●涙雨 ――俺は、別に死にたいわけじゃない。生きる理由が、見つからないだけなんだ。 あの事故で家族を一度に失ってから、ずっと考えていた。 どうして、生き残ったのがよりにもよって俺だったのか、と。 別に、俺じゃなくても良かったはずだ。 ガキの頃から喧嘩ばかりで、中学の頃はグレて荒れまくって。 家族に迷惑ばかりかけていた俺みたいな奴こそ、真っ先に死ぬべきじゃないのか。 たまたま気紛れで家族旅行に付き合っただけの俺が、一人だけ生き残るなんて。 世の中、本当に間違ったことだらけだ。 事故現場は、まだ通行止めのままだった。 今更、こんな所に来たところで、何かが変わるわけじゃない。 家族は皆死んで、俺だけが生きている。それが、今ある現実だ。 雨足が、急に強くなる。 べたべたと纏わり付く雨が、ひどく鬱陶しい。 そして、ふと顔を上げた時――俺は、自分の目を疑った。 一体、これは何の悪い冗談だ。 親父にお袋、祖母さんに妹。死んだはずの家族が揃って、俺の前に立っている。 いや、それだけじゃない。よく見れば、目の前はあの事故で死んだ連中で埋め尽くされていた。 皆が皆、死んだ魚のような目をして、俺に襲いかかろうとしている。 腹の底から、笑いがこみ上げた。 そうか、そういうことか。 俺みたいな奴が、家族と一緒に死ねるわけがなかった。 家族の亡霊と殺し合いを演じて、独り泥にまみれて死んでいけと言うんだな。 ――上等だ。地獄の果てまで、付き合ってやる。 ●命が尽きる、その前に 「悪いが、急ぎの任務だ。ブリーフィングが終わり次第、すぐに出発してくれ」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)はそう言って、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に説明を始めた。 「敵はエリューション・フォースがしめて二十一体。以前、山の中の急カーブでタンクローリーと観光バスの衝突事故があったんだが……こいつは、その犠牲者の思念がエリューション化したものだ」 と言っても、人格や記憶などはほとんど残っていないのだという。突然に命を失った無念と、まだ命あるものへの嫉妬だけで、彼らは動く。 「現場は、今も言った山の中の急カーブだ。事故の影響で通行止めのままだから、一般人が来ることはない。だが、革醒した人間が一人いる」 言葉を区切り、数史は手の中のファイルをめくる。やや固い口調で、彼は続けた。 「革醒者はヴァンパイアの覇界闘士。十七歳の少年で、ガントレットを装備している。そして――彼は、例の事故におけるただ一人の生存者だ」 致命傷を負いながらも、革醒しフェイトを得たことで助かったのだろうと、数史は言う。 「……現れたエリューション・フォースには、この少年の家族の思念も含まれている。急いで現場に向かい、その命を救ってやってほしい」 数史はそう言って、リベリスタ達に頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月11日(土)23:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●生還者の名 降りしきる雨の中、少年は己に迫る“家族”の姿を見据えていた。 ガントレットに覆われた拳を握り、両腕で構える。 望まぬ生還を果たし、最期に待ち受けていたのは“家族”と殺し合う運命。 それもまた、自分には似合いなのだろう――。 自嘲の笑みを浮かべ、一歩踏み出そうとしたその時。 こちらへ近付いて来る複数の足音が、少年の耳に届いた。 振り向けば、武器を手に駆け寄る十人の男女の姿。彼らが、自分と同じく“普通の人間”でないことは、すぐにわかった。 「……誰だ、あんたら」 少年の問いを、『銀猫危機一髪』桐咲 翠華(BNE002743)が手で制する。 「言いたい事なら、後で聞くわよ? 今は、こっちの相手が先ね」 彼女はそう言って、少年とエリューション・フォースの群れの間に自分の体を割り込ませた。 