下記よりログインしてください。
ログインID(メールアドレス)

パスワード
















リンクについて
二次創作/画像・文章の
二次使用について
BNE利用規約
課金利用規約
お問い合わせ

ツイッターでも情報公開中です。
follow Chocolop_PBW at http://twitter.com






消え逝く者の祈り

●終りを待つ少年
 どうしてこうなったんだろう、と思う。
 あったかい家があって、お父さんとお母さんがいて、兄弟がいて――たったそれだけのことが、どんなに幸せだったかを、ぼくは今、思い知ろうとしている。
 
 もう、ぼくがあの家にいるわけにはいかなかった。
 ぼくがそこにいるだけで、猛獣たちは、ぼくに引き寄せられてしまう。
 そして、ぼくの家族を食い殺してしまう。それだけは、嫌だ。

 いっそ、今すぐ死んでしまった方が、誰にも迷惑をかけないのだろうけど。
 ぼくには、そんな勇気は持てなくて――家族に内緒で、家を出ることしかできなかった。

 ――だから、ぼくは待ってる。
 ぼくという存在を、この世界から消してくれる人たちを待ってる。

 きっと、すぐに来てくれるはずだから。

●己が運命を知るゆえに
 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達を出迎えたのは、黒い翼の見慣れないフォーチュナだった。
「先日からフォーチュナとしてアークに所属することになった奥地数史だ。どうか、よろしく頼む」
 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、そう言ってサングラスの位置を直した。一見しただけで安物とわかる上に、はっきり言って似合っていない。 
「今回の任務は、ノーフェイスとエリューション・ビーストの撃破。フェーズは両方とも2だが、ノーフェイスの方は正直、あまり脅威にはならない」
 まだ慣れていない様子で、数史はたどたどしく端末を操作する。ややあって、正面のモニターにノーフェイスとエリューション・ビーストの情報が表示された。
「ノーフェイスは八歳の子供だ。狐のビーストハーフで、革醒の影響で年齢よりかなり賢い。直接的に戦う力は持たないが、フォーチュナに似た予知能力を持ってる」
 どこか硬い口調で、彼は説明を続ける。
「そして、ここからが重要なんだが……本人の意思に関係なく、エリューション・ビーストを近くに引き寄せる性質がある」
 引き寄せられたエリューション・ビーストはノーフェイスを攻撃することはないが、だからといってノーフェイスの言うことを聞くわけでもない。ノーフェイス以外の人間が周囲にいれば、迷わず攻撃してくるだろう。
「ノーフェイスは、自分の家を離れて閉鎖中の森林公園にいる。家族を、巻き込みたくなかったんだろうな」
 そう言って、数史は一度、大きく息をついた。手の中のファイルをめくり、再び口を開く。
「エリューション・ビーストは三体。どいつも猛獣みたいな奴で、タフな上に攻撃力が高い。集中して狙われると一気に持ってかれる可能性もあるから、そこは気をつけてほしい」
 そこまで説明した後、数史はふと、誰にともなく呟いた。
「辛い、もんだよな。……家族が、ある日突然いなくなるってのは」
 ファイルを握り締める手は、小刻みに震えている。
 ずり落ちかけたサングラスの位置を直した後、彼は押し殺した声で言った。
「……俺からは、以上だ。どうか、気をつけて行ってきてくれ」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:宮橋輝  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年02月09日(木)22:38
 宮橋輝(みやはし・ひかる)と申します。

●成功条件
 ノーフェイスの殺害、ならびにE・ビーストの全滅。

●敵
 元は8歳の少年であったノーフェイス(フェーズ2)。
 外見は狐の耳と尻尾を持つビーストハーフで、フォーチュナに似た予知能力と、無意識にE・ビーストを引き寄せる特性を備えています。
 革醒の影響で年齢より知能が向上しており、神秘に対する知識もありますが、直接的な戦闘能力は皆無です。戦いの際も後方で眺めているのみで、一切の手出しを行いません。殺そうと思えば、いつでも殺せるでしょう。 

 なお、ノーフェイスの周囲には彼に引き寄せられた3体のE・ビースト(フェーズ2、いずれも肉食獣に似た外見)がいます。E・ビーストはノーフェイスには攻撃を行いませんが、ノーフェイスの指示を聞くこともありません。本能のまま暴れ、ノーフェイス以外の者を無差別に攻撃してきます。 

