●風前の灯 揺らめく炎のような色をした美しい羽根を、男の手が無造作にむしる。 背の翼もろとも鎖でがんじがらめに縛られた半人半鳥のアザーバイドは、もはや悲鳴を上げることすらできず、ぐったりと床に伏していた。 「すっかり、お前も丸裸になっちまったなァ。可哀相によ」 もとは全身を覆っていたはずの美しい羽根は、今やどこにも見当たらない。乱暴に羽根を抜かれた地肌には、うっすらと血がにじんでいた。 「ま、おかげで俺のフトコロは潤ったがな。囲ってた女も、こないだ殺られちまってなァ……金の使い道が減っちまった」 ひでぇ殺され方だったんだぜ、聞いてくれよ――と言って、男はアザーバイドに向けて一方的に言葉を投げかける。 「ありゃ、金のかかる女だった……だが、好い女だったぜェ」 大金をつぎこんで、愛人の喜びそうなアーティファクトを与えてやったというのに、女は殺され、アーティファクトは砕かれた。二重の損失とはこのことである。 「あんな好い女を、一人で寂しがらせちゃいけねェ。お前も、そう思わねぇか?」 うつ伏せで横たわるアザーバイドを鋼鉄の爪先で蹴り上げ、仰向けにする。その左胸に目を留めて、男は嗜虐的な笑みを浮かべた。 「な――“協力”してくれよ。良いだろォ?」 ●アザーバイド密売 ブリーフィングルームでは、黒い翼のフォーチュナが張り詰めた面持ちでリベリスタ達を待っていた。 「アークに所属することになった奥地数史だ、どうかよろしく。……早速で悪いが、今回は急ぎの任務だ。モニターは使わず、資料と口頭で説明する。俺がここの機械をいじると余計な時間を食うからな」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)はそう言って、集まったリベリスタ達に資料を配っていく。見たところ、情報量はそれなりに多い。 「任務は大きく分けて三つだ。フィクサードの討伐、アザーバイドの救出と送還、ディメンションホールの破壊」 全員に資料が行き渡ったのを確認し、数史は任務の説明を始めた。 「フィクサードは『スマグラー』ってコードネームで呼ばれている男だ。メタルフレームのデュランダル、特に組織とかに所属はしてないが、戦闘力は高い」 どうか気をつけてほしい、と付け加えつつ、先を続ける。 「――で、この『スマグラー』がアジトにしている廃ビルの地下にディメンションホールがあるんだが、こいつはそこから迷い込んだアザーバイドをとっ捕まえては金に換えてる」 それを聞き、リベリスタの一人が首を傾げた。数史は、やや眉根を寄せて「……まあ、聞いたままの意味だ」と答える。 「捕まってるアザーバイドは『フェニーチェ』、鳥と人の中間みたいな姿で、綺麗な羽根を持ってる。『スマグラー』の野郎は、そいつから羽根をむしって売り捌いてるわけだ」 忌々しげな口調で、数史はそう言い捨てた。一度息をついた後、やや声を落として再び口を開く。 「今いる『フェニーチェ』は全身の羽をむしられて、もう金にはならない。――だが、まだ続きがあってな」 ファイルをめくる手を止め、数史は顔を上げた。その表情には、緊張の色が浮かんでいる。 「『フェニーチェ』の心臓は、簡単に言えば強力な爆弾だ。それを使って、『スマグラー』は無差別殺人を計画している」 どこか人の多い場所で爆発させ、大勢の人々を殺そうとしているのだという。しかし、フィクサードといえ、何の目的もなしにそんな大掛かりなことをするだろうか。 リベリスタの疑問に、数史が答えた。 「『スマグラー』にはフィクサードの愛人がいたんだが、先日、そいつがアークのリベリスタに倒されてな。その復讐……と言うとちょっと違うが、まあ、八つ当たりってところだろう」 とばっちりで殺される人間はたまったもんじゃないが――と言い、リベリスタ達を見る。 