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<三ツ池公園特別対応>魔犬は二度死ぬ――赤い髪のスキュラ――


 巨大な三つの首を持つ犬はもう動かない。
 やがてほぐれて、再び穴の中に吸い込まれるだろう。
「親」の傍を、二匹のむく犬は離れようとしない。 
 吸い込まれる前に食べるのだ。
 そして、また大きくなる。

 分解・再生のための静寂を、空からこぼれる星屑のような声が打ち砕いた。 

「あら、かわいい。ふかふかでもふもふだわ」
 それは、森を形成する木の枝をへし折りながら、空から落ちてきた。
 ストロベリーブロンドの髪、蜂蜜色の肌。琥珀色の瞳。
 少女のように見えた。
 キャミソールの下のペチコートからは、肉の鞭のような何かが何本もうごめいているのに目をつぶれば。
 細い指が、ケルベロスと呼ばれた犬の毛皮をなぞる。
 少女の姿をした何かは、その黒い犬の形をした影をたいそう気に入った。
「そうね。しばらくこれを着ることにしましょう」
 肉の鞭が、ケルベロスの背骨目掛けて精密に打ち込まれる。
 少女の顔に恍惚とした表情が浮かぶ。
 二匹のむく犬が身を起こし、左右から少女に飛び掛った。
 
 汝、凶運に触れる事なかれ。

 二頭の喉笛に、ケルベロスの右の頭と左の頭がそれぞれ食い込む。
 ぎしっぎしっと、「子」の気道を、「親」のあぎとが噛み砕こうとしている。
「ああ、さびしいのね。分かるわ。さあ、みんなで一つになりましょうね」
 ペチコートの下から更なる肉鞭。
 シニア二匹の背骨にも打ち込まれ、内部に侵食し繊毛化して、体の隅々にまで入り込む。
 体の自由が利かない。
 動けない。
「うふふ。今度のわたしは黒いドレスよ。みんな、とってもかわいいわ。お耳にリボンを結んであげましょうね」


「緊急出動。悪いけど、満足に相談もさせてあげられない」
『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の背後には、多大な戦闘資料映像。
「三ツ池公園、百樹の森。先程へアリージャック・ケルベロスの討伐に成功するも、依然シニア二体が健在。討伐チームは戦闘不能者多数のため、撤退。との連絡が入った」
 大きなモニターにケルベロスと呼ばれたむく犬。
 闘牛の体躯に三つの頭。無駄に愛嬌を振りまくのが不気味だ。
「ケルベロスの死体に、穴から出てきたアザーバイドが寄生した」
 公園の池を写したカメラ。
 その上を飛行する、少女のようなもの。
 ふわふわと揺れる赤みがかったストロベリーブロンド。
 あどけない表情。
 蜂蜜色の肌に琥珀色の瞳。 
 白いキャミソールとペチコート。
 その裾からはみ出しているのはドロワーズではなく、数え切れない肉鞭だ。
「アザーバイド。識別名「スキュラ」。他チャンネルの生物の生死に問わず寄生して、意のままに操る。今はケルベロスの背中に寄生し、肉鞭を差し込んでシニア二匹を支配下に置いている。支配した体を維持・強化する術に長けてるね」
 ケルベロスの背中から少女の上半身が突き出している。
 ぼこぼこと波打つ背中。
 同化しているのだ。
 そして、一本の肉のリードでつながれた、二体のへアリージャック・シニア。
「この肉鞭切れれば、シニアはスキュラの支配下から脱するだろうけど、こっちを攻撃してくるのは変わらないだろうね」
 スキュラ攻撃すると、ケルベロス死ぬし。と、イヴ。
「今までの戦闘資料から、ヘアリージャック攻略ポイントを簡単にまとめる」
 モニターに表示される箇条書き。
 その一と、イブは指を一本立てた。
「命中重視。ヘアリージャックの毛皮の厚さは特筆もの。やみくもに攻撃しても、かすり傷程度にしかならない。打てる手は全部打って。当りぞこない三発より、有効打一発を狙って」
 その二と、イブが指を二本立てる。 
「後衛を必要以上にかばわない。戦力は集中して一気に倒すため、後衛も倒れる覚悟で。以上、二点」
 イヴは、リベリスタに向き直った。
「スキュラは、ヘアリージャックへの寄生が自分に悪影響を及ぼすと判断すると、逃走する。あまり強い個体ではないみたいだね。でも逃げ足は速い。選択が必要になったときは、魔犬掃討を優先して」
 もちろん、倒してくれれば、なおいい。とイヴは付け加えた。
「それから、事前にアシュレイから伝言。『もう私が召喚したのと完全に別物になっちゃってますね。がんばってやっつけてください。アシュレイちゃん、一生懸命応援してます!』だって」
 イヴの物まねが結構似ていたので、場になんともいえない空気が満ちる。
 イヴは、ふうと息をついた。
「とにかく、魔犬。奴らは増える。事は急を要する。場合によっては生命の危険もありえる。でも、お願い。これ以上事態が深刻化する前に」
 この、魔犬の連鎖を断ち切って。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:田奈アガサ  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年01月27日(金)21:30
 田奈です。
 まずは。 

●警告
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意下さい。

 影なしジャックについては拙作『<バロック強襲>四体の影なしジャック』、「魔犬、滅すべし」をご参照ください。
 難しい状況がこじれて、更に事態は悪化しております。
 凶運の容をドレスにしたお嬢さんのスペックはこちら。

