●終りを待つ少年 どうしてこうなったんだろう、と思う。 あったかい家があって、お父さんとお母さんがいて、兄弟がいて――たったそれだけのことが、どんなに幸せだったかを、ぼくは今、思い知ろうとしている。 もう、ぼくがあの家にいるわけにはいかなかった。 ぼくがそこにいるだけで、猛獣たちは、ぼくに引き寄せられてしまう。 そして、ぼくの家族を食い殺してしまう。それだけは、嫌だ。 いっそ、今すぐ死んでしまった方が、誰にも迷惑をかけないのだろうけど。 ぼくには、そんな勇気は持てなくて――家族に内緒で、家を出ることしかできなかった。 ――だから、ぼくは待ってる。 ぼくという存在を、この世界から消してくれる人たちを待ってる。 きっと、すぐに来てくれるはずだから。 ●己が運命を知るゆえに ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達を出迎えたのは、黒い翼の見慣れないフォーチュナだった。 「先日からフォーチュナとしてアークに所属することになった奥地数史だ。どうか、よろしく頼む」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、そう言ってサングラスの位置を直した。一見しただけで安物とわかる上に、はっきり言って似合っていない。 「今回の任務は、ノーフェイスとエリューション・ビーストの撃破。フェーズは両方とも2だが、ノーフェイスの方は正直、あまり脅威にはならない」 まだ慣れていない様子で、数史はたどたどしく端末を操作する。ややあって、正面のモニターにノーフェイスとエリューション・ビーストの情報が表示された。 「ノーフェイスは八歳の子供だ。狐のビーストハーフで、革醒の影響で年齢よりかなり賢い。直接的に戦う力は持たないが、フォーチュナに似た予知能力を持ってる」 どこか硬い口調で、彼は説明を続ける。 「そして、ここからが重要なんだが……本人の意思に関係なく、エリューション・ビーストを近くに引き寄せる性質がある」 引き寄せられたエリューション・ビーストはノーフェイスを攻撃することはないが、だからといってノーフェイスの言うことを聞くわけでもない。ノーフェイス以外の人間が周囲にいれば、迷わず攻撃してくるだろう。 「ノーフェイスは、自分の家を離れて閉鎖中の森林公園にいる。家族を、巻き込みたくなかったんだろうな」 そう言って、数史は一度、大きく息をついた。手の中のファイルをめくり、再び口を開く。 「エリューション・ビーストは三体。どいつも猛獣みたいな奴で、タフな上に攻撃力が高い。集中して狙われると一気に持ってかれる可能性もあるから、そこは気をつけてほしい」 そこまで説明した後、数史はふと、誰にともなく呟いた。 「辛い、もんだよな。……家族が、ある日突然いなくなるってのは」 ファイルを握り締める手は、小刻みに震えている。 ずり落ちかけたサングラスの位置を直した後、彼は押し殺した声で言った。 「……俺からは、以上だ。どうか、気をつけて行ってきてくれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月09日(木)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●終りを齎す者 公園の奥で、少年はリベリスタ達を待っていた。 狐の耳と尻尾を風にそよがせ、黙ってこちらを見つめている。 少年の前では、ライオンとも虎ともつかぬ猛獣のエリューション・ビーストが三体、低い唸り声を上げていた。 運命の加護を得られずに、ただ終りを待つだけの宿命――。 『白の祝福』ブランシュ・ネージュ(BNE003399)の桃色の瞳が、運命に選ばれなかった少年の姿を捉える。彼は自身の存在が最愛の家族を殺してしまうことを悟り、独り黙って家を出た。そう、聞いている。 (八歳……まだ八歳なんだぞ……そんな子が、死を覚悟して待っているなどと……) 『赤光の暴風』楠神 風斗(BNE001434)の拳は、爪が掌に食い込むほどに固く握られていた。今までも幾度となく見てきた理不尽、運命の残酷。