● 「いーち、にーい、さーん」 公園で元気に遊ぶ子供達。 鬼役の子が数を数える間に他の子供達が一斉に駆け出した。 何時の時代も変わらぬ子供の愛らしさに、其れを眺める老人は頬を緩める。 嘗て人の手により味わわされた屈辱、汚辱。愛し子達を傷付けられた怒り、永きに渡り獄に囚われていた恨みも、子供達の無邪気さの前でならほんの少し和らぐ。 故に老人は決意した。この子供達を救おうと。 やがて人が岡山と呼ぶこの町は炎に包まれ滅ぶだろう。人は食われ死に絶える。 そうなる前に……、老人は一歩進み出て、子供達に声をかける。 「童たちよ、すまないがワシも混ぜてはくれぬか?」 警戒心を与えぬ其の笑みに、子供達は訝しがりながらも老人を遊びの輪の中へと誘う。 他所から見れば、孫とその友人達と遊んでやる優しい老人にしか見えぬだろう穏やかな光景。 いーち。 鬼は老人だ。 にーい。 鬼(おに)、或いは隠(おぬ)。 怨霊の化身。この世成らぬ災い其の物。 人を攫い食らう化物。 さーん。 簡単に教わった『鬼ごっこ』と言う名の遊びのルールは、老人を酷く満足させた。 何より鬼が追いかける側と言うのが痛快だ。先程まで鬼役をやっていた子供もとても楽しそうだった。 しーい。 嘗ての人は鬼と言えば石を投げて祓おうとした物だが、これも時が過ぎたと言う事だろうか。 伍、陸、漆、捌、玖、拾。 ひふみよいむなやこともちろらね。アア、行き過ぎてしもうた。 時代は変われど子供は変わらぬ。矢張りワシは子供が好きだ。 そして始まる鬼ごっこ。 勿論老人はわざと簡単には捕まえない。老人が追いついても、ゆっくりと覆い被さる腕をすり抜け子供はきゃらきゃらと喜びの声をあげる。 けれど何時までも其れでは遊びにならない。少しずつ速度を上げる老人の腕に、やがて一人の子供が嬉しそうな顔のまま捕らわれた。 今回の鬼ごっこは『増え鬼』。鬼に捕まれば鬼に成る。 鬼に捕まれば、鬼へと変わり果てるのだ。 この町は直に滅ぶ。だから其の前に、子供達は皆鬼にしてしまえば良い。 皆で一緒に主様に仕えれば、皆助かるのだから。 「やだあああああ。たべないでええええええ」 変わり果てた友人達に囲まれ、泣きじゃくる女の子に、老人は微笑みかける。 「食べないともさ。……百花ちゃん、君も仲間になれば怖くない。さあ、ワシ等とおいで」 伸ばされる老人の手は優しげで、名前を呼ばれた少女は其の手に縋りついた。 並ぶは変じた8匹の鬼。 「さあ行こう。鬼ごっこの続きをしよう。人を食うて腹を満たし、童は同胞にして救うんじゃ。皆で若を、温羅様を迎える準備をしよう」 8匹の鬼が、バラバラに町の中に散って行く。老人は其れを満足げに眺め、するりと姿を消す。 嘗て人が封じた鬼達は、彼にとっては愛しい教え子達だった。 しかし子供に罪は無い。子供達は救おう。 けれども人間達よ。貴様等は子を奪われ、其の子に食われよ。それが愛し子達を傷つけ封印された我が復讐なり。 ● 「さて諸君。聞くまでもないとは思うが、諸君等は桃太郎を知っているだろうか?」 其れは日本に古くから伝わる御伽噺にして、昔話。海賊が鬼のモデルだとか、昔の外国人をみた日本人が鬼と勘違いした等色々な説もある、岡山県の逸話である。 行き成りそんな話を持ち出されて意図を掴みかねるリベリスタ達を見回し、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)は鼻を鳴らす。 「桃太郎も酷い奴だな。従順な犬を餌で釣って鬼退治に利用し、鬼の財宝を手に入れる。実に羨ましくけしからん話だ。他のお供が何だったのかはイマイチ覚えてないのだが……」 ちなみに残るお供は猿と雉。しかし何故このチョイスなのだろう。 昔から人に飼われていた犬や、ある意味で身近な存在である猿は他の御伽噺にも良く登場するが、其処に雉の混じる理由が判らない。 「あぁ、すまない。単に私が犬好きであると言うだけの話だ。……所で諸君等には犬好きの私の為に猟犬になってもらいたい」 手渡される資料。事件の起きる場所は岡山。そして敵は、鬼だ。 「仲間を増やさんと街中に散った鬼達を狩り出し、殲滅してくれ。報酬は、まあ団子でよければ用意しよう」 敵資料: 鬼1:老人 名を隠の翁(ごもりのおきな)。