●猫(ビーストハーフ)による猫助け アークに所属するリベリスタ・根谷弓美子(ねや・ゆみこ)は心の底から怯えていた。 今、彼女は木の枝の上に立っており、両腕の中に一匹の猫を抱えている。高いところは別に苦手ではないし、人並み外れたバランス感覚と、垂直の壁であっても歩くことが出来る能力を持つ彼女にとっては、木から安全に下りることくらいは実に容易い。 問題は――この木の下に、とてつもなく恐ろしいモノがいる、ということだ。 奴らは木を取り囲み、しきりに唸り声を上げている。それを聞くだけで、足が竦んだ。 「あたし、犬はダメなのよぅ……」 目にうっすら涙を浮かべて、弓美子は猫を抱きしめる。猫のビーストハーフである彼女は、だからなのかどうかは知らないが、大の猫好きで、大の犬嫌いだった。どれくらい嫌いかというと、道で犬の散歩をする人を見かけたら即座に回れ右するレベルである。 今日、たまたま街を歩いていて、この犬たちに襲われかけている野良猫を見つけた。慌てて助けに入り、腕に猫を抱えて逃げ、そして木の上に避難した――というわけである。 その結果、下りるに下りられない状況に至ったのだが。そもそも、これがただの犬であったなら、いかに犬が苦手であるとはいえ、リベリスタの端くれである彼女に対処できないわけがない。 運の悪いことに、その犬はエリューション・ビーストだったのだ。しかも、三体いる。 弓美子の実力では、三体を同時に相手に勝つことはまず不可能だろう。 だから、彼女も迷わず逃げを選んだわけだが――。 何か猫に恨みでもあるのか、犬たちは一向に諦める気配がない。 もし、犬たちが本気になれば、このくらいの木は簡単に折られてしまうだろう。 その結果どうなるかは、考えたくもなかった。 「やだ……ほんと、やめてよ……誰か……っ」 両腕にしっかりと猫を抱え、弓美子はただ、ガタガタと震えていた。 ●猫たちを助けに 「ちょっと急ぎの任務。ブリーフィングが終ったら、すぐに現場に向かってほしい」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に向け、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はそう言って話を切り出した。 「任務はエリューション・ビースト三体の撃破。フェーズは2で、犬がベースになってる。うち一体は他よりも強いから気をつけて」 正面のモニターに、エリューション・ビーストの詳細なデータが映し出される。それについて一通りの説明を終えた後、イヴは端末を操作して、モニターの表示を切り替えた。 「あと、現場にアークのリベリスタが一人いる。名前は根谷弓美子、ビーストハーフのスターサジタリー。エリューションビーストが野良猫を襲おうとしたところを見かけて、助けに入ったみたい」 モニターには、やや垂れ気味の猫耳を生やしたローティーンの少女が映っている。一拍間を空けて、イヴは話を続けた。 「一人で何とかできる相手じゃないし、今は猫を連れて木の上に逃げてる。でも、いつまで保つかはわからない」 エリューション・ビーストの力をもってすれば、木の一本や二本は簡単に折ってしまうだろう。そうなる前に、救出する必要があるということだ。 「敵は遠距離攻撃を持たないけど、攻撃力そのものは高い。くれぐれも油断はしないで」 最後に、気をつけてね、と付け加えて、イヴは説明を締めくくった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月05日(日)22:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●救援の手 猫を抱く弓美子の顔色は、もはや蒼白に近かった。 もともと垂れ気味の猫耳も、頭に張り付く勢いでぺたりと伏せられている。 頭の中は恐怖に塗り潰されて、何も考えられない。 だから、弓美子には見えていなかった。 今まさに救援に向かっている、頼もしき人々の姿を。 人気の途絶えた道を、リベリスタ達が走る。 目的の空き地は、すぐそこ。木の上で震える弓美子の姿が、遠目にもはっきり見えた。 