● 身も蓋もなく事実だけを述べれば、その日、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は至極暇だった。 幾らアークの誇る『万華鏡(カレイド・システム)』が存在するとしても、フォーチュナが端末を介せばすぐにはい見えた、という訳にはいかない。 天性の才を持つフォーチュナ、万華鏡の開発者である父と共に紛う事なき天才と評される真白イヴならまた別なのかも知れないが、彼はそこまで非凡ではなかった。 つまり繰り返すが、暇だった。 誰か他のフォーチュナに構って貰おうかと顔を上げる。 言語センスが常人と一線を画する黒猫の彼は本日はライブらしく不在だ。どこぞの諜報員の如き黒服姿もテレビの特番が入ったと言って来ていない。そういえば車椅子を動かす音も今日は聞こえなかった。 メカメカしい彼は先程ブリーフィングルームに消えたばかり。何を見たのかは分からないが、これから適宜リベリスタに仕事を割り振っていくのだろう。包帯を巻いた彼は若干苦い表情をしている。またロクでもないものでも見たのだろうか。あの状況で近付くと『手が空いているなら丁度良かった』と要らんものを渡されかねない。目を合わすな。 見回す。 他にも知った顔はいなくもないが、真面目に仕事に励んでいる相手や十以上も下の相手に暇だから遊んで下さいというのもさすがに大人としての良識が留めた。良かった良識残ってて。 仕方がないので最近の案件を見返すべく書類を手に。 そういえば、と思う。 戦闘に出るリベリスタとは、本部では顔を合わせるが他の事は知らない。 勿論、三高平市内であれば会う事もあるのだが、基本的には本部内で参照する書類や、伝え聞く噂で人となりを判断するだけだ。しかし、もう少し性格や傾向を知っていれば依頼を割り振る際にももっと効率よくできるのではないだろうか。 つまりリベリスタの事をもっと知れば、仕事の能率が上がる。 気がする。 人はそれを屁理屈と言う。 が、暇なギロチンの脳内理論に突っ込む程に暇な相手は本日ここにいなかった。 「あれ? 断頭台さん、どちらに?」 「あ、今日ぼく早引けでお願いします、良い天気ですしねそれじゃあ」 「まだ朝の九時――」 真面目な女子大生フォーチュナの声を心苦しくも途中で切って扉を閉めて、考える。 さて、リベリスタはどこにいるだろう? |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月30日(月)22:13 |
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●アーク本部内 扉を出て一秒というか扉の内部も本部だ。 アークのリベリスタならば休日も本部に居る人間は存在するに違いない。 そんな単純な思考で動き始めたギロチンの前に、早速一人。 「……ん、あれ。フォーチュナが外出てるって珍しいわね。おはよう」 データベース用のパソコン前で椅子を引くアンナだ。 「おはようございます。やだなあ、フォーチュナだって外ほっつき歩いたりしますっ!?」 「――ごきげんよう、こんな時間にサボりかしら?」 近寄ろうとしたギロチンの背後から急襲。涼やかな声は名を表す。 椅子の背を掴んで難を逃れギロチンが振り向いた先には、氷璃の姿。 「いえ、サボりじゃ……と、氷璃さんは何のご用で?」 「私? 私は今から沙織とお茶を飲みに行く予定よ」 予定にしても室長が本部に呼ぶなんて珍しい、とギロチンが首を傾げれば、氷璃も首を傾げる。 「いえ。アポ無しの気紛れだもの。忙しそうなら居座って此処でお茶を飲むわ」 同じ時を過ごせるならばそれで良い。幼子の姿をした唇から語られるのは、年月を重ねた大人の余裕。 時間を確認し、また、と呟いた氷璃は、沙織の部屋へ向けて歩いていく。 「あ、すみません。アンナさんは本日は?」 「私? 私はデータベース読みに来た」 パソコンを指差し、今後の自らの予定を定める為にも実際にデータを見た方が分かり易いから、と語るアンナにギロチンが瞬けば、彼女は少し気まずそうに目を逸らす。 「べ、別に無理してる訳じゃないわよ。今日だって起きて朝ご飯たべて一時間ゲームして一時間勉強してからこっちに来たわけだし」 「この朝の時点でそんな余裕があるって平日並みスケジュールじゃないですか。午後に予定でも?」 「いや、今日は誰からも誘われてないし……別に良いじゃないか休日やることなくたって……」 ずずーん。 地雷踏んだ。 来たばかりだというウィンヘヴンに受付を案内し、別の場所に移ろうとしたギロチンがふと顔を上げた、そこに。 【天井】。非。) 「うあ」 なんか変な声出た。天井にへばりついていたのはまおだ。 大丈夫、可愛い可愛い幼女様ですよ。くちもとくもだけど。 視線の先にはやもり。が、いるらしい。ギロチンに気付いているのかは不明。 もそもそもそ。やもりを追って動くまおを頭上に残したまま、視線はトレーニングルームへ。 リベリスタの戦闘訓練の為に、完成を目指して日々システム等の試行錯誤を繰り返しているそこでお子様に優しくない言葉を叫びながら基礎訓練を行っているのは……あ、とりあえずチェインライトニングの人だ。もとい杏だ。 「アタシが! わらわらで! 一番! 戦えるのに!」 ターゲット内に混じったフェイク、想い人の姿は的確に避けて杏は一撃を見舞う。 もっと出るといいね、わらわら依頼。 その隣の防音防弾の部屋のモニターを見れば、エーデルワイスが的を撃ち抜いている。 『アハハハハッハはっハハハハハハハハハハは八ハハハhh!?!?!?』 聞こえてくる声は大変楽しそうだが、矢張りお子様の教育にはあまり良くなさそうであった。 依頼の恨み言やら何故か沙織へのパイ投げ願望も口にしながら、彼女は撃ちまくっている。 何かモニター越しに見られた気がするので、ささっと目を逸らす。 「あ」 やもりを見送ったらしいまおが、いつの間にか目の前にいて、ぺこりと頭を下げた。 礼儀正しい。けどまた天井に戻ってった。好きなのだろうか天井。 それを見送った直後。 「もし……もし……」 「うあ」 また変な声出た。囁く様なかそけき声にギロチンが振り向けば、リンシードの姿。 「あ、気付いてくれました……」 「いえまあ視界に入らなかったのはぼくが上見てたせいだとしても、全く気配も足音も感じなかったのはどういう事で」 「よく、言われます……人形みたいで、存在が希薄だって……」 「存在じゃなくてなんかこう、もう少し直接的な理由がありそうなんですけどね」 具体的には非戦スキルとか。だが等の本人は特に気にしていない様子だ。 何をしていたか問われればぼうっとしていた、と答えるリンシード。一日そうして過ごすのだろうか、とか考えつつ手を振るギロチンに、彼女は青い目を向ける。 「あ、断頭台さん……私の、力が必要なら……いつでも、呼んで下さいね……」 それはもちろん。 ●街中A 本部から出れば、モニターで見たのと変わらない良い天気だ。 さて、と歩き出したギロチンの視線の先で、電柱にぶつかる一人の少女。 「痛いよっ!?」 すぱぁんっ、と地図を叩き付けて(地図にとっては)理不尽であろう文句を言い始めた少女――明は、ギロチンに気付いた。 「うわ、ちょ、見られッ……? もしかしてアークの人?」 「ああはいはい。新人リベリスタさんですかね、こんにちはアーク職員です一応」 「よ、良かった、アークの場所、って……?」 「ここのビルの地下ですよ。街の中心のビルに来るのに迷うって中々の方向センスですね」 「うう、方向音痴なりに頑張ってはいるんだよ?」 ほら、と明が掲げたのは猫様との遭遇場所や、蟻の巣発見場所。 外見から小学生辺りだと思ったギロチンはうんうんと頷いている。平和だ。後で個人情報確認して遠い目になるけど。 「ありがとうアークの人! お仕事で会ったらよろしくね!」 「はいはい。ぼくはギロチンですよ、覚えて下さいね」 鮫島のババア。 指定曜日外にゴミを出せばすっ飛んできて収集所前のプラ板を叩き説教し、二人乗りを見たら箒を突き出して止め、歩き煙草には花壇用の水をぶっ掛ける。 つまりたまにいる町内の名物ババアである。 さかさかと昔ながらの竹箒で掃除をするジョーズ子を、ギロチンは影からそっと見た。 いやなんか、正面から見たら怒られそうだから。 が、ジョーズ子の目は誤魔化せない。 「なんだい! なんだい! そこのアンタ! 何見てるんだい!! いやらしい目で見るなんて承知しないよ!!」 「や、いやらしい目では見てないですが失礼します」 全力ダッシュ。休日でも彼女は変わらない。 息切れしながら迷い込んだ路地で、ふと空き地を見る。 と。 「マジカルブラック、ちぇーんじっ!」 そんな掛け声と共に回転している礼子が目に入った。 「暗黒魔法少女ブラック☆レインちゃん、推☆参!」 ぴっ、とピースを決める礼子。が、すぐにしげしげと自分の腕を見る。 「うーむ……決めポーズ、ただのピースでは物足りないような気がするのぅ」 「裏ピース二つクロス……だとどこぞの決めポーズと被りますか。