 判明している能力は以下の通りです。

■ノーフェイス
 【ビーストハーフ(狐)×フォーチュナ?】
  限定的な予知能力とE・ビーストを引き寄せる特性があるのみで、戦闘力は皆無です。

■E・ビースト×3

 【殺人噛み付き】→物遠単(高威力)[必殺][隙]
   一気に距離を詰め、大きな顎で対象に噛み付きます。
 【麻痺毒の爪】→物近複[麻痺][猛毒]
   鋭い爪で近接した複数の対象を傷つけ、麻痺させると同時に毒で蝕みます。

●戦場
 森林公園の一角。木々が多いものの、広さなど戦闘に支障はありません。
 来春に大規模な整備を予定しているため、現在は閉鎖中です。
 戦闘中に一般人が来ることはないので、対策など考えなくて構いません。
 なお、ノーフェイスの少年が住んでいた家からは比較的近い場所にあります。


 情報は以上となります。
 皆様のご参加を心よりお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
デュランダル
源兵島 こじり(BNE000630)
デュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
ソードミラージュ
鴉魔・終(BNE002283)
プロアデプト
ヒルデガルド・クレセント・アークセント(BNE003356)
ホーリーメイガス
ブランシュ・ネージュ(BNE003399)
インヤンマスター
風宮 紫月(BNE003411)
ダークナイト
ウィンヘヴン・ビューハート(BNE003432)
ダークナイト
ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)

●終りを齎す者
 公園の奥で、少年はリベリスタ達を待っていた。
 狐の耳と尻尾を風にそよがせ、黙ってこちらを見つめている。
 少年の前では、ライオンとも虎ともつかぬ猛獣のエリューション・ビーストが三体、低い唸り声を上げていた。

 運命の加護を得られずに、ただ終りを待つだけの宿命――。
 『白の祝福』ブランシュ・ネージュ(BNE003399)の桃色の瞳が、運命に選ばれなかった少年の姿を捉える。彼は自身の存在が最愛の家族を殺してしまうことを悟り、独り黙って家を出た。そう、聞いている。 
(八歳……まだ八歳なんだぞ……そんな子が、死を覚悟して待っているなどと……)
 『赤光の暴風』楠神 風斗(BNE001434)の拳は、爪が掌に食い込むほどに固く握られていた。今までも幾度となく見てきた理不尽、運命の残酷。こんな子供にまで、それを背負わせるのか。
「この世界は、どこまでクソッタレなんだ……っ」
 血を吐くような呟きが、風斗の口から漏れる。隣にいた『ペインキングを継ぐもの』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)が、少年に語りかけた。
「また運の悪い奴。自己犠牲ってやつか?」
 彼は自らの死を受け入れてまで、家族の住むこの世界を愛したというのに――運命は彼を愛さなかった。まったく、皮肉なものだ。
 口を噤んだまま、少し困ったような顔をする少年に向けて、ユーニアはさらに言葉を続ける。
「まあ、覚悟できてんなら綺麗なまま終わらせてやるよ」
 いっそ恨んでくれたほうが、どんなに楽か。抵抗しない奴は、やりにくいから嫌いだ――そう思いながら、ユーニアは手の中の“ペインキングの棘”を構え直す。少年を眺めていた『紅翼の自由騎士』ウィンヘヴン・ビューハート(BNE003432)が、僅かに眉を寄せた。
 皆、それぞれ思うところはある。中には、ヒルデガルド・クレセント・アークセント(BNE003356)のように表情を変えない者もいたが、それは彼女が割り切っているからだ。たとえ善良な幼子であろうと、フェイトを得られないのなら討たねばならない。そしてそれは――この世界に属していれば、よくある事でもあった。
(彼がフォーチュナだったのは不幸中の幸いだったのかな? それとも……)
 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)はふと、そんな事を思う。未来を予知できたから、少年は覚悟を決めて家族のもとを離れた。一歩間違えれば、少年の家で、彼の家族を食い殺したエリューション・ビーストと戦うところだったのだ。そんな、“最悪の事態”だけは免れたのだろうが――。
「どのみち、残酷だね。誰にとっても……」
 終が僅かに目を伏せる横で、沈黙を保っていた『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)が「命と言うのは、例えるなら金剛石の様ね」と口にする。
 頑丈で壊れにくく見えるけれど、ある衝撃には脆く砕け散る。
 それでも。総じて言えるのは、輝く様は美しいということ。
「砕きに行きましょう」
 迷いのない口調で、こじりは仲間達を促した。少年の憂いを、未来を、砕くために。
 その声を聞き、『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)が顔を上げる。彼女は目を逸らすことなく、真っ直ぐに少年と視線を合わせた。
 為すべきことが一つきりであるからこそ、そこを避けて通れないからこそ。自分にとっての全力を尽くすしかないのだ。