「――なんと勇敢なお嬢さんだ」 感心した様子で、『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)が呟く。本来なら、何もかもを放って逃げ出したとしても不思議はない状況だろう。愛するもののため命を懸ける――と言えば聞こえは良いが、それを実行するのは簡単なことではない。 そんな勇者を、見捨てる訳にはいかなかった。助けに行かねばなるまい、と思う。 「本当にアークへ来て良かった。そう思います」 『鉄騎士』ベアトリクス・フォン・ハルトマン(BNE003433)もまた、感じ入ったように口を開いた。小さな命を守るため自身よりも強い敵に立ち向かう少女は、彼女にとって尊敬に値する。単純に力が強い者の数は、故郷の欧州の方が多いだろう。しかし、アークのリベリスタ達には心がある。眩く輝く、美しい志を秘めた人達が沢山いる。そういった人々と共に戦えるのは、光栄なことだった。 リベリスタ達が、空き地の手前へと辿り着く。神代 凪(BNE001401)はまず、弓美子を安心させようと彼女に声をかけた。 「助けに来たから、もう大丈夫だよー」 それを聞き、弓美子が弾かれたように振り向く。ようやく、救援に駆けつけたリベリスタ達に気付いたらしい。その中に、神代と『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314)の姿を見た弓美子は「あっ」と小さく声を上げた。 神代とミカサの二人は、リベリスタになる前の弓美子を知っている。猫のエリューションを手懐けたり、他所の猫を黙って連れてきてしまったり、猫好きと言うには些か度が過ぎていた弓美子だったが、そんな彼女もアークに来て考えを改めたらしい。その思いと行動を無駄にさせたくないと、神代は思う。 「そっちの君も危ないから大人しくしててねー」 彼女の言葉に、弓美子の腕の中にいる猫が「みゃ」と一声鳴いた。その様子を眺めながら、『磊々落々』狐塚 凪(BNE000085)が弓美子に声をかける。 「お一人では大変でしょう? お手伝いしますよ」 猫さん守るその意気や良し。可愛いものは、きちんと助けなければ――弓美子の救いの声に応え、彼女らを護るために微力を尽くそうと、狐塚は心を固める。 高橋 禅次郎(BNE003527)もまた、身を挺して猫を救おうとする弓美子を見て、猫好きの鑑だと心の中で称賛した。思わず口をついて出たのは、まったく別の言葉だったけれど。 「猫を助けると言う心意気は善し。 だからといって、自分も降りられなくなるとは……。 いぬを倒すついでだ、 すくってやるさ。 き……、き……きんぴらごぼう?」 何となく、言葉の端に隠せていない本音が混ざっているように思えるのは気のせいだろうか。気のせいということにしておく。 木の上の弓美子と猫に唸り続けていた犬のエリューション・ビーストたちが、一斉にリベリスタ達の方を向いた。よく見れば、自分達が最も嫌う猫(あるいは猫科の動物)の姿を持つ者たちが、ここにも居るではないか。 あからさまに敵意をむき出しにする犬たちを眺め、『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)が「いけないワンちゃんだなぁ」とぼやく。 真独楽は猫に限らず犬も大好きだったが、凶暴な上に、エリューション・ビーストなのはいただけない。あの犬たちとは、どうにも仲良くなれそうになかった。 『刹那たる護人』ラシャ・セシリア・アーノルド(BNE000576)が、ソマリを思わせる豊かな尻尾と耳を犬たちに示す。 弓美子と猫を確実に救うためには、迅速に行動することが必要だ。彼女らを救出する前に木を倒されるのは、何としても避けたかった。 リベリスタ達は、一斉に行動を開始する。 ●犬vs猫 「――ゆみことねこはみんなに任せる!」 素早く走りこんだ真独楽が、大きな犬と木の間に自分の身を割り込ませる。猫のビーストハーフではないが、猫科に属するチーターの尾を持つ真独楽は、自分の尻尾をぴょこぴょこと動かし、犬たちを挑発した。大きな犬が、真独楽に向けて大きく吠える。 続けて、ラシャが比較的小さな犬の一体に駆け寄った。まずは注意を惹き、木から引き離したいところである。