「おい、何を……!」 少年が、思わず声を上げる。『罪人狩り』クローチェ・インヴェルノ(BNE002570)はその近くに立つと、足元から影を伸ばしながら語りかけた。 「私はクローチェ・インヴェルノ。貴方の名前は?」 「訊いて、どうするんだ」 眉を寄せる少年に、クローチェは「名前を知らないと、貴方の事呼びづらいから」と答える。 少年は「変な奴」と言って目を逸らしながらも、彼女に名乗った。 「……井崎康孝(いさき・やすたか)だ」 その様子を眺めながら、『執行者』エミリオ・マクスウェル(BNE003456)が迫り来るエリューション・フォースを暗黒の瘴気で迎撃する。彼にとって、クローチェは大切な人だ。万一の時は、身を挺してでも守るつもりでいる。 「――さて、始めるとしますか」 口元にいつも通りの微笑を湛え、明神 暖之介(BNE003353)が己の足元から影を伸ばし、少年の近くに立った。慣れない安全靴に「好かぬのじゃがな。コレは」と顔を顰めつつ、天仙院・樟葉(BNE003340)が印を結んで防御結界を展開する。突出しないように気を配りながら、『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)が神聖な力を秘めた剣を振り下ろし、手近な敵に斬りつけた。同時に、彼女は康孝と名乗った少年の心情を思う。 (独り生き残ってしまった、というのは……辛いものです) 何故自分が、自分だけが。生き残った者は、どうしてもそういう思いに囚われる。 そこから立ち上がっていくのは、決して簡単な事ではない。 「――家族の亡霊相手に殺し合いとはゲスな死に方だな。他人事とはいえ、そんなんは流石に見過ごせねぇわ」 吐き捨てるように言って、緋塚・陽子(BNE003359)が死神の大鎌を手に敵陣に切り込む。彼女は軽やかなステップを踏み、大鎌を振り回してエリューション・フォースを次々に斬りつけた。 「なんの運命のいたずらか。……こりゃあ精神的によくないだろうね」 やや後方に自らの位置を定め、死者の姿を映したエリューション・フォースに暗黒の瘴気を撃ち出した『テンシサマ』夜乃神 璃杏(BNE003413)が、“家族”と対峙する康孝を見た。ただ一人生き残り、事故現場で“家族”を含む死者の思念に襲われる。それは、少年にとって酷な仕打ちだろう。 「つまらないわね」 一方、『bloody pain』日無瀬 刻(BNE003435)は、形の良い唇に指を当て、面白くなさそうに呟いた。折角、叶わないはずの再会を果たしたのだから、“家族だったモノ”と殺しあう悲劇を嘆き悲しんで欲しいのだが――どこか諦観したような康孝少年の態度は、彼女にとって物足りない。 まあ、それならそれで、楽しみは別にある。刻は己の生命力を糧に暗黒の瘴気を呼び起こし、康孝の“家族だったモノ”に向けてそれを解き放った。 ●鏡像に重ねて 無念につき動かされるエリューション・フォースが、群れをなして襲い掛かる。中でも、康孝の“家族”と思われる四体――両親と祖母、そして妹――は、近くにいるリベリスタを無視して彼に迫った。 「この子と遊ぶ前に……まずは、私が相手してあげるわよ?」 康孝の前に立ちはだかった翠華が、次々に伸ばされる冷たい手を己の身で受け止める。直接命を削られていく苦痛が、彼女を襲った。 エリューション・フォースは二十一体。対するリベリスタは、康孝を含めても十一人のみ。前衛で敵を惹き付けようと、後衛に流れてしまうものはどうしても出てきてしまう。程度の差はあれど、翠華に庇われる康孝を除く全員が攻撃に晒されていた。 氷の如く冷たい手が生命力を削り、無念に満ちた叫びが精神を揺さぶる。堪らず何人かが混乱に陥ったが、ユーディスは己の固い決意をもってこれに耐えた。混乱で同士討ちにならないよう、すかさず神々しい光を放って仲間達の心を鎮める。 (……正念場ですね、彼にとって) 翠華に庇われている康孝が、死者の叫びで我を失うことはない。しかし、だからこそ、彼は“家族”を含む死者たちの声を、嫌でも聞くことになる。 