あれですあれ、女子高生とかがプリクラ取る時とかにやってるピース目の近くに当ててるやつとかどうでしょう」 「おぉ、なるほど、次からはそれで……って、お主、いつのまにいたのじゃあああー!?」 「え、回転してる辺りから」 がくがく揺さぶられつつ薄っぺらい笑顔でギロチンが言えば、礼子の笑みが凄絶に。 「ギロチンよ……秘密じゃよ……もし約束を破ったら、ブラックレインちゃんが成敗しにくるのじゃ……物理的に」 「それ世間的にバラしたら殴るかんなお前って事ですよね」 そうです。 執拗に三回ほど指切りをした後は、漸く街中付近へ。 途中のスーパーで昼前のセールに並ぶ行列にはリーゼロットの姿があった。 姿格好だけを見れば真面目なお嬢様と言った風情の彼女だが、生活はギリギリ。 となれば激安スーパーで日々の糧を得るしかない。 いざ――! と人の波に飲まれていく彼女はそれ以上追えなかった(物理的に)。 ●学校&街中B 三高平市内の学校といえば、大学付属の一貫校。 未だ就学期間の年少リベリスタも多いアークならば、ここにも人がいるに違いない。 生徒だけではなく、教師陣にもリベリスタは存在するのだ。そう、保険医として勤める凛子の様に。 未だアークに来て日が浅くも真面目な様子が見て取れる凛子を考えれば、規則正しく几帳面な勤務態度である事は容易に想像が付こう。平日ならば見られたであろうが、残念である。 そんな資料を捲りながら校舎付近を歩くギロチンの耳に、シャウトが届いた。 「デストローーーーーイ!!」 パンクかメタルか。そんな叫びに音楽室を覗き込めば、バンド練習中の舞姫と終、京子の姿。 「ひゃっはー☆ 相変わらず舞りゅんってばクレイジー☆」 ケラケラ笑いながらドラムスティックを回す終の言葉を褒め言葉と受け取ったのか、舞姫はびっと親指を立てる。 スネアを叩いたのを最後に止まる演奏。 演奏についていくのが精一杯でふう、と息を吐いた京子に、舞姫が笑った。 「京子さん、いい音ですね」 「うん、使い方はこのギターを持ってた人が教えてくれるから」 「いえいえ。それは京子さんの、京子さんだけのメロディだよ。わたしは、それが大好きです」 「……そうですか」 言葉に笑んだ京子だったが、すぐに思い出したように向き直る。 「戦場ヶ原先輩、最初から思っていたんですが歌詞にデストローイとかクラッシャァァーとかメルクリィィィとかおかしくないですか?」 「え、わたしのシャウトに不満があると!?」 「音楽性の違いからバンドが解散することも辞さないですよ!」 「クレイジーすぎて凡人のオレ等には理解できません♪」 「むきー、終くんまで! ええい、終くんのサプライズ卒業ライブなんですから、本気で行くんですよ!」 「……え?」 ぎぎぎと歯噛みした舞姫が口走った一言に、終の顔が一瞬呆気にとられた。 が、すぐにそれは苦笑に変わる。 「……あんなぶっ飛んだ歌詞で卒業ライブなんてやったら。一生忘れられない黒歴史になっちゃうじゃん」 その笑みが照れ隠しなのを知るのは、彼自身。 青春の光景を後にして学校を出て、公園方面へ。 流れる演歌に視線を向けた先の駐車場で見掛けたのは、愛車を洗う御龍。 所謂デコトラと呼ばれるそれは、龍や虎、様々なメッキパーツで彩られ、絢爛豪華というのが相応しい。 鼻歌を歌いながらワックスでパーツを磨く御龍を通り過ぎ――ようとした所で、ギロチンの足が止まった。 「各員に告ぐ。こちらコードネーム『K-UMA』。十三代目を発見、ただちに護衛任務につく」 壁に張り付いている不審人物――もとい成銀。 探偵? いえいえ。単なるストーカーです。もとい護衛です。ほんとですよ。 「……あかん、悪寒がすんなぁ……」 視線の先には椿。何の因果か彼らの組長にと目されているごく普通な気がする暗黒面のフォースも持つ女子大生。 「こちら『B-UTA』十三代目は順調にお散歩中です」 ひそひそと携帯電話に向けて話し掛けるのは、一見ごく普通の中学生女子。 「あっ。十三代目の進路に小石が」 「いちいち報告するな、早くライフルで消し飛ばしてしまえ」 過保護を通り過ぎて、この人たち組長の為なら地球(普通にちきゅうと読む)も滅ぼせるとか言い出すんじゃないかという勢いである。 が、それもお年寄りの荷物を拾った椿のチラり目当てで飛び出した成銀があっさり補足されて終わる。 「……で? そこで何しとるんや、成銀さん?」 椿のいい笑顔。人気が失せたのを確認して突きつけられる銃口。 「ああ、あの姿も麗しく……!」 成銀は放置して自分の世界に入る良子。繋ぐ手、寄り添う体、触れる唇。 そんな椿と己を想像して路上で悶える良子の肩をぽん、と叩く制服姿。 椿お得意の呪縛で身動きを奪われた成銀ごと引きずられて行き、退場。 いつもの光景。なのだろう。多分。 「……なんや、事務所行く前からどっと疲れたわ……」 大丈夫、一番疲れそうな二人がしばらく帰ってこないだろうから。 「サア、オイカケッコヲハジメマショウ。家マデ逃ゲラレタラ許シテアゲル。逃ゲラレナカッタラ、ツマラナイカラ奢ッテチョウダイ」 そんな事を口走りながら追いかけてくるリュミエールに飴を献上し、もっとイイもんヨコせと言われるのを何とかやり過ごして駅前に。 眼鏡屋のガラス越しに見えるのは赤髪の二人。朱子と火車。 戦場となれば己の身も省みぬ勇猛果敢なカップルだが、休日に街を歩く姿は何ら変哲のない高校生のそれ。 「朱子は普段とか出掛け用とか、どういうんかけてんのよ?」 「私は四つ……持ってるよ。壊れてもいい仕事用と……普段用と、予備と、予備の予備」 その内に予備の予備の予備とかが出てきそうなラインナップだ。次いでどんな眼鏡が良いか尋ねる火車に、朱子は形状記憶フレームや薄型レンズを示しながら説明した。とは言え、火車の目が悪くもなく、伊達眼鏡をする柄でもないというのは朱子が一番良く知っている。 ちらちらと視線を向ける朱子に観念したのか、少しそっぽを向きながらどれが良いか聞く火車に、はにかんだ笑顔で彼女は選んで、と返した。 「ふむ。……んじゃコレ」 火車が朱子の顔に掛けたのは、薄めの緑のフレーム。 「誕生日プレゼント、って事で」 「……プレゼント貰うのなんて……何年ぶりだろう。……すごく、嬉しい」 腕にぎゅっと抱きついて微笑む朱子の頭を、火車は軽く叩いてレジへ向かう。 余談だが、彼らに限らず無茶をしがちなリベリスタの情報と言うのは知らずに入ってきたりするものである。特に誰彼構わず喧しく会話をしにいくギロチンの場合は特に。 つまり。 「あ、もしもし救護班ですか。マリー・ゴールドさんって……ああ、強制休養中。なら抜け出してる様子なので確保お願いします、駅前広場付近です」 さっと目を逸らしたマリーの姿が消える前にそんな連絡を入れたりもする。 よしいい事した。 並びには、日用品や家具などの店。 休日であるが故に路上に棚を出して人を呼び込む携帯ショップの店員に、プレインフェザーが難しい表情で話し掛けていた。 「えっと、電話さえできりゃどうでもイイんだけど……その、難しい機械はちょっとダメでさ」 言葉だけ聞けば老人のようだが、彼女はれっきとした十五歳である。 けれど苦手なものは苦手なのだ。 苦手と言っても年齢的にそこまでではないだろう、と考えた店員がまず薦めたのはスマートフォン。 「へぇ、画面に触れば動くのか? そりゃラクじゃん……って何コレ、ドコで電話かけんの?」 この言葉で難易度ランクが数段飛びで下げられた。 次に薦められたのはらくらく電話が掛けられるというアレだ。 お年寄り向け、という言葉に少々考えつつも、分かり易いなら、と手に取ったプレインフェザー。 が、受け取る際にサイドボタンを押したのか、覗き込んだ彼女が見たのは目の前の風景を映し出す画面。つまりカメラ機能。 「いや、だからあたしは電話だけでイイんだって……」 そう告げる彼女が携帯取得を諦めるまで、後三十秒。 少し奥まったパソコン専門店では、綺沙羅がやはり難しい顔で頭上を眺めていた。 「PC専門店だからってなめてた」 呟く彼女の視線の先には、可愛らしいUSB。年齢には見合わない思考を持つ彼女だが、それはそれとして可愛いものは好きだ。 だが、届かない。求める物は頭上遥か遠く。背伸びしても届かない。付近に脚立はない。 しかし、渡りに船。 「ちょっとそこの暇そうなフォーチュナ、その無駄に高い身長を生かしてあれとって」 「え、あ、はい。これですか。この可愛いので良いんです?」 「余計な事言わなくていいから」 頷きつつ、目標をゲットして満足の綺沙羅。 本来の目的が食料であった事などは、既に忘却の彼方である。 程々に距離を取り、リベリスタ観察を続けるギロチンを見詰める影、一つ、二つ。 『E(エコー)よりS(シーエアラ)へ、マトは依然2.3アカシヤ/hを超える舌勢を保ったままHolidayの各員を曲襲中。あの口の止まらなさは凄いわね、喉渇かないのかしら?』 謎の暗号が入り混じる連絡。 きらりと眼鏡を輝かせ、帽子を被って路地裏から覗くのはエナーシア。 『きゃー! エナーシアさん素敵ー!』 反応を返したのは、指を組んだ桜。 