●閉鎖集団「黄泉ヶ辻」 かつて、とあるバランス感覚の男がアークとの交渉に乗り出す以前の話。 同盟したばかりの『相模の蝮』蝮原 咬兵(nBNE000020)へ、とあるリベリスタが問い掛けた。 「フィクサード主流七派の内で最も危険な組織はどれか」 咬兵はかくの如く答えたと言う。 「主流七派ってのは適者生存の結果残った七つの本流だ。 個々の戦闘力なら『剣林』が最も高いだろうが、組織戦なら『逆凪』の物量は圧倒的だな。 策を巡らせりゃ『三尋木』が一歩先じるだろうし、『裏野部』に到っちゃ何をやらかすか未知数だ。 政治・外交的手腕じゃ『恐山』には敵わない。『六道』の潜在的戦力なんざ人材だけじゃ計れ無い。 どいつもこいつもまともじゃない。どれが特別危険ってのは無いし、 ある意味じゃどれもがそれぞれに危険だからこそ、フィクサード何てもんを纏めていられる訳だ」 ただ――と。蝮はそこで言葉を区切る。 ただ。人の根源的な部分で危ないと言う感覚を最も刺激する組織であれば――との注釈を付け。 「『黄泉ヶ辻』とだけは事を構わらねえ方が良い。 奴らは何を考えてるか分からない以上に、異質だ。実害としての危険以上に――」 その談義が、事実行われた物であるかは薮の中にさて置き。 閉鎖集団『黄泉ヶ辻』とはフィクサードらにとってすら謎の組織である。 曰く、閉鎖主義の引き篭もり。数を揃えて何かをしている不気味なフィクサード達の集合体。 その一端を僅かにでも垣間見た者は、皆頭を振り、口を揃えてこう告げる。 「『黄泉ヶ辻』とは関わるな」 人が最も恐れるのは、恐れる対象であるかすら分からぬ未知であると言う事か。 いつしか主流七派の内にすら含まれていたその名は、けれど人の口に上る事は極めて珍しい。 構成員を何処から調達しているのかすら分からないその集団は、 けれど厳然として七つの最大派閥の内に銘を連ねている。その実態すら明らかでないままに。 まるで童話の様に、まるで寓話の様に、まるで呪いの様に、人伝に語られれるその在り様。 彼の蝮を以ってすら、異質と詠うのも頷ける。 フィクサード達の内でもある程度の有識者であれば既に誰もが知っている事。 彼の組織は、最多でなく、最強でなく、最優でなく、最適でなく、最悪でなく、最先端でない。 否――それ以前の、問題である。 『黄泉ヶ辻』とは、戦いにすら、なりはしない。 ●Case1 12月を旧暦で師走、等と言うが、ある業種にとっては1月。年始の方が遥かに忙しかったりする。 例えばそう、大手百貨店勤務の販売業等はその最たる例と言えるだろう。 年始はセールが目白押し。どうしても帰宅する時間は遅くなる。 それは仕方の無い事であり、家族も了解している事ではある。 だが、それも息子の誕生日となれば話は別だ。男はギリギリのスケジュールを縫って、 この日この時だけ良き父である事を優先させて貰った。仕事上の余裕などは無いし、 この分だと休日出勤は免れないが、それも今年で9になる息子が喜ぶ顔を見る為だと思えば、惜しくない、 予約しておいたビデオゲームの包みを手に、寒風荒ぶ町並みを駆ける。 どん、っと、男がそれと接触してしまったのは、急いでいた事もあったろう、偶々偶然だった。 「っと、すみませんっ!」 慌てた声でホームへと駆ける。電車の戸が今正に閉まろうとしていた。 「……」 じろりと、黒いコートに身を包んだ男が見つめていた。さっきぶつかった相手だ。 何処となく不気味なその視線に、けれど男は気付かなかった。 荒い息を整え、プレゼントの包みを大事そうに抱く。最愛の家族と一つの区切りを祝う為に。 それが1月12日の出来事。とある一家は生まれて来た奇蹟を祝福し夜を過ごす。 男が高熱を出し、寝込んだのはその翌日の事である。 ●ある少年に起きた出来事 1月14日 お父さんの熱が下がらない。 お医者さんに来て貰ったけれど、原因不明らしい。心配だ。 家の裏で犬の死体が見つかった 1月16日 お父さんの熱が下がらない。 それだけじゃなくて、僕も、お母さんも部屋に入れたがらない。 それに最近、夜中に何かしている音がする。お父さんだろうか。 家の裏で大型犬に噛まれた様な猫の死体が見つかった。何か凄く嫌な感じがする。 1月18日 それはもう、お父さんじゃなかった。 