●求めるものは虹の彼方に その水晶は「持つ者の悲しみを癒して希望を与える」のだと、天然石ショップの店員は言った。虹色の輝きは見る角度によってその色を変え、眺めていて飽きることはない。 男が、その『遊色水晶』を手に入れたのは、恋人の死を乗り越えるためだった。 半年前、不治の病で呆気なくこの世を去った最愛の存在。真剣に彼女との結婚を考えていた男にとって、その死によって与えられたダメージはあまりに大きすぎた。 どこにいても、何をしていても、考えるのは亡き恋人のことばかり。 男の家族や友人は、こぞって彼が恋人の後を追うのではないかと心配したが、当の男も、それを心のどこかで望んでいることは否定できない。 今は、時間がいつか喪失の傷を癒してくれることを信じて、石にでも何でも縋るしかないのだと――そう、男は考えている。 それが、半年後か一年後か、はたまた十年後かは、わからないが。 公園のベンチに腰掛け、男は大きく溜め息をつく。 やけに体が重い。彼女が生きていた頃は、この程度の仕事で疲れることなんて無かったはずなのに。 ポケットから『遊色水晶』を取り出し、神秘的な虹色の光沢を眺める。 もし本当に悲しみを癒す力があるのなら、今すぐ癒してもらいたかった。 会いたい。彼女に会いたい。一度だけでも、ただ一目だけでも――。 『遊色水晶』を握り締めた手の中から、虹色の輝きが漏れる。 驚いて指を開いた男は、次の瞬間、視界の隅に映った人影を見て言葉を失った。 「――未来(みき)」 目の前に、死んだはずの恋人が立っている。 弾かれたように立ち上がり、男は、彼女の顔を見た。 間違いない。自分が、彼女の顔を見間違えるはずがない。 「会いたかった……」 震える指で、男は恋人に向けて手を伸ばす。 薄れゆく意識の中、彼は己の願いがとうとう叶ったことを確信していた。 ●されど、幻は幻に過ぎず 「急ぎの依頼になる。皆には、これからすぐ出発してほしい」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は開口一番にそう言った。 「任務はアーティファクトの破壊と、それが生んだエリューション・フォースの撃破。現場への到着が遅れた場合、人ひとり死ぬ」 そう説明しながら、イヴは端末を操作して正面のモニターに情報を映し出していく。 「アーティファクトは『遊色水晶』と呼ばれる天然石。持ち主の思考を読んで、持ち主の願いを反映したエリューション・フォースを生み出す」 首を傾げるリベリスタに、イヴはさらに言葉を付け加えた。 「今回だと、持ち主は半年前に恋人と死に別れてる。死んだ恋人に会いたい、恋人と一緒にいたいという強い願いを持ってた。結果――エリューション・フォースは持ち主の恋人の姿をとって、彼を殺そうとしてる」 持ち主がそう望んだからなのか、死者を蘇らせるより生きている人間に後を追わせる方が簡単だからなのか、そこまではわからないが……。 「急げば、持ち主がエリューション・フォースに殺される直前に現場に辿りつける。敵は一体だけど、油断はしないで」 ブリーフィングを終えて出発するリベリスタ達を、イヴは「気をつけてね」と言って見送った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月29日(日)21:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●夢、まぼろし 男は、恋人にゆっくり手を伸ばす。 意識には靄がかかっており、眼前の光景が現実かどうかを判断する力もなければ、自身に迫る命の危機を感じることもできない。 漠然とした幸福感の中で、一歩ずつ自分に近付く恋人を見る。 ――もう、二度と離さない。 リベリスタ達が辿り着いた時、女性の姿をしたエリューション・フォースは、今まさに死の抱擁を男に行おうとしていた。『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が、いち早く間に割り込み、男を己の背に庇う。『まめつぶヴァンプ』レン・カークランド(BNE002194)、明神 暖之介(BNE003353)らが、その後に続いた。 