かなり老年の鬼。幼い鬼の傅役の様な役割を担うと推測される。 今回の騒動の大元となったアザーバイド。嘗ては強力な力を持っていたが、多くの鬼に力を分け与え、更に長年の封印の影響でその力を大きく減じている。 人への擬態、人の警戒心を解くマイナスイオンを強力にした様な能力、一定条件を満たせば(どんな形であれ鬼になる事を納得させれば)人を下位の鬼へと変化させる能力、名付ける事で他の鬼に力を分け与えて増幅させる能力等を持つ。 その他、隠身能力、移動能力、高い格闘能力、眼光による麻痺とMアタック付きの範囲遠距離攻撃能力等も所持。 鬼2:子供 老人によって鬼に変化させられた子供達。擬態前の体長は2m程。 捕まえる事で相手を鬼へと変じさせる能力を持つ。その他、大人を一人食べれば嘗ての子供の姿への擬態能力を得、更に大人を食べる毎に能力を増していき、5人食べた時点で下位を抜け、力を秘めた鬼の子となる。 橘京奈:女頭鬼 水木百花:逃げ童 霧野裕子:煙渦鬼 清水義孝:澱水童子 氷見慶介:霰童子 森野武:木枯童子 朱鷺野紅蓮:炎羅炎羅 平田徹:泥坊頭 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月02日(金)23:54 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 鬼とは厄だ。 嘗て人は弱者に厄をなすりつけ、鬼と断じて石を持って追い払う事で厄を祓おうとした。 無論其れはあくまで儀式であり、今此処にいる鬼達とは何ら関係はない……筈。 だが鬼が人にとっての災いであり厄、災厄である事に違いは無い。 町にばら撒かれるは8つの災厄の種。 鬼とリベリスタが動く様はまるで鬼ごっこの如く。ただし逃げるが鬼で追うのがリベリスタ。 普通の鬼ごっことは真逆の、そう、リベリスタとは厄を祓う為に鬼に向かって投げつけられる石。 良いも悪いもなく、古からの負の連鎖が引き起こす戦にして、リベリスタにとっては異世界からの侵略者であるアザーバイドを滅する為の、何時もと変わらぬ戦いの一つ。 ただの子供だった頃の姿に擬態した、それでもリベリスタが見れば一目で其れと知れてしまう、鬼を見つけた『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)は悲しみに形の良い眉を顰める。 其の子供の姿は、皮肉にももう後戻りできぬ鬼の道を歩き出してしまった事の、既に人を喰らってしまった事の、証左。 傍らを見やれば、血溜まりの中に一本の杖が落ちている。 食われたのは散歩途中だったであろう老人だ。恨めしげに宙を睨む食べ残し。 其の視線にウーニャは僅かに目を伏せ、鬼の前にと進み出る。 「平田徹君よね」 心のうちを押し殺し、優しげな笑顔を浮かべたウーニャは鬼の、まだ人間だった頃の名を呼ぶ。 現れたウーニャが纏う常人とは違う気配、フェイトの匂いに警戒をあらわにした平田徹……泥坊頭は、向けられた笑顔に、泣きそうな表情で一歩、二歩と彼女に近付いていく。 だが勿論其れは、まだ子供だった頃の記憶と仕草を活かした鬼の演技。 優しい言葉をかけるウーニャの、其の虚を突いて飛びかかった鬼は牙を剥き出し彼女に向かって齧り付いた。 舞い散る血飛沫は、けれども鬼から噴き出た物。 鬼の口が飲み込んだのはウーニャが呪力で作り出した道化のカード、ライアークラウンだ。 「その辺の人より私を食べた方が力になるわよ。そのほうがおじいちゃんも褒めてくれるわ」 ……ね? と、口からぼたぼたと血を溢す鬼に、ウーニャは呼びかける。 鬼ごっこは攻守を変えて、追う鬼は、怒りに目を晦ませて死地へ釣られ飛び込んで行く。 戻れぬ者が居れば、まだ戻れる者も居る。 空を飛ぶ『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)のナビに従って、バイクに跨り現場へと急行した『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の視界に飛び込んで来たのは、恐怖に怯えて竦む母の目の前で鬼の手、快が特に優先して探していた水木百花、鬼としての名は逃げ童の手により、子供が鬼と化していく光景。 