●殺戮の獣 それは、もはや人ではなかった。 否、もともと人ではなかったのかもしれない。 人のかたちをしていた頃から、それは命を踏みにじる存在でしかなかった。 気が向くままに獲物を探し、殺すだけの存在でしかなかった。 そして、とうとう人のかたちを失った。 今や獣のかたちをしたそれは、ただ山中を駆けていた。 欲望のおもむくまま、獲物を求めて駆けていた。 人の命を引き裂き、喰らい尽くすために。 ●黒い翼のフォーチュナ ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達は、そこに見慣れない男が立っているのを見た。鴉の黒い翼を持つ、冴えない印象のフライエンジェだ。 「ああ、集まったか。人前で話すってのは、どうも柄じゃないな……」 席についたリベリスタ達を見て、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)が頭を掻く。彼はリベリスタ達を見回し、微妙に姿勢を正してから改めて口を開いた。 「奥地数史(おくち・かずふみ)、今日からアークに所属することになったフォーチュナだ。……正直、まだ右も左もわからんが、出来る限りサポートさせてもらう。どうかよろしく頼む」 自己紹介の後、数史は慣れない手つきで手元のファイルをめくる。 「で、今回の任務だが……皆には、ノーフェイスを倒してきてほしい。フェーズは2、ええと……戦士級、だっけか」 続いて彼は端末を操作しようとしたが、どうにも使い方がよくわかってないらしい。「すまん、ごめん、ちょっと待って」などと言いつつ、たどたどしい手つきでモニターに情報を表示させていく。正直なところ、頼りないことこの上ない。 「元は人間だが、こいつは指名手配中の殺人犯だ。女子供含め10人以上を無差別に殺してきた下衆野郎で、警察の手を逃れて山の中に潜伏してる間にエリューション化した」 まあ、俺も人のことどうこう言えた義理じゃないが――と、小声で付け加えつつ、説明を続ける。 「外見は二足歩行の狼だか山犬だか……まあ、そんな感じだな。頭の中も獣に近くなってるが、厄介なことに『誰でもいいから殺したい』という欲望だけが強く残ってる。生きている人間を見たら、見境なしに襲ってくるだろう」 数史はそこで言葉を切り、顔を上げてリベリスタ達を見た。 「幸い、こいつはまだ山の中だ。今のうちに倒してしまえば、犠牲者が出ることはない」 逆に言えば、ここで逃がしてしまえば、ノーフェイスは確実に人里に下りてしまうだろう。そうなれば、多くの人々が死ぬことになる。 「相手は一人だが、動きも速いし攻撃力も高い。俺にはまだ正直よくわからんが、個体としては結構強力な部類らしい。皆なら大丈夫とは思うが、どうか気をつけてほしい」 そう言って手の中のファイルを閉じようとした数史が、うっかりそれを床に取り落とす。散らばった書類を慌ててかき集めた後、彼はもう一度リベリスタ達の顔を一人一人見た。 「俺からの説明は以上だ。――全員、無事に帰ってきてくれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月02日(木)23:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●獣心を宿したモノ 山の風が、冷えた冬の空気を運んでくる。 一見すると穏やかにも思える風景。だが、リベリスタ達の全員が、ここに危険な“獣”が棲んでいることを知っていた。かつて人でありながら非道の限りを尽くし、とうとう人でなくなったもの――。 「豺狼とはよく正確に表した名を付けたものですね」 慎重に歩を進める『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)が、ふと口を開く。確か中国あたりで、人から獣に身を堕とした人間の逸話がなかったか。心が体を変容させる――それは正しく、『豺狼』と名付けられた今回のノーフェイスと近似しているように思われた。 リベリスタ達の多くが、敵の不意打ちを警戒して注意を払っている。