 リベリスタ達は、武器を手にエリューション・ビーストたちへと向かう。
 少年に、終わりを齎すために。

●獣との戦い
 真っ先に飛び出した終が、猛獣じみたエリューション・ビーストの一体を抑えに回る。彼は少年に「こんにちは☆」と明るく声をかけると、手の中のナイフを閃かせ、眼前の猛獣へと連続攻撃を見舞った。
「こいつ等片づけるから、もうちょっとだけ待っててね……」
 猛獣の動きを封じ込めつつ、少年に向けてそう告げる。直後、残る二体の猛獣が動いた。一体が終に毒の爪を繰り出し、もう一体が風斗に向けて牙を剥く。いずれも直撃は避けたものの、肩口や腕の肉をごそりと抉られた。立て続けに攻撃を喰らえば、前衛でも立っていられるか危ういだろう。
 集中攻撃を避けるには、まず猛獣たちを引き離すこと――風斗は腕から血を流しながら、自らに噛み付いた猛獣に“デュランダル”を振るった。インパクトの瞬間に炸裂したエネルギーが、猛獣を吹き飛ばす。それを見届けたヒルデガルドは、脳の伝達処理を高めて自らを集中に導いた。
 吹き飛ばされた猛獣の後を追い、ユーニアが走る。初めて会う強敵、フェーズ2のエリューション。恐れがないと言えば嘘になる。だけど。
「――俺弱いぜ。先に片付けた方が楽だぞっと」
 あえて猛獣の気を惹くように言って、ユーニアは“ペインキングの棘”を赤く染める。彼は、血を啜る魔具と化したそれを、迷わず猛獣に突き刺した。
「その哀しき運命の楔を断ち切って、彼の魂を救ってあげましょう」
 少年から視線を外すことなく、ブランシュが活性化させた己の魔力を循環させる。紫月が印を結び、戦場に防御結界を展開させた。
「……此処より先は、通行止めです」
 紫の瞳に込められたのは、決意と覚悟。
 終を傷つけた猛獣に向けて、こじりが駆けた。
「遊んであげるわ、いらっしゃい」
 誘うような声に衝撃音が重なり、猛獣の巨体が宙を舞う。三体がバラバラに引き離されたのを見て、ウィンヘヴンが終の前にいる猛獣に黒いオーラを放った。撃破順が最後になる一体の攻撃力を落とし、損害を抑えようという狙いである。暗黒の衝動が猛獣を捕らえ、それが持つ呪いの力が牙や爪を鈍らせた。
 