『sourire chat』クロエ・ラプラード(BNE003472)も、彼女と同様に犬を引き寄せにかかる。 「……Dog?」 シャルトリューの仔猫そのものの顔で不思議そうに犬を眺めつつ、尻尾をうねうね、耳をぱたぱた。二体の犬は猫のビーストハーフ達にいきり立ち、彼女らに狙いを定めた。 犬の誘き出しに成功したのを見て、雷慈慟が二人を視界に収めながら大きな犬に気糸を放つ。怒り狂う大きな犬に狐塚が走り、真独楽の反対側から挟む形でこれを囲んだ。 「どうもこんにちは、お怒りのようで?」 茶化すような口調に、犬が狂ったような唸り声を上げる。獲物を狙っているところに横槍を入れられて、怒るのはもっともだ。だが、それで罪のない猫が壊されるとなれば、黙っているわけにはいかない。 「未熟の身ではありますが、助勢させて頂きます」 後方に立つベアトリクスが、己の生命力を暗黒の瘴気に変えて放つ。大きな犬と、小さな犬のうち一体が、瘴気に包まれて運を奪われた。 「初の実戦……猫の手程には役に立ってみせるさ。大丈夫、訓練通りに動けばやれるはずだ」 禅次郎が、自分に言い聞かせるような口調で呟く。癒し手が不在な以上、長期戦は不利だ。己の持つ最高の技を確実に当てていくことが重要と考え、彼は自らの集中を高めていく。 仲間達が犬たちを引き付けている隙に、ミカサと神代は弓美子と猫がいる木の裏側に回りこんだ。木が倒されそうになった時に備え、それぞれに対策は考えていたが、現状ではその心配はなさそうだ。今のうちに、弓美子と猫を木から下ろして保護すべきだろう。 木の下から、ミカサが弓美子に呼びかける。 「ねこを守る為に頑張るだなんて偉いじゃないか、つい先日の君とは別人みたいだ」 もう、大丈夫だから降りておいで――と言う彼を、弓美子はどこか泣きそうな、複雑な表情でじっと見た。助けに来てくれたのはすごく嬉しいけれど、また叱られるのではないかと不安に感じているような、そんな顔だ。 (……考えてみたら、彼女からしたら俺の印象悪いんじゃないのかな) ミカサはそう思いつつも、まあいいや、と気持ちを切り替える。今はまず、保護が最優先だ。神代に促され、弓美子は腕に猫を抱えたまま、木の幹を歩いて下り始める。 「猫が犬に追われて木に登るというシチュエーションは良く聞きますが……。まあ、犬も可愛いものですよ」 その様子を眺めていた『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)は、集中により動体視力を大幅に高めながらそう呟いた。 「――きっちり退治するぞっ!」 元気の良い声とともに、真独楽が大きな犬に向けて両手の爪を繰り出す。決して止まることのない連続攻撃が、大きな犬の動きを封じ込めた。 「元々は普通の犬だったのでしょうに、何があったというのですか」 動けぬ犬に向け、動物の言葉を解する狐塚が話しかける。強いて言えばただの自己満足、もとより説得するつもりもなかったが――返ってきたのは、猫に対する憎しみの言葉のみだった。それも、ほとんど意味をなさない罵詈雑言に過ぎない。会話を諦め、狐塚は大きなブロックの犬に集中する。 二匹の犬が、彼らを引き寄せるラシャたちに次々に噛み付く。大きな犬に比べれば攻撃力は低いとはいえ、耐久力に劣る彼女らにとっては充分な脅威だ。噛まれた腕から血を流しながらも、ラシャは怯まず大剣を振るった。輝くオーラを纏った斬撃が、犬を捉える。ベアトリクスが、そこに再び暗黒の瘴気を放った。 「穿て闇よ!」 彼女の生命力を代価とした闇が、大きな犬と、ラシャの前に立つ犬に傷を与えていく。最優先目標である大きな犬はもちろん、可能な限り多くの敵に攻撃が行えるよう、彼女は自らの位置を調整していた。 「――出し惜しみせず撃っていこう」 ベアトリクスに一歩遅れて、禅次郎の暗黒の瘴気が犬たちを覆う。大きな犬に気糸を放ちながら、雷慈慟は他の犬を抑える二人に向けて声をかけた。 「無理はするなよ! 危険を感じたらすぐにスイッチする!」 とはいえ抑え役は二人、交代は自分一人――大きな犬を倒すまでに、二人が果たして持ち堪えられるかどうか。戦いは、まだまだ予断を許さない。 ●守る為に 木の幹を伝い、弓美子が地上に下りる。彼女の頭を、神代が優しく撫でた。 