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<裏野部>歪曲混沌黒史録

●ある狂科学者の栄光とのその顛末
 市外のとある港、倉庫街の一角にある薄暗いコンテナ。
「ひ……」
 ぼさぼさの髪に薄汚れた白衣、零れ落ちそうなぎょろりとした瞳。
 男は見るからに不精な研究者と言った風体だった。果たして何処から運び込んだのか、
 研究資材の様な機材の乱立するコンテナ内でホルマリン漬けのカプセルを覗き込んでいる。
「きひ、きひひひひ……」
 掠れた様な笑いが毀れる。周囲の機材のメーターが跳ね上がる。
 どくん、とホルマリン漬けのカプセルの中でそれが動く。3m近い巨躯、赤い瞳。 
 其れを何と称するか。人によって異なりは有ろうとも――巨人、であろう。恐らくは。
 されどよくよく見れば其は単純に人でも無い。体躯には無数の獣の因子が見て取れる。
 胸に野犬、腰に蛇、型に獅子と言った猛獣が頭部のみとなって埋め込まれている。
 其が何者か。問うても答えは出るまい。
 只一つ間違いの無い事は、其が命を蔑ろにした冒涜的な代物であると言う点だけである。
「いひひひひ、ひゃははははは! あははははきひひひひひぃいいい!!
 やはりそうだ! やはり私は天才だった! 見ろ! 見ろ! 見るがいい学会の馬鹿共! 愚か者共が!
 私の才能を! 生物学的新境地となる進化の結実を! 素晴らしい、最高の化物が出来たぞぉ――!」
 男が笑う。哄笑を上げる。狂気と狂喜に打ち震えるその姿は、
 流石は無軌道を冠する『裏野部』の一角と言った所か。

 そう、男はフィクサードである。相応の力を持ち、相応以上に道を外れたプロアデプト。
 研究者であり狂気の科学者である男は、この場この地で一つの実験を試みようとしていた。
 今は、その最終調整。男の手元には最近入手した黒い宝石が握られている。
 幻想を形にする破界器。そんな代物が実在する等と言う都合の良い現実、男は考えた事すらなかった。
 だが、彼が偶さかに手に入れたその黒い宝石は、まさにそういう物品である。
 曰く、『夢幻の宝珠(ドリームジュエル)』其を所有人間のあらゆる能力を引き上げ、
 更にはその願望をすら現実に投影すると言うその品の効果によって、彼は遂に一つの結果を成し遂げた。
 破界器によって齎された奇跡が其を可能とした。生物同士を生かしたまま混ぜると言う実験、その成果物。
 百獣鬼と名付けた其が今、目覚めようとしている。男は満足そうににたり、と笑みを浮かべ――
「――ああ、そうかよ。そりゃ良かったなあ」
 突然響いたその声に、ぎくりと動きを止めた。
 コンテナ内には自分しかない居ない。その筈だ。入口には硬い硬い錠を下ろし、強結界を施してある。
 誰も用いて居ないこのコンテナへ、訪れる者等誰も居ない筈だ――同業者、類で無ければ。
「だ、誰だっ!」
 声が裏返る。黒い宝石を握り締める。いや、大丈夫だ。男が持つドリームジュエルは、
 生半可な実力差であれば覆すだけの力を所有者に与える。その効果は強力無比。
 戦いがそれ程得手ではない男にすら、並のフィクサードでは適うべくも無い。  

