●月の綺麗な夜に ふと見上げれば、雲一つ無い藍色の空にぽっかりと月が浮かんでいた。 「――やあ、良いですねえ。素敵ですねえ」 そう言って、うっとりと目を細めたのは、人ではなく、むくむくとした毛皮の黒い犬。厳密に言えば、黒い犬に似た別世界の住人である。ただの犬ではないから、言葉も話せるし、二本足で歩くこともできる。こうやって、のんびりと温泉を楽しむ心も持ち合わせている、というわけである。 そう。彼は今、温泉に漬かっていた。人里離れた山中に湧いた、自然の温泉である。ひょんな事からこの世界に迷いこんだ彼は、山を彷徨ううち、ここに適温の温泉がいくつも湧き出ていることを知った。そして――“温泉めぐり”に夢中になってしまったのである。 もとの世界でもこんな山の中で暮らしていたから、生きるのに困ることはない。むしろ、温泉に入れなくなってしまうことの方が、今の彼にとっては辛かった。 よって、しばらくはこの世界で温泉を満喫するつもりである。 湯に身を深く沈めて、大きく息をつく。これ以上の極楽があろうか。 そんな時、湯気の向こうに生きものが姿を現した。五体いるその生きものは、彼と同じように毛に覆われてはいるが、人間みたいな顔をしている。 「おや、こんばんは。ちょうど良いお湯加減ですよ」 初めて会うその生きものたちに、彼は気さくにそう話しかけた。だが、見知らぬ生きものたちは、彼の言葉に何の感銘も受けなかったようだ。それどころか、怒気も露に彼を取り囲もうとしている。 「……あれ、もしかしてワタシ、かなりピンチですか」 自分が漬かっている温泉が、この見知らぬ生きものたちの縄張りであると――そう彼が気付いたのは、完全に囲まれてしまった後だった。 ●さあ、温泉に行こう(任務遂行的な意味で) アーク本部のブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に頭を下げると、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は早速、任務の説明に移った。 「今回の任務はエリューション・ビースト五体の撃破、それと現場近くにあるディメンションホールの破壊です」 和泉はそう言うと、端末を操作して正面のスクリーンに地図を映し出す。リベリスタ達の手元にも、それぞれ同様の地図が配られた。 「ディメンションホールは人が滅多に足を踏み入れない山の中にあります。少々入り組んでいますが、地図があれば迷うことはないでしょう」 まずはディメンションホールを示す黒丸のポイントを示し、続いて、近くに描かれている赤丸のポイントを指す。 「こちらに位置する温泉にエリューション・ビーストが五体。彼らは皆ニホンザルが元になっており、フェーズは2です。五体のうち一体がボス格で、特に強力な個体となっています」 スクリーンの表示が切り替わり、エリューション・ビーストのデータが映し出された。なるほど、外見は確かにニホンザルそのものだ――だから、温泉の近くを縄張りにしているのだろうか。 「あと、現場にはアザーバイドが一体。人語を話す二足歩行の犬……という表現がわかりやすいでしょうか」 どうやら、ディメンションホールから迷い込んだ際、偶然に見つけた温泉がすっかり気に入ってしまったらしい。そして、そこがエリューション・ビーストの縄張りだとは知らず、のんきに温泉を楽しんでいたようだ。 「これから現地に向かえば、アザーバイドがエリューション・ビーストに襲われる直前に間に合うでしょう。アザーバイド自体の性質は至って穏やかで友好的ですので、可能であれば救出をお願いします」 とはいえ、フェイトを得ていない以上は長居してもらっても困る。事が済んだら、丁重にお引き取り願うことになるだろう。 「以上です。