「『スマグラー』が『フェニーチェ』を殺して心臓を手に入れる前に、奴を倒してほしい」 そう言ってから彼は視線を戻し、手元のファイルをめくった。 「『スマグラー』のアジトには金で雇われたフィクサードが四人いて、入口付近を見張っている。全員がジーニアスのクリミナルスタアだが、こいつらはそこまで強くない。……だが、ここで時間をかければ、『フェニーチェ』は間違いなく殺される」 いったん言葉を区切り、やや押し殺した口調で続ける。 「……仮に『フェニーチェ』を助けられなかったとしても、爆発だけは何としても防いでくれ。そいつを爆発させた日には、人死にが大勢出る」 手にファイルを握りしめたまま、数史はもう一度顔を上げた。 リベリスタ達一人一人の顔を見て、神妙な表情で口を開く。 「時間の猶予はないし、やることは多い。厄介な任務だが、お願いできるか」 頷くリベリスタ達に向け、どうか気をつけて行ってきてくれ――と、数史は言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月10日(金)23:02 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●進む者たち 廃ビルの入口には、四人のフィクサードが立っていた。 全員、暗視ゴーグルを着けて入口の警戒に当たっていたが、あまりやる気がないのか、欠伸をしている者もいる。 そこに、四人のリベリスタが強襲を仕掛けた。 脳の伝達処理を高めた『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)がフィクサード達の前に姿を現し、後に続いた風音 桜(BNE003419)が立ち塞がる。 「通させていただきまする」 己の身に闇の衣を纏ったバゼット・モーズ(BNE003431)、そして『残念ナイト』シルヴィア・八雲(BNE003439)の二人が、次々にフィクサード達を抑えにかかった。 四人の役目は、フィクサードを一人ずつ抑え、他の仲間達を先に向かわせること。このビルの三階では、一体のアザーバイドが今まさに『スマグラー』に殺されようとしている。雑魚に時間をかけている暇はない。 (アザーバイドは時として倒さないといけない存在。だけど今回は助けられる……私は救える命は救いたい) シルヴィアは決意とともに、両手で構えた槍の穂先をフィクサードへと向けた。 ――この身体動く限り戦い、『スマグラー』の悪行を止めてみせる。 「な、なんだ、お前ら」 浮き足立つフィクサード達に、斬馬刀を構えた桜が答えた。 「なに、ここから立ち去られよとは申しますまい。心ゆくまで拙者らがお相手いたしまする」 そう言って、彼は自らの巨体をもって道をこじ開ける。四人のリベリスタがフィクサード達を抑える間に後続の六人が駆け抜け、階段へと急いだ。 電気が通っていないらしく、廃ビルの中は殆ど真っ暗に近い。『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)のように闇を見通す目を持つ者を除き、全員が暗視ゴーグルを装備していた。 しかし――暗いのは、ある意味好都合でもある。 「悪ィがちょいと邪魔すンぜ?」 『機械鹿』腕押 暖簾(BNE003400)が、『剣を捨てし者』護堂 陽斗(BNE003398)の影に潜み、姿を消す。色々と制約の多い能力ではあるが、暗い廃ビルの中であれば隠れ場所に事欠かない。 囚われのアザーバイド『フェニーチェ』を確実に救出するべく、リベリスタ達は幾つもの策を用意してきている。暖簾の影潜みも、その一つだ。 六人はそのまま、三階へと急ぐ。 