●笑う太陽 有史以来人類が、否。総ゆる知的生命が、求めて止まなかった夢がある。 此の世に生まれ落ち、受肉した以上は決して届かない夢である。凡そ人間の限界を超え、人間の限度を超えた大それた望みである。 『不滅』 肉体よ、朽ち果てる事勿れ。 魂よ、霧散する事勿れ。 何時如何なる時も自分は自分で在り続ける―― 馬鹿馬鹿しい夢物語を本気で探求した魔術師が、超越者が何人居ただろうか。人なる生物が枷に囚われる生き物である以上、数え切れぬ愚か者を生み出した事も当然であると言えるだろう。 馬鹿な話なのだ。 元より馬鹿げた夢なのだ。 人間風情がその領分を超えた――『不滅』の望みを持つ事は。 しかして、時に幸運は誰にも予期しない形で訪れる。 「そりゃあ、本当なのかよ!?」 その日、桐嶋三治が出会ったのは彼の望みを正しく叶えるという『モノ』だった。声を上げた彼の前には嘲笑を浮かべた太陽が浮いていた。 不気味な魔力を微塵も隠そうとはしない金色のレリーフが浮かんでいた。 ――ホント、ホント。俺を作ったのは希代の大魔道でねぇ。 俺なら、お前の望みを叶える事が出来るよ。お前の求めは『不滅』だろ? 頭の中に響くそんな言葉に三治はごくりと息を呑んだ。 意思を持つアーティファクトは稀有ながら存在する。しかし、自分の思考を読んで逆に『提案』してきたアーティファクトに彼は驚きの顔を浮かべていた。 絶大な魔力を持つアーティファクトの語る意味をフィクサード組織『裏野部』に属する彼は知っていた。恐るべき首領・裏野部一二三も、『あの』ジャック・ザ・リッパーも神器を持って此の世に君臨しているではないか。 (俺も、なれるのか……?) 本来ならば組織に献上してもいい所である。大きな褒美が得られるであろう事も間違いない。しかし、今の三治には目の前に浮かぶアーティファクトの誘惑が抗い難い程魅力に思えていた。これを御したならば自分も……使われる立場の三治に色気がもたげる。 これは、絶対的な――そう。幸運でチャンスなのではないか、と。 「……条件は、何だ?」 ――お、乗り気だね。簡単簡単。ルールは二つ。 一つ目は、お前と俺は同化しなくちゃならない。『不滅』を得るには必要だ。ああ、心配しなくても体のコントロールも意識の方も百パーセントお前のもんだよ。嘘は言わない。俺はお前の体の中、意識の中に同居するだけ。 二つ目は、効果にキャンセルは効かないって事。あー、まぁ、何て言うか。俺は融合する事は出来るが、自分で分離出来ない。お前が他の方法を探して分離するのは止めないし自由だが、俺に言われても無理だよ。そういう事。 「……それだけでいいのかよ?」 少なくともレリーフの言う事が本当ならば、大きな障害は無い。長くの望みだった『不滅』が叶うなら、天下を取る事だって出来るかも知れないのだから。 ――それだけでいいよ。道具は使われる為に生まれるもんだ。 俺を造った魔術師は何が気に入らなかったのか知らないけどさあ。 ……まぁ、結果としてお前に会えたんだからお互いハッピーじゃん? 喉がカラカラに乾いていた。三治はごくりと唾を飲み込み覚悟を決めた。 自分は運命に選ばれたのだ。この幸運を逃して、なるものか。 「よし、契約だ!」 震える手を伸ばした三治の運命をレリーフの裏面が覗き込む。 ――嗚呼、そこで。歪なサインが笑っていた。 ●不滅の男 「はい、そんな訳で皆さんに素敵なお仕事を持ってきましたよ!」 その日、ブリーフィングルームでリベリスタが目にしたのはその場に似合わない人物だった。リベリスタとて、彼女が三高平に逗留を決めた時から、アークに協力する姿勢を示し条件を呑んだその時から。何れは『職場』で出会う事があるかも知れない……そう思ってはいたのだが…… 「馴染み過ぎてんだよ、お前の場合」 「あはは。褒められちゃいました」 ……当然微塵も褒めては居ない。