皆様には至急の対処を要請します」 そう言って、和泉は手にしたファイルを閉じた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月18日(水)23:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●温泉があって、犬(アザーバイド)がいて 月明かりが淡く照らす山道を、八人のリベリスタが駆けていた。 「温泉か、この顔になってからとんと御無沙汰だったわね」 『似非侠客』高藤 奈々子(BNE003304)が、狼の姿に変じた自らの顔を撫でながら呟く。それを聞き、『白虎ガール』片倉 彩(BNE001528)も口を開いた。 「山奥にある秘境の温泉。その魅力は異世界の住人も虜にしてしまうのですね」 言葉を解し二本足で歩く、犬に似た姿のアザーバイド。それがのんびりと温泉に漬かっている様子を想像すると、なんとも微笑ましい。 「もふもふのでかい犬! 温泉ならいくらでも連れてってあげるからうちに来ないかな……」 『蜂蜜色の満月』日野原 M 祥子(BNE003389)が、蜂蜜の色を思わせる金の瞳を輝かせて言う。無論、フェイトを得ていないアザーバイドをこの世界に留めおくわけにいかないのは、彼女も充分承知しているのだが。 「温泉は気持ちいいし、はまる気持ちもわかるけれどね」 黒い兎耳を揺らして走る『淋しがり屋の三月兎』神薙・綾兎(BNE000964)の横で、『紫煙白影』四辻 迷子(BNE003063)が、幼い外見に似合わぬ年寄りじみた口調で言葉を返す。 「まずは、温泉を独り占めしようとする輩を殴らねばのう」 革醒で凶暴化したニホンザルが、今回の相手だ。『虎人』セシウム・ロベルト・デュルクハイム(BNE002854)が、しみじみと呟くように言った。 「文字通り犬猿の仲、ですか……獣同士争うのはよくある事ですが……」 だが、彼にとっての問題は『温泉好きの犬が襲われそうになっている』という事。犬派として、ここは助けておかねばなるまい。 移動する傍ら、全員と作戦の事前確認を済ませていた『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が、どこかうっとりした様子で口を開いた。 「むくむくした犬さんと温泉、和みます癒されます……」 一見すると、いつも通りのキョトンとした表情だが、頭の中はすっかり『むくむく犬と温泉』一色に染まっている。そんな一時を味わうためにも全力で成功させねばと、うさぎは大いに意気込んでいた。 「争う犬さんと猿さん達……これは愛を教えてあげないとですね……うふふ……」 一方、『黄金の血族』災原・有須(BNE003457)の興味はもう少し別のところに向いていた。彼女の言う“愛”がどんな形であるのか、それを知っている者はここには居ない。 「――さて、行こうか」 目指す温泉はもうすぐだ。綾兎は大きく息をつき、戦いに向けて気を引き締めた。 ●のんきな来訪者 「これは困りましたねえ。謝っても許していただけませんでしょうか」 自分を取り囲み、じりじりと距離を詰めてくる猿たちを見て、犬アザーバイドは困り顔でそう言った。実は命にも関わる危機なのだが、どうにも緊張感に乏しい。 犬アザーバイドと猿たちのいる温泉から少し離れた木陰に、自らの気配を完全に遮断したセシウムが潜む。不意打ちを悟られないよう仲間達の全員が消灯を徹底しており、しかも湯気が漂っている。決して視界が良いとは言えなかったが、彼は愛用の狩猟用拳銃を構え、一回り体の大きいボス猿へと狙いを定めた。 あたかも獣の唸り声のような銃声が、夜の闇に響く。その銃撃が確かにボス猿を捉えた瞬間、懐中電灯やランプの明かりが周囲を照らした。 「猿! この猿! 猿ー!!」 真っ先に飛び出したうさぎが、派手な身振りを交えて大声で叫ぶ。どうせ言葉が通じる相手ではないから、挑発している事が伝われば充分だ――その声を聞き、ボスをいきなり撃たれて色めき立つ猿たちが一斉にそちらを向いた。