●蹲る それは鼻をひくつかせ、風の匂いが変わったことを確認した。四本の脚でゆっくり立ち上がる。 見た事もない荒野だ。かなり広々としており、『彼』が充分に走り回れる位の広さはある。 だが、餌が無い。『彼』は肉食なのだ。餌は若ければ若いほどいいが、動き回り、彼の狩猟本能をくすぐるような獲物であれば更にいい。 そんなことを考えつつ、『彼』に付随している三つの頭は咆哮を上げた。 ●Evening Run 「アザーバイドの退治をお願い」 集まったリベリスタ達を前に、『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)は静かにそう言った。その声音は落ち着いているように聞こえたが、触れれば切れるほどの張り詰めた印象を受けるのは気のせいなのだろうか。 イヴは続ける。 「アザーバイドは巨大な……全長五メートルくらいの、巨大な黒い犬の姿をしているの。でも、普通の犬とはちょっと違って……頭が三つある」 つまり、地獄の番犬ケルベロスのような姿形をしているのだろうか。リベリスタの一人が指摘をすると、イヴは頷いた。 「そう。ギリシア神話におけるケルベロスは、冥界から逃げ出そうとする亡者を捕らえて食べるっていう凶悪な存在……。このアザーバイドも三つの頭のそれぞれから、炎を吐き出したり、毒が吹き出る爪先で攻撃してくる、とっても凶悪な固体。……でも、放っておく訳にはいかない」 そう口にしたイヴは、すっと視線を上げてリベリスタ一人一人の顔を見つめる。そしてゆっくりと言った。 「私が出来るのは、みんなに依頼することだけ。それは悪いと思ってるの。 けど、フェイトを持っていないアザーバイドは崩界を加速させる……。強力な相手だけど、頼れるのはみんなだけ。お願い、アザーバイドを倒して」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:水境 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月05日(木)23:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●遭 遠目に確認できるアザーバイドを眺め見て、『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)は、その赤い瞳を眇めた。 「確かに……ケルベロスのような、風体。神話や伝承に伝わる幻獣は……アザーバイドやエリューション、だったのかな」 彼女の視線の先にいるのは、巨大な犬の身体を持ち、三つの頭部を持つ、まさに伝説に謳われる地獄の番犬ケルベロスそのもの。そんな存在と実際に戦えるのは貴重な体験、とばかりにマジックディフェンサーを握り直す朱子に対し、『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は、ただ肩をすくめるだけだった。 「地獄の番犬ね。まさにここはボトムチャンネル……地獄と言うにはふさわしい場所かもしれないな」 「番犬と言うからには、自分の世界にこもって番をするのが道理ではありません?」 けれど、そんな雷音の言葉に『高嶺の鋼鉄令嬢』大御堂 彩花(BNE000609)は髪をかき上げつつ首を振る。 「番犬が自分の世界を放り出して来るのは感心しませんわ。この世界の番人であるわたくし達が引導を渡して差し上げます」 そう言って目を細め、眼前に迫りつつある戦場へ颯爽と歩き出した。そんな彼女の後姿を見て、雷音は静かに息を吐き出す。 アザーバイドの頭部にある三つの頭は鼻をひくつかせ、近くに獲物が自ら舞い込んできたことを知った。立ち上がり、歓喜に喉を鳴らす。 凶悪さを滲ませる三対の瞳に睨まれ、『終極粉砕/レイジングギア』富永・喜平(BNE000939)は少しだけ身体を退いた。 「どうしたの?」 気遣うように来栖・小夜香(BNE000038)から声をかけられた喜平は、唇の端を引きつらせつつも首を振る。 「いや、何でもない。このクラスの敵も仕留められないようじゃ、先も危ぶまれるんでな。全力でやるだけさ」 言いつつ、実際のところは怖がっているのか退いた身体を戻さない喜平。彼の様子から、その恐怖を察したのだろうか。小夜香は安心させるように微笑んだ。 「私が全力で皆をサポートするわ。