仲間達が階段に向かったのを見届けた後、一階に残ったリベリスタ達はそこに続く道を塞ぐように動いた。先行する六人の背後を突かれるのは避けねばならない。 「騎士として、戦友とフェニーチェさんの為に、この先は決して通す訳にはいきません!」 シルヴィアは高らかに叫び、暗黒の衝動を眼前のフィクサード達に向けて撃ち出した。 ●因縁の出会い 三階の扉には鍵がかかっていたが、『何者でもない』フィネ・ファインベル(BNE003302)の前には意味をなさなかった。彼女が軽く触れるだけで、鍵は容易く解除されてしまう。 陽斗は扉を開けると、よく通る声で宣戦布告を放った。 「僕達はアークのリベリスタだ。ここで貴方を止める!」 彼の視界に、壁際に立つ『スマグラー』と、その後方で鎖に縛られた『フェニーチェ』が映る。全ての羽根を抜かれ、ピンク色の地肌に血を滲ませた無惨な姿――このような残酷は、決して許しはしない。必ず、救ってみせる。 陽斗が生み出した癒しの微風が、傷ついた『フェニーチェ』を優しく包む。突如現れたリベリスタ達を見て、『スマグラー』は死神の大鎌を肩に担ぎながら、小馬鹿にしたように片眉を上げた。 「――あァ? 何だってェ?」 「お望みの『アークのリベリスタ』ですよ。殺してみせてくださいよ。貴方自身の、力で」 『スマグラー』に肉薄したノエルが、白銀の騎士槍に全身のエネルギーを込めて突撃を仕掛ける。『スマグラー』を突き飛ばして『フェニーチェ』から引き離そうという狙いだったが、しかし彼は、繰り出された騎士槍を無造作に掴み、勢いを殺すことでその場に踏み留まった。 「へーェ、そうかァ。お前らが『アーク』のリベリスタ……はは、こいつぁいい」 狂気の笑みを浮かべて、『スマグラー』が値踏みするようにリベリスタ達を眺める。その視線を遮るようにして、全身を防御のオーラで包んだ『黒鋼』石黒 鋼児(BNE002630)が『スマグラー』の前に立った。 「――ぶっ潰す」 ドスの利いた声で凄み、目で殺す勢いで『スマグラー』を睨む。 全ては、『スマグラー』の気を惹くための挑発。彼の役目は、盾として皆を守ること。そのために、攻撃は出来る限り自分で引き受けるつもりでいる。 「は、いいねその目。気にいったぜェ!」 『スマグラー』が大鎌を振るい、まずは小手調べとばかりに暗黒の瘴気を撃ち出す。彼の前に立つ鋼児とノエルが瘴気に包まれ、運を奪われた。 その間に――残りの三人が『フェニーチェ』の救出に動く。背の翼を羽ばたかせ、闇に紛れて部屋の隅を疾駆するフィネが『フェニーチェ』と『スマグラー』の間に下り立ち、別の方向から影を伝って『フェニーチェ』に忍び寄った暖簾が、姿を現すと同時に『フェニーチェ』を縛る鎖を“ブラックマリア”で撃ち砕いた。 「おい、大丈夫か? 俺達が助けてやっからな」 そう声をかけ、羽根を失ったその体にストールをかけてやる。『リピートキラー』ステイシィ・M・ステイシス(BNE001651)が、二人の前に立ちはだかり、『フェニーチェ』を自らの背に庇った。 血の色をした瞳が、『スマグラー』の姿を捉える。 その愛人であった『トラジディ・コレクター』、そして彼が彼女に買い与えたアーティファクト『イーヴィル・テンプテーション』。この一連の事件に誰よりも深く関わってきたステイシィの胸中は、決して穏やかなものではなかった。 (きっちりバッチリ、ボテくりこかしたいですねい) だが――まずは『フェニーチェ』を安全な場所に逃がしてからだ。ステイシィの背後で、暖簾が『フェニーチェ』の細い身体を抱え上げた。 「俺は人の事言える人間じゃねェが……この一連はちょいと、な」 必ず故郷に帰してやンぜ、と声をかけ、彼はステイシィに庇われつつ、『フェニーチェ』を連れて部屋から出ようと動く。 