お母さんを齧った血塗れの口で、それは嗤った。 オカエリナサイ、ハヤカッタンダネ ぬるりと、赤い飛沫を踏みつけながらそれは一歩近付いて来た。 悲鳴は、上げられなかった。声が出なかった。恐くて、恐くて、恐くて。 だから――僕は――ぼくは―― 1月20日 部屋に籠って、2日が経過した。 手に付いた血の感触が取れない。吐き気がする。震えが止まらない。 1月22日 部屋に籠って、4日?が経過した。多分。 寒い。痛い。苦しい。何で?何で?何で??? 1月24日 いたいいたいいたいいたいいたいいたいたいいたいたいたいたいたいたいたいたいいいたい ひどくのどがかわく ちゃいむのおとがきこえた 1月26日 吐き気が収まった。 あれから何日経っただろう。やっと少し落ち着いた気がする。 1月28日 あれ ぼくなんで人を ●憑鬼 「皆さんお集まり頂きありがとうございます。至急のお仕事です。 住宅街にアザーバイドが出現しました」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000018)の声が鋭い。 これは一定以上の即動性を必要とする案件が出現した事を示している。状況は急を擁するらしい。 表示されたモニターには幾つかの情報が示されている。さて、どんな事件かと。 集められたリベリスタ達が直ぐにその違和感に気付く。今さっき和泉は何と言ったか。 「佐伯俊司さん、35歳。佐伯良子さん、32歳。佐伯秀介君、9歳。これが今回の被害者です」 それは分かる。モニターに表示されているのは如何にも幸せそうな一家族。 だが―― 「この内、俊司さんと良子さんは既に死亡しています」 続く言葉は残酷なまでに、既に終わった現実を示す。果たしてそれは、神秘事件では無かったのか。 神秘事件であったなら、何故万華鏡はそれを察知出来なかったのか。そんな問いが視線に混じったか。 リベリスタ達を一瞥し、何処か沈痛な面持ちで。けれど間断無く和泉は続ける。 「この前段階では、万華鏡は察知出来ませんでした。と言うのも、 余りに反応が小さ過ぎた為です。今回察知出来たのも、外部に犠牲者が出る可能性があったからです。 この家族間で完結してしまっていたなら、恐らく見過ごしていたでしょう」 モニターを操作する。其処に表示された事実に、リベリスタ達の内数名が息を呑む。 アザーバイドによる殺人、そんな事例は決して少なくは無い。 だが、それらは諸に神秘事件である。犠牲者が出た瞬間察知出来てもおかしくはない。 なら、一体何が万華鏡による探知を阻んだというのか。答えは、明らかである。 「アザーバイド、識別名『憑鬼』極小サイズの、寄生型アザーバイドです。 この鬼は接触感染にて人間の体内に侵入。体内に潜伏後凡そ24時間で活動を開始。 宿主の体内組織を変質させながら増殖を繰り返し、宿主となった人間を凡そ1週間で、 アザーバイド化させます。この変質したアザーバイドは、同族を喰うと言う性質を持ち――」 要約すれば、人を、食人鬼に変質させる性質を持つウイルス。 しかもそんな物が接触感染する――然り、紛れも無い緊急事態である。 「幸い、宿主が死亡した時点でアザーバイドは共に死滅します。 また、エリューション能力者に感染する事は出来ません。ですが、最初の感染元。 佐伯俊司さんは、妻良子さんを殺害後、秀介君に殺されてしまいました」 恐らくは、完全にアザーバイド化していなかった為に、十分な戦闘能力を持っていなかったのだろう。 だが、この際に憑鬼が感染した。そして、万華鏡がその存在を察知したという事は…・・・ 「佐伯秀介君は、今回の被害者です」 そう言った。和泉は、間違いもなく。それは既に、害を被っている。と言う意味である。 「アザーバイド、識別名『憑キ鬼』の討伐をお願いします」 だから、彼らが狩るのは哀れな少年では無い。識別名『憑鬼』である。 人を喰う、鬼である。そうであると、するしかない。既に変質した命は、元には戻らない。 「逃がせば、多くの被害が出ると思われる極めて危険なアザーバイドです。 くれぐれも、此処で決着を付けて下さい」 感情を殺した声でそう言って、一礼する。和泉の表情を見る事は、適わない。 それはいつもの仕事。