成功条件
 *魔犬殲滅(ケルベロス及びシニア二匹)
 *スキュラの掃討は含めません。ただし、逃がすとろくなことになりません。

アザーバイド「スキュラ」
 *上半身は人間のローティーンのお嬢さん。下半身は無数の肉鞭で構成されております。
  ヤドカリに触手な感じ。
 *現在ケルベロスの背中に寄生しています。 
 *合体時はケルベロスの能力で判定します。
  寄生をといた本体は、それほど丈夫ではありません。
 *癒し系。他者を強化もします。
 *神経結合(A):物遠複・魅了付加 呪い付加
  予備の肉鞭を差し込まれ、攻撃ユニットにされます。
 *神経結合(B):物遠複・石化付加 呪い付加
  予備の肉鞭を差し込まれ、完全静止させられます。
 *神経結合(C):物遠複・必殺付加 致命付与 呪い付加
  予備の肉鞭を差し込まれ、致命的な箇所を損傷させます。

E・アンデッド「ヘアリージャック・ケルベロス」×1
 *犬種は狩猟犬のプーリー。歩くモップ。大きさは成牛。ブロックには、一体につき四人必要です。
 *厚い毛皮は防御力に優れ、巨大な牙は攻撃に適し、赤い魔眼は魔物であることを示します。
  ――全てにおいて、強化されています。 
 *「汝、不幸に触れるなかれ」:Pスキル。
  攻撃を受けるたびに、攻撃した対象に「不吉」、「不運」、「凶運」を付与していく。効果は積算します。
 *ナイトクリークの初期スキル・中級スキルを保有。ただし、「影なし」なので「シャドウ」がつくスキルはもっていません。
 *他、頭それぞれが、他職の初級スキルを二つ、中級スキルを二つを保有しています。
  ただし、「影なし」なので「影」がつくスキルはもっていません。
  現在、ブレイクフィアー、壱式迅雷、リミットオフを持っていることが判明しています。
 *【精神無効】【麻痺無効】【呪い無効】【弱体無効】 【崩し無効】【減速無効】
  
E・ビースト「ヘアリージャック・シニア」×2
 *犬種は狩猟犬のプーリー。歩くモップ。大きさは生後一年の子牛。ブロックには、一体につき二人必要です。
 *厚い毛皮は防御力に優れ、巨大な牙は攻撃に適し、赤い魔眼は魔物であることを示します。
 *「汝、不幸に触れるなかれ」:Pスキル。
  攻撃を受けるたびに、攻撃した対象に「不吉」、「不運」、「凶運」を付与していく。効果は積算します。
 *ナイトクリークの初期スキル・中級スキルを保有。ただし、「影なし」なので「シャドウ」がつくスキルはもっていません。
 *他、それぞれ他職の初級スキルを一つ、中級スキルを一つを保有しています。
  ただし、「影なし」なので「影」がつくスキルはもっていません。
  天使の歌、チェインライトニング、大雪崩落を持っていることが判明しています。  
 *【精神無効】【麻痺無効】【呪い無効】【弱体無効】 【崩し無効】【減速無効】

 場所:百樹の森
 *事前に付与スキルを使って構いません。
  すでに、パピィ、ヤングは掃討しましたので、移動ロスはありません。
 *真昼に突入です。足元、明かり、人払い一切問題ありません。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
スターサジタリー
不動峰 杏樹(BNE000062)
デュランダル
宮部乃宮 朱子(BNE000136)
デュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
ソードミラージュ
戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
インヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
ホーリーメイガス
大石・きなこ(BNE001812)
ナイトクリーク
レン・カークランド(BNE002194)
デュランダル
★MVP
宵咲 美散(BNE002324)
デュランダル
ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)
デュランダル
飛鳥 零児(BNE003014)


 ストロベリーブロンドの髪に蜂蜜の肌。琥珀の瞳。
 魔犬の黒い毛並みが彼女の胴部を覆いつくし、漆黒のローブデコルテを形成する。
 過去二度、自らの死を以ってリベリスタを退けた三頭犬をドレスとし、シニアと呼ばれる完全体二体を愛玩動物とした異界の少女は、森の中に分け入ってきたリベリスタに向かって、優雅に振舞った。
「ごきげんよう。お会いできて嬉しいわ」
 
「“敵”としては相応しい相手だが、気に入らんな」
『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)は、犬の背で高慢な微笑を浮かべる少女のようなものに、不快をあらわにする。
『ジャック』
 英語圏では、どこにでもいるありふれた名前。
 日本なら、太郎次郎だ。
 それでも、今アークの大部分のリベリスタにとってのジャックは、「あのジャック」であるのは間違いない。
 たとえ名前だけであろうと。
「スキュラ風情の操り人形に成り下がるとは――由緒正しき魔犬(バーゲスト)が、そのザマか?」
 美散は、眉をひそめた。

「灰は灰に。塵は塵に。土は土に。あるべきものはあるべき姿に戻すべきだろう」
『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は、裁断の女神の名を関す巨大なヘビーボウガンを担いでいる。
 死んだ者が動き回るのは許さない。
 動き回らされるのも許さない。
(穴の向こうへ送るべきだけど、仲間を傷つけ、奪う気なら容赦しない。この矢届く限り、誰にも手出しさせない)

