言った。 「だから、最期に……一緒に届けに行こ?」 ぬいぐるみが、こくり、と小さく頷く。そのまま羽音の腕に抱かれて、ぬいぐるみはチョコを届けることになった。ぬいぐるみが住宅街を走っていては、どうにも目立つ。 チョコの届け先――少女の想い人の家は、すぐそこだった。 呼び鈴を押してみたが、留守らしく誰も出て来ない。 ぬいぐるみが咥えたチョコを郵便受けに入れると、アルトリアがそこに手紙を添えた。 『思いの主は風邪で寝込んでいる。 憎からず思うのなら、見舞いに行ってあげるといい。 ――メッセンジャーボーイより』 「気持ち、届くといいな」 羽音の言葉に、フィネが頷く。 届け物は無事に終わった。後は、ぬいぐるみを壊すだけ。 ぬいぐるみを連れて人気のない場所に向かうリベリスタ達は、皆、一様に無口だった。 結界を張り、念のため人が近寄らないようにする。 ぬいぐるみは覚悟を決めているのか、黙ってちんまりと座っていた。 アルトリアがレイピアを構え、逡巡の後にそれを下ろす。 「……私には、出来ない」 たとえ、エリューションだとは分かっていても。こんな素晴らしい想いを持つ者を、どうして破壊できようか。 すまない、と仲間達に告げて、彼女は数歩下がった場所でぬいぐるみを見る。 手は下せなくても、その最期だけでも見届けるつもりでいた。 アンジェリカが、“ブラックコード”を手に、ぬいぐるみの前に立つ。 何を言っても言い訳にしかならない。ただ彼を滅する、自分にはそれしか出来ない。 せめて一撃で、苦しませぬように。 皆が集中を高めていく中で、蓮がぬいぐるみに問いかける。 「君の願いは叶ったかい。君の望みは叶ったかい」 ぬいぐるみは蓮を見て、迷いなく頷いた。 「だったら、それはとても、素敵な事だ――」 ――ハッピー、バレンタイン。 痛みを感じる間もなく、一瞬で。 リベリスタ達の手により、犬のぬいぐるみは破壊された。 葬識はお疲れさま、といつもの軽い口調でそう言って。ゴーレムじゃ食べた気にはなれないね、と呟く。 真独楽は倒れたぬいぐるみの傍らに屈みこみ、その体を優しく撫でた。 「ご主人のお手伝いをして、本当に偉い子だね。頑張ったね」 たとえ悪意がないと知っていても、日常を守るためにはこうするしかなかった。 「本当に、ゴメンね」 何度もそう言って、真独楽はぬいぐるみを撫で続ける。羽音も、その横から手を伸ばした。 「お休み……お疲れ様」 その様子を眺めていたペトラは、ふと思う。 届けられなかった筈のチョコが届いていて、その代わり、大事にしていたぬいぐるみが居なくなった。壊れていても、持ち主に返した方が良いのか。それとも、同じ物を――? フィネとアンジェリカがソーイングセットを取り出し、ぬいぐるみを繕い始める。サイレントメモリーでその記憶を読み取ったアンジェリカは、ただ涙を流した。 ――泣かないで。キミの想いは、必ずボクが届けてみせるから。 何があっても――絶対に、届けるんだ――。 その後、ぬいぐるみは少女の家に届けられた。 彼の想いは、少女とリベリスタ達の心に生き続けるだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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