『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)の余りにも自然な気負いの無さに彼等は少しのやり難さと呆れたような苦笑を禁じ得ないのである。 「……今度はフォーチュナの真似事かよ」 「お約束通り『万華鏡』は使っていませんからご心配なく。まぁ、その辺りは私も伊達に専門ではないですからねぇ。同程度の探査なら何とか……という訳でして」 世界最高峰の『神の目』を『何とか』する魔女の異常さはさて置いて。優秀なフォーチュナはどの組織も喉から手が出る程欲しい逸材なのだから、アシュレイの協力はアークとしても歓迎出来る部分であった。リベリスタは咳払いを一つして気を取り直した。 「それで、どんな仕事だよ」 「フィクサードさんの退治ですね。この国の主流七派の『裏野部』さんの構成員、桐嶋三治様って方です。まぁ、この方が良くないアーティファクトと合流してしまいました」 「暴れ出すって事か?」 「まー、そういう事になりますかね。アーティファクト『不滅の太陽<エターナル・サン>』。これ、凄い品物です。同化した誰かを文字通り『不滅』にします。何らかの方法で同化した『不滅の太陽』を分離しない限り、絶対殺せません」 「おい……!?」 アシュレイの気楽に告げた壮絶な現実にリベリスタは気色ばむ。 しかして魔女は冷静なままである。 「ですが、それ『カタログスペック』なんですよね。 皆さんも少し御存知かも知れませんが、私……それを造った方を割と良く知っているんですよ。『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュ。欧州の鬼才、真のメイガス、史上最高級の付与魔術師(エンチャンター)。……まぁ、そこまでは良いんですが、『虚言の王』、『七罪の王』、『悪徳の主人』etc……幾つもある称号通り性格がこう……本当に……アレ……で……」 極端に朗らかで人を悪く言わないアシュレイをしてもコレである。 「それは知ってる。何が言いたい?」 「詳細な探査こそ効きませんでしたが、『あの』ウィルモフ様が造る品物ですから。『カタログスペック通り』とはとても思えないという訳でして。『不滅の太陽』で強化された三治様は自分の息の掛かった取り巻きを集めて独自の行動を開始しようと思っているみたいですねー。取り敢えず、『不滅』でも『無敵』って程強くは無いでしょうし、殺せなくても戦力を破壊したり、撃退する事は出来るでしょうし、実際に戦えばどうすればいいか分かるかも知れませんし。仕掛けてみましょうという訳です」 「……一理あるが。いい加減だな」 「理に叶ってるじゃないですか」 アシュレイは笑った。 「アークの皆さんの迷惑になるでしょうから、取り敢えずビシっと締めてしまいましょう!」 魔女の言葉は相変わらず軽く、リベリスタは思わず溜息を吐き出した―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月05日(日)22:36 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●信頼 不滅の太陽? 小生の作品の常に漏れず、それは大した傑作だとも。 もし君が堕ちぬ太陽の不滅を願うなら、それは答えを出すだろう。 もし君がそれを手にしたならば、それは至上の幸運となるだろう。 質問は以上かね? 宜しい。では、君には少し小生の『芸術』に付き合って…… ――――『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュ ●禁忌と秘め事 この世界で剣が交錯するに大きな理由は要らない。 望もうと、望むまいと――互いに相容れぬ存在同士がその目的を違えれば待つのは必然とも言える対決のみ。 「桐嶋は、本当に……完全な『不滅』が得られると思っていたのかな」 運命の待つ埠頭倉庫を目指す人影は十。 太陽の下だというのに周囲に人影は無い。