● 「ごめんなさいね、トロ。でも、ノーフェイスは滅しなくては」 イサリは、悲しそうに言った。 「そいつがそんなになったのは、おまえのことをかばってたからだぞ、イサリ?」 イサリは、目を伏せた。 トロを、自分が殺したトロを抱いて泣いていた。 「さあ、また。明日から、トロの分まで戦わなくちゃ。早くこんな悲しいことは終わりにしましょう。大丈夫、怪我ならわたしが……」 一番先に、イサリを切ったのはあたしだった。 「もういやだ。もうやめてくれ。俺は、もう、たくさんだ」 タキの剣が、イサリのおなかを貫いた。 「おまえさえ、おまえさえ、おまえさえ、なおさなければっ!」 白い羽根が、宙を舞った。 骨がひしゃげる音がした。 トモシの銃底が何度も何度もイサリの頭を打ち据えて、中からなにかはみだした。 ざまあみろとは思わなかった。 悪気がないのはわかってたし、とっても優しくしてくれたし。 嫌いじゃなんか、もちろんなかった。 でも、いつか、こうなる日が来ると思ってた。 だって、もう聞きたくなかったんだもの。 『怪我なら、わたしが治して差し上げますわ。皆さん、どうぞ存分に戦ってくださいね!』 イサリがいなかったら、あたしもタキもトモシもとっくに死んでる。 さっき、トロがフェイト使い切っちゃうことになったのも、トロより先に死んじゃいそうだったあたしを優先してくれたから。 でもね。 もう、いやなの。 切られたら、痛いの、つらいの。 休みたいの。 一日でいいから、休みたかったの。 毎日毎日毎日毎日、死ぬのは、本当に本当にいやだったの。 「イサリ、もうあたしたちのことはほっといて。このまま死なせて。もう癒したりしないで」 ● 「E・フォースの討伐」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、短くそう言った。 「とあるフリーのリベリスタチームが戦闘後、全滅した。結果、E・フォースが発生。速やかに排除」 戦闘後とはどういうことだ。と、リベリスタの一人が質問した。 実際リベリスタチームの全滅というのは、少ないことではない。 フリーのチームでは、特に。 しかし、戦闘で相討ちならまだしも、全滅とは穏やかではない。 「戦闘終了後、五人パーティーの一人のフェイトが尽きた」 一瞬、ブリーフィングルームが水を打ったように静かになった。 「原因は、慢性的な重傷・復活を繰り返したことによる欠乏。さらにその原因は、彼が護衛要員だったため」 そのパーティーの中で、彼は経験の少ない新米だった。 だから、中衛。 パーティーリーダーの癒し手をかばうのが彼の仕事だった。 実際、彼女はパーティーにとって貴重な存在だったから。 「すごく生真面目な。エリューションは世界から抹殺するのが生き甲斐みたいな。天啓を受けた熱狂の元に戦ってる人」 が、適性が彼女を裏切る。 彼女の手には、癒しの技だけ。 「癒し手一筋というか、癒すことしか考えてないというか。自分に宿った神秘の全てを癒すことに注ぎ込んでいるような……」 すごい癒し手がいるから、多少の無理が利く。 無理が利くから、パーティーの手に余る敵と戦う。 甚大な攻撃に、更に癒し手は自分の魔力や技を強化する。 他のこと、例えば自分の体を鍛えることは二の次だ。 やがて、それが目的になる。 より高い魔力を。より高度な癒しの技を。 大丈夫。どんなに怪我をしても、わたしが治してあげるから。 明日も戦場に行きましょう。あさっても戦場に行きましょう……。 怪我のことなら心配しないで。 ナオシテアゲルナオシテアゲルナオシテアゲルナオシテアゲル。 「以下、悪循環。心身が治りきらないうちに戦闘戦闘また戦闘。非常にフェイト消費が激しいチームの出来上がり。それでも、結構うまくいってた。パーティーの練度は相応のものだったし」 イヴの無表情は変わらない。 「フェイトが尽きた彼は、死ななかった。ノーフェイスとなった。その状況を確認するや、癒し手は、彼を射殺した」 ノーフェイスは、滅しなくてはならない。必ず。例外なく。 (彼が死んだのは、彼女の癒しが十分ではなかった証明だ) 彼女にとって、それはひどくおぞましいもので、我慢できない存在だったのだ。 「ここで、パーティーメンバーは気がついてしまった。永遠に自分達には安息がこないだということ。