 未だ麻痺したままの猛獣を前に、終が自らを集中領域に高める。彼の役目は、この一体を抑えること――その間に、仲間たちが一体ずつ確実に撃破していく手筈となっていた。風斗が全身に闘気を漲らせ、ユーニアの前にいる猛獣を挟むように立つ。こじりが吹き飛ばした猛獣には、ヒルデガルドが気糸の罠を放った。
「……このスキルは好みではないのだが、必要ならば」
 気糸に絡め取られ、離れた一体が動きを封じられる。ユーニアの前に立つ猛獣が、先の言葉通り彼を与しやすいと判断したのか、爪を振り上げてユーニアに襲い掛かった。皮膚が抉られ、猛毒が全身を駆け巡る。しかし――彼が麻痺に陥ることはなかった。狙い通りとばかり口の端を持ち上げ、赤く染め上げた“ペインキングの棘”を猛獣に突き立てる。ユーニアは麻痺の効かぬ己の身を囮に、厄介な麻痺攻撃を封じようとしたのだった。
 紫月が、神々しい光を放ってユーニアの毒を消し去る。続いて、ブランシュが癒しの福音を響かせ、前衛たちの傷を塞いでいった。彼女らの存在こそ、リベリスタ達の命綱とも言える。
 ウィンヘヴンが、風斗とユーニアに加勢すべく不死鳥の翼を羽ばたかせた。黒い光を帯びたランスが猛獣を貫き、さらに告死の呪いで身を蝕む。
 気糸に捕らわれた猛獣に向けて、こじりが駆けた。視界の隅に一瞬、少年の姿が映る。 
(彼は自分を殺す勇気が無かったようだけれど……気付いているのかしらね)
 自分達は、少年を殺すために現れたヒーローなどではない。
 人を殺すため、その死を背負うために勇気を出した“ひと”なのだ。
 その重さを、果たして彼は知っているのだろうか。

 少年はただ、戦いを見つめている。

●業の重さ
 只人が立ち入らぬ公園の中で、猛獣とリベリスタの戦いは続く。ようやく麻痺を打ち破った猛獣に向け、終が再び連続攻撃を仕掛けた。神速を活かして繰り出される澱みない斬撃の数々に、猛獣はなす術なく動きを封じられていく。
 眼前で低く唸りを上げる猛獣を睨みながら、風斗が“デュランダル”を振り上げた。白銀の刀身に刻まれた赤いラインが、ひときわ輝きを増す。
「ああ、明確な『敵』というのは、どんなに強くても与し易いな……心置きなく剣を振り下ろせるのだから……っ」
 激しいオーラを纏った渾身の打ち下ろしが、猛獣を捉えた。彼の勢いはなおも留まることを知らず、もう一撃を連続で叩き込む。血飛沫とともに断末魔の絶叫を上げ、猛獣が地に沈んだ。
 まずは一体――気糸を引き千切った猛獣の周囲に、ヒルデガルドが再び罠を展開する。しかし、猛獣は辛くも拘束を逃れると、大きな口を開けてこじりに襲い掛かった。防御に専念する彼女は、自分を噛み砕こうと迫る鋭い牙を武器で受け止め、ダメージを抑える。ブランシュの奏でる癒しの福音が、こじりの傷を塞いだ。皆が倒れることのないよう、戦線を支えるのがブランシュの役目。

 駆けつけたユーニアに後を任せ、こじりは終が抑える残りの一体に向かう。入れ替わりに接敵したウィンヘヴンが、赤く染めたランスで血を啜るべく、その穂先を真っ直ぐに突き出した。
 この猛獣たちを倒したら、次は少年の番だ。
 武器を持たず、戦うつもりもない無抵抗な相手を殺す――それを考えると、どうしても胸に鉛を詰められたような気分になる。
(武人として最低の行為のひとつだよね。気が重いや……)
 それでも、誰かがやらなければいけないのだとしたら。それを為すのは自分達だと、彼女は思う。
 紫月もまた、同じような思いを抱えて、戦場の後ろに佇む少年を見ていた。誰かを犠牲にせずとも、誰かを助ける事が出来るのなら――どんなに良かっただろう。
 わかっている。そんな選択肢は何処にもない。少なくとも、今は。 
(だからこそ……私は、私の出来得る最善を尽くす)
 そうしてこそ、ほんの少しでも“救い”を見い出せると思うから。
 紫月の呪力が戦場を包み、冷たい雨を降らせる。それは、二体の猛獣に降り注ぎ、彼らの体表を凍りつかせていった。