間もなくこの近くで何が起きるのか、まるで知っているようでさえ――ある。 漂う冷たい潮風に形の良い鼻を少しだけ動かして。『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)は息を吐き出すように呟いた。 「簡単に不滅なんて得られる訳が、無い」 念を押すように唇が紡いだ言葉は少女なりの確信を孕んでいた。 総ゆる運命には分相応というモノがある。 人は人の寿命に生き、星は星の寿命に生きる。例え定められた道を少々を踏み外し、常の外へはみ出した異分子であろうとも……元の形が人のなりをしている以上、物事には限度というモノがあるものだ。とは言え、銀河の辺境の青い星に生きる人間なる知的生命体は時にその限界に挑発的な挑戦を繰り返すものなのである。神の怒りに打たれバベルを崩されようとも、人なる身の限界を知り失意と絶望の中、狂い果てた誰ぞがあろうともである。脈々と繰り返し、受け継がれる無謀な探求は誰が止めて止まるモノでも無い―― 「不老不死は神秘の到達点の一つだとは思うんだけど――今回のはちょっと違うっぽいね」 独白めいた霧香の声に応えたのは『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)だった。 「……馬鹿だね。タダより高い物なんて無いのに」 ウェスティアの脳裏に「全くです」と頷いたフォーチュナ――『塔の魔女』アシュレイの笑顔が蘇る。 「交戦で攻略法探し、か。欠陥品は捨石になってでも情報を得ないとね――」 『紅瞳の小夜啼鳥』ジル・サニースカイ(BNE002960)が表情を引き締めて呟いた。 今日、この場に赴いた十人のリベリスタに今日の任務をもたらしたのはこの程新しく協定を締結し、アークに逗留を開始した『あのバロックナイツの』魔女だった。桐嶋三治という裏野部派のフィクサードがアーティファクト『不滅の太陽<エターナル・サン>』を得て動き出そうとしている――彼女の伝えた任務はその名に違わぬ『不滅』の力を得て不穏な動きを見せる桐嶋を――桐嶋派を先んじて叩けというものだったが……『不滅』は聞くからに恐るべき能力である。 (……要するに、殺しても死なない、倒せないって事よね。それ) それもジルが頭の中だけで反芻したそこまではあのアシュレイのお墨付きなのである。 数百年余を生き、格別の神秘と理解を誇る魔女の言だけでもそれなりの意味はあったが―― 「不滅とは胡散臭さ爆発なシロモンだな。バロックナイツが絡んでいるなら尚更だぜ」 「W・P印のアーティファクトにまたお目にかかれるなんて! 幸運だわ。嬉しいわ!」 ――霧香が、ウェスティアが、ジルが完全に確信めいて「直接相対して欠陥か攻略法を探せ」と言った彼女の出た所勝負とも言える言葉をすんなり理解出来た最大の理由は、煙草を咥えたまま口の端を皮肉に歪めた『さすらいの遊び人』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)と、場違いとも言える程にはしゃいだ声を上げた『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)の言葉に要約されるだろう。 「塔の魔女も良い案件持って来るじゃない。ふふ……今回は大団円願う必要もなさそうね。どんな破滅が見られるか、ふふふふふっ♪」 ティアリアが口にしたウィルモフ・ペリーシュの悪名は大変なものである。アシュレイと同じ『バロックナイツ』の一員として欧州に引き篭もる彼は日本のリベリスタにとって余り直接馴染みの無い――馴染みたくも無い――ビッグネームではあるのだが、彼の手掛けたと言われる『作品』の数々はこれまでアークの対応してきた神秘事件の中にも度々その姿を見せていた。 