「おィ、人様のモンに手ぇ出してんじゃ……」 それに気付き、振り向こうとした『スマグラー』に向けて、陽斗が天井を指し示した。 「『トラジディ・コレクター』と同じ末路を歩むといい。上には、ほら」 先の事件でリベリスタに殺された『トラジディ・コレクター』。彼女の敗因の一つは、自らの気配を遮断したリベリスタによる天井からの奇襲を許したことだ。 『スマグラー』がその事実を知っていたかどうかは定かではないが、ほんの一瞬、彼の注意は上方へと逸れた。それで、充分。 陽斗の稼いだ時間を最大限に活かし、暖簾とステイシィが『フェニーチェ』を部屋の外へと脱出させる。瞳を大きく見開き、怯えたように震える『フェニーチェ』に世界から借り受けた生命力を分け与えると、暖簾は『フェニーチェ』を腕に抱えたまま、その頭を撫でてやった。 「辛かったな、もう大丈夫だから安心しろ、な?」 ●脆き者たち 幻惑の武技が生み出す幻影がフィクサードを翻弄し、暗黒の魔力がその身を切り裂くと同時に気力を喰らう。 そもそも、実力も戦意も高くない彼らが、数を同じくする『アーク』のリベリスタ達と互角に渡りえるはずもない。状況は、圧倒的にリベリスタ達が優勢だった。 桜が、己の生命力を代償にした暗黒の瘴気を放ち、フィクサードの一人を打ち倒す。続けて、シルヴィアが自らの痛みをおぞましき呪いに変えて敵に刻み、もう一人を床に沈めた。 フィクサード達のうち二人が倒れ、残り二人もリベリスタ達の攻撃により暗視ゴーグルを破壊されている。暗闇の中、思うように動くことのできない彼らの戦意は、目に見えて落ちていた。 「知ってますか? この上に捕まってるフェニーチェさんのこと」 揺さぶりをかけるなら今だろう。シルヴィアはそう判断し、フィクサードに向けて声をかけていく。 「フェニーチェさんが死ぬと、その心臓が爆発します。このビルなんて、簡単に吹き飛んでしまいますよ」 「おい、ちょっと待て……何の話だ」 どうやら、フィクサード達は『フェニーチェ』について何も知らないらしい。バゼットが、続けて口を開いた。 「いざとなれば、『スマグラー』はこのビルごと爆破することも躊躇わないだろう。退いた方が良いのではないか?」 「――お金と命、どっちが大事派? まだ続けるんなら……覚悟して」 畳み掛けるような終の言葉に、フィクサード達が顔色を失う。桜が、斬馬刀を構えたまま、彼らを睨んだ。 「畜生、やってられるかよ!」 所詮は金で雇われた下っ端、雇い主に命を差し出す義理などない。二人のフィクサードは倒れた仲間も見捨てて、我先にと逃げ出した。 後を追うことはせず、桜は他の三人に先行した仲間達との合流を促す。 「クズの復讐に人々を巻き込む事は許せませぬ。もののついで、フェニーチェ殿ともども救ってみせましょうぞ」 四人のリベリスタは、急ぎ三階へと向かっていった。 ●最期の餞 三階では、『スマグラー』との戦いが繰り広げられていた。 自らを集中領域に高めたフィネが『スマグラー』に接近し、黒き破滅のオーラを伸ばす。頭部を打ち据えた一撃は、『スマグラー』から癒しの加護を奪い去った。 陽斗が、ダメージの大きいノエルに癒しの微風を届ける。直後、舌打ちとともに『スマグラー』が暗黒の瘴気を放ち、大鎌を激しく旋回させた。瘴気と烈風が前に立つ三人を打ち据え、加護を消し去った上で全身を麻痺させる。 動きを封じられながら、鋼児はなおも『スマグラー』を挑発した。 「あんた決闘者なんつう大した称号ぶら提げてんだな。だったらよ、俺みてぇなガキ一匹余裕で叩き潰せるよなぁ!?」 同時に複数人が攻撃を受け続ければ、いずれ倒れる仲間が出る。