如月・真人(BNE003358)は、少女と見紛う可愛らしい顔に怯えと緊張の色を浮かべ、しきりに周囲をきょろきょろと見回していた。 「殺人鬼以外にも熊とか猪とか野犬とか大きな蛇とかいたら怖いですし……」 何しろ、敵はいつ、どこから来るかわからない。耳を澄ませて歩く『似非侠客』高藤 奈々子(BNE003304)の美しき蒼狼の横顔を、風が撫でる。 常人を遥かに越える聴力を持つ『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が、こちらに何者かが近付いて来る音をとらえた。ほぼ同時に、『エア肉食系』レイライン・エレアニック(BNE002137)が全員に向けて警告の声を上げる。 「……! どうやらおいでなすったようじゃぞ!!」 優れた反射神経や、人並みはずれた聴力を持つメンバーが全力で警戒に当たっていたのだ。これで不意打ちなど受けるはずはなく、リベリスタ達は瞬時に態勢を整えていく。 しかし、敵の動きは予想以上に速い。接敵前に自らの力を高める余裕はなさそうだ。 「欲深く、残酷。その言葉に最も一般的にあてはまるのは、まさに人間だと思いまするが……ともかく、悪人退治と参りましょうぞ!」 風音 桜(BNE003419)の言葉に、全員が頷く。姿を現したノーフェイス『豺狼』が、猛スピードでこちらに向かってくるのを見て、真人は少女のような悲鳴を上げた。パニックを起こして隠れようとする彼を、山川 夏海(BNE002852)が自分の背に庇う。 直後、『豺狼』が獣の雄叫びを放った。空気を震わせるばかりか、身体の自由すら奪う咆哮――しかし、リベリスタ達は四人のメンバーが一人ずつ仲間を庇うことで、被害をちょうど半分に抑えた。 舞姫と『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)に庇われることで動きを封じられずに済んだレイラインと孝平が、突進する『豺狼』のブロックに向かう。すかさず奈々子が邪を退ける光を放ち、全員の呪縛を解いた。彼女はそのまま、後方に下がって『豺狼』から距離を取る。 自由の身になった前衛、中衛たちが、一斉に『豺狼』に向けて動いた。 「……ふん、殺人鬼の成れの果てか。情を傾けるに値しないな」 宗一の言葉に、夏海が応じる。 「ただの殺人鬼なら興味ないけど、エリューションなら話は別。犬畜生にも劣る奴にかける情けなんてないよねー」 フィンガーバレットを構える彼女のさらに前に進み、宗一は『豺狼』を鋭く睨んだ。 ――力でねじ伏せる。それで十分だ。 ●獣人の爪牙 『豺狼』はまず、前に出たレイラインと孝平に狙いを定めた。低い唸り声とともに突進し、爪で二人を薙ぎ払う。衝撃と痛みで体勢を崩されたところに、鋭い牙がレイラインを襲った。辛うじて直撃は避けたものの、片腕の肉をごそりと抉られる。 話に聞いていた通り、敵はこちらが一動く間に二動く、というスピードを所持していた。数の上では有利だが、この速さと攻撃力を考えるに、気を抜けば瞬く間に打ち倒されるだろう。 孝平が『豺狼』に斬りかかり、立て続けに攻撃を浴びせる。レイラインは自らの全身を速度に最適化し、身体能力のギアを大幅に高めた。 「悪いが、貴様を野放しにしておく訳にはいかんのでな……ここで仕留めさせてもらうぞよ!」 腕から流れる血もそのままに、レイラインが臆することなく叫ぶ。反対側に回り込んだ舞姫が、武骨な太刀を片腕で操り、それを『豺狼』に振るった。 「殺人鬼だとしても一般人ならば、わたしには手出し出来なかった――だが今は、わたしの領分だ」 舞姫の流れるような斬撃が、次々に『豺狼』の皮膚を斬り裂く。彼女の心には、強い決意があった。ここで絶対に、終わらせる。もう二度と、誰も傷つけさせはしない。 「排除……それがたった一つの掟。消えて」 冷たく言い放った夏海が、違えざる血の掟を自らへと刻み込む。確かなものは、世界に仇なすエリューションやアザーバイドへの憎しみ。次いで、『豺狼』との距離を測り、その攻撃射程外に立った奈々子が、侠客の誇りを胸に見得を切った。 