「再会をお楽しみのところ、少々心苦しいですが――始めさせて頂きますね」 にこりと笑いかけ、足元から影を伸ばす暖之介に、男は答えない。熱に浮かされたように、恋人の姿をしたエリューション・フォースを見つめている。 (――まずは二人を引き離さないとね) やや遅れて『執行者』エミリオ・マクスウェル(BNE003456)が間に入り、男とエリューション・フォースの距離を広げる。できれば男を巻き込みたくないし、死なせたくもない。足元から意思を持つ影を伸ばした『きまぐれキャット』譲葉 桜(BNE002312)が、男の目を見て呼びかけた。 「良く見て下さい。あれは、良く似ただけの別物です。醜悪な模造品です。――そんな物に心を奪われて、貴方は貴方の恋人に何て言い訳するんですか?」 彼女の魔眼が、エリューション・フォースにかけられた男の暗示を相殺する。彼の瞳が徐々に焦点を結ぶのを見て、桜はさらに声をかけた。 「そんな物捨てて。今すぐ逃げて下さい。あなたの愛情が本物であるなら。幻想につかまっては、いけないです」 指を開いた男の掌から、虹色の光沢を帯びた石が零れる。地面に落ちた『遊色水晶』を拾い上げると、桜はそれをうさぎに向けて放った。 『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)が印を結び、周囲に防御結界を張り巡らせる。正直、未練がましい男などに興味は無いが、彼を助けたいと願う者もいる以上、放っておくわけにもいかない。日無瀬 刻(BNE003435)も、男が生きようが死のうがどうでも良いと考えてはいたが――それが『アーク』のリベリスタの流儀であるならば、慣れておくのも悪くはない。刻は男の腕を取り、有無を言わせずエリューション・フォースから引き離す。攻撃を受けても庇えるよう気を配りつつ、彼女は男を連れてその場から離れた。 それを見送り、『十字架の弾丸』黒須 櫂(BNE003252)は愛用の自動拳銃をエリューション・フォースに向けて構える。 「幸福な幻……。一時的に生きる支えになったとしても、幻は何時か消えて無くなるものよ……」 その幻を消し去るべく、彼女は銃口をエリューション・フォースに向けた。 ●夢を断つもの 桜から受け取った『遊色水晶』を、うさぎは自分の足元に転がした。仮に、エリューション・フォースを生み出す以外の機能がないのであれば、砕くのは戦いが終ってからでも遅くないだろう。 うさぎは、男とエリューション・フォースの間に立ち塞がる形で間合いを詰める。死の刻印が、女性の姿をしたエリューション・フォースへと刻まれた。 櫂が片手に構えた自動拳銃を撃ち、刻と、彼女に連れられた男が敵の射程外に出るまでの時間を援護射撃で稼ぐ。エリューション・フォースに接近した桜が黒いオーラを伸ばし、その頭部を打ち据えた。 「死しても募る恋心……素敵ですよね」 でも、姿が似てるだけの偽者に縋るのは――少なくとも、自分だったら嫌だ。 男が安全な距離まで逃れたのを見届け、レンもまた足元から影を伸ばす。人はないものを求めてしまう。失ったものを欲してしまう。それは、仕方ないことだと思う。自分にも、それがなかったとは言わない。 でも、それが一人の男の命を奪うというのなら。 「――悪夢はここで断ち切る」 その命が、囚われてしまう前に。夢を、終わらせよう。 符術で作られた鴉の式神が、主である綺沙羅の命を受けてエリューション・フォースを襲う。鋭い嘴で目を狙うが、すんでのところで避けられ、額を傷つけるのみに留まった。軽く舌打ちし、彼女は攻撃の精度をより高めるために集中を始める。 暖之介が、全身からオーラの糸を放ってエリューション・フォースの動きを縛ろうと動く。絡みついたように見えた糸は、しかし次の瞬間はらりと解けてしまった。拘束の類は、やはりこの敵には効かないらしい。 男の亡き恋人を映したエリューション・フォースを見て、暖之介は思う。もし自分が妻を喪い、『遊色水晶』と出会ったなら、きっと同じ事を願っただろう、と。 しかし、彼はそれが世界に相容れないものである事も理解していた。 