このパーティーにいる限り、戦って戦って戦って戦って、フェイトがなくなったら、化け物として殺されるのだと」 イヴは言葉を切った。 「誤解だったかもしれない。きちんと話し合えば回避できた事態だったかもしれない。でも、回避できなかった。これが事実。もう起きてしまった過去。覆すことは出来ないこと」 パーティーリーダーは、戦闘終了後、メンバーに撲殺された。 あっけなく。 そして、残った三人はお互いを死なせあった。 もう、彼らの心はとっくに死んでいたのかもしれない。 「対象は、このパーティーの残り三人から生まれた妄執。癒し手に向けられている。戦闘になったら、癒し手は最優先に狙われる」 注意して。と、イヴは、付け加えた。 「成仏とか、昇天とか、浄化とかは別次元の問題。みんなが倒すのは、妄執。説得とか無駄だから」 これ以上の悲しい思いはいらない。 「無事に帰ってきて。怪我しなくても、心は傷つくんだから」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月14日(火)23:28 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● リベリスタを出迎えたのは、五つの死体。 少年少女の死体の中に、一つだけ混じる大人の女。 頭を叩き潰された、30歳手前くらいのシスター服を着た女。 デュランダルと思しき長剣を持っていたのは、中学生くらいの男の子。 血まみれのライフルをぶら下げているのは、高校生くらい。 そして、鉄の爪を地面に突き刺して慟哭しているソードミラージュは、まだ年端も行かぬ少女だった。 「……もう終わっている出来事ではあるが 改めて終わらそう」 『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)は、遺体に向かって十字を切ると意識を戦闘思考に切り替える。 「成程、それで彼等は永い休暇を取ったわけね。お勤め御苦労様、ゆっくり休んでね」 『紅瞳の小夜啼鳥』ジル・サニースカイ(BNE002960)は、なげやりな口調で言った。 「まーほら、表の世界の軍隊もけっこー心病んで除隊する兵隊多いらしいわよ。結局の所、何の報いも無く延々殺しあいなんて人間のメンタリティじゃ無理なのかしらね」 気持ちは分からなくもないけど。と、付け加えるジルの横に、左目を眼帯で覆った傷だらけの小さなシスターが立つ。 「甘えるな」 ぼんやりと自分の死体を眺めているE・フォースに、言葉を浴びせた。 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)が言いたいことは、たった一つだけだ。 「守ってもらう側だから、人のこと言えた道理じゃないけど。癒し手の存在に甘えて、パーティーに負担を掛けてたのは一緒だろうに」 まったく同じ顔ぶれということは、今のアークのシステムではありえない。 一期一会の関係は、チームとしての練度は望めない反面、常に緊張と自浄作用をもたらす。 毎日同じ顔を突き合わせて、戦い続ける固定チームの共依存。 「残念無念、ご愁傷様」 『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は、言い放つ。 (貴方達のリーダーは福利厚生ってどうして存在しているのか知るべきだったわ。疲れ果て死んでしまった貴方達に言うべき言葉ではないとは思うけれどね) 「でも、リーダーにその事を伝えられなかったのは、貴方達の落ち度」 みんな、イサリが好きだった。 だから、イサリを困らせるようなことは言えなかった。 それが落ち度というなら、間違いなく落ち度だ。 イサリを信じられなかったのだから。 不信は、死に至る罪だ。 『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)の機械化した頭部から小さな光が瞬く。 (癒し手一筋か、私も能力的には似たようなものだから考えさせられるケースだな) 自己分析中。 (火力は、他の後衛と同じか少し低いくらいで、精度ではさらに酷い。防御面についても前衛ほど耐えられず、後衛の中でも避けられない部類に入る) 癒しの技は、よっぽどのへまをしない限り確実に発動する。 だから、癒し手はその制度より威力を増すことに神経を集中させる。 (そもそも癒すという行為が他者無しには成り立たない。