「狼藉働きて狼と化すとは因果なものね。豺狼が一匹、高藤奈々子。情けのために貴様を討つ!」 奈々子が望むは、己が納得する結末。それが利己的であると知るがゆえに――彼女は己の姿ともかけて、自らを“豺狼”と呼んだ。 宗一が全身に破壊の闘気を漲らせ、先に前に出た三人とともに『豺狼』を四方から包囲する。逃走を防ぐと同時に、爪によって攻撃を受ける人数を減らす狙いである。 『豺狼』の爪で傷つけられたレイラインと孝平の様子を見て、体内の魔力を活性化させようとしていた真人は、慌てて自らの行動を切り替えた。怯えながらも前衛たち全員に回復が届くよう自らの位置を調整し、清らかなる存在に呼びかけて福音を響かせる。 エリューション化した殺人鬼など、出来るなら相手にしたくない。だが、嫌でも相手にしないといけないし、戦いが終るまではここから帰るわけにもいかない。 「……早く終わって帰りたいです」 自分の役割を理解してはいても、やはり怖いものは怖いのだ。 桜は後方に下がった奈々子の位置を確かめ、彼女が前進した際にすぐ庇いにいけるよう、自らの立ち位置を定める。次いで、彼は己の生命力を暗黒の瘴気に変え、『豺狼』に向けて放った。 纏わりつこうとする瘴気を払うようにして『豺狼』が再び咆哮する。予め射程外に逃れていた奈々子、敵の背後に位置することで視界から外れていた宗一、そして高い回避力をもって辛うじて影響を逃れたレイラインと舞姫を除く全員が、獣の呪縛に捕らわれた。 続いて、『豺狼』はレイラインに牙を剥く。今度は、避けることが出来なかった。まともに噛み付かれ、レイラインの肩口から鮮血が噴き出す。 前衛に立つ孝平、前衛の交代要員である夏海が、ともに呪縛に陥っている。ここで自分が退けば、『豺狼』をブロックするのは舞姫と宗一の二人しかいない。レイラインはそう判断し、前線に残ることを決めた。痛みに耐えて剣を振るうが、彼女の剣技をもってしても『豺狼』の動きを封じることは敵わない。もともと、麻痺の類が一切通用しないのだ。 「どうやら、保健所では手に負えそうにないのぅ……」 相手は、道理の通用せぬ狂犬だ。人のかたちを失い獣に成り果てるほどに、狂っていたということなのだろう。 「――豺狼、この首に食らいついてみろ!」 『豺狼』を挟みレイラインの反対側に立つ舞姫が、彼女にこれ以上の攻撃をさせまいと、自らの白い首筋を覗かせて挑発する。その声に、『豺狼』は首をめぐらせて舞姫を見た。いやらしく牙を剥き出し、殺戮に酔うような唸り声を上げる。 その隙に前進した奈々子が、仲間たちの全員を範囲に収め、輝ける光を放った。孝平が、夏海が、次々に咆哮の呪縛から解放されていく。動けるようになった桜が、奈々子を次なる攻撃から守るために、彼女を背に庇って立ち塞がった。 「……それにしても、だ。何故、獣になった?」 『豺狼』の側面から破壊的な一撃を叩き込みながら、宗一が呟く。 この獣の姿は、活動するには適した形態ではあるのだろうが――ノーフェイスがビーストハーフだとしても、ここまで完全な獣化というのは解せない。フェーズ進行によるものか、それとも第三者の介入があったのか。疑念は深まるばかりだ。 真人の生み出した癒しの微風が、レイラインの傷を塞ぐ。回復は確実に届くように、でも、敵が万が一前衛を突破したとしても、すぐに攻撃を受けないように。彼我の距離を慎重に測りながら、彼は戦況を見る。 狂気に満ちた『豺狼』の瞳に、前に立つリベリスタ達の姿が映った。 ●人で在りし頃の記憶 『豺狼』の爪が、牙が、間を空けずに襲い来る。先の挑発が功を奏したか、その攻撃は専ら舞姫へと向けられ、『豺狼』の背後に立つことになったレイラインはひとまず難を逃れた。 執拗に首筋を狙う『豺狼』の牙を“戦太刀”で食い止めつつ、舞姫は隣に立つ宗一を見る。彼もまた、爪によって傷を負っていた。 理由はわからないが、何故か『嫌な』予感がする。宗一には、出来る限り攻撃が向かわないようにしたい。 ただ、彼女は戦士の誇りを知る武人でもあった。それを貶めるような真似はしない。 「動きが速く、火力の高い敵です。