「美しいですが……壊すと致しましょう、どちらも」 仲間達の攻撃に続けて、エミリオが暗黒の衝動を秘めた黒いオーラを放つ。直後、エリューション・フォースを不可視の力場が包み、その前に立つ前衛達を一度に弾き飛ばした。衝撃で僅かに痺れる指を握り、うさぎが素早く立ち上がる。 「やはり――男性の元に向かう邪魔をすれば、こちらを弾きにかかるようですね」 男から視線を外すことなく、再び歩み寄ろうとするエリューション・フォースに再び肉薄し、刻印を打つ。それなら、前衛の数を減らして損害を抑えることも可能だろう。 櫂が、公園の木の陰から地を蹴って空中に跳ぶ。枝を足場にして軌道を変え、彼女は頭上から敵を襲った。 「……私にも大切な人がいるわ。だから気持ちは分からなくない」 けれど。あの男には、心配してくれている家族や友人がいる。誰しもが、誰かと繋がっている。 男が死ねば、また悲しむ人が増えるのだ。人は、一人ではないから。 悲しみの連鎖は止めてみせる――決意とともに、櫂は雨燕の名を冠した打刀を振るい、エリューション・フォースに斬りかかった。 桜が影のオーラを伸ばし、レンが道化のカードを投げつけて破滅を予告する。先の攻撃で吹き飛ばされた暖之介もまた、エリューション・フォースの前に戻り、影のオーラを放った。 「彼以外の者に近付かれるのは嫌、ですか」 ひたすらに男の姿を追い続ける女性の横顔を見て、彼は思わず口にする。 「……分かっています、そんなものは存在しないのだと」 これは“彼女”ではない。その姿を映した、中身のない人形でしかない。わかっている。 前衛たちの様子に気を配りながら、エミリオが再び暗黒のオーラを放つ。 「……大切な人を失った事の辛さ、とてもよく分かるよ」 会いたくても、その願いはもう叶わない。それでも、心のどこかで求めてしまう。願ってしまう。かつてフィクサードの手で家族を失った彼は、それを痛いほど知っている。 ――だからこそ、こんな悲劇は絶対に終わらせたいんだ。 強い意志を秘めた灰色の瞳が、エリューション・フォースを真っ直ぐに見た。 ●夢の裏側 エリューション・フォースの攻撃が届かない場所まで辿り着いた後、刻は男の腕を離した。既に魔眼の影響からは逃れているのか、男の表情には強い戸惑いの色が見える。 何が起こっているのかわからないといった様子で、恋人の姿をしたエリューション・フォースを見つめる男に、刻が語りかけた。 「あら、あの大暴れしている『化け物』が大切な人に見えるのね」 びくりと肩を震わせ、男が刻の方を向く。美しい顔に笑みを湛えて、刻は「ああ、でもそれも間違っていないかもね――」と続けた。 「貴方がそんなに迷っていれば、旅立つ事も出来ないでしょうし。何より、貴方の思いが彼女をここへ縛っていてもおかしくはないものね」 返す言葉もない男に、桜がエリューション・フォースと戦いながら、肩越しに声をかける。 「恋するって素敵なことですよね。たった一人に気持ちを託す、憧れます」 彼女にとって、恋する男の子は正義だ。死した彼女を今も恋う男の心を、素敵だとも思う。 「――でも、だから。だからこそ。偽者になんか逃げちゃ駄目です!」 あれは“彼女”じゃない。彼の願いを映しただけの、ただの幻。そんなものに、心を奪われるだなんて。 レンもまた、エリューション・フォースに道化のカードを投げる傍らで男に声を投げかける。 「ちゃんと、見ろ。現実を。お前の恋人は、もういない。失った命が戻ってくることはない」 その言葉に男が表情を歪めるのを、刻は見た。唇を噛み締める彼に、さらに言葉が重なる。 「お前が過去に囚われたままだと、恋人の時間も、止まったままだ。未来へ送ってやれるのは、お前だけだ」 「貴方の気持ちが本物だって、証明して下さい!」 桜が、男に向けて声を張り上げた。哀しいだけの恋なんて、あまりにも寂しすぎる。男が彼女の死を乗り越え、前に進むための足がかりを、ここで作っておきたかった。 「で、貴方はどうするの。見ているのが辛いのであれば、縛って目隠ししてあげるけど?」 淡々とした刻の問いに、男が小さな声で「ここで、見ています」と答える。 