すかさず迷子が斬風脚を放ち、真空の刃でボスに追撃を加える。 「無抵抗の犬より、ボスに手を出した者の方が敵意をもたれやすいじゃろう」 彼女の読みは見事に的中した。猿たちは目の前の犬アザーバイドをひとまず放置して、リベリスタ達に向かってくる。全身の反応速度を高めて前に出る綾兎が、状況がよく飲み込めずに立ち尽くす犬アザーバイドに呼びかけた。 「そこにいると危ないし……こっちに、移動してきてもらえないかな? ……俺達が守るから、さ」 「おや、助けていただけるのですか。これはありがたい」 どうやら、こちらの言葉は通じるらしい。この期に及んで危機感のない犬アザーバイドに呼びかけつつ、彩も猿を食い止めるために動いた。 「ところで、あなたたちは?」 ざぶざぶと温泉から出ようとする犬アザーバイドに、奈々子が答える。 「この世界の住人、高藤奈々子……義によって助太刀するわ」 犬と狼、種は違えど似た姿を持つ者として親近感が湧いたのだろうか。犬アザーバイドは目を細め「それはありがとうございます」と頭を下げた。水面を自在に歩ける祥子が、猿と犬アザーバイドの間に割り込むようにして、「こっち。あたしと一緒に来て」と手を伸ばす。 「――大丈夫、あなたの味方よ。逃げて!」 奈々子の声に頷き、犬アザーバイドは祥子に従って温泉から上がった。それを見届けた後、有須が黒いオーラを収束して放つ。充分な集中からの一撃は、ボス猿を過たず捉えた。 「焦らず……じっくりと逝きましょう……」 左右で色の異なる虚ろな瞳が、彼女の言う“愛”を湛えて猿たちをじっと見つめていた。 ●猿との激戦 リベリスタの攻撃で傷つきはしたものの、ボス猿の統率力は些かも揺るいでいなかった。怒りながらも互いに連携を取りつつ、猿たちはリベリスタ達に向かってくる。 「……あぁもう、数多すぎじゃない?」 未だ実戦経験の浅い綾兎が、押し寄せる猿たちの勢いを見て思わずぼやく。しかし、考えようによっては、これは最良の状況でもあった。 「湯船に入って戦うのは避けたかったですからね」 猿たちの合間を縫うようにしてボス猿との距離を詰めたうさぎが、死の刻印をボス猿に刻む。たとえ毒が効かなくても、刻印の呪いは身を蝕んで癒しの力を阻む――敵にも回復手が多いとなれば、そこはまず封じておく必要があった。 猿の一体をブロックしつつ、迷子が再び斬風脚を繰り出す。狙いはあくまでもボス猿、頭を早めに落とすことが出来れば、戦いも楽になるだろう。 回復の要である奈々子を庇うように前に立ち、セシウムが素早く排莢と再装填を済ませる。単発式の不自由さをまったく感じさせない早撃ちが、ボス猿の額を掠めた。 無論、それで倒せるほど生易しい相手ではない。しかし、ボス猿を怒らせるという狙いにおいては極めて有効な攻撃だった。 (顔の出血は冷静さを殺ぐ、とどこかで見ましたし……) 流れる血で半面を赤く染めて、ボス猿が猛り狂う。もはや、縄張りに踏み込んだ犬アザーバイドのことなど、完全に忘れている様子だった。力任せに豪腕を振るい、拳をうさぎに叩き込む。流石に重い――が、うさぎは何とかその場に踏み止まり、吹き飛ばされるのを堪えた。 配下のうち一体がボス猿に駆け寄るが、癒しの手は死の刻印に阻まれてまったく効果を及ぼさない。残りの三体が、周りに生えている木々などを足場にして空中からリベリスタ達へと襲い掛かる。その動きに翻弄され、我を失いかけた綾兎の耳に、奈々子の声が届いた。 「猿真似のエアリアルなんかに惑わされないで!」 同時に放たれた神々しい光が、乱れた心を鎮める。頭を軽く振り、傷の痛みに顔を顰める綾兎を見て、祥子に伴われて避難中の犬アザーバイドが声をかけた。 「あのー、大丈夫ですか?」 「俺のことはいいから、早く下がって……危ないでしょ」 犬アザーバイドにそう言葉を返して、綾兎は手に構えたナイフの刃を閃かせる。