説明しよう。 彼女らは勝手にふらふら外出したフォーチュナ、断頭台ギロチンの動向を探る為に使わされたエージェントなのだ! こちらは良子や成銀と違ってプロの仕事である。流石。仕事早えなアークの某フォーチュナ。 「……あら?」 二人の後方では、ダーツバーに向かう気であったのにパン屋に辿り着いた翠華が尻尾を垂らしていた。 ●公園 三高平公園に響くのは、力強い歌声。 イベントごとに使われるステージの上で、本日主役を張るのはセッツァーだ。 声(うた)は希望の一つであると信じる彼にとって、公園であろうがホールであろうが変わりはない。 座って彼の声を聞く観客すらいなくて構わない。 流れる声で、誰かの希望となりえたらそれで良い。 彼の声を遠くに近くに聞きながら、休日の公園はそれなりに賑わっていた。 「えい、えい! ……むっ、確か、断頭台さん?」 「はいはい、皆さんのお口の恋人断頭台・ギロチンですよ。熱心ですね」 「こ、ここでバットの素振りしてたのはどうか内密にお願いするの……!」 ぎゅっとバットを握り締めて口の前に指を立てたのはルーメリア。 ギロチンが首を傾げれば、彼女はぶんぶん腕を振って熱弁する。 「お嬢様が野球の練習熱心にやってた、なんて変でしょ! おしとやかなお嬢様っぽくないの!」 「あ、お嬢様だったんですか」 「え、初めて知った? そういえばルメも断頭台さんと話すの初めてなの。……そうだ、地獄の1000本ノック受けてかない?」 「速やかに遠慮します」 さも良い案、とばかりにグローブを押し付けるルミエールをギロチン即効拒否。 「あ、逃げた! しかも意外と速い!?」 逃走は案外得意なフォーチュナ二十六歳。 茂みを利用して逃げ切った先では、アラストールが素振りをしていた。 ああ凄い、残像が見える。 横を燕が走っていった。恐らくはアラストールと同じく体力づくりの一環であろう。 すすっ、と寄って来た姿は、どこぞの病院から抜け出してきたかの如き怪我人。 大丈夫ですか、と問う前に開かれたのは怪我人の唇。 「はじめまして、ギロチン様。わたくし覚醒したばかりのリベリスタ、甘咬湊と申します。だーくないと、と言うやつらしいです。これからギロチン様や皆様のお手伝いを一生懸命させていただきます。それではそろそろ病院に戻る時間ですので失礼します」 「あ、はい初めま……早っ!?」 怪我人改め湊は一礼をして去って行った。ギロチンに口を挟ませないとはやるなだーくないと。 松葉杖を付きながら存外しっかりとした足取りで消えていく湊を見送った先、ロッテがベンチにハンカチを敷いて食い入るように公園を行く人々を眺めている。 「王子様……わたしの王子様はどこですかぁ!」 小声で呟きながら行きかう人を眺める彼女の目が、唐突に輝きを帯びた。 「こ、これはA5ランクなのです! 王子様、ぁ?」 両手を組んで立ち上がりかけたロッテの表情が、また唐突に曇る。 件の王子様の隣には、女性がいた。 「……女、連れ……だと。ユルサナイ、乙女心を弄んでッ……!」 誰も弄んでなどいないという突っ込みはこの場合は無粋だろう。怖いし。 「ゆけ、にゃん様!!」 ファミリアーでにゃんこを操っても、所詮はにくきゅうぱんち。 平和なカップルの休日の午後の演出にしかならない事に気付いた彼女は肩を落とす。 「やっぱり、わたしの王子様は千堂だけなのです……」 その人選もどうかと思うな。イケメンだけど。 ばさばさ、と鳩が舞い降りる音に三郎太は顔を上げた。 辛い記憶を押し込める為に、休日訪れる公園。 守りたいという思いが仇となった。共に長らく居たいが為の思いが仇になった。 一人で考えていても埒が明かない。誰かと思いを共有したい。 ぐるぐるした感情を抱えながら過ごす彼の視線の先には、鳩の止まり木状態になったエリス。 無表情でかくり、と首を傾げた彼女に三郎太が瞬いた瞬間、上から何かが落ちてきた。 「……スナック?」 「ああ、すまない」 見上げれば、枝の上から一人の青年――クレイグが覗き込んでくる。 手にした歴史小説をぱたんと閉じ、炭酸の方じゃなくて良かった、と笑った。 この周辺に群がる鳩は、エリスの撒くパンだけではなく、彼がこぼすスナックも目当てであったのだろう。 にゃあ、とエリスの傍に寄って来た猫を見て、一斉に鳩が羽ばたく。 空に舞う鳩を見上げ、クレイグは眩しそうに目を細めた。 「はぁ……ねこかわいいにゃんこかわいい」 青空に散る鳥をバックに、芝生に肘をついて猫を眺めるのはエレオノーラ。 よくしつこく言われているが、外見に反して相応の年月を過ごしている彼にとっては既に現状は余生に足を踏み入れたような状態である。つまりほぼ毎日が日曜日。 視線を合わせて無言のコミュニケーション。警戒を解いて触らせてくれるまでお触りはなし。 メスも避けよ。何故ならエレオノーラは紳士だからである。 「色々とルールがあるもんなんですねえ」 「全ては愛の為よ」 同じ姿勢で眺めるギロチンに深く頷く。正義とか悪は信じないがもふもふは正義。二律背反こそ人間だ。 と、そんなギロチンが視線をずらした先に、黒い猫。 「にゃー。クロちゃんもうお散歩は飽きたんですかにゃー? それともお腹すいたかにゃ?」 見つめ合う形になって硬直していた黒猫の後ろから、朽葉が顔を出してやはり硬直した。 クール系びしょうじょで売る、売ってはいないがそんな感じで過ごす彼女にはキャラ崩壊の危機である。 「……ギロチンさん、そこの売店でホットクレープとかどうです奢りますよ」 「あ、いえ、大丈夫です。何も見てませんし聞いてませんよぼく」 フォローにならないフォローをかましたギロチンの視線の先、黒猫が慰めるように朽葉の足に擦り寄った。 ――何時の頃からだろう。仕事と錬金術の研究以外に時間を取らなくなったのは。そうしなければならない、大切な理由があったはずなのだが思い出せない。これも歳のせいだろうか。思えば髭も白く染まってしまった。老いすら楽しむのが英国紳士、だが自分は仏蘭西紳士である。老いを楽しむ気はあるが、齢四十でこれは少々早くはなかろうか。いっそ革醒時に加齢が停止していればまた違ったのだろうか。仮定は仮定で詮無い事ではあるのだが、加齢が止まったとして結局自分は移ろわざるにはいられないのだろうか。実に深遠なテーマである、興味深い。移ろい行くのが人ならば、移ろわぬ存在は何なのか――。 そして猫と戯れる一団の隣にはヴァルテッラ。 が、ベンチで足を組み手の甲に顎を乗せた状態で微動だにせず座っている。 「……所でヴァルテッラさん、先程から動いてないんですけど、何か考えてらっしゃるんですかね」 「年寄りはね、色々あるのよ」 神秘探求は大変です。 そんな面子の後ろ、狩人仕様フル装備のアラストールが公園を出て行った。 ●喧騒から離れ1 国際色豊かであるのに加え、自身の存在や境遇ゆえに無神論者、もっと激しく神仏嫌いの者も少なくはないリベリスタだが、神社はきちんと存在する。 誘い合わせて訪れたのは、霧香と宗一。 階段を登り、二人並んで手を合わせる。少年は更なる強さを、少女はそんな少年の無事を。 願いが終われば、霧香がそっとお守りを差し出した。 「これ、貰って欲しいの」 「お守り……? 何だってこんなものを?」 首を傾げる宗一に、霧香は憂い気な視線を送る。 「宗一君が無事で居てくれるようにって、作ったんだよ。宗一君、怪我も治らない内から、危険な任務にばかり行って……心配だから」 強さを求めるが故に戦場を渡り歩く少年の、せめてもの守りになるようにと。 言葉を聞いた宗一は表情を緩めた。 「そうか……。サンキュ、霧香。大事にする」 「うん……、ありがとう」 今しがた上げた祈りよりも、きっとそれは強く効く筈だから。 落ち着いた風情の二人とは対照的に――片方が対照的に賑やかに歩いているのは夏栖斗とこじりだ。 「こじりさん受験だしね、がくぎょーじょーずっ!」 「……私、神様に頼み事なんてしたくないのだけれど」 噛んだと顔をしかめる彼氏の隣で、息を吐きながらクールな台詞。 が、視線が歩いてきたギロチンを見つけた瞬間、こじりは繋いでいた手を引き抜いた。 「よ、ギロちん、いいデートびよ……り?」 「あなたみたいな人でも参拝するのね」 隣で夏栖斗がいきなり消えた掌の温もりに視線を左右させたりしていた。デレは彼氏オンリー。手繋ぎ現場など見せないこじりさんの徹底。 「やだなあ、フォーチュナだって神様信じたりしますよ。自分じゃどうにもできませんから余計にねえ。いつも通り仲が良さそうで何よりです」 「まあね。行くわよ、御厨くん」 「あ、うん!」 手を振った二人はお守りが並べられた一角へと向かう。 ギロチンの姿が見えなくなった後、手を繋ぎ直したのはこじりから。 「こじりさんこじりさん、学業成就に恋愛じょーじゅに安産祈願、健康祈願と商売繁盛のお守り貰ってきたよ!」 「恋愛成就……、……何故私が御厨くん以外の子を好いているのを知ってるの?」 「え?! まじで?! うそ! 冗談でしょ?」 巫女にデレていた彼氏への仕返しもいつもの事。 