こんな子供にまで、それを背負わせるのか。 「この世界は、どこまでクソッタレなんだ……っ」 血を吐くような呟きが、風斗の口から漏れる。隣にいた『ペインキングを継ぐもの』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)が、少年に語りかけた。 「また運の悪い奴。自己犠牲ってやつか?」 彼は自らの死を受け入れてまで、家族の住むこの世界を愛したというのに――運命は彼を愛さなかった。まったく、皮肉なものだ。 口を噤んだまま、少し困ったような顔をする少年に向けて、ユーニアはさらに言葉を続ける。 「まあ、覚悟できてんなら綺麗なまま終わらせてやるよ」 いっそ恨んでくれたほうが、どんなに楽か。抵抗しない奴は、やりにくいから嫌いだ――そう思いながら、ユーニアは手の中の“ペインキングの棘”を構え直す。少年を眺めていた『紅翼の自由騎士』ウィンヘヴン・ビューハート(BNE003432)が、僅かに眉を寄せた。 皆、それぞれ思うところはある。中には、ヒルデガルド・クレセント・アークセント(BNE003356)のように表情を変えない者もいたが、それは彼女が割り切っているからだ。たとえ善良な幼子であろうと、フェイトを得られないのなら討たねばならない。そしてそれは――この世界に属していれば、よくある事でもあった。 (彼がフォーチュナだったのは不幸中の幸いだったのかな? それとも……) 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)はふと、そんな事を思う。未来を予知できたから、少年は覚悟を決めて家族のもとを離れた。一歩間違えれば、少年の家で、彼の家族を食い殺したエリューション・ビーストと戦うところだったのだ。そんな、“最悪の事態”だけは免れたのだろうが――。 「どのみち、残酷だね。誰にとっても……」 終が僅かに目を伏せる横で、沈黙を保っていた『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)が「命と言うのは、例えるなら金剛石の様ね」と口にする。 頑丈で壊れにくく見えるけれど、ある衝撃には脆く砕け散る。 それでも。総じて言えるのは、輝く様は美しいということ。 「砕きに行きましょう」 迷いのない口調で、こじりは仲間達を促した。少年の憂いを、未来を、砕くために。 その声を聞き、『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)が顔を上げる。彼女は目を逸らすことなく、真っ直ぐに少年と視線を合わせた。 為すべきことが一つきりであるからこそ、そこを避けて通れないからこそ。自分にとっての全力を尽くすしかないのだ。 リベリスタ達は、武器を手にエリューション・ビーストたちへと向かう。 少年に、終わりを齎すために。 ●獣との戦い 真っ先に飛び出した終が、猛獣じみたエリューション・ビーストの一体を抑えに回る。彼は少年に「こんにちは☆」と明るく声をかけると、手の中のナイフを閃かせ、眼前の猛獣へと連続攻撃を見舞った。 「こいつ等片づけるから、もうちょっとだけ待っててね……」 猛獣の動きを封じ込めつつ、少年に向けてそう告げる。直後、残る二体の猛獣が動いた。一体が終に毒の爪を繰り出し、もう一体が風斗に向けて牙を剥く。いずれも直撃は避けたものの、肩口や腕の肉をごそりと抉られた。立て続けに攻撃を喰らえば、前衛でも立っていられるか危ういだろう。 集中攻撃を避けるには、まず猛獣たちを引き離すこと――風斗は腕から血を流しながら、自らに噛み付いた猛獣に“デュランダル”を振るった。インパクトの瞬間に炸裂したエネルギーが、猛獣を吹き飛ばす。それを見届けたヒルデガルドは、脳の伝達処理を高めて自らを集中に導いた。 吹き飛ばされた猛獣の後を追い、ユーニアが走る。初めて会う強敵、フェーズ2のエリューション。恐れがないと言えば嘘になる。だけど。 「――俺弱いぜ。先に片付けた方が楽だぞっと」 あえて猛獣の気を惹くように言って、ユーニアは“ペインキングの棘”を赤く染める。