だから、頑張りましょう」 そして、アザーバイドが動き出す。 「では、Giant Killingと行きましょうか」 「さあ、力比べと参るデス」 『BlessOfFirearm』エナーシア・ガトリング(BNE000422)と『飛常識』歪崎 行方(BNE001422)の言葉を鬨の声代わりに、リベリスタ達も走り出す。 ●戦 巨体を揺らし接近してくるケルベロス。最初に動いたのは行方だった。 「問題ないデス。粛々と刻むのみ、デスヨ。アハハ」 行方は唇の端に笑みを浮かべ、両腕に握り締めたハンドアクスを構え直すと駆けた。風のように走り、オーラを纏った得物をケルベロスの頭の一つに向けて振り下ろす。 「行くデス!」 凶悪に輝くケルベロスの瞳と行方の瞳がかち合う。と同時に彼女の攻撃が命中し光の粒が溢れる。もう一度とハンドアクスを構える行方だったが、それはぬるりとかわされた。眉根を寄せ、不自然な態勢で着地する行方の身体を、その時ほのかな光が包む。 ――いや、それは行方だけではなかった。その場にいるリベリスタ全員を暖かな光が包んでいたのだ。雷音の守護結界である。 「ありがとうな、雷音」 「いや、支援することだけが取り柄だからな。みなが倒れないように全力を尽くすだけさ」 喜平の言葉に頬を緩める雷音。その言葉を受けて頷くと、喜平はしゃがみ込んだ。 「格好つけるだけじゃ駄目だね……、俺も全力で行くよ」 言葉と同時に彼の影が伸びる。彼の動作とは異なる動きをするそれは、シャドウサーパントで生み出された擬似意思を持つ存在だ。ほぼ同時に彩花が後衛を庇うように前に出て、水のように滑らかな構えを取った。 「わたくしは足止め要員として前に出ますわね」 「気をつけて、彩花さん」 自分の同じ名を持つ令嬢に声をかける小夜香。彩花から笑みを返された彼女は、呼吸を整えて両手を組み合わせる。 「巡れ、魔力の円環」 マナサイクル。体内の魔力を活性化させるその能力は、彼女の力を大幅に向上させる。祈りを捧げる乙女のように、静かに力を巡らせて行く彼女の隣に『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)が音も無く立つ。 (シンプルな戦闘……初仕事には丁度いい) ナイトメア・ダウンによって家族と頭部を失った瞳は、静かにその闘志を漲らせた。自らを披検体として差し出し、その代わりに得たのは敵に関する膨大な知識。 「……今度は私が奪う番だ」 瞳の視線がケルベロスを探るように動く。 「貴様らの全てを」 アザーバイド/全長五メートル/頭部三(攻撃×三)/攻撃力高/速度高/体力高/防御低/炎(全)/爪(単)/体当たり(単)/現在の状況:眼前の獲物に興奮 ――…… 「……データ収集完了」 ――しかし、彼女が分かったのはそこまでだった。瞳は唇をかみ締め視界を覆うメタルフレームを拭う。敵の弱点を探りたかったのだが、そこまでは判明しなかった。弱点が存在しないのか、あるいは上手く探れなかったのか……。 「そっちはどうだ?」 「……芳しくないわね」 瞳は傍らのエナーシアに声をかけるが、彼女の方も緩く首を振った。こちらも能力と状況解析だけではなく、更に詳細な情報を得たかったエナーシアだが、これは諦めざるを得ない。エナーシアは嘆息しつつアームキャノンを構えた。 「仕方ないわ、とりあえず前衛の人に合わせて頭を一つずつ潰して行きましょう」 「頼んだよ、私も前に出るから」 彼女の言葉に朱子が応えて頷き、返事を待たずに駆け出した。戯れるように唸りを上げるケルベロスに接近、行方と同じ頭部に向けて、全身のエネルギーを集合させた得物を振り下ろす。 光が瞬く。 「ガアアアッ!」 悲鳴とも取れる咆哮を上げるケルベロス。彼女の放った一撃は狙い違わずケルベロスの額から袈裟懸けに斬りつける事に成功し、その片目を見事に潰していた。 「よし、このままガンガン参りましょう!」 歓声を上げ、自身も攻撃に備えて集中力を上げる『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)。しかし、ケルベロスはその声援に反応するかのようにぎろりと瞳をきつくし、前足で地面を蹴ったかと思うと、頭の一つを使ってすぐ傍らに立つ行方に体当たりした。 「と、ット!」 「行方さ――あっ!」 弾き飛ばされる行方を気にした朱子。