デレつつも夏栖斗が巫女に願っていたのはこじりの事だというのも、またいつもの事。 神社からの通り道、ひっそりとある店を覗き込めばそこにはモルグッズが所狭しと並んでいた。 「仕事場を見せるのは初かな?」 「……本当に、見渡す限りモルのグッズなんだな」 裏で髪を結び仕事着に着替えながら尋ねる木蓮に、龍治は感心した様子で店内を見回す。 出てきた木蓮の姿がいつもと違って新鮮だったとかそんなのは表情の奥に押し殺した。 色々気を遣うんだぜ、と話す彼女に口をついて出たのは、手伝うか、という言葉。 「えっ、手伝ってくれるのか!? じゃあ、えっと、これエプロンな!」 「エプロン……」 想定外の服で気恥ずかしくはあるが、言った手前男としては撤回できない。 覚悟を決めて在庫のダンボールを奥から運び出す龍治に、木蓮はご満悦。 「へへー、龍治が居てくれて助かったぜ♪」 にこにこ笑う彼女がまた来てくれるかと尋ねれば、こんな一日も悪くはないと彼は答えるのだろう。 同じ並びに存在するのは古本屋。 風情のある佇まいに誘い込まれた辜月は、ラインナップに少々首を傾げていた。 「……なんか怪しい本も多いけど、ここでは当たり前なのかな……」 色んな人がいます、三高平市。 「……なんかアークで見たことのある人のBL本……誰が売ったんだろう……」 多分コズミックなんちゃらの流れ物だと思われます。 とはいえそんなものは蔵書の一部。気になる本は次から次に。 「あ、こっちの本も面白そう」 古本屋は魔のスポット。 きっと辜月は、これから日が暮れるまで古い本の香りとページの捲れる音と共に過ごすのだろう。 通りを戻り、学校前の駄菓子屋。 休日ではあるが、いや、休日だからこそそこには昼前から子供の姿が――イーリスを含めた子供の姿がある。 「じんせいさいだいのなんかんなのです」 あめは大きいのが引ける、がむはあたりがおおい、ちょこは家ではっけんした。 でりしゃすすてぃっくは他と同じねだんでボリュームたっぷり。かつ太郎さんは最強だけどおたかい。カードガチャを二回引くとお金が足りない。 そんな彼女の選択は――。 「けついしたのです! カードガチャを引いて、ちょこを、いえで、たべるのです!」 かしこいぞイーリス! せつやくだイーリス! 覚悟を決めてカードを引いたイーリスの手に輝いたのは、キラカード。 「今日は、ついているのです! いそいで、家に帰って、ちょこたべるのです!」 子供は落ち着きがない。というと子供に失礼か。 羨望のまなざしを周囲の子供から受けながら、イーリスはダッシュで帰路に着いた。 「……イーリスさん来年高校生だった気がするんですけど。気のせいでしたかね」 当然、ギロチンに気付くはずもない。 幽鬼の如き七海が現れたのは、そんな時。 「あっ、ギロチンさん、おはようございます」 「おはようござ……、……七海さん、顔色悪くないですか」 「ついテンションが上がって、三徹目でして……。今日はコーポの活動もあるので、とりあえずご飯を食べていこうかと」 とりあえず寝ろよ。と思えど、本人が動く気なのだから仕方ない。 昼ご飯をジャンクフードで誤魔化すか、某バランスの人も訪れた有名食堂に行こうか悩んでいるという話をしながら道を歩く。 顔色の割に足取りはしっかりしている、のだが――。 「では、食堂で食べられそうなものを胃に入れてきますね」 「それが良い――あ」 前方不注意。ガムを踏んだ。 ●街中C 公園の北側に佇む煉瓦造りの建物。それが珈琲館「あかつき」だ。 リベリスタが経営する喫茶店の一つ、という事で覗いたギロチンに微笑んだのはカイ。 珈琲館を名乗るだけあって、自家焙煎のオリジナルブレンド、そして手製のスイーツが売り。 「今は二月のバレンタインデーに向けてチョコスイーツを販売中なんですよ」 カイが示すのは、チョコムースにフォンダンショコラ、ガトーショコラなどの数々。 家で作るには少々手間のかかるもの。 「ギロチンさん、プレゼントに如何です?」 「あっはっは、残念ながらぼく送る人今年いないんで」 と、言いつつ口にしたガトーショコラは程好い甘さ。 リベリスタには多芸な人が多い。 思いながら店を出たギロチンの目に入ったのは、無表情で疾走中のうさぎ。 「あっ断頭台さんだー。すいませんちょっと助けて下さい」 「はいはい?」 さっ、と素早く背後に隠れたうさぎに理由を聞く間もなく、憤怒の表情で風斗が駆けて来た。 「うーーーーさーーーーぎーーーーーっっっ!! 待たんかあああああっっ!!! ……はっ!?」 「ぐへへ、さあこれどうです! 真面目白黒の貴方には万一でもアークの貴重なフォーチュナを傷つける様な真似は出来ないでしょう!?」 「あっぼく肉壁ですか、うさぎさんなんて外道」 「くっ、フォーチュナを盾にするとは、リベリスタの風上にもおけんやつ……っ」 ギリギリと歯噛みする風斗。熱い。 とりあえず理由を聞いたギロチンにうさぎが見ます? と懐から写真を取り出そうとした瞬間。 「殺ァッ!!」 「ひでぶっ!?」 なんか盛大にうさぎが吹っ飛んでいった。お兄さん裏拳突っ込みましたよこのメッシュ。 「まったく、油断も隙も無い……あ、どうも断頭台さん、お騒がせしました」 「ああいえ、何か何もしてないですけどお疲れ様です」 ぎゅう、と呻きを漏らし昏倒したうさぎを小脇に、見てないですよね、と念を押す風斗。 大丈夫、鼻パスタの写真なんて見てないよ、多分。 静かになった道の傍らでは、禍津が愛車の『討魔』を洗っていた。 公園を抜けた先、中心街には様々な施設が並んでいる。 休日でもあり、人の姿は多かった。 「昼前からビールと一緒に食う贅沢は中々無いもんだ」 リベリスタが多国籍であるが故に、料理の店もまた幅が広い。 ヴァイスヴルストの皮を剥き、ザワークラウトをツマミにディートリッヒはビールを飲む。 日本では故郷の味は無理だろう、と思っていた彼にとっては嬉しい誤算である。 メニューには懐かしい文字が並ぶ。さあ、まだ休日はこれからだ。のんびり過ごそう。 「アッハァ! 日曜? 関係ないねェ! アタシは毎日がホリディさ!」 そんな彼とは対照的に、笑いながら琥珀の液体を煽るキャロライン。 大量の酒が詰まったビニール袋を傍らに、『昼からやってます』の看板を下げた店で一休み。 ご機嫌な様子でもう一杯をねだる彼女は、いつも通り出来上がっていた。 ファーストフード店をふらふらと歩き回っているのはユウ。 もしゅもしゅと牛丼を頬張る姿は心底幸せそうである。 「んー、コレステーロリィー♪ これ絶対からだに悪いですよねー」 つゆだくでもなくねぎだくでもなく。彼女にとってアツいのは卵だく。つまり卵どっぷり。 体に悪いと言いつつも、箸を動かす手を止めはしない。 「あ、ギロチンさん! もとい、ギロちんさん!」 「はーい?」 外を通りがかったギロチンに器を上げる。 「いかがですか、一杯。奢っちゃいますよ」 「あ、本当ですか。やったー」 未成年でなければ割と平気で釣られるフォーチュナである。 「けどユウさん、そんなに牛丼好きなんですか?」 「いえいえ。何でも好きですよ。ただ牛丼屋さんが楽しいのは珍しいのもあるんですが……」 ユウは客の一人を示す。 「あそこのおじさん、今日はスロット負けちゃったみたいですねえ。そゆ時は七味も山盛りなんですよね」 「人を見るのが好きなんですか?」 「ふふ、さて、どうでしょー」 紅しょうがを噛むユウの笑顔は、ひどく楽しげだ。 そんな中でも、ファッションを扱う通りはやはり一番の賑わいを見せる。 「お嬢様っ、遅れまして申し訳ありませんわ……」 「ううん、私も今来たところです……あ、私、この間、可愛いワンピースを見つけたんですよ♪」 平日も休日も変わらず仲が良い主従、アリスとミルフィもここで待ち合わせをした一組。 ふんわりとしたレースとフリルを各所にちりばめたアリスの服装に微笑んだミルフィは、彼女の腕を取り歩き出す。 「みてみてミルフィ、あのワンピースです♪」 「ふふっ、お嬢様にお似合いですわよ」 まるで姉妹のように仲良く歩く二人だが、ミルフィが悪戯気に縞々のショーツを進めれば、顔を赤らめたアリスがぽかぽかと叩いて――やはり仲が良い。 その隣では、黒ストッキングを複数種類カゴにほいほい放り込んで行く明奈に、美月がわたわたしていた。 「何着揃える気なの!?」 「え、デニールで色合いが変わるし、そもそも冬は寒いから厚手とか保温効果とかさ」 黒スト至上主義としてはそれぞれ譲れない差異があるので、決して適当に突っ込んでいる訳ではないのだが、本来の目的を思い出して方向転換。そう、インナーウェアという点ではストッキングも同じだが、今日の目的はファウンデーションである。 「私はスポーツタイプの下着な、動き易さ重視!」 「うーん……折角だから可愛いのを選ぼうよ。ただ、僕は自分で買わないから余り分からないんだよね……」 「じゃあそこのギロチンさんにアドバイス貰ってみようか。ギロチンさーん、どっちが好き?」 「って白石部員!? えっ? 彼に聞くの!? ちょっ! 見るからに男性だよ!?」 「あー、単体で言うならぼくは可愛い方が好きですけどねえ」 「えっ!? 