「報告書は一通り読んできたが――まともじゃないってのはこの事だろうな」 どちらかと言えば大らかで人のいい『星守』神音・武雷(BNE002221)は自己愛と他人への悪意の他を殆ど持ち合わせては居ないかのようなペリーシュの心根が心底理解出来なかったのか、表情を歪めて声を零した。 「作者がW・Pなら今回の破界器にも落とし穴がある筈。完全な不滅じゃないに違いない!」 武雷の言葉はほぼ全員の共通認識だった。その人となりを良く知るアシュレイをして『三度の飯より嫌がらせが好き』とまで称される至極唯只管に悪辣な魔術師は、作り上げた強力なアーティファクトに必ず呪いめいた結末を用意してきた経緯がある。故にアシュレイは『完全な不滅を約束するアーティファクト』を初めから信頼せず、リベリスタも又、その甘美な言葉を何らか裏のあるものと認識している……という訳であった。 「……だけど、黒い太陽の息がかかった品物。興味はある」 「まぁな」 至上の悪意を湛える魔術師の考える事を想像し、『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)が呟き、『悪夢と歩む者』ランディ・益母(BNE001403)が頷いた。 芸術分野において卓越した結果を残す人物が必ずしも『まとも』な感性を持ち合わせぬのと同じように――神秘界隈では総ゆる悪徳を飲み干す者こそ、特別足り得る場合もままある。 大半のリベリスタにとってそれは唾棄すべきものだが品の傑出度はどれ程悪辣であろうとも否めない。 「うふふ、是非一度お会いしてみたいわ。どうしたらあんなに素敵な玩具を思いつくのか――」 誰か――例えばW・Pに纏わる破滅劇を恋の歌に身を委ねる清純な乙女のようにうっとりと待ち焦がれるティアリアのような――悪趣味な誰かを魅了して止まない彼の作品は一種の『危険な魅惑』を秘めていた。 「ペリーシュ謹製のアーティファクトなら潰し甲斐は十分だろ。 興味はある。興味はあるが――不滅ってんなら話は簡単だ、死ぬまで殺す」 大きな口の口角を凄絶に持ち上げたランディが獰猛な表情でそう言った。 その身の内でグラグラ煮える単純な暴力欲求、嗜虐性は敵が強大である程に――厄介な程に強くなるのだ。『負けるのが何より嫌いな悪夢の落とし子はその実、常に自身の届かぬかも知れぬそんな敵を求めている』。二律相反と矛盾は否応なく彼の闘志を高めるばかり。 「運命の加護を得て不老不死に迫ろうとも、滅びの時は訪れる……『そういうもの』だと思いますが」 一方で静かに言葉を紡いだのは切れ長の両目を閉じた『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)だった。 齢八十二、人より長い時間を若い身のままで過ごせば見えるモノはある。理解(わか)る事もある。 「人ならば。人のままで居ようとするならば。月は満ちて欠けてゆくからこそ美しい」 謂わば、今日は審判の時なのだろう。 一月の太陽が雲の間から弱い光を放射している。 真昼に昇った銀色の月――アーデルハイトの双眸は憐憫を湛え、迫る戦場の姿を何処か無機質に映していた。 だから―― 「踊りましょう。土となるまで、灰となるまで、塵となるまで」 ●太陽の男 「成る程。やはり効率は良い。戦いは先ず情報より機先を制し、趨勢を理解する事。道理だな」 顔を完全に覆い隠す黒い覆面の所為で『通りの翁』アッサムード・アールグ(BNE000580)の表情は窺い知れない。 「無論、今日も変わるまい。最小限の業で標的に死をもたらす――それが私の務めだ」 されど、厳然とした低い声は素晴らしく戦場に良く通る。 桐嶋三治とその取り巻きがアジトに定めた埠頭倉庫にリベリスタ達が踏み込んだのは――それから間もなくの事だった。 「予定通りに――」 影時の声に仲間達は頷いた。 アッサムードの言った『情報』とは彼女が踏み込む前に覗き込んだ倉庫内の様子を意味している。 冷たいコンクリートの壁さえも『その先』を見通す彼女の両目を阻む事は出来はしない。