遅かれ早かれ、壁は乗り越えなくてはならない――その為に出来る限りを尽くそうと、ユーディスは眼前のエリューション・フォースを見据えた。 クローチェが、刀身に赤い十字架が刻印されたダガーを閃かせて踊るようにステップを踏む。彼女を囲むエリューション・フォースに、赤い傷が次々に穿たれた。本来は、康孝の“家族”から先に狙いたかったのだが、彼らが既に康孝に接近している以上、この技では巻き込んでしまう危険がある。もしもの時は庇いにいける距離を保ちつつ、彼女は先に周囲の敵を減らすことを選んだ。 (運命は時に残酷で、哀しい物語を紡ぎ出す――でも、彼をこのまま家族の元へ送るわけにはいかないわ) 悲惨な事故に巻き込まれながらも、運命を得て助かった命だ。必ず、救ってみせる。 「――生きて居ればこそ、出来ることはあります」 小鳥遊・茉莉(BNE002647)はそう言って、自らの血液を媒介に生み出した鎖を戦場に解き放った。黒き濁流と化した鎖が康孝と、彼を庇う前衛たちの周囲にいる敵を呑みこみ、動きを封じていく。辛うじて鎖から逃れた“家族”の一体を、暖之介が全身から放つ気糸で絡め取った。 「ま、なんにせよ早いこと狩って助けないとねぇ」 璃杏が、赤く染まった大鎌を眼前の敵に振るい、活力を奪う。後衛であるはずの彼女や刻も、既にエリューション・フォースに接近され、近接攻撃の間合いに入っていた。 刻が煩そうに手を払い、自身に迫る敵と、少年の“家族”の一体を暗黒の瘴気で包む。 「期待していたよりは少し退屈かしら」 エリューション・フォースたちが放つ、理不尽を嘆く怨嗟の声。彼女にとって気持ちが良いものの筈なのに、いまいち心に響いてこない。もともと無念を振りまく存在として生まれた者の嘆きなど、呼吸とそう変わらないのだろうか。 「――当たるも八卦当たらぬも八卦、今回はどれだけ当たるか運試しと行くか」 単身でエリューション・フォースの群れに突入した陽子が、少しでも敵を減らすべく大鎌を豪快に振り回す。これだけ敵に囲まれていれば、碌に狙いをつけずとも何体かに当たることは当たる――が、それは同時に、彼女に攻撃が集中するということでもあった。冷たい手が次々と命を奪い取る感覚に、彼女は大きく舌打ちする。 ひたすらに生者に群がろうとする死者たちの思念。それを眺め、樟葉が切れ長の目を細めた。 「毎度の事じゃが……死者のエリューション・フォースというのは哀れじゃな」 命尽き果て、存在が失われてもなお、無念につき動かされるものたち。それが、家族であった者を手にかけようとするのであれば、なおの事――断じて、見過ごすわけにはいかない。 「この天仙院樟葉。必ずや少年の命……守ってくれよう」 そう言って、樟葉は康孝の“盾”となり彼を守る翠華に向け、癒しの符を放った。 リベリスタ達の猛攻により、エリューション・フォースは次第に数を減らしつつあった。康孝の“家族”のうち、母親と祖母が姿を消す。康孝が、火傷の痕が残る顔を僅かに歪めた。かつての“家族”が跡形もなく消えていく様を見て、思うところがあったのだろうか。 彼は父親に向けて燃え盛る拳を打ったが、呆気なく避けられてしまった。反撃とばかりに伸ばされたエリューション・フォースの手を、翠華が受け止める。 「何があっても、倒れさせないわよ。……絶対にね?」 そう言って笑った翠華の顔は、既に蒼白に近かった。康孝を庇えば、攻撃をその身で確実に受けることになる。防御を無視して命を削る手を立て続けに喰らえば、いかに癒しの援護があろうと、ダメージは確実に蓄積していく。 「どうして……そこまでするんだよ」 自分を庇い傷つく翠華を見て、康孝の表情が大きく歪んだ。翠華はそれに答えることなく、ただ微笑みを返して再び敵へと向き直る。 彼に言葉をかけるのは、この戦いが終ってからだ。 ――昔の事なんて、ほとんど覚えてないけど。 それでも……私に似てる気がするのは、気のせいじゃないわね? ●殺戮する者 無念を振りまくエリューション・フォースの呪いを、ユーディスの放つ光が打ち払う。 