普通に答えるの!?」 感嘆符の多い人生を生きています。 「てか部長、自分で買わないってそれでいいの?」 「あ、僕、下着は専門店からの取り寄せで……何か、市販のじゃ入らないんだよね……」 「「あー」」 二人がハモった。そうですよね。 そんな場所に訪れたのは瑠琵。 「おまわりさんこのひとです」 何がこの人なのか良く分からないが、幼女の姿でそんな事をのたまう悪戯も出会い頭の『可愛いもの』なのだ。彼女には。 「んで、ギロッチは今日もぼっちかぇ? それともバレンタイン対策にナンパかぇ?」 「クリスマスとかバレンタイン前に駆け込みで彼女作っても、大体三ヵ月もしない内に別れると思うんですよねぼく、じゃなくて、今日はリベリスタの皆さんの休日を観察しに来たんですよ」 「ふむふむ。丁度良い暇潰しが見付かったのじゃ♪(では、わらわも協力してやろう)」 「瑠琵さん、本音と建前が逆……ああいえ、間違いないんですかね」 宵咲一族年齢詐称勢愉快犯疑惑。 止めても聞いてくれないんですよね、と遠い目をしたギロチンの視線の先、吹き抜けを通した別のフロアでは雷音と虎鐵が仲睦まじく歩いている。 「雷音! この服なんか可愛いでござるよ!」 「ボ、ボクにかわいらしい服は似合わない。あと動きづらいのはいやだ」 折角だから、と可愛い服を薦める虎鐵に首をぶんぶん。 少女であるが可愛いのは否とはこれ如何に。 ではこれ、と別の服を薦めようとした虎鐵は、雷音の視線が着ぐるみのパジャマに固定されているのに気付く。 「いや! 違うぞ! こ、こんなパジャマだと動きにくかろうと、おもってな! 欲しくはない」 「そうでござるか? そうでござるか??」 少女であるからか、分かり易い。 後で買ってプレゼントしよう、と思う虎鐵にも、雷音からネクタイのプレゼントが待っていた。 仲良しな親子である。 「このケーキ可愛くね? 店の参考にしたいなぁ」 「あ、本当だ、可愛いね!」 白いポンチョをひらひらとはためかせながら、玲は静の隣を歩く。 これは玲からのプレゼント。静が被るベージュのキャスケットは玲からのプレゼント。 互いの贈り物を身に付けて街を歩く二人の表情は、いつだって笑顔。 似合っているかどうかなど、聞かずとも分かる。互いが互いの為に準備したものだから。顔を見れば。 「これ玲に似合いそう、試着してみろよ」 「こっちは静さんに似合いそうだよ」 手を繋いで歩けば、一日幸せな時間。 休日は少しだけ甘えてくれる恋人の笑顔に、玲は再び惚れ直すのだ。 しかし、恋人が常に甘いものとは限らない。 休憩所となっているベンチの傍、人気の少ないそこでスケキヨから目線を逸らしてルアは不貞腐れていた。原因は彼女がスケキヨの仮面に手を伸ばしたのに、拒否された事。 いつも彼の顔の半分を隠している仮面。彼女の知らない彼の顔。 恋人であるからこそ見たいと願っているのにスケキヨは見せてはくれない。 手も伸ばさず言葉も発さず、しばし歩く。スケキヨは喋らない。彼も怒っているという訳ではなく、余計な事を言ってこじれるのを防ぐ彼なりの対処法。 不安になってくるのはルアが先。ちらちらと横目で様子を窺う彼女に、スケキヨは穏やかに話し掛ける。 「ちゃんとボクの声が聞こえるようになったかな?」 「……えぅ、くっ……ごめ、んなさいっ」 頭に乗せられた温かい手。 エスカレーターの陰、堪えきれず涙を零したルアに、『仲直り』の為の話をしようとスケキヨは微笑んだ。 マフラーを巻いた拓真の掌と悠月の掌が熱を共有する。 「寒くはないか?」 「ええ、大丈夫です」 歩く人々と悠月がぶつからない様にさり気なく気を遣いながら、拓真はそう問うた。 「……それにしても」 「うん?」 しみじみと言った調子で口を開いた悠月は、穏やかな目で人々を眺める。 こんなに平和に、一緒に買い物に出掛けるなんて、まるで『普通の』日常にいる様だと。 ここの道を行く人々は、多かれ少なかれ非日常を知る人だとしても、今は。 「……こうして歩いているだけでも、楽しいものですね」 「……あぁ、そうだな、俺も楽しい」 愛おしい。愛おしいから、守りたい。 日常を、共に居る日常を。拓真の握る手が、少しだけ強くなった。 繋いだ手。それは一旦離れる。 「んじゃ、また後でな」 「うんっ……! フツの為に、とっておきのもの探してくるわねっ……」 軽く手を触れ合わせてから分かれたのは、フツとあひる。 それぞれが互いの為に、少し遅めのクリスマスプレゼントを選ぶのだ。 フツが選んだのは、もこもこのあひるフードのパジャマ。加えてあひるの足の形のスリッパ。無論もこもこ。 あひるが選んだのは、温かいマフラーと帽子。自身の目の色と同じ、青色。いつも傍らで見守っているよ、という印。 袋を提げて、待ち合わせ場所へ。 「あひるサンタからの、プレゼント……っ!」 「はいよ、フツサンタからもプレゼントだぜ」 愛しい人が、寒くないように。いつだって温かくいるように。 そう願いながら選んだプレゼントは、きっと喜んで貰えるに違いない。 けれど。 「フツからだったら、何でも幸せ……」 「オウ。俺もだ」 微笑むあひるの頬に掛かった髪を掬い、フツも笑みを返した。 幸せであれ、ああ幸せであれ。 「ギロチン。ぼっちにはキツくないかぇ、この観察」 「いえまあ、カップル自体は別にぼくいいんですけど、ここら辺のカップルって何かこう中学生の頃の純粋な心というか一緒に帰るだけでときめいたそんなノスタルジーを思い起こさせるのでそれがキツいっちゃキツいんですよね……」 瑠琵の言葉に元ヒモ男は遠い目を。汚れっちまった悲しみに。 と、目線の先に移ったのは、小さな紙片を眺めながらきょろきょろと周囲を見回すジズ。 朝方にもこんな光景を見たなあ、と声を掛ければ頬を染めてほっといて、と走り出す。 が、寒さに音を上げるよりも早く聞こえる足音。 「な、なによ、迷ってないわよ。ちょっとだけ違う方向の様子を見に行っただけよ」 「それ迷って……」 ギロチンの言葉も聞かず、またぷいっと彼女は走り出した。 「……多分また来るじゃろうな」 瑠琵の言葉通り、ジズがまた同じ場所に戻ってきたのは三分も経過しない内。 「ただで何かしてもらうと借りになっちゃうから」 結局紙片――地図を元に辿り着いた先の和菓子屋で、ジズはこれで借りはなし、といちご大福を差し出して帰っていった。 「なんですか瑠琵さん、あげませんよ」 「何を言うか。さすがにわらわとて幼子の寄越したものを奪うなんて真似はしないのじゃよ。という事で草団子と抹茶もプラスでいいのじゃ。店に入るぞ」 「あっ、さり気なく奢らせる気だというか瑠琵さん力強い強い」 ずりずりずり。 引きずられるギロチンが見詰める道路を挟んだ向かいには、ウェスティアと吾郎。 「きょ、今日はありがとうな、付き合って貰えて、嬉しいぜ」 「うん、今日は一杯楽しんで帰ろうね、吾郎さん!」 うら若い乙女――ウェスティアと一緒に過ごす休日、という事で少々照れた吾郎は噛み気味。 彼女を伴い店内を回る吾郎は、ぬいぐるみのUFOキャッチャーに目を付ける。 ウェスティアに似合いそうだな、と思って選んだ茶色の可愛いわんこ。 「そうだそのまま……ぐぁー!」 いける、と思ったが存外に難しく、後ちょっとという所でアームから滑り落ちる。 まだまだ、と挑戦する彼をちょっと可愛い、とウェスティアが思っていたのは伝わったか否か。 取れた時には思わずガッツポーズを取り、傍で拍手をする彼女に渡す。 「吾郎さんありがとっ、大事にするよ!」 ぱちぱちと目を見開いて驚いたウェスティアであったが、すぐに満面の笑顔に。 人形そのものも嬉しいが、一生懸命頑張って取ってくれたもの、というのは何にも変えがたい。 共に撮ったプリクラに書かれた文字は、『また遊びに来ようね!』 そんな彼らを、馬上から刃紅郎が見守っていたのを知っている者は誰も――。 いや、多分八割がた知っていただろう。 何故なら彼は馬に乗っていたからだ。市内で。街中で。 「今日も臣民は平和に生きている様子だな」 信号で車と文字通り轡を並べた彼は、そう満足げに頷くのであった。 ●街中D 駅前に複数点在するカフェの一つでは、瞑と計都がぐだぐだな時間を過ごしていた。 「そういやーさ、隣の芝生は青いってことわざあるじゃん? 緑じゃん! 普通緑じゃん! 青い芝生って、なにそれどこに羨ましがる要素とかあるわけ?」 「あー、隣の芝生を青く塗るバイトッスね。あたしもやったことあるけど、けっこー時給は良いッスよ。微妙な色合いを出すのが、職人芸でさー。嘘だけど」 どんな会話だ。 盛り上がってるのか盛り上がっているのかも分からないまま、ケーキを半分こする話へと。 「つか、計都、お前のケーキの方がでかくね? ちょっとうちのケーキと交換してよ!」 「イチゴが乗っかってる方はあたしのッス! ケーキの下に敷いてた銀紙やるから、黙ってこれでも舐めてろッスよ」 そして始まる仁義なき争い。取りも直さず、似た者同士で仲が良い、という事である。 ペチャパイだとかエロ脳ニートだとかの単語が飛び交うのとはまた違うカフェ。 