体力に余裕があっても、過信はしないでください」 仲間に向けて注意を喚起するに留め、舞姫は再び太刀を構える。孝平が、『豺狼』の右手から連続攻撃を仕掛けた。 「その動きは止められなくても、威力まで消しきることは出来ないはず……!」 彼に続いて、レイラインと舞姫もそれぞれに武器を振るう。 実際、効いてはいた。『豺狼』の全身を覆う毛皮は傷つき、裂けた場所から赤い血が流れ落ちている。人の心も身体も失って、それでもまだ血の色だけ赤いというのは皮肉だが――。 「逃さないよ」 夏海が、浅い傷を負っている『豺狼』の右太腿を狙い、両手のフィンガーバレットから弾丸を撃ち出した。着弾の衝撃で、『豺狼』の身体が小刻みに震える。その様子を視界に捉えながら後退し、奈々子は再び『豺狼』の射程外へと逃れた。余裕があれば世界から生命力を借り受け、前衛たちにその加護を与えたかったところだが――彼女と前衛たちの距離は遠い。呪縛を確実に解くという奈々子の役割を考えれば、ここは諦めざるを得なかった。 真人の奏でる聖なる福音が、仲間たちの傷を包み込むようにして癒していく。しかし、彼の心には次第に不安が広がっていった。果たして、自分一人の回復で、この戦線を支えきれるだろうか。 桜が己が生命力と引き換えに放った暗黒の瘴気が、『豺狼』を取り巻く。 直後、『豺狼』が再び、獣の咆哮を上げた。宗一と真人、桜の三人が呪縛に絡め取られる。次いで、爪の一撃が孝平と舞姫を襲った。 舞姫の身体が揺らいだのを見て、レイラインが『豺狼』の背後から声を放つ。 「ほれどうした? 人を殺したいんじゃろう?」 振り向いた『豺狼』に、彼女は己を指して叫んだ。 「……ここに最上の獲物が居るぞよ、とっとと来んか!」 狂った唸り声を上げる『豺狼』を、レイラインは流れるような剣技で迎え撃つ。舞姫に駆け寄った夏海が、フィンガーバレットを装着した両手を構えて声を張り上げた。 「代わるよ、下がって!」 彼女に頷きを返し、舞姫が回復の時間を稼ぐべく後退する。入れ替わりに『豺狼』に接敵した夏海は、己が頼るべき拳に力を込め、それを真っ直ぐに打った。 「銃だけだと思わないでよねっ」 拳が、『豺狼』の脇腹へとめりこむ。奈々子は前に進み出て仲間たちの呪縛を払いながら、その身を獣と化した男の名前を呼んだ。 「……覚えている? 貴方が最初に手にかけた浅川さんの事を」 赤茶の瞳で真っ直ぐに見据え、奈々子は男の過去を暴き、昔の記憶を引きずり出そうとする。このために、彼女は『アーク』が集めた男の資料を読み漁り、名前や経歴はおろか、彼に殺された被害者の名前やその死因まで全てを覚えてきたのだ。 「山の中で殺したこともあったわね、使った武器は爪じゃなくてナイフだったけれど!」 別に、男に人間として死んでほしいなどと望んでいるわけではない。 このような男に情けなど無用。情けをかけるのはむしろ、男の手にかかった被害者たち。その身を獣と化したからといって、忘れさせて良いはずがない。 単純に奈々子の声に反応したのか、それとも記憶を刺激されたのか――『豺狼』が一瞬、彼女に視線を動かす。その隙を逃さず、宗一が裂帛の気合とともに全身の闘気を爆発させた。 「加減も必要なければ、遠慮もいらない相手だ。全力でぶちかます」 まさに破滅のエネルギーを込めた渾身の一撃が、『豺狼』に炸裂する。『豺狼』の全身が、ここで初めて衝撃に揺らいだ。 真人の呼んだ癒しの微風が、舞姫の傷を塞ぐ。自らの巨体を盾にいかなる攻撃からも奈々子を守り抜かんと、桜が彼女の前に立った。 (その為に愛用の刀をおいて、こんな武器をもってまいりましたからな……) 奈々子を確実に庇っていくには、自らの速度を彼女よりも抑える必要があった。手の中の無骨な重火器を見て、桜は僅かに苦笑する。 痛みは感じずとも、己が追い詰められつつあることを悟ったのか――『豺狼』はいよいよ狂ったような唸り声を上げて、目の前にいた孝平に襲い掛かった。獣の強靭な顎が彼を捕らえ、力の限り噛み砕く。ごきりという鈍い音とともに、夥しい量の鮮血が散った。 