彼女は肩越しに、康孝に向けて語りかけた。 「あの苦しみから彼らを救う事は、生きている私達……そして貴方にしか出来ません」 “家族”と、もとは人間であったはずの彼ら。それと戦うのは、心に痛みを伴うことだろう。それでも――ユーディスは彼に、少しでも前向きにこの戦いに向き合って欲しかった。 「解放しましょう、彼らの想いを。死んでなお苦しみ続けるなんて……あんまりでしょう」 その言葉に、康孝が黙って頷く。彼の表情に覚悟を見て取ったクローチェは、全身から気糸を放って、康孝の父親を絡め取った。 実力的にも、心情面においても、康孝が“家族”に攻撃を加えるのは厳しいように思える。だから、最初はそれを止めるつもりでいたが――彼自身が、その決着を望むのならば。 「貴方にも、生きていく理由はある。それはきっと、この戦いの中で見つかるわ」 康孝の拳が今度こそ父親を捉え、全身を炎に包む。 その横から、彼の妹が白い手を伸ばした。 『お、にい、ちゃん』 抑揚のない声で、妹が兄を呼ぶ。直後、暗黒の瘴気がその体を喰らった。 一思いに殺すのではなく、惨たらしく残酷に。渦を巻く瘴気が少女の体を蝕み、塵へと変えていく。 康孝は、その一部始終を目に焼き付けた。妹が二度目の死を迎え、消えていくさまを。 瘴気が放たれた方向を振り返った彼が見たのは、美しい顔に嗜虐的な笑みを浮かべる刻の姿。 「お気に召していただけたかしら?」 「お、まえ……!!」 怒気を露にする康孝に、刻は満足げに笑いかける。彼女が望んだのは、剥き出しになった少年の感情――そのためなら、恨まれようと一向に構わない。その怒りや恨みこそ、彼の生きる目的になるかもしれないではないか。 「気持ちはわかりますが、まだ戦いは終わっていませんよ」 炎に包まれた父親に影のオーラで一撃を加え、それを打ち倒した暖之介が、落ち着いた口調で康孝を嗜める。大分数を減らしたとはいえ、まだ敵は多く残っていた。 拳を握り、唇を噛んで残るエリューション・フォースに向き直る少年を見て、璃杏が「心が折れて発狂したりしないだけましかね」と呟く。そのまま彼女は、残る敵に向けて再び暗黒の瘴気を撃ち出した。己の生命力を代償とするこの技は、璃杏自身にも負担が大きいが――少しくらいの無理は覚悟の上だ。そして、一人で複数のエリューション・フォースを相手取り戦い続ける陽子も、攻撃のみに全ての神経を集中する。切り込んだ以上は乱戦、意識して攻撃をかわすことは難しい。 「――運が良けりゃかわせるだろうし、そっちの方がオレらしいわ」 そう嘯いた陽子ではあったが、やはり突出した代償は大きかった。ほぼ全員の攻撃が康孝の周囲に集中したことで、彼女のように離れた場所で敵を引き付けた者のフォローが追いつかなかったのである。 自分を囲むエリューション・フォースに触れられ、立て続けに生命力を削られた陽子の体が大きく傾ぐ。砕けかけた膝を、彼女は自らの運命を燃やして強引に支えた。人生は博打、彼女にとっては己の運命すらもチップの一つ。 そして――ここに来て、康孝と二人分の攻撃を受け続けてきた翠華もまた、限界を迎えた。強い決意と意志が、遠ざかった意識を運命の手で引き寄せる。 「私には、やる事があるからね……そう簡単には、倒れてあげないのよ?」 立ち上がった彼女を、樟葉が癒しの符で支える。損害は大きいが、敵の数も当初の三分の一まで減っていた。あと少し。ユーディスがエリューション・フォースの首筋に噛み付き、その命を吸い尽くす。ここまでずっと防御に徹していた翠華が、彼女の恩人が使っていた投擲用ナイフを初めて構えた。 「ココからは、私も攻撃に参加させてもらうわよ」 連続して放たれたナイフが次々にエリューション・フォースを貫き、既に傷ついていた二体を撃ち倒す。暗黒の瘴気に蝕まれた自らのダメージを確認しつつ、刻が凄絶な笑みを浮かべた。 「体も温まって来た頃でしょうし、最期の締めといきましょうか」 彼女はそう言って、己の痛みをおぞましい呪いに変えて解き放つ。それを喰らったエリューション・フォースは、痛みにもがき苦しみながらこの世から消滅した。 