● 月の光に照らされた、宙を舞う其れ。 不運にも其れを目撃した者は、驚愕の一瞬後に命を失う。上半身を噛み砕かれ、残された下半身から血飛沫を迸らせて。 月明かりと血に染められた其れは、幻想とは程遠い空飛ぶ2mはあろうかと言う鬼の首。 体長が2mの鬼が飛んでいる訳ではない。首だけで2mはある鬼の首が、身体を持たずに空を飛んでいるのだ。 ごり、ごり、鬼が骨を砕いて肉を食む音が辺りに響く。 其の音を不審に思ったのだろうか? 一軒家の2階の窓が開き、顔を出して辺りを見回した少女と、鬼の目が合った。 思わず目をこする少女。近付く受験に向けて夜遅くまで勉強に励んでいたのだが、其の頑張りが不幸の引き金になろうとは……。 そして少女は呆然としたまま悲鳴を上げる事すら出来ずに、高速移動した鬼の首に頭を食われた。 良く見れば、人を食む度に鬼の首の下から新たな肉が盛り上がってきている。 けれど足りない。まだまだ足りない。全然足りない。 嘗て巨大で逞しい体を持っていた彼から、首を刎ねて体を奪った人間への憎しみを晴らすには、血が足りない。 嘗ての巨大で逞しい身体をもう一度作り出すには、肉が足りない。 先んじて獄の隙間を抜け得たのは、首だけにされたこの身のお陰だ。しかしだからと言ってこの身への不満、憤り、屈辱、恨みは、欠片も減じることはない。 死ね人間。我が肉となれ。 砕けよ。滅びよ。地の染みとなれ! 舌を伸ばし、残る少女の身体を口の中へと放り込んだ鬼は、それでも足りぬとばかりに家の中に、……文字通り首を突っ込み獲物を探し始める。 少女の父が、母が、弟が、平凡だった筈の家庭が鬼の食事となって行く。 家の砕かれる大きな音に、飛び起きた近所の住民達。次々に灯る明かりに、鬼の首は隣の家へと飛び込んだ。 悲鳴と絶叫、血の香り。 ● 「さて諸君、最近賑やかなかの地で再び鬼の出現を捉えた。……そう、また岡山だ」 コツコツと指で車椅子を叩く『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)。其処に込められた感情は僅かな苛立ち。 フォーチュナの身でありながら神秘に嫌悪を持つ逆貫が特に嫌う、或いは恐れるのがアザーバイドだ。 「実に忌々しい話だが、諸君等が現場に到着する頃には既に幾人もの犠牲者が出ているだろう」 言葉と共に差し出された資料。 「急いで欲しい。が、同時に幾つか注意して欲しい。奴は諸君等の、運命の加護を持つ者の臭いや雰囲気を敏感に感じ取り、憎み、或いは警戒している。諸君等を見かけた時に憎しみをぶつけてくるか、或いは身体が出来上がるまでは逃げようとするのか、読み取れん」 人間を喰らい、嘗ての体を取り戻そうとする鬼。 「そして戦場は住宅街だ。様々な意味で厄介な任務になるだろう」 資料 首鬼(其の形態からの借りの名称) 首だけで出現した巨大な鬼。人を喰らう事でリベリスタ到着時には右胸と右腕までは再生済み。 首や腕の大きさから、本来の体長は15m前後であったと予想される。 首の能力:噛み付き(攻撃力大、出血、首鬼のHPが与えたダメージの半分回復する)、骨吐き(喰らった人間の骨を吐く遠距離範囲攻撃、弾数に制限がある)、骨鬼(喰らった人間の骨に力を分け与え一時的に配下を作る能力。式符・影人に似ているが、攻撃手段が物理攻撃である事と、HPの値が首鬼が削って与えたHPの値になると言う違いがある)、飛行。 腕の能力:叩き潰し(攻撃力極大、必殺)、握り潰し(捕獲して継続的にダメージを与え続ける能力。捕獲された対象は一切の行動が不能になり、腕も捕らえている間は他の行動を取れない) 厳しい条件の数々に表情を硬くするリベリスタ達に、 「あぁ、行きは出来る限り急いでもらわねば困るが、帰りは自由だ。グリーン車を使おうが、現地のホテルに泊まろうが、領収書さえ切れば経費はアークが負担する。遠い地での任務なのだから、精々派手に使うと良い。では諸君等の健闘を祈る」 逆貫は鬼の首でも取ったかのような表情で付け加え、送り出す。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月26日(木)23:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「「「かんぱーい」」」 カチリとグラスが打ち鳴らされ、笑い声が広い部屋に響き渡る。 