そう、と言って、刻は薄い笑みを湛えたまま前線へと戻った。 ●夢と現 『遊色水晶』が所有者の願いを汲むのなら、男の想いはエリューション・フォースに影響を与えると、桜は考えていた。 そして今、リベリスタ達の言葉により、亡き恋人の夢を求める男の気持ちは綻んだ。だからなのか――エリューション・フォースは突如、全身から淡い虹色の輝きを放った。 「……やばっ」 勘を研ぎ澄まして敵の動きを観察していた綺沙羅が、危険を感じて全員に警告を放つ。しかし、この一瞬の間に射程外に逃れるのは、流石に不可能だった。 エリューション・フォースを中心に放たれた虹色の靄がリベリスタ達を包み、淡く儚い幻を見せる。彼らが、彼女らが、それぞれに望む幸福な夢を。 「――皆、大丈夫!?」 木の陰に位置していたがゆえ、影響を逃れた櫂が、空中からエリューション・フォースに攻撃を浴びせながら仲間達に呼びかける。 「綺麗なだけの幻像なんかに、負けたりしない。恋する人は皆、絶対無敵なんですから!」 迷いなく答えた桜が、足元から伸びる影とのコンビネーションでエリューション・フォースに迫り、破滅の力を秘めたオーラで頭部を打った。虹の靄が晴れると同時に戦線に復帰した刻が、彼女に続いて禍々しい呪いを放つ。 「おあずけされていたのだから、その分しっかり楽しまないとね」 呪いの反動で己の身を蝕まれる苦痛を感じながら、刻は残酷な笑みを美しい顔に浮かべた。 エリューション・フォースの動きが遅かったのが幸いしたか、“幸福な夢”に囚われていた時間はそう長いものではなかった。しかし――夢から醒めたうさぎは、ボロボロと大粒の涙を零していた。無表情の面から、次から次へと涙が溢れ出す。 うさぎが夢に見たのは、現在の、過去の、大切な家族全て。 そして――その家族と仲睦まじく過ごしている、笑顔の自分。 ――ありえない。 ――絶対に叶わない。 ――望んじゃいけない。 それは輝かしくも懐かしい夢。そして、決して取り返しがつかない現実。 なのに。それなのに。 「――そんな物を見せるなド畜生がああああ!!」 喉を震わせる咆哮。魂を絞る慟哭。激情のままに叫びながら、うさぎは“11人の鬼”を振るった。涙滴型をした11枚の刃がエリューション・フォースの肌を切り裂き、死の刻印を深く刻みつけていく。 うさぎの叫び声を聞いて、レンが頭を振る。彼が見たのは、亡くした祖母の夢だった。 暖かい家と、優しく頭をなでる祖母の手。両親の顔さえ知らない彼が寂しい思いをせずに過ごせたのは、大好きな祖母の手があったからだ。 ――幸せだった。それだけで、他には何もいらなかった。 優しかった祖母はもういない。どんなに願おうと、祖母の手が自分を撫でることはない。 それでも、乗り越えなければならなかった。悲しみも、苦しみも、孤独も――全て。 レンが投じた道化のカードが、エリューション・フォースの肩口を穿つ。その後を追うように、綺沙羅の放った鴉の式神が、鋭い嘴で傷を抉った。 幸せと呼べるほどの、具体的なイメージを持たないからなのか――彼女の夢は、ひどく断片的で、抽象的なものでしかなかった。そっと繋がれた暖かい手、色とりどりの電球で輝くクリスマスツリー。知らない。知るはずがない。そんなものは、誰も与えてくれなかったから。 暖之介が、まったく表情を変えないまま影の色をしたオーラを伸ばし、エリューション・フォースを打ち据える。夢から目覚めたエミリオが、自らの心の痛みすらそこに込めるようにして、おぞましき呪いを解き放った。 何度も戻りたいと願った、平穏で平和だった日常。亡き両親と過ごす、幸福な幻。 「だけど……今の僕には守っていきたいものがある」 皮肉にも、それは両親の命を奪った相手――でも、過去に縛られたままでは、未来に歩めない。現在という時間を一緒に共有出来る人こそが、かけがえのない存在なのだ。 その想いある限り、彼は決して迷わない。 「……両親に会わせてくれて、ありがとう。そして、さようなら……」 エミリオが告げた別れの言葉とともに、エリューション・フォースは幻のごとく消滅した。 ●夢から目覚めて 転がっていた『遊色水晶』を、レンはそっと拾い上げた。 