大量の出血と痛みで遠のきかけた孝平の意識を、運命の手が繋ぎ止める。 「絶対に、倒れるわけにはいきません……ごく普通に暮らす人たちの、生活を守るため……戦うのです」 通常であれば、到底戦えぬほどの傷だった。それでも彼は、その手に武器を取る。 男がこれまで奪ってきた命の代価を、その身で支払わせるために。そして、更なる虐殺を行わせないために。 「ここは耐え凌ぐぞよ……! 奴を人里に向かわせる訳にはいかぬ!!」 レイラインが他の前衛に向けて声をかけ、孝平が回復するための時間を稼ぐ。宗一が、夏海が、そして前線に復帰した舞姫が、レイラインとともに『豺狼』を取り囲み、退路を塞ぎながら攻撃を浴びせていった。 あと少し――あと少しで、『豺狼』の命運も尽きる。全身を縛る咆哮を、鋭く薙ぎ払う爪を、リベリスタ達は全霊をかけてしのいだ。 戦場を神々しい光に包んで仲間を支えながら、奈々子はさらに『豺狼』に語りかける。 「忘れたなんて言わせるものか。全ての罪を思い出して、憶えたまま死になさい!」 彼女の声に、『豺狼』が一際高く、大きな唸り声を上げた。それは狂気か、果たして罪の記憶か。 たとえ、それが愉悦の滲む記憶であっても。思い出したところで、己がなした殺戮に贖罪の気持ちなど起きないのだとしても。勝手な理由で殺した上に忘れ去るなど、被害者たちが認めたとしても認めるわけにはいかない。 己が望む結末を迎えんがため――もう一人の“豺狼”はただ、男へ断罪の視線を向ける。真人が癒しの福音を響かせる中、桜は奈々子を庇いながら、『豺狼』に向けて声を放った。 「刀は心でふるうと言いまする。得物が変わってもそれは同じこと! お主の心は何故斯様な凶爪を振るうのか!」 『豺狼』は答えない。狂気に堕ちた男が、答えられるはずはない。 人の心を失い、そして人のかたちを失った。獣と成り果てた男に残されたのは、ただ朽ちてゆく道でしかなかった。 「後ろががら空きだよっ!」 素早く『豺狼』の背後に回りこんだ夏海が、首を掻き切るような鋭い一撃を加える。 流れるような動きから繰り出される舞姫の突きが、『豺狼』の左胸を捉えた。 「獣は人に狩られるもの。人を捨てたときから、貴様の最期は決まっていた」 ――革醒したときじゃない、無辜の人を殺めたときにだ。 舞姫の囁きは、果たして男の耳に届いたのか。 “戦太刀”に心臓を貫かれ、『豺狼』はとうとう絶命した。 ●真実は何処に 「お疲れ様、じゃの」 戦いを終え、レイラインが皆に労いの声をかける。ずっと気が張りっぱなしだった真人が、大きく息をついた。 「厄介な相手だったぜ。やはり穴が開いた後の敵は一段強くなってる気はするな」 宗一はそう言って、倒れた『豺狼』の亡骸を見る。著しく肉体を獣化させたノーフェイス――この、異質な変化。これが、この個体に限ったことなのか否か。 (気を抜いてはいられないな) 夏海は念のため付近を捜索したが、特に目ぼしいものは見当たらなかった。『豺狼』の方も、何か特別な物を所持していた様子はない。 「せめて、弔いぐらいはして進ぜましょうぞ」 『豺狼』の亡骸を前に、桜がそう口にした。このような心に成り果てたのは自業自得とはいえ、もしかしたら最初は、やむにやまれぬ事情があったのかもしれないと、彼は思う。 「死して屍拾う者なし、とはよく言ったものだけれど。これにて一件落着――といったところかしら?」 桜の時代がかった口調に調子を合わせて、奈々子が言う。そのやり取りを眺めつつも、舞姫の心は晴れなかった。 殺人鬼は逃亡して行方不明のまま、その醜い罪が白日の下に裁かれることもない。 全ては、闇の中に葬られていくのだろう。 「神秘を秘匿するためですが……、誰も救われません」 「それでも、更なる虐殺は防げました」 木の幹に背中を預けた孝平が、先の戦いで負った傷の痛みに顔を顰めながら言う。 ――そう。それもまた、紛れもない事実なのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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