「一応……聞いておく。その身体は……誰のものだ?」
『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)の問いに、スキュラはぱっと目を輝かせる。
「バーゲスト。ヘアリージャックて言う種類なんですって! あなた達はケルベロスって読んでるのね? かわいいでしょう? ふかふかでとっても手触りがいいのよ。お顔も素敵よね。頭もいいのよ。あたし、とっても気に入ってるの!」
「あなたのドレス素敵ね、どちらのメゾンであつらえたの?」と聞かれたような受け答え。
 いや、スキュラにとってはそう聞かれたも同然だろう。
 生きていようが死んでいようが、彼女の肉鞭の支配下にあるものは全て、ドレスであり、アクセサリーだ。

「凶運が売りの割りには存外に情けないな。触れたスキュラが調子付いてるようだし。
お人形遊びに付き合う気もない、さっさとお帰り願おうか」
『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)の口に宿った毒は普通ではない。
 魔犬たるもの、死しても世界に仇なさなくてはいけないらしい。
「悪魔」の名にふさわしい、辛辣ぶりだ。
 死人に鞭打つとはこのことだ。
「あと、竜一。とやかく言わないが、変な物口に入れないようにな?」
 ギクッと変な動きをするのは、その悪魔を恋人としている真夏の奇跡を体現した男だ。
『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)は、スキュラたんに興味津々である。  
(スキュラたんには俺だけを見ていてもらわないと、と思うのは男のワガママってやつかな、フヒヒッ!)
 とか、考えてません。全然考えてません。
 スキュラたんの肉鞭ぺろぺろなんて微塵も考えてませんよ、やだなぁもう。

 そして、変わり果てた魔犬に、意を新たにする者たちもいた。
(ジャックとの決戦の夜の敗北は忘れられません)
『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)は、あの赤い月の夜、仲間を担いで、三匹の魔犬から逃げた。
 今、目の前にいるのは、あのときの一匹の成れの果てとその裔だ。
(今度こそ勝利を掴んで汚名返上です!)

(また厄介な者に拾われたものだな)
『まめつぶヴァンプ』レン・カークランド(BNE002194)の目は、つい先日、相対したシニア二匹に注がれている。
(それはお前達の親ではない。親は俺たちが奪ったんだから)
「背負った罪を隠すことなどはしない!来い、ヘアリージャック。お前達の不幸は俺が受け止める。どちらの悪運が強いか、ここで決着をつけよう!」
 白い戦闘服は、覚悟の印。
 両手に抱えた魔道書。
「今度こそ、仕留める。……絶対に。そのために、ここへ来た……!」

「もはや何も言うことはない。自分の失態は自分でケリつけるさ」
『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)の闘気は、すでにその肉体の檻から解き放たれている。
 あの時、倒せていればという後悔は、森の外に置いてきた。
 今あるのは、倒すという熱い決意だけだ。
 
「魔犬を片付けるだけで手一杯だが、スキュラなんておまけもついてやがる」
『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)は仕方ねえなぁと苦笑を浮かべる。
 しかしその笑みは嬉しそうだ。
 バトルマニアにとっては、削れた獲物より特盛りのほうが嬉しかろう。
「だが、やることは単純だ。さて、魔犬退治と行こうぜ!」

「せっかくのドレスなのに、褒めてくれないの?」
 ぷうぅっと、スキュラは頬を膨らませる。
「リボンだって結んだのに」
 ヘアリージャックの耳に結ばれた白いレェスのリボン。
 客観的にかわいらしかったが、リベリスタから芳しい反応は得られない。というより、憤りを買うばかりだった。
「いいも~ん。ドレスも『馴染んだ』し、ここからもっとセンスがある人に会いにいくんだも~ん!」
 白くかわいらしい翼が、二匹のシニアに、ケルベロスに、そしてスキュラ自身の背に生える。
 凶運の容に、冒涜の限りを尽くしている。 
「邪魔するなら、みんな丸めちゃうんだから」 
 そのスキュラの台詞を合図に、二匹のシニアがリベリスタの列に突っ込んできた。


 リベリスタ達は三方向に別れた。
(特攻。不意打ちを狙う……)
 必殺の速度を乗せて、百樹の森の薄暗がりに、金色の軌跡。
 一つにくくられた金色の髪が、彗星の尾のようだ。
 戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932) は、刀の下げ緒を口でほどいて鯉口を切る。
 舞姫の仕事は、徹底的にスキュラを狙うことでケルベロスの手数を減らし、シニアを倒す仲間を支援すること。
「絶対に邪魔はさせない!」
 速度を上乗せした戦太刀が、ケルベロスの横合いに回りその背に座すスキュラ目掛けて叩き込まれる。
「あら」
 むき出しの腕に赤い朱線。
「まあ、あなた。すごいのね」
 切れちゃった。と、軽く。
 スキュラは傷口を唇でぬぐう。
 裸の唇に地の紅。 
 まとめてやられることを良しとしないディートリッヒは、ケルベロスから距離を置く。
 剣を抜き放ち、気合一閃、振り切った。
 ユーヌの手袋のディスプレイには、すでに守護結界起動中の表示。
 しかし、今日のユーヌのガントレットは、『自在護符』の働き以外が期待されている。
 背がかなり低いユーヌは、地面を蹴った。
 スキュラと目が合う。  
「小細工は得意だから、精々派手に悔しがってくれ」
「なっ」
 ユーヌの小さな拳にキラキラと氷の粒がきらめく。
 力はないが、ユーヌには鍛え上げられた技量があった。
 薄氷がスキュラの剥き出しの肩を覆う。 
 ふるんと小さなクピドの羽根が羽ばたく。
 ぱらぱらと、黒い毛皮に砕けて落ちた。
「こわぁい。これがなければ、凍らされてたわ」
 うふふっと、スキュラは笑い声を上げる。
「小細工はあたしも得意だから。精々派手に悔しがってみせてね」
「……っ、このっ……!」
 朱子はDIVAを顕現し、紅い刃がスキュラを牽制する。
(私は動きを止められる事はない。とにかく死なずにブレイクフィアーをかけつづけるのが役目。ひたすら耐えるのが最良。負けなければ勝つ)
 ケルベロスとスキュラを封じ込める網が出来上がった。