「――It was time's morning. When there was nothing(覚醒めよ、虚空の刹那)」
 かつんと。黒尽くめに銀の髪と言う極めて奇抜な格好の男が影から歩み出る。
 それは異国の言葉である。白衣の男は咄嗟に何を言われたのか、分からず戸惑った様に数度瞬く。
「It was Meet all the dead meat in the stomach(其は全ての屍人の肉で腹を満たし)」
 更に一歩。慌てた様に半腰で立ち上がった男が石を掴む。何だこれは。何だこいつは。
 突然の乱入者。見れば分かる、相手もまた革醒者で有ろう事は一目瞭然で。
 だが、であれば説明が付かない――
「And capture the moon, the sky and spread the blood in the sky (月を喰らいて天に鮮血を描く)」
 その周囲に揺らぐのは、影より尚深い黒。たゆたうのは、夜より尚昏い闇。
「It name is Mánagarmr the wolf (其は称す、マーナガルムの狼と)」
 朗々と続く歌声の様なそれに、漸く気付く。其は現実を侵食する妄想。
 確信を為していた自信が揺らぐ。対峙した男もまた、ドリームジュエル、その所有者であると。
「And lose the sun light to it. thou shall have it(故に天に光無し。時は来たれリ)
「そ、その声を止めろっ!!」
 静止の声を上げる。だが、余りに遅い。
 白衣の男が背後のホルマリン漬けにされた鬼を開放せんとボタンを叩く。自身の最高傑作を。
 だが――――それとて、余りに遅い。
「――――The Falling Down Absolute(永劫虚界・月蝕狼)」
 圧倒的なまでの幻想が、現実と言う現実を喰らい尽くす。

●シリアスだと思った?残念。またドリームワールドへようこそ!だよ!
「……――と、言う事があったのさ」
 そう告げたのは『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)。
 けれどブリーフィングルームに集められたリベリスタ達の視線は何処までも冷たい。
 ごめんなさい、いつも以上に訳が分かりません。と言う文字が言外に見える様である。
 フォーチュナに恵まれなかったら、オー人事、オー人事。
「つまりは、以前解決して貰った事件の焼き回しだね。
 また出たのさ、お前達のファンタジックなドリームを後押しをする極上のエンターテイメントが
 それはジョンにとってのポール、アマデウスにとってのコンスタンツェの様にね」
 ごめんなさい、いつも以上に訳が分かりません。
「アーティファクト『ドリームジュエル』の所有者が万華鏡に引っ掛かった。
 どうも他のドリームジュエルを捜し歩いてるみたいでね。
 相手も現時点で2つを所有してる様だ。これを皆に回収して貰いたい」
 何だ、やれば出来るじゃないですか。と言う突っ込み待ちなのか。
 降って湧いた普通の説明に、話を聞いて思い切り回れ右しそうになっていたリベリスタ達から
 そっと安堵の息が漏れる。だが甘い。相手は伸暁である。
「今回もドリームジュエルが貸し出される。ただ、保険も考えて1つだけだ。
 所有者はそっちで決めて貰って構わない。まあ、出来るだけ壮大なオペラを奏でられる、
 その道のエキスパートに預かって貰いたいね。こういう場合はロックよりクラシック
 ゴールデングローブよりアカデミーだ。勿論、ホット&クールを忘れずにね」

 ごめんなさい、もうそろそろ勘弁して貰えませんか。
 リベリスタ達が総土下座する間を待つまでも無く、相も変わらず駆ける黒猫は止まらない。
「今直ぐ出れば百獣鬼、だったかな。あの科学者らしき男のが作ったアザーバイドが
 倒される頃には到着出来るだろうね。ただ、1つだけ注意をしておこう。
 これはドリームジュエルの追調査と、先の万華鏡の映像で確定した
 シークレットでエクセレントなアテンションだ。聞き逃さないでくれよ」
 そうして居住まいを正しつつも言動は正さないNOBUが告げたのは以下の様な物である。
「歪曲混沌黒史録(ネバードリーム)
 要するに偽造歪曲運命黙示録だ。効果の精度も酷く限定される上大きく弱体化しているから、
 其処まで恐れる様な代物じゃない。ただ、一般的に考えられない類のルール違反。
 例えば飛行出来ないとか、接近すると相手が弱体化するとか、確実に奇襲出来るとか。
 そう言う“妄想の中でしか有り得ない現実”を僅かな時間だけ現実にする力が、
 夢幻の宝珠には有る事が分かった。これは酷く危険な物だ。具体的には――」
 普段に無く、真剣な眼差し。NOBUが続ける。
「年齢によっては社会的に死ぬ可能性があるからね」
 羞恥で。
 羞恥で。
「勿論アークの報告書は所属リベリスタ達に公開されてるから、
 胸を張って自信を持って勝利を達成して来て欲しい。お前達のロックを見せてくれよ」
 心が折れそうな鼓舞と共に、妄想との戦いが――今、此処に。