勿論未成年の飲酒厳禁は守られているが、彼等はお互いの健闘を称え合い、喜び合う。 「はい、俊介」 あーん、と言わんばかりの表情と仕草で、包帯でぐるぐる巻きになってベッドに横たわる『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)の口へと食べ物を運ぶ『スターチスの鉤爪』蘭・羽音(BNE001477)。 つい数時間前まで血飛沫に塗れながらチェーンソーをぶん回していた女と同一人物とは思えぬ程に、羽音の表情は優しく、愛情に満ちており、そして何より可愛らしい。彼氏もげろ。彼女思いの彼氏だけどもげて千切れてしまえ。 勿論羽音とて無茶をした俊介に思う所が無い訳ではないのだろうが、取り敢えずこの場は共に勝利を祝いたかったのだ。言いたい事は山ほどあっても、兎に角彼が無事であった事が嬉しい。 喜びと愛しさに表情を緩ませ、差し出された食べ物を口に含む俊介。 だが其の時、宙を舞った影が彼に向かってダイヴする。 「にょほほほ。にょほ? おお、はのんにすけしゅん。こんな所におったのか。探したぞい。のんでおるか~?」 呂律回らぬ口調で俊介と肩を組み、ついでに逆の腕で羽音を抱き締めて笑うのは、既に顔を真っ赤に染めている『エア肉食系』レイライン・エレアニック(BNE002137)。 勿論二人はずっとこの部屋に居り、ただ二人の世界を邪魔するのは何だからと皆にそっとされてただけなのだが、酒精の勢いを借りたレイライン姉さんにはそんな空気は関係ない。共に戦った仲間と、良き友人と喜びを分かち合う。この人も本当に可愛い人である。 「じゃあ僕は此れで。すけしゅんさんにはくれぐれもお大事にと伝えておいてください」 わいわいとした喧騒に唇を緩ませ、グラスの酒を飲み干してから退席の意を伝える『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)。酒豪の彼が酒よりも、今如実に欲する物。決して俊介や羽音にあてられたからと言う訳ではないのだが、ヴィンセントは今無性に彼の大切な、心の拠り所である彼女に会いたかった。 「……ん わかった これ かえりに」 袋を漁り、エリス・トワイニング(BNE002382)は取り出したお土産用の岡山名物の黍団子を一箱、ヴィンセントに手渡す。 二人の間で交わされた握手は、共に戦った者への感謝と、再会の誓い。何時か再びこの頼もしい仲間と戦場で。 只一つ問題があるとするならば、かたことでしゃべるエリスに伝言を頼んでも上手く伝わらない可能性があるという事だろう。 「謎は解けず、神秘探求には未だ時至らずといったところかのぅ」 首鬼の残した最期の言葉を反芻し、『鋼鉄魔女』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)は洋酒の入ったグラスを傾ける。 首鬼の残骸に駄目元で使用したサイレントメモリーだったが、やはり無機物とは言いがたい首鬼の残骸から読み取れた情報は無く、謎は謎のままに残った。 白い喉が動き、酒が滑り落ちていく。悩むゼルマは、唇を拭う其の仕草すらが艶めかしい。 「そうね。……あら、これは当たりかしら。此処のホテルは和食が一番美味しいわ」 ゼルマの半ば愚痴に近しい言葉に律儀に付き合いつつも、上品に料理を口に運ぶ『似非侠客』高藤 奈々子(BNE003304)。 特に意識している訳では無いだろうが、奈々子の使っている箸は其の先しか汚れていない。 正しいマナーで食べ続ける奈々子だが、其の料理批評には疑問が残る。何故なら、彼女は明らかにカロリーを気にしつつ食べる物を選んでおり、そうなると如何しても比重は和食に偏りがちだ。 勿論どんな時も節制を忘れていない奈々子の意識の高さは評価に値するが、食事はカロリーが全てではない。時に肉汁滴る肉塊に齧り付く事も、脳を充足させる為には必要な事も在る。 思い思いに、打ち上げを楽しむリベリスタ達。 けれど、そんな仲間達を見回し雪待 辜月(BNE003382)は思う。『ああ、皆本当に悔しかったのだな』と。 