いつもの――悲劇。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月15日(水)23:28 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●Answer その選択が正しかったのか、間違っていたのか、答えは無い。 そもそも、何を持って正しいとし、何を持って間違っているとするのか。 リベリスタの。アークの業務からしてそういう類の物である。彼らは常に選択を強いられる。 だからそう、それが是であるか、否であるか等誰にも答えられない。 ただ、彼らが放ったその問いに、彼はこう答えた。 生きたい、と。 惨めでも、格好悪くても、人殺しでも――叶わぬ願いでも 生きたい、と。 ――死にたく、無いと。 ――――沢山やりたい事があったのだと。 ――――――友達に、さよならも言ってないのだと ぐしゃぐしゃの顔で、涙を溢しながら、歯を喰いしばりながら、そう答えた。 それはきっと。いつもの仕事。 幾つも幾つも繰り返してきた、彼らの仕事の、その一つ。 ●Daydream 「あ、おかえりなさーい」 玄関扉の前に座り込んでいた『拾ってください』シャルロッテ・ニーチェ・アルバート(BNE003405) その声に戻って来た2人を確認し、凭れていたトラックから身体を起こす。 「揃ったであるな」 透視を利用し、室内を観察していたのは『Dr.Faker』オーウェン・ロザイク(BNE000638) 彼は繊細なまでに下準備に手をかけるタイプである。当然敵の動きへ警戒にも余念は無い。 だが、現時点まで特にこれと言った誤差は見られていない。 識別名『憑キ鬼』。そう名付けられた“アザーバイド”は動かない。 「……やはり、余り気分のいい話ではないな」 トラックの持ち主であるアルトリア・ロード・バルトロメイ(BNE003425)が、 独白と共に結界を展開する。彼らは、これから子供を殺しに行くのだ。 正義の味方を貫こうとする彼女にとって、その意義は決して小さくない。 近所へ工事を行うとの旨を告げて周っていた、 『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)と『復讐者』雪白 凍夜(BNE000889)に、 家の前を通りがかる人々に同様に内容を説明していた『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250) 3人の功もあり周囲に人通りは無い。少なくとも、今の所は。 「む」 改めて、視線を向けたオーウェンが声を上げる。動きが、あった。恐らく原因は結界である。 『憑キ鬼』は結界の存在等知りはしないが、彼の鋭い五感は己が何かを通り抜けた事に気付く。 気付けばまず、窓辺に寄る。彼の部屋は2階にあるのだから当然だ。 目の当たりにするのは玄関に止まっている見知らぬトラック。 「……気付かれたであるか」 これだけ色々な下準備をしているのだ、理性があれば不審に思わぬ筈も無い。 「出て来ぉへんな」 『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728)が急いでチャイムを鳴らすも、案の定出てくる気配無し。 準備に力を注いだ代償であろう、警戒されているのは明らかである。 「仕方無い、行くぞ」 嘆息一つ。物質透過を用いたオーウェンが玄関へと踏み込み鍵を外すと、 『斬盾』司馬 鷲祐(BNE000288)が先陣を切る。 (……久しぶりに、反吐が出る) 普段より辛辣なまでに冷静である事を任ずる彼が、この日に限ってそうではなかったのは 果たして、犠牲者に故無き故か。或いは――この一家の在り方に何か、感ずる所でもあったか。 躊躇無く、果断なく、男は屋内へと踏み込む。続く凍夜、椿、そして優希。 廊下にもリビングにも人の気配は無い。念の為アルトリアが後ろ手に扉に鍵を掛ける。 「うちらは、自分と話をする為に……現状を説明する為に来たんよ」 一方上階へ向かった椿と七海は自室に籠る『憑キ鬼』――佐伯秀介と対面を果たしていた。 この場合幸い、と言うべきか。彼らは移動をトラックで行っていたが為に、 通常現場に辿り着くより多少の時間を稼いでいた。