「注文は『キャラメルラテミルクアフタヌーンエクストラカプチーノホット』で」 「……え、ええと?」 首を傾げた店員に、黒もまた首を傾げる。 おかしい。先程女子高生はその様に注文していたと思ったのだが。 「キミ、もう一度注文の仕方を教えて頂けますか?」 「あ、ええと、はい、喜んで」 「ありがとう。キミに幸あれ」 あくまでも紳士的な黒の対応に、店員がそっと緊急用ボタンから手を離したのを彼は知らない。 なんで全身タイツにネクタイなん。 席に付いて彼が読む本は『俺の彼女は魔王で同級生の幼馴染』……誰だこれ企画したの。つうか同級生の幼馴染って微妙に遠いなオイ。魔王と同列に並べるような設定なのか。 色んな突込み所を周囲に提供しながら、彼はあくまで平和に休日を過ごしている。 そんな店内の葛藤は知らず、紅茶を傍らに、レンは本に目を通していた。 読みかけの本の続きは、美味しい紅茶と共に。 静かな店内は、知らず知らず時間の経過も早く、カップに手を伸ばしたレンは既に中身がなくなったのに気付く。 「うーん、スコーンも欲しくなるな……」 お代わりを頼もうとして、ケースに並ぶ焼き菓子に目移り。 レンとはまた違う次元でカフェを楽しんでいるのは有紗。 休日は休むものである、という信条の彼女はメニューを眺め、笑顔で一言。 「ここからここまでね。それも一つや二つではない……三つずつね」 断っておくが、彼女は一人だ。それでもテーブルに所狭しと並んだ菓子類を前に、ご満悦。 「うん、これはなかなか。こっちはどうかな……うん、いいね。うん」 チーズケーキに紅茶のシフォン、クッキークリームタルトとナッツパウンドケーキ、チェリークランブルパイとプリン。 『優雅に』食事を楽しむ彼女が、若干注目を集めていたのは言うまでもない。 更に違うカフェ。 薄いピンクを基調とした明るい店内。 棚には花やぬいぐるみが飾られて、テーブルにはクリーム色のレースのテーブルクロスが掛けてある。 乙女の園といった雰囲気の店に訪れるのは、やはり女子か、彼女に連れられてきた男子のみ。 女子である櫂でも一人だと躊躇う店だ。可愛いは正義、と思う男子である鋼児は尚更だろう。 だが、今日は二人でのデート。それも初デートである。 「これにしよっか……」 「ああ、櫂の好きなようにしろよ」 ドキドキする櫂が躊躇いながらも示したのは、カップル専用ジャンボパフェ。 食べ切れたら幸せになれる、となれば恋する乙女――成就したとしても恋する乙女に変わりはない櫂にとっては頑張るしかない。 「……鋼児くん、あーん……?」 難しい表情で何かを考える恋しい人に、櫂はスプーンですくった一匙を差し出した。 少しだけ不安げなそれに、鋼児は瞬いて口を開く。 「美味しい?」 「……ん」 頷けば、花開いたように笑う櫂に、鋼児もまた僅か笑う。 「よし、んじゃ気合入れて食うか」 「うん……!」 恋人とは何か、などと考える必要はない。目の前の人が笑っていてくれるならば、それで良いと気付いたから。 リベリスタが経営する店舗、二つ目。鈴宮紅茶館『フィーリングベル』 店内では何故か、店長である慧架の膝の上にモニカが座っていた。 微妙に広がったざわめきは、細身の体に似合わぬ豊満さを誇る胸に頭を預けるモニカへの羨望か、はたまた膝の上に座るモニカ自身に向けられたものか。 「おっぱい玉座です。羨ましいですか?」 「いえまあ、羨ましくないと言えば嘘になりますけど」 「この席なら譲りませんよ」 「譲られても困りますけどね!」 店に入ったギロチンにドヤ顔で話すモニカの奥の席には、幸いにも会話は聞こえていなかったか静かに本を読む三千の姿がある。 柔らかな午後の日差しが注ぐ窓辺で、好きなTRPGのリプレイを読み、今日のお勧めである紅茶を飲む。 それはそれで充実した休日。 けれど、彼の頭に浮かぶのは凛々しく愛しい彼女。彼女は何をしているのだろう。 次は、一緒に行きませんか、と誘えたら良いのに。 カップに満たされた紅茶の中に、彼女の顔が浮かんだ気がして、三千は少しだけ微笑んだ。 傍のテーブルには、猛とリセリア。 「リセリアはこういうお店は慣れてそうだよな……」 「ん……そうでもないですよ。あまりお店には行かないですし」 少し慣れない店内の雰囲気を見回しながら言う猛に、リセリアは首を振る。 しかし、慣れはせずとも知らない訳でもない。 プレーンスコーンとイングリッシュミルクティーを揃って頼み、会話の合間に口に運ぶ。 「む、こりゃ美味しい」 「うん、美味しいです」 クロテッドクリームやジャムと一緒に口の中で崩れるスコーンに、顔を見合わせ笑顔。 話題は自然と、これからの予定である映画鑑賞に流れていく。 「楽しみだな、『三高平物語~返って来た(´・ω・`)~』」 「(´・ω・`)可愛いですよね(´・ω・`)」 ……三高平では(´・ω・`)がブレーク中らしい。誰だ映画化したの。 ●図書館&街中E 三高平に存在する図書館は、集まるリベリスタに知識探求者が多いからか蔵書が豊富だ。 静かな館内を見回したギロチンは、早速罪姫を発見。 読書中か、と横を通り過ぎようとした所で開かれる唇。 滑らかに淡々と語られるのは、とある拷問器具の解説。 「……改良点や問題点は多いけど、浪漫よね、断頭台って」 「……浪漫かどうかは人それぞれな気もしますけど、名前的にそうですねと言うべきですね、ぼく」 深く頷くギロチンに罪姫は本の題名を見せてくれなかったが、『処刑・拷問器具の歴史』とかそんなだろう。多分。 「……くす、くすくす。次のお仕事は、いつかしら」 夢見るような視線だけを見れば、乙女である。夢の内容はいざ知らず。知らないほうが多分良い。 少し離れた場所で、読書する陽斗の隣、問題集に取り組むのはフィネ。 「何か解らないことがあれば、お手伝いしますから」 「あ、ありがとう、ございます……っ」 陽斗に見守られながら、一生懸命に問題を解くフィネがふとギロチンに気付いた。 視線を追った陽斗が誘ったのは、読書に集中する人を邪魔せず済む庭。 図鑑片手に共に出たフィネが、恐る恐るギロチンに問うたのは喋り方のコツ。 「フィネは、お喋り苦手ですから……滔々と紡げる、ギロチン様のようになれたらな、って」 「んー、言いたい事が伝えられるならばそれは苦手ではないと思いますよ、ぼく。ぼくの場合は逆に喋る事が多すぎて『要約しろ』ってよく言われますし」 口数が多いのはイコールお喋り上手じゃないんですよ。笑うギロチンにフィネが首を傾げた。 そんなフィネを微笑ましく見詰める陽斗は、思う。 こうして少しずつ人と触れ合って、慣れていければ良い、と。 「フィネさんが中学生になる頃には、桜が満開で迎えてくれるはずです。楽しみですね」 「……迎えてくれる。通り過ぎるでも、見送るでもなく?」 蕾を見詰める少女の心境は如何なものか。 陽斗に向けて、笑顔が返った。 図書館から出て、背を見掛けたのはイーゼリット。 両手に本を抱えた姿から見るに、既に用件は済ませたのだろう。 少し日が落ちてきたからか、寒い。肩を震わせて空を仰ぐ。 どこかの店で体を温めるついでに何か覗いていこうか。折角の休日だから。 「あ、でも今日は……」 思い出す。実家からの贈り物であるチョコレート。 あれをお茶と一緒にゆっくり楽しむには、早く帰らねば。 「こんばんはイーゼリットさん」 「こんばんはギロチンさん。……は」 走る嫌な予感。 「奇遇ですねえ、昼前に妹さんにもお会いして」 「ごめんなさい、私、急いでいるの」 「あ」 チョコの危機を感じたイーゼリットは足早に夕暮れの中を歩いていく。 ……チョコの行く末は、数段落前のイーリスの行動で推して知るべし。 中心街に戻っても、まだまだ休日は終わっていない。 「ユーヌたん超可愛い! 超可愛い! 抱き付きたい!」 「んっ、褒められるとこそばゆいな」 地面をごろごろと転がりそうな勢いで彼女を絶賛するのは竜一だ。 女性の買い物でありがちな、様々な試着に付き合わされて彼氏が飽きる――という心配はこの二人には無縁そうである。何しろ試着を要求しているのは竜一の方だ。 彼自身は細かいファッションの事は分からないが、様々な店舗で店員にお任せすれば、様々な彼女が見られるという寸法である。やったね! 絶賛する竜一だが、ふと真顔になると真剣な表情で呟く。 「買うのは大人しめなのにしよう。目立って変な虫がユーヌたんについたら嫌だしね」 「……私は竜一以外に靡く気は無いぞ?」 はいはいラブラブラブラブ。 「……ぼく凄く謎なんですけど、なんで彼リア撲とか言ってるんですかね。爆破されるの彼じゃないですか。リア撲を謳う事で自分の充実っぷりを引き立てる手段とかなにかなんですか」 ギロチンが真面目に悩んでいるよ。 が、そんな竜一も一点の曇りなく恋人とラブラブか、と言えば。 「やっぱり、あの女と会ってる……!」 ここがあの女のハウ じゃなかった。おにいちゃんどいてそいつ でもない。 ともかくそんな雰囲気をかもし出しながらユーヌと竜一を眺めているのは、彼の妹である虎美だ。 手には桃色天使から授けられた愛のアイテム(スタンガン)を持っている。 