そして鬼に変化した子供は、自分の母に向かって其の鋭い爪を振り下ろす。 もし快の到着が後少しばかり遅ければ、子が母を喰らい後戻りできぬ道へと足を踏み出す所だったのだ。 逃げ童の、そして新たな鬼の爪を、己が身を盾として受け止める快。鬼の攻撃に無理矢理割り込んだ為に乗って来たバイクは無残な姿となってしまったが、それでもバイクよりも遥かに頑丈な快は砕けない。 破れたフードから覗く強く結ばれた唇は、快の意思の表れ。 全てを守る事なんて出来はしない。どんなに強く握り締めても指の間から命が零れていく。 時には大を守る為に、小を自らの手で切り捨てなければならない事すらある。 心に刺さる楔。心が流す血に、涙に、人は次第に慣れて行く。突き刺す痛みに、人は自分の心を麻痺させてしまう。 其れは仕方が無い事なのだ。人は全てを背負える程に強くなく、全てを抱え込めるほどに広くない。多すぎる心の荷物は自分を殺す。 それでも、それでもだ。快は誓う。 仕方ないと、割り切らない。失った一つ一つを忘れない。 刺さる楔に、心が血を流し続けても、快は苦しみ続ける事を、誓う。 思わぬ闖入者の醸し出す雰囲気に恐れて逃げ出す逃げ童の背に突き刺さるは不殺の光。 振るわれる鬼の爪に、『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)の身体から血が噴出す。 比較的高い防御力を守護結界で更に高めているとは言え、前衛型とまでは言いがたいフツの身に鬼の爪の威力は重い。 けれど自らの体に符を貼り、其の傷を癒しながらもフツはぶつぶつと何事かを呟き続けていた。 「………識……復……舎……是………」 小声で呟き続けられる其れは、経だ。僧侶の姿はしておれど、フツの神仏への信仰心は然程厚くは無い。それでもフツは経を唱え続ける。 其れは此れから殺す事になる鬼、……否、朱鷺野紅蓮に対しての手向けであり、謝意と悼み。 擬態を得ぬ紅蓮なら、或いは生きて返す事も不可能では無かったかも知れない。 だがフツの持つ攻撃手段では、紅蓮を止めるには殺す以外の方法が無いのだ。 命の大切さを誰より知るフツが、出来る事ならばと思わぬ筈も無いが……それでも、命の大切さを知るからこそ此処で躊躇って更なる犠牲者を増やぬ為に、僅かな迷いを振り切る為に、フツは唱え続ける。 「……南無阿弥陀仏」 見開かれるフツの目。彼の手から放たれた式符は鴉へと変じ、鬼の胸を貫いた。 血に染まった駅前。 起こった騒ぎを聞きつけ、或いは騒ぎの様子を超直感で見つけて駆け付けた『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)の前で、複数の鬼達が暴れている。 清水義孝、鬼に変じての名を澱水童子と、彼によって変化させられてしまった駅前にいた子供達。 人の多い場所だからこそ、大人に比べればずっと数は少ないとは言え、連れられていた子供達が存在したのだ。 バラバラに逃げ惑う人々の背を、同じくバラバラに散って追おうとする鬼達。 あと少し、ほんの少し鉅の到着が遅れていれば、取り返しの付かない事態になって居ただろう。 けれど彼の到着でほんの少し事情が変わる。何故なら、逃げ惑う一般人よりも滋養のありそうな相手がわざわざ自分からやって来たからだ。 仮に生まれたての鬼が1対1で彼と出会えば、逃げようとする確率は高い。鬼に脅威を感じさせるだけの力は秘めている鉅。 だが鬼達は複数で、そして澱水童子は既に4人を腹に収めて力を大きく増している。 既に多くの犠牲を腹に収めている以上、澱水童子をそのまま鬼の子とする事も不可能ではないのだが……、この状況がそんな余裕を許してくれない。 振るわれる鬼の爪を、避け、避け、避ける鉅。しかし連続した避け続けてほんの僅かに体勢を崩した瞬間を、澱水童子は見逃さずに其の口から魔の力を秘めた汚水を、人を喰らって身に付けた能力を、解き放つ。 ダメージに鉅は吸血を用いて鬼から体力を吸い取って対処するが、この数の違いでは時間稼ぎ以上の意味が無い。 突っ込んで来た鬼の肩を蹴って宙を舞う鉅が先程まで居た空間を、汚水の槍が貫いて行く。 