故に、秀介は辛うじてその理性を保つ。 だが、理性がある事が必ずしも良い事であるとは限らない。 「辛いかもしれへんけど……一緒に降りてくれへん?」 彼は警戒も露に部屋の隅に退いたまま椿の言葉に頭を振る。 人格を失っていない秀介はただの9歳の少年である。 彼にとって、突然現れたリベリスタ達はただの不法侵入者以外の何者でもない。 「そう言わずに、一緒に水でも飲まないか?」 余り交渉事が得意とは言い難い七海が、被せて声を掛けるもその手には正鵠鳴弦。 白と黒を彩る剛弓を携えている。秀介の鋭敏な視覚がそれを捕らえぬ筈も無い。 ガチガチと恐れと緊張で歯を鳴らしつつ、頭を振る。 ただの小学生が、本物武器等を前にどうして気安く動けよう。 「止むを得まい……」 余りに多く、手を汚し。感覚として鈍って来ていたのだろうか。 そう、理性がある事が必ずしも良い事であるとは限らない。理性的な人間は見知らぬ他人を警戒する。 特に余裕が無い者と対話するのであれば、その第一印象には細心の注意が必要である。 彼らはその優先順位を落とす事で、神秘の秘匿を優先した。 である以上、これは当然の流れ。 随伴していたオーウェンがその集中を解き放つ。 放たれた必中の気糸。魔力で編まれたピンポイントは確実な軌跡を辿って俊介の眉間へと直撃する。 果たして、如何なる変化か。それが引き金である。 「ぎ……あ、あああああああああああああああああ!!」 上がった声は、まるで獣の咆哮。怒りに駆られた『憑キ鬼』が瞬く隙に最前の椿へと距離を詰める。 「なっ……!」 この点、連携不足は否めまい。彼女はそれなりの防御力と回避率を併せ持つが体力に欠ける。 捜索の際、せめて誰か護衛なり付けておくべきだったろう。 暴走した少年の手は、既に人間のそれではなかった。ぎらぎらと鋭い爪には刃の輝きが宿る。 叩き込み、叩き付ける。椿と、その椿の後ろに控えていたオーウェンが纏めて部屋から吹き飛ばされる。 確かに、彼は人間ではなかったろう。確かに、彼は既に殺される道しかなかったろう。 けれど彼の人間としての理性にトドメを刺したのは、憑鬼ではなく、黄泉ヶ辻でもない。 “リベリスタ”である。 ●Daybreak 「――!?」 その響いた轟音に、驚きながらも反応を示したのはリビングで待っていた鷲祐である。 急いで部屋を出れば、廊下には上階から吹き飛ばされ落下したのだろう。 血に塗れた椿とオーウェンが姿勢を立て直すその最中。他方上階、向かい合うのは『憑キ鬼』と七海。 一対一。怒りの対象であるオーウェンが階下に落ちた為にその矛先は七海へ向かう。 (回避を……いや、チャンスだ。ここで攻撃しなくてどうする? 突っ込んでくるんだ、なら――合わせるのは簡単じゃないか!) 剛腕一旋。半ば無理矢理に暴走させられた為か、その動きは大振りで荒い。 その一挙手一投足を見切り、集中を重ねた呪いの魔弾を射る。命中。 吹き出す血潮に少年の小さな体が染まる。 更には必然的に反撃として『憑キ鬼』の攻撃も被るも、七海はその被害をも最小限に押さえ込む。 ギリギリまで敵の動きを観察した功であろう。 階下に吹き飛ばされつつも、後衛である七海が半ば以上体力を残した状態で 仲間達と合流出来たのは稀有な覚悟の齎した僥倖である。 「皆、リビングへ向かえ。此処は俺が預かる!」 流水の如き構えと共に、トンファーを手にした優希が声を上げる。 いずれにせよ、リビングへ誘い込むには2手を必要とする。 “怒り”は攻撃を誘うが、攻撃を伴わない全力移動を誘発したりはしないのだから。 上階より歪に腕が膨れ上がった少年が跳び下りる。その瞬間を狙い、間髪入れず仕掛ける者、2人。 「闇に堕ちしこの力でも……」 これが、正義か。その問に解が出ることは無い。 或いは、アルトリアにとっての幸いは対面した『憑キ鬼』が既に異形であった事だろうか。 「護れる物が有るなら!」 放たれた暗黒の瘴気は狙い違わず少年の体躯を包み込む。 更に、追撃一閃。トップスピードを纏った鷲祐のソニックエッジが闇を裂く。 彼の動きは鋭敏を以って成る『憑キ鬼』の視覚ですら捉えるのは容易くはない。 「卓越した五感なら、そこを刺激する……!」 