リベリスタの持つ超能力――透視能力を十分に発揮した彼女は遮蔽物の位置を確認し、敵の様子と装備から桐嶋三治及び問題になるホーリーメイガスの候補、その位置を概ね特定するに到ったのである。 「……お前等……!」 雪崩れ込んできたリベリスタに目を見開くのは奥めいた場所に居た三治である。 彼とてアークなる組織が日本で幅を利かせ始めた事を理解している。されど主流七派が裏野部に属している彼はアークが『万華鏡』という精度の極めて高い観測システムを元に行動を決定している事実を掴んでいた。 今回についてはそれが大いに仇となった。大いなる力を手にした事から……『それを知り得るアークが手を出す事はあるまい』という若干の油断があったのだろう。自身の『不滅』に絶対の自負を持つ彼は敵への警戒を緩めていた。予想より遥かに早いタイミングで出現した『敵(リベリスタ)』の姿に若干驚きの色を見せている。 油断を想定し、奇襲を期待していた武雷の想定は正解であったと言える。 「――その不滅、壊させて頂きます!」 低い姿勢で誰よりも早く駆け出した。 三治に肉薄せんとした影時は彼の取り巻きに阻まれるも、両のナイフより繰り出された気糸は縦横に目前の敵を絡め取る。 「虚言の王の作品――持ち主の代償はでかいのが多いって知ってます?」 キッと三治に視線を向けた影時が試すように問う。 「きっとロクでもない『不滅』だよ、それ。早速私達を引き寄せた訳だし、ね――」 庫内に飛び込み、遮蔽に身を寄せたウェスティアが自身の魔力を高めていく。 「ちょっと狭いわね――お掃除の時間よ」 伸びる影を従えたジルが幾らか皮肉気に冗句めいた。 紅瞳の小夜啼鳥が赤い一つ眼で見据えるのは未だ完全な態勢を準備出来ていない敵影の数々である。 透き通る氷の刃を両手に携え、無数の弾丸として投げ放つ。 間合いを切り裂く風切りの刃は庫内に差し込む光を反射させ、光芒の如く複数の敵を傷付けた。 「……てめぇ!」 「わざと外したのよ、貴方は」 怒号を上げる三治にジルは涼やかにそう告げた。 挑発めいた言葉はその実、強烈なギルティドライブへの警戒も含んでいる。 「続けて、行くぜッ!」 裂帛の気を吐いたブレスは長々とした問答を許しはしない。 ジルの『弾幕』で乱れた敵陣に今度こそ、銃撃の雨による『本物』をお見舞いする。 「サービスだ。しこたまばら撒いてやるから、楽しみな」 Crimson roarが鋼鉄の咆哮を響かせれば、くぐもった悲鳴が幾つも重なり赤が散る。 「おおおおおおおおお……!」 獣が吠える。空気を震わせ、肌を震わせ、戦場を震撼させる! 重ねられた弾幕を従えて敵陣中央へ敢えて踊り込むのは赤毛の野獣――それは強襲。 「纏めて、弾けろッ!」 ランディの一声と共に墓堀の名を冠する巨大な戦斧が旋回する。 強烈な彼の武技は空気を巻き込み、烈風の渦を作り出し、逆巻く威力で周囲の敵を飲み込んだ。 それは圧倒。余りにも強烈な威力に抗し得ぬ二流が木っ端の如く叩きのめされ、動きを失っていた。 「狂犬共め……!」 吠える三治。 裏野部と彼は未だ袂を分かっていない。有象無象のリベリスタを彼は脅威と見做していない。 だが、見ての通りこのアークだけは別だった。数々の激戦を越え、かのジャック・ザ・リッパーさえ討ち果たした彼等は――時間以上に、単純な戦力以上に戦い慣れていた。アシュレイが『運命を持つ』と称したパーティの戦いはまざまざと彼等が踏み越えてきた修羅場の意味を教えていた。 「桐嶋さん!」 「うろたえるな、こっちの方が数は多い。俺も居るんだ、お返ししてやれ!」 浮き足立った取り巻きを一喝した三治が突出した影時とランディ目掛けて暴れかかる。 暴れ大蛇のその技は流石に鋭く――二人に絡み、激しい打撃で傷ませる。更に桐嶋の言の通り、数に勝るフィクサードは先制攻撃に小さくない打撃を受けてはいたものの、猛然と反撃の姿勢を取っていた。 「そこで、止まりなさい――」 薄い唇が冷たく命じる。 