戦いに勝利したリベリスタ達ではあったが、彼等が到着する前に出た被害は大きい物だった。 破壊された家々、喰らわれ鬼の肉体とされた人々。 神秘を秘匿する余裕も無く、リベリスタ達は遮二無二戦った。 後始末をしてくれているアークの職員は今頃さぞ苦労しているだろう。だがアークとて失われた命を家族の下に返す方法等持っては居ないのだ。 戦いの終った現場に居ても、リベリスタ達が出来る事は無い。 彼等に出来るのは、陽気に騒いで厄を流し、次の戦いに備える事位である。 故に、彼等が陽気に騒ぐのは其の悔しさの裏返し。 「にゃぎゃー!」 反撃を受けたレイラインの悲鳴が響く。 けれども、そんな賑やかさの中でも耳を澄ませば奥底にへばりついている鬼の嗤い。 雪待辜月は瞳を閉じて、……あの戦いを思い出す。 ● 駆け付けたリベリスタ達が見た物は、崩壊した家々に、べっとりと赤く染まった道路。 そして悲鳴を上げる人間がゆっくりと巨大な手に握り潰される光景。 べしゃりと、遠くまで撥ねた肉混じりの血がエリスの頬を汚す。其れは驚く程に熱く、なのにあっと言う間に冷えて命が其処にあった事を感じさせなくなる。 塊となった肉を口に運ぶ巨大な腕。宙に浮かぶ鬼の首が其の肉を咀嚼する光景が、妙にゆっくりと流れていく。 眼前で行われた虐殺に、視界が歪み赤く染まる。 「くそ! くそッくそッ、くそおおおお!」 赤い視界を切り裂くは魔力。俊介が怒りと共に放つ魔法の矢が首鬼に突き刺さり、注意の逸れた其の隙に辜月が拡声器で逃げ遅れた人々に退路を示し、エリスが気休めではあれど強結界を展開する事で少しでも此処に近づく人間を減らそうとする。 リベリスタ達の登場で恐怖に混乱していた、或いは絶望して諦めていた人々が思い出したかの様に逃げていく。だが彼等の無事を得るための対価は決して軽い物ではなく、其れを支払うのはリベリスタ達だ。 逃げる人々を庇わんと、自分達の肉体を盾として首鬼との間に割り込むリベリスタの面々。其の中の一人、羽音は敢えて避けずに鬼の握り潰しを受ける事で鬼の腕を封じんとする。 しかし彼女は其の行動が何を引き起こすのか、恐らくは想像もしていなかったのだろう。 先程握り潰された人間と同様に巨大な手に捕らわれた羽音だったが、一般人と違いリベリスタである彼女はそう簡単に握り潰されはしない。だが鬼が手に力を込める度にボキリ、ゴキリと何かが砕ける音が彼女の身体の中で響く。 けれど其の体が砕ける痛みよりも羽音を驚かせたのは、自らを捕らえる鬼の手に齧り付く俊介の姿だった。 余りに無謀な其の行動。だが誰に彼を責める事が出来ようか。 もし仮に、握り潰されんとするのが俊介なら、羽音ならば、……いや、彼等だけではない。もし鬼の手に捕らわれたのが自分の大切な人であったなら、例え頑丈なリベリスタであっても、神秘の力を用いれば傷を癒せるのだとしても、我慢し切れるかどうかは誰にだって判らないのだから。 しかし其れが致命的な隙である事は変わらない。本当に取るべきだった行動は、怒りを堪えて羽音を癒し続ける事だった筈なのだ。 鬼の手を振り解かせようと悪戦苦闘する隙だらけの俊介は、捕らわれの羽音の目の前で、巨大な鬼の口に食い千切られた。 ● 「臭い。運命の臭いだ。憎い、恨めしい、鼻が曲がる臭いだ」 食い千切った肉を飲み込み、鬼が哂う。力を秘めた肉を取り込み、鬼の身体の再生が進む。 運命を対価に踏み止まった俊介に、羽音の身体が投げつけられる。 けれど二人に対する追撃は、一般人の避難を終えた他のリベリスタ達によって食い止められた。 「情けない姿ね。飛んでいるから間抜けな姿がよく見えるわ! 傷付いた者しか襲えない腰抜け、いや、腰無しなのね、貴方。口惜しかったらかかって来なさい!」 首と胸、そして腕だけとは言え見上げる程の巨躯を前にも怯まず見得を切るのは任侠組織菊水一門に恩受けし異能者、高藤奈々子。菊水一門は既に壊滅したフィクサード組織ではあれど、そこで教わった仁義は彼女の胸に根付き、この鬼を許すなとざわめいている。 そして天から降り注ぐは、極限の集中力によって動体視力を強化したヴィンセントの、狙い澄ました刹那の一撃、アーリースナイプ。 