 また始まってしまったらしいですよ、奥さん。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年02月07日(火)23:49
51度目まして。シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
当シナリオでは例えキャラブレイクしたとしても当方は一切責任を取りません。
また、スタイリッシュとオサレと中二病は正義です。以下詳細。

●依頼成功条件
 ドリームジュエルの回収
 フィクサード『月呑マーナガルム』の討伐か撃破

●夢幻の宝珠
 ルビはドリームジュエル。
 半径10m以内の人間の妄想力を測定し、力へと変える黒い宝石のアーティファクト。
 0~5の六段階評価。評価値×10の補正が、物攻、神攻、物防、神防にそれぞれかかります。
 また、マーナガルムは所有者の為×20で+100の補正がかかっています。
 リベリスタ側の所有者も同量の補正がかかります。所有者は相談にて御決定下さい。
 ドリームジュエルの効果範囲が重複した場合、効果は大きい方が優先されます。
 所有者不在の場合、リベリスタ側のドリームジュエルは効果を発揮しません。

●月呑マーナガルム
 本名:富岡明人(トミオカ・アキト)19歳。自己称号は『月呑マーナガルム』
 最終学歴は高校中退。中二病が高じて人生行き詰ってる不良らしき何か。
 元『裏野部』所属のフィクサードだったが、ドリームジュエルを入手した事で
 ある方向に開花してしまい、選民意識が芽生えた結果として
 ドリームジュエルによって得た力を示す事を生き甲斐としています。
 クラスはダークナイトながら、ホーリーメイガスのスキルも使用します。

 所有一般スキル:高速再生、ドラマティック、ヒーロー&ヒロイン!
 所有非戦スキル:熱感知、気配遮断
 所有攻撃スキル:暗黒剣、奪命剣、ペインキラー、天使の息、浄化の鎧

 歪曲混沌黒史録:永劫虚界・月蝕狼

●歪曲混沌黒史録
 ルビはネバードリーム。
 ドリームジュエルの所有者が評価5以上の妄想を注いだ場合に顕現する、
 幻想を塗りつぶす妄想。現界する黒歴史。
 通常では為し得ないルール違反を1つだけ、
 ドリームジュエルの効果範囲内に押し付けられます。
 但し、リスクと効果時間は比例、効果量と効果時間は反比例します。
 
●永劫虚界・月蝕狼
 月呑マーナガルムの歪曲混沌黒史録。溜3。
 空間内の視覚を完全な0にし、使用者は視覚によって捕捉されなくなります。
 使用者の半径10m以内に居る人間は隣に居る仲間すら見えなくなります。
 これらは視覚強化によって克服出来ません。効果時間は3ターン。
 
●戦闘予定地点
 市外。とある港の倉庫街。
 多数のコンテナが並んでおり、視覚も道も狭く戦い難い地形です。
 一般人は居りませんが、道中に警備員が気絶しています。
 光源は月明かりのみ。近接距離であれば問題は無い物の離れると見難くなります。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
デュランダル
十凪・創太(BNE000002)
ナイトクリーク
瀬伊庭 玲(BNE000094)
デュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
インヤンマスター
依代 椿(BNE000728)
プロアデプト
阿野 弐升(BNE001158)
ホーリーメイガス
氷夜 天(BNE002472)
ダークナイト
神凪 忌引(BNE003406)
ダークナイト
★MVP
蓬莱 惟(BNE003468)