何で彼女がこの場所が分かったのかと言えば、脳内お兄ちゃん(ブレイン・イン・ラヴァー)と長年培った妹の勘。こわい。 今はまだダメだ、落ち着け、落ち着け虎美。落ち着け、おちつ……落ち着けるか。 「……待っててね、お兄ちゃん!」 「いや虎美さん街中スタンガンは騒ぎになりますからちょっと考え直して下さい」 「だめ、家まで待てないのっ!」 ばちばち弾ける電気音にさすがにギロチンストップ入りました。 「あ、ユーヌたん。お勧めがあったら教えてくれないかな、虎美にも何か買ってってやるから」 「うん? そうか、なら残りは虎美の服を選ぶとしよう。良いお兄ちゃんだな」 大丈夫、ちゃんと愛されてるよ、妹。 虎美を落ち着かせるのは通りすがりのアーク職員(休日巡回中)に任せ、店を出たギロチンが発見したのは影から通りを覗く一人の少女。 あれなんかデジャヴ。主に二行もしない前辺り。 「嗚呼、アウラさん今日も素敵です」 目だけは輝く恋する乙女。行動は完璧ストーカー。手にしたノートには、アウラことアウラールの本日の行動がびっしり感想付きで書かれている。 頬を染めながら眺めているのは言うまでもない、エイミーこと英美だ。 『♪「アナタノココロ ハナサナイ」 私愛されYanDeReガール!』 着歌っすかそれ。だから誰だよ配信してんの。 舌打ちをせんばかりの勢いで携帯を取った英美は、明らか不機嫌な声音で通話ボタンを押す。 「はい……え、依頼ですか。今忙しいんですよ」 そうだね、忙しいね。 「え、予定がないのは予知できてる? うるせぇポンコツ! 肩の真空管割って泣かすぞ!」 通話の相手は誰だろうね、ギロチンには分かりません。 今度こそ舌打ちをして通話を切った彼女が目を戻せば――彼の姿は消えている。 沈黙。 ハイライトの消えた目で走り出した英美が何処へ行ったかも、不明だ。 ヤンデレ多いな三高平。 とりあえず記憶から抹消しておこう、と頷くギロチンの手に、何かが触れた。 目を向ければ、ぱちりと目を見開いた学生服姿。 「ここここここ、こんにちはギロチンさんっっ!!」 「あ、こんにちは影時さん。すいませんね、ぼく気付きませんで」 遠慮がちに指先だけ握られた手にギロチンが薄い笑みを返せば、音が聞こえそうな程に一気に影時の顔が赤くなった。 「い、いえ、え、ええっと、本日はお日柄もよく……、て……!」 「ああ、いい天気ですよねえ。休日に晴れるとちょっと嬉しいですよね。雨とか雪でも今日仕事行かなくていいんだーって思うと幸せではあるんですけど。影時さんの場合は学校ですかね」 「は、は……!」 ダメだ、会話が続かない。回らない頭で判断した影時は、近くの壁の中に溶けて消える。物質透過さん強え。 「あれ。……またですね。人見知りって話は窺ってないんですけど」 蛇足だが。頭を掻くギロチンが彼女の好意に気付かないのは、先程の通り単純に汚れっちまったからであったりする。ああ、純情は遠くなりにけり。 追ってみたが、既に建物の中に影時の姿は見えなかった。 息を吐いた所で、贈答用の小物売り場を並んで歩く二人の姿を見付ける。 「贈り物を見立てて欲しいんだよね。とりあえず小物系、で。邪魔にはならないだろうし」 レナーテと並んで歩く快が例に挙げて行くのは、革装丁の手帳、漆仕立てのボールペン、樽材のコースター、銅のマグカップ。 全体的に渋い、と思うレナーテだが、それも快らしいといえば快らしい。 「仮にレナーテさんが貰うとしたら、どれがいい? あ、そこのギロチンさんも」 「んー、そうねえ、挙げてもらったものの中からなら……手帳かしらね」 「あ、バレてました。流石アーク防衛の要。んー、ぼくは室内の仕事が多いのでマグカップですかね。贈る人によって欲しい物は違うんじゃないでしょうか」 少し考えたギロチンが答えを返せば、目を瞬かせる快。 「……意外とマトモな答えを」 「やだなあ意外なんて。ぼくマトモですよ?」 「ギロチンさんのセンスは意外と普通よね」 「だから意外って」 「まあ、そうね。私だったらもう少し可愛い感じのものがいいかな」 エンボス加工で四隅とベルトに花が描かれた手帳を手に取りながらレナーテが言えば、ふむ、と頷いた快はそれを受け取りレジへと向かう。 「で、ちなみに誰にあげるの? これ」 「ん、うーんとね」 少し悪戯っぽく微笑んだ快が、ラッピングされた手帳をレナーテに渡すのは、ほんの少しだけ後の事。 数軒先の大型スーパーに足を運べば、カートを押す悠里と傍を歩くカルナ。 本日は悠里がカルナに料理を教える為に訪れた、のだが。 教える、という行為そのものがカルナの料理の腕を婉曲的に物語っているわけで。 にこにこと微笑むカルナが何処ぞの眼鏡ホストの台詞を心中で呟いていたのは悠里は知るよしもない。 「取り敢えず簡単なものからって事でパスタでも作ってみようか」 「ええ、そうですね。『簡単』な物から作りましょう」 選択はカルボナーラ。 自分で作って貰おうか、その方が覚えやすいだろう。あ、料理をするならばエプロンも買わねば。カルナのエプロン。それはきっと大層可愛い事だろう。 エプロン姿で一生懸命頑張る姿を想像すれば、悠里の顔も自然と綻んでくる。 その陰で、カルナが昆布茶やら白ワインやら、カルボナーラに入れたら喧嘩しまくりそうな食材を潜ませていたのはやはり彼は知るよしもない。 「今度は僕がカルナに料理を御馳走するね。食べられないものとかある?」 「ええと、嫌いな物は特には。ただ、その時には一緒に作りたいですね」 きっとその方が楽しいでしょうから。 天使の如きカルナの笑顔に舞い上がる悠里にとって、完全な好意であるつもりの行動が、見返してやろうという彼女のハングリー精神を煽っていたなどという事は、全く想像の範囲外であったに違いない。 とは言えそれは傍目でも分からない。 仲良しで何よりだなあ、と経緯を知るギロチンが微笑ましい気分で入り口に戻れば、そこには合流したばかりのエルヴィンとレイチェル兄妹がいる。 「悪いなレイ、待たせちまったかな」 「大丈夫、今着いたトコだから」 ギロチンは知らない事だが、待たせた、と言ってもエルヴィンの到着は実際の待ち合わせ時間より十五分早い。 そしてレイチェルの到着時間はギロチンが入るよりも前。つまり三十分程前となる。 虎美ほどとは行かないが、彼女も立派なブラコンであった。 「嘘付くな、手とか冷え切っちまってるじゃねーか。暖かい飲み物買ってくるから先に中入ってな」 「……バレちゃったか。ん、ありがと」 とは言えこの場合はエルヴィンも相当なシスコンであるので問題はなかったりする。 入れ替わりのように出て行くギロチンに手を上げて挨拶。 合わせて会釈をしたレイチェルは、温かい紙コップを差し出す兄に首を傾げる。 「……女性に節操無いのは知ってたけど、今度はついに男性にまで?」 「いやいや違う、つーかありえねーよ。友人に毒されすぎだろ」 三高平に多いよね、お腐れ様。 「ジース、はいこれ、持って!!」 一角を形成する壱也も、本日は彼氏である先輩とのデートの為の服選びである。 引き連れているのは当の先輩……ではなく、友人であるジース。俗に言う荷物持ちだ。 時間の掛かる買い物に愛しい先輩を引き連れる事はまだできないのが乙女心である。 「……はいはい。ほら、そっちも持ってやるから貸してみろ」 ジースも姉のルアにもしばしば引き回されているので、最早慣れっこである。姉も本日はデートで出払ってしまった。けれどやる事は変わりない。 「あ、このあと本屋ね」 「な……本は五冊までだぞ!」 デジャヴ。姉もそうやって大量の本を買い込むのだ。そういえばこの二人属性一緒だった。 ジースの心からの叫びも聞こえてはいない。本の魔力の前には無意味である。 積み重ねられる本に文句を言いつつも、呆れて帰ったりはしない。 「いつもありがとねッ!」 「おう。……まぁ、また付き合ってやるよ」 礼を言われれば、照れてそんな事も言ってしまう。彼は実に人が良い。 ●喧騒から離れ2 三高平市。 時村財閥の力で大きく発展した土地とは言え、少々街場から離れた所にはまだまだ空き地が広がっている。少々遠くまで来過ぎたか、と携帯の地図を開いたギロチンに掛かる声。 「あらあら、まあまあ! 断頭台さんじゃありませんか! こんな郊外までよくもいらっしゃいました」 「おや、セルマさん……あれ、本日は本部じゃなくて?」 「私非常勤ですから。ちょっと広い家庭菜園がありますので、日曜は畑仕事もしなければならなくて」 「ああ、それは大変ですねえ」 「ええ。ですから歓迎しますよ、労働力として」 「え」 ギロチンは逃げ出した。 しかし、セルマ(あらあらうふふ系お姉様)からは逃げられない! 「またのお越しをお待ちしております」 体力切れたので程々で許して貰いました。 意図せず増えた土産(農作物)を下げながら、結構進んだ時計の数字を見るギロチンの視界に宇宙服が飛び込んでくる。誰とか言うまでもない。 市内でもほぼ常時宇宙服で活動するキャプテンへ向けられる視線は生が付く感じに温かく――平たく言えば、『害の無い変人』に向けられる目であったが、地球(ルビ:テラ)を愛するキャプテンには何ら問題がない。