それよりは“最強の一撃”をこの身で受け止める――その方が、持ち堪えられる可能性が高い。 鋼児の誘いに、『スマグラー』は「吠えるじゃねぇか」と、凶悪に笑った。 「いいぜ、まずはお前からだ――好い女への餞は派手にいかなきゃ、なァ?」 それを聞き、『フェニーチェ』の保護から戻ったステイシィが鼻で笑う。 「……はン。少なくともステイシィさんは好みじゃねいですがね、一人で寂しがらせちゃいけねいってのには同意ですよう」 そう言うと、彼女は神々しい光を放って仲間達の麻痺を払った。束縛から逃れたノエルが己の身に電撃のオーラを纏い、白銀の騎士槍を繰り出す。 「貴方も送ってさしあげます。一人で寂しがらせてはいけない――そうなのでしょう?」 「ええもう、折角ですから。遠慮なさらずに♪」 弾むような口調で、ステイシィが合いの手を入れた。 陽斗が聖なる福音を響かせ、先の攻撃で傷つけられた仲間達を癒す。一方、『スマグラー』の癒しを拒む呪いはまだ生きていた。フィネは後方に下がり、出入口の近くに陣取って道化のカードを投げつける。 (贈り物選びは得意のよう――復讐と呼べる程の熱は無くとも、期待通りに現れたリベリスタ、逃す心算は無いのだとお見受けします) 『トラジディ・コレクター』の死に関わったノエルやステイシィを見ても反応がないことから、『スマグラー』は仇の顔までは知らないようだ。だが、『アークのリベリスタ』を“八つ当たり”の標的とみなすなら、付け入る隙はいくらでもある。 そしてここで、状況は大きく動いた。一階でフィクサードの対処に当たっていた四人が駆けつけ、『スマグラー』に攻撃を仕掛ける。 「――その蛮行、やめぬというならば命を絶つのみ!」 ほぼ同時に放たれた桜とシルヴィアのペインキラーが、おぞましき呪いを『スマグラー』に刻み込む。その反動で己の命を削られながらも、シルヴィアは怯まず眼前の敵を見据えた。 「貴方の欲望の為に……これ以上の悲劇は起こさせません!」 諦めなければ真の敗北はない。正義の鉄槌を下すため、何度でも立ち上がってみせる。 怯えきっていた『フェニーチェ』をようやく宥めて戻った暖簾が、不可視の殺意で『スマグラー』の頭を撃つ。 煩そうに頭を横に振る『スマグラー』に向け、鋼児が声を張り上げた。 「生きるか死ぬかっつう攻めを見せてみやがれクソ野郎!」 『スマグラー』が、いやらしく歯を剥き出して笑う。瞬間、爆発した彼の闘気が、まさに破滅的な威力をもって一気に炸裂した。己の全てを防御に注ぎ込み、その一撃に耐えた鋼児に向けて「これで終わりと思ったかァ?」と声が重なる。 『スマグラー』とて、多勢に無勢のこの状況は理解していた。彼が次に狙うは、己の前に立つ前衛の一掃――高速で旋回する大鎌が烈風を生み出し、鋼児とノエルを激しく打ち据える。確かな手応えに『スマグラー』は会心の笑みを浮かべた。 しかし――。 「クソ野郎倒すまで寝てなんかいられるかよ」 全身に傷を負いながらも、とうとう耐え抜いた鋼児が『スマグラー』を睨む。ノエルもまた、運命を引き寄せて己の意識を繋いだ。 「貴方のような『悪』に敗れる訳にはいかないのです」 世界に害為す行いの数々を、決して許すわけにはいかない。眼前の悪を、塵も残さず消し去るまでは――倒れるわけにはいかなかった。 「ちッ、死に損ないが……ッ!」 『スマグラー』の悪態に、陽斗の奏でる癒しの福音が重なる。 「貴方は悲しい人だ。大切な人を失ってもまだ、他者を傷つけることを捌け口とする」 彼の表情は、眼前の敵を哀れむようでもあった。 「これ以上の罪は重ねさせません。僕達が貴方の壁となる」 「死人の道行きに連れ添うのは、一人で充分。他の誰も、犠牲にはさせません」 フィネが陽斗の言葉の後を継ぎ、道化のカードで破滅を予告する。