●史に到る混沌
 ざり、と使い古されたスニーカーが地を擦る音。彼はまるで眼中に無いが如く。
 血に塗れた両手を隠すでもなく、王の如く、孤狼の如く、四人の眼前を歩む。
「――我らは群体筆頭・アノニマスである」
 告げたのはサングラスを着けた、これもやはり黒尽くめの男。『群体筆頭』阿野 弐升(BNE001158)
 風貌に多少の違いはあれ、鏡写しの様に対したその姿は酷く似通っている。
 だが、しかし。――だが、しかし。
「退け。有象無象が、俺の前に立つな」
 ぎらりと、月呑みの狼。マーナガルムが牙を剥く。群体、群像、確かに、狼とは群れる者だ。
 けれど、男は群れる事は無い。マーナガルムは同族最強を冠するが故に、同一線上に他者を見ない。
 それは、“彼”。フィクサード『月呑マーナガルム』とて同じ事。
 彼我の有り方は類似形でありながら正しく、対極。
「……殺すぞ」
 ぎらりと。血塗れの両手に黒塗りの爪が顕現する。爪――それは本来人間の用いる武器ではない。
 剣の様に、槍の様に、斧の様に、弓の様に、銃の様に、大成する事の無かった武器としての失敗作。
 人は己が体躯をあくまで人の域で扱う事しか出来ないが故に、
 爪と言う手の延長である凶器は決して彼我の実力差を埋め得ない。
“……十凪、汝は引いておれ”
 だが、であれば何故。『戦凪創造』十凪・創太(BNE000002)の脳裏に響いたその声は、
 彼に退く事を促したか。そう、爪。其は人の武器としては不適当である。
 だが、獣の武器としてこれ以上は無い。そしてマーナガルムの元には、人を獣へと変じる術がある。
 油断など出来る相手では無い。油断など出来る――戦場では、無い。
「流石に平和に過ごさせてはくれぬのじゃな……良かろう『機関』の尖兵よ」
 機関、と言う単語に思う所が有ったか。躊躇鳴く近付いていたマーナガルムの歩みが止まる。
 それを為した『緋月の幻影』瀬伊庭 玲(BNE000094)の手元に二挺の自動拳銃が踊る。
「ならばその夢幻の宝珠(チカラ)、妾に渡して貰おうか!」

 対する男。月呑む狼の顔に浮かぶのは、冷笑である。
 機関、組織、ああ、それは恐らく彼ではない。嗚呼――それは恐らく彼を此方側へ引き込んだ。
 “アレ”の事だろうか。あんな物と敵対して、果たして生き延びる心算なのだろうか。
 こんな子供が。自分より更に一回りも幼いだろう――何も知らぬ、仔猫風情が。
「十世紀早いぜ、小娘―――!」
 吼える。猛る。開戦の号砲。そして駆け出す。その動きは決してそれ程早くは無い。
 だがその身に宿す力は胸部に抱く黒い宝珠により大幅に、異常な程に引き上げられている。
 かつて届かなかった域に男は居る。幻想は、現実を凌駕し得る。
「月呑よ。有象無象にはない、その強き一を見せてみろ!」
 応じて斬りかかる。弐升のヴォーパルエッジとマーナガルムの黒爪が交わりながら火花を散らす。
 しかし、群体は群れてこそその真価を発揮する。
 初一手において、マーナガルムは有るべくとして群体の王を上回る。
「何だ群体とやら。こんな物か――」
 月呑みの狼が問う。だが、愚問である。答えるは其に否ず。応えるは彼に非ず。
「かの月蝕狼とは懐かしい……」
 圧するまでの濃密な気配。夢幻の宝珠の持ち主だけが纏うある種の逸脱した空気。
 ドリームジュエルの所有者は惹かれ合う。互いが必然として合間見える。
 瞬いたマーナガルムが今一度、問う。
「こんな物か――貴様らの抱く幻想は」
 告解、一つで足りよう筈も無い。
 何処からか、口笛の音。そして月灯りに混じる、人工の光。
「「「「――――否」」」」
 声は、後ろから。