彼はそのままボス猿のもとに駆け、それを癒そうとした猿もろとも、残像を生み出す高速攻撃で傷を負わせていった。 「虎の牙をしっかり味わえです」 ガードを固めて猿の空中殺法をしのいだ彩が、眼前の猿を抑えながら、ボス猿に向けて蹴りを放つ。生み出された真空の刃が、ボス猿の傷をさらに深く抉った。 「……これはチャンスですね……纏めて愛を教えないとです」 有須が、虚ろな瞳に薄暗さを湛えてほくそ笑む。彼女の生命力が暗黒の瘴気と化し、ボス猿と、その隣にいた猿をともに貫いた。 「危ないから、後ろに下がっていてね」 犬アザーバイドを連れて合流した祥子が、相変わらずのマイペースで緊張感のない彼に向けて言い聞かせる。さすがに自分が戦いの役に立たないことは知っているらしく、犬アザーバイドは黙ってそれに従った。 これで客人の安全は確保した。あとは、目の前の敵を全て殲滅するのみだ。 ボス猿の拳をかい潜り、うさぎが半円のヘッドレスタンブリンに似た武器を巧みに振るう。十一枚ある涙滴型の刃によって刻まれた刻印から一斉に血が噴き出し、文字通りボス猿を死へと誘った。 断末魔の雄叫びを上げて、ボス猿が地に崩れ落ちる。それを見た他の猿は、次は自分だとでも思ったのか、狂ったような鳴き声を上げて無軌道な攻撃を仕掛けてきた。ボス猿を失ったとはいえ、未だ四体が健在であり、その攻撃力は侮れない。 「ごめん、少し下がるね」 猿の拳でダメージを負った綾兎が、仲間に声をかけて一時的に後退する。一方、空中殺法で痛手を被った有須は、薄暗い笑みを面に貼り付けたまま、自分に傷を負わせた猿を見た。 「うふふ……沢山の愛をありがとう……わたしからも……愛をどうぞ」 命を削る反動すら顧みずに、有須は己の痛みを禍々しい呪いへと変えてゆく。彼女の“愛”によって何倍もの苦痛を刻まれた猿は、絶叫のうちに力尽き、命を落とした。 清らかなる存在に呼びかける祥子の詠唱が、仲間達のもとへ福音を響かせて傷を癒す。続いて、凍てつく冷気を纏う彩の拳が猿の胸を打ち抜き、その心臓ごと猿を凍りつかせた。 「犬猿の仲らしく『穏やかなる湯船の一時を邪魔する愚かなる猿達――』とか言おうかと思ったけれど、私が目立つわけにはいかないものね」 私、狼だけど、と言ってリボルバーを構える奈々子に、セシウムが答える。 「高藤さんが狙われたら困りますよ」 「そうね、ありがとう」 赤茶の瞳を細めて、奈々子は自分の前に立つ少年へと微笑んだ。中折れ式の狩猟用拳銃と、侠客の拘りたるリボルバーから放たれた弾丸が、猿の一体に止めを刺す。 残りは一体。既に血を流す猿に向けて、迷子が駆けた。彼女が構える大煙管を燃え盛る炎が包み、紅蓮に輝く。 「――戦いをすると元気が出るのう!」 最後の猿を屠り、活き活きとした表情で言う迷子の声が、温泉を巡る戦いに幕を引いた。 ●温泉犬の帰還 「やあやあ皆さん、これは危ないところをありがとうございました」 戦いを終えたリベリスタ達に、犬アザーバイドが丁寧なお辞儀とともに礼を言う。見れば見るほど、むくむくしていて触り心地の良さそうな毛皮である。 が、たとえ性質が善良であっても、外見がむくむくもふもふの犬であっても、伝えるべきところは伝えなければならない。うさぎは彼に、フェイトを得ていないアザーバイドがこの世界に及ぼす影響を簡単に説明した。 「貴方がいるとこの階層は滅茶苦茶になるんです。温泉楽しむ所じゃ無くなるんで……大変申し訳ないんですが、退去をお願いします」 「そうでしたか。知らなかったとはいえ、それは申し訳ないことをしましたねえ」 犬アザーバイドの耳と尻尾が、しゅーんと垂れる。それを見て、うさぎは一言、こう付け加えた。 「……まぁ、でも、最後に一風呂位は」 途端に目を輝かせる犬アザーバイド。綾兎も、控えめに口を開いた。 