 完全な射手。
 杏樹は、ケルベロスに向かって突進していく仲間の肩越しに、シニア二匹をつなぎ止める指程度の太さの肉の引き綱を破砕せんと、弩弓銃で狙いを定める。
 シニア二匹が走るため、上下左右にぶるぶると不規則に跳ね回る肉リードに、杏樹に意識が集中する。
 周りが見えるということは、集中し切れていないのだ。
 ただそれだけに没頭するからこそ、見える境地がある。
 視覚・聴覚はおろか、触覚、嗅覚、あらゆる感覚器が矢を効果的に打ち出すための機能に最適化される。
 時間さえもコマ送りだ。
 情報を統合する脳髄が、もう「あれ」を貫くことしか考えられない。
 指が、これ以外ないタイミングで引き金を引いた。
 ナイフもかくやの鏃がスキュラとシニアをつなぐ肉鞭に亀裂を入れ、猛るシニアによって引き千切られる。
「あ」
 スキュラの顔に不快が走る。
 だらりと垂れた肉鞭がみるみるしおれ、地面に落ちた。
 
(アークに来て初めて苦渋を舐めさせられた相手なんだ。どちらが天使の歌を持ってるか判断できると思う)
 零児はそう考えていた。
 黒くモフモフとした愛嬌のある犬が二匹。
「レン!」
 どっちがどっちだと、互いに判然としない。
 零児は、前回ケルベロス担当で、ケルベロスを倒した刹那、シニア達から集中攻撃を食らって地に伏している。
 何か特長になる模様や特徴でもあればいいが、先日受けた傷の種類も双方ともライアークラウンが主で、どちらかが特定の目立つ負傷をしたわけではない。
 そもそもスキュラとつながった時点で余計な怪我は念入りに癒されているようだ。
 どうやら、あのアザーバイドは自分の持ち物は大事にする主義らしい。
 とりあえず、零児が向かったシニアのリボンは途中でほどけたのか一本。
 レンのほうが両耳に一本ずつ。
「どっちが、回復持ちよ!?」
 竜一が尋ねる。
「零児! わかるか? 俺はこっちだ。回復持ちの方は頼む!」
 レンは、自分の勘を信じた。 
 竜一がその後に続き、零児と美散が反対側の犬を追う。
 とにかく今は肉のリードから解き放たれた怒れるシニアの足を止めなければ、杏樹がやられる。 
 ヘアリージャックは、報復を忘れない。
「歌を呼んだ方が先にやる方だ。両方回復持ちだったとしても驚きゃしねえよ」
 竜一は、目の前の犬に集中する。
 とにかく一度殴ればいいのだ。
 死に掛ければ、とりあえず尻尾を見せることだろう。 
 急がば回れ。
 逸る心を抑えつつ、リベリスタは確実に魔犬を屠るために集中に入った。
「また会ったな」
 黒い毛の向こうに赤い魔眼。
 あの日、レンは、ケルベロスを倒すことで精根尽き果てた仲間を担いで逃げた。
 レン自身、何度となくこの爪で牙で、血肉を引き裂かれた。
 傷は、癒され残っていないけれど、切り裂かれた記憶は残っている。
「……いや、会いに来た。……今度こそ終わらせるために」
 終わらせなくては、レンの中で終わらない。
 頭の中は、やけにしんと静まり返っている。
「ヘアリージャック!」


 魔犬が仕えるのは、いかなる神か。
 零児と美散の目の前の犬から、赤い光が放たれる。
 厳然たる意志宿る光は、粋なる凶運を賛美する。
 リベリスタたちは、全身に針で突き刺されたような痛みを感じ、感覚がぼやけていく。
 ユーヌと舞姫、ディートリッヒがかろうじて神経系統を焼かれるのを免れた。 
 踊る。
 まずは、覚悟を血で示せと。
 踊る、踊る。
 魔犬が、踊る。
 爪が、牙が。
 シニアが、レンと竜一を。
 まともに浴びた二人の体から血が噴き出す。
 ケルベロスが、ユーヌ、舞姫、朱子を。
 ユーヌと舞姫は、その爪と牙をかいくぐり、朱子の装甲はその蹂躙を許さない。
「そう。あなたが厄介な子」
 スキュラがユーヌを指差した。
 犬の首が巡らされる。
 わふわふと愛想のいい犬。
 白い牙の間から、青い舌。
 この犬は、一度死んだのだ。
 べろりと魔犬の舌がユーヌの足をなめ上げた。 
 炸裂。
 その様子を目の端で捕らえた竜一は、歯を食いしばる。
 二本の剣を握る指が白くなるほど握り締められる。
 シニアの前を離れることは出来ない。 
 今、この場を離れれば、ブロックから解き放たれたシニアが、レンを踏み潰し、竜一を追いかけ、ケルベロスの補助に回るか、美散と零児を背後から挟撃するか。
 杏樹ときなこを食い散らかす事だって簡単だろう。
 朱子から放たれる凶事払いの光が、煮えたぎるような頭を少しだけ冷やす。