「この世の全ては泡沫の夢」
 一歩。
「始原の汚泥たる混沌の前には、あらゆる全てが有象無象にすぎん」
 二歩。
「我の中に全宇宙が在る」
 三歩。
「月を喰らう狼よ……お前の存在は、世界の毒だ」
 カオスとは、ガイアである。原初世界は混沌であった。アルファにしてオメガであった。
 例え彼の月呑の狼が月下に於いて最強であろうと、では果たして。
「だから、俺が喰らってやろう」
 『原初の混沌』結城 竜一(BNE000210)の片手には太刀、もう片手には西洋剣が煌く。
「何時もと変わらぬ。これは騎士として相対する」
 『ナイトオブファンタズマ』蓬莱 惟(BNE003468)は淡々と、
 いっそ無表情なまでに至極普遍的な言葉を漏らす。幻想よ、妄念よと言った所で、変わらない。
 何一つ変わりはしない。惟は騎士になると。「理想的な騎士になる」と誓った。
 彼は常に、何時でも、その夢幻と共に在る。
「開け門(フォレース)。冥界の女王、我らが半身よ。その闇の加護を以ってこれに力を」
 その光景、異様を以って余りある。如何にも滑稽、如何にも理外。これを嘲笑う事は極めて容易い。
「ははは、皆様おかしい! 普通じゃないですよ!」
 仲間内ですらそんな声が漏れるのは仕方が無い。そう。仕方が無い――けれど。
「けれど忌引もクレイジー! いいね、忌引の中で眠りし力、解放するときが来たようだな……っ!」
 『クックロビン』神凪 忌引(BNE003406)が声を上げる。
 この熱、この情、この想い、笑い飛ばせる物か。分かった様な言葉で覆せる物か。
「知ってる? 真打は最後に登場するものなんだ」
 長い髪を棚引かせ、全身を巡るは魔力の奔流。否、魔力だけではない。
 自信も、幸運も、そして揺るがぬ信念も。今この瞬間確かに彼の体躯を巡っている。
 負ける気がしない? いいや、違う。負ける理由が無い。負ける要素が無い。負ける運命が無い。
 何故なら――

「勝利は、僕のためにある!」
 『絶対運命選択者』氷夜 天(BNE002472)が堂々と言い放つ。
 薄く細めたマーナガルムの口元に、笑みが――浮かんだ。

●無月の虚狼、緋月の群像
 ――It was time's morning. When there was nothing
 上がった声。それは彼我の間に生まれた距離に付随する。
 コンテナの影から飛び出した挟撃班と、マーガルムの間には空間がある。
 其を埋める前に打ち込まれた布石。彼がリベリスタ達を侮る事を止めた証左。
 其処へ踏み込むは翼持つ男、創太とその蛇腹剣が虚空を裂く。
「ちっ――何だ、ルーン?」
 マーナガルムが飛び退きながら小さく呟く。然り、其はテイワズ。ティールとも呼ばれる勝利のルーン。
「――戦神由来の某か、か」
「如何にも、我は戦神。戦神テュールの"記憶"也」
 戦神を名乗る創太の手元で刃が翻る。其はあたかも月呑狼の動きを縛るが如くに。
「緋月の幻影』に挑むのじゃ。楽しませて貰わなければ――なぁ!」
 其処へ踏み込むのは緋月の邪眼、玲。月を冠する彼女とマーナガルムとの相性は、
 本来決して余り良いとは言い難い。だが、手にした自動拳銃。ドレッドノートが火を噴く度、
 幻想の皮膜に弾かれつつもその攻撃は少しずつ、確かに、月呑狼の体力を削っていく。
 だがマーナガルムが銃弾を嫌えば、其処には群像が待ち構える。
 集団戦は彼の戦場。名も無き有象無象を束ねるは、筆頭が宿業。
「相手が強くとも一人なら問題ない。一人で駄目なら二人、二人で満ちないならば四人。
 有象無象と嗤ったな? ならば並べて御覧に入れよう我等が群体の極地を」
 揮われるチェーンソーの刃が紫電を帯びて叩き込まれる。咄嗟に避けようか、防ごうか。
 その逡巡が命取りである。指の上に呪いを宿し、絶対の縛鎖が審判を下す。
「さて、今宵もわらわとテュールとで封じきってみせようぞ」
 放たれた魔弾。カースブリットが男を射抜く。だが、その合間に挟まれる声。
 ――It was Meet all the dead meat in the stomach