しかし彼女が気を逸らした一瞬の隙に、頭部の一つはケルベロスは朱子の肩に噛り付いていた。痛みに歯を食いしばる朱子。ブロードソードを使って頭部を跳ねつけてやろうとするが、もう一つの頭も彼女の胴に噛り付き、朱子は高く呻きを上げる。 「朱子!」 「来たれ、祝福の息吹……!」 しかし、ようやく開放された朱子の身体を瞳と小夜香の天使の息が吹きかかる。みるみるうちに傷を治癒していく自身の身体を見下ろし、朱子は背後の仲間達に礼の合図を送った。 傷癒術は近付いた仲間にしか付与できないため、前で戦う彼女たちに近付こうとした雷音だが、 「待ちなさい、危険だわ」 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)に止められ、唇をかみ締めつつ立ち止まる。 「よくもやってくれたデスね! と言うかボクから目を逸らしていると手痛い目に遭うデスヨ! アハハハハ!」 と、そこで下がらされた行方が駆けて再度ケルベロスに接近、笑いを上げながらオーララッシュを放つ。一度、二度とまたもや同じ頭部に命中し、ケルベロスの一つの頭部は目に見えて手傷が増えた。 「うふふ、このまま押し切って差し上げますわ!」 背後からは彩花の斬風脚によるかまいたちが飛ぶ。防御を固めたリベリスタ達の攻撃は、上手い具合に機能し、ケルベロスを追い詰めているように見えた。 まだ、この時までは。 ●反 瞳のマジックアロー、エナーシアの1$シュート、そして再度放たれた朱子のメガクラッシュを浴び、ケルベロスは一度膝を突いた。 やったのか、と瞳は一瞬目を見開いたが、しかしすぐにそうではない事に気付く。立ち上がったケルベロスの瞳は、今までよりも強く、爛々と輝いていた。どこか先ほどまでとは異なるその輝きに、ごく近くにいた朱子は目を眇める。 その彼女を頭部の一つが弾き飛ばしてから、残りの二つの頭部の視線は後衛である雷音や小夜香に注がれていた。 ケルベロスは、後衛に佇む彼女たちの力がある限り、自分に向かってくる者達が倒れない事に気付いたのだ。 まずい、とエナーシアが叫ぶよりも、前に。 二つの頭部は炎を吐く。その数、三回。 未知の生物アザーバイドが放ったそれは炎の壁となって、瞬時に螺旋を描きつつリベリスタ達に迫った。『Digital Lion』英 正宗(BNE000423)が動いて近くにいた瞳を庇うが、その威力は戦線を揺るがせるのに充分な効果を秘めていた。行方は火傷の癒えない身体を片腕で抱き、呻く仲間達を見回した。そして面白げに笑う。 「……アハ、アハハハ。痛いデスネ……熱いデスネ……! アハハ、どっちが先に力尽きるかデスネ、アハハハハハ!!」 「くっ……よくもやってくれましたわねっ……!」 行方の笑いに重なるように、彩花のかまいたちが飛来する。それに併走する形で前に出た喜平が、うずくまる行方と朱子を見渡した。 「遅くなってすまないね、加勢するよ」 後方で集中力を高めていた彼は、そう言ってすぐ傍らのケルベロスを睨み据えた。 「……うおっ。こうも近いと迫力があり過ぎて困る」 若干腰が引けつつ幻影剣。エナーシアは火傷の痛みを堪えつつも、1$シュートのヒット&アウェイで炎による攻撃から逃れようと試みる。 「行くデスよ」 「そうだね……私達の役目は、早く戦闘を終わらせること……!」 行方と朱子の攻撃が、再度同じ頭部に命中し、三つの頭部のうちの一つがぐったりと垂れた。動く気配は無い。これで相手の手数を減らせたようだ、この状況で幸いなことの一つだと言えよう。 もう一つ幸いなことがある。雷音が素早く行動し、後衛である自分と小夜香の傷をすぐに癒したのだ。それを受けた小夜香は天使の歌を奏で、仲間達を治癒して行く。瞳の天使の息もそれに追随する。それを見たケルベロスは、残った二対の瞳で禍々しい視線を彼女たちに注いだ。 『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)も加わって攻撃を続けるも、防御の側面が強い陣形は総じて長期戦となることが多い。ケルベロスが炎を吐くたび、前衛の者達に噛み付くたびに雷音達は懸命に治癒を施すも、それでもじわじわと体力を削り取られて行く。 そして―― 「アハ、ハ……」 メガクラッシュを放った直後、攻撃を加えていた頭部にそれを避けられるのを見た行方が笑い声を上げる。直後、身体の火傷によってよろりとふらつき、その場に倒れ伏した。 