 耐えどころだった。
 

 きなこはいきこんでいた。
 一刻も早く、仲間を癒さなくては。
 詠唱する回復召喚。
 自分は回復に徹底するのだ、癒し手は自分しかいないのだから。
 だが、はたと気づく。
 きなこがつかえる回復呪文は、強力とはいえ、単体回復。
 一度に回復できるのは、たった一人だ。
 では、誰を優先すればいいのだ?
 皆が満遍なく傷ついていた。
 誰が落ちても、作戦に支障をきたすのは明白だった。
 みなの命を救いたい。
 癒し手なら当然のことだ。
 だが、もし、今にも死にそうな仲間と、勝つために失えない仲間がいて。
 どちらか一人しか選べなかったら、どちらを選ぶのか。
 迷っている時間はなかった。
 判断基準はない。
 その場その場で決めるしかない。
 直感に頼るしかない。
 一瞬の躊躇の後、今、一番傷ついて見える人に。
 ユーヌに向けて、癒しの微風が飛ばされた。

 癒し手がきなこしかいないという点で、怪我を負わないという方針は重要だった。
 しかし、慎重と躊躇は紙一重だ。
 ケルベロスを包囲をした前衛陣は、一度に複数攻撃に巻き込まれぬよう散開していた。
 しかし、とっさに手を出せぬだけの距離をとってしまった箇所が、文字通り穴になる。
「うふふ。みんなふんづけちゃうんだからぁ!」
 高らかにスキュラが宣言する。
 魔犬の足が、リベリスタの囲みを蹴散らす。
 ケルベロスが、シニアのそばに近寄って、より強固な陣を形成しようとする。
「させるかぁ!」
 シニアと戦っている戦列にケルベロスが突っ込んで、大規模攻撃を打たれたら、戦線が維持できない。
 押しとどめようとするリベリスタを見詰めて、スキュラは天使のような笑みを浮かべていった。
「あなた達、素晴らしいのね。サイズが合えば、ドレスにしたいくらいよ」
 スキュラにとっては賛辞らしい。
 黒い毛皮の隙間から、粘液を滴らせた肉鞭がずるると這い出してくる。
「いい子にしてて頂戴。あなたと……あなた」
 朱子とユーヌに肉鞭が叩き込まれる。
(操り人形は趣味ではない……というのにっ……!)
  打ち込まれた、ユーヌの瞳から光が消える。 
 星の運行に干渉する、細い指。
 舞姫の上にだけ降り注ぐ不運。
 忍び寄る不幸の影が、舞姫の体にどす黒く浸透し、上がっているギアをオフにする。
 しかし、朱子は異質なる物の支配に屈しない。
「その汚い触手を離せ」 
 朱子の声が怒りで低く響く。
 凶事払いの光が、ユーヌと舞姫の意志の力を増幅する。
(おまえのような奴を倒すため……)
 倒れない、壊れない、侵されない。
 まさしく、朱子こそスキュラの天敵。
「ほんとに……素晴らしいわね」
 スキュラの目がすがめられる。
「悲しいわ……すり潰さなくてはならないなんて」
 ケルベロスが咆哮する。
 目からあふれる血の涙。
 死せる肉体は酷使され、その膂力が膨れ上がった。


 肉鞭から解放され、シニアが「正気」に戻ったことは、美散にとっては喜びである。
『戦闘狂』は、由緒正しく気高きバーゲストと戦いたいのだ。
 異界の小娘からの茶々など、蛇足以外の何者でもない。
 集中している間、魔犬達は美散の期待を裏切ることなく、美散に『いいの』を入れ続けた。
 目の前の魔犬が回復持ちかどうかはわからないが、不快な赤い光を放ちこちらの体に影響を及ぼすことは間違いない。
 倒すべき相手だった。
 猛烈な突き込みに雷撃が宿る。
 美散の三倍以上はあるシニアの足が宙に浮いた。
 吹き飛んでいく。
 それを待ち受けていた零児が、大剣を振りかぶる。 
(俺が回復役へと向かうのは、火力を期待されてのことだ。今回も俺の持てる力の全てを、目の前の敵を殲滅することに注ぐ)
 ケルベロスを倒したときもそうだった。
(切り札の温存は、しない――!)
 この一撃で、貴様の生死を問う!
 森の湿った土がえぐれて、飛んだ。
 土煙の中。
 二発の渾身の一撃を受けた魔犬は、まだ立っていた。
 黒い毛並みは雷で焼け落ち、血肉は沸騰し、断ち割れた傷を起点に身体中の骨をへし折られ。
 それでも、焦げ落ちた毛並みの下の赤い魔眼はまだ生きている。
 犬はまだ、リベリスタに牙をむいている。
 