 合流したこじりとともに、終が眼前の猛獣を抑え込む。まともに動ける敵は、集中攻撃を受ける一体のみだ。その一体が、なおも戦意を失わずに前衛たちに向けて爪を振るう。風斗が、ウィンヘヴンが、同時に動きを封じられた。
「こんなガキにここまで覚悟見せられたらさ、こっちも根性出すしかないだろ」
 目の前の敵は既に深い傷を負っている。ここが決め時だと、ユーニアは血を啜る赤い棘を深々と突き刺した。紫月のブレイクフィアーで麻痺から逃れたウィンヘヴンが、止めの一撃を繰り出す。禍々しい光を帯びたランスの穂先が、告死の呪いとともに猛獣の心臓を貫いた。
 あと一体――ヒルデガルドが、残る敵の目を狙って気糸を撃つ。怒りの雄叫びを上げる獣に向けて、ブランシュの展開した魔方陣から小さな矢が放たれた。
 こじりが、猛獣の向こうに立つ少年に向けて声を投げかける。
「責任転嫁も良いところよね。自分の手は汚さないで、代わりにその業を一生背負えと言っているのと同じなのだから」
 その言葉は、少年の痛いところを突いたのだろう。彼は初めて表情を歪ませ、「……ごめんなさい」と消え入るような声で詫びた。 
「せめて見ておきなさい、貴方のために傷付きながら戦う私たちを。そして胸を痛めなさい」

 ――その対価に、殺してあげるから。

 こじりのオーラが、彼女の身を焦がしながら雷に変換されていく。
 激しい火花とともに放たれた一撃が、最後の猛獣を屠った。

●還り逝く命
 猛獣たちが倒れた後、リベリスタ達はゆっくりと少年に歩み寄った。
 それぞれの思いを抱える彼らに向けて、少年が申し訳なさそうに口を開く。
「……ケガをさせて、ごめんなさい。嫌な思いをさせて、ごめんなさい」
 家族を守るため、自分なりに考えた結論ではあった。自分が死ぬことも、覚悟は決めていた。だが、それが他者に傷を残す行為だということに――彼は、こじりに言われるまで気付けなかったのだ。

 少年に向ける言葉を探せずに、ブランシュが立ち尽くす。
 運命に見放されてなお、その運命を――自分の死を、受け入れようとしている彼。
 結末が一つしかなく、本人がその覚悟を決めている以上、何が言えるだろう。大切な人を失うことの悲しみは、嫌というほど知っている。
「オレ、終。――オレ達が君の待ち人……になるのかな」
 終がそう言って、少年にココアの入った魔法瓶と、菓子の箱を差し出す。寒空の下で待っていた少年に対するせめてもの心遣いだったが、彼は申し訳なさそうに首を横に振った。死を前にして、食べ物が喉を通らないのかもしれない。
 紫月が歩み寄り、少年の傍らに屈んで目線を合わせる。
「……風宮紫月です、お名前を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか」
 少年は彼女の紫色の瞳を真っ直ぐに見て、はっきりと答えた。
「友多。……中町友多(なかまち・ゆうた)です」 
 その名を、リベリスタ達は無言で胸に刻む。紫月は瞳を潤ませ、声を詰まらせながら少年の小さな身体を抱きしめた。
「ごめんなさい、遅れてしまいました……」
 自分はどうして、こんなにも無力なのだろう。エリューション・ビーストは倒せても、この腕の中にいる子供一人救えないなんて。
 言葉は声にならず、ただ、大粒の涙が零れ落ちていく。 
 殺したくなんてない。この子には、未来があった筈なのに――それを運命だなんて言葉に、理不尽に奪われてしまった。
「本当に、ごめんなさいね……」
 声に出すことができたのは、その一言が精一杯だった。
 これ以上を口にしてしまえば、嗚咽をあげて泣き崩れてしまいそうで。
 最後に、ぎゅっと両腕に力を込めてから。紫月はそっと、その腕を離した。
 彼女と入れ替わるようにして、ブランシュが少年を抱きしめる。その名を呼びつつ、彼女は自分の温もりを彼に伝えていった。
 よく頑張ったねと――そう、心で呼びかけながら。
「ありがとう。……来てくれて、ありがとう」
 紫月とブランシュの想いを受け止め、少年もまた、涙を流す。
 しばらくの間、彼はブランシュの腕の中で泣き続けていた。