自己回復しかしない者、出来ない者を癒し手とは呼ばないだろう。他力本願の卑怯者と思う者がいても不思議ではないだろう) 攻撃手段を持たない癒し手が敵性神秘存在と対峙するときは、それを倒してくれる「誰か」が必要になるから。 「誰か」を生かして、戦い続けられる状況を維持させるために存在するのだ。 そうされなければ、殺されるから。 (ヘクスの役目は大事な人を守ることです。作戦の要になる人であったり、今回守りきるべき人であったり……様々ですが確実に言えるのは、癒し手は必要であると言うこと。それだけですね。あなた達が癒し手を執念で攻撃するのであればヘクスはそれをすべて防ぎます) 『絶対鉄壁』ヘクス・ピヨン(BNE002689)は、瞳の横に立った。 「ナナにはよくわかんないの。毎回優秀なホリメさんがいて、こんなボロボロになるまで敵と壊し合い出来て、不満に思う事なんてないと思うの」 痛いとか辛いとか怖いとか疲れたとか。 負に属する感情や衝動は、『Unlucky Seven』七斜 菜々那(BNE003412)の理解の辣外だ。 菜々那にとっては、欠落した部分を埋める破壊衝動を抑えることなく発揮できたであろう理想の場所に思える。 「うーん、まいっか。きっと色々あるの」 偏見もない菜々那にとっては、理解できなかったからどうこうという話ではない。 理解できないまま受け入れ、打ち砕く。 ● 突っ込んでくるソードミラージュ・アカリを糾華が体でブロックする。 足元から湧き上がってくる自身の影が、糾華に寄り添う。 『あたしもそうだった。ずっとそういうふうに戦ってた』 糾華より幼く見える少女。 その体に刻まれた多くの傷が糾華に見えただろうか。 唯一の癒し手である瞳の回りに、ヘクス、雷慈慟。 射手として、杏樹、リゼット、ジル、菜々那。 突出した楔の先端である糾華に、音速を載せた刃が突っ込んでくる。 切り裂く獣の爪も、本物はアカリの死体と一緒に転がっている。 これは、アカリの死念の塊。 糾華の黒いドレスのレースのフロントが、ずたずたに引き裂かれる。 深い傷を負った糾華の傷に温かな風が吹く。 ふさがっていく傷。 『斬られたら、とても痛いのに。癒し手はまだまだ戦えって言うのよ?』 糾華の血で真っ赤に染まる非実体が言う。 『動けなくなるまで戦えって言うのよ』 「……癒し手」 ふふんと、『イノセントローズ』リゼット・ヴェルレーヌ(BNE001787)は失笑した。 「心の疲れも癒せないなんて、リーダーとしても癒し手としても失格なのですよ。それを気付かせられなかったあんた達も。その結果が、運命にも見放され仲間も信じられなくなった、そのだっせー姿」 可憐な姿を見事に裏切る毒舌だ。 「当然の報いと言いたい所ですが……まぁレクイエムくらいは歌ってやるですか」 リゼットのレクイエムは、カードの道化が歌うもの。 スターサジタリー・トモシの肩から血の華が咲く。 飛び散った血が地面に落ちずに風に消える。 すれ違いに飛んでいく魔弾が、瞳に向けて飛んでいく。 (ほとんどの敵がブロックされてしまってヘクスの方まで攻撃が飛んでくるのか少し疑わしいですがね) ヘクスの思惑は見事に崩れ去る。 全員の認識が、少しずつずれていた。 ソードミラージュの前に糾華が飛び出していったが、デュランダル・タキとスターサジタリー・トモシは野放しだ。 遮蔽物もない絶好のポイントから打ち出された魔弾は、鉄壁のヘクスといえども完全に防ぎきることは出来ない。 体を突き抜けて行った魔弾の跡から、噴水のようにヘクスの血が吹き上がる。 かばわれた瞳は、歯を食いしばる。 今、舌の上に詠唱を載せることはできない。 『イサリは運動オンチでさ。リベリスタなのに、そもそも大人なのにおかしいだろ? 何にもない所で、よく転ぶんだよ』 風に乗って、トモシの声が聞こえてくる。 『そうやって、よけるの下手なイサリをみんなでかばったよ。アカリが、まだ小さいのにかわいそうでさ』 あははと、死んでしまった高校生が笑う。 『イサリが泣くんだよ。ごめんなさいって。仕方ないじゃねえかよ。守ってやんなきゃ、イサリが死ぬんだから』 ● 癒し手は、時に非情の決断を迫られる。 例えば、味方に複数の重篤の負傷者がいた場合。 複数を癒す選択をしたら、どちらかが次の敵の攻撃の強さ如何で戦闘不能になるかもしれない。 どちらも生き残るかもしれないが、どちらも倒れるかもしれない。 