音速を越える一撃と、速度によって上がった風切り音が感覚と聴覚を纏めて殺す。 幾ら卓抜した戦闘力を持とうと、一度麻痺した体躯はそう簡単には動かない。 あまつさえ、彼には“呪い”が掛かっているのだ。七海の乾坤一擲の――カースブリッドが。 「お前が本物の鬼になってしまう前に……ここで討伐させて貰う!」 動きの止まった『憑キ鬼』の体躯を掴み、引き摺り叩き落す。 優希の大雪崩落にその小柄な異容が地を跳ねる。 体躯の痺れから反撃に至れぬ以上、如何なる強力であろうと無用の長物。この機を逃す所以は無い。 「……悪い。わけ分かんねえよな」 仕掛けた鷲祐の影。気配も無く殺気も無く佇んでいた凍夜が体躯の自由を奪われた、 少年の形状を未だ残す鬼をリビングへと引きずり出す。 リベリスタ達の仕事は非情だ。いつも救いがある訳ではない。いつでも抜け道がある訳ではない。 例えば、何故彼が――佐伯秀介と言う少年がこんな目に合わなくてはならなかったのか。 理由は無い。理由は、無いのだ。ただ運が悪かった、それだけのこと。 だが、ただそれだけの事がその人間のみならずその家族の命までも奪う。 それを果たして、納得出来る物だろうか。 「運命って残酷だけど誰にでもあって人によっては変える事も出来る、とても不平等な物だよね?」 リビングに転がされた『憑キ鬼』を見て、シャルロッテはその色彩の異なる眼差しを細める。 少女と、言える年頃である。秀介とかつて呼ばれた少年と大差は無い。 けれど。運命と言う急流に押し流され歪んだ彼女の倫理観は、自然と手にした弓に矢を番えさせる。 「でも、仕方ない事なんだと思うよー」 身の丈を越える大きな弓より放たれた魔性の光はあっさりと。 そう、表現してしまえるほどに躊躇も無く子供の体躯を貫き射抜く。 撃ち抜いたシャルロッテの表情に感情の色は無い。可憐な人形の様な容貌に諦観と妥協だけが浮かぶ。 「……ぎ、いぃぃぃぃぃ……」 地を這う。血を這う。鮮血の絨毯の上をもがく。その姿はあたかも獣の様で。 けれど、動く指先、瞳や風貌には確かに子供の幼さが宿る。 それを目の当たりにして――それを、視界に収めて。リビングで待っていた椿の銃口が向く。 つい先刻まで会話をしていた相手。つい、ほんの少し前まで、人間だったもの。 銃口が揺れる。ラヴ&ピースメーカー 。絵空事の様な秩序の担い手を任ずる彼女には分かる。 それは必要な事。それは仕方の無い事。それは既に定められた結末。 「秀介さん、自分は父親を殺した思っとるかもしれへんけど……」 自分を納得させる為であっても、告げずにはいられない。視線も銃口も逸らさない。 その名を呼んで、向けられた眼差し。怒りが解けたのか、であれば、麻痺も、呪いも。 時間的猶予はもうない。直ぐにでも『憑キ鬼』は動き出す。分かって。分かっていて言葉を続ける。 「秀介さんが遭遇した時点で、アレは憑キ鬼になっとった。アレはもう秀介さんの父親や無かったんよ」 それは、欺瞞だ。そんなことは分かっている。 分かった上で言わずに居られなかったのは、彼女にもまた、家族が居るからか。 或いは、不当に、運命に、家族を奪われた想い人が――居るからか。 「……安心しぃ、自分は人を殺してへん」 身を起こす。動き出す。『憑キ鬼』が――けれど。 その言葉を、止めてはならないと思った者が居て。 その背に、仲間達の命を背負うと決めた者が居た。 「させ、ねぇよ――!」 凍夜が割り込む。跳びかかろうとした『憑キ鬼』の眼前へ跳び出し受け止める。 「俺の家族が受けた悲劇を、これ以上生み出させてたまるか!」 優希が組み付く。『憑キ鬼』を羽交い絞めにする。前後2人に組み付かれ、さしもの鬼も動けない。 「うちらが責任持って、人の間に殺したる――」 異形の姿、けれどその瞳は確かに。“秀介”とそう呼ばれた時椿を向いた。 その事実を、その現実を、決して忘れない。トリガーを引く。呪いの弾丸が『憑キ鬼』を射抜く。 足掻く、猛る。作り変えられた体躯は、けれどまだ動く。 動くのであれば、生きなければ。戦えるのであれば、生きなければ。 例え世界が、運命が、未来が、秀介を不要と断じたのだとしても。彼はただ。彼はただの―― 「自分には君の心を救う術がわからない」 視線を向けず、向けるは黒白の弓。