残るは三体。暖之介が影のオーラでエリューション・フォースの頭部を撃ち、璃杏が放った暗黒の衝動が別の一体を貫く。自らも前で戦おうとする康孝の背は、樟葉の癒しの符が支えた。 「ここまで来て死なれてはかなわぬ、あまり無茶をするでない」 残る一体に向けて、クローチェが駆ける。オーラで作られた爆弾が炸裂した瞬間――最後のエリューション・フォースがこの世から消えた。 ●繋がる道 敵の全滅を確認した後、陽子はすぐに踵を返した。事故現場に供える物は持っていないし、家族を失った少年に生きる理由を諭すのも趣味ではない。命は救ってやった、自分にできるのはそこまでだ。 複雑な表情で立ち尽くす康孝に、翠華が声をかける。 「聞きたい事があるなら、お姉さん達が聞いてあげるわよ?」 「あんた達は……何者なんだ」 低い声で問う康孝に、クローチェは自分達が『アーク』という組織に属するリベリスタであることを告げた。続けて、樟葉が口を開く。 「運命の寵愛を得た命。無駄にするでないぞ。己が何故生き延びたのか……良く考え、生きるのじゃ」 今更、この場で死ぬなどとは言わないだろうが、できれば、今後は自分達と同じリベリスタとしての道を歩んで欲しいと思う。 暖之介も、穏やかな口調で語りかけた。 「私には妻と子供達が居ますし、両親も居ました。『何故自分だけが』と思ってしまう気持ちも、ご家族が『貴方が生き延びてくれて良かった』と思うだろう事も理解出来ます」 眉根を寄せ、視線を伏せた康孝を見て、暖之介は思う。“不幸な事故”で片付けるには、あまりに辛すぎる出来事だ。頭で理解できても、感情はまだまだ追いついてはいないだろう。 だから、彼はただ一言こう告げた。 「貴方を死なせたくなかった、それだけですよ」 その言葉に、康孝が顔を上げる。そこに、クローチェが言葉を重ねた。 「家族を失うのは辛い事……でも、貴方は運命に選ばれた。救われたその命……家族の為にも生き抜いてほしい」 クローチェの隣で、エミリオが頷く。茉莉もまた、後に続いて彼に呼びかけた。 「死に急ぐことも生き急ぐこともせずに。そして死んだ人の思いを引き継ぐことを」 リベリスタ達の言葉を、康孝は黙って聞いていた。一つ一つ、言葉を噛み締めるように。 仲間達が粗方語り終えた後、翠華が口を開く。 「私もあなたと同じで……最初は、生きる目的なんてなかったのよ」 “ヒト”とは異なるこの身。人目につかない所でひっそり死ねたら良いと、考えたりもした。 そんな道を通ってきた彼女だからこそ。かつて彼女が言われた言葉を、眼前の少年に贈ろうと思った。 「生きる理由が見つからないって言うのなら……見つかるまでは、私の為に生きれば良いのよ?」 それを聞き、康孝は驚いたように目を見開いた。予想もしなかった言葉だったに違いない。 「康孝も、『アーク』に来ない? きっと、何かが見つかると思う」 クローチェの誘いに、康孝は一瞬考えこむような表情を見せたが、眉根を寄せて刻を睨んだ。 「人だったものを、笑いながら殺すような奴がいる所には行けない」 その視線を、刻は笑みを湛えたまま真っ向から受け止める。康孝はリベリスタ達に背中を向けて歩き出したが、振り向いて翠華の方を見た。 「……助けてもらった借りは返す。そのために、強くなる」 それは、彼なりのリベリスタ達への礼だったのだろう。前を向いて歩き始めた背中に、璃杏が声をかける。 「せっかく助かったんだ。その命無駄にするんじゃないよ」 「言っただろ、借りは返すって」 それまでは死なないと言外に含めて、康孝は去っていった。 少なくとも、彼は事故の呪縛から逃れることが出来たのだろう。 康孝が去った後、ユーディスは事故現場に花を供え、静かに祈りを捧げた。 ここで命を奪われた人々が、せめて安らかに眠れるようにと。 ――雨は、いつの間にか止んでいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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