命中に難の在るショットガン、それも銃身を切り詰めて取り回しを重視したソードオフタイプを獲物とする彼は、自らを射手としては巧者ではないと言うが、しかし彼の放った一撃は見事に狙い違わず鬼の首と身体の繋ぎ目に突き刺さる。 「さて、慣れぬ事をするがなんとかなるかのう」 白い繊手が宙を滑り、紡ぐ言葉が魔法陣を生み出す。普段は癒し手に専念する事が多い為、基礎的な攻撃術であるマジックアローしか持たぬゼルマだが、寄り多くの回復力を追い求めて鍛えた神秘の力は、攻撃に転じる時にも失われない。更に周囲に存在する魔的な力を身に取り込むマナコントロールの術によって彼女の力は増しており、放たれた太い魔法の矢は、唸りを上げて鬼の顔面へと突き刺さる。 更に、鬼が振り回す腕の一撃をふわりと宙を舞って避けた影。優れた速度に回避、何より素晴らしいの一言に尽きる胸揺れを誇るレイライン・エレアニックが、回避機動にスカートを翻し、胸を揺らして澱みなき連続攻撃ソニックエッジを鬼の腕へと叩き込む。 鬼とて一方的に攻撃を受け続けた訳では決して無いが、エリスに辜月、二人掛かりの潤沢な回復能力がリベリスタ達の支えて崩させない。 それでも、リベリスタ達の強力な布陣を持ってしても、鬼は尚強敵だ。 その巨躯に見合った耐久度はリベリスタ達の集中攻撃を受け続けているのに底が見えず、時には鬼の齧り付きが成功してその耐久度を回復させる。 吐き出される骨は時に弾丸としてリベリスタ達の体を穿ち、或いは鬼の手下としての実体を持って彼等の前に立ちはだかった。作り出された手下とは言え、豊富過ぎる鬼の耐久度を削り、分け与えられた骨は雑魚とは言いがたい脅威を秘める。 振り回される巨大な腕は、真芯から喰らえば一撃で耐久度を削り切るであろう威力を持ち、掴みかかれば今度は相手が倒れるまで離さない。 ● 鬼とリベリスタの戦いは一進一退を繰り返す。倒れそうになりつつも、運命を対価に踏み止まらんとするリベリスタ達。 けれど其の均衡を破ったのは、恋人を傷付けられた怒りと、自らの血と、そして鬼の返り血で真っ赤に染めた羽音だった。 人を切断する為に調整されたチェーンソー、復讐鬼と化した狂信のフィクサード、沙村ユイから奪取した曰く付きの凶器に紫電を纏わせ、放たれるは全身全霊の一撃ギガクラッシュ。 高速回転する刃が鬼の首と身体の境目の肉を削ぎ取り、更に紫電が傷口を焼いて広げていく。 首の上下が切り離されていく感触に、鬼は嘗て自らの首を刎ねて封じ、更には彼の王へと迫ったあの人間の姿を思い出す。 忌々しくも恐ろしい、運命に愛されたあの人間を。 再び、首だけの姿となった鬼の取った行動は逃走だ。 過去に彼の首を刎ねた人間の影に恐怖し、今また現れたあの人間と同じ運命の臭いを漂わせた人間達に恐怖し、刎ね飛ばされた鬼の首はそのままの勢いに宙を舞い逃げ出す。 切り離された胸と腕が内側から爆ぜ、血肉を撒き散らし地上のリベリスタ達の目を塞ぐ。 しかし唯一人、空を飛んでいたヴィンセントの目は鬼の首を確りと捉え、魔弾を放つ。 打ち込まれたアーリースナイプに、逃走の勢いが弱まる鬼の首。そしてその動きが遅れた一瞬が、鬼にとっての命取りとなった。 壊れた家の壁を蹴り、折れて2階に突き刺さった電柱を第二の足場に、華麗に宙を舞って鬼の首へと迫るレイライン。 「この俺が! 巨鬼衆が一人、王より名を与えられしこの餓羅鬼が! 王をお迎えする事も出来ずにこんな所で! この体さえ! 体さえ元通りであればっ!」 恐れと動揺が生み出した致命的な隙は、レイラインの放ったソードエアリアルに餓羅鬼の防御をすり抜けさせ、彼の命の炎を掻き消した。 …………。 目を開いた辜月を、エリスが不思議そうに覗き込んでいる。 様子のおかしい彼を気遣ったのか、差し出されるエリスが買い込んでいたお土産の黍団子。 餓羅鬼の言っていた鬼の王に、この黍団子とも関連の在る岡山の桃太郎の御伽噺。きな臭い。嫌な予感が拭えない。 けれども、今は笑おう。仲間と笑い、共に楽しもう。 例え何かが起きたとしても、この仲間達となら再び乗り越えられるだろうから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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