AFを通して状況は既に仲間達へと伝わっている。再び鬼へと突き刺さる吸血。時間稼ぎ以上の意味がなくとも、今は時間を稼ぐより他に無いのだ。 不意に飛び出して来た少女の姿に、思わずブレーキを踏むバスの運転手。 少女、橘京奈こと女頭鬼が止めたのは、多くの子供を運ぶ学習塾やスイミングスクールへと子供を運ぶ、……所謂スクールバスだった。 バスの前より動かぬ少女に、バスの運転手がバスを降りて対処しようとした瞬間、けれども反対側から突っ込んで来た1台の車、『肉混じりのメタルフィリア』ステイシー・スペイシー(BNE001776)の軽クーペが少女の身体を一欠けらの容赦もなく跳ね飛ばし、バスとの接触ギリギリで停車する。 するりと車を降りて撥ね飛ばした少女を一瞥するステイシーの内心は、見た目の醸す余裕とは裏腹に焦りと、間に合った事への安堵で一杯だ。 もし仮に到着が遅れていれば、更に言うなら、もし仮にステイシーが最後の発見者になっていたなら、先の様な素早い対処は取れなかったかも知れない。 大惨事をみすみす目の前で見過ごしてしまったかも知れない。 「ねぇ、貴方のお名前なにかしらぁーん?」 自らが車で撥ね、倒れた少女に名を問うステイシー。 そう倒れている事も、其の少女の姿と同じく擬態なのだ。鬼一人を撥ねたにしては、凹みの少ない愛車を見やってステイシーは思う。 ただ鬼は、車に撥ねられれば刎ね飛ばされる物だから、倒れる物だから倒れて見せているだけで、実際には自分から飛んでいた。 さもなくば本来は車でぶつかっても負けるのは車の方だっただろう。 呼び掛けるステイシーに、鬼気を露わにした女頭鬼が立ち上がり、地を蹴り砕きながら襲い掛かる。 女頭鬼は目だった特徴のない鬼だが、其の分力は強い。ステイシーにぶつけられた破壊力に満ちた拳は、けれども受け止めた彼女の腕を折る事すら叶わなかった。 咄嗟にハイディファンサーで防御力を高めたステイシーは、彼女曰くメタル種……ゲームで出てくるボーナス敵だ。 経験値が高く、美味い。だが倒す為には其の馬鹿高い防御を突き破らねばならない。 目の前で行われる人外の戦いに、バスの運転手は逃げる事すら忘れて呆けたままに。 悲鳴を上げて逃げ惑う女を、ゆっくりと追い詰めていくのは木枯童子。……人間だった頃の名を森野武。 未だに人を喰らわず、擬態を得ぬ彼ではあったが、其れも時間の問題となっていた。 恐怖に、焦りに、足を取られた女が転ぶ。振り被られる凶悪さに満ちた爪。 ずぶり。 だが其の凶行は、不意に鬼の胸から生えたナイフの刃に依って止められた。 苦痛に暴れる木枯童子の耳元で何事かを囁き、ナイフを引き抜いたのは『月刃』架凪 殊子(BNE002468)。音を拾って逃さぬ優れた耳で騒ぎを捕らえ、自慢の速度を活かしてこの場へと駆けつけた彼女への、 「犠牲の上に生き延びて、この先お前は笑っていられるのか?」 囁かれた言葉への返事は、振るわれる鬼の爪。血と、切り裂かれた服の切れ端が宙を舞う。 言葉にでは無く、ただ与えられた痛みに暴れる鬼。彼女の言葉は、子供としての森野武にとっても、生まれたばかりの鬼である木枯童子にとっても、難しすぎる。 「そんな変わり果てた姿で?」 殊子の言葉は、寧ろ鬼へでは無く自分へと向けられた物だ。 流れる血に顔を顰める殊子。だが其れは痛みでは無く、共感出来ぬ事に、言葉が届かない事に。 煌めく剣閃は、木枯童子では無く森野武を殺さぬ事に一縷の望みを賭けて。 「世界とは、斯くも辛辣な皮肉がお好みらしい」 感情探査で捉えた、少し前までただの子供だった者が発しているとは思えぬ異質な感情に、『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)は溜息混じりに愛車の4WDのドアを開ける。 感情を捉えた公園内に足を踏み入れた星龍を出迎えたのは……。 現れた星龍の姿にニコニコと微笑む子供の、其の口の端についた赤。 賢そうな少年、氷見慶介の姿に、嘗ての自分の姿に、擬態した霰童子。 「手遅れですか。……ご容赦を」 呟く星龍に擬態が意味を成して無い事を悟った霰童子が襲い掛かる。 響く銃声、周囲を赤に染めて行く血。 元より星龍は殺さずに鬼を止める手段を持っては居ない。 