虹色の水晶が持つ記憶が、彼の中に伝わっていく。男が恋人に抱いていた愛情、最愛の人を喪った悲しみ、そして彼女との思い出。それらを自らの心に刻みこんでから、彼は『遊色水晶』を暖之介の手に委ねた。 暖之介の手の中で、『遊色水晶』が呆気なく砕け散る。 愛する妻や子供達と生きる今以上に幸せな幻を見られるのか、少々興味はあったが――結局、『遊色水晶』がそれ以上の夢を見せることはなかった。幸福な今を生きる者にとっては、意味のないものなのだろう。 男は、エリューション・フォースが消えた場所を、ただ黙って眺めていた。まだ心の整理がつかないのだろう。それもまた、無理のないことだった。 砕けた『遊色水晶』の欠片を一つ手に取り、綺沙羅がそれを覗きこむ。ネットで見た画像よりもずっと、それは不思議な虹色の輝きを放っていた。 「……きれい、面白い。こんなの売ってるんだ」 そう言ってから、彼女は立ち尽くしたままの男を横目に見る。まだ引きずってるだなんて、鬱陶しいことこの上ない。 「死後の世界でなら彼女と再会できるとでも思った? そんなの生者の幻想だよ」 綺沙羅の声に、男がこちらを見る。構わず、彼女は続けた。 「大抵の事は生きてる時しか意味が無い。自分というハードが失われたら、どんな有用なソフトでも無意味。――だから自分が生きてる限り、データを集めて記録する。思い出って奴」 思い出の中でなら死んだ人間だって生きてるでしょ、と言う彼女に、男は僅かに目を伏せる。そこに、櫂が言葉を重ねた。 「彼女の名前……未来……『みらい』とも読むわよね。彼女が見れなかった『みらい』を、貴方の胸に生きている彼女と歩んで欲しい」 いつまでもその場に踏み留まっている彼の姿を、彼女が喜ぶとは思えない。自分を傷つける事は、心配する周りの人々や彼女さえも傷つける事だと、櫂は男に説いた。 「失くした痛みから逃げるんじゃなくて、受け止めて欲しい。その痛みが、愛した彼女の生きた証だから」 レンも、『遊色水晶』から読み取った記憶をもとに男へ語りかける。 「忘れろと言ってるんじゃない。抱えて、生きて欲しい。幻なんかより、大事なものはお前の中にあるはずだ。――その中で、彼女は生きているんだから」 リベリスタ達の言葉を、男はじっと黙って聞いていた。どうして彼女の名を知っているのか、彼らは一体何者なのか。疑問は多くあったが、それはさして重要なことではない。 考えこむ男の耳に、少し怒ったような桜の声が届いた。 「似てるだけでその人でない人に縋るのは不誠実です。その辺ちょっと反省、して下さいな」 意表を突かれたのか、男が思わず「……すみません」と謝る。泣き腫らした目をこすりながら、うさぎが彼に歩み寄った。 「本当の未来さんが貴方に望んでいるのが何か、貴方はちゃんと分かっていた筈です」 彼女の後を追う誘惑を自覚しつつも、彼はそれを乗り越えようとした。今はただ、疲れているところに付け込まれただけなのだと、うさぎは思う。 「……貴方は充分立派な人だ」 その言葉には、うさぎの本音が込められていた。 「忘れる事は出来ないけれど、今を大事に生きてほしい」 エミリオが、『遊色水晶』の欠片を二つ手に取り、その一つを男に渡す。思い出はそのままに、この先、新たな決意で臨むために。男が、本当の意味で彼女の死を乗り越えられるように。そんな、願いをこめて。 男に声をかけていく仲間達を、刻は一人、薄い笑みを湛えて見つめていた。きっと、これが『アーク』流なのだろう。 櫂は、男に『遊色水晶』を買った店を訊いたが、それはありふれた普通の天然石ショップの名前だった。たまたま男が買った物がエリューション化したのか、そうでないかは判断がつかない。 「……後で見に行こう。もしかしたら、まだアーティファクト混ざってるかもだし」 仲間に聞こえないよう、綺沙羅が呟く。 アーティファクトは見つけられなくても、虹色の水晶は見つけることができるだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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