アーデルハイトの漆黒のマント――夜がはためき、裁きの雷光を次々と敵に落とした。 苛烈な攻めがこれまでの攻撃で傷んでいた一人の敵を削ぎ落とす。 されど、前衛の枚数は当然足りない。遮蔽は互いに有為に働き、弾幕を避ける盾となるのだ。後衛を残して前に出たクリミナルスタア、デュランダル、ソードミラージュに覇界闘士。三治も含めて十一にもなる戦力はパーティを次々傷付けた。 「おっと、こういうのは俺の役割だ!」 しかし、弱敵等幾ら束ねても無駄――そう言わんばかりの剛毅が在る。 「どんどん、来い!」 鈍重な巨体は素早い反応速度こそ持たないが、その姿まさに生きる要塞の如くである。 迫る敵を迎撃した武雷が仁王立ち、主立って敵の攻撃を受け止める役を買って出る。 巨大な盾を構えた強靱な巨体は次々繰り出される攻撃の殆どをモノともしない。避け、弾き、多少傷付いた所でそんなもの。 「この程度――効かない!」 神音武雷なる男を怯ませる程の傷にも痛みにも成り得ないのだ。 攻撃力を殆ど持たない彼の役目はパーティの盾となり、パーティの攻撃を行動をより効率的に切り開くというもの。 「では、行くぞ――」 果たして、武雷の奮闘は盛り返そうとする三治側の勢いを断固として食い止めた。 巨体の背後より、影からぬるりと現れたかのように暗殺者――アッサムードが飛び出した。 武雷に集った敵を踊るように切り裂く通りの翁のカタールをフィクサードの血が赤く染める。 「ふふ、これは中々楽しめそうね――」 彼女は『痛めつける』事が好きなのだ。 ホーリーメイガスの身ながら多少の敵等ものともしない。 肉薄するフィクサードを優雅なステップでからかったティアリアが目前を構わず、光輝なる鎧をランディに宿した。 「助かるぜ!」 「序盤を如何に凌ぐかがまず第一よ。後で、しっかり返してね?」 「おお、任せとけ、よ!」 軽妙な掛け合い。動きを失っていた彼はその賦活に再びその力を漲らせる。 体力を取り戻し、戒めを散らし、防御力を付与したティアリアの支援にランディは一層猛る。 無論――目の前の三治が『強敵』であるのが最大の理由である。 「行きます!」 ランディの背後から好機を待っていた霧香が前に出た。 神速にて多重の幻影を織り成し、複数の対象を翻弄、翻弄、斬禍之剣で斬り捨てる! 素晴らしい技量で繰り出された見事なまでの連続攻撃は案山子のような敵を叩く。 「このまま……」 戦羽織が宙に揺らめく。霧香の表情は鋭利に引き締まっていた。 緒戦はまずはパーティ優勢である。しかし…… 「前座に時間を掛けるのも馬鹿らしいからな――」 小さく息を整えたブレスの言う通り。元より『本題』は桐嶋派ではない。 「覚悟しろよ、リベリスタ共!」 最大の難関は声を荒らげ、殺意をその目に宿す『太陽の男』――桐嶋、三治。 ●ウィルモフ・ペリーシュ 葬送曲・黒。 一人前を超えたマグメイガスが身につける中位魔術の中でも極めて危険な殺傷力を誇る奥義の一つである。 己が血と痛みを呪いの黒鎖に変え、敵を濁流に飲み込むその調べはまさに脅威。 長い詠唱こそ欠陥だが、威力はその犠牲をしても余りある―― 「……、……、……」 ――しかし、この魔術を『本当の意味で使いこなす』メイガスは長尺の詠唱を短縮の詠唱の中で組み上げると云う。 まさに、三治達にとって不幸だったのはこの日、この場にそれを可能にするメイガスが――ウェスティアが居た事だった。 ――葬送曲・黒―― 黒い鎖の濁流は圧倒的な威力と命中精度で棒立つ敵を叩きのめす。 射線の通る複数の対象を次々と薙ぎ倒したウェスティアの肩が大きく揺れる。 消耗は確かにあったが敵が受けた打撃は彼女のそれに数倍するだろう。 戦いはパーティ優位のまま推移していた。戦意といい実力といい三治を除く個々の実力ではリベリスタ側がフィクサード側を圧倒しているからだった。三治は流石に一筋縄ではいかなかったが、彼は一人。 