 ――And capture the moon, the sky and spread the blood in the sky
「我が右手に握りしは、雷をも切り裂く光輝く聖なる雷切」
 走りこんだ竜一の片手の刃が揮われる、一閃。
「我が左手に握りしは、終末の日に世界を焼き尽くす滅びの魔剣」
 間髪入れず、更に一手。二閃。
「光よ、闇よ!斬り裂けええええええ――!」
 その双方に雷光を纏う。銘こそ偽りとあれど、その一撃は正しく雷を斬るが如く。
 夢幻の皮膜を透過し、切り裂いたその軌跡に血色が混じる。
 詠て巡る、夢幻の宝珠に力を注ぐマーナガルムにこれを抗する術は無い。。
「富岡明人19歳。高校中退からのフィクサード」
 更に其処に不快な雑音が混じる。うっすらと笑い見つめるは薙刀を構えた女、忌引。
 いや、それより重要なのは先の発言だ。聞き間違いか、昨今呼ばれて居ないが故に、
 酷く、酷く、嫌な感情を想起させるその言葉。
「ダークナイトでありながら、ホーリーメイガスの力もある。闇と光が交わり――」
 そう、故に月呑む狼。夜光を喰らう月蝕の――
「――普通に見える、何だ貴様、普通だな」
 その言に、心の何処かが軋む。自覚する所まで表出しないまでも、揺らぐ。
 だが足りない。紡ぐ詠唱は止まらない。切々と、マーナガルムは己が世界を紡ぐ。
「浸る心、受ける力に全てを預け放つ、取って置きの一閃――」
 天の青紫に光が集う。収束した魔力は奔流となり、必中の一矢として月呑み狼を射る。
「エスポワ-ル・ランフィニテ!」
 だが、例え射抜かれようと、月呑狼は止まらない。
 例え真っ向から否定されようと、月呑狼は止まらない。
 ――It name is Mánagarmr the wolf
  呪われた力を封じるは誠意――

 ――And lose the sun light to it. thou shall have it
  印に誘われその身を委ねるも――
 
 だが、其処にも雑音が混じる。そう、この場に夢幻の宝珠の主は一人では無い。
 『縛鎖嬢』グレニールの声がマーナガルムと唱和する。あたかも連奏の如く。
 それに、月呑狼は密かにほくそ笑む。なるほど、確かに敵は彼を研究して来たのだろう。
 恐らくは、切り札とて見切られているに違い無い。だが、其は果たして“本当にそう”か?
 彼はこの破界器を手にしてから、常に幻想と共に在ったのだ。
 月呑マーナガルムは、こと夢幻の戦場に於いて明らかに彼らの先を行っている。
 理想の騎士が、戦神の記憶が、そして群像の王が立ちはだかり、
 混沌の主が、緋眼の姫が、悪食の駒鳥が月呑み狼を喰らおうと武を振るう。
「奔れ闇よ、これが存在の証明の為ならば!」
「我が心の闇、受けてみるか?」
 2人の騎士が、彼と同様に漆黒を手繰る。放たれた“暗黒”はマーナガルムを蝕むも、
 届かぬ。光射す世界に真なる闇も、深なる淵も、顕現する事は無い。
 そう、だからこその己だ。だからこその月呑みだ。
  封じられること気付かず――
 敢えて、最後の一拍を噛み締める。そう、やはり何も分かっていない。
 止めるならば、世界が切り替わる前であるべきだ。例えその道程に花が無かったとしても。 
  縛られゆく身をただ嘆くのみ――
 そもそも、全き闇夜に、光も影もある物か。いわんや――花など視える故も無し。
 高らかに詠み上げる。その終止符を。
「出来損ないの神話の現し身共、刮目しろ。今宵この場に光(バルドル)は居ない」
 