続けて放たれた暖簾の殺意が、『スマグラー』の頭を再び撃ち抜いた。 「アーティファクトで弄ぶ。アザーバイドを弄ぶ――手段の差こそあれ、超常の事象を我欲に用いるのは割に合わねいモンです」 輝ける光で仲間達を包みながら、ステイシィは『スマグラー』から視線を外すことなく言葉を紡ぐ。彼の愛人が、彼の渡したアーティファクトで引き起こした悲劇を、ステイシィは忘れてはいない。 「――授業料は、たっかいですよう」 その声に重なるようにして、鋼児の燃え盛る拳が『スマグラー』の脇腹に突き刺さる。眼前にいるのは救いようのない悪人、拳を打つのに迷う理由など何もない。 「闘りやすくて助かるぜ、スマグラーさんよ」 なおも足掻くか、『スマグラー』は獣のように絶叫して大鎌を振り上げる。がら空きになった心臓に向けて、ノエルが雷撃を纏う騎士槍を突き入れた。 「終わりです。罪を償えとは言いません、消えなさい」 凄まじい雷撃が、部屋を青白く輝かせる。 “貫くもの”――信念の名を冠した白銀の騎士槍が『スマグラー』の心臓を貫いた時、戦いは決着した。 目を見開いたまま床に崩れ落ちる『スマグラー』の最期を、フィネが見届ける。 他人の痛みも、自分の痛みさえも無視してきた、可哀想な人。 せめて、先に逝った彼女を寂しがらせないように――同じ場所に、いってらっしゃい。 ●鳥籠からの解放 倒れた『スマグラー』を見下ろし、鋼児が長く息を吐いた。 死体の傍らに膝をついた暖簾が開いたままの目を閉じてやり、軽く手を合わせる。 「……俺はリベリスタだからな」 その言葉は死した敵に向けたものか、それとも過去の己に重ねたものか。 「これでようやく、終わりましたねい」 ステイシィが、誰にともなくそう呟いた。 アザーバイドの密売で大金を得ていた男も、アーティファクトが生み出す悲劇を集めて楽しんでいた女も、もういない。失われてしまったものは、もう戻りはしないけれど――それでも。 『フェニーチェ』は、ストールに包まったまま、部屋の外でリベリスタ達を待っていた。 「フェニーチェ殿もご無事か」 声をかける桜を、『フェニーチェ』は怯えの色が残る瞳で黙って見上げる。陽斗が、癒しの微風で全身に残る傷を丁寧に癒した。 「こんな目に遭わせてしまいすみません。もう怖い思いはさせませんから」 「痛かったし、怖かったですよね」 心からの謝罪を込め、フィネが持参した桃缶を開けて『フェニーチェ』に差し出す。『フェニーチェ』はそれを恐る恐る嘴で突付き、やがて一口ずつ食べ始めた。 その様子を眺めながら、ノエルが嘆息まじりに呟く。 「世界が異邦人の存在を許容できない以上、完治するまでの世話は出来ませんが……」 フェイトを得ていないアザーバイドの存在は崩界を進める。手当てを終えたら、すぐに帰さなくてはならない。全員、そのことは理解していた。 『フェニーチェ』が落ち着くのを待って、リベリスタ達は地下に移った。 羽根を失った『フェニーチェ』が寒くないようにと、その身はストールやケープ、毛布などで幾重にも覆われている。リベリスタ達からの、せめてもの贈り物だった。 「気ィ付けて帰れよ?」 暖簾の言葉に、『フェニーチェ』が小さく頷く。 礼を言うように何度も何度も振り返りながら――『フェニーチェ』は、元の世界に帰っていった。 その背を見送った後、シルヴィアがディメンションホールを塞ぐ。 「何時か、歓待できるといいのですけどね――」 ノエルがそう言って、穴のあった場所をもう一度見た。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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