彼は、血を啜る魔具と化したそれを、迷わず猛獣に突き刺した。 「その哀しき運命の楔を断ち切って、彼の魂を救ってあげましょう」 少年から視線を外すことなく、ブランシュが活性化させた己の魔力を循環させる。紫月が印を結び、戦場に防御結界を展開させた。 「……此処より先は、通行止めです」 紫の瞳に込められたのは、決意と覚悟。 終を傷つけた猛獣に向けて、こじりが駆けた。 「遊んであげるわ、いらっしゃい」 誘うような声に衝撃音が重なり、猛獣の巨体が宙を舞う。三体がバラバラに引き離されたのを見て、ウィンヘヴンが終の前にいる猛獣に黒いオーラを放った。撃破順が最後になる一体の攻撃力を落とし、損害を抑えようという狙いである。暗黒の衝動が猛獣を捕らえ、それが持つ呪いの力が牙や爪を鈍らせた。 未だ麻痺したままの猛獣を前に、終が自らを集中領域に高める。彼の役目は、この一体を抑えること――その間に、仲間たちが一体ずつ確実に撃破していく手筈となっていた。風斗が全身に闘気を漲らせ、ユーニアの前にいる猛獣を挟むように立つ。こじりが吹き飛ばした猛獣には、ヒルデガルドが気糸の罠を放った。 「……このスキルは好みではないのだが、必要ならば」 気糸に絡め取られ、離れた一体が動きを封じられる。ユーニアの前に立つ猛獣が、先の言葉通り彼を与しやすいと判断したのか、爪を振り上げてユーニアに襲い掛かった。皮膚が抉られ、猛毒が全身を駆け巡る。しかし――彼が麻痺に陥ることはなかった。狙い通りとばかり口の端を持ち上げ、赤く染め上げた“ペインキングの棘”を猛獣に突き立てる。ユーニアは麻痺の効かぬ己の身を囮に、厄介な麻痺攻撃を封じようとしたのだった。 紫月が、神々しい光を放ってユーニアの毒を消し去る。続いて、ブランシュが癒しの福音を響かせ、前衛たちの傷を塞いでいった。彼女らの存在こそ、リベリスタ達の命綱とも言える。 ウィンヘヴンが、風斗とユーニアに加勢すべく不死鳥の翼を羽ばたかせた。黒い光を帯びたランスが猛獣を貫き、さらに告死の呪いで身を蝕む。 気糸に捕らわれた猛獣に向けて、こじりが駆けた。視界の隅に一瞬、少年の姿が映る。 (彼は自分を殺す勇気が無かったようだけれど……気付いているのかしらね) 自分達は、少年を殺すために現れたヒーローなどではない。 人を殺すため、その死を背負うために勇気を出した“ひと”なのだ。 その重さを、果たして彼は知っているのだろうか。 少年はただ、戦いを見つめている。 ●業の重さ 只人が立ち入らぬ公園の中で、猛獣とリベリスタの戦いは続く。ようやく麻痺を打ち破った猛獣に向け、終が再び連続攻撃を仕掛けた。神速を活かして繰り出される澱みない斬撃の数々に、猛獣はなす術なく動きを封じられていく。 眼前で低く唸りを上げる猛獣を睨みながら、風斗が“デュランダル”を振り上げた。白銀の刀身に刻まれた赤いラインが、ひときわ輝きを増す。 「ああ、明確な『敵』というのは、どんなに強くても与し易いな……心置きなく剣を振り下ろせるのだから……っ」 激しいオーラを纏った渾身の打ち下ろしが、猛獣を捉えた。彼の勢いはなおも留まることを知らず、もう一撃を連続で叩き込む。血飛沫とともに断末魔の絶叫を上げ、猛獣が地に沈んだ。 まずは一体――気糸を引き千切った猛獣の周囲に、ヒルデガルドが再び罠を展開する。しかし、猛獣は辛くも拘束を逃れると、大きな口を開けてこじりに襲い掛かった。防御に専念する彼女は、自分を噛み砕こうと迫る鋭い牙を武器で受け止め、ダメージを抑える。ブランシュの奏でる癒しの福音が、こじりの傷を塞いだ。皆が倒れることのないよう、戦線を支えるのがブランシュの役目。 駆けつけたユーニアに後を任せ、こじりは終が抑える残りの一体に向かう。入れ替わりに接敵したウィンヘヴンが、赤く染めたランスで血を啜るべく、その穂先を真っ直ぐに突き出した。 この猛獣たちを倒したら、次は少年の番だ。 武器を持たず、戦うつもりもない無抵抗な相手を殺す――それを考えると、どうしても胸に鉛を詰められたような気分になる。 (武人として最低の行為のひとつだよね。気が重いや……) それでも、誰かがやらなければいけないのだとしたら。それを為すのは自分達だと、彼女は思う。 