 歪曲混沌黒史録(ネバードリーム)
 ――The Falling Down Absolute(永劫虚界・月蝕狼)

 咄嗟に身を引いた天の眼前、闇の格子が落とされる。踏み込んだ以上は、逃げられない。
 夢と現は此処に反転する。

●千依一代
「――――」
 人間は、五感を断たれ10分もすれば精神の均衡を崩す生き物である。
 全き闇とは、目を閉じ光を消した世界とは訳が違う。
 咄嗟に飛び掛ろうとした忌引の手が空を切る。光源一切が意味を持たない真闇。
「ッチ、めんどくさい業ですね……!」
 斬られる。
「なんじゃ、何処から!?」
 闇の世界に奔るはただ暗黒の刃のみ。斬り付けられ、斬り裂かれ、斬り刻まれる。
「右腕が疼く……。まさかこれは……っ!」
 永劫とも思える10秒間。誰一人、マーナガルムを認識出来ない。
 それは既に戦いですらない。狩りである。誰も彼もが刃の前に身を躍らせる。
 抜け出る事も敵わない無限の様な時間。永遠の様な惨劇。永劫の虚界。月蝕牢。
  ――されどその身、ただ縛られるに非ず
「月を呑む狼。汝は知っているか」
 問い掛けるは、創太。その身に突き刺さる暗黒の刃。
 其はあたかも世界全てが彼を排除しようとしているかのように。
 停滞した空間、停滞した認識。ただ濃密な血の香り。
  ――凍える寒さに身を引き裂かれ
「――ッ……我の右腕を喰いし、"フェンリル"という狼の存在を」
 知らぬ筈も無い。マーナガルムの狼と、フェンリル狼とは同種の異型。類似の裏表。
 世を喰う者と夜を喰う者、神の幕引きと天の幕引き。再度の暗黒が奔る。
 創太が、忌引が、惟が膝を付く。血に塗れ、地に塗れ、倒れそうな身体を、
 大地を抉りギリギリで支える。運命の祝福すら噛み下し、耐える。
  ――決して溶けぬ氷が覆う
「喜べ。繋ぎし鎖グレイプニルが此処に在る」

 彼の鎖は、確かに世界を喰う狼を縛ったかもしれぬ。
 だが、其がどうしたと“月蝕狼”は切り捨てる。
 事実として、咄嗟に範囲を逃れた幸運の星、天以外のメンバーは正しく死に体だ。
 観測出来ない者を攻撃する事は敵わない。故に、闇に囚われた彼らは、
 ただ一方的に、暗黒より放たれる無数の刃に身を晒す他無い。絶対にして完全なる勝利の一手。
 予期通りに状況は推移する。リベリスタ達は、敵の切り札への警戒を怠り過ぎた。
 不足である、余りにも。彼の技は時に状況を根底から覆すほどの神秘であったと言うのに。
  ――天を仰げば神に背きし堕天の姿
「――封じてくれようぞ、今一度」
 故に、その言葉が滑稽でならない。その満身創痍で。その地獄の如き様相で。
 如何にして。未だ余力を残す月呑みの狼を討とうと言うのか。その傲慢、その不敬――
「万死に値する……!」
 闇が晴れるその一刹那。更に放たれた暗黒が、リベリスタ達に断罪の鎌を振り下ろす。
「この、妾が、この程度の業で……」
 どさりと、玲が倒れ伏す。月呑む狼に、緋月の姫。これも宿業か。
 身を血で染めた彼女は、今一度動く事能わず。
「だが、これは諦めない」
 惟もまた、一度燃やした運命の火すらも掻き消える寸前。だが、耐え切った。
 耐え切ったので――あれば。託す他は無い。状況は見事な程に惨状の体。
 まともな状態を保っている者等一人も居ない。
「燃えろ、運命(フェイト)」
 対するマーナガルムとて無傷では無い。だが、彼には見えていた。次の瞬間自身がどうなるか。
 打ち倒され、倒れ伏す姿。それは決して理想の騎士では無いだろう。
 それは決して、格好の良い物でも無いだろう。それは、彼が思い描く夢幻には程遠い。