 汝ら、不吉に触れる事なかれ。

 ヘアリージャックから押し寄せる不吉の気配に、我知らず、美散の口角が上がる。
 美散の前に立ちはだかるべき魔犬は、こうでなくてはならない。
 これを斬り殺してこそだ。
 もう一匹のシニアもケルベロスも、スキュラすらも、魔犬を癒そうとはしない。
 零児によって生死を問われた魔犬が生き残るには、意志の力で死神を跳ね除けるしかない。
 瀕死の魔犬が選んだのは、赤い月の悪夢の再現。
 リベリスタ達に最大の不運を。
 犬の形を保っていたものがほどけ、赤い闇に。
 赤い魔眼が月に変わる。
 ケルベロスが死ぬ前に見せたように、その魔犬も同じ轍を踏んだ。
 
 我らは、『影なし』
 凶運の容である。


 魔犬の一角が倒れた。
 ユーヌの拳で真白に凍らされたスキュラが、仮に癒しを送ろうとも、死神に愛された魔犬にそれは届かなかっただろう。
 体の中を駆け巡る雷が、細く繋がっていた魔犬の命運を焼き切った。

 杏樹が、残るシニアを狙っている。
(狙う箇所は4つ。毛皮に覆われない眼球、鼻と口腔、ケルベロスが噛み付いた喉笛)
 眼球は、上から垂れた毛で見えにくい。
 喉笛は癒されているようだ。モフモフの毛で見えにくい。
 ならば。
 杏樹が放った魔矢が、残ったシニアの鼻先と口腔を吹き飛ばす。
 もはや、顔のほとんどを失って、吹き飛ばされた白い牙があちこちに散乱した。
 まぶたも失った赤い魔眼だけが、ひび割れた眼窩から零れ落ちそうだ。
 それを見たスキュラは、額に手の甲を開け、立ちくらみをこらえるような仕草をしたかと思うと、両手を振り回して怒りを表した。
「何てことするのよ。かわいくなくなっちゃったじゃないの!」
 足があれば地団太でも踏んでいただろう。
 いや、ケルベロスが、やけにリズミカルに足踏みしているのは、おそらく地団太だ。
 そのコミカルな様に、再び集中に入った美散がいやそうに顔をゆがませる。
「俺がスキュラたんのとこに行くには、こいつは障害なんだよ」
 芝居がかった口調で、竜一が叩く軽口が本気だとは、この場の誰も思っていない。
 右手に巻いた布が帯電している。
 両手に握った剣の先から青白い電光が走る。
「不運なんてのは、乗り越える為にあるんだよ! 待ってて、スキュラたん!」
 二刀流から放たれるバックラッシュを伴う電撃を伴う斬撃が連なる。
 魔犬の顔からあふれた血液が沸騰する。
 それでも、顔をなくした魔犬から、弱った印象はまるで受けない。
 魔犬には、するべきことがあるから。
 鼻は失くしても、自分を傷つけた者は忘れない。
 ヘアリージャックは、報復を忘れない。
 レンに向かって、黒い大犬は一気に間合いをつめその両肩に前足をかけると、地面の底の地獄に落ちろとばかりに全体重を前足に集中させた。 
 背骨からいやな音がした。
 命が抜け落ちていく音がする。
 集中している間、魔犬にいいようにかまれ、引きずり回された。
 とっくに、体は血まみれ、白い戦闘服が泥まみれだ。
 手の中には、未だに投げられていない道化のカード。 
「俺には……まだやることがあるんだ……!」
 運命よ。
 諦めぬ者に、恩寵をもたらし給え。
「お前達の命も、罪も、不幸も、全て!俺が背負う!」
 指の先に挟まれたままの道化のカード。
「「ここなら柔らかいだろう!」
 痺れた指からはじくのは諦めた。赤黒いうろと化した口腔にカードをつきこむ。
 道化のカードは、食道に食い込み、そのまま腹の底に滑り込む。
 刹那、内部から爆発し、最後のシニアは、ごっそりはらわたをレンの膝にぶちまけて、前のめりに押し倒したレンの上に倒れこんだ。
「ものどもー! 此度はやつを討ちとれー! 天運は我らにありー!」
 竜一が鬨の声をあげた。
 残るは、本丸、ヘアリージャック・ケルベロス。
 天守閣、赤い髪のスキュラ。
 リベリスタ達に天運はあったが、その命が指の間から零れ落ちていっていた。


「ひどいわ! 酷いわ、酷いわ、あんまりだわ!とってもかわいいわんちゃんだったのに! あなた達、ほんとに非道いのね!」
 スキュラは大仰に嘆いてみせる。
 一匹は派手に切り裂かれ、骨を砕かれ。
 もう一匹は顔面をつぶされ、内蔵をぐちゃぐちゃにされ。
 どちらも毛の生えた肉塊。原形をとどめていない。
 今度はアンデッドとして使役されることのないように、舞姫は、肉鞭の射線を遮る。
 後方に杏樹ときなこを残し、リベリスタ達はケルベロスを取り囲もうとしていた。
「もう、もうもう許さないんだからぁ!」
 ディートリッヒが駆け込んでくる。
 先程と同じ轍は踏まない。
(2回、3回と重ねていけば確実に通る一撃を食らわせられるだろうさ) 
 足が森の軟らかな土にめり込むような踏み込み。
 剣を振り切る間合いもないほどのゼロ距離。
 スキュラが反射的に両耳を手でふさぐほどの気合と共に振り下ろす大剣。
 見た目で分かる。
 ケルベロスの背に冗談のようについていた、天使の羽がボロボロと抜け落ち、膨れ上がっていたケルベロスの筋肉が収縮を始める。
「もう一回よ。もう一回強くなるのよ! 傷なんか何度だって治してあげるんだから!」
 何を言っているのかまったく理解できない言語で、スキュラが叫ぶ。
 ケルベロスの傷が癒される。
 喉から搾り出されるような咆哮。
 再び、ケルベロスの筋肉が膨れ上がる。
 次の瞬間、黒い犬が宙を蹴った。