紫月もまた、同じような思いを抱えて、戦場の後ろに佇む少年を見ていた。誰かを犠牲にせずとも、誰かを助ける事が出来るのなら――どんなに良かっただろう。 わかっている。そんな選択肢は何処にもない。少なくとも、今は。 (だからこそ……私は、私の出来得る最善を尽くす) そうしてこそ、ほんの少しでも“救い”を見い出せると思うから。 紫月の呪力が戦場を包み、冷たい雨を降らせる。それは、二体の猛獣に降り注ぎ、彼らの体表を凍りつかせていった。 合流したこじりとともに、終が眼前の猛獣を抑え込む。まともに動ける敵は、集中攻撃を受ける一体のみだ。その一体が、なおも戦意を失わずに前衛たちに向けて爪を振るう。風斗が、ウィンヘヴンが、同時に動きを封じられた。 「こんなガキにここまで覚悟見せられたらさ、こっちも根性出すしかないだろ」 目の前の敵は既に深い傷を負っている。ここが決め時だと、ユーニアは血を啜る赤い棘を深々と突き刺した。紫月のブレイクフィアーで麻痺から逃れたウィンヘヴンが、止めの一撃を繰り出す。禍々しい光を帯びたランスの穂先が、告死の呪いとともに猛獣の心臓を貫いた。 あと一体――ヒルデガルドが、残る敵の目を狙って気糸を撃つ。怒りの雄叫びを上げる獣に向けて、ブランシュの展開した魔方陣から小さな矢が放たれた。 こじりが、猛獣の向こうに立つ少年に向けて声を投げかける。 「責任転嫁も良いところよね。自分の手は汚さないで、代わりにその業を一生背負えと言っているのと同じなのだから」 その言葉は、少年の痛いところを突いたのだろう。彼は初めて表情を歪ませ、「……ごめんなさい」と消え入るような声で詫びた。 「せめて見ておきなさい、貴方のために傷付きながら戦う私たちを。そして胸を痛めなさい」 ――その対価に、殺してあげるから。 こじりのオーラが、彼女の身を焦がしながら雷に変換されていく。 激しい火花とともに放たれた一撃が、最後の猛獣を屠った。 ●還り逝く命 猛獣たちが倒れた後、リベリスタ達はゆっくりと少年に歩み寄った。 それぞれの思いを抱える彼らに向けて、少年が申し訳なさそうに口を開く。 「……ケガをさせて、ごめんなさい。嫌な思いをさせて、ごめんなさい」 家族を守るため、自分なりに考えた結論ではあった。自分が死ぬことも、覚悟は決めていた。だが、それが他者に傷を残す行為だということに――彼は、こじりに言われるまで気付けなかったのだ。 少年に向ける言葉を探せずに、ブランシュが立ち尽くす。 運命に見放されてなお、その運命を――自分の死を、受け入れようとしている彼。 結末が一つしかなく、本人がその覚悟を決めている以上、何が言えるだろう。大切な人を失うことの悲しみは、嫌というほど知っている。 「オレ、終。――オレ達が君の待ち人……になるのかな」 終がそう言って、少年にココアの入った魔法瓶と、菓子の箱を差し出す。寒空の下で待っていた少年に対するせめてもの心遣いだったが、彼は申し訳なさそうに首を横に振った。死を前にして、食べ物が喉を通らないのかもしれない。 紫月が歩み寄り、少年の傍らに屈んで目線を合わせる。 「……風宮紫月です、お名前を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか」 少年は彼女の紫色の瞳を真っ直ぐに見て、はっきりと答えた。 「友多。……中町友多(なかまち・ゆうた)です」 その名を、リベリスタ達は無言で胸に刻む。紫月は瞳を潤ませ、声を詰まらせながら少年の小さな身体を抱きしめた。 「ごめんなさい、遅れてしまいました……」 自分はどうして、こんなにも無力なのだろう。エリューション・ビーストは倒せても、この腕の中にいる子供一人救えないなんて。 言葉は声にならず、ただ、大粒の涙が零れ落ちていく。 殺したくなんてない。この子には、未来があった筈なのに――それを運命だなんて言葉に、理不尽に奪われてしまった。 「本当に、ごめんなさいね……」 声に出すことができたのは、その一言が精一杯だった。 これ以上を口にしてしまえば、嗚咽をあげて泣き崩れてしまいそうで。 最後に、ぎゅっと両腕に力を込めてから。