だがそれでも、後戻りできる段階で待っていてくれたなら、手遅れでさえなければ、……彼は殺さずに済ませる為の努力を惜しまなかっただろうに。 これも星龍が言う所の、辛辣な皮肉にあたるのだろうか? サングラスの奥の彼の感情は読み取れねど、用意された攻撃は魔力と、彼の無念の意思を凝縮させた呪いの弾丸、カースブリッド。 星龍は襲い来る鬼に向かい、静かに引き金を引き絞る。 パキ、ペチャ、グチャ、ゴリ、……ゴクリ。 最後に発見した鬼、人間だった頃の、霧野裕子の姿をした煙渦鬼が、捕まえた人を咀嚼している。 思わず目を背けたくなる光景だったが、ヴィンセントは鬼に発見されぬ距離を保ちつつも、イーグルアイを用いて其の光景から目を逸らさない。 何故なら今食われている人は、彼が見捨てたからこそ、彼と彼等が、事件の元凶を呼び出すための生贄を必要とするからこそ、ああも無残に食われているのだから。目を、逸らせよう筈が無い。 発見前に何人喰らっていたのかは判らなかったが、発見後に2人目を腹に収めた鬼の様子が明らかに変化した事にヴィンセントは悔しさと安堵の入り混じる複雑な感情を胸に覚える。 少女の姿が、変化していく。艶を増し、魔性を纏う。完全な鬼の子へと。 其の瞬間、 「おお、ようやった。お前は今より正しくこの隠の翁の子。我等の希望、新しき鬼の子よ。……怖かったか? 心配するでない。此処からはこの爺が守うてやる」 多くの犠牲者の末に、漸く待ち望んだ、この騒ぎの元凶が何処からとも無く姿を現した。 ● 「爺!」 現れた翁に飛びつく怯えた煙渦鬼。 けれども翁の表情は厳しいままで、……そう古い鬼である翁や、完全な鬼の子となった煙渦鬼は自分達を見る、ヴィンセントの気配を敏感に察していたのだ。 「嬢よ。怯えぬで良い。此処は爺にまかせて逃げい。お前は此れからまだまだ力を付けて、王に尽くさねばならぬ」 逃がすまいと姿を現すヴィンセントの前に、煙渦鬼を後ろ手に庇った翁が立ちはだかり、……辺りを濃い煙が覆う。 咄嗟に後ろに飛び、煙の範囲から逃れたヴィンセントの、だが其の懐には翁が潜り込んでいた。 振るわれた拳は、他の鬼達に比べればずっと軽いが、それでも其れを補って余りある程正確にヴィンセントの急所を捉えている。 血と胃液の混じった液体を口から零しながらも、ヴィンセントが咄嗟に放つはピアッシングシュート。 ある意味苦し紛れに放たれた其の一撃は、けれど翁に大きなダメージを与えていた。……否、正確には封印の影響で弱った翁が脆過ぎるのだ。 枯れ木の様な身体から血を流しつつも、目を煌々と光らせる翁。其の鬼気迫る姿にヴィンセントが思わず目を奪われた時、彼の所持するアクセスファンタズマが仲間の、自分の目標を撃破してこちらに向かう仲間の接近を告げる。 一部の仲間は未だ激戦の行われる駅前の救援に向かった様だが、大部分はこちらの戦場を目指しているのだ。最早翁に、……この年老いた老鬼に勝ちの目は無い。 だが、だからこそヴィンセントは、死に行く翁に尋ねる。即ち、 「人と鬼は共存することはできないのでしょうか?」 人の子と鬼の子が共に在る道もあるのではないかと。 しかし翁は、駆け付け数を増やす人間達を前に哂う。 其れは昔々の大昔、鬼と人の戦いの際に同じ事を翁に問うた者が居たのだ。 けれど翁が其の言葉に心を揺るがされた瞬間に翁は他の人間に切られ、そして翁の心を揺るがした人間は怒りに燃えた仲間の鬼に食い殺された。 繰り返してはならない苦い結末。だが翁は今も信じている。あの時の人間の言葉に、翁を貫いたあの視線に嘘が一欠けらもなかった事を。 だからこそ、今こそ、同じ視線を向けて同じ事を問う青年に応えよう。 「在り方が違う、価値観が違う、食が違う、貴様等が我等を理解しよう等不遜なり。この隠(おぬ)の字を持つ隠(ごもり)を貴様如き若造が侮るな!」 向けられる真摯な眼に対して、間違いは繰り返さない。 燃え上がる老鬼の闘気は燃え尽きる前の蝋燭の炎に似て。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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