「行方さん!」 思わずアームキャノンの照準を逸らし、エナーシアが叫ぶ。が、ほとんど同時にメガクラッシュを放った朱子にケルベロスの頭部が立て続けに接近し、刃のようなその歯を立てる。 「おぉ……二人とも!」 傍らでソードエアリアルを命中させ、朱子からケルベロスの顎を外させた喜平は必死になって叫ぶ。垂れ、沈黙したケルベロスの一頭に見向きもせず、エナーシアは舌打ちし前に出ようと足を踏み出す。――と。 「まだデスヨ……生存競争に負ける訳にはいかない、デス」 行方の身体が輝き出す。力尽きた筈の彼女はゆっくりと立ち上がり、虚ろな目でケルベロスを見据える。 「そんな小手先の技じゃ、私は……倒れない。倒されない」 朱子の身体もまた淡い光に満ち溢れ、命を燃やし、立ち上がる。フェイトが彼女たちに更なる力を与え、その火傷を、傷跡を、みるみるうちに癒して行く。 「……わたくしも頑張りませんとね」 彩花が仲間の奮戦を見、力づけられたように構え、斬風脚を放つ。かまいたちの刃は最後に残ったケルベロスの頭部に命中し、その喉から引きつった悲鳴を上げさせた。 「タフだ……なかなかに強敵だな」 雷音は唇をかみ締めつつも、自身に負った火傷の痛みを癒すため傷癒術を使った。じくじくとした痛みが消えて行き、思わず息を吐き出す。 「これで、最後……。我奏でるは癒しの福音……!」 これまでずっと皆を癒し続けていた小夜香の歌がここで途切れる。瞳の援護もそろそろ途切れるだろう。 これ以上戦闘を長引かせる訳にはいかない。立ち上がり、光の粒を迸らせる行方と朱子は、頷き合い、それぞれハンドアクスとブロードソードを構え直す。 「勝者はボク達の方になるデスヨ」 「随分てこずったけど……これで最後だよ」 その時、彼女たちを援護するかのようなエナーシアの1$シュートがケルベロスの頭部に叩き込まれた。 「今よ!」 エナーシアの声。二人は動く。 行方のオーララッシュが放たれる。一撃、二撃、三撃。フェイトによって得た力に後押しされるかのように、彼女はその青の瞳を無心にケルベロスに注ぎ、ひたすら攻撃を命中させて行く。 と、そこで彼女の攻撃がぴたりと止む。反撃をしようと顔を上げるケルベロス。が、そのすぐ眼前に朱子のメガクラッシュが迫っていた。 エネルギーの球を溜めた一撃が、最後のケルベロスの頭部を破壊する。頭を潰されたケルベロスの巨体は、一歩、二歩と佇む行方と朱子に近付くが、 断末魔を上げることすら叶わず、その場に倒れ、二度と動かなかった。 ●帰 雷音は自身の携帯を取り出し、メールを打ち始めた。 「何をしていらっしゃるのかしら?」 それを背後から覗き込んだ彩花が尋ねると、彼女は照れくさそうに義父にメールを送っているのだと話した。 「自分の力不足にへこんだけど、これでまた少し強くなったってね」 「お父様と仲がよろしいのですね」 社長令嬢は、おしとやかにそう言って笑った。それから傍らで自らの火傷に包帯を巻くエナーシアに声をかけた。 「あなたもお疲れ様ですわ。傷は平気ですかしら?」 「……まあ、何とかね」 気遣われたエナーシアは、軽く瞼を閉じ、手を止めた。その心中を推し量ることは出来ない。 その背後では、小夜香が朱子と行方の応急手当を行っている。前衛に出て仲間達の盾となり、倒れても命を燃やして立ち上がった二人。その傷を、敬意を表した手の平で撫でながら、小夜香は心中で頭を垂れる。 「小夜香、私も手伝おう」 「ありがとう、助かるわ、瞳さん」 駆け寄ってきた瞳も彼女たちの傍らにしゃがみ込み、その傷に触れる。 「はあ……終わった」 倒れた仲間が治療されているのを見て安心したのか、喜平がその場に座り込んだ。既にケルベロスへの恐怖は無い。傍らに倒れ伏せる、先ほどまでショットガンを叩き付けていた相手を無造作に蹴った。 振動でケルベロスの巨体が揺れる。それを「再び動き出した」と思ってしまった彼は、一瞬身体を竦ませるが、すぐにそれが杞憂だった事に気付いて胸を撫で下ろした。 頭上を見上げれば、雲がゆっくりと通り過ぎていく。 (……アークに帰ろう) そして、また戦いの場へ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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