紫月はそっと、その腕を離した。 彼女と入れ替わるようにして、ブランシュが少年を抱きしめる。その名を呼びつつ、彼女は自分の温もりを彼に伝えていった。 よく頑張ったねと――そう、心で呼びかけながら。 「ありがとう。……来てくれて、ありがとう」 紫月とブランシュの想いを受け止め、少年もまた、涙を流す。 しばらくの間、彼はブランシュの腕の中で泣き続けていた。 「――友多君、何か最後にしたい事とかある?」 少年が落ち着くのを待ってから、終は彼にそう問いかけた。どうあっても、少年の命を救うことは出来ない。それならせめて、最後の望みだけでも叶えてやりたかった。 ユーニアも、少年に向けて語りかける。 「言いたいことがあれば言えばいい。家族に伝えておいてやるよ」 死んでしまったら、何も言うことはできない。こればかりは運命の気紛れに関係なく、誰にとっても平等な事実だった。 少年は少し考えた後、「書くもの、ありますか」と遠慮がちに言う。ウィンヘヴンが、持っていた銀の万年筆を彼に差し出した。 「ありがとうございます」 ウィンヘヴンに礼を言い、少年がコートのポケットから何かを取り出す。よく見ると、それは一枚の写真だった。家族との記念写真だろうか。 少年は写真の裏に、万年筆で言葉を綴っていく。子供そのものの稚拙な字が、家族への感謝を伝えていた。それを見てしまった風斗の表情が、大きく歪む。 「……なあ、知っているか? 人間はな、死んだらまた新たな人間に生まれ変わるんだ。お前が強く願えば、あるいはまた家族の下に生まれ変われるかもしれん」 風斗の言葉に、少年が顔を上げて彼を見る。ノーフェイスを救う方法は、今のところ無い。殺すしかないという結末は変わらないにしても、せめて――。 「ぼくは、またあの家の子供に生まれたいです」 そう言って笑った少年を見て、風斗の心は抉られた。わかっている。こんなものは気休めでしかない。でも、少年がそれを信じ、僅かでも心安らかに逝けるのなら。 ――せめて、そのくらいの救いはあったっていいだろう……。 仲間の声掛けを黙って見守っていたヒルデガルドが、もう良いのかと視線で問う。少年から万年筆を受け取ったウィンヘヴンが、「……ごめんね、としか言えないよね」と、小さくこぼした。 いよいよ、別れの時間だ。 ユーニアが、少年に向けてもう一度声をかける。 「運命はお前を愛してくれなかったけど、この世界はお前の世界だ。それを忘れんなよ」 お前も、あのどうしようもないオッサンみたいになれたらよかったのにな――。 そんな言葉は、胸の中に仕舞いこんで。彼は、少年に手を振った。 「じゃーな。お前と仲間になりたかったぜ」 ブランシュが、少年の身体を白い聖骸布で包む。 最期は、できるだけ痛い思いをさせないように――それが、皆の願いだった。 極限まで集中を重ねた終が、ナイフを一閃させる。 狙いを過つことなく、それは少年の命を一瞬にして奪った。 紫月は、その一部始終を目に焼き付ける。 中町友多という少年がいた証を深く胸に刻むように、彼女は最後まで目を逸らそうとしなかった。 「一つの生命は終わっても、新たな運命がまた始まります。もし生まれ変わるなら、次は運命に祝福されますよう……」 ブランシュが、涙を流しながら祈りを捧げる。少年から託された写真を手に、ユーニアはそっと呟いた。 ――俺は覚えててやるよ。お前のこと。そして、せいぜい世界を守ってやる。 リベリスタ達が願った通り、少年の死に顔は安らかだった。 『アーク』の事後工作により、彼は“事故死”として扱われ、家族の待つ家に帰ることになるだろう。 撤収を始めた仲間達の後について、こじりが歩き始める。彼女は、少年に何も言わなかった。死を待つ者に対し、かける言葉など無いから。 だから――息を止めた後に言うだけ。 「良く頑張ったわ、お休みなさい」 肩越しにかけられた言葉に、返事はなく。 前を向いて歩き始めた彼女が振り返ることは、もうなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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