鳴弦はその銘違わず正鵠を射る。 躊躇無く撃った七海の一矢。それに続くオーウェンのピンポイント。 二条が脚部に突き刺さる。倒れる。動けない。動かない。もう、『憑キ鬼』は逃げられない。 それでも、牙を剥く。爪を血に浸す。暴れる。獣の様? いいや、違う。 それは、子供の様に。癇癪を起こす子供の様に。 「でも、あんたはもう戻れないんだ。だから……」 割り切れない。割り切れる物ではない。だがそれでも、割り切らなくてはならない。 凍夜が片手の短刀、煌鋼を振り上げる。それを、押し留める手。 満身創痍、放って置いても自然死を迎えるだろう『憑キ鬼』に、一歩踏み出したのは鷲祐。 「いつまで、獣のふりをしている」 人である彼と、鬼であるそれを、明確に分けていた鷲祐からしてみれば瞭然だ。 彼は、己の名に反応した。であれば、怒りが解けた時点で彼は既に『鬼』ではない。 「血肉が欲しいなら腕一本位くれてやる」 手を差し出す。それがどれ程危うい行為か。相手は保菌者に等しいと言うのに。 当然の様に噛み付く秀介。だが、それに理由があるとすればそれは空腹では無いだろう。 小学3年ともなれば、現実の認識は曖昧では無い。気付く筈だ。自分は殺されると。 気付く筈だ。自分は此処で死ぬのだと。だが、それを受け入れ、納得出来るだろうか。 大の大人でも難しい事を、子供が。果たして。 「……畜生……っ」 漏れた声は、確かに。少年の声をしていた。 ●Question 「俺はお前の気持ちを知りたい。お前の望みはなんだ 叶わぬ望みには触れられんが、お前を残す事はできるぞ。言葉でも、モノでも」 問い掛けは、至極単純な物。だから答えも、とてもとても、単純な物。 「――生きたい」 だって、そうだろう。何が悪かったか何て分からない。何もしてない分けじゃない。 誰にも迷惑をかけて無いなんて言えない。けれど、こんな事になるほど悪い事はしていない筈だ。 「死にたく、無い」 鷲祐の手から血が滴る。噛み付いた牙が揺れる。くぐもった声が漏れる。 「沢山やりたい事があった友達にさよならも言ってない父さんにごめんも言いたかった 悪い事だってした全部良い事ばっかりじゃなかったでも生きたい、生きたい、まだ生きてたい」 牙が抜ける。その風貌は既に異形。腕は膨らみ体表は硬質化しその牙も爪も人を殺せる。 何より、彼は触れるだけでその人間の人生を終わらせる事が出来る。 それでも。 それでも。彼はただの。小学3年生だったのだから。 「……そうか。分かった」 その願いは、叶わない。鷲祐が言った通りの叶わぬ望みだ。 けれど、残す事は出来る。その言葉も、その想いも。 「――父さんを、こんな風にした奴を、絶対許さないで」 振り上げたナイフが振り下ろされる。一度といわず、幾度も、幾度も。 二次感染を防ぐには、その細胞一片に到るまで焼却する以外に無い。 彼は何も成し遂げられず、何も果たせず、十年にも満たない命を遂げるのだ。 全て上手くは転ばない。救いも抜け道も無い。 それでも、その命は無駄でなかったのだと―― 「長居は禁物だろう。行こう」 アルトリアの声に、踵を返す。散々に去るリベリスタ。その最後尾でシャルロッテが振り返る。 「Au Revoir(さようなら)」 告げる声は静かに。何処までも静かに。ただ不幸で在っただけの少年の墓所へと捧げられる。 「――本当に、こんな結末しか、無かったのかよっ!」 玄関の壁に叩きつけられる拳の音。程無くアークの処理班がやってくるだろう。 いつもの様な、いつもの仕事。 けれどたった一人として、いつもの様に、死ぬ者など居ない。 ●1月24日 対面調査の結果、経過は良好。反魂の研究成果と合わせ実験を続行。 投薬実験による安定化は暫定成功。意識混濁の副作用有。 また深度Aに於ける耐久性に難在り。サンプルは回収済。推定死後1週間弱。 適性は若年層の方がより高く発揮される模様。観察を継続する。 尚、アークの介入が見られた場合、即時経過観察を中断の上撤退。警戒レベルを2へ移行する―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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