 リベリスタ達を渾身の力で蹂躙するために。


 もう、レンは立ち上がれない。
 ユーヌが震える膝で体を起こす。
 はははと、口から笑いがこぼれた。
「死地とはやはり楽しいな。竜一、お前も楽しいか?」
 リベリスタには、倒れられない理由と意地がある。
 だから、傷つき、運命の恩寵で玉の緒を繋ぎ戻ってきた恋人に、もうやめろという口を竜一は持ち合わせていない。 
「彼岸を見せてくれた礼に占ってやろう。ふん。安定の大凶だ」
 悪魔の舌を持つインヤンマスターの占いにより、ケルベロスの体が面白いように縮んでいった。

「魔犬よ。お前さん、何を為す為に戻って来た?」
 低く唸るように、美散が口にする。
 自分の技の反動も含めて、ぎりぎりで立っていた美散に魔犬からの殴打は容赦なかった。
 美散は戻ってきた。
 正邪を問わず、その存在の尊厳を問いに、冥府の入り口から戻ってきた。
「限りある者に凶運を齎し、恐れられる為だろう?」
(万全であればスキュラになど操られなかった筈だ)
 まるで、ケルベロスに恋をしているかのように。
 魔物に「正気」に戻ることを求めて、美散は叫ぶ。
 叫ぶだけでは足りない。
 手に携えた剣を以って、『戦闘狂』は『魔犬』を叱咤する。
 本分を取り戻し、自分と戦えと。
「残りはお前らだけだ」
 零児も、恩寵にすがって立ち上がる。
(敵の殲滅をこの目で見るまで倒れてなんかいられないんだ)
「俺は何があってもその犬を殺したい。これ以上寄生を続けて邪魔するなら……あんたも殺すぞ」
 その目はスキュラを射る。
 死線を越えて戻ってきたのは、犬を倒したいという執着ゆえだ。
 まだ、決着がついていない。
 赤く光の尾を引く義眼に見据えられ、スキュラは我知らず身を引いた。
「何よ。あんたたちなんか、怖くないんだから! あたしはあんた達にまけたりしないんだからぁ! んもう。言うこと聞くのよ。聞きなさいよ。あんたはあたしのドレスなんだからぁ!」
 じりり。
 リベリスタ達が間合いを取る。
 もう一発今のが来たら、撤退を考えなくてはいけなくなる。

 瞬撃。

 杏樹から、銀の矢のプレゼントだ。
 ケルベロスの左目を射抜いて頭蓋を粉々にする。
「いやぁ、ドレスが! あたしのドレスがぁ!」
 スキュラの悲鳴が、白昼の森に響き渡る。
「許さない。許さないわよ、この女! あんたは、殺す。殺してやる!」
 繰り出せるだけの肉鞭を、呪いこめて弓銃使いの女に。
 複数の肉鞭が、杏樹ときなこを襲う。
 きなこは分厚い盾で肉鞭を受け流した。
 それでも、ずしりと骨身に響く。
 それだけの威力の一撃を、杏樹は無防備な射出姿勢で受けた。
 突き抜ける肉の穂先に、目の前が白く焼きつく。
 限界だ。体が悲鳴を上げている。
 それでも。
「まだ、殺されてないぞ」
 ざまあみろと、不良シスターが毒づいた。
 背後に寄ってきた死神を蹴り飛ばす。
 まだ神様を殴りに行くには、早すぎだ。
「貴様達は、この公園から一歩たりとも外に出させない。命を守るためならば、身命を賭して戦う!」
 舞姫の音速の刃が、満を持してスキュラに振るわれる。
 毛皮の内側からはみ出していた肉鞭がことごとく断ち切られる。
 スキュラは、ふええ~。と鼻声になった。
「なによ」
 ぼろぼろっとスキュラの琥珀色の瞳から涙が零れ落ちた。
「なによなによ。あんまりだわ。あたしは新しいドレスを着てみただけなのに! さっぱり褒めてもくれないで! こんなにぼろぼろにして、あたしのことを傷つけて! ドレスも動かなくなっちゃうし! あんたたちなんか、大っ嫌い!」
 ケルベロスの背が、不自然に波打つ。
「こいつ、逃げる気だよ!」
 スキュラの動きに気を配っていた朱子が、鋭い声を上げる。
「殻にこもってないで、自分をさらけ出して向き合おうぜ、スキュラたんよぉ!」
 竜一の刀が、中身をさらけ出し、死と向き合えとスキュラを追い詰める。 
「うるさい、ばーか! 死んじゃえ、ば~か!」 
 スキュラは、バン!と ケルベロスの背に手をついて、その勢いで肉鞭を抜き取った。
 そして上昇し始めるが、肉鞭を予想外に失ったため、その飛行はよたよたとおぼつかない。
 高度が、稼げない。
「その通りだが、人の男をばかばか言うな」
 ユーヌがだらりと垂れた肉鞭を、サンドバックのように殴る。
 ビシビシとユーヌの内心を表すように急激に凍り付いていく肉鞭。
 空中のスキュラのバランスが崩れ、降下してくる。
「どこまでも追い詰めて、魂さえ残さず焼き尽くす!」
 ケルベロスのもはや動けない頭を踏み台にして、朱子が飛ぶ。
 逃がさない。
 切っ先に、スキュラの腹を引っ掛けて、渾身の力で地面に叩きつけた。
「このっ、ゆるさないっ、絶対、あんたたちなんか、あとで、ぎったぎたに……」
 自分の体に回復を施し、上半身だけの少女はずるずると腕だけで這っていく。
 腰から下の肉鞭は、切り落とされ、凍らされ、今、またディートリッヒに根元が両断される。
「さっき言ったとおりだ。覚悟を決めろ」  
 なぜ、構えている零児の足元に転がるのか。
「何言ってんのよ。あたしは――」
 なぜ、たまたま開いていた穴に腕がのめるのか。
 なぜ、その辺に落ちていた枯れ枝に髪が絡んで動けなくなるのか。

 哀れ定命を生きる者よ。
 汝、凶運を恐れよ。
 凶運に、触れる事なかれ。
 凶運をもてあそぶ事なかれ。

 ストロベリーブロンドの髪に、蜂蜜の肌。
 琥珀の瞳を持っていたスキュラは、もうどこにも行けない。
 百樹の森で吹き飛ばされて、ただの血肉の赤い線になったから。


 スキュラの支配を失ったケルベロスのアンデッドとしての生は終わりに近づいている。
 美散は、気づいていた。
 ヘアリージャック・ケルベロスは、死んでいる。
 E・アンデッドとしても終わっている。
 たとえこのまま撤収したとしても、この森を出ることなく、その活動を停止するだろう。
 それでも。
「お前は何者だ? 答えろ、魔犬。そのザマは何だ!?」
 美散は叫ばずにはいられない。
 
 汝ら、凶運に触れる事なかれ。

 左の頭は、杏樹が潰した。
 背中や体側は、ディートリッヒや舞姫が大穴を開けている。
 黒い毛並みがの輪郭が揺らいでいる。
 魔犬の姿を維持し続けられない。
 異界の技で無理やり現界を保っていたスキュラもいない。
 生き続けられる訳がない。

 それでも、魔犬は、美散を見ている。
 その下の赤い魔眼は炯炯と光っている。
 美散も、魔犬の一撃を食らえば倒れる。
 美散は、恩寵でもぎ取った残り少ない命の薪を、魔犬に叩きつけるために燃やし尽くす。 
 美散が地面を蹴った。 
 ケルベロスも地面を蹴った。
 
 この時のための雷だった。
 吠え猛る魔犬の喉元にランスを突き立て、そのまま串刺しにする。
 愛嬌のある魔犬の口元。
 リベリスタの血の味を知っている白い牙が美散に突き立てられる。

 汝、凶運に触れる事なかれ。

 仲間が何か叫んでいるのが聞こえる。

 何でそんな所を。
 よりにもよって、そんな所を。
 そんな所に牙を立て、爆発させるのか。

 汝、凶運に触れる事なかれ。

 ほどける黒い巨体。
 赤い魔眼の月。
「――攻め時だな」
 もう、決着はついているのに。
 なんとなく、美散の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。


 風が髪をなぶっていく。
 美散は、気がつくと、担がれていた。
「気がついたようだぞ」
 声がする。ディートリッヒだと気がつくのに、一拍かかった。
「誰一人死なせないと言っただろう」
 杏樹が不機嫌そうな顔をして走っている。
「そうですよ。死なせてなんかあげません」
 きなこの厚い鎧は、ぼこぼこにへこんでしまっている。
 あの時、一番怪我がなく、厚い防御を持っていたのはきなこだった。
 ケルベロスのあぎとの下から、美散を引きずり出してきたのだ。

 背後から死の気配がする。
 今、何かとてつもないモノが死んでいる最中だ。

「ケルベロスの体が崩壊した。怪我人も多いし、飲み込まれる前に撤収することにした。もう倒したから。とどめは美散さんがさしたから。後は、みんなで生きて帰るだけ」  
 朱子は落ち着きを取り戻したのか、ぼそぼそと話しているのが聞こえる。
 少し後ろを、殿を走っているようだ。
 気配が小さくなっていく。
 今、魔犬が完全に死んだ。 
 顔をあげると、レンが零児に担がれ、ニヤニヤしながら竜一がユーヌをおんぶしている。
 一番前を舞姫が走っている。
 不測の存在に備えていた。
「もうすぐ北門につきますから」
 もう少し、眠って下さい。
 きなこの柔らかな声が耳朶を打つ。

 終わったのだ。
 美散のまぶたが重くなる。
 もう、百樹の森で、魔犬の遠吠えがすることは、ない。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 リベリスタの皆さん、お疲れ様でした。
 
 MVPは、美散さんへ。
 美散さんの魔犬への執着がドラマを生んだので。
 あそこでケルベロスに呼びかけていなければ。
 ろくでもないことになっていたかもしれません。

 ここまで来たら、田奈の言うことはこれだけです。
 これで、魔犬の話はおしまいです。
 ゆっくり休んで、次のお仕事がんばって下さいね。