「――友多君、何か最後にしたい事とかある?」
 少年が落ち着くのを待ってから、終は彼にそう問いかけた。どうあっても、少年の命を救うことは出来ない。それならせめて、最後の望みだけでも叶えてやりたかった。
 ユーニアも、少年に向けて語りかける。
「言いたいことがあれば言えばいい。家族に伝えておいてやるよ」
 死んでしまったら、何も言うことはできない。こればかりは運命の気紛れに関係なく、誰にとっても平等な事実だった。 
 少年は少し考えた後、「書くもの、ありますか」と遠慮がちに言う。ウィンヘヴンが、持っていた銀の万年筆を彼に差し出した。
「ありがとうございます」
 ウィンヘヴンに礼を言い、少年がコートのポケットから何かを取り出す。よく見ると、それは一枚の写真だった。家族との記念写真だろうか。
 少年は写真の裏に、万年筆で言葉を綴っていく。子供そのものの稚拙な字が、家族への感謝を伝えていた。それを見てしまった風斗の表情が、大きく歪む。
「……なあ、知っているか? 人間はな、死んだらまた新たな人間に生まれ変わるんだ。お前が強く願えば、あるいはまた家族の下に生まれ変われるかもしれん」
 風斗の言葉に、少年が顔を上げて彼を見る。ノーフェイスを救う方法は、今のところ無い。殺すしかないという結末は変わらないにしても、せめて――。
「ぼくは、またあの家の子供に生まれたいです」
 そう言って笑った少年を見て、風斗の心は抉られた。わかっている。こんなものは気休めでしかない。でも、少年がそれを信じ、僅かでも心安らかに逝けるのなら。

 ――せめて、そのくらいの救いはあったっていいだろう……。

 仲間の声掛けを黙って見守っていたヒルデガルドが、もう良いのかと視線で問う。少年から万年筆を受け取ったウィンヘヴンが、「……ごめんね、としか言えないよね」と、小さくこぼした。
 いよいよ、別れの時間だ。
 ユーニアが、少年に向けてもう一度声をかける。
「運命はお前を愛してくれなかったけど、この世界はお前の世界だ。それを忘れんなよ」
 お前も、あのどうしようもないオッサンみたいになれたらよかったのにな――。
 そんな言葉は、胸の中に仕舞いこんで。彼は、少年に手を振った。
「じゃーな。お前と仲間になりたかったぜ」
 ブランシュが、少年の身体を白い聖骸布で包む。
 最期は、できるだけ痛い思いをさせないように――それが、皆の願いだった。

 極限まで集中を重ねた終が、ナイフを一閃させる。
 狙いを過つことなく、それは少年の命を一瞬にして奪った。

 紫月は、その一部始終を目に焼き付ける。
 中町友多という少年がいた証を深く胸に刻むように、彼女は最後まで目を逸らそうとしなかった。 
「一つの生命は終わっても、新たな運命がまた始まります。もし生まれ変わるなら、次は運命に祝福されますよう……」
 ブランシュが、涙を流しながら祈りを捧げる。少年から託された写真を手に、ユーニアはそっと呟いた。
 ――俺は覚えててやるよ。お前のこと。そして、せいぜい世界を守ってやる。

 リベリスタ達が願った通り、少年の死に顔は安らかだった。
 『アーク』の事後工作により、彼は“事故死”として扱われ、家族の待つ家に帰ることになるだろう。
 撤収を始めた仲間達の後について、こじりが歩き始める。彼女は、少年に何も言わなかった。死を待つ者に対し、かける言葉など無いから。
 だから――息を止めた後に言うだけ。

「良く頑張ったわ、お休みなさい」 

 肩越しにかけられた言葉に、返事はなく。
 前を向いて歩き始めた彼女が振り返ることは、もうなかった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
数史「……お疲れさん。ゆっくり、休んでくれ」

 皆様、お疲れ様でした。
 書き手が言うのも何ですが、どうしても気が重くなるシナリオだったと思います。

 戦闘については、オープニングにも書いた通り『複数体による集中攻撃』が敵戦力の肝だったのですが、早々にノックバックで分断されるわ麻痺させられるわで、ほとんど真価を発揮できずに終わってしまいました。

 少年の選択に関しては、実のところ、こじりさんのような意見がもっと多く出ることを予想していました。実際その通りですし、何一つ反論はできません。

 皆様のお気遣い、心情、力の限り受け止めて執筆させていただきました。
 形はどうあれ、心に残るものがありましたら幸いです。
 ご参加いただきました皆様、ありがとうございました。