戦闘が続く程にフィクサードは倒され……パーティの側もアッサムードと影時が傷んだが、持ち得る運命の差は大きい。立ち上がった彼等はウェスティアやティアリアの支援で窮地を脱し再び戦闘にその身を投じていた。 「邪魔だ!」 雷気を帯びたブレスの猛烈な一撃が覇界闘士の頭を割る。 「次は、どいつだ?」 取り巻きが数を減らし、徐々に状況が煮詰まれば……パーティの狙いは本命の三治へと移っていく。 「痛い? 痛いわよね? それが世界で一番分かりやすい真実よ」 繰り出されたジルの黒槌が強かに三治を襲う。 「今度こそ!」 影時の両手から次々と繰り出された鋭利なナイフが『糸』を三治に巻き付ける。 「不滅の力を見せてみろよ!」 エネミースキャンで視た三治の力は強大だ。しかし武雷は吠えで斬り掛かる。アッサムードが追撃する。 集中攻撃に晒された三治は流石に傷み始めたが、彼の傷はやはりと言うべきか猛烈な勢いで癒えていく。 ――力を得るには対価が必要。消えない炎にくべる薪は――運命ですか? 肩で息をするアーデルハイトのテレパスは三治というよりその中に在る『不滅の太陽』を向いていた。 それを、その後ろでほくそ笑む造物主を睨み付けるかのように。彼女の問いを『不滅の太陽』は高く笑った。 ――対価はもう貰ったさ。俺は俺を使ってくれる人間の為に、同化してくれた人間の為に尽くすヤツだぜ。 泣けるだろ? たったそれだけの事で傷んだ体を治してやる。『絶対に死なないように』、『不滅であるように』奉仕してやるんだから! こんなにいいアーティファクトは他に無いぜ! ウィルモフ・ペリーシュの作品の例に漏れず。『不滅の太陽』も又お喋りであった。 使用者たる三治当人にも聞こえるように、その場の全員の頭の中に軽薄な男の声が響いていた。 『彼』は言う。それ以上の何かを求める心算は無いと。道具は使われる事が喜びだと。 「ふふ、偽りの不滅はいかが? 楽しそうね、いいわぁ。一層、後が楽しみ!」 美しいティアリアは『決め付けて』微笑(わら)っていた。 「どうなんだか」 霧香は呟いた。 「貴方、大した代償も無く、『不滅』なんて望みが叶うと、本気でそう思ってるの?」 言葉は戦いを繰り広げる三治への揺さぶりで、それから事実でもあった。 「よくあるよね。古今東西、悪魔のやり口。言葉巧みに騙して契約させて、破滅へ導く……なんてさ」 「どうせもう頼れるトコないんだろ? アークで精査すれば何か判るかもしれんぜ?」 武雷の言葉は甘いと言われようと――三治の身を案じての『お人よし』だった。 しかし。 ――おいおい! 三治、俺は嘘は言わねぇよ! 連中は敵だ。それに今更止まるもんでもないだろ? 「ああ……!」 集中攻撃を受けながらも沈まない三治は汗で張り付いた髪を払い、小さく頷いた。 確かに彼は沈まない。リベリスタ側が予測した『デメリット』もその影を未だ覗かせては居ない。 消耗を重ねる戦いが続く。パーティは三治を追い込んでいたが、予想の通り三治も決定打を避けていた。 普通の人間ならば数度死ぬ程度のダメージは受けている筈だが、それでも平気で動いている。 野望に憑かれた彼は絶大な神秘(ゆがみ)がもたらすその先を、黒い太陽(ウィルモフ・ペリーシュ)の嘲笑を知り得ない。 「……っ!」 反撃のギルティドライブがアーデルハイトを叩きのめす。 運命を蒼白く燃え上がらせた彼女は今日の顛末を見るまで、倒れはしない。 戦いは続く。傷が増える。三治の消耗が酷くなる。 「ったく……!」 貫通力の高い一撃がブレスから放たれた。胸に穴が開く。赤い花が咲く。 「はは、は、は、はは……は! 苦し……痛ぇ。そ……だけだ!」 肺が潰れていた。太陽の男はそれでも、死なない。倒れない。 「いいじゃねぇか!」 やり取りを笑い飛ばしたのはランディだった。 「俺達は敵同士。何も色々心配してやる義理もねぇ。簡単だろ? 単純だろ?」 口角をぐっと持ち上げ、血生臭い息を吐き出して男は言った。 「――死ぬまで、殺してやればいい。