 だが
「これの騎士道に、一辺の曇り無し……!」
 折れぬ、挫けぬ、退かぬ、その想い、その幻想を人は“夢”と呼ぶのでは無かったか。
「純度100%の妄想を無礼るなっ! 駄犬が――っ!」
「吼えるな雑魚が、愚かな騎士よ、何も出来ず死んで逝け――!」
 一撃。叩き込んだ暗黒の返礼は、特大威力のペインキラー。想定通り。想像の通り。
 彼はそれで命脈の全てを絶たれ倒れ伏す。だが、問おう。それは敗北かと。
 否。
  ――解放敵わず永久にその身を縛り付けん
 足元に這うは惟の、創太の、玲の、そして、グレニール、椿の血液。
 赤い法陣は力を帯び、命を帯び、呪詛を湛えて煌々と輝く。そう、時は満ちたり。
「良くやったテュール、そして幻想を追い求める貴き騎士よ。その願いわらわが引き継ごう」
 結ばれし鎖は那由多の彼岸。凍てつく世界が大地を包む。凍り付く、凍り尽き果てる。
 地の最下層より招き入れた魔性の氷界は絶対零度の凍結地獄。

 歪曲混沌黒史録(ネバードリーム)
 ――絶対停止の凍結階層(グレイプニール・コキュートス)

「なんだ……これは……!」
 動けぬ、動ける筈も無い。それは夢幻の宝珠の真価の顕現。彼が証明した通りだ。
 其は時に、状況を根底から覆し得る業である。
「夜天の煌き闇中の灯、絶望に在りて尚永遠の光よ」
 響く声は、癒しの輝きを以って。稼いだ時間は値千金。『絶対運命選択者』の歌は勝利の元に満ちる。
「此処に 我が全てを預け、此処に 汝の名を呼ばん――」
 混沌と、群像とが視線を交わせる。グレニールは動けない。
 であればこの場で幕を引けるのは彼らだけだ。マーナガルムが口を開く。
「何故だ、これほどの幻想を抱いて何故、つまらぬ俗世などで生きていける……!?」
 其は本来、戦神の役目だっただろうが、止むを得ない。
 雷を纏った竜一の右拳が、その口腔へ叩き込まれる。
「疼くんだよ、俺の右手の混沌が。もっともっと、このカオスを愉しめってな」
 異なる解を、群体を名乗る男がサングラス越しに冷たく告げる。
 己のみを特別とする者には分かるまい、その名も無きエキストラ1人1人の価値が。
 彼らを全て己が内に取り入れたなら、これ程面白い世界は無い。振り被った、チェーンソーが唸る。
「取るに足らぬ有象無象を、舐めるなよ?」
 剛腕一閃。吹き飛んだ氷片が宙を舞う。幻想は夢の如く。氷結の獄もまた、夢の如く。

 爆ぜて倒れた月呑狼は、動かない。
 ころりと、黒い宝珠が転がり落ちた。

●お願い
 尚、以上の報告書は参加者の発言を元に構成したノンフィクションですが
 用法・用量を守って速やかに忘却下さい

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者の皆様はお疲れ様でした。STの弓月蒼です。
ノーマルシナリオ『<裏野部>歪曲混沌黒史録』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

何処が<裏野部>なんだよコノヤロウな感じですが、
その辺は次回へ持ち越しとさせて頂きます。
ともあれ、新規参加の皆様、継続参加の皆様、こんなんでごめんなさい。
戦術面での抜けは相応の結果として御返しさせて頂きましたが、
皆様の全力のプレイングとても美味しゅう御座いました。
MVPは、とにかく熱い迸る様な熱気を感じた蓬莱 惟さんへ贈らせて頂きます。

この度は御参加ありがとうございます、またの機会にお逢い致しましょう。