では、強力な単体回復を選択をしたら? 片方は生き残れるだろう。もう片方は、確実に倒れる。 では、今、敵を倒そうとしている方と、自分をかばっている方、どちらを癒す? 敵を倒せれば、それでいい。 だが、自分が倒れたら、全滅だ。 秤にかけなくてはならない。 考えなくてはいけない。 瞬きの間に。 呪文を選択し、詠唱しなくてはならないのだ。 それが、チームの結果として降り積もる。 仲間の体に残る傷、心に残る傷。 何もかもが、責める。 自分のために身を投げ出してくれる、『治してくれてありがとう』と言ってくれる仲間に、どうして泣き言が言えるだろう。 振り払うため、戦場へ、戦場へ、戦場へ。 (戦っているうちに死ねれば、もう戦わなくてもいいのだから) 消えてなくなりたかったのは、癒し手も同じ。 だから。 彼女に妄執などない。 どうせ死ぬなら、化け物にではなく、仲間の手にかかることが、彼女の望みだったのだから。 ● 瞳は、ひたすらに詠唱を続けていた。 口は詠唱を続けていたが、呪文の選択も、対象も、行き当たりばったりだった。 (「目の前で人が死んでいくのを見たくない」という個人的な感情と感傷がこの道を選んだ理由) しかし、現実は凄惨だ。 漫然と技を弄するならば、そこに隙が生じ、戦線は瓦解する。 三体のE・フォースに、リベリスタが八人が差し向けられた理由。 彼らが壊滅した理由に、彼らの見せた心の弱さに気をとられすぎて、彼らの戦闘能力を見くびってはいなかったか。 癒し手を最初に狩るために、彼らは連携していた。 前衛を足止めし、かばい手を弱らせ、必殺の一撃を叩きつける。 タキの幅広の刃が、リベリスタ達を間合いに捕らえる。 ヘクスは再三のトモシのアウトレンジからの狙撃を阻止し続けていた。 雷慈慟が、瞳の前に飛び出す。 タキの刃は瞳に振り下ろされることはなかった。 頭上で旋回する剣風が、後衛に陣取っていたリベリスタに襲い掛かる。 それでもリベリスタは倒れない。 「回復手を守護する! そう 同じ事だ!」 体の半ばをえぐられた雷慈慟がそう言った。 いや、倒れていられない。 『俺たちもそうやって、戦ってきたよ。おまえらもじきに俺達みたいになるんだ』 もう死んだ男子中学生が、傷つきながらも戦うことをやめないリベリスタに呪詛を吐く。 「……勘違いするんじゃないです」 風が荒れ狂ったあと、体のあちこちにどす黒いあざをこしらえながらも、リゼットは恩寵をよすがに 立ち上がる。 「これはあんた達を倒す必要最低限。無理して運命にも見放されるほどアホタレじゃないですよ、リズは」 運命の恩寵は、世界から逸脱した革醒者にとっての免罪符だ。 失ったとたん、世界の敵として、先ほどまで共に肩を並べて戦った仲間に狩られる。 そして、使っている本人は、いつそれを完全に失するかは分からないのだ。 必要最低限と言っているリゼット本人とて、それが「最後の一つではない」と確言は出来ない。 それでも、燃やして戦わねばならないときがある。 瞳が召喚した福音がリベリスタの傷を癒すが、あまりの傷の深さに全快には遠く及ばない。 甚大な被害。 かばわれていた瞳は、無傷だ。 瞳だけは、無傷だ。 癒し手にとって、最も忌避すべき事態だ。 『癒し手なんて、みんなそんなだよ』 強い言葉と裏腹な陰鬱な表情。 「以前言われた事がある」 雷慈慟が、タキを見据える。 「回復しか出来ない自分が辛い。救って欲しいのは、癒して欲しかったのは……実は回復手の心なのではないだろうか」 もしも、彼らがまだ生きていたなら。 ひょっとしたら、何かが変わる一言だったかもしれない。 もしも、生きているうちに彼らに出会えていたなら。 彼らはおずおずと手を取り合うことが出来たかもしれない。 『癒し手なんて、みんなそんなだよ』 繰り返される同じ言葉。 何を言っても、もう変わらない。 彼らはもう終わってしまった。 終わったときの割り切れない気持ちがどこにもいけずに残っている。 だから、リベリスタが来たのだ。 本当に終わらせるために。 ● リベリスタは戦い続ける。 体から血を流しながらも、その動きは止まらない。 リゼットの道化のカードは、虚ろに笑い続けるトモシの体に突き刺さり、そのたび体が消し飛んでいく。 すでに頭は吹き飛び、腹も足も大穴が開き、かろうじて形を太持っているのは、ライフルとそれを支える両腕、引き金にかかっている指ばかり。 (その妄執も痛みも、全部置いて神様に説教してもらってくるといい) 巨大なクロスボウから放たれた断罪の矢が、不吉に付きまとわれた哀れな射手を粉々に消し飛ばす。 「おやすみ。向こうでは、ちゃんと仲良くするんだぞ」 「そんなに癒されるのがキライならナナが痛みを与えてあげるの」 菜々那は痛みを感じない。 S字の双刀を組み合わせて弓とした菜々那は、己が痛みで亡霊を殺す。 「ナナが感じない分の痛みがあなたに飛んでいくの。痛いの痛いの飛んでけー!」 感じられることのない痛みは刷毛口を求めて、アカリの半身を吹き飛ばす。 人を呪わば穴二つ。 呪いは菜々那のむき出しの腕をたち割るが、菜々那は何も感じない。 「大丈夫だよ」 いっそ晴れやかな、屈託のない明るい笑顔。 「ナナの手でおやすみなさいさせてあげるからもうちょっと待っててね。二度と苦しい目に遭わないように壊してあげる」 コワシテアゲルコワシテアゲルコワシテアゲルコワシテアゲル。 アカリが、叫ぶ。 『ひどいよひどいよひどいよ、イサリ。あたし達には立ち上がれって言ったくせに。どうしてあの時フェイトを使ってくれなかったの。『ごめんなさい』も言わせてくれないなんて――!!』 少女の心残り。 同じく少女の糾華が贈り物でもするように、そっと獣の爪をつけたアカリの手に蝶を模した刃が止まる。 「お疲れ様、安らかにお休みなさい。さよなら」 爆散。 千々に千切れた想いは、風に吹かれて、壊れて散った。 剣風が、杏樹を、リゼットを、雷慈慟を、菜々那を、そしてついにヘクスを吹き飛ばした。 流れ落ち、地面に滴り続けていた血が、ヘクスの命を削り続けていた。 「その程度ですか? 仲間を壊し、自分をも壊した執念は……そうですか。では絶望して消えると良いですよ……この扉を越えればすぐですよ。さぁ、砕いてみてください、この絶対鉄壁を!」 ヘクスは、まだ砕けていない! 高らかに叫ばれる鉄壁の誇りが、そのまま地に伏すを良しとしない。 「痛くないから、へーきなの」 肉体の悲鳴も、菜々那には届かない。 「なんかわかっちゃったの。この人達を治してた人も、きっとナナと同じ気持ちだったの」 菜々那は、明るい笑顔でタキに黒いオーラを飛ばす。 「苦しみを与えるって意味じゃ、壊すことも治すことも一緒なの。だけどナナもホリメさんも別に相手を苦しめたくてやってるんじゃないの」 弱らせられた中学生にリベリスタ達が襲い掛かる。 「楽しいからやってるだけなの」 『癒し手なんて、みんなそんなだよ』 「世界だけではない 我々には我々の……仲間をも守るべき戦いだ!」 雷慈慟の気糸が、ジルの気糸がぎりぎりと怒りに囚われたまま死んだ中学生の念積体を縛り上げる。 『癒し手なんて、みんなそんなだよ』 リゼットの道化のカードが、少年の妄執を、言葉と一緒に霧散させた。 ● 「改めてアークにいると恵まれてるんだな、と実感する。アークの人材の豊かさと、帰る場所のある安心感は心強いな。ある程度まとまって動けるから、カバーが効くし。助け合える」 杏樹は、自分の属する環境のありがたみを再認識した。 「人並みの供養をさせてあげたいわ。彼らにも、人としての生活があったでしょうし」 糾華は、五つの遺体に別働班が駆け寄っていくのを見つめている。 「処理等は、別働班にお任せしても大丈夫だとは思いますけどね……それ以外のゴミ拾いはしておいた方がいいでしょう」 ヘクス自身も怪我をしている。 それよりも自分以外の怪我人が気にかかる。 リゼットが担架で運ばれていった。 (そのうちそっち行くから、そん時はよろしくね、先輩方) 無意識下に死地を求める傾向にあるジルにとって、彼らの存在は『近い』ものなのかもしれない。 「皮肉でも何でもなく、真理じゃない? 昔から言うでしょ、死は概ね全ての問題を解決するって」 死体袋に詰められていく『リベリスタ』を見ながら、ジルは素直にそう言った。 「明日は我が身か……。貴君等を忘れる事は無いだろう」 雷慈慟は、小さく呟いた。 「改めて言うわ。お疲れ様、安らかにお休みなさい」 糾華は、最後の言葉を手向けた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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