「うん、よく頑張ったね」 神代は目に涙を浮かべて震えている弓美子に寄り添い、彼女を庇いながら安全な場所まで連れて行く。仲間達が犬を抑えている限りは、弓美子たちに危害が及ぶことはないだろう。 「それじゃ、ちょっと行ってくるからここで待っててー」 弓美子と猫を落ち着かせるように、ぽんぽんと一人と一匹の頭を撫でていき。彼女は、手を振って前線に向かった。 小さな犬の抑えに回った二人を援護すべく、ミカサが気糸の罠を展開する。小さな犬の一体を絡め取って動きを封じた後、彼は弓美子の方を振り返った。 やはり叱られる気がするのか、反射的にびくりと体を震わせた彼女に向け、言葉をかける。 「念の為に確認しておくけど、あれと戦う気はある?」 瞬間、弓美子の顔色が変わった。凍りついた表情が、震える膝が、ミカサの問いを全力で否定している。構わず「犬は怖いだろうけどさ」と、彼は続けた。 「守りたい物があるなら、先ず心を強く持たなきゃ駄目だ。――いつかもっと強くなって、その時に『犬怖い』で守りきれなかった……なんて、自分が一番苦しい思いをするよ」 その言葉に、弓美子が腕の中の猫を見る。犬への恐怖と、守るべき存在。相反する二つのものが、彼女の心でせめぎあっていた。 「今日はねこを抱いて目を瞑っていても構わないけれどね。出来れば皆の戦う姿を見ておきなよ」 あえて無理強いはせず、そう言い残して。ミカサは神代の後を追い、戦いに戻っていく。弓美子は、両腕でぎゅっと、猫を強く抱きしめた。 再び動き出した大きな犬に、真独楽が小柄な体をくるくると動かして流れるような攻撃を繰り出す。辛くも直撃を避けた犬は、そのまま強引に体を突っ込ませ、真独楽に強烈な体当たりを見舞った。衝撃が全身を襲い、痺れで動きを鈍らせる。 「皆、お待たせー!」 そこに駆けつけた神代が、流水の構えを取って大きな犬の前に立った。彼女が来たということは、弓美子と猫の退避が完了したということでもある。狐塚は鉄槌を構え直すと、それを鋭く振るって真空刃を生み出した。 犬たちがどういう経緯で革醒することになったのか、気にならないこともないが――エリューションとなった以上、やるべきことは一つしかない。 「処理すべきものと見て処理します」 ミカサの気糸に捕らわれなかった方の犬が、牙を剥いてラシャに襲いかかる。まともに噛み付かれた彼女の体から、鮮血が溢れた。 「ここで倒れるわけにはいかんのだ……!」 痛みに遠のく意識を、運命の力で繋ぐ。倒れずに踏み留まった彼女を見て、ベアトリクスが暗黒の瘴気を放った。 「やらせはしませんよ!」 「悪いが……通す事罷り成らんのだ」 すかさず前に出る雷慈慟と入れ替わりに、ラシャが後退する。彼の背に庇われながらも彼女は大剣を抜き放ち、真空の刃で犬に傷を負わせていった。 「手加減ナシ、超全開でいくよぉ!」 真独楽の爪が激しく唸り、澱みない連続攻撃で大きな犬の動きを封じる。いざという時は仲間の援護があると信じるからこそ、安心して大技を連発することができた。 「燃えちゃえ!」 足を止めた大きい犬に、神代の燃え盛る拳が打ち込まれる。前線に駆けつけたミカサが、鈍い紫色に輝く指先の鉤爪を繰り出し、まったく同時に二つの傷を穿った。 ぐらりと、大きな犬の巨体が揺らぐ。あと、もう少し――リベリスタ達がさらなる追撃を加えようとした時、思わぬ方向から一本の矢が飛来し、大きな犬の頭上を通り抜けていった。 矢の飛んできた方に視線を向けた禅次郎は、ボウガンを構えたままカタカタと震えている弓美子を見る。狙いは大きく外したものの、それは何よりも犬が苦手な彼女の、精一杯の勇気だったのだろう――。 「動物を手にかけるのは心苦しいですが……安らかに、迅速に死亡をお勧めします!」 ここが攻め時と判断し、狐塚が再び真空刃を放つ。ベアトリクスが、自らの瘴気に蝕まれた苦痛を、おぞましき呪いに変えて撃ち出した。 「呪われた力でも、人を守る事は出来る! 闇よ、敵を蝕め!」 闇のかたちを取った呪いが大きな犬を包み込み、ベアトリクスの苦痛を何倍にもして刻み込んでいく。 「――どうか、やすらかに」 断末魔の絶叫を上げて倒れた大きな犬に、狐塚が囁いた。 残るは小さい犬が二体。集中を高めた禅次郎が、暗黒の瘴気で彼らの命数を削る。 