「温泉気に入るの、気持ちはわかるし……犬さんには、最後に温泉を楽しんで貰いたいな」 「少しくらいは、温泉を堪能させてあげましょう……」 続く有須の言葉に、犬アザーバイドは恐縮して「ありがとうございます、ありがとうございます」と何度も頭を下げる。 「あと、出来れば我々も温泉ご一緒できればなぁ……とか」 横からぽつりと言うセシウムに、犬アザーバイドは顔を上げ、むくむくの顔でにっこりと笑みを浮かべた。 「もちろんですよ。こんな良いお湯、独り占めなんてしたらバチが当たります」 かくて、リベリスタ達は、犬アザーバイドとともに温泉を堪能する運びとなったのである。 犬アザーバイドが言った通り、温泉の湯加減は素晴らしかった。 「あったかい……」 湯に深く身を沈め、綾兎がほっと息をつく。男女混浴なので、もちろん(犬アザーバイドを除く)全員が水着着用である。それでもなんだか気恥ずかしくて、綾兎はなるべく女性陣の方を見ないようにしていた。 「いやあ、やけに女性陣が多いのが嬉しいですね……眼福!」 一方、セシウムはこの楽園を素直に楽しんでいた。彼の視線の先には、ネイビーにピンクのラインが入ったタンクトップと、ハーフパンツタイプの水着に身を包んだ祥子を始め、女性たちの艶やかな姿がある。ゆっくりと温泉に漬かる彩の、やや色白な肌が、ほんのりと桜色に染まっていた。 もっとも、男性か女性かわからないのも一人いるわけだが――その当人であるうさぎは、全身をフルボディ型の水着に包んでいる上、わざわざ幻影の靄まで作り上げて体のラインをすっぽりと隠している。恐ろしいまでの念の入れようだが、一緒に湯に漬かる犬アザーバイドは、こういうのも面白いですねえ、と大喜びだった。 「犬さんは、どんな世界から来られたのかしら」 セパレートの水着を纏った奈々子が、犬アザーバイドの出身を訊ねる。 「平和で、とても良いところですよ。こんな感じの山や森がいっぱいあって、食べものにも困りませんし、危ない生きものもいないしで」 残念ながら温泉だけはありませんけどねえ、と笑う彼に、今度はスクール水着姿(彼女曰く、購入した店の人に薦められたらしい)の迷子が声をかけた。 「犬は酒もいける口かのう?」 酒、と聞いて首を軽く傾げる犬アザーバイドに、奈々子が杯を差し出す。 「よければ一献、どう? この国の流儀でもてなすわ」 「こっちじゃ、露天風呂といったらこれじゃよ」 迷子の言葉に、犬アザーバイドは「それでは、一杯いただきましょうかねえ」と笑みを返した。 そして、もう一人。温泉に入ることなく、近くで温かく見守る少女の姿。 「温泉は良いものです。凄く愛にあふれてますね……うふふ」 有須はそう言って、和気藹々とする皆の姿を飽きずに眺めていた。 夜もすっかり更けた頃、温泉での宴は終わりを告げた。名残惜しいが、お別れの時間である。程よく温もった体がまだ冷めないうちに、八人のリベリスタと犬アザーバイドはディメンションホールが開いている場所へと辿り着いた。 「もしかしたら、向こうでも温泉みつかるかもしれないし……探してみるのもいいんじゃない? ……元気で、ね」 綾兎の言葉に、犬アザーバイドが「探してみますよ」と笑って答える。 「『運命』が繋がったら、また会いましょうね」 奈々子が、そう言って犬アザーバイドに握手を求めた。 「やや、本当にありがとうございました。それでは、皆さんごきげんよう――」 犬アザーバイドが両手と尻尾を振り振り、ディメンションホールから元の世界へと帰っていく。彼の姿が完全に見えなくなってから、有須がその穴を塞いだ。 温泉好きのアザーバイド“犬さん”が、再びリベリスタ達と出会う日は来るのか――それはまだ、誰にもわからない。 静けさを取り戻した空には、月が相変わらずぽっかりと浮かんでいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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