幾らでも殺し続けて、死ぬまでだ!」 無理を通せば道理が引っ込む、道理に従うかどうかはお気に召すまま。 全く道理を知らない外道の仕事に相対するならば、それも又一興か。 何ら遠慮の無い暴虐の戦斧の一撃が三治の肩口を捉えた。右腕が斬り落とされる。返り血がびしゃびしゃと赤い男の全身を染め上げた。 「……この、程度で……!」 三治は死なない。ショック死をしてもおかしくない程の深手を浴びながら、意識はクリア。体も動く。 「この程度で……」 しかし、右腕は床に転がったまま。夥しい血を流しながら三治は怒鳴る。 「不滅の太陽!」 「煩い、わよ」 ジルの一撃が石榴のように三治の頭の半分を叩き潰した。 「おぁ……?」 残る片目で三治は転がったままの腕を見た。血を流し続ける傷を見た。潰れた肺と目玉を自覚した。 意識はクリア。感覚はクリア。全く生存に問題は無い。 「痛みも苦しみも永遠に受け続ける事が出来るよ、良かったね!」 ウェスティアの葬送曲が『葬送叶わぬ調べ』となり三治の全身をずたずたに引き裂いた。 「……! ……れは!」 彼は意識の中の相棒に、不滅の太陽に呼び掛ける。「どういう事だ」と。「治らない」と。 ――そりゃそうだろう。落ちた腕はお前じゃない。完全に壊れたパーツはお前じゃない。唯のモノだよ。 大丈夫、お前は死なないよ。魂は、意識だって感覚だって万全だ。何が起きようと、誰かが殺そうとしたって。お前は死なない。不滅だよ! 御丁寧にも声はリベリスタ達全てにも響いていた。 『不滅』の終焉は太陽との別離。しかして、太陽と彼を切り離す方法は無い。 或いはウィルモフ・ペリーシュなら可能なのかも知れないが到底望める事では無い。 『彼』は壊れて唯のモノになったパーツを治せない。或いは、治さない。彼が奉仕するのは『桐嶋三治』そのものにだけ。 「……ああ……」 哀れ。武雷が頭を振る。 「死なぬ人間は、人間に非ずという事か」 「お気の毒に」 アッサムード、アーデルハイトの声は淡々。 「羨ましいわぁ。あなた、永遠に真実(いたみ)と向き合っていけるのね」 死なない事は死ねない事だったのか――と。薄々その意味に気付いていたジルの唇に冷笑が浮かんだ。 「あのウィルモフ・ペリーシュのアーティファクトよ。 慈善事業な訳が無いじゃない。思わなかった? 『こんな虫のいい話があるわけない』って。 思った筈なのよ、貴方は。少なくとも一度はね!」 その美貌に満面の笑みを浮かべて、ティアリアは心底嬉しそうな声を上げた。 「それにしても、本当に素敵!」 艶やかな唇を赤い舌が軽く舐めた。蟲惑の笑みを浮かべた彼女の背筋を熱っぽい寒気が撫で上げた。 意識はクリア、身動き一つ取れず、死を何重にも煮詰めた痛みに囚われ、お喋りな道具の軽口を聞き続ける他無い。 魂の形は決して壊れず、故に狂う事も出来ず、取り返しのつかない今に陥れば……約束された永遠は悪罵に他ならない。 同化したという不滅の太陽は何ら苦しみを感じては居ない様子。主体はあくまで三治にあり、彼はそれを面白おかしく傍観するだけ。或いは最初から何時かそうなる事を理解していて、その時を楽しみにする心算だったのかも知れない。『そういう道具』だったのかも知れない。 ――三治。なぁ、三治。安心しろよな! 俺はお前がどんな風でも絶対見捨てたりしないから。 俺とお前は一心同体。何時までも『不滅』で居ようじゃないか! お前が肉片のミンチになっても、一掴みの灰になっても。 お前は死なない。お前は『不滅』だ。魂は絶対に壊れない。何時でもそこに――在り続けるんだから! 温度を失くした戦場に軽薄な声が響き続けている。 ――あはははははははは! 楽しくやろうぜ! なぁ、相棒! |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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