「犬達も本来ならば救ってやりたいが……崩界への懸念を排除する」 的確に弱点を狙い撃った雷慈慟の気糸、そしてラシャの放った真空の刃が、この戦いを締め括った。 ●猫たちの団欒 犬たちが倒れたのを見て、弓美子は大きく息をついた。ボウガンを下ろし、足元の猫を抱き上げる彼女に、真独楽が駆け寄る。 「ゆみこもねこも、ケガしてない?」 犬は怖かったけど、猫たちが無事だったならそれで良い。 猫を抱きしめて小さく頷く弓美子に、ベアトリクスも声をかけた。 「ご無事で何よりです」 助けてくれた、リベリスタ達の顔を見て。弓美子は、小さな声で礼を言った。 「た……助けてくれて、ありがとう」 とことこと歩いてきたクロエが、彼女の顔をじっと見る。 「Pretty……Pretty!」 大きく頷いて、クロエは弓美子の猫耳に手を伸ばし、それを撫でた。星龍が、弓美子をやんわりと嗜める。 「猫と見ると飛びつくのは良いですが、ちゃんと後のことも考えるようにしましょうね」 ごめんなさい、と俯く彼女に、狐塚がにこやかに歩み寄った。紳士として、ここは話しかけずにはいられない。 「はじめまして、凪です。よろしく、レディ」 レディ扱いに照れたのか、弓美子は頬を染めてしまった。 その後は、弓美子と猫を囲んで和やかな時間になった。 本人の許可を得てラシャの尻尾を撫でさせてもらっていた弓美子に、雷慈慟が声をかける。 「出来れば根谷嬢には犬嫌いを克服して貰いたい」 弓美子が振り返れば、そこには雷慈慟のファミリアーである牧羊犬の姿。思わず固まる彼女に、ラシャとミカサが口々に言う。 「しかし根谷さん、犬もかわいいぞ。この機会に遊んでみてはどうだ」 「犬だって可愛いのに勿体無い。……まあ、子犬で慣れる所から始めた方が良いかもしれないけど」 『犬が大嫌い』から『犬は少し苦手』位になれば、少しは違うだろうと思う。躊躇う弓美子に、雷慈慟が満面の笑みで言った。 「絶対に大丈夫なので是非……!」 強く勧められ、弓美子が恐る恐る牧羊犬に手を伸ばす。意を決して、彼女は震える手で犬を撫で始めた。 ちなみに、ファミリアーと主は全ての五感を共有している。 雷慈慟によからぬ下心があったかどうかは、定かではない。 一方、弓美子と一緒に助けられた猫だが。これも実に可愛らしい、ボブテイルの三毛猫だった。密かに猫を見るのを楽しみにしていたミカサに、三毛猫が丸い瞳を向ける。猫なりに恩を感じているのか、三毛猫は彼に礼を言うように「みゃあ♪」と鳴いた。 ――ミカサがその後、己の欲求に従って猫と触れ合ったかどうかは、ご想像にお任せする。 ともあれ、野良だった割には懐こい猫だった。触っても良いか訊ねた神代に快く承諾した猫は、その後しばらく、猫好き達に構われていた。 ベアトリクスが遠慮がちに毛皮を撫で、禅次郎が「命を懸けた報酬だ」と言いつつ存分に猫成分を補給する。寮暮らしで猫を飼えない彼にとって、この機会は貴重すぎる。 代わる代わる抱っこされる三毛猫に、真独楽が「まこにも抱っこさせてっ!」と手を伸ばした。 「これからはヘンな犬につかまらないよーに気をつけるんだぞ?」 真独楽の言葉に、三毛猫が返事をするように鳴く。 その様子を眺めていたラシャが、ふと口を開いた。 「野良猫だけど、保護したほうがいいのかなあ。他に保護する人がいなければうちで保護したいのだがどうだろうか」 彼女の言葉に、反対の声は上がらない。弓美子も、自宅で飼うのはどうやら難しいようだった。「大事にしてね」と三毛猫を手渡す弓美子に、ラシャは「もちろんだ」と笑った。 「それじゃ、帰ろうか!」 皆が満足するまで猫を堪能した後、神代は立ち上がり、弓美子に声をかけた。 「そういえばさ、根谷はあれからどうしてたのー?」 「……あたし? アークで色々勉強してた、かな。エリューションのこととか」 「そうだったんだ。あのね……」 笑顔で話す神代に、弓美子の表情も自然に綻ぶ。 この日の帰り道、少女達の笑い声が楽しげに響いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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