人類愛はさて置き、地球愛(テララブ=テラブ)は無限大。彼を評する時には表現が実にグローバルならぬコスモス。無秩序のカオスとの対峙、秩序の宇宙。要するにキャプテンが行っているのは宇宙開発だ。 とはいえ、幾らキャプテンとは言え一人でロケットやスペースシャトルの開発は無理だ。本人もそれは知っている。なので彼が作るのは、数々の模型。 「今日もまた、美しい地球(テラ)の為に鍛錬してしまった」 ふう、と特に汗も出ていない額を拭うキャプテンは、今宵も星を見ながら地球(テラ)の素晴らしさを感じるのだろう。地球(テラ)よ永久に平和であれ。 地球は平和だなあ。 そんな事を考えて空を仰いだギロチンの目に移ったのは、今度は青い翼。 「こんにちは、ハッピーサンデーしてます?」 「ああ、こんにちは天風さん。飛べるのは良いですねえ」 ギロチンの話を聞けば興味深げに頷いて、色んな笑顔を見られるのは心地良いですよね、と笑う亘。 「ふふ、まだ冷えますのでお体にはお気をつけて」 「あ、ありがとうございます。空のが寒そうですからね、お気を付けて」 良き休日を。 缶コーヒーを差し出した彼は、再び空へと羽ばたいていった。 「よー、ギロチィィィイン! 一人なーん?!!」 「ぐふっ」 見送るギロチンにバックアタックを仕掛けてきたのは俊介(+那雪の荷物)だ。 「那雪! ギロチン見付けたぜ!」 「ええ……発見……」 「きゃー」 どすーん。 反対側からタックル抱き付きをしてきた那雪に今度は些か棒読み気味に呻いたギロチンは、二人を押しやろうと手を振った。 「はいはい、何ですかギロチンですよ一人ですよ」 「……え、てっきり、これが、流行なのかと……」 「なのかとー!」 体温で既に眠気を誘われている那雪がもきゅもきゅアイスで覚ましながら呟けば、テンションの高い俊介が続く。 「……あら、しーくんも、ギロチンさんも、食べる……?」 「うん、食べる! ってこらこら駄目、ギロチンにはあげない!」 差し出されたアイスを俊介はぱくりと一口。実質的に妹みたいなものだから自分は可なのだ。 一頻りきゃっきゃと騒いでから、帰り際にそういえば、と俊介が振り返る。 「ところで、ギロチンの本名ってなんなん?」 「あ。ぼくですか。山田太郎だと偽名過ぎてバレバレですよねえ。いっそ吉田司郎辺りだったらそれっぽいかなー、って思うんですけどどうでしょう」 「……嘘?」 「嘘ですね」 薄っぺらい笑顔で即答するギロチンに、再びプレスの刑が下った事は言うまでもない。 そろそろ夕暮れ。 赤い日差しが三高平市を染める頃、集まっていたのは【MGK】のメンバーだ。 真っ先に気付いて手を上げたのは、彼らのリーダーであるツァイン。 「おっすギロチンさーん、今日はもうあがり?」 「あ、こんにちは。七海さんとは昼間もお会いしましたね。そんなものですね。これから何か?」 「いや、俺らはコーポの活動で差、一日の成果を報告しあうんだよ。見てく?」 指で皆を示したツァインに、喜んでとギロチンが紛れれば、メンバーは今日の『成果』を報告しあう。 「まず……僕はゲームとネットで三徹目の中、ガム踏んでやたら落ちてる空き缶をゴミ箱に……」 「うん、七海はとりあえず帰って寝ようね……」 次に手を上げたのは翔太。 「俺は普通に市内をぶらぶら歩きながら様子見てたな。なんか知った顔を見かけるのは多かったけど」 「何! 皆もしかして同じところ回ってる!?」 驚愕を浮かべるツァインに、今度は優希が淡々と報告を。 「俺は集音装置を活用し、市内のトラブルを捜索した。木の上から降りられなくなった猫を助け、迷子を交番へ送り届けたぞ。交差点にご高齢の淑女が立ち往生していたので手を引いたのだが、何故かお茶まで付き合うことになりドーナツを奢ってもらった」 「流石、真面目な上に詳細な報告だな優希! 桃子とかに聞かせてやりてぇ!」 止めろ、その台詞を聞いているかも知れないぞ。 「はいは~い! 次はアタシね~。今日は不審人物を発見したために尾行&監視をしてきたよ~!」 「ナイスだ陽菜!」 「ん~とね~。細かい行動は省くけど、特徴は警察に伝えておいたからダイジョウブなはずだよ~。え~っと……身長高め・痩身・色白で、黒髪黒シャツに首から十字架のネックレスをつけた不審人物だったよ」 視線、集中。 「あっ、今なんか凄い名指しされた気分に」 「うん、見た目はそう! ギロチンさんのような……」 「っていうか何で通報したがるんですかリベリスタは。ぼくよりよっぽど強いじゃないですか!」 「…………」 微妙な目。悪戯好きの陽菜はくすくすと笑っている。ついでに優希にチラ見された。 「違うんだギロチンさん! いつもはもっと……こんな感じだけど、違うんだ!」 ツァインの必死のフォローだかなんだかに、軽く首を回しながら翔太が向き直る。 「まぁ、これがうちのいつもの休日ってとこで、いやまぁなんか面白いよ。特に他の皆がね、色んな一面を見れるから」 「……まあ、一人では経験できぬ事だしな」 「そうっ! よし、俺の報告だ。商店街に新しい食堂がオープンしたらしい。賢明な諸君等なら何が言いたいか分かってくれたと思う!」 拳を上げるツァインに、頷くメンバー。 そう、『調査』というものである。 「喜んで行くぜ、ツァイン」 「新しい食堂か。べ、別に気にならんこともないぞ」 「優希も行くんだよね、アタシも行く~!」 「僕も……」 「いや、七海は寝ろって……言うのも酷か。よし、者共、突撃じゃー! ギロチンさんも良かったら行こうぜー!」 「わーい」 休日も【MGK】のメンバーは仲が良い様子です。 食堂の『調査』も終えればすっかり日も沈み、夜に。 帰り道に知った金髪を見付け、ギロチンは手を上げる。 「イセリアさんこんばんは。どちらへ?」 「む、今日は大学の飲み会なのだよ! 温泉上がりにビールが飲めなかった分を今晴らすのだ!」 「やー、学生さんはいいですね。酔い潰れないように……、……酔い潰れる事あるんですかねイセリアさん。ともかくいってらっしゃい」 「うむ、バーもいいが居酒屋もいいものだ! ではな!」 意気揚々と夜の街に消えていくイセリアが、飲み会の席でようやく学生の義務であり権利であるレポート提出が明日に迫っているのを思い出し――どうしたのかまでは、知らない。 「もしもし?」 「はい?」 イセリアを見送り、そろそろ帰路に着こうかとした所で路地から掛かる声。 「初めましてなの。ナナの名前は七斜菜々那なの。たまにナナも噛みそうになるの」 「あー、なななななな……な? さん。お会いするのは初めてですかね、断頭台・ギロチンです」 「ね、ギロチンさんって男なの? 女なの?」 「はい? 見たまま男ですけど、何か問題ありましたかね」 首を傾げるギロチンに、菜々那は首を振る。 「ナナは綺麗か可愛いか恰好良い人が大好きなの」 「そうですか、ありがとうございます?」 「ナナの方なら大丈夫なの!」 「何がです?」 「さあ思いっきりヤっちゃうなの! カマンカマ」 ばさー。(袋が被さる音) 「……ああ」 ようやくギロチンが意図を理解した時には、菜々那は既にアーク職員(全年齢対象)に回収された後であった。遅くまでお疲れ様です。 「ああ可哀想なギロチンさん」 「はい?」 再び横合いから掛かる声。 視線を動かせば、室外機に座った空ろな目の少女。じゃなかった。通り魔系都市伝説型愛され少女。 「都市の裏にて怪異に出会うは不幸な定めを背負った者の宿命、さあどこから可哀想にしてあげるデスカネ」 「いや。行方さん?」 「腕デスカ? 足デスカ? いっそそのよく回る舌デスカ?」 アハハハハハハハ! 響く笑い。流石都市伝説型少女。迫力がパネェ。 「えーと」 くるりと踵を返し、全力ダッシュ。 その夜、行方が飽きるまでの間、路地裏には笑い声が響いていた。 ●再び、アーク本部 「以上が、断頭台・ギロチンの早退後の行動である。随所に愉快犯的な部分が散見され、これに有給を認めるのは困難かと思われる。上層部の判断を仰ぐ、と……」 書類に文字を記載するのは、桜。 「よーし書けた書けた。書けましたよエナーシアさんっ。後はこれイヴちゃんから時村室長に提出して貰えば依頼達成ですよね?」 「ええ。二人に増えただけで全然効率が変わるわね、桜さんに感謝だわ」 「きゃー!」 そう、丸一日リベリスタを追いかけていたギロチンを追いかけていた二人である。 満足げに頷くエナーシアと、そんな彼女に歓声を上げる桜。 本当に一日お疲れ様だったのは、此方かもしれない。 桜の言葉通り、これを提出すれば彼女らの仕事である『観察の観察』も終わり。 だが